日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十話『襲撃』 急

 翌夜、日本国の特殊防衛課と皇(こう)國(こく)の新華族令嬢に再び会議が設定され、同じ場所に集合することになった。

 例によって根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)はリモートでの参加で、鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)は部屋で療養している為(ため)不参加である。

 

『大丈夫なのか、鬼(き)獄(ごく)嬢は……』

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)が部屋で寝込んでいる理由を知らない根(ね)尾(お)は、未(いま)だに恢(かい)復(ふく)しない彼女を心配しているらしい。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)も気(き)不(ま)味(ず)そうに顔を背けている。

 どうやら皇(こう)國(こく)で高校格闘技全国制覇を三年連続で成し遂げた東(あ)風(ゆ)美(み)にとって、得意の暴力が魅(み)琴(こと)に全く通用せずに捻(ね)じ伏(ふ)せられ、詫(わ)びまで入れさせられたことが余程ショックだったらしい。

 

『捜査の進展が彼女の体調に委ねられている。一日も早く良くなってもらいたいが……』

「あーそれなら多分大丈夫ですよー」

 

 白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)が楽観的に答える。

 

「今日私(わたし)、ちょっと彼女にお遣いを頼まれましてねー。だいぶ立ち直っていた様子だったので、明日には捜査に参加いただけるかとー」

『そうか、なら良いが、あまり無理はさせるなよ』

「勿(もち)論(ろん)ですよー。というか、私(わたし)にもそれくらいの気遣いが欲しいですねー」

 

 軽口を叩(たた)く白(びやく)檀(だん)の背後、部屋の隅で二人の新華族令嬢が何やらひそひそと話をしている。

 

「黎(れい)子(こ)、何か聞いてる?」

「少しだけ。どうも例の彼女と和解の席を持ちたいようですね」

「……絶対嘘(うそ)」

「埜(の)愛(あ)瑠(る)さんもそう思います? 何か良からぬ事を企(たくら)んでいるに決まっていますよね」

 

 鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)、転んでもただでは起きないらしい。

 

『扨(さ)て、そろそろ本題に入るか』

 

 根(ね)尾(お)が今回会議を招集した主題を話し始める。

 

『今朝、繭(まゆ)月(づき)君から報告があった。武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の最高幹部・八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の一人・沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)が撃破されたとのことだ。昨日に続いて八(はつ)卦(け)衆(しゆう)を打倒出来たこと自体は喜ばしい。屋(や)渡(わたり)と沙(さ)華(はな)、二人の足跡を辿(たど)れば、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)のアジトはより正確に推定出来るだろう』

 

 会議室が響(どよ)めきに包まれた。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)と虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)、そして白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)にとっても、沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)撃破の報告は初耳だったからだ。

 

『繭(まゆ)月(づき)君、それについてこの場でもう一度確認しておきたい』

「はい」

 

 画面に映された根(ね)尾(お)の視線は正面からやや外れている。

 どうやら部屋の隅にいる新華族令嬢に眼(め)を向けているらしい。

 

『沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)は、雲(くも)野(の)兄妹の拉致を目的に、二人の入院している病院を襲った』

「何だって?」

 

 航(わたる)は驚いて声を上げた。

 成程、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が何か目的を持って蠢(うごめ)いているのではないかという推測はあった。

 それが双子の拉致だったということか。

 

『沙(さ)華(はな)は出会った病院関係者を片端から殺害し、兄妹の護衛に付いていたB班――元崇(す)神(じん)會(かい)の人員も手に掛けた。そして、後一歩で兄妹の病室に侵入しそうになっていたところに貴女(あなた)が駆け付け、交戦となった。戦いの末、貴女(あなた)は沙(さ)華(はな)を戦闘不能に追い込んだ』

「はい、そのとおりです。昨日会議が終わった後も、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が何の為に動いているのか考えていたんです。その時、ふとあの二人の身の安全が気になりまして……」

 

