日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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 書紀の(なに)(わの)(なが)(えの)()(かど)(のみ)(まき)に「惟神者(かむながらとは)謂隨神道(かみのみちにしたがひ)(たまひて)自有神道(おのづからかみのみち)(あるをいふなり)」とあるをよく思ふべし。(かみの)(みち)(したが)ふとは、(あめの)(した)治め賜ふ()しわざは、たゞ神代より(あり)こしまにまに物し賜ひて、いさゝかもさかしらを(くは)へ給ふことなくをいふ。さてしか神代のまにまに、(おほ)らかに(しろ)()()せば、おのづから(かみ)の道はたらひて、他にもとむべきことなきを、(おのづから)有神道(かみのみちあり)とはいふなりけり。かれ(あきつ)()(かみ)(おほ)()(しま)(ぐに)しろしめすと申すも、(その)()()々々の天皇の御政、やがて神の()(をさめ)なる意なり。(まん)(よう)(しゅう)(うた)などに、(かむ)(ながら)(しか)(しか)とあるも、同じこころぞ。(かみ)(ぐに)(から)(びと)の申せりしも、(うべ)にぞ(あり)ける。
 (いにしへ)(おほ)()()には、道といふ(こと)(あげ)もさらになかりき。(かれ)(ふる)(こと)に、あしはらの(みづ)()の國は、(かむ)ながら(こと)(あげ)せぬ國といへり。()はたゞ物にゆく道こそ(あり)けれ、()()とは、此記に(うまし)()()と書る如く、(やま)()()()などの()に、()てふ言を(そへ)たるにて、たゞ物にゆく路ぞ。これにおきては、(かみ)(つよ)に、道といふものはなかりしぞかし。物のことわりあるべきすべ、(よろづ)(をし)へごとをしも、(なに)の道くれの道といふことは、(あだし)(くに)のさだなり。

()()()(でん)(なほ)(びの)(みたま)


第四章『朝敵篇』
第七十六話『家族』 序


 八月三一日月曜日の朝、()()(きゆう)()はこれまでに無い強い不安に駆られていた。

 議員会館の(すめらぎ)(かな)()事務所に呼び出された理由は察しが付いていたが、予想だにしない緊急事態に見舞われたからだ。

 強い胃痛を堪えつつ、廊下を歩く。

 毎度のことながら、この日を迎えたこの場所には天国と地獄の空気が併存している。

 

(まさか、こんなことになるとは……)

 

 ()()は何人もの議員が事務所で荷物を(まと)めている地獄絵図を横目に、(すめらぎ)の事務所へと向かう。

 議員会館に事務所を構えられるのは国会議員だけであり、落選して(ただ)の人になってしまえば退去しなければならない。

 つまり、通り過ぎているのは()(たび)の衆議院総選挙で当選出来ず、国会に帰って来られなかった者達なのだ。

 

(惨敗じゃないか、(くそ)……!)

 

 与党にとって厳しい戦いになることは予想が付いていた。

 通常は国家規模の危機に見舞われた時、政権の支持率は上がるものだ。

 実際、開戦当初の()(しば)政権の支持率は大幅に上昇した。

 

 だが、戦争事態となれば話が別だ。

 ()()ならば、それは八十年もの間絶対的に避けなければならないとされてきた(きん)()だったからだ。

 今、世論上の政権評価は「戦争という最悪の事態を招いてしまった」という酷評に傾けられてしまっている。

 新聞・テレビ・ネット、そしてSNS上の批判、バッシングの(うね)りは加速するばかりで、政府が危機への団結と冷静な対(ところ)を求めても焼け石に水の状態だった。

 

(すめらぎ)先生!」

 

 ()()(すめらぎ)(かな)()防衛大臣兼国家公安委員長の事務所の扉を勢い良く開いた。

 部屋の中では数人の男が(あく)(せく)動く中、(すめらぎ)が自席に座って()()の方へと()を向けた。

 

「早かったわね、()()

「先生……」

 

 その光景を見て、()()はがっくりと肩を落とした。

 

