日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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幕間十三『破邪顕正の華傑刀(火ノ巻)』 上

 神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)は時空に対し強引に干渉し、様々な異なる歴史の世界線を巡ってきた。

 その中で多くの国家に戦争を仕掛けては、それらに従属する日本を吸収し、国家規模を拡大し続けた。

 但し、そのような常態戦時下の国家にあっても、国内では多くの文化的な営みが行われるものだ。

 

 その内の一つが、全国高等學校武術大会である。

 大会は剣術の部・弓術の部・槍術の部・闘術の部・柔術の部など、多岐に亘(わた)る部門に分かれ、多くの高校生が腕を競い合っている。

 

 扨(さ)てこの大会、「女子の部」は存在するが、女子が男子に交じって「無差別の部」で戦うことも許されていた。

 当然それは形式だけの話で、実質的に「無差別の部」は男子部門であり、態(わざ)々(わざ)そこに混じる物好きな女子は居ないだろうと考えられていた。

 しかしそんな中にあって或(あ)る年「剣術無差別の部」で、史上初めて女子が大会を制するという快挙が成し遂げられた。

 

 修(しゅう)身(しん)院(いん)高等部二年、男爵令嬢・水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)。

 女子としては非常に背が高い一八一糎(センチ)の凜(りん)とした佇(たたず)まいは、男女を問わず皇(こう)國(こく)中の人気を集め、彼女は齢(よわい)十七にして一躍時代の寵(ちょう)児(じ)となった。

 これから数(す)奇(き)な運命を辿る彼女の物語はこの年の秋、一学年上の巨(おお)しき先輩に出会ったところから始まる。

 これは、破(は)邪(じゃ)顕(けん)正(しょう)を心に刻んだ乙女の物語である。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 二学期、始業式。

 この日水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)は、夏に行われた全国高等學校武術大会の優勝を、全校生徒の前で称(たた)えられる事になっていた。

 彼女は横目で並ぶ生徒の方を一(いち)瞥(べつ)した。

 中等部の列で妹の早(さ)辺(え)子(こ)が目を輝かせて自分を見ていることがすぐにわかった。

 

(早(さ)辺(え)子(こ)の奴(やつ)はしょうがないな……)

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は妹の視線に苦笑した。

 中学生になって姉離れ出来ない妹の将来は心配になるが、それでも慕われるのは満更でもない――そう思っていた。

 だが同時に、盲目的に憧憬を向けてくる妹の規範となるのは荷が重いとも感じていた。

 

 父の再婚話が相手の急死で破談になっていなければ、今頃早(そ)芙(う)子(こ)には兄が出来ていた。

 もしそれが実現されていれば、水(み)徒(と)端(はた)男爵家の名を背負う者としての負担も軽減されたのだろうか。

 

 強過ぎるが故に、身を預けられるような相手が居ない。

 男と並んでも高い部類に入る上背や、無駄に整った顔立ちも、「孤高の人」という早(そ)芙(う)子(こ)の印象を強めてしまっている。

 強くなれば、勝ち続ければ褒められると気を良くして、いつの間にか降りられない高みまで上り詰めてしまった。

 

「おい、呼ばれているぞ」

 

 そんな憂(ゆう)鬱(うつ)に浸っていた早(そ)芙(う)子(こ)に、背後から男が声を掛けた。

 どうやら彼女は登壇を求められていたことに気が付かなかったらしい。

 

「あ……。ど、どうも……」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は男に背を向けたまま小声で礼を言うと、壇上に向かって返事をして登壇した。

 そして失態を犯したことに恥じらいを覚えつつ、表彰状を受け取る。

 しかしふと、背後からの声が頭上から聞こえたことに引っ掛かりを覚えた。

 

 一八一糎(センチ)の自分に上から声を掛けられる男。

 壇上から降りる際、早(そ)芙(う)子(こ)の目に声の主の姿が目に入り、彼女は息を呑(の)んだ。

 

 第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)。

 孰(いず)れ皇位を継承する、空前絶後の傑物。

 絶対強者と名高い、麗(うるわ)しの偉丈夫。

 

(私(わたくし)はこの御(お)方(かた)の前で粗相をし、御声掛け頂いたにも拘(かかわ)らず素(す)気(げ)無(な)い返事しか出来なかったのか……!)

