日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第七十七話『宿敵』 序

 少し時を遡(さかのぼ)り、九月六日日曜日の夕刻。

 皇(こう)國(こく)の業(なり)田(た)国際空港に、日本国の政府専用機が到着した。

 この便で、日本国の捕虜となっていた皇(こう)國(こく)の兵士達が送還されることになっていた。

 出迎えるのは皇(こう)國(こく)の内閣総理大臣にして予備役国防軍大将・都(つ)築(づき)廉(れん)太(た)郎(ろう)と、国防軍大臣にして元(げん)帥(すい)国防軍大将・五(ご)郎(ろう)丸(まる)佐(さ)平(へい)、遠征軍大臣にして元帥遠征軍大将・初(はつ)芝(しば)進(しん)之(の)輔(すけ)、外務省から総(そう)源(げん)猫(ねこ)太(た)郎(ろう)次官である。

 

 捕虜の内訳は、硫黄島防衛戦で確保された元輪(わ)田(だ)隊の将校達、南鳥島の戦いで確保された最新鋭機の操縦士達、その他、多くの侵攻作戦で日本国の手に落ちた計数十名である。

 彼らは概(おおむ)ねジュネーブ条約に基づいた人道的な扱いの下で今日まで過ごし、日本国政府の外交官や自衛官の立会いの下、皇(こう)國(こく)側に引き渡される。

 

 都(つ)築(づき)を始めとした皇(こう)國(こく)側の高官達は、引き渡された兵達一人一人に労(ねぎら)いの言葉を掛けていった。

 だがそんな中で、最後に一人だけ特別に自衛官を伴って階段を降りる女が居た。

 彼女だけは殆(ほとん)ど軍と関わりの無い予備役少尉で、岬(さき)守(もり)航(わたる)達との関わりから半ば強引に捕虜としての地位を付与された経緯を持つ。

 曲がりなりにも彼女が男爵令嬢だったことも、この特別扱いには影響していた。

 

「水(み)徒(と)端(はた)様、貴女(あなた)は此(こ)方(ちら)へどうぞ」

 

 そんな彼女、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)には政府高官とは別の出迎えが用意されている。

 早(さ)辺(え)子(こ)は少し驚いた様に眉を上げた。

 案内役を務めるのは外交官の乃(の)万(ま)晃(あきら)である。

 彼に先導され、彼女は上流階級用の特別待合室に通された。

 

「お連れしました」

 

 上等な意匠の施された待合室に控えていたのは、三人の華族令嬢だった。

 その顔触れを目の当たりにし、早(さ)辺(え)子(こ)は入室を躊(ため)躇(ら)う。

 この場の四人は皆新華族の令嬢だが、早(さ)辺(え)子(こ)は自身を待ち受けていた三人について、あまり良い評判を聞いていなかった。

 

「御機嫌良う、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)さん」

 

 三人の内、最初に立ち上がって優雅に挨拶をしたのは長身で金髪碧(へき)眼(がん)の美女、子爵令嬢・別(びゆ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)だった。

 早(さ)辺(え)子(こ)もまた長身ではあるが、黎(れい)子(こ)の背丈はその彼女に迫る程である。

 

「別(びゆ)府(う)幡(まん)様……、それに、枚(ひら)辻(つじ)様、鬼(き)獄(ごく)様……、御無沙汰しております……」

 

 別(びゆ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)・枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)・鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)、この三名は新華族の社交界では一癖も二癖も有る厄介な令嬢として有名であった。

 小柄の痩せた体(たい)躯(く)に黒い衣装に身を包み、猫の縫い包みを抱える銀髪の少女、子爵令嬢・枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)は気(け)怠(だる)げな表情をしたまま明後日の方向を見ている。

 レオタードとスパッツに胴着を身に着けた健康的な茶髪の美少女、伯爵令嬢・鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)は早(さ)辺(え)子(こ)の方を向くと、底意地の悪い笑みを浮かべた。

 唯一きちんと挨拶をした黎(れい)子(こ)も、青い眼(め)のそこは読み取ることが出来ず、その考えは掴(つか)みどころが無い。

 

「これは一体……どういうことなのでしょうか?」

 

 勿(もち)論(ろん)、是(これ)迄(まで)日本国で捕虜として囚(とら)われていた早(さ)辺(え)子(こ)には、この三名が迎えに来ることなど全く伝えられていない。

 突然の状況に、ただ困惑するばかりである。

 そんな彼女の様子に、東(あ)風(ゆ)美(み)が一つふんと鼻を鳴らして立ち上がった。

 

