日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

26 / 399
第九話『親愛なる残春』 序

 岬(さき)守(もり)航(わたる)らが武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に拉致されてから二週間余りが過ぎた。

 

「岬(さき)守(もり)様、そろそろ実戦起動状態に移行してみましょうか」

 

 超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改に搭乗した航(わたる)は、扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)こと水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)の指示に従い雨天の山間部を移動していた。

 夜間とはいえ全高二十八米(メートル)の巨(きょ)躯(く)が歩くと目立ちそうなものだが、この辺りは驚く程に開発の手が及んでいない。

 

(随分と地方が手付かずなんだな。日本とは比べものにならない……)

 

 前の操縦席に坐(すわ)った航(わたる)は右脇の璧(たま)を強く握り締めた。

 早(さ)辺(え)子(こ)曰く、これが操(そう)縦(じゅう)桿(かん)であり、握る事で神(しん)為(い)を機体に接続するらしい。

 

「最初は私(わたくし)が補助いたします。己の内に沈み込み、同時に機体に己を捧(ささ)げる、その様に意識を持ってください」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の指示通りに己の意識を集中した航(わたる)は、突如として体を外に投げ出されたように錯覚した。

 否(いな)、視界が一気に晴れ、外の景色がはっきりと見えている。

 今、航(わたる)はミロクサーヌ改の機体と認識を同調させ始めていた。

 二十八米(メートル)という巨体では、雨に打たれる感覚は霧に近いものがあった。

 

「いいですよ、その調子です」

 

 背中が熱い、四肢に強い力を感じる。

 嘗(かつ)て身に纏(まと)い、全く動かせなかったパワードスーツ、丁度あれが時を超えて我が物になっていくような、謎の感慨があった。

 

『超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ、実戦起動状態に移行します』

 

 機体のアナウンスに、航(わたる)の心は躍った。

 今なら何でも出来る、此(こ)処(こ)から何処(どこ)へでも行ける。

 

「岬(さき)守(もり)様、少しこの辺りを飛んでみましょうか」

「はい!」

 

 願ってもいない指示だった。

 航(わたる)は背中に意識を向け、空を飛ぶ準備を始めた。

 機体の背部、飛行具と呼ばれる雷鼓に光が灯(とも)ったのが分かる。

 

「速度が出ますよ。呉(くれ)々(ぐれ)も激突せぬよう、細心の注意を願います」

「解(わか)っていますよ」

 

 機体は山の麓から、雨雲を突き破る勢いで一気に大空へと舞い上がった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 格納庫へ機体を戻した航(わたる)は、早(さ)辺(え)子(こ)から飲み薬を貰(もら)っていた。

 屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)から受ける昼の訓練に加え、夜は買い出しと称して早(さ)辺(え)子(こ)と外出し、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦訓練を行う。

 この回復薬がなければ、航(わたる)の神(しん)為(い)は保(も)たないだろう。

 

 公(こう)転(てん)館(かん)への帰り道、早(さ)辺(え)子(こ)の運転する自動車の助手席で、航(わたる)は薬を飲んで生き返る心地を感じていた。

 この後、館で家事を熟(こな)さなければならないので、へばってはいられないのだ。

 

「やはりというか何というか、神(しん)為(い)の扱いはあまり上達しておりませんね」

「ぐ、そうですか……」

 

 相変わらず、早(さ)辺(え)子(こ)は航(わたる)に戦いの素質が無いと、何かにつけて揶(や)揄(ゆ)してくる。

 

「まあ、屋(や)渡(わたり)の訓練内容が前時代的な根性論に偏り過ぎているせいでもありますがね」

「前時代的、ですか……」

 

 屋(や)渡(わたり)の訓練内容は常軌を逸していた。

 

 或(あ)る日は、断崖絶壁から落下させられ、何度も体をぶつけさせられた次は、谷底から這(は)い上(あ)がって戻ってくる事を求められる。

 時間切れになれば、崖に仕掛けられた爆弾が爆発して、また同じ目に遭わされる。

 また或る日は、足に重しを着けた状態で滝(たき)壺(つぼ)に沈められる。

 時間以内に浮き上がって来なければ、また爆弾で川の方へと流させ、急流に呑(の)まれる。

 

 通常ならば死ぬような仕打ちだが、航(わたる)達は初日に飲まされた錠剤「東(とう)瀛(えい)丸(がん)」に因(よ)って神(しん)為(い)に強制覚醒し、常識離れした耐久力と生命力を獲得していた為(ため)、どうにか命を繋(つな)いでいた。

 屋(や)渡(わたり)は基本的に航(わたる)達の生存に関心が無いようで、放置して何処かへ行ってしまう事もざらだった。

 

「屋(や)渡(わたり)が云(い)うには、死の間際に追い込む事で内なる神の探求はより深みに達する。所謂(いわゆる)、火事場の莫(ば)迦(か)力の要領だということですが?」

「効果が無いとは言いませんが、非効率的です。現代の皇(こう)國(こく)、取(とり)分(わ)け軍では、神(しん)為(い)の深みに達する為の訓練は確(しっか)りと体系化されています。徒(いたずら)に自分を追い込み、命を脅かすのは無意味な苦(く)役(えき)であるばかりではなく危険で、推奨されておりません」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の言葉を意外に思った。