「しくじった、としか言いようが無いわ。まさかこの(わたくし)が荷物を纏める破目になるとはね……」

「信じられません、貴女(あなた)が落選させられるなんて……。国民は何を考えているのやら……」

「お()しなさい、()()貴方(あなた)が政界を目指すなら、その言葉だけは決して言ってはならないのよ」

「しかし……」

 

 (すめらぎ)(くた)()れきった表情で溜息を吐いた。

 ()()は今の彼女の姿に胸を締め付けられる思いだった。

 以前の生気がすっかり失われ、一回りも二回りも小さく見えるようになってしまったのは、戦時下の防衛大臣としての激務の影響なのか、落選して意気消沈してしまったのか……。

 どちらにせよ、傷ましいものだ。

 

()()、政治家は何かの間違いで支持を集めることはあっても、逆は無いの。政治家を支持する世論は間違いであるかも知れないけれど、支持しない世論は常に正しい。間違いは(わたくし)の活動の中にこそある。これは()(ごう)()(とく)なのよ」

「そうでしょうか? 随分と無理筋のバッシングを受けた気がしますが……」

「仕方が無いでしょう。国民が平和を望むのは当然。白地(あからさま)に戦争の準備をしては不安になるし、実際に戦争が起きればパニックになる。おまけに、(わたくし)は戦時下で随分と再現してしまったからね。大本営発表というものを……。民心も離れるというものだわ」

 

 (すめらぎ)自身の言葉が彼女の落選、そして与党惨敗の総評として正確なところだろう。

 ()(しば)政権は元々選挙結果が(かんば)しくなく、世論の支持も不安定で権力基盤が(もろ)かった。

 にも(かか)わらず、迫る(こう)(こく)の脅威に備えて軍拡と法整備を強引に進めてきた。

 それは時に、国民の声に耳を傾けない傲慢さとして受け取られた。

 

 更に、そんな政権の姿勢は反対勢力にとって絶好のストーリーを与えた。

 軍拡で戦争を呼び込もうとする軍国主義政権、非常事態に(かこつ)けて強権を振るおうとする全体主義政権、極めつけに政府に都合良く現実の戦局を()()げる戦前回帰政権……。

 

()(しば)総理は激怒していたわ……。(わたくし)こそが選挙敗北の戦犯だってね……」

「そんな……」

 

 ()()()()みした。

 開戦してこの一月、(すめらぎ)がどれ程身を粉にして(こう)(こく)の圧倒的軍事力から日本国を守ってきたか、それを思うと無念でならなかった。

 が、そんな()()を前にして当の(すめらぎ)は不敵な笑みを見せる。

 

(もつと)も、それはそれとして(わたくし)がやるべき事は何も変わらない。()(しば)政権の使命もね。総理もそれは重々承知の上、(わたくし)への怒りはそれとして、今後の方向性を話し合えないではなかったわ」

「今後?」

「ええ。ああ、皆、少し手を止めて席を外して頂戴。()()と少し、二人切りで話がしたいの」

 

 (すめらぎ)の言葉に従い、荷物を纏めていた秘書達が溜息を吐いて事務所を出て行った。

 彼らもまた、(すめらぎ)の落選と共に議員秘書の立場を失うことになったのだ。

 (きつ)()、胸中は穏やかでないだろう。

 それでもなお、雇い主の(すめらぎ)に素直に従うのは(ひとえ)に彼女が忠誠心を集めている(あかし)なのかも知れない。

 

(みんな……)

 

 ()()(かつ)ての同僚達の視線に気が付いた。

 特別眼を掛けられていた彼に思う処があるのだろう。

 秘書達が全員出て行くと、(すめらぎ)はそんなお気に入りの()()に対して静かに語り始めた。

 

()()()く聴きなさい。衆議院選挙に惨敗し与党過半数を大幅に下回っても、それは直ちに内閣総辞職を意味する訳ではない。手順としては衆議院選挙後に初めて召集された国会に()いて、内閣は総辞職する。憲法上、衆議院解散による総選挙の場合、三十日以内に特別会を召集しなければならない。つまり、今日を含めた三十日、九月二九日までは()(しば)政権を存続させることが可能なのよ」

