日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第七十八話『畏影悪迹』 破

 現在・九月七日深夜に時を戻す。

 日本国東京、交差点へと出た岬(さき)守(もり)航(わたる)と屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)の前に現れたのは、推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)だった。

 武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)によって形成された槍(やり)『菊(きく)水(すい)龍(りゅう)尾(び)ノ(の)長(なが)鑓(やり)』を携えており、既に臨戦態勢である。

 

「なんでお前が此(こ)処(こ)に居るんだ!」

 

 航(わたる)は推(つき)城(しろ)に強く問い掛けた。

 以前、航(わたる)は皇(こう)國(こく)の甲(きのえ)公爵邸(てい)で推(つき)城(しろ)と戦っている。

 つまり、どういう手段でかこの男は皇(こう)國(こく)から日本へと渡ってきたのだ。

 

「甲(きのえ)の邸宅では世話になったな、岬(さき)守(もり)航(わたる)」

 

 推(つき)城(しろ)は航(わたる)の質問に答えない。

 その出(い)で立(た)ちから、航(わたる)にとって良くない動機でこの場に現れたらしい。

 巨(きよ)躯(く)も相(あい)俟(ま)って、強烈な威圧感を醸し出している。

 

 航(わたる)は甲(きのえ)公爵邸での対決を思い出していた。

 あの時、結果は武器破壊で航(わたる)の勝利だった。

 しかし、実質的には偶(たま)々(たま)勝ちを譲ってもらった様なものだった。

 紙一重の所で槍に貫かれなかっただけだった。

 

(この男は強い。未(いま)だに底を見せていない)

 

 航(わたる)は全身の感覚が告げる警告に従い、摺(すり)足(あし)で構えて右手に光線砲ユニットを形成した。

 推(つき)城(しろ)が襲い掛かってきた瞬間に迎え撃てるよう、準備は万(ばん)端(たん)だ。

 

 そんな航(わたる)を余(よ)所(そ)に、推(つき)城(しろ)は徐(おもむろ)に空いている左手を顔の前へと持って来た。

 指で作った輪を通して屋(や)渡(わたり)の姿を覗(のぞ)く。

 

「屋(や)渡(わたり)よ、貴様は仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)を消した時点で用済みだ。生かしておくのは不安要素が大きかった。今、烏(う)都(つの)宮(みや)警察署でし損じた始末を付けてやろう」

 

 推(つき)城(しろ)の言葉が終わった瞬間、屋(や)渡(わたり)は口から血を吐いて倒れた。

 

「屋(や)渡(わたり)!? お前、一体何をした!」

「狡(こう)兎(と)死して走(そう)狗(く)烹(に)らるというだけのこと。同時に、警告も兼ねてある。余計なことを詮索すると、貴様も早死にすることになる。折(せつ)角(かく)泰平の世が来ようというのに、態(わざ)々(わざ)杞(き)憂(ゆう)に悩むこともあるまい」

 

 推(つき)城(しろ)は悪びれもせず不敵に笑っていた。

 航(わたる)の胸の内に、何故(なぜ)か怒りが込み上がってくる。

 屋(や)渡(わたり)の為(ため)ではなく、「狡兎死して走狗烹らる」などと他人を使い捨てるような言(い)い種(ぐさ)が不愉快だった。

 それを材料に、明らかに何か不穏な暗躍を隠しながら何事も無いと嘯(うそぶ)いて脅しを掛けてきたことも莫(ば)迦(か)にしている。

 

「推(つき)城(しろ)、生(あい)憎(にく)今は神(しん)為(い)を使って日本に脅威を齎(もたら)す相手と戦うことを仕事にしているんだ。狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は全員残らず捕えなければならない」

 

 航(わたる)は右拳を、光線砲の砲口を推(つき)城(しろ)に向けた。

 

「お前が狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を利用して何か良からぬことをしていたのなら、当然お前もその対象になる!」

「ほう……」

 

 推(つき)城(しろ)もまた、槍を構えた。

 

「よくぞ言った。貴様がそう来るのなら私(わたし)も受けて立とう。屋(や)渡(わたり)の様な殺し方はせん! 武士の作法として、戦にて甲(きのえ)公爵邸での借りを返そうではないか!」

 

 二人の間の空気が張り詰める。

 周囲の風が渦巻き、線上の空気を振(ふ)り撒(ま)く。

 睨(にら)み合(あ)う二人の闘気が交錯し、残暑を冷ましていく。

 

「行くぞ!」

 

 推(つき)城(しろ)は猛然と航(わたる)に襲い掛かってきた。

 以前の戦いの様に、意表を突いた仕掛け方を警戒していた航(わたる)は正面から向かってきた相手に対して逆に驚かされた。

 光線砲の備わった籠(こ)手(て)で辛うじて槍を裁くも、顔の横を掠(かす)めて切れた茶髪が足下に散らばる。

 

(疾(はや)い! 甲(きのえ)邸の時よりも遙(はる)かに!)

