日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十五話『無常』 急

 翌日、九月十五日火曜日。

 久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)は白(びゃく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)に案内され、ホテルのロビーに降りてきた。

 そして出迎えに来た航(わたる)と魅(み)琴(こと)にも目を合わせないまま、ホテル前に待機していたタクシーに乗り込んでしまった。

 

 ロビーで失意に暮れている航(わたる)と魅(み)琴(こと)を遠巻きに見詰める少女が一人。

 彼女は終始双(ふた)葉(ば)を敵意の目で見詰めたまま見送った。

 

「鬼(き)獄(ごく)様、何をなさっているのですか?」

「ひゃいっ!?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)に声を掛けられた東(あ)風(ゆ)美(み)は素頓狂な声を上げて飛び跳ねた。

 その瞬間、航(わたる)と魅(み)琴(こと)の視線も彼女を捉える。

 

「ななな何でもありませんよ! 魅(み)琴(こと)様のお友達を見送りに来ただけです!」

「明らかに別のことを企(たくら)んでいた態度ですが……」

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)も加わり、三人で取り囲まれた東(あ)風(ゆ)美(み)はすっかり消沈してしまった。

 

「だって、昨日の話だと間違いなく明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)側が椿(つばき)陽(よう)子(こ)の居場所を突き止めちゃうじゃないですか。私(わたし)はその前に始末してしまいたいんですよ」

「あの、鬼(き)獄(ごく)さん。日本で捜査する以上は無闇に殺さないようにしてほしいんだよ。ま、とはいっても今まで誰も生け捕りに出来てないけど」

「そんなの、私(わたし)達何の為(ため)に態(わざ)々(わざ)此(こ)処(こ)まで来たのか解(わか)らないじゃないですか!」

 

 魅(み)琴(こと)が口を挟まないのを良い事に、東(あ)風(ゆ)美(み)は威勢良く反論してくる。

 その矛先は早(さ)辺(え)子(こ)の方へも飛んだ。

 

「水(み)徒(と)端(はた)さんだって昨日は怒ってたじゃないですか! 私(わたし)に協力してくれても良いでしょう!」

「確かに、椿(つばき)陽(よう)子(こ)を皇(こう)國(こく)へ引き渡したくないと明言されてしまったことは少々頭に来ました。しかし、私(わたくし)も彼女を死なせるのは忍びないと、そう感じていることにも気付いたのです。私(わたくし)には彼女に見逃していただいた恩が御座いますからね」

 

 そう、実は早(さ)辺(え)子(こ)は道(どう)成(じょう)寺(じ)親子を狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の本部まで送り届けた際、陽(よう)子(こ)に正体が露見してしまっていた。

 しかし陽(よう)子(こ)はそれを父親に伝えることはせず、早(さ)辺(え)子(こ)の命運を保ったのだ。

 

「思い返せば確かにあの時、椿(つばき)陽(よう)子(こ)はこう言っていました。『革命など心底どうでも良い』と。彼女が本心から狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に協力している訳ではない、というのは事実なのでしょう」

「だからって……」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は尚(なお)も納得が言っていない様子だ。

 そんな彼女に、早(さ)辺(え)子(こ)は逆に問い掛ける。

 

「鬼(き)獄(ごく)様、実は私(わたくし)も貴女(あなた)にお伺いしたいことが御座います。貴女(あなた)は何を焦っておいでですか?」

「何って……」

「質問を変えましょう。貴女(あなた)は枚(ひら)辻(つじ)様と別(びゅ)府(う)幡(まん)様のこと、どのようにお考えなのですか?」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は早(さ)辺(え)子(こ)から視線を逸(そ)らした。

 そして珍しく小声で答える。

 

「あの二人は……親友です……」

「成程、昨日あれだけ、根(ね)尾(お)様に手を上げられる程お怒りでしたものね。では嘸(さぞ)かし、御(お)二(ふた)人(り)の身の上が気掛かりで御座いましょう」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の言葉を受け、苦しそうに顔を顰(しか)める東(あ)風(ゆ)美(み)。

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)には意味が解らないだろう。

 そんな二人に向けて説明するように、早(さ)辺(え)子(こ)は続ける。

 

「皇(こう)國(こく)を出発する直前、貴女(あなた)は私(わたくし)にこう仰(おっしゃ)いました。『皇(こう)國(こく)貴族ともあろう者が虜囚の辱めを受けるなんて、どの面下げて生きて帰って来たんですか?』と。つまり皇(こう)國(こく)貴族たる者、敵に囚(とら)われるくらいならば自ら命を絶つべし、と。もしかするとあの二人もそうお考えかも知れません」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は下を向いている。

 早(さ)辺(え)子(こ)は時折、こういう意地の悪さを見せることがある。

 案外根に持つ性格なのかも知れない。

 