 

 早(そ)芙(う)子(こ)の頭から血の気が引いていく。

 しかし獅(し)乃(の)神(かみ)は屈託の無い笑みを浮かべて彼女の肩を抱いて生徒達の方へ向き、能(よ)く通る声で館内に祝福を響かせた。

 

「諸君、彼女は皇(こう)國(こく)の歴史に新たな足跡を残した! 余にはそれが自分のことの様に嬉(うれ)しい! この偉大なる才媛に惜しみ無き喝采を! そして皆には同じ皇(こう)國(こく)臣民として、彼女の業績を誇り、励みとし、各(おの)々(おの)の人生の標(しるべ)として欲しい! 願わくはそれが更なる栄光を呼び込む兆(きざ)しとなり、彼女と皇(こう)國(こく)の未来に絶え間なく末永き祝福があらんことを!」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)の言葉に促され、今一度早(そ)芙(う)子(こ)に大きな拍手が浴びせられた。

 それは、彼女が皇族のお墨付きを貰(もら)ったことを意味する。

 

 水(み)徒(と)端(はた)家などの新華族は、皇室復権の立役者として神(じん)皇(のう)から新たに取り立てられた家々で、その歴史は百年にも満たない。

 故に、由緒ある旧華族の中には、自分達だけが真の貴族であり、新華族など紛(まが)い物(もの)であると考える者も居る。

 しかしこの一件で、そんな旧華族の子息も表立っては彼女に嫌がらせを働くことは出来なくなっただろう。

 そしてそれ以上に、この男の業績の前では男爵家の人間が多少身の丈に合わない成果を上げたとしても、全く霞(かす)んでしまう。

 

 この日も学校から顕彰される真の主役は彼であった。

 また一本、画期的な数学論文が査読を通ったのだ。

 更に、皇(こう)國(こく)の誇る兵器、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)にも性能を飛躍的に向上させた新型機を考案したという。

 

(これ程の大人物ならば、流石(さすが)の私(わたくし)も身を預けられるのだろうな……)

 

 だが、男爵令嬢である早(そ)芙(う)子(こ)では、到底彼の傍らに収まることは出来ないだろう。

 彼が后(きさき)に迎えるのは、もっと良家の相(ふ)応(さわ)しい令嬢に違い無い。

 早(そ)芙(う)子(こ)は獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)に対し、確かに淡い憧憬の念を抱いた。

 しかし同時に、心に秘めたまま然(しか)るべき時が来れば忘れようとも決意した。

 

 彼女の高校生時代にあるのは、そんな甘酸っぱい青春の記憶と、そしてもう一つ、とてもとても苦い記憶……。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)には幼い頃から親しくしていた親友がいた。

 名は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)栞(しおり)――早(そ)芙(う)子(こ)と同じ新華族、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)家の令嬢である。

 尤(もっと)も、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)家は血筋が旧華族に近く、伯爵位を授爵している新華族でも有数の名家だった。

 

「早(そ)芙(う)子(こ)さん、良いなあ……。第一皇子殿下とあんなに近くでお話しできて……」

「まあ、私(わたくし)のような者には縁の無い世界の御(お)方(かた)だよ、彼は。神(じん)皇(のう)陛下の勅許を賜るなど、水(み)徒(と)端(はた)家の家格では考えられない」

 

 教室に戻った早(そ)芙(う)子(こ)と栞(しおり)は隣同士の席で、休み時間に取り留めのない話をしていた。

 はぁ、と一息吐いた早(そ)芙(う)子(こ)の様子から、親友の何かを悟った栞(しおり)は揶(か)揄(らか)うように目を細め、早(そ)芙(う)子(こ)を小突く。

 

「案外そうでもないかもしれませんよー? 風の噂(うわさ)ですけど、皇族方の御(ご)結(けっ)婚(こん)相手、どうもご本人達でお決めになる方針みたい」

「何?」

「勿(もち)論(ろん)、陛下の勅許は必要でしょうけれど、そこまで家格は問わないらしいですよ?」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)が珍しく反応したのを見て、栞(しおり)は含み笑いを深めた。

 色恋沙汰の話題など、普段は澄まし顔で聞き流すのだから、分かり易(やす)いものだ。

 

「やっぱり、期待しちゃいますよねー」

「い、いやそういう訳じゃ……。ただ、意外だと思っただけだ!」

「もう、早(そ)芙(う)子(こ)さんったら素直じゃありませんわねえ。第一皇子殿下は国中の女子の憧れで競争相手は多いのですから、それでは先を越されてしまいますよ?」

