日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十五話『無常』 破

 ホテルに到着した(わたる)達は(びゃく)(だん)(あげ)()と合流し、いつもの会議室で事情聴取の続きに入った。

 同じホテルに宿泊する()()(はた)()()()(とお)(どう)(あや)()、そして()(ごく)()()()も同席している。

 中でも()()()は激しい敵意を()()しにした視線を(ふた)()へと向けていた。

 

()て、もう一度確認しておこう」

 

 そんな重い空気の中、()()が切り出した。

 

(きみ)は帰国してから何度か椿(つばき)(よう)()と密会し、相手側の事情を聞かされている。間違い無いか?」

「ええ、そうですよ」

「それで、昨日も会ったんだな?」

「はい」

「そしてその現場を(こう)(こく)新華族令嬢の二人、(ひら)(つじ)()()()(びゅ)()(まん)(れい)()に押さえられた」

 

 ()()は一つ一つ、(ふた)()のみに起きたこ事を読み上げていく。

 しかし、新華族令嬢の名前が出たところで、(ふた)()()に再び反抗的な光が(とも)った。

 

「ええ。それで、向こうから襲ってきたんですよ!」

「何? それは妙だ。椿(つばき)(よう)()(どう)(じょう)()(かげ)()に関しては我が国側で解決する(ため)(こう)(こく)側の手出しは無用と言ってあった(はず)だし、合意も得ていた筈だが……。()()(はた)嬢、どういうことか説明願いたい」

 

 新華族令嬢の指揮を任されていた()()(はた)()()()に白羽の矢が立てられた。

 

(おっしゃ)るとおりに御座います。しかし、申し訳御座いません」

()()殿、()()(はた)のみの責任では御座いません。我も彼女の(うしろ)(だて)として二人の同行に眼を光らせておくべきでした」

 

 ()()()と共に、(とお)(どう)も深々と頭を下げた。

 

「そりゃこうなるに決まってますよ」

 

 ()()()が怒りを(はら)んだ溜息と共に割って入った。

 

「どうして伯爵令嬢たる(わたし)や子爵令嬢たる()()()(れい)()を男爵令嬢に過ぎない()()(はた)()()()の下に付けたんですか? そんなの、気分が悪いに決まっています! 適当な口実で自己判断するなんて、目に見えているじゃないですか!」

()(ごく)お前、口が過ぎるぞ。()()(はた)はお前達より年長者じゃろうが」

「関係ありません! 旧華族の上級貴族方は新華族の家格を軽く見過ぎです! この際ですから、(とお)(どう)様、(わたし)からはっきりと抗議させていただきます!」

 

 ()(ごく)はこれまでの不満が(せき)を切った様に、六摂家の公爵たる(とお)(どう)に口答えした。

 だがこの流れに任せては話が脱線してしまう。

 ()()が一つ、(せき)(ばら)いして二人を(いさ)めた。

 

「話を戻そう。つまり、二人は何か我々の意向を無視する理由を付けて襲い掛かってきたから、(きみ)椿(つばき)(よう)()と協力して応戦したと、こういうことかな?」

「ええ、そうですよ!」

 

 (ふた)()()()を、そして周囲を(にら)んだ。

 その眼は政府関係者の(びゃく)(だん)だけでなく、(わたる)()(こと)にも向けられた。

 彼女は明らかに、友人二人に対しても怒りを見せていた。

 

「あの二人が言っていたのはこうです。『椿(つばき)(よう)()には日本側と通じている人間がいる。それを明らかにするために、日本側だけで捜査をしたいと言われた。でも、今その内通者が明らかになった以上ここで始末しても問題ない』とね! つまり、こういうことでしょう? 初めから(わたし)は疑われていた! (さき)(もり)君も(うる)()さんも友達面して近づいて、結局のところこっちの懐の内を探っていたんだ!」

()(ずみ)さんっ……!」

 

 (わたる)(ふた)()の怒りの理由に(ようや)く気付いた。

 ()()()(れい)()の言葉から、特殊防衛課が(ふた)()を敵として見ていると思ってしまった。

 

