日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

266 / 399
第七十八話『畏影悪迹』 急

 その時、土瀝青(アスファルト)に倒れていた屋(や)渡(わたり)が咳(せ)き込(こ)んで血を噴き出した。

 

「屋(や)渡(わたり)!?」

 

 航(わたる)は屋(や)渡(わたり)の許(もと)へ駆け寄り、膝を突いて顔を覗(のぞ)き込(こ)む。

 息はあるが既にか細く、顔色も青(あお)褪(ざ)めていて、見るからに衰弱していた。

 

「魅(み)琴(こと)、救急車を呼んでくれ!」

 

 航(わたる)は如何(いか)に屋(や)渡(わたり)といえども公正に裁かれるまで死ぬべきではないと思っていた。

 それ故、命があるならば可能な限り助けたい。

 しかし、屋(や)渡(わたり)はそんな航(わたる)の手を掴(つか)んで首を振る。

 

「やめろ……。そんなことを……しても……無駄だ……」

「何を言っているんだ!」

「解るん……だよ。俺(おれ)は……助からん……。何か……死が……死という因果……そのものが……埋め込まれた様な……ぐはっ!」

 

 途切れ途切れに言葉を紡ぐ屋(や)渡(わたり)だったが、それすらも吐血が遮る。

 虚(うつ)ろな眼(め)には、彼に忍び寄る死の影が朧(おぼろ)気(げ)ながら確実に宿っていた。

 

「屋(や)渡(わたり)、もう喋(しやべ)るな! おい魅(み)琴(こと)!」

「もう呼んだわ。但し、私(わたし)達の同僚をね。そいつはもう死ぬ。救急車は間に合わないわ」

 

 屋(や)渡(わたり)を見下ろす魅(み)琴(こと)の眼は冷淡だった。

 憎しみも蔑(さげす)みも無く、ただ死という現実だけを見据えていた。

 

 一方で、屋(や)渡(わたり)は魅(み)琴(こと)の言葉を聞いて安心した様に笑った。

 そしてその眼は、航(わたる)のことを真(ま)っ直(す)ぐに見上げている。

 

「岬(さき)……守(もり)……」

 

 屋(や)渡(わたり)の眼に光が宿る。

 両の瞳には航(わたる)の姿がはっきりと映されている。

 まるで、最(さい)期(ご)に見る相手に選んだかの様に。

 彼は航(わたる)の姿に何を重ねているのだろうか。

 

「……」

 

 屋(や)渡(わたり)は口を僅(わず)かに動かし、何かを言おうとしていた。

 しかし、最(も)早(はや)声も出ていない。

 そしてそのまま何かに納得した様に、ゆっくりと目を閉じて動かなくなった。

 

「屋(や)渡(わたり)……」

 

 屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)は死んだ。

 この男が居なければ、航(わたる)の運命が回り出すことは無かっただろう。

 六月初旬、彼は航(わたる)を拉致し、航(わたる)や仲間達に様々な理不尽を強い、蛮行を働き、傷付け、辱め、そして犠牲を出した。

 航(わたる)が日本と皇(こう)國(こく)の争いに巻き込まれたのは、まさにそれが切(きっ)掛(かけ)である。

 

 屋(や)渡(わたり)に擁護の余地は無い。

 航(わたる)もこの男に憐(れん)憫(びん)などは感じていない。

 だがそれでも、岬(さき)守(もり)航(わたる)という人間の人生と運命を語る上で、屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)を欠くことは出来ないだろう。

 今この瞬間、航(わたる)の人生の一端が終(しゆう)焉(えん)を迎えたのだ。

 

 屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)の生涯は、愚かな過(あやま)ちに満ちたものだった。

 その緞(どん)帳(ちょう)は、自ら宿敵と定めた男に見守られながら重く下ろされた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 死の間際、屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)は答えに辿(たど)り着(つ)いていた。

 それは、彼が犯した過ちの一つである。

 

 不可解であった。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)に対する評価を改めたのは、その術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)が驚異的であったからだ。

 使用経験のある武器を生成する能力――それは為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の切断ユニットや光線砲ユニットにまで適応され、恐るべき力を発揮した。

 

 しかし、航(わたる)は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の能力や虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の能力まで使って見せた。

 これは奇妙なことである。

 武器の定義が広いのは解る、他人の能力を武器判定するのも解る、だがそれらが使用済みである筈(はず)が無い。

 他人の能力を使ったことがある訳がないのだから。

 

 ……本当にそうだろうか。

 何か一つ、重大な思い違いをしているのではないか。

 武器生成の能力は、航(わたる)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の本質ではない――そうは考えられないか。

 航(わたる)の真の能力とは、実は他人の能力を使用する方にあるのではないか。

 

