日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第七十九話『合流』 急

 根(ね)尾(お)は一つの成果から語り始める。

 

『先(ま)ず、我が国では先行して本日深夜未明、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の最高幹部である八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の一人・屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)と交戦し、これを撃破した。岬(さき)守(もり)君、御苦労だった』

「おお、マジかよ岬(さき)守(もり)! あの後そんなことになってたのか! 一人であの屋(や)渡(わたり)に勝っちまうなんて、お前はやっぱ凄(すげ)え奴(やつ)だな!」

 

 初耳であった新(しん)兒(じ)はやや興奮した様子で喜んでいる。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を全て片付けてから改めて両親の墓前に報告しようと約束したその夜に因(いん)縁(ねん)の相手を斃(たお)したとは、非常に幸(さい)先(さき)が良い。

 

「やっと、あの男との決着が付いたという訳ね……」

 

 繭(まゆ)月(づき)も感慨を漏らしていた。

 屋(や)渡(わたり)は拉致被害者全員にとって因縁の相手であった。

 

『岬(さき)守(もり)君は当然、屋(や)渡(わたり)を生け捕りにするつもりだった。狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の潜伏場所を吐かせる為(ため)に。そして奴を投降させ、目(もく)論(ろ)見(み)通りに行く筈(はず)だった。しかし、突如顕(あらわ)れた刺客によって屋(や)渡(わたり)は消されてしまったのだ』

 

 根(ね)尾(お)の言葉に、早(さ)辺(え)子(こ)と白(びやく)檀(だん)もまた神妙な面持ちとなった。

 二人は既に屋(や)渡(わたり)の死を知っている。

 早(さ)辺(え)子(こ)にとっては自分を苦しめた難き相手であり、また白(びやく)檀(だん)にとっては仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)殺害の実行犯という憎き相手である。

 その死には思う処(ところ)があって当然だろう。

 

『ここで一つ、刺客について、特に皇(こう)國(こく)からいらっしゃった皆さんにお伝えしておかなければならないことがある。というのもこの刺客、実は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の構成員ではないからだ。つまり、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を裏から操っている黒幕が存在する。そしてそれは、皇(こう)國(こく)の重要な地位に近い人物が関わっていることでもある。令嬢方にはどうか、心して聴いていただきたい』

 

 根(ね)尾(お)は話を続ける。

 

『屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)を殺害し口を封じた人物、その名は推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)。能(のう)條(じよう)緋(ひ)月(づき)元首相の密偵として、甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)元首相の秘書や皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の青年部長に扮(ふん)していた男だ』

「え!?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)が驚いて声を上げた。

 彼女は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の一員として推(つき)城(しろ)に少なからず世話になっている。

 

「どういう……ことですか?」

『驚かれるのも無理は無い。しかし我々の調査に拠(よ)ると、どうやらこの男は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領補佐・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)と繋(つな)がっていることが判(わか)っている』

「そんな……何かの間違いでは? あの方が叛(はん)逆(ぎやく)者と繋がっているなどと……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は困惑しているようだった。

 彼女にとって、推(つき)城(しろ)は決して悪い人物ではない。

 ずっと探し続けていた姉の居場所を教えてくれたのは、他ならぬ推(つき)城(しろ)である。

 自分のことを何かと気に掛けてくれていた筈の男である。

 

 しかし、そんな彼女に航(わたる)は真実を告げる。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)さん、僕(ぼく)も推(つき)城(しろ)本人の口からはっきりと聞きました。八(や)社(おと)女(め)と繋がっていることはほぼ間違い無いでしょう」

「そう……ですか。あの方の言葉に従い、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)を抜けてしまいましたが、それも策のうちだったのでしょうか……」

「あ、それは全然良かったと思います」

 

 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)という極右の如(いか)何(が)わしい団体を抜けたことは推(つき)城(しろ)に関係無く歓迎すべきだろう。

 閑話休題、話を戻す。

 

『このことは既に皇(こう)國(こく)側にも連絡済みだ。おそらく推(つき)城(しろ)は今後、皇(こう)國(こく)の特別高等警察の間で要監視人物とされ、八(や)社(おと)女(め)と同等の扱いとなるだろう。しかし一方、奴もまた日本国に入ってきているということがこの一件で判明した。この分ならば、おそらくは八(や)社(おと)女(め)も同じく、日本国内に潜伏している可能性が高い』

「了解」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)が猫の縫い包みを撫(な)でながら頷(うなず)いた。

 

「私(わたし)達の標的を八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の残党と八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)両名と理解した」

『その通り。それともう一つ、二人の人物についても話しておかなくてはならない。首(しゆ)領(りよう)Д(デー)こと道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)の子女・椿(つばき)陽(よう)子(こ)と道(どう)成(じよう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)だ。この二人も狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の活動に協力しており、八(はつ)卦(け)衆(しゆう)に先んじて開戦時に我が国へと不法入国している。しかし、この二人については我が国の別働隊に捜査させたいと考えている』