 それだけではない。

 友達だと思っていた(わたる)()(こと)も、それに加担して自分に探りを入れてきたと考えた。

 (ふた)()は二人に自分達の友情を、気に入らないこの組織の為に利用されたと思って怒っていたのだ。

 

「聴いてくれ、()(ずみ)さん。そうじゃないんだ。誤解なんだよ」

「何が?」

 

 (ふた)()の冷たい視線が(わたる)に突き刺さる。

 しかし、(わたる)は退けなかった。

 そう、(ふた)()は一つ思い違いをしている。

 その理由は特殊防衛課側にあるのだが、()(かく)彼女が誤解しているというのは確かなのだ。

 

()()さん、言っても良いですよね?」

「……この際だ、()むを()ん」

 

 ()()も渋々(うなず)いた。

 

(そもそ)も、(ぼく)達は初めから内通者が居ると思っていた訳じゃないんだ。(こう)(こく)側にそう言ったのは、椿(つばき)とその弟を日本側だけで追う為の方便だったんだよ」

「は? 何を言ってるの?」

 

 (ふた)()の眼からは疑いの色が消えていない。

 襲われた翌日にその理由が(うそ)だったと言われて、納得がいく筈も無いだろう。

 そしてそれは、(こう)(こく)側も同じだった。

 

「それはどういうことでしょう?」

 

 ()()()(こわ)(いろ)にも怒りが混じっている。

 彼女と()()()もまた、()()に詰め寄った。

 

「詳しく説明していただきたいですね。(わたくし)達にも納得出来るように」

「珍しく良い事を言いますね、()()(はた)さん。(わたし)も知りたいです」

 

 ()()()い空気が会議室内に充満していた。

 

「謝罪せねば……ならないでしょうね……」

 

 ()()は全員に距離を取り、向き直って一息吐いた。

 そして頭を下げる……のではなく、その前に床に膝を突いた。

 

「ちょっと、()()さん!?」

 

 (わたる)は動揺した。

 ()()が何をしようとしているのかは明らかだった。

 結果的に、自分の判断で彼にとんでもないことをさせようとしている。

 そして、やはり()()は額を床に着けて全員に土下座をした。

 

「申し訳御座いません。自分は勝手な憶測と個人的な心情で嘘を吐いたのです。その結果、二人の新華族令嬢にあらぬ誤解をさせ、結果的に()(ずみ)(ふた)()さんを危険な目に遭わせ、二人の消息が絶たれるという事態を呼び込んでしまいました。その(とが)、この通り心よりお()び申し上げます」

 

 (わたる)は言葉を失った。

 この場をどう()たせれば良いのか見当も付かなかった。

 自分も()()と一緒になって謝るべきだろうか。

 

 しかし、それを実行する前に()()()()()に早足で歩み寄った。

 そして、彼を見下ろしてこう告げる。

 

「頭を上げてください」

 

 その言葉には有無を言わさぬ迫力があった。

 今この瞬間だけ、顔の似た()(こと)が彼女に乗り移ったかの様だった。

 ()()は苦い表情でゆっくりと頭を上げる。

 その顔に、()()()の平手が飛んだ。

 

「なっ!」

()()()……」

 

 大きな音に驚く(わたる)、その隣に居る()(こと)は冷静だった。

 勝手な行動で自分の親しい人間に手を挙げた()()()に対し、咎めることもしない。

 今回、()()()にそうする理由と()()にそうされる理由が充分有ると判断したのだろう。

 

貴方(あなた)の謝罪はどうでも良いです。ちゃんと説明してください」

 

 これも、(もっと)もな言葉だった。

 ある意味、彼女の()(かげ)で話を本筋に戻すことが出来る。

 ()()は立ち上がると、再び(ふた)()に視線を投げ掛けた。

 

「先程(さき)(もり)君から説明があったとおり、内通者の話は出任せです。それは椿(つばき)(よう)()の捜査を日本国側だけで行いたかったが為です。そしてその理由は、自分よりも()(ずみ)さんの方がお詳しいでしょう」