 そう考えたとき、屋(や)渡(わたり)は理解した。

 航(わたる)が自分との戦いで使用し、脅威と認識した能力が、本当は誰のものだったのか。

 どのような条件付けで、航(わたる)に使用出来る他人の能力が決まるのか。

 

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に入った或(あ)る筋の情報に拠(よ)ると、虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)は既に死亡し、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)は戦線を離脱している。

 つまり二人とも、神(しん)為(い)を失って自らの能力使用出来ない状態になっている。

 おそらくこれが一つ目の条件だろう。

 

 では、折(おり)野(の)菱(りよう)はどうか。

 航(わたる)の仲間だった折(おり)野(の)は、殺人罪から逃れるべく皇(こう)國(こく)内に雲隠れしようとしていたが、策が外れて土生(はぶ)十(と)司(し)暁(あき)と戦うことになった結果、相打ちとなり死亡している。

 その折(おり)野(の)菱(りよう)の能力を使う気配が無かったのは何故(なぜ)なのか。

 

(虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)と久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)が満たしていて、折(おり)野(の)菱(りよう)が満たしていない条件……一つ思い当たることがある。あの時、折(おり)野(の)だけは自ら名(な)告(の)っていない……)

 

 そう、もう一つの条件とは、航(わたる)の前で自らの名を言っていることだ。

 拉致被害者は最初の小屋で順々に自己紹介していったが、折(おり)野(の)菱(りよう)だけはその前に正体を明かされていて自ら名告っていないのだ。

 

 もう少し捕捉すると、一つ目の条件である本人の能力使用不能は、航(わたる)がその相手の能力を使用出来るようになる切(きっ)掛(かけ)であって、以降は仮令(たとえ)本人の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)が復帰しても変わらず航(わたる)にも使用可能である。

 二つ目の条件である名告りは、航(わたる)が神(しん)為(い)を身に付けるまでに行った者だけが対象になる為(ため)、彼が東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲んで以降に名告った屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)や水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)は対象外となる。

 そして、航(わたる)が使用出来る能力は実際に彼が本人の能力使用を見たものに限る。

 

 閑話休題、話を戻そう。

 では、航(わたる)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)だと思われていた武器生成能力の、本来の持ち主は誰だったのか。

 航(わたる)が東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲むまでに自らの名を言い、そして能力が使えなくなった者は誰なのか。

 

(そうだ、あの時自己紹介をしようと言い出したのは……。あの時、崩落する小屋の中で起きたことは……。崩落の結果、敢(あ)え無(な)く死んでしまったのは……)

 

 屋(や)渡(わたり)は完全に思い出した。

 崩落する小屋の中、確かに一人の少女の体が光を放った。

 あれは術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に因(よ)る能力発動の光だった。

 しかし、能力は発動したものの何も起こらず、光の主は崩落に耐えられずに死んでしまったのだ。

 

(崩落で死んだ餓鬼、二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)はあの時、術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の能力を発動させたのか……)

 

 嘗(かつ)て聞いたことがあった。

 神(しん)為(い)の覚醒は、稀(まれ)に逆順で起こる。

 通常は第一段階で耐久力が強化され、第二段階で身体能力が強化され、第三段階で異能が発現する。

 しかし、これが逆順になってしまうと第一段階で異能が発現するが、耐久力は常人と変わらないままとなってしまう。

 

(だから、崩落に耐えられなかった。俺(おれ)を敗北させた能力は、その時に岬(さき)守(もり)航(わたる)へと移ったのだ。俺(おれ)は、最初に殺し顧みもしなかった二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)の能力によって叩(たた)きのめされた)

 

 ……いや、違う――屋(や)渡(わたり)は思い直した。

 自分を打ち倒したのは紛(まぎ)れも無く岬(さき)守(もり)航(わたる)だ。

 全ての欠(かけ)片(ら)を組み上げ、自分を初めとした汎ゆる困難を打ち倒す力へと完成させたのは岬(さき)守(もり)航(わたる)の胆力だ。

 

 彼に偶(たま)々(たま)それを可能にする能力が備わっていた――それを才能と呼ぶことも出来るだろう。

 多くの偶然が積み重なり彼にそれを可能にさせた――それを運命と呼ぶことも出来るだろう。

 それらの影響も無視は出来ないだろう。

 だが、それらだけでは決してこの様な結果になっていない。

 

(岬(さき)守(もり)航(わたる)……貴様は何より、決して諦めない心で運命を引き寄せた。生きて祖国に帰るという、不可能に思える偉業を成し遂げた!)