 

 一度の刺突で航(わたる)は察した。

 甲(きのえ)公爵邸の戦いで、推(つき)城(しろ)は手を抜いていたのだ。

 未だ底を見せていないという航(わたる)の推測は正しかった。

 

 推(つき)城(しろ)は凄(すさ)まじい速度で槍の刺突を乱れ打ってきた。

 あまりの激しさに、航(わたる)は防戦一方となる。

 捌(さば)くので精一杯、反撃どころではない。

 航(わたる)は左腕にも光線砲ユニットを形成したが、攻撃の為というよりは防御の手が欲しかった。

 

(このままじゃ駄目だ! どうする?)

 

 航(わたる)はどうにか反撃の糸口を掴(つか)もうとする。

 しかし、推(つき)城(しろ)という男はただ闇雲に槍の攻撃を繰り出してくるばかりではない。

 

「フンッ!!」

 

 推(つき)城(しろ)は地面を蹴り、土瀝青(アスファルト)の礫(つぶて)を飛ばしてきた。

 槍を捌くので精一杯だった航(わたる)は、礫を一発腹に受けてしまった。

 その怯(ひる)んだ隙を、推(つき)城(しろ)は見逃さない。

 槍は真(まつ)直(す)ぐ、航(わたる)の額を捕えた。

 

「むっ!?」

 

 だが推(つき)城(しろ)は目を瞠(みは)る。

 槍は額を貫けずに止められていた。

 間一髪、航(わたる)は額に小さな鏡の障壁を形成して攻撃を防いでいたのだ。

 腹部も鏡の障壁によって礫の衝突から守られていた。

 

「掴んだぞ!」

 

 航(わたる)はこの隙を逃さず、右手で推(つき)城(しろ)の槍を取って引き込もうとした。

 土壇場まで鏡の障壁を形成する虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の能力を隠し、槍の攻撃を掻(か)い潜(くぐ)る千(せん)載(ざい)一(いち)遇(ぐう)の機を作ろうとした。

 このまま一気に懐に入り、左手の光線砲で推(つき)城(しろ)を撃ち抜く――それが航(わたる)の見(みい)出(だ)した策だった。

 

 だが推(つき)城(しろ)はビクともしない。

 それどころか、槍を振り上げて逆に航(わたる)の身体を持ち上げる。

 虚を突かれたにも拘(かか)わらず瞬時に働かせた機転と、航(わたる)を全く寄せ付けない剛力――航(わたる)の策を推(つき)城(しろ)の力量が上回った。

 

 航(わたる)は槍から手を離し、空中から推(つき)城(しろ)を狙って光線砲を放つ。

 しかし推(つき)城(しろ)はこれも難なく躱(かわ)す――筈だった。

 が、推(つき)城(しろ)の足には地面から伸びた木の蔓(つる)が絡み付いていた。

 光線砲は推(つき)城(しろ)の右肩から脇までを僅(わず)かに抉(えぐ)った。

 

「ぐうッッ!!」

 

 木の蔓に足を取られて躱し切れなかった推(つき)城(しろ)の表情が苦痛に歪(ゆが)む。

 航(わたる)はその隙に釣(つり)竿(ざお)を形成し、釣(つり)糸(いと)を電柱に絡み付ける。

 更に、地面から小さな木を生やして釣(つり)糸(いと)を引っ掛ける。

 航(わたる)の身体はワイヤーアクションの要領で勢い良く宙を駆け、推(つき)城(しろ)の目の前に降り立った。

 

「喰(く)らえ!」

 

 そして、射撃。

 航(わたる)の腕から放たれた光の筋が推(つき)城(しろ)の左胸を貫き、夜空の向こうへと駆け上がっていった。

 上空へと向ける光線砲は地面に向ける場合と異なり市街地を破壊する危険が低く、気兼ねなく出力を高めることが出来る。

 流石(さすが)の推(つき)城(しろ)も体を宙に浮かせ、後へ飛んで仰(あお)向(む)けに倒れた。

 

(良し……!)

 

 恐ろしく手(て)強(ごわ)い相手だったが、手応えはあった。

 戦場を経験した航(わたる)は最(も)早(はや)止めを躊(ため)躇(ら)わない。

 屋(や)渡(わたり)の時とは異なり、確実に心臓を狙って仕留めた。

 だが航(わたる)は何故か胸に去来する不安を感じてならなかった。

 

「ふむ……」

 

 左胸を撃ち抜かれた推(つき)城(しろ)は平然と起き上がった。

 口から血を流し、胸に穴を開けながらも不敵に笑っている。

 

「なっ、嘘(うそ)だろう?」

「意識の虚を突く駆け引き、多様な手札を切る上での戦略性、刹那の隙を逃さぬ勝負勘、不測の事態の対応力、迷い無く撃つ覚悟……見事なものだ。私(わたし)が只(ただ)人(びと)であったならば絶命は免れなかったであろう」

 

