翌夜、日本国の特殊防衛課と皇國の新華族令嬢に再び会議が設定され、同じ場所に集合することになった。
例によって根尾弓矢はリモートでの参加で、鬼獄東風美は部屋で療養している為不参加である。
『大丈夫なのか、鬼獄嬢は……』
東風美が部屋で寝込んでいる理由を知らない根尾は、未だに恢復しない彼女を心配しているらしい。
麗真魅琴も気不味そうに顔を背けている。
どうやら皇國で高校格闘技全国制覇を三年連続で成し遂げた東風美にとって、得意の暴力が魅琴に全く通用せずに捻じ伏せられ、詫びまで入れさせられたことが余程ショックだったらしい。
『捜査の進展が彼女の体調に委ねられている。一日も早く良くなってもらいたいが……』
「あーそれなら多分大丈夫ですよー」
白檀揚羽が楽観的に答える。
「今日私、ちょっと彼女にお遣いを頼まれましてねー。だいぶ立ち直っていた様子だったので、明日には捜査に参加いただけるかとー」
『そうか、なら良いが、あまり無理はさせるなよ』
「勿論ですよー。というか、私にもそれくらいの気遣いが欲しいですねー」
軽口を叩く白檀の背後、部屋の隅で二人の新華族令嬢が何やらひそひそと話をしている。
「黎子、何か聞いてる?」
「少しだけ。どうも例の彼女と和解の席を持ちたいようですね」
「……絶対嘘」
「埜愛瑠さんもそう思います? 何か良からぬ事を企んでいるに決まっていますよね」
鬼獄東風美、転んでもただでは起きないらしい。
『扨て、そろそろ本題に入るか』
根尾が今回会議を招集した主題を話し始める。
『今朝、繭月君から報告があった。武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部・八卦衆の一人・沙華珠枝が撃破されたとのことだ。昨日に続いて八卦衆を打倒出来たこと自体は喜ばしい。屋渡と沙華、二人の足跡を辿れば、狼ノ牙のアジトはより正確に推定出来るだろう』
会議室が響めきに包まれた。
岬守航と虻球磨新兒、そして白檀揚羽にとっても、沙華珠枝撃破の報告は初耳だったからだ。
『繭月君、それについてこの場でもう一度確認しておきたい』
「はい」
画面に映された根尾の視線は正面からやや外れている。
どうやら部屋の隅にいる新華族令嬢に眼を向けているらしい。
『沙華珠枝は、雲野兄妹の拉致を目的に、二人の入院している病院を襲った』
「何だって?」
航は驚いて声を上げた。
成程、狼ノ牙が何か目的を持って蠢いているのではないかという推測はあった。
それが双子の拉致だったということか。
『沙華は出会った病院関係者を片端から殺害し、兄妹の護衛に付いていたB班――元崇神會の人員も手に掛けた。そして、後一歩で兄妹の病室に侵入しそうになっていたところに貴女が駆け付け、交戦となった。戦いの末、貴女は沙華を戦闘不能に追い込んだ』
「はい、そのとおりです。昨日会議が終わった後も、狼ノ牙が何の為に動いているのか考えていたんです。その時、ふとあの二人の身の安全が気になりまして……」
だとすれば、繭月が動いていなければ危なかったということだ。
彼女が違和感に気付いていなければ、それを一旦脇に置いていれば、今頃双子の身柄は狼ノ牙の手に落ちていただろう。
そうすると、敵は双子を無理矢理従えてその神為を利用し、打倒は困難を極めていた。
『御手柄だった、と言う他無いな。しかしもう一つ、貴女から報告にあった事の顛末は大問題だ』
「はい……」
繭月の視線も新華族令嬢の方へ向いた。
『これについては本人にも確認しておきたい。枚辻嬢、沙華珠枝に止めを刺したのは貴女だな?』
「そう」
埜愛瑠が素気なく答えた。
その表情にはやはり、何ら悪びれる様子も無い。
『枚辻嬢、我が国では如何なる犯罪者も可能な限り生かして捕えなければならない。勿論、最悪の場合は警察が射殺することもあり得るが、それはあくまで最終手段だ』
「聞いていないし理解不能。国家そのものを脅かす叛逆者の生存はそれだけで社会不安を起こす。可能な限り始末するのが当然」
画面の中の根尾は頭を抱えている。
おそらく埜愛瑠の見解は、皇國で一般的な考え方なのだろう。
現に、街中で当時皇太子の獅乃神叡智に襲い掛かった叛逆者が殺害されたとき、街行く民衆は始末した近衛侍女達への喝采と殺された叛逆者への罵倒の声を上げている。
両国が協力するに当たって、根本的な価値観の差が引き起こした事態だと言えるだろう。
『枚辻嬢、今貴女達は我々の指揮下に入るという条件で狼ノ牙の捜査に御協力頂いている。確かに、椿陽子・道成寺陰斗姉弟以外の面々に対する対応までは伝達していなかった。それは此方のミスだ。だが今後は、この様なことは極力避けていただきたい』
