日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十一話『神瀛帯熾天王』 破

 ()(こと)が調薬した中和剤を与えられた()()()は、数十分後にどうにか感度暴走が収まり体の調子を取り戻した。

 そんな彼女の部屋には(わたる)()(こと)だけでなく、(びやく)(だん)(あげ)()()()(はた)()()()も駆け付けていた。

 自分達だけでは収拾が付かないと判断した(わたる)が呼んだのだ。

 

(うる)()さんに()(そう)(がん)を飲ませようとして自爆しちゃったんですかー。てことは、またしても(じゆつ)(しき)(しん)()のお願いは延期になっちゃいましたねー」

『どういうことだ? さっぱり話が見えんのだが……』

 

 先程まで(わな)の食卓に使われようとしていた小卓にはノートパソコンが置かれ、()()(きゆう)()の姿が映し出されている。

 東風美の能力は、()(そう)(せん)隊・狼ノ牙を捜索するにあたって頼みの綱だ。

 それが使えなくなったという事態は、()()への報告が必要だろう――そう考えた()(こと)(びやく)(だん)に進言して、通話を(つな)がせたのだ。

 

(おれ)は、彼女は体調不良で寝込んでいると聞いていたのだが、それが何故(なぜ)(うる)()君を陥れようとしたんだ? (びやく)(だん)(わか)る様に経緯を説明しろ。包み隠さずな』

「はい……」

 

 不在中にも拘らず()()から怒られそうになっている(びやく)(だん)(しお)れている。

 こうなることが解っていたから、彼女は()()への報告を渋ったのだろう。

 

「いや、どうも()(ごく)さんは(うる)()家のことを当初から敵視していまして……」

『そうなのか、()(ごく)嬢?』

「はい、(おつしや)るとおりです。でも(わたし)が、というよりは()(ごく)家の言付けでして……」

 

 ()()()は普段の無駄に(はつ)(らつ)とした受け答えが(うそ)の様に弱々しい声で答えた。

 どうやら今回の失敗で相当参ってしまったらしい。

 

()(ごく)家……成程な。そういえば(きみ)(こう)(こく)に渡った()(ごく)()(さぶ)(ろう)の子孫で、(おれ)(うる)()君の()()()に相当するのだったな』

(ひい)()(じい)(さま)――持国天様は(わたし)()(ごく)家にとって、(こう)(こく)建国の道筋を作った偉大な()(かた)です。その()(こと)()は当主以上の重みがあるんです……。(わたし)は今回の(めい)()(ひの)(もと)行きを持国天様にお伝えした折、『機が巡って来たら()(ごく)を去った(うる)()家の娘を懲らしめるように』と仰せつかっていたんです……」

 

 ()()()は下を向いたままぼそぼそと言い訳を並べ立てる。

 しかし、その言葉を聞いた()(こと)()()は衝撃を受けていた。

 

「曾御爺様が……生きているの……!?」

『ああ、(おれ)にもそう聞こえた。どういうことだ? もっと詳しく聞きたい』

 

 ()(こと)()()にとって、()(じん)(かい)創設者たる祖父・(うる)()()(いる)が決別したその父親・()(ごく)()(さぶ)(ろう)は、既に過去の人間だった。

 それもその(はず)(うる)()()(いる)は六年前に他界した時点で八十五歳であり、その父親である(そう)()()となると先代(じん)(のう)よりも年上、今生きていれば百二十三歳にもなる筈だ。

 だが、今彼らが捜査対象としている相手には、それよりも(はる)かに永い時を生きていると(うそぶ)く者達も含まれている。

 それを踏まえると、()(ごく)()(さぶ)(ろう)の生存も全くあり得ない話ではなくなってしまうのだ。

 

「あの、二人共一体どうしたんですか? 曾御爺様のこと、()(ぞん)()なかったんですか?」

 

 ()(こと)()()が予想外所に食い付き、()()()は困惑した様子で二人の顔へ交互に目を遣っていた。

 そんな中、ノートパソコン画面の向こうの()()は何やらマウスを操作している。

 何かファイルを開いているようだ。

 

『うむ、成程な。これはひょっとすると、そういうことなのか……』

()()さん、どうかしたんですかー?」

『ああ。みんな、この写真を見てくれ』

 