「それは……確かにそうですね……」

()(しば)総理はその間にこの戦争を停戦に持ち込み、講和に道筋を作りたいと考えている。彼の怒りを買った(わたくし)も、そこは利害が一致していた。だから特別会召集をギリギリまで引っ張り、それまでは現状のまま内閣を存続させるという交渉が出来た」

 

 (すめらぎ)の体に後光が差し、表情に影が落ちる。

 

「つまり、九月二九日までは依然として(わたくし)が防衛大臣と国家公安委員長を兼任し、貴方(あなた)達特別警察特殊防衛課の上に立つことになる。その期間で、貴方(あなた)達には残務を処理して(もら)いたい」

「残務……」

 

 今の()()の立場は(すめらぎ)(かな)()の議員秘書ではない。

 防衛大臣の下で神(ため)に関する有事に対処する「特別警察特殊防衛課」の課長である。

 しかしそれも長くはないだろう。

 野党は特別警察特殊防衛課の強権を批判し、廃止を宣言しているのだ。

 

「政権が野党に移った場合、特別警察特殊防衛課は真先に廃止されることになるわ。そして、()(しば)総理が失脚した後の我が党もこれを積極的に存続させはしないでしょう。従って、特別国会召集直前の九月二八日に最後の契約更新を済ませ、十月二八日までに全てを片付けなければならない。(わか)るわね?」

「はい」

 

 (すめらぎ)の言う「特別警察特殊防衛課」の残務は解っている。

 つい先日、部下の立場に置かれている者達にも伝達したとおりだ。

 

「二箇月以内に、我が国へ逃亡してきた『()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)』を全て片付けます」

(よろ)しい。それともう一つ……」

 

 (すめらぎ)は卓上に一枚の写真を差し出した。

 ()()(どう)(もく)し、写真に焦点を(くぎ)(づけ)けられる。

 

「それは……!」

(もち)(ろん)貴方(あなた)は知っているわね。これを(まっ)(さき)()()()から受け取ったのは()()貴方(あなた)だものね」

「はい……」

 

 それは彼らが()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)に送り込んでいた(ちよう)(ほう)(いん)()()()(れん)が死に際に()()へ送信してきた意味深な写真だった。

 ()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の、謎に満ちた首領補佐・()(おと)()(せい)()()と、(こう)(こく)の元首相二人の下で暗躍した、(こう)(どう)()(しゅ)(とう)青年部長・(つき)(しろ)(さく)()、そして詳細の(わか)らない旧日本軍服の老翁と、ゴシックロリータ服の長身美女、以上四人が密会している写真――それは(こう)(こく)の一大スキャンダルを飛び越え、もっと恐ろしい陰謀の存在を感じさせるものだった。

 

()()()が命懸けでこの情報を託したということは、この密会には日本国の存亡に関わる重大な意味があると見て間違い無いわ。貴方(あなた)もそう思ったから、これを(わたくし)にも(しら)せたわけでしょう」

(おつしや)るとおりです。つまり、もう一つの残務というのは……」

「そう。彼らの調査よ」

 

 ()()()(けん)(しわ)を寄せ、写真を手に取った。

 この情報を得てからというもの、()()は二度に(わた)って命を狙われている。

 一度目は(しん)(かん)(せん)の中で(こう)(こく)政治家の(たい)()(まさ)(ひろ)に、そして二度目は立体駐車場で六摂家当主や()(おと)()(せい)()()に。

 その際、()(おと)()(しん)(がた)()()(りふ)を吐いた。

 

「本来、貴方(あなた)達が(こう)(こく)から日本国に戻った段階で調査の継続は不可能となる(はず)だった。しかし、貴方(あなた)が伝えてきた()(おと)()の発言が(わたくし)にはどうにも気になる。その男が奈良時代に()(けの)(ひろ)(むし)が引き取ったという孤児の一人であると……。(にわ)かには信じ難い話だけれど、(こう)(こく)が存在する今となってはどんな荒唐無稽な話も頭ごなしに否定出来ないわ」

