日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十話『襲撃』 序

 九月八日午前一時二十分、東京都内の或る病院。

 一人の女が制止する警備員を押(お)し退(の)けて院内へと侵入した。

 警備員は体に青い痣(あざ)を浮かばせて倒れ込み、泡を吹いて痙(けい)攣(れん)している。

 どうやら女は攻撃した相手の命を毒で蝕む能力を持っているらしい。

 

「本当にこの病院なんだろうな?」

 

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の最高幹部「八(はつ)卦(け)衆(しゆう)」の一人・沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)は一つの情報を元にこの病院へと辿(たど)り着(つ)いた。

 仄(ほの)暗(ぐら)い廊下を行きながら、同じ八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の久(く)地(ち)縄(なわ)元(げん)毅(き)から下された命令を思い起こす。

 最初、久(く)地(ち)縄(なわ)は首(しゆ)領(りよう)Д(デー)に意見具申する形で話し始めた。

 

『我々が犯した最大の失敗は何だったのか、この国へ逃れてから私(わたし)はずっと考えていました……』

 

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は三週間程前の八月十五日、革命に敗れて皇(こう)國(こく)から日本国へと高飛びした。

 捨て身で能力を使った逸(へ)見(み)樹(いつき)は死んでしまったが、彼の御(お)陰(かげ)で生き残った最高幹部「八(はつ)卦(け)衆(しゆう)」は、先んじて日本国へ入国していた椿(つばき)陽(よう)子(こ)・道(どう)成(じょう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)姉弟の許(もと)へと飛ぶことが出来た。

 

 久(く)地(ち)縄(なわ)は参謀役として、長年の間首(しゆ)領(りよう)Д(デー)こと道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)を支え続けた男である。

 それ故、日本国で力を蓄えて再起する道を考えていたらしい。

 そして数日前、彼は二人の八(はつ)卦(け)衆(しゆう)に命令を下した。

 

『同志屋(や)渡(わたり)・沙(さ)華(はな)、双子を取り戻せ』

 

 そう告げた久(く)地(ち)縄(なわ)の眼(め)には冷徹な光が宿っていた。

 沙(さ)華(はな)は知っている。

 久(く)地(ち)縄(なわ)は八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の中で最も良識的な人物であるが、それと同時に革命の為(ため)ならば何処(どこ)までも非情にも非道にもなれる男なのだ。

 そんな彼は極めて冷静な計算の下(もと)に、幼(いたい)気(け)な姿形で眠る雲(くも)野(の)兄妹を狙った。

 

『我々の革命は絶対強者・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)の絶対的な暴力を前に屈しました。しかし、そこまでは極めて順調だったのです。それもこれも、神(じん)皇(のう)が一度倒れたが為です。それによって明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の奮戦が可能になり、皇(こう)國(こく)はガタガタとなって革命の機が生まれた』

 

 八(はつ)卦(け)衆(しゆう)は開戦の直前、一人の男から皇(こう)國(こく)で大きな事態が起こると聞かされていた。

 後になってその男の予言は神(じん)皇(のう)の不予と開戦、そして皇(こう)國(こく)の敗退という形で当たることになったという訳だ。

 

『八(や)社(おと)女(め)首領補佐に拠(よ)れば、神(じん)皇(のう)は麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)という明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の女によって打倒されたらしい。そう、同志屋(や)渡(わたり)を捻(ね)じ伏(ふ)せたあの女だ』

『チッ……』

 

 舌打ちする屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)の悔しそうな顔が、沙(さ)華(はな)には少し愉快に思えた。

 

『とはいえ、神(じん)皇(のう)の力は人知を超えて圧倒的だった。その女は確かに強かろうが、単独で神(じん)皇(のう)の命に迫ったとは考えられない。おそらく、双子が手を貸したのだ』

『ふむ、同志屋(や)渡(わたり)の話では双子は脱走者達に連れ出されたそうだし、辻(つじ)褄(つま)は合うね』

『そうです。つまり、革命の機が巡ってきたのは双子の力に因(よ)るものだと私(わたし)は考える。ならば、我々は何としても取り戻す必要がある』

 

 これが久(く)地(ち)縄(なわ)による首(しゆ)領(りよう)Д(デー)への提案、そして屋(や)渡(わたり)・沙(さ)華(はな)への命令の内容であった。

 数日の間、二人は雲(くも)野(の)兄妹の身柄を求めて東京の街を彷(さま)徨(よ)い続けていたのだ。

 

(とはいえ、双子が何処に居るか見当も付かなかった。昨日までは……)

 

 沙(さ)華(はな)は遭遇した病院の職員を血祭りに上げながら、これまでの苦労を思い出す。

 彼女が言い渡されたのは、土地勘の無い国で一億人中二人を探し出すという無(む)茶(ちや)にも程がある命令だった。

 共に命じられた屋(や)渡(わたり)は「この機に悲願の復(ふく)讐(しゆう)を果たす」と意気込んでいたが、沙(さ)華(はな)は途方に暮れていた。

 そんな彼女に今日、久(く)地(ち)縄(なわ)から連絡が入ったのだ。

 

『同志沙(さ)華(はな)、双子の居場所が判明した』

『本当ですか?』

『今から言う病院に、意識不明の状態で入院しているらしい。隙を見て必ず連れて来るんだ』

『解(わか)りました。しかし、よく見付かりましたね。また、八(や)社(おと)女(め)首領補佐ですか?』

『いや、違う。だが確かな筋の情報だ。あいつが頑張ってくれたという訳だ』

 

 久(く)地(ち)縄(なわ)の言葉で、沙(さ)華(はな)は情報の出所を察した。

 そういうことなら、間違いは無いだろう。

 そして今、夜を待って情報にあった病院へと侵入したという訳だ。

 しかし、それでもまだ問題があった。

 

(同志久(く)地(ち)縄(なわ)は病室までは教えてくれなかった。そこまでは聞き出せなかった、というより情報源も知らなかったんだろうな。糞(くそ)……!)