「は? どういうことですか?」

「我々は椿(つばき)(よう)()(どう)(じょう)()(かげ)()について、他の連中とは違って何らかの事情があって(おおかみ)()(きば)に協力させられていると踏んでいたのです。二人に帰国を助けて(もら)ったこと、そしてその中で、他ならぬ()(ずみ)(ふた)()さんが仰っていた言葉を信じた。だから椿(つばき)(よう)()(どう)(じょう)()(かげ)()に関しては日本国側で捕縛し、国内に(とど)めるつもりだった。(こう)(こく)側に引き渡してしまえば、(こっ)()(はん)(ぎゃく)(ざい)として確定死罪となってしまいますからね」

「え……?」

 

 (ふた)()(どう)(もく)し、()()から目を()らした。

 

()(ずみ)さん、教えてくれ」

 

 (わたる)(ふた)()に問い掛ける。

 

(きみ)椿(つばき)から、あいつの抱える事情を聞かされたんだろう? (ぼく)達は椿(つばき)を助けたいんだ。(きみ)だってそうだろう? だから、(ひそ)かに会っていたんじゃないか?」

「それは……そうだけど……」

()(ずみ)さん、一つ」

 

 今度は()(こと)が話に加わる。

 

「正直に言うわ。実を言うと、貴女(あなた)から椿(つばき)(よう)()に情報が漏れている可能性を考えなかった訳じゃない。でも、信じていた。それを確かめたかったの。それを『疑われた』と言われれば、反論は出来ないわね……。けれども貴女(あなた)を敵だと思ったことは一度も、一瞬たりとも無いわ。それだけはどうか信じて頂戴」

 

 (ふた)()(うつむ)いたまま黙っている。

 疑われたことに反感を見せてはいたが、実際彼女は(よう)()と密会し、病院についてうっかり話してしまっているのだ。

 その後ろめたさはどうしてもあるだろう。

 

 とまれ、これで(ふた)()との関係が回復すれば言うことは無い。

 しかし、事はそう簡単にいく程単純ではなかった。

 

「さっきから随分勝手なことを言ってくれますね」

 

 不服げに口を挟んだのは()()()だった。

 

「要は、(はん)(ぎゃく)者の一員たる椿(つばき)(よう)()に配慮して(わたし)達に不当な指示を出していたってことでしょう。(わたし)達は(おおかみ)()(きば)()(こそ)ぎ始末する為に()()に居るんです。貴方(あなた)達の指示が無ければ(わたし)だって二人に付いて行きました。それなら、()()の女や椿(つばき)(よう)()に後れを取ることも無かったんです」

「おい()(ごく)、言葉を慎め。抑も、あの二人の独断専行がこの事態を招いたんじゃろうが」

 

 咎める(とお)(どう)の言うことも聞かず、()()()(ふた)()に詰め寄った。

 

「というか、こいつが椿(つばき)(よう)()と内通していたのは事実でしょう? ()(こと)様の手前堪えていますが、本来ならこの場でぶちのめしてやるところです」

()()()

「はいすみません出過ぎた()()でした!」

 

 ()()()()(こと)の言葉にだけは素直に従い、その場で引いて背筋を伸ばした。

 

「それで皆様、()(ずみ)様の処遇、(いか)()なさるおつもりですか?」

 

 ()()()がこの場を収めるよう()()に促した。

 そんな彼女を受けて、()()(ふた)()に歩み寄る。

 

(とう)(えい)(がん)を飲まされてしまった以上、このままにしておく訳には行かない。申し訳無いが、こればかりは()(ちら)も譲れない」

「また……軟禁生活ですか?」

 

 (ふた)()の顔に再び(けん)()感が浮かび上がる。

 どうやら心の奥底にある不信感は()(はや)どうにもならないらしい。

 ()()もそれを()()ったらしく、懐から小瓶を取り出した。

 