「自分も同感です」

「それに、もし()(おと)()が本当に千二百年前の()(けの)(ひろ)(むし)の関係者で、今まで(ひそ)かに生き続けたのだとすれば、おそらくその正体の手掛かりは日本国にこそある」

「それを調べろと、そういうことですか……」

 

 ()()は写真を()()()んだ。

 そして決意に満ちた眼を(すめらぎ)に向ける。

 

「願ってもいないことです。()()()の為、是非やらせてください」

「良い答えね、頼んだわよ」

 

 (きびす)を返して事務所を後にしようとする()()を、(すめらぎ)は最後に呼び止める。

 

()()、後のことは心配しなくて良い。(わたくし)に近い議員達に秘書の処遇の話は付けてあるから、各自引き続き政治を学びなさい。そして、(わたくし)もまたこのままでは終わらない。今度は議員として、帰ってきた(わたくし)の力になるのよ」

「承知しました」

 

 ()()は振り向いて一礼すると、今度こそ事務所を後にした。

 帰り道の廊下はやはり重い空気に満ちている。

 落選した議員のうち何人かは政界から身を引き、何人かは再起を誓っているだろう。

 (すめらぎ)もまた、後者の一人である。

 

(しかし……)

 

 ()()(すめらぎ)の姿から察していた。

 彼女から大物政治家のオーラが見る影も無く消えている。

 落選して唯の人になったというだけの理由ではないだろう。

 おそらくもう、(すめらぎ)(かな)()は二度と今の地位に返り咲くことなど出来ない。

 

(大臣として、(こう)(こく)との戦争で先頭に立って停戦へと導いた。国力差を考えればこれは奇跡的な快挙の筈だ。だが、国民はそれを先生の成果だと思わなかった。だから、落選という結果を突き付けた。つまり、先生は国民に嫌われてしまった……)

 

 議員会館を出た()()に午前の日差しが照り付ける。

 相変わらずの(しやく)(ねつ)だが、心做しか何処(どこ)か遠慮がちな蒸し暑さだった。

 夏の終わり、政権の終わり、夢の終わり……。

 ()()は自分の自動車の扉を開きつつ、議員会館を仰ぎ見る。

 

「先生、自分はそれでも貴女(あなた)を、(すめらぎ)(かな)()という政治家を尊敬していますよ。屹度これからも変わらず、心から……」

 

 ()()はそう小さく(つぶや)くと、運転席に乗り込んで扉を閉めた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 ()()の去った事務所で、(すめらぎ)は一人自席に腰掛けて(たたず)んでいた。

 

(これからどうしようかしら……)

 

 深い溜息、それはここ三箇月の疲労を吐き出すかの様に……。

 いつもなら優雅に珈琲(コーヒー)でも飲むところ、()れてくれていた(ばん)(どう)(あけ)()には既に暇を出している。

 ()()(ばん)(どう)は勿論、秘書達の今後は世話になった先輩政治家に託してある。

 だがそれは、彼女が独りぼっちになってしまったことを意味していた。

 

()(つる)さん……)

 

 (すめらぎ)は懐からロケットペンダントを取り出して開いた。

 中の写真では亡き夫・(うる)()()(つる)が笑っている。

 隅にはもう一人、幼い美少女が無表情で佇む。

 これは家族の写真だ。

 

(今更帰る訳にも行かないわよね。まあ、事務所は()()だけじゃないし……)

 

 そんなことを考えていると、(すめらぎ)は不意に強烈な眠気を覚えた。

 そういえばここのところ碌に眠っていない。

 

(少し……眠ろうか。一通り片付いたら一旦地元の事務所に戻って、そこで久々に睡眠を取った方が良いわね……)

 

 (すめらぎ)は睡魔に(あらが)えず、そのまま机に突っ伏した。

 口から生臭い液体が(こぼ)れる感触も、彼女の眠りを妨げられなかった。

 少しの時の後、片付けの再開に戻ってきた秘書も彼女を起こせないだろう。

 そして口元から机に(つな)がる赤黒い筋に、(きよう)(がく)の悲鳴を上げるのだ。

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