 

 沙(さ)華(はな)は伸びた髪を束ねて作った鞭(むち)を振るい、廊下で擦れ違った看護師の肉を抉(えぐ)った。

 夥(おびただ)しい血が明かりの消えた壁に飛び散る。

 

(何故(なぜ)私(わたし)がこんな無差別殺人鬼の様な真(ま)似(ね)をしなければならないんだ。こういうのは屋(や)渡(わたり)の役割だろう)

 

 とその時、沙(さ)華(はな)の前に三人の男が立(た)ち塞(ふさ)がった。

 これまで無抵抗に逃げ惑うばかりだった犠牲者達と違い、彼らは戦う姿勢を見せている。

 

「明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の戦士達か……」

 

 彼女の前に現れたのは、特別警察特殊防衛課のB班――元崇(す)神(じん)會(かい)の戦士達である。

 抑(そもそ)もこの病院は崇(す)神(じん)會(かい)の息が掛かっていた施設であり、彼らが守りに就いているのは自然なことであった。

 

「噂(うわさ)に聞く『武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)』か……!」

「息(いき)田(た)総(そう)帥(すい)の名に懸けて、此(こ)処(こ)は通さん!」

「命令通り、この場で生け捕りにしてやる!」

 

 三人はそれぞれ腰の軍刀を抜いた。

 対する沙(さ)華(はな)は髪の鞭を振るう。

 

『術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)・鞭韻鞭鸚鵡(ベインベノム)』

 

 凄(すさ)まじい速度の鞭が三人を次々に捉え、壁に打ち付ける。

 打ち据えられた胸には毒々しく変色した痕(あと)が残されている。

 これこそが沙(さ)華(はな)の能力である。

 彼女が髪の毛で作った鞭で打たれた者は、猛毒に侵され軈(やが)て死に至るのだ。

 

「ぐぅ……!」

「動け……ん!」

「申し訳御座いません……!」

 

 三人の男達は一撃で動けなくなった。

 これには沙(さ)華(はな)も少し拍子抜けであった。

 

(話にならんな。この程度の戦士しか用意出来ない為体(ていたらく)で、よく皇(こう)國(こく)と戦えたものだ)

 

 無理も無いことだった。

 というのも、崇(す)神(じん)會(かい)は皇(こう)國(こく)との戦争で実力者を殆(ほとん)ど喪(うしな)ってしまったのだ。

 今、術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の使い手と戦えるのは総帥の息(いき)田(た)琉(りゅう)次(じ)郎(ろう)と側近の眞(ま)咲(さき)刃(じん)三(ぞう)のみだろう。

 

 そして、事態は更に悪い方向へ進む。

 というのも、崇(す)神(じん)會(かい)の三人がこの場に居たのは、近くに彼らの守るべき者が眠っているからだ。

 沙(さ)華(はな)もまた、その事を察した。

 経験上、警備が厳重な場所に重要人物が潜んでいることは能(よ)く知っているのだ。

 

「この病室か……」

 

 沙(さ)華(はな)は一つの病室の扉に手を掛けた。

 表札には「雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)」「雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)」の名が確(しつか)りと掲げられてしまっている。

 

「間違いなさそうだな。この中から双子を連れて行けば、私(わたし)の任務は完了する……」

 

 沙(さ)華(はな)は扉を引いて開けようとする。

 しかしその瞬間、焔(ほのお)に包まれた黒い塊が飛んできて手首を掠(かす)めた。

 咄(とつ)嗟(さ)に手を引っ込めていなければ、手首から先は無くなっていただろう。

 黒い塊は廊下に埋まって煙を立てていた。

 

「この能力は……!」

「久し振りね、沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)」

 

 沙(さ)華(はな)は声の方へと振り向いた。

 そこには見覚えのある女が立っていた。

 紅(あか)い焔の翼を背にした、嘗(かつ)て戦ったことのある女だった。

 

「繭(まゆ)月(づき)……百(ゆ)合(り)菜(な)……!」

 

 沙(さ)華(はな)は皇(こう)國(こく)で異空間に閉じ込められた際、繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)と遭遇し、交戦している。

 戦いは十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)の介入で有(う)耶(や)無(む)耶(や)になったが、逆に言えば決着を見ていない因(いん)縁(ねん)の相手だとも言える。

 

「気になっていたのよね、屋(や)渡(わたり)が出歩いていた理由。狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は何かをしようとしていると思っていた。成程、幽(ゆ)鷹(たか)君と兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんを攫(さら)おうとしていたなら納得だわ……」

 

 繭(まゆ)月(づき)は額に青筋を立て、怒りに震えていた。

 沙(さ)華(はな)のこれまでの所業を思えば当然だろう。

 だが、繭(まゆ)月(づき)はそれ以上に或る理由で怒りを覚えていたらしい。

 

「許せない……小さな子供に危害を加えようなんて、何よりも許せない……! 貴女(あなた)達が行った数々の所業を思えば、二人を連れ去ったらまた碌(ろく)でもないことをするに決まっている……! そんなことはさせない……!」

「上等だよ。前は十(とお)桐(どう)の婆(ばばあ)に邪魔されたからな。今度こそ打(ぶ)ち殺してやる……!」

 

 深夜の病院で、二箇月越しの戦いが幕を開けようとしていた。

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