日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十四話『袋小路』 序

 砂色の鈍い光が袋小路に差し込んでいる。

 最初に動いたのは銀髪の少女・枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)だった。

 黒いスカートが軽やかに靡(なび)き、華(きゃ)奢(しゃ)な体が宙を舞う。

 その気(け)怠(だる)げな眼は椿(つばき)陽(よう)子(こ)を真(まっ)直(す)ぐに捉えていた。

 

「無防備に突っ込んで来るとは、舐(な)められたもんだね!」

 

 対する陽(よう)子(こ)は埜(の)愛(あ)瑠(る)へと掌(てのひら)を向け、鋭い電撃を放った。

 しかし、確実に狙いを定めた筈(はず)の攻撃は四方八方に飛び散り、埜(の)愛(あ)瑠(る)には中(あた)らなかった。

 

『武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)・降(ふり)夜(や)祇(ぎ)ノ(の)守(まもり)刀(がたな)』

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は既に、無数の短剣を自身の周囲に投げ放っていた。

 電撃は其(そ)方(ちら)へと引き寄せられ、埜(の)愛(あ)瑠(る)から外れてしまったということだ。

 但し、短剣の方も唯(ただ)では済まなかったようで、悉(ことごと)くが電熱で融(と)け爛(ただ)れていた。

 

「能力自体の相性は五分、か……」

 

 冷や汗を掻(か)く陽(よう)子(こ)。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)はそのまま空を蹴り、物(もの)凄(すご)い速度で接近してきた。

 そしてそのまま、宙返りして踵(かかと)を振り下ろす。

 可(か)愛(わい)らしい革靴(パンプス)の底から、物騒な刃が飛び出していた。

 

「こいつ、武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)だけでなく暗器まで使うのか!」

 

 陽(よう)子(こ)は持ち前の武術で埜(の)愛(あ)瑠(る)の足を払(はら)い除(の)けたが、埜(の)愛(あ)瑠(る)の猛攻は止まらない。

 靴底に仕込まれた刃と、武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)で形成した短刀を代わる代わる繰り出し、縦(じゅう)横(おう)無(む)尽(じん)に暴れ回っている。

 陽(よう)子(こ)は完全に防戦一方となっていた。

 

(なんて速度だ……!)

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は単純に、陽(よう)子(こ)には対応し切れない程に動きが疾(はや)いのだ。

 そして、厄介なのはそれだけではない。

 

「ぐぁっ!!」

 

 回避行動を取った陽(よう)子(こ)は肩に切り傷を負った。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は戦いながら、最初に投げ放って地面に落ちていた短剣を蹴り上げていた。

 その刃が陽(よう)子(こ)を切り付けたのだ。

 

(この戦闘勘、これが戦闘一族・枚(ひら)辻(つじ)家の殺戮人形(マーダー・ドール)か!)

 

 素早く読み辛(づら)い動き、自由自在且つ計算し尽くされた戦い方――多くの叛(はん)逆(ぎゃく)者が十七歳の小娘を恐れ、異名まで付けた所以(ゆえん)がそこにはあった。

 歪(ゆが)んだ短剣が、今度は脇を掠(かす)める。

 

「がっ!? 糞(くそ)!」

 

 陽(よう)子(こ)は苦し紛れに電撃を放った。

 しかし、埜(の)愛(あ)瑠(る)は再び無数の短剣を振(ふ)り撒(ま)いて攻撃を散らしてしまう。

 

(駄目か……いや!)

 

 陽(よう)子(こ)もまた、武術を叩(たた)き込(こ)まれた一流の戦士である。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)の呼吸が乱れ、動きが鈍ったのを見逃さなかった。

 武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)は強力な破壊力・耐久力を持ち、使用し続けても神(しん)為(い)を消費しないという利点があるのだが、反面破壊されてしまうと大幅に神(しん)為(い)を消耗する。

 陽(よう)子(こ)の電撃を二度に亘(わた)って散らし、その代償として融解させてしまったからには、埜(の)愛(あ)瑠(る)の神(しん)為(い)が大幅に削られるのも当然である。

 

「喰(く)らえ!」

 