 だとすれば、繭(まゆ)月(づき)が動いていなければ危なかったということだ。

 彼女が違和感に気付いていなければ、それを一旦脇に置いていれば、今頃双子の身柄は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の手に落ちていただろう。

 そうすると、敵は双子を無(む)理(り)矢(や)理(り)従えてその神(しん)為(い)を利用し、打倒は困難を極めていた。

 

『御手柄だった、と言う他無いな。しかしもう一つ、貴女(あなた)から報告にあった事の顛(てん)末(まつ)は大問題だ』

「はい……」

 

 繭(まゆ)月(づき)の視線も新華族令嬢の方へ向いた。

 

『これについては本人にも確認しておきたい。枚(ひら)辻(つじ)嬢、沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)に止めを刺したのは貴女(あなた)だな?』

「そう」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)が素(す)気(げ)なく答えた。

 その表情にはやはり、何ら悪びれる様子も無い。

 

『枚(ひら)辻(つじ)嬢、我が国では如(い)何(か)なる犯罪者も可能な限り生かして捕えなければならない。勿論、最悪の場合は警察が射殺することもあり得るが、それはあくまで最終手段だ』

「聞いていないし理解不能。国家そのものを脅かす叛(はん)逆(ぎやく)者の生存はそれだけで社会不安を起こす。可能な限り始末するのが当然」

 

 画面の中の根(ね)尾(お)は頭を抱えている。

 おそらく埜(の)愛(あ)瑠(る)の見解は、皇(こう)國(こく)で一般的な考え方なのだろう。

 現に、街中で当時皇太子の獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)に襲い掛かった叛逆者が殺害されたとき、街行く民衆は始末した近衛侍女達への喝采と殺された叛逆者への罵倒の声を上げている。

 両国が協力するに当たって、根本的な価値観の差が引き起こした事態だと言えるだろう。

 

『枚(ひら)辻(つじ)嬢、今貴女(あなた)達は我々の指揮下に入るという条件で狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の捜査に御協力頂いている。確かに、椿(つばき)陽(よう)子(こ)・道(どう)成(じょう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)姉弟以外の面々に対する対応までは伝達していなかった。それは此(こ)方(ちら)のミスだ。だが今後は、この様なことは極力避けていただきたい』

「むぅ……」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は不服そうに顔を顰(しか)める。

 そんな彼女を、隣の別(びゆ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)が揶(か)揄(らか)う。

 

「あらあら埜(の)愛(あ)瑠(る)さん、怒られてしまいましたね」

「黎(れい)子(こ)だって、あの場に居たら同じことしてた」

「ま、それはそうでしょうね。生かす理由が無ければ叛逆者と蛮族は殺す、私(わたし)もそれが当然だと思いますわ。但し、郷(ごう)に入っては郷に従えと言いますし、ここは大人しく言うとおりにしましょう」

 

 黎(れい)子(こ)の言葉に、航(わたる)は背筋が凍った。

 皇(こう)國(こく)の人間は叛逆者に対する人権意識が希薄であることは、既に何度も思い知らされている。

 しかし、黎(れい)子(こ)がさらりとそこに付け加えた「蛮族」という集団は何を意味するのか。

 航(わたる)は嫌な予感を覚えていた。

 

「あの早(さ)辺(え)子(こ)さん、ちょっと良いですか?」

「はい、何でしょう?」

 

 航(わたる)は恐る恐る早(さ)辺(え)子(こ)に尋ねる。

 

「蛮族って、もしかして外国人の意味ですか?」

「ええ、仰(おつしや)るとおりです……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は溜息を吐いた。

 航(わたる)の嫌な予感が的中したという答えだった。

 

「ちょ……! てことは、今彼女は外国人を叛逆者と同じ扱いにするのが当然って言ったんですか?」

「はい、そのとおりです……。実は、それ程珍しい考えではないのですよ……。というのも、皇(こう)國(こく)は長らく自国民以外を国内に入れておりませんし、外国というのは専(もつぱ)ら戦争相手国としてしか付き合ってきませんでした。しかもその戦争というのは異なる世界に於(お)ける日本民族の解放戦争でして、外国そのものに悪感情を抱く環境が整ってしまっているんです……」