 

 栞(しおり)の情報が事実ならば、早(そ)芙(う)子(こ)にとっては諦める理由が一つ消えたことを意味する。

 しかし、彼女はそれでも踏ん切りが付かない。

 

「いやでも、やはり私(わたくし)は相(ふ)応(さわ)しい相手を御(お)父(とう)様(さま)が決めてくださる筈(はず)だし……」

「えー、でも賽(さい)造(ぞう)おじ様、平民の未亡人と再婚なさるおつもりでしたじゃない? 多分、どうしてもお相手が居ない時はお見合い相手を探してくれますけど、基本的には自由恋愛に理解がある方だと思いますよ?」

 

 栞(しおり)はまたしても早(そ)芙(う)子(こ)から退路を奪おうとする。

 

「栞(しおり)は何故(なぜ)そこまで私(わたくし)と殿下を結びたがるんだ……」

「それは、好きな人と一緒になれる余地があるなら、それに賭けてみるべきだと思うもの……」

 

 ああ、成程……――早(そ)芙(う)子(こ)は栞(しおり)の態度に納得がいった。

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)栞(しおり)には既に、親が決めた婚約者がいる。

 つい最近、良縁が決まったそうだ。

 

「栞(しおり)、誰にも言わないから正直に言って欲しい。相手はどうなんだ?」

「ん? 違いますよ。別に嫌いとかではありません。屹(きっ)度(と)、素敵な方」

「そうか……」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は一抹の寂しさを覚えた。

 親友がどこか、ほんの少し遠い存在になってしまった様な、そんな気がした。

 貴族としての大人の階段を昇った、と云(い)うべきか。

 

 そういえば早(そ)芙(う)子(こ)は、誰かの伴(はん)侶(りょ)になることを明確に想像したことがあっただろうか。

 ふと早(そ)芙(う)子(こ)は、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)のことを想(おも)う。

 

 もし仮に栞(しおり)の云うとおり、獅(し)乃(の)神(かみ)の傍らを得られたとして、そこに収まることなど出来るだろうか。

 自分が将来、皇(こう)國(こく)の皇后として全臣民の範となることなど出来るだろうか。

 

(ああ、とても無理だな。屹度、重荷に耐えられない)

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は気が遠くなった。

 確かに、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)ならば、強過ぎる自分のことをも何ら問題なく抱擁してくれるだろう。

 この世の誰よりも安心して身を預けることが出来るだろう。

 だが代償として背負うことになる重責は、屹度その恩恵をも軽く吹き飛ばしてしまう。

 

 度が過ぎた高貴な身分に嫁ぐことなど、おそらく楽ではない。

 そう思うと、早(そ)芙(う)子(こ)は親友がいつもより大きく輝いて見える様だった。

 栞(しおり)は既にそれを呑(の)み込(こ)み、高みへと飛躍しようとしているのだ。

 

「好(い)い人、なのか?」

「うふふ……」

 

 栞(しおり)は夢見る様な笑みを浮かべた。

 

「鷹(たか)番(つがい)公爵家当主、夜(よる)朗(あき)様」

「え!?」

 

 これには流石(さすが)の早(そ)芙(う)子(こ)も魂(たま)消(げ)た。

 鷹(たか)番(つがい)公爵家は皇(こう)國(こく)最高峰の名門・六摂家の一角である。

 その当主に嫁ぐとは、如(い)何(か)に鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵家とはいえ、途(と)轍(てつ)もない良縁である。

 

「鷹(たか)番(つがい)卿(きょう)……! どういうことだ? てっきり旧華族から伴侶を探されるものだとばかり……!」

「ま、超上流階級の皆様はわからないことも多いですからねー。因(ちな)みにもうすぐ籍を入れまーす」

「凄(すご)いな、栞(しおり)。おめでとう!」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は手放しに親友の結婚を祝福した。

 しかし二人は知らなかった。

 鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)が新華族から妻を娶(めと)るのは、彼に旧華族からは誰も令嬢を嫁に出さなくなったからだということを。

 彼は余りにも性にだらしが無く、毎日毎晩相手を取替引替しては男女問わずに食い散らかしているのだ。

 

 因みにこの一年後、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)は一(いち)桐(どう)公爵令嬢の綾(あや)花(か)と婚約するが、綾(あや)花(か)の急逝により僅(わず)か一年足らずで破談となる。

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