 陽(よう)子(こ)はこの隙を逃さず、追撃の雷光を放った。

 それまで無表情だった埜(の)愛(あ)瑠(る)の顔に初めて焦りが滲(にじ)んだ。

 攻撃は躱(かわ)されたものの、埜(の)愛(あ)瑠(る)の肩から焦げた臭いと共に煙が立ち上がっていた。

 

「一寸(ちょっと)喰らった……」

「躱せるのか、あの間合いで……!」

 

 おそらく、埜(の)愛(あ)瑠(る)は陽(よう)子(こ)の攻撃を目視ではなく勘で回避した。

 それは戦闘一族と名高い枚(ひら)辻(つじ)子爵家の訓練の賜(たま)物(もの)だろう。

 陽(よう)子(こ)にとって、何処(どこ)までも一筋縄ではいかない相手だった。

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)の肩が神(しん)為(い)で修復されていく。

 消耗は大きいだろうが、まだ致命に至る程ではないらしい。

 

⦿

 

 一方、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)はもう一人の子爵令嬢と向き合っていた。

 別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)――長身にドレスを纏(まと)った彼女もまた「悪魔人形(デビル・ドール)」という異名で呼ばれているらしい。

 そんな彼女は、レイピアの鋒(きっさき)を双(ふた)葉(ば)に向けて不気味に微(ほほ)笑(え)む。

 

「久方振りですわね、婦人を刻むというのは……」

 

 黎(れい)子(こ)は軽く剣を舞わせた。

 金髪が風に揺れ、碧(あお)い眼が嗜虐的(サディスティック)な光を帯びる。

 

(凄(すご)い剣捌(さば)き……。あんなの、私(わたし)にはとても躱せない……)

 

 軽やかに、優雅に、しかし鋭い剣捌きは、戦闘に関して素人の双(ふた)葉(ば)にどうこう出来るものではなかった。

 真(まと)面(も)に戦っては、為(な)す術(すべ)無く斬り刻まれてしまうのは火を見るより明らかである。

 

(なら手は一つしか無い!)

 

 双(ふた)葉(ば)は速攻で勝負を付ける覚悟を決めた。

 東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲み、戦闘態勢を整える。

 そして、黎(れい)子(こ)が動き出すのを待たずに仕掛けた。

 

「これで!」

 

 地面から木の蔓(つる)が生え、一瞬にして球体を作り、黎(れい)子(こ)を内部に閉じ込める。

 これは嘗(かつ)て六摂家当主の一角・公(く)殿(でん)句(ふし)子(こ)との戦いで繰り出した攻撃だ。

 

「無駄ですわよ」

 

 しかし、今回はあっという間に破られてしまった。

 蔓の球体、その一箇所に亀裂が入り、其(そ)処(こ)から罅(ひび)割れが拡(ひろ)がって砕け散ってしまった。

 レイピアの刺突とは異なる、異様な破壊形態(モード)だった。

 一瞬にして双(ふた)葉(ば)の技を破った黎(れい)子(こ)は不敵な笑みを浮かべている。

 

「私(わたし)のレイピアは埜(の)愛(あ)瑠(る)さんとは違い、術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)です。故に、唯刻むだけでなく特殊な能力が有る……」

「うぅ……だったら……!」

 

 得意気に語ろうとする黎(れい)子(こ)に対し、双(ふた)葉(ば)は攻撃を続行する。

 千切れたかに思えた蔓が蜿(うね)り、一斉に黎(れい)子(こ)の体を縛り上げた。

 

「おやおや……」

「私(わたし)の能力は植物を生やして操る! この蔓から棘(とげ)を生やすことだって出来る! この状態からだと心臓を一突きだよ! 降参するなら今の内だってこと!」

「成程……」

 

 早くも黎(れい)子(こ)は絶体絶命で、双(ふた)葉(ば)の勝利が確定した、かに思えた。

 しかし、彼女の不敵な笑みは一(ひと)欠(かけ)片(ら)も崩れていない。

 二人の脇では、陽(よう)子(こ)と埜(の)愛(あ)瑠(る)が激しい攻防を繰り広げている。

 それを横目に、黎(れい)子(こ)は双(ふた)葉(ば)を嘲(あざけ)り見下ろした。

 