 言葉とは裏腹に、推(つき)城(しろ)の胸の穴はすぐに塞(ふさ)がってしまった。

 航(わたる)は驚(きよう)愕(がく)を禁じ得なかった。

 

「推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)……お前は一体何者なんだ……?」

「何を驚いている? 私(わたし)が八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)の同志であると言うことは既に知っているのではないか? 八(や)社(おと)女(め)も私(わたし)も、死んだくらいでは死なないというだけの話だ」

 

 傷の癒えた推(つき)城(しろ)は再び槍を構えた。

 

「だから言ったのだ、要らぬ気を起こして詮索すると早死にするだけだと。戦いが始まった時点で、貴様はこの私(わたし)の『菊(きく)水(すい)龍(りゅう)尾(び)ノ(の)長(なが)鑓(やり)』に血を吸われる以外に道は無い」

 

 苦難の末にどうにか勝てたと思っていたが一転、航(わたる)は勝ち筋を失ってしまった。

 如(い)何(か)なる策を的中させようと、相手が不死身ではどうすることも出来ない。

 絶体絶命、という他無いだろう。

 

 しかしその時、一陣の風が二人に吹付けた。

 何者か、凄まじい強者の気配がこの場に急接近している。

 気配の主は空の彼方(かなた)から二人の間に降り立った。

 同時に、推(つき)城(しろ)に向けて拳を振るう。

 

「ぬっ!!」

 

 推(つき)城(しろ)は拳を槍の柄で受け流した。

 だが拳の破壊力はあまりにも大きく、推(つき)城(しろ)は大きく後方に蹌(よ)踉(ろ)めいた上に槍を圧(へ)し折られていた。

 

「貴様は……!」

「私(わたし)の航(わたる)を手に掛けようだなんて、良い度胸をしているわね」

 

 そこに立っていたのは麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)だった。

 長い黒髪を靡(なび)かせ、堂々たる強者の佇(たたず)まいである。

 突然の来訪者に、推(つき)城(しろ)の笑みが消えた。

 一気に分が悪くなったと悟ったのだろう。

 

「魅(み)琴(こと)、来てくれたのか」

「嫌な神(しん)為(い)を感じたのよ。間に合って良かったわ」

 

 以前、魅(み)琴(こと)は航(わたる)と屋(や)渡(わたり)の戦いの場に駆け付け、絶体絶命の危機を救ってくれた。

 こと航(わたる)の身の危険に対しては、魅(み)琴(こと)の勘は冴(さ)え渡(わた)るのだろう。

 

「四(よ)方(も)や二度までも『菊(きく)水(すい)龍(りゅう)尾(び)ノ(の)長(なが)鑓(やり)』を折られるとはな。こうなっては流石の私(わたし)も退却せざるを得まい」

「逃がすとでも?」

 

 魅(み)琴(こと)は推(つき)城(しろ)に一歩、躙(にじ)り寄(よ)る。

 しかしそれを意に介さず、推(つき)城(しろ)は航(わたる)と魅(み)琴(こと)に背を向けた。

 

「私(わたし)が只人として生きたのは後(ご)亀(かめ)山(やま)帝の頃。当時の名は、津(つ)田(だ)左(さ)馬(ま)権(ごんの)助(すけ)正(まさ)熊(くま)。調べたとて出て来はしない。事績は津(つ)田(だ)氏や郎党達と混同されて伝わっていると聞いている」

「何……?」

 

 推(つき)城(しろ)が吐いた突然の言葉に、航(わたる)は困惑を隠せなかった。

 一方で、魅(み)琴(こと)は冷静に構える。

 

「どういうつもり?」

「私(わたし)を撤退に追い込んだ貴様ら二人に敬意を表し、己の素(す)性(じよう)を少しだけ話してやったまでのこと。嘗(かつ)て八(や)社(おと)女(め)がそうした様にな」

 

 推(つき)城(しろ)の体が透けていく。

 

「では、さらばだ」

「ま、待て!」

 

 航(わたる)の呼び掛けに応じることなく、推(つき)城(しろ)はその場から忽(こつ)然(ぜん)と姿を消してしまった。

 結局、まんまと逃がしてしまった。

 しかしそれよりも、二人には気になる事が生じてしまっていた。

 

「魅(み)琴(こと)、後亀山帝って……」

「南朝最後の天皇ね」

「八(や)社(おと)女(め)も和(わ)氣(けの)廣(ひろ)虫(むし)がどうのこうのと言っていたな。奈良時代に、南北朝時代か。一体、何がどうなっているんだ……」

 

 通常ならば到底信じられるような話ではない。

 だが八(や)社(おと)女(め)と推(つき)城(しろ)の不気味な雰囲気と異様なまでの耐久力・恢(かい)復(ふく)力があり得ない様な話にも説得力を持たせてしまっている。

 

 深夜の風が不穏に逆巻く。

 深い闇が、影に蠢(うごめ)く恐るべき気配を彩(いろど)っていた。

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