 ()()は自分の画面を共有し、一枚の写真をノートパソコン画面に映し出した。

 見知った二人の男と、女と老翁が密会している写真だった。

 ただ、女は背中を向けており、老翁はその女の陰に隠れて顔があまり見えない。

 

(れん)君から送られてきた写真ですねー。これが何か?」

『ああ。(きみ)達にも説明しておくと、この写真は()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)に潜入していた(おれ)の部下が命と引き換えに送信してきたものだ。今回、我々が()(おと)()(つき)(しろ)を捜査することになったのは、この写真に国家的危機の匂いが満ちていると(すめらぎ)先生が判断なさったからだ』

 

 (わたる)()(こと)は顔を晒している二人の男・()(おと)()征一千と(つき)(しろ)(さく)()をじっと見詰めた。

 しかし、今回()()が指摘するのはこの二人ではない。

 

『奥の人物を見てくれ。旧日本軍服らしき装いの老翁だ。手前の女の陰に隠れている上、解像度も低くて(わか)りにくいが、見ようと思えば見えてこないか?』

「確かに、似ている気がしてくるわね。実家にある曾御爺様の写真に……」

「ああ、そういえばあったな……」

 

 (わたる)は初めて(うる)()家を訪れた中学時代のことを思い出した。

 あの時、存命中だった()(こと)の父・(うる)()()(つる)から居間に飾られていた写真について色々聞いたのだった。

 その時、一枚の写真に写っていた(せい)(かん)な顔付きの人物を、()(つる)は確かに「自分の祖父」だと言っていた。

 

「つまり、()(おと)()(せい)()()(つき)(しろ)(さく)()と密会しているこの老翁は、()(ごく)()(さぶ)(ろう)?」

「ち、ちょっと何を言っているんですか!」

 

 (わたる)(つぶや)いた推察を聞いた()()()は、顔を上げて普段どおりの大声を出した。

 

(はん)(ぎやく)者の()(おと)()と密会していたですって? いくら貴方(あなた)達が曾御爺様と敵対しているからって、今の言葉は(ひど)過ぎますよ! 曾御爺様だけでなく、()(ごく)伯爵家そのものを侮辱する発言です!」

 

 ()()()は勢い良く立ち上がって(わたる)に迫る。

 しかし、()(こと)がそんな彼女の肩を(つか)んだ。

 

(わたる)をどうするつもり?」

「ヒッ……! いや、その……」

 

 ()()()の顔が(あお)()める。

 どうやら完全に()(こと)心的外傷(トラウマ)になってしまったようで、彼女はすっかり(おび)えて引き下がった。

 

「違うんです、違うんです。(わたし)はただ、皆さんの誤解を解きたくて……」

「誤解? 何が誤解なの?」

「その写真ですよ!」

 

 ()()()はノートパソコン画面を指差した。

 

「この写真は皆さんの言うような不届き者の密会現場ではありません! (わたし)は彼らを知っています! この方々は『(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)』と呼ばれる、(こう)(こく)建国へと先帝陛下を導かれた神々の()(つか)いです! 曾御爺様は手前の巫女(みこ)様に選ばれ、彼らのお仲間となったのです!」

 

 (わたる)達は言葉を失った。

 調査は雲を掴む様な話と思われた()(おと)()(つき)(しろ)の情報が、思わぬ(ところ)から(まろ)び出たのである。

 (ごう)(しや)な部屋で、息を切らした()()()の呼吸音だけが時を刻んでいた。

 

(しん)(えい)(たい)……()(てん)(のう)……?」

 

 (わたる)()()()の方へ目を遣った。

 ()()()の言葉は(こう)(こく)の建国に(まつ)わる話である。

 ()()()が何か知っていないかと尋ねたかった。

 

 だが、()()()は無言で激しく首を振る。

 どうやら、彼女も全く知らない話らしい。

 ということは、()(ごく)家のみに伝わる建国神話のようなものなのだろう。

 

()(ごく)嬢……』

 

 ノートパソコンから()()の声が呼び掛ける。

 彼女が取り乱さないように、努めて落ち着いて話そうとしている心遣いが音声だけで伝わってくる。

 

『言い(にく)いことだが、この二人の正体は既に()(おと)()(せい)()()(つき)(しろ)(さく)()で確定している。(おれ)達はこの男達本人と遭遇し、そして本人の口から()()るのを聞いているのだ』