「では、取引をしませんこと?」

 

 黎(れい)子(こ)がそう言った瞬間、陽(よう)子(こ)の負った傷が異常な程裂け目を拡げ始めた。

 

「ぐあああああっっ!!」

「陽(よう)子(こ)さん!?」

「先程は説明し損ねましたが、これが私(わたし)の能力ですわ! 神(しん)為(い)に因(よ)って負った傷ならば、自在に、際限無く拡げることが出来る! 命に届くまでね! さあ、この蔓をどうしましょうか?」

 

 黎(れい)子(こ)に脅された双(ふた)葉(ば)は慌てて蔓の縛りを解いた。

 陽(よう)子(こ)の傷の拡がりは収まり、神(しん)為(い)によって塞(ふさ)がり始める。

 だが、一転して今度は双(ふた)葉(ば)が危機に陥った。

 鋭いレイピアの突きが双(ふた)葉(ば)に襲い掛かる。

 

「この莫(ば)迦(か)!」

 

 間一髪、陽(よう)子(こ)に引張られた双(ふた)葉(ば)は陽(よう)子(こ)の攻撃を回避することが出来た。

 二人は背中合わせに立ち、それぞれの相手を見据える。

 

「双(ふた)葉(ば)、なんで別(びゅ)府(う)幡(まん)を殺(や)らなかったんだ。私(あたし)は別に相打ちでも良かったのに……」

「駄目だよ。陽(よう)子(こ)さんが居なくなったら、誰が弟さんを助けるの?」

「それはそうだけど……でも、別(びゅ)府(う)幡(まん)が能力を解除するとは限らなかったんだよ?」

 

 一方、黎(れい)子(こ)と埜(の)愛(あ)瑠(る)はそれぞれの武器を弄(もてあそ)んでいる。

 

「失礼な会話」

「そうですわね。私(わたし)達誇り高き新華族が騙し討ちをするとでも?」

 

 双(ふた)葉(ば)・陽(よう)子(こ)のコンビと、黎(れい)子(こ)・埜(の)愛(あ)瑠(る)のコンビ、両者は今のところ、新華族令嬢の方が優位に立っているらしい。

 

 枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)の、無数に短剣を作り出す武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)。

 別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)の、神(しん)為(い)に因る傷を致命的に拡げる術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)。

 これらに鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)の探知能力が加わることで、新(しん)華(か)族(ぞく)令(れい)嬢(じょう)三(さん)羽(ば)烏(がらす)は恐るべき連係攻撃を可能にするのだ。

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)の探知能力で隠れた敵を見つけ出し、埜(の)愛(あ)瑠(る)の短剣が襲う。

 そして僅(わず)かでも傷を負えば、黎(れい)子(こ)の能力で確実に死に至る。

 彼女達は元々、六摂家当主の一角・公(く)殿(でん)公爵家に雇われた暗殺者集団なのだ。

 

 比べると、双(ふた)葉(ば)と陽(よう)子(こ)は共闘回数に乏しく、経験が足りない。

 しかし、陽(よう)子(こ)にはもう一つの武器があった。

 それは、公(く)殿(でん)句(ふし)子(こ)との戦いでも披露された彼女の戦い方である。

 

「新華族、か……。そこに拘(こだわ)りがあるんだな、別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)……」

 

 陽(よう)子(こ)は敵の一人・別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)に語り掛けた。

 この新(しん)華(か)族(ぞく)令(れい)嬢(じょう)三(さん)羽(ば)烏(がらす)は、叛逆者達に異名を与えられて恐れられる者達である。

 つまり、その素(す)性(じょう)を彼女は知っているのだ。

 本人達の想定を超えて。

 

「特に、貴女(アンタ)はそうだろうな。別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)、いや、レーコ・ボーマンさんよ……」

 

 黎(れい)子(こ)の眉尻が僅かに動いた。

 口元には余裕の笑みを湛(たた)えたままだが、その碧(へき)眼(がん)は微熱に揺れている。

 

「能(よ)く……調べられているようですわね……」

 

 黎(れい)子(こ)は眉根を寄せ、口元からも薄笑いを消した。

 長い金髪が夜風に舞い、棚引いていた。

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