「どういうことかは兎(と)も角(かく)、態(わざ)々(わざ)迎えに来てあげた私(わたし)達に礼の一つも無いんですか?」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)はそう言うと、不機嫌そうな表情を浮かべて入り口で佇(たたず)む早(さ)辺(え)子(こ)に迫る。

 その態度には、早(さ)辺(え)子(こ)に対する侮りが繕われもせず表われていた。

 しかしこの場では早(さ)辺(え)子(こ)の家格が最も低く、加えて最年長である。

 早(さ)辺(え)子(こ)は素直に頭を下げ、非礼を詫(わ)びる。

 

「失礼致しました、御(お)三(さん)方(かた)。此(こ)の度は私(わたくし)のような者の為(ため)、態々御足労頂き誠に有難う御座います」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)はそんな彼女の様子に目を細める。

 早(さ)辺(え)子(こ)の振る舞いは常識的なものだが、東(あ)風(ゆ)美(み)の機嫌は直っていないようだ。

 東(あ)風(ゆ)美(み)は早(さ)辺(え)子(こ)へと更に一歩近付き、互いの息が掛かる程に距離を詰めた。

 

「どういたしまし、てっ!」

「おぐっ!!」

 

 突如、東(あ)風(ゆ)美(み)は早(さ)辺(え)子(こ)の鳩尾(みぞおち)に重いを入れた。

 捕虜に対する処置として扶(ふ)桑(そう)丸(がん)で神(しん)為(い)を取り除かれていた早(さ)辺(え)子(こ)は、堪(たま)らず腹を抱えて膝を突く。

 思い掛けない暴挙に、早(さ)辺(え)子(こ)を連れて来た乃(の)万(ま)も慌てふためいている。

 

「水(み)徒(と)端(はた)様!? 鬼(き)獄(ごく)様、何を! ……うっ!」

 

 瞬間、乃(の)万(ま)は冷や汗を掻(か)いて動きを止めた。

 彼の喉元には匕首(あいくち)の先端が突き付けられていた。

 全く気付かぬ間に、枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)が乃(の)万(ま)の懐まで移動していたのだ。

 

「やめた方が良い。平民が東(あ)風(ゆ)美(み)を咎(とが)めると、後が面倒」

「枚(ひら)辻(つじ)様っ……!」

 

 乃(の)万(ま)を見上げる埜(の)愛(あ)瑠(る)の眼には、気怠げながらも威圧感があった。

 枚(ひら)辻(つじ)家は戦闘一族として名を馳(は)せた新華族である。

 一瞬のうちに間を詰めた体術も、その面目躍如というわけだ。

 

「皇(こう)國(こく)貴族ともあろう者が虜囚の辱めを受けるなんて、どの面下げて生きて帰って来たんですか?」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は早(さ)辺(え)子(こ)を土足で踏(ふ)み躙(にじ)る。

 そんな彼女を諫(いさ)めるのは、先程乃(の)万(ま)に匕首を突き付けた埜(の)愛(あ)瑠(る)だ。

 

「東(あ)風(ゆ)美(み)、あんまりやるとそいつ死んじゃう」

「ああ、そういえば雑魚(ざこ)でしたもんね、こいつ」

「そうそう。この方、術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)から覚醒した逆順型らしいですわよ。そのせいで、最も基礎的な耐久力と恢(かい)復(ふく)力が弱くて戦闘には向きませんの」

 

 蹲(うずくま)って悶(もだ)える早(さ)辺(え)子(こ)を、東(あ)風(ゆ)美(み)の嘲(あざけ)る様な視線が見下ろす。

 逆順型とは、神(しん)為(い)が異能から覚醒していくタイプで、白(びゃく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)が例に挙げられるように、一般に戦闘向きでないとされる。

 

 神(しん)為(い)は通常、第一段階で生命力の根幹となる耐久力と恢復力が覚醒し、次の第二段階として膂(りよ)力(りよく)や瞬発力、知覚能力など、身体に関する能力が超常的に強化され、第三段階として特殊な異能が身に付く。

 しかし稀(まれ)に、これが逆順で覚醒するものも存在する。

 このタイプは体が常人のままで異能だけ身に付いてしまう為、通常よりも体が脆(もろ)く、中には能力の詳細が判(わか)らないまま命を落としてしまうこともある。

 故に、通常の神(しん)為(い)使いからは蔑(さげす)みの目で見られることも少なくないのだ。

 