 

 屋(や)渡(わたり)は愈(いよ)々(いよ)、死に抱き締められようとしていた。

 そんな中で、最期に思い返す。

 

 不可能に思える願いを、志を、決して折れない心で叶(かな)えてみせる。

 のみならず、信じて従い付いて来た者達をも同じ境地へと連れて行く。

 それこそは、屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)が嘗て求めた物語そのものだった。

 とどのつまり彼は、自らの父親に「岬(さき)守(もり)航(わたる)」であって欲しかったのだ。

 

(貴様は俺(おれ)にとって父親の理想像だった……。貴様の様な男が存在するのなら、俺(おれ)の愛した物語もまた嘘(うそ)ではない……。貴様の様な男に出会え、見守られながら死んでいけるのなら、俺(おれ)の様な男には充分過ぎる最期だろう……)

 

 そして屋(や)渡(わたり)の目の前に、男女の幻が顕(あらわ)れた。

 父親と母親である。

 

(まさか……迎えに来てくれたのか? 俺(おれ)の様な男を、本当の家族として受(う)け容(い)れてくれるのか?)

 

 しかし、両親は彼に背を向けてしまった。

 そしてそのまま、二人は別々の方向へと歩いて行った。

 

(駄目か……そうだよな。俺(おれ)の家族は壊れていたんだから。俺(おれ)もまた、家族を壊してしまったのだから。本当の家族を拒絶したのは俺(おれ)の方なのだから。俺(おれ)に家族はとっくに居ない。俺(おれ)は独りで死に、魂は永遠に独りで……)

 

 屋(や)渡(わたり)の思念はここで途切れた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

⦿⦿

 

 

 

⦿

 

 

 

 九月七日の朝、根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)はホテルで岬(さき)守(もり)航(わたる)に電話を掛けていた。

 

「済まない、ついさっきメッセージを読んだ。夜遅くに大変だったな。能(よ)く対応してくれた。後の処理はB班に引き継がせるから、君(きみ)達A班は他の者の捜索に当たってくれ」

 

 深夜、根(ね)尾(お)のスマートフォンには屋(や)渡(わたり)との間に起こった一連の出来事を報告するメッセージが入っていた。

 喜ばしいのは、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)でも首(しゆ)領(りよう)Д(デー)に次ぐ実力者・屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)を斃(たお)すことが出来たこと。

 それから、推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)と接触して重要な情報を引き出せたことだ。

 ただ、可能ならば屋(や)渡(わたり)のことは生かして捕え、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が潜伏する場所の情報を得たかった。

 

「君(きみ)が推(つき)城(しろ)から聞いた情報は参考になる。出張先を追加しなければならないな。日程が延びてしまい、迷惑を掛ける」

 

 今、根(ね)尾(お)は岡山県に滞在していた。

 というのも、八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)の僅かな手掛かりである和(わ)氣(けの)廣(ひろ)虫(むし)の出身が現在の岡山県和気町なのだ。

 彼は地元に伝わる伝承や、この地ならではの研究を求め、神社や資料館、研究施設に聞き込みを行っていた。

 

 しかし成果はあまり芳(かんば)しくない。

 八(や)社(おと)女(め)に繋(つな)がる情報は全く得られていない。

 

「そういえば、皇(こう)國(こく)からの和平交渉特使が昨日到着したことは知っているか? そう。その中に、今回の捜査に協力してくれる人材が随伴しているらしい。出来れば今日、ホテルで顔を合わせておいて欲しい。中々に有能な者達らしく、連携が捜査の鍵になってくるだろうからな。ああ、宜(よろ)しく頼む。また連絡する」

 

 根(ね)尾(お)は通話を終えると、一つ息を吐いた。

 

「和(わ)氣(けの)廣(ひろ)虫(むし)が引き取ったという孤児、それを多く生み出した藤(ふじ)原(わらの)仲(なか)麻(ま)呂(ろ)の乱を追ってみても手掛かりが無かった。廣(ひろ)虫(むし)や清(きよ)麻(ま)呂(ろ)を調べようと思ったが、此(こ)処(こ)も上(う)手(ま)くないな。まるで雲を掴む様な話だ……」

 

 今日も既に訪問の予定が入っており、担当者から貴重な歴史的資料について説明を受けることになっている。

 しかし、あまり期待は出来ないだろう。

 

「此処での予定は明日までになっているから、それが済んだら岡山からは引き上げて推(つき)城(しろ)の方を当たってみるか……。津(つ)田(だ)氏……ネットでめぼしい訪問先が解るだろうか……」

 

 根(ね)尾(お)はスマートフォンを操作した。

 

「ふむ、南北朝時代では楠(くすの)木(き)氏との縁が言い伝えられているのか……。そこから足を運んでみよう」

 

 根(ね)尾(お)は溜息を吐いた。

 八(や)社(おと)女(め)や推(つき)城(しろ)が気にも留(と)めなかった影響と行(ぎょう)迹(せき)が何(ど)処(こ)かに残されていることを祈るばかりである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。