「おやおや、それは何故(なぜ)です?」

 

 黎(れい)子(こ)が碧(あお)い眼(め)で根(ね)尾(お)の姿をじっと見据えながら問(と)い質(ただ)す。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)の子女が狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に協力しているということであれば、皇(こう)國(こく)としてはそちらも自分達で始末してしまいたいと考えて当然だ。

 革命動乱を起こし、先代神(じん)皇(のう)を始めとした三名の皇族を死に追(お)い遣(や)った叛逆組織はこの機に必ず根絶やしにしなければならず、世代交代の可能性を残すなど言(ごん)語(ご)道(どう)断(だん)である。

 そして、まさにそれこそ根(ね)尾(お)が椿(つばき)陽(よう)子(こ)・道(どう)成(じよう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)姉弟を特別扱いする理由であった。

 

(根(ね)尾(お)さんは、多分二人を助けようとしているんだな……)

 

 航(わたる)の想像は当たっていた。

 

 航(わたる)達が皇(こう)國(こく)から帰国出来たのは、飛行機の操縦を陽(よう)子(こ)と陰(かげ)斗(と)が引き受けたからだ。

 つまりある意味で、日本政府が自ら姉弟を入国させたとも言える。

 戦後の皇(こう)國(こく)との関係を考えた時、その事実が姉弟から皇(こう)國(こく)側に漏れることは避けたい。

 姉弟の身柄を皇(こう)國(こく)側に引き渡す訳にはいかないのだ。

 

 しかしそれ以上に、姉弟の事情をある程度把握している、というのが大きい。

 帰国の飛行機の中で、彼らは陽(よう)子(こ)の事情を久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)からある程度聞いていた。

 

(根(ね)尾(お)さんは冷徹な仕事人間に見えて結構情が深く面倒見の良い人だ。椿(つばき)達には恩もあるし、情状を酌量して日本で罪を償わせたいんだろうな)

 

 だからこそ、根(ね)尾(お)は航(わたる)達とは別に元崇(す)神(じん)會(かい)のメンバーを動かして陽(よう)子(こ)と陰(かげ)斗(と)を逮捕しようとしているのだ。

 しかし、そう素直に答えては黎(れい)子(こ)や埜(の)愛(あ)瑠(る)が納得する筈も無いので、適当な言い訳を捏(でっ)ち上(あ)げて取繕う。

 

『姉弟のうち、姉の陽(よう)子(こ)は岬(さき)守(もり)君達に組織の内通者として関わっている。その中で、我が国内に協力者が居ることを仄(ほの)めかしているのだ。その情報を、我が国としてはどうしても欲しい』

「そういうことですか……」

 

 黎(れい)子(こ)は腹黒い笑みを浮かべた。

 納得しているとは思えないが、一(ひと)先(ま)ず引き下がってはくれるらしい。

 

『整理すると、残る敵は道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)・久(く)地(ち)縄(なわ)元(げん)毅(き)・沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)の五名、ということになる』

「それは良いんですけど……」

 

 繭(まゆ)月(づき)が根(ね)尾(お)に疑問をぶつける。

 

「現状、此(こ)方(ちら)には何の手掛かりもありませんよ。屋(や)渡(わたり)の生け捕りには失敗してしまったようだし……」

『うむ。俺(おれ)も八(や)社(おと)女(め)と推(つき)城(しろ)の正体を探ってはいるのだが、正直雲を掴(つか)む様な話で行き詰まりを感じ始めている。もう少しだけ調べたら、一旦切り上げて其(そ)方(ちら)に戻ろうかとも思っているところだ……』

 

 確かに、このままでは捜査を進展させるのは難しいだろう。

 しかし、この状況に一石を投じる様に埜(の)愛(あ)瑠(る)が口を開いた。

 

「屋(や)渡(わたり)の屍(しかばね)があれば術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)で足跡を辿(たど)れる」

「それもそうですわね。遺体でなくとも身に着けていたものがあれば充分だったかと」

『それは本当か!』

 

 黎(れい)子(こ)にも心当たりがあるらしい。

 本当ならば僥(ぎよう)倖(こう)である。

 屋(や)渡(わたり)の遺体は鑑識に回収されているが、遺品を借りることが出来れば、捜査が大きく進展することは間違い無い。

 

『解(わか)った、早速手配しよう。明日にも屋(や)渡(わたり)の遺品を届けさせるから、是非協力してほしい』

 

 しかし、黎(れい)子(こ)と埜(の)愛(あ)瑠(る)は気(き)不(ま)味(ず)そうに互いの顔を見合わせている。

 そして、魅(み)琴(こと)の方を見て溜息を吐いた。

 

「あの、もしかして……」

 

 航(わたる)は大方の事情を察した。

 