 

 口振りから察するに、早(さ)辺(え)子(こ)自身はそのような皇(こう)國(こく)の風潮に思う処(ところ)があるらしい。

 失礼なことだが、航(わたる)は少し意外に思った。

 

「因(ちな)みに早(さ)辺(え)子(こ)さんはそうではない、と……」

「御(お)父(とう)様(さま)がそれぞれの世界で海外の方と取引なさっていましたから、個人的に外国の方に悪感情は御座いません」

「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゅ)黨(とう)に入っていたのに?」

「それとこれとは話が別です。叛逆者の断固たる殲(せん)滅(めつ)と皇室への忠誠には私(わたくし)も異論御座いません。外国の方々をあの様な破落戸(ごろつき)共と同一視するのが甚だ無礼だということです」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の答えを聞き、航(わたる)は考える。

 おそらく彼女も、沙(さ)華(はな)の始末については埜(の)愛(あ)瑠(る)や黎(れい)子(こ)と同じ考えなのだろう。

 そう思うと、やはり日本国と皇(こう)國(こく)は根本的に価値観が違うのだ。

 

「御心配なく、岬(さき)守(もり)様。私(わたくし)もこの場は皆様に従いますわ。別(びゆ)府(う)幡(まん)様も仰ったとおり、郷に入っては郷に従え。寧(むし)ろ今回のことは、枚(ひら)辻(つじ)様の暴走を許してしまった私(わたくし)の不手際です。そのことについて、後で皆様に謝罪させてください」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は遠目に埜(の)愛(あ)瑠(る)と黎(れい)子(こ)を窺(うかが)っている。

 どうやら二人と同じ席では言い出し辛(づら)いのだろう。

 

『以上、新華族令嬢の皆さんはどうか心していただきたい。此方としても、事を荒立てたくは無い。しかし庇(かば)うにも限度がある。最悪は講和に影響が出てしまうこと、よくよく肝に銘じておいていただくようお願いし、この場はお開きとする』

「あの……」

 

 会議を終了しようとする根(ね)尾(お)に待ったを掛ける様に、航(わたる)が手を挙げた。

 

『どうした、岬(さき)守(もり)君?』

「雲(くも)野(の)兄妹はどうするんですか? 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が諦めるとは思えませんし、少なくとも病院を変えなければならないと思いますが……」

『うむ。そうしたいのは山々だが、二人が意識を失っているのは神(しん)為(い)に関する案件だからな。旧崇(す)神(じん)會(かい)の息が掛かっている病院はあそこしか無く、他では対応し切れると思えんのだ。だから、一度我々の元に引き取ろうと思っている』

「それは……大丈夫なんですか? 意識が無いのに、もし万が一のことがあったりしたら……」

『一応、最低一人の医師には此方に常駐してもらうつもりだ。しかし、間も無くその必要も無くなるかも知れん』

「え、どういうことですか?」

『医師の話では、近頃どうも脳波が覚醒状態に近付いているらしい。あくまで希望的観測だが、目覚めの時が迫っているのかもな』

「本当ですか?」

 

 航(わたる)だけでなく、魅(み)琴(こと)も驚いた様子で画面の方に眼を向けた。

 二人にとって、雲(くも)野(の)兄妹が意識を失っているのは自分達を守る為の戦いに参加した結果である。

 元通り恢復する時が近付いているなら、実に喜ばしい。

 一刻も早く元気な姿が見たいものだ。

 

『他に質問は無いか? 無いなら終了させてもらうが……』

 

 この日の会議はこれで終わりとなった。

 短い集まりだったが、内容は希望の見えるものだったと言えるだろう。

 捜査としては、鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)が復活を待つばかりである。

 

 しかしこの時はまだ、今回の病院襲撃について重大な見落としがあることに、誰一人として気が付いていなかった。

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