「むぅ……」
埜愛瑠は不服そうに顔を顰める。
そんな彼女を、隣の別府幡黎子が揶揄う。
「あらあら埜愛瑠さん、怒られてしまいましたね」
「黎子だって、あの場に居たら同じことしてた」
「ま、それはそうでしょうね。生かす理由が無ければ叛逆者と蛮族は殺す、私もそれが当然だと思いますわ。但し、郷に入っては郷に従えと言いますし、ここは大人しく言うとおりにしましょう」
黎子の言葉に、航は背筋が凍った。
皇國の人間は叛逆者に対する人権意識が希薄であることは、既に何度も思い知らされている。
しかし、黎子がさらりとそこに付け加えた「蛮族」という集団は何を意味するのか。
航は嫌な予感を覚えていた。
「あの早辺子さん、ちょっと良いですか?」
「はい、何でしょう?」
航は恐る恐る早辺子に尋ねる。
「蛮族って、もしかして外国人の意味ですか?」
「ええ、仰るとおりです……」
早辺子は溜息を吐いた。
航の嫌な予感が的中したという答えだった。
「ちょ……! てことは、今彼女は外国人を叛逆者と同じ扱いにするのが当然って言ったんですか?」
「はい、そのとおりです……。実は、それ程珍しい考えではないのですよ……。というのも、皇國は長らく自国民以外を国内に入れておりませんし、外国というのは専ら戦争相手国としてしか付き合ってきませんでした。しかもその戦争というのは異なる世界に於ける日本民族の解放戦争でして、外国そのものに悪感情を抱く環境が整ってしまっているんです……」
口振りから察するに、早辺子自身はそのような皇國の風潮に思う処があるらしい。
失礼なことだが、航は少し意外に思った。
「因みに早辺子さんはそうではない、と……」
「御父様がそれぞれの世界で海外の方と取引なさっていましたから、個人的に外国の方に悪感情は御座いません」
「皇道保守黨に入っていたのに?」
「それとこれとは話が別です。叛逆者の断固たる殲滅と皇室への忠誠には私も異論御座いません。外国の方々をあの様な破落戸共と同一視するのが甚だ無礼だということです」
早辺子の答えを聞き、航は考える。
おそらく彼女も、沙華の始末については埜愛瑠や黎子と同じ考えなのだろう。
そう思うと、やはり日本国と皇國は根本的に価値観が違うのだ。
「御心配なく、岬守様。私もこの場は皆様に従いますわ。別府幡様も仰ったとおり、郷に入っては郷に従え。寧ろ今回のことは、枚辻様の暴走を許してしまった私の不手際です。そのことについて、後で皆様に謝罪させてください」
早辺子は遠目に埜愛瑠と黎子を窺っている。
どうやら二人と同じ席では言い出し辛いのだろう。
『以上、新華族令嬢の皆さんはどうか心していただきたい。此方としても、事を荒立てたくは無い。しかし庇うにも限度がある。最悪は講和に影響が出てしまうこと、よくよく肝に銘じておいていただくようお願いし、この場はお開きとする』
「あの……」
会議を終了しようとする根尾に待ったを掛ける様に、航が手を挙げた。
『どうした、岬守君?』
「雲野兄妹はどうするんですか? 狼ノ牙が諦めるとは思えませんし、少なくとも病院を変えなければならないと思いますが……」
『うむ。そうしたいのは山々だが、二人が意識を失っているのは神為に関する案件だからな。旧崇神會の息が掛かっている病院はあそこしか無く、他では対応し切れると思えんのだ。だから、一度我々の元に引き取ろうと思っている』
「それは……大丈夫なんですか? 意識が無いのに、もし万が一のことがあったりしたら……」
『一応、最低一人の医師には此方に常駐してもらうつもりだ。しかし、間も無くその必要も無くなるかも知れん』
「え、どういうことですか?」
『医師の話では、近頃どうも脳波が覚醒状態に近付いているらしい。あくまで希望的観測だが、目覚めの時が迫っているのかもな』
「本当ですか?」
航だけでなく、魅琴も驚いた様子で画面の方に眼を向けた。
二人にとって、雲野兄妹が意識を失っているのは自分達を守る為の戦いに参加した結果である。
元通り恢復する時が近付いているなら、実に喜ばしい。
一刻も早く元気な姿が見たいものだ。
『他に質問は無いか? 無いなら終了させてもらうが……』
この日の会議はこれで終わりとなった。
短い集まりだったが、内容は希望の見えるものだったと言えるだろう。
捜査としては、鬼獄東風美が復活を待つばかりである。
しかしこの時はまだ、今回の病院襲撃について重大な見落としがあることに、誰一人として気が付いていなかった。