「その能力の使い手って、君(きみ)達二人のどちらでもないの?」

「ええ、残念ながら」

「この場に居ない東(あ)風(ゆ)美(み)の能力」

 

 気不味さが会議室中に充満した。

 航(わたる)と根(ね)尾(お)の溜息が同時に響く。

 

『……仕方無い。その彼女にはまずゆっくり療養させてくれ。そして恢(かい)復(ふく)し次第、屋(や)渡(わたり)の足跡から狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の潜伏先に目星を付けよう』

「あの、もう一つ良いですか?」

 

 繭(まゆ)月(づき)が根(ね)尾(お)にもう一つ物申す。

 

「実は気になっているのが、屋(や)渡(わたり)が何故出歩いていたのか、ということなんですよ」

『と、いうと?』

「はい。狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)って、残り数名にまで追い詰められた上に外国である日本に逃亡してきていて、メンバーに勝手な行動を取らせている場合じゃないと思うんです。にも拘(かか)わらず、屋(や)渡(わたり)は何故か単独行動をして、岬(さき)守(もり)君に襲い掛かってきたんですよね……?」

『何か……思い当たるところがあるのか?』

「特に根拠がある訳じゃないんですが、何か日本国内でやろうとしていることがある、とか……」

『成程、確かにその可能性はあるかも知れん。これはあまり時間を掛ける訳にはいかないかもな……』

 

 会議室の空気が少し張り詰めた。

 

『一先ず、この場の集まりはここまでにしよう。自分は数日の後に其(そ)方(ちら)へ戻る。どうか皆、身の安全だけは充分に気を付けて事に当たってくれ。何かあれば、白(びやく)檀(だん)まで報告すること。以上だ』

「はいはーい。ではではー」

 

 白(びやく)檀(だん)が通話を切った。

 そして、一人に全員の視線が突き刺さる。

 

「……解っているわ、やり過ぎたわよ……」

 

 寝込んでいる東(あ)風(ゆ)美(み)が万全なら明日にでも捜査は進展するのだが、この場は仕方が無い。

 魅(み)琴(こと)も反省はしているようだ。

 

「ま、仲直りしておいてくださいねー。それはそうと皆さん、先日は契約を結び直してくれて有難う御座いますねー。次の契約更新はちょっと早めの今月二八日になるんですけど、虻(あぶ)球(く)磨(ま)さんみたいに引越しなどで住所が変わる場合は早めに教えてくださいねー。契約書に記載する登録内容、先に変更しといちゃいますんでー」

 

 白(びやく)檀(だん)の他人事の様な事務連絡を最後に、この場はお開きとなった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 時を同じくして、皇(こう)國(こく)は丁度夕食時を迎えようとしていた。

 この日、神(じん)皇(のう)・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の荒(あら)木(き)田(だ)将(まさ)夫(お)総裁と食事の席を設け、今後の方針について話し合っていた。

 皇宮宮殿の食堂には、獅(し)乃(の)神(かみ)と荒(あら)木(き)田(だ)の二人だけが向かい合って食卓を挟んでいる。

 

「汝(なれ)とは二人切りで話をしたかった。故に、二人の近衛侍女には外してもらっている」

「私(わたし)の様な者に、勿(もつ)体(たい)無(な)き御(お)言(こと)葉(ば)……」

 

 並べられた料理には少しだけ華が戻っていた。

 二人は政権を取った後の組閣や政策方針などについて密に話し合う。

 獅(し)乃(の)神(かみ)は汎ゆる学術理論に深く精通しており、高い見識を持っている。

 彼の政権構想は、荒(あら)木(き)田(だ)を唸(うな)らせる途(と)轍(てつ)もないものだった。

 

「陛下には謁(えつ)見(けん)の度に深甚なる感動を賜りますな。貴(あ)方(なた)様(さま)の御(ご)叡(えい)慮(りよ)に因り皇(こう)國(こく)が力強く蘇(よみがえ)り、汎ゆる世界の日本民族が手を取り合い、更なる無限の繁栄を享受する様がこの目に見えてくる様で御座います」

「うむ、必ずやそうなるであろう」

「しかし畏れながら陛下、それならば一層のこと、組閣はせず全ての閣僚を陛下が兼任する一人内閣になさっては如何でしょう」

「成程、考えておこう」

 

 神(じん)皇(のう)が全ての権限を握る太古の親政の再現――それこそが荒(あら)木(き)田(だ)の悲願であった。

 彼は獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)という絶対的な存在に己の全ての願望を託している。

 最悪なことに、獅(し)乃(の)神(かみ)は荒(あら)木(き)田(だ)に答えるだけの能力と気概が有るのだ。

 日本国内で平和に向けた取り組みが成される一方で、皇(こう)國(こく)の密室では未来に暗雲を予感させる不穏な話し合いが成されていた。

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