(きみ)がそれを()()れられないであろうことは()(わか)った。これは最終手段だったが、この錠剤を飲んでもらえれば、一日だけ()(ちら)に滞在するだけで帰宅してもらって構わない」

「何ですか、それ?」

()(そう)(がん)と呼ばれるものでな、(とう)(えい)(がん)とは逆に(しん)()を打ち消す薬剤だ」

「へええ……」

 

 (ふた)()は再び()()を睨み上げた。

 

(しん)()を消す薬、ですか。つまり、わざわざ一箇月も軟禁生活をする必要なんて無かったんですね」

「済まない。これは(とう)(えい)(がん)以上に貴重で、おいそれと投与出来るものではなかったんだ。それに、副作用もあってな。服用から二十四時間は、強い発熱に苦しむことになる。一日だけ滞在してほしいというのは、それに備えてのことだ」

「あーはいはい、解りましたよ。()()いこと言って、結局(わたし)達を利用したことには変わりないでしょ。(さき)(もり)君も(うる)()さんも、よくこんな人の言うこと聞いてるよね」

「お叱りは甘んじて受けよう。しかしこれを飲むか、それともこのまま(とう)(えい)(がん)の効果が切れるまで待つか、この場で選んでくれ」

「決まってるでしょ。もう二度と軟禁生活なんて御免です。また貴方(あなた)と一箇月も一緒なんて、うんざりします。この際もう一つ言っておきますけど、(わたし)貴方(あなた)のことずっと嫌いでしたよ。初めて会った時からね」

「そうか……」

 

 (ふた)()は差し出された()(そう)(がん)を受け取ると、そのまま口の中へ放り込んだ。

 

(びゃく)(だん)、彼女を部屋へ案内してやってくれ」

「アイアイ。さ、()(ずみ)さん()(ちら)へどうぞー。ご気分が優れないなど、不調があったらすぐに連絡してくださいねー」

 

 (びゃく)(だん)に連れられ、(ふた)()は会議室から出て行こうとする。

 そんな彼女へ、最後に()()が声を掛ける。

 

()(ずみ)(ふた)()さん。今まで大変ご迷惑をお掛けしました。どうか()(たっ)(しゃ)で」

 

 (ふた)()は頭を下げる()()に目も()れず、会議室を出て行った。

 

()()さん、済みません……」

 

 (わたる)は居た(たま)れなくなって()()に謝った。

 自分言葉が(きっ)(かけ)で土下座までさせてしまったこと、(ひど)く気が重かった。

 

「気にしないでくれ、(さき)(もり)君。(おれ)のやり方がいけなかっただけだ。(きみ)は悪くない」

 

 ()()は溜息を吐くと、スマートフォンを取り出した。

 彼はこのまま(ふた)()をただ帰してしまう程甘くはない。

 

「もしもし、(いき)()さん、お願いがあります」

 

 彼は元()(じん)(かい)総帥・(いき)()(りゅう)()(ろう)に電話を掛けた。

 (いき)()を始めとした()(じん)(かい)の面々は現在、特殊防衛課のB班として()()の指揮下に置かれている。

 

「B班は貴方(あなた)含め残り四名、でしたね。その全員で()る人物を影から護衛してください。同時に、当該人物が誰かと密会するようでしたら、()(ちら)に報告願います。ええ、どうか(よろ)しくお願いします」

 

 先の病院襲撃で人員を(うしな)い、残り四人にまで数を減らした元()(じん)(かい)ことB班――その全員を、()()(ふた)()の尾行に回した。

 こうして、(ふた)()から(おおかみ)()(きば)の新たな(かく)()を暴こうというのだ。

 

(わたし)も部屋に戻りますね。言っておきますけど、椿(つばき)(よう)()も始末しますから、(わたし)

 

 ()()()も会議室を出て行った。

 それに続くように、()()()(とお)(どう)も続々とこの場を後にする。

 

 先日旧交を温めて一転、(わたる)()(こと)(ふた)()の間柄は一気に険悪なものとなってしまった。

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