 しかし、そんな東(あ)風(ゆ)美(み)の蔑みに対して埜(の)愛(あ)瑠(る)が首を横に振る。

 

「違う、そうじゃない。水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)は神(しん)為(い)を無効化されている。今のそいつの耐久力は常人と同じ」

「あっ、いっけない!」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)はわざとらしく慌てた様子を見せ、早(さ)辺(え)子(こ)の背中から足を退けた。

 遠巻きに様子を窺(うかが)っていた黎(れい)子(こ)も、わざとらしく思い出した様に指を立てて上を向く。

 

「そういえば十(とお)桐(どう)様がそのようなことを仰(おつしや)っていましたね」

「黎(れい)子(こ)、白々しい。東(あ)風(ゆ)美(み)は兎も角、黎(れい)子(こ)は知っていて止めなかった」

「ちょっと埜(の)愛(あ)瑠(る)、なんですか、私(わたし)は兎も角って?」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)の指摘に、黎(れい)子(こ)は悪びれもせず微(ほほ)笑(え)む。

 

「だって、私(わたし)は東(あ)風(ゆ)美(み)さんの気持ちも解(わか)りますから。正直、良い気分ではないですよ。明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)などに送られる上にこの様な御(お)方(かた)に立ち振る舞いを教われ、だなんて……」

「ですよねー。黎(れい)子(こ)なら解ってくれると思っていました」

「まあ、確かにそれはそう……」

 

 三人の遣(や)り取(と)りから、早(さ)辺(え)子(こ)は大方の事情を察した。

 意図までは解らないが、どうやら十(とお)桐(どう)がこの三人に日本国へ赴(おもむ)く様に命じており、そして早(さ)辺(え)子(こ)はその案内役に選ばれた、ということらしい。

 

 と、そんなことをしていると、一人分の小さな足音が廊下から近付いてきた。

 そしてそれは、特別待合室の前で立ち止まる。

 

「何をしておるのじゃ、お前達」

「あ、十(とお)桐(どう)様」

 

 武家の婦人の様な和装を身に付けた、小柄な少女にも似た彼女は女公爵・十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)――皇(こう)國(こく)最上級貴族・六摂家の一角を担う十(とお)桐(どう)公爵家の当主である。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)らと縁のある彼女は、三人の新華族令嬢を率いて和平交渉に臨む大役を受けたのだ。

 

「これはどういうことじゃ?」

「すみません、十(とお)桐(どう)様。水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)は気分が悪くなったようでして。明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)で何か悪い物でも食べさせられたんですかね?」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は白々しく嘘(うそ)の弁明をする。

 そしてその嘘を、他の二人も咎めたりはしない。

 何も察せぬ十(とお)桐(どう)ではないが、現場を目撃していない以上は何も言えまい。

 

「水(み)徒(と)端(はた)よ、我が東(とう)瀛(えい)丸(がん)を与えてやろう。それで神(しん)為(い)を身に付ければ、腹痛は回復する筈(はず)じゃ。お前の能力も借りる機会があるかも知れんからの……」

 

 十(とお)桐(どう)はそう言うと懐から小(こ)瓶(びん)を取り出し、その中から一粒の錠剤を早(さ)辺(え)子(こ)に差し出した。

 早(さ)辺(え)子(こ)が東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲む様子を、三人の新華族令嬢は何も言わずに見守っている。

 

「では、滑走路に向かうとするかの。此(こ)度(たび)の交渉、恙(つつが)無(な)く済むことを願うばかりじゃ」

「はい! 十(とお)桐(どう)様、一つ質問があります!」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)が勢い良く手を挙げた。

 

「これから私(わたし)達が明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)へと向かうのは、和平交渉というのは建前で、本当は叛(はん)逆(ぎやく)者を征伐しに出掛けるのだと聞いています!」

「うむ、そのとおりじゃ。交渉は主に我が引き受けるから、お前達はその間に向こうの戦士達と協力して狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を始末するのじゃ」

「成程。やはり明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の戦士達と組んで狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を征伐する訳ですね?」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は十(とお)桐(どう)の答えを聞き、底意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「つまり、会えるんだ……。曾(ひい)御(お)爺(じい)様(さま)・持国天様に逆らった愚かな一族の末(まつ)裔(えい)に……」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は何やら良からぬことを企(たくら)んでいた。

 何はともあれ、早(さ)辺(え)子(こ)は十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)及び三人の新華族令嬢を伴い、帰国したその足で再び日本国へと戻ることになった。

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