 神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)といえば、嫌でも戦前の日本国を想起させる名前だ。

 強圧的、好戦的な外交姿勢もあって、国として前時代的であるというイメージがどうしても付(つ)き纏(まと)う。

 

「所詮、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は前時代の遺物ですからね。未(いま)だに過去の考え方、精神性を引(ひ)き摺(ず)っている、というのも仕方が無いのでしょう」

「皇(こう)國(こく)は彼らよりも遥(はる)かに進歩している、と」

「当然です。今は皇紀二六八六年ですよ?」

 

 どうやら皇(こう)國(こく)は神武天皇即位紀元という紀年法を用いているらしい。

 これに依(よ)ると、元年は西暦でいうところの紀元前六六〇年、西暦二〇二六年は皇紀二六八六年となる。

 

「確かに、屋(や)渡(わたり)の神(しん)為(い)訓練に比べて、水(み)徒(と)端(はた)さんの為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦訓練は上達が分かり易(やす)いような気がします」

「そこはまあ、岬(さき)守(もり)様にそれなりの素質があった、というのもあるでしょうね」

 

 航(わたる)は耳を疑った。

 早(さ)辺(え)子(こ)から自分を褒める言葉が聞けるとは思わなかったのだ。

 

「素質、あるんですか? 僕(ぼく)に?」

「随分とまあ、自信を無くされたようですね。あくまでも『それなり』ですが、此(こ)方(ちら)に関してはそう御自身を卑下なさることもありませんよ」

 

 誰のせいだと思っているのか、とは早(さ)辺(え)子(こ)を責められなかった。

 この一週間余り、屋(や)渡(わたり)の訓練によって、早(さ)辺(え)子(こ)の見込みが正しかったと身に染みてきたからだ。

 

「名指しで言われたからなあ……。僕(ぼく)が一番、訓練の進(しん)捗(ちょく)が遅れているって……」

「聞き及んでおります。正直、安心いたしました」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は屋(や)渡(わたり)から七人の評価を聞かされているらしい。

 

「優秀なのは折(おり)野(の)様、椿(つばき)様、それと虎(こ)駕(が)様。久(く)住(ずみ)様は可も無く不可も無く及第点。残る三名、虻(あぶ)球(く)磨(ま)様と繭(まゆ)月(づき)様、そして貴方(あなた)は『落ち零(こぼ)れの三莫(ば)迦(か)』だとか」

「屋(や)渡(わたり)の野郎……」

 

 航(わたる)は屋(や)渡(わたり)の言い草に思わず悪態を吐いた。

 尤(もっと)も、早(さ)辺(え)子(こ)が七人の評価を把握しているという事実自体は寧(むし)ろ朗報である。

 それはつまり、訓練について屋(や)渡(わたり)が早(さ)辺(え)子(こ)に相談を持ち掛けているということなのだから。

 

「まあ、あの男へ目に物見せるのはもう少し御辛抱ください。貴方(あなた)が成すべきは、決行日の七月一日までに独力で為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦を完全に我が物とする事で御座います」

「それまでに、訓練中の事故で死なない様に気を付けないといけませんね」

「では、その為に毎日のお役立ち情報を話しておきましょうか」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)と共に時間を過ごすことで、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の訓練以外に一つの利点を得ていた。

 どうやら屋(や)渡(わたり)は彼女の事をかなり信用しているようで、日々の訓練の予定を話しているらしい。

 

「明日から一週間、飢餓訓練だそうです。明日の朝食を最後に、当分はお食事もお飲み物も無しになるそうですよ」

「げ、マジですか? だから今日、買い出しに食料が無かったのか……」

「まあ、これに関しましては軍でも似た様な訓練を行っていますからね。神(しん)為(い)に覚醒した者に特有の驚異的生命力に因って、断水・絶食・徹夜を長期間経ても肉体的性能を維持出来る、という進軍に於(お)ける大いなる利点、それを経験させる為に」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の説明に戦慄を覚えた。

 神(しん)為(い)が如(い)何(か)に強大な力であるか、航(わたる)は身を以(もっ)て体験している。

 もしこれが皇(こう)國(こく)の兵士に標準で備わっていて、体系化された訓練を積んでいるとしたら、それは超人の軍隊と言って差し支えあるまい。

 

「でも、僕(ぼく)達は今でも結構お腹(なか)空くし喉も渇く、眠くもなりますよ?」

「ええ。神(しん)為(い)ではそういった生理的な反応を抑制することまでは出来ません。ですから、それに慣れる訓練を軍は行っているのです。尤も、屋(や)渡(わたり)は単なる苦役としか考えていないのでしょうが」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)による屋(や)渡(わたり)の評価は散々だった。

 何か余程、腹に据えかねている事でもある様子だ。

 

「岬(さき)守(もり)様、呉々も御用心くださいませ。飢餓状態下では神(しん)為(い)を著(いちじる)しく消耗します。その状態では、耐久力の許容量もまた低下する。つまり、死の危険が大幅に増すということです」

「初日の二(に)井(い)原(はら)さんみたいに、か……」

 

 神(しん)為(い)による耐久力と生命力の上昇にも限度がある。

 それを超えてしまった結果は、あの時全員が目撃している。

 

「それともう一つ、これは神(しん)為(い)というよりもそれを与える丸薬『東(とう)瀛(えい)丸(がん)』の欠点といえるのですが……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の運転する自動車は公(こう)転(てん)館(かん)に近付いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。