「嘘! 信じませんよそんなこと!」

()(ごく)様、少なくとも()(ちら)の大柄な男性が(つき)(しろ)(さく)()であることは確かです。(わたくし)は元(こう)(どう)()(しゅ)(とう)員として、彼と何度かお会いしていますから」

(つぶ)れかけ男爵家の次女風情は黙っててください!」

「あの、ちょっと良いですか?」

 

 (わたる)が話を(まと)めようとする。

 

()()えず、今のところ(ぼく)達と()(ごく)さんには意見の相違があるということが判っている訳です。真相を確かめるには、(おおかみ)()(きば)を追って()(おと)()まで辿(たど)()くしか無いと思うんですよ。()(おと)()(ぼく)達の思っている人間と別人であれば、()(ごく)さんの言うことが正しいということになるわけだし……」

「むぅ、それは一理ありますね……」

 

 ()(かく)(わたる)()()()を言い包めようと考えた。

 今は(おおかみ)()(きば)を探す上で、彼女の協力は絶対に欲しい。

 これ以上話が(こじ)れ、捜査協力を拒否されては目も当てられない。

 

「解りました。そういうことなら証明してやろうじゃないですか。(おおかみ)()(きば)を一網打尽にして、()(おと)()の正体を明かしてやります! そして(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)への誤解が解けた(あかつき)には、皆さんには相応の謝罪をしてもらいますからね!」

 

 どうやら()()い落とし所に話が纏まりそうで、(わたる)は胸を()()ろした。

 しかし、依然として問題は残されている。

 

「ま、でも()(ごく)さんの(しん)()は消えたままですけどねー」

『そういえば結局、事の(てん)(まつ)から話が()れたままだな。しかしまあ、大方の事情は理解した。となると、彼女に(とう)(えい)(がん)を飲ませるために(おれ)が出張を切り上げて戻るしか無いな』

「これ以上取材しても仕方無いですからねー」

 

 (しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)という、()(おと)()(つき)(しろ)の有力な情報を得られた以上、()()が出張を続ける意味は()(はや)無い。

 

()(ごく)嬢、貴女(あなた)には中一日空けて(とう)(えい)(がん)を服用していただく。そして(しん)()が戻り次第、能力で(おおかみ)()(きば)(はっ)()(しゅう)の足跡を追って(もら)いたい』

「ええ良いですよ! とっとと叛逆者を(せん)(めつ)してやりましょう!」

『いや、我が国のやり方として、なるべく生かして……。はぁ、何だか疲れたな……』

 

 何はともあれ、特別警察特殊防衛課の捜査はこの日、大きな進展を迎えた。

 

(わたる)

 

 解散の流れとなり、()(こと)(わたる)に小声で話し掛けてきた。

 

「どうしたの、()(こと)?」

「この後(わたし)の家に来なさい」

「え? 何?」

貴方(あなた)には今日、(わたし)(ため)に尽くす義務があるわ」

「どういうこと?」

 

 何やら()(こと)は少しそわそわしている。

 

貴方(あなた)が例のあんぱんを食べずに済んだのは、(わたし)が残りの十二個を残さず食べ尽くしたから。つまり、貴方(あなた)は今日(わたし)に助けられたことになる。そうよね?」

「まあ……そうなるか……。ん?」

 

 (わたる)は頭にふと良からぬ考えが(ひらめ)いた。

 ()(こと)の様子から、何となく察するものがある。

 

「そっか、そっかそっか。我慢しているんだったね。全く、(きみ)(ごう)(つく)()りなんだから。それに()()(っぱ)りだね。素直に助けて欲しいって言ってごらん? 『助けて、欲しい』って」

(うつ)(とう)しいわね。良いから今夜は泊まっていきなさい」

「はいはい」

「言っておくけど、甘い考えでいたら大変なことになるわよ。覚悟しておきなさいね」

「解った解った。楽しみだねー」

 

 こうして、(わたる)()(こと)はこの日、一つ屋根の下で過ごすことになった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 ()()かの闇の中、四人の男女が密会している。

 (ゆが)んだ(ろう)(そく)(わず)かな灯が不気味に揺らめく円卓を囲むのは、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)と呼ばれる四人である。

 ()ずは広目天――新(じん)(のう)()()(かみ)(えい)()の近衛侍女が一人、ゴシックロリータ服に身を包んだ背の高い美女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が口を開く。

 

(みつ)(なり)君、貴方(あなた)に一つ(くぎ)を刺しておきたいことがあるのよね。貴方(あなた)(あたくし)達の事を子孫にべらべらと(しやべ)っているでしょう」

 

 続いて増長天――()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の首領補佐、朝服に(あげ)(まき)(がみ)の少年がへらへらと笑いながら話す。

 

「必要以上のことを喋るのは良くないよねえ。(ぼく)は基本、自己紹介をするときは相手にすぐ死んでもらうときだけだし、万が一逃げられたり、御褒美に追加情報を与えても、核心に迫る様なことは口にしないよ」

 

 更に多聞天――元(こう)(どう)()(しゅ)(とう)青年部長にして、(きのえ)()(くろ)元首相や(のう)(じょう)()(づき)元首相の秘書、(まげ)を結った大男・(つき)(しろ)(さく)()も険しい表情で語り出す。

 

「肉親といえども状況が(ひつ)(ぱく)すれば裏切るのが世の常。身内に信を置き過ぎるのは感心せんな。戦に身を置く武人としては当然の心構えなのだが……」

 

 三人から(きゆう)(だん)される持国天――()(ごく)()(さぶ)(ろう)として(こう)(こく)の建国に関わり、息子の()(ごく)(やす)()を遠征軍大臣としていた旧日本軍服の老翁――(うる)()(みつ)(なり)は渋い表情を浮かべている。

 

「確かに、何かと喋り過ぎたところはあるかも知れませぬ……」

貴方(あなた)の息子なんて、(あたくし)の真名すら知っていたわよ。(あたくし)達の正体を何処まで話すかは、一人一人の裁量にある程度任せてはいるけれど、幾ら何でも話しすぎだわ」

(せつ)(かく)(こう)(こく)に一族を作ったのですから、(わし)らの駒として動かせるようにしておこうと……」

「あり得んな……」

 

 (つき)(しろ)(なが)(やり)の柄で床を強く(たた)いた。

 彼は四人の中でも情報の秘匿に(こだわ)る男であり、それだけに(うる)()のやり方には(いら)()ちを覚えているらしい。

 

「うーん、(ぼく)はもう良いんじゃないかと思うんだよね」

 

 ()(おと)()は足をばたつかせながら笑い続けている。

 

()(ひめ)(さま)にとって都合の良い御方が(じん)(のう)になったんでしょ? だったら、最低限必要な人員だけ残しておけば充分じゃない?」

「それもそうね……」

 

 ()(りゆう)(いん)は口角を上げ、唇の裏に白い歯を(のぞ)かせる。

 その表情には(うる)()に対する悪意が見え隠れしている。

 

(みつ)(なり)君、息子だけでなく、一族全部()(れい)にお掃除してあげましょうか?」

「いいえ(ひめ)(さま)、お待ちくだされ」

 

 (うる)()()(りゆう)(いん)の言葉を拒んだ。

 しかし、そこには一族に危害が及ぶという焦燥や危機感は見られない。

 (むし)ろ、その()には冷たい光が宿っていた。

 

「あれでも血を分けた(わし)の子孫です。せめて(わし)自らの手で根絶やしにしてやりましょう」

「あらあら、随分と残酷なことを考えるのね。()(ごく)家にとって、貴方(あなた)(あら)(ひと)(がみ)でしょう?」

「別に、現人神が自らを(あが)める者の意に沿うとは限りませんからな」

 

 それを聞いた()(りゆう)(いん)は、さも愉快気に笑い始めた。

 

「面白いことを言うわね、貴方(あなた)。いや、流石(さすが)というべきかしら。うふふふふ……」

 

 脇の()(おと)()(つき)(しろ)(うる)()に視線を集める。

 (うる)()はというと、()(けん)(しわ)を寄せた険しい表情のまま口だけで笑みを浮かべる。

 

()(ごく)本家に一族全員を集め、あれを使って一気に殲滅してしまいましょう」

「子々孫々、始祖を仰ぎて、(にえ)となる。後に(のこ)るは、(さい)の石積み。(よろ)しく頼むわね、(みつ)(なり)君……」

 

 ()くして、一つの名家の運命が人知れず決められてしまった。

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