「しかし、御安心ください。私(わたくし)の見解では、道(どう)成(じょう)寺(じ)が女性の虜囚に自害を許すとは思えません」

「でも早(さ)辺(え)子(こ)さん、余り悠長なことは言っていられないんじゃ……」

 

 航(わたる)が一つ、懸念をぶつける。

 

「先月の革命動乱の時、第一皇女は自分で心臓を止めて自害したじゃないですか」

「あれは誰にでも出来るような真(ま)似(ね)ではないわ」

 

 魅(み)琴(こと)が口を挟んできた。

 

「私(わたし)もやろうと思えば出来るでしょうけれど、自律神経までも統御する程の常軌を逸した意志能力と、絶命まで断末魔に耐え抜く強靱な精神力、そして己の命を遙(はる)かに超えた断固たる覚悟を以(もっ)て初めて為(な)し得(え)ることよ。この世で最も許せない女だけれど、あれを実際に成し遂げたことだけは称賛に値するわね。他に出来るのは私(わたし)くらいでしょうね」

「何を対抗しているんだ君(きみ)は。頼むから証明しようとしないでくれよ」

 

 ツッコミを入れて釘(くぎ)を刺しておく航(わたる)だったが、魅(み)琴(こと)は捨て置いて東(あ)風(ゆ)美(み)に顔を近付ける。

 

「東(あ)風(ゆ)美(み)、此(こ)方(ちら)を見なさい」

「は、はい!」

「怖がらなくても良いわ。大丈夫」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は素直に魅(み)琴(こと)の眼(め)を見ていた。

 頬(ほお)を紅潮させている様子に、航(わたる)は眉を顰める。

 

「正直に言いなさい。二人を助けたいのね?」

「え、ええ。それはそうです……」

「そ。良いのよ、それで良い」

 

 魅(み)琴(こと)は東(あ)風(ゆ)美(み)の肩を抱いた。

 東(あ)風(ゆ)美(み)の顔は更に紅(あか)くなり、航(わたる)の表情は更に歪(ゆが)む。

 

「親友を助けたいという思いが間違いである筈(はず)が無いわ。仮令(たとえ)貴女(あなた)の過去の言動と矛盾しようと、恥を感じて躊(ため)躇(ら)う必要は無い。迷わずその思いを貫きなさい」

「魅(み)琴(こと)様……」

「様付けは良いわ。普通に接してくれれば結構よ」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)から手を離した魅(み)琴(こと)は、微(ほほ)笑(え)んで立ち上がるように促す。

 

「助けましょう、二人を。一つだけ条件を果たしてくれれば、私(わたし)も航(わたる)も貴女(あなた)に協力するわ」

「条件、ですか……?」

「水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)に対する発言を謝罪しなさい。そこのけじめは大切よ」

「解りました……」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は早(さ)辺(え)子(こ)の方へ向き直ると、彼女に頭を下げた。

 

「今までごめんなさい。あの言葉は撤回します」

「発言の謝罪と撤回を承(うけたまわ)りました」

 

 斯(か)くして、日本国の特殊防衛課と皇(こう)國(こく)の新華族令嬢の間に横たわっていた一つの蟠(わだかま)りが解かれた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 同日夜、所変わって皇(こう)國(こく)、鬼(き)獄(ごく)伯爵邸。

 新当主、耀(てる)彌(み)は一族に命じて全員を本家に集めていた。

 

「東(あ)風(ゆ)美(み)の奴(やつ)も間が悪い。父の当主継承の披露に間に合わんとは……」

 

 彼女の兄にして耀(てる)彌(み)の長男・雅(まさ)彌(み)は爪を噛(か)んだ。

 彼はずっと妹の我(わが)儘(まま)な性格に苦労させられてきた。

 

「ま、居ないなら居ない方が面倒が無くて良いかも知れません」

 

 毒を吐く次男、勝(かつ)彌(み)もまた彼女には手を焼いてきた。

 自分勝手な性格に加え、武術の才能も抜きん出ていたので、鬼(き)獄(ごく)家の兄弟には二人とも東(あ)風(ゆ)美(み)を止められなかったのだ。

 父である新当主、耀(てる)彌(み)はそんな東(あ)風(ゆ)美(み)に甘かった。

 貴族でなくとも末娘にはよくある事である。

 

 この場には他に耀(てる)彌(み)の妻で東(あ)風(ゆ)美(み)の母・風(ふう)子(こ)、耀(てる)彌(み)の弟・好(よし)彌(み)とその家族六人が集められていた。

 前当主にして遠征軍大臣を務めた康(やす)彌(み)亡き今、鬼(き)獄(ごく)家は東(あ)風(ゆ)美(み)を除き全員が本家に居ることになる。

 

 今回、鬼(き)獄(ごく)家が集められた表向きの理由は新当主である耀(てる)彌(み)のお披(ひ)露(ろ)目(め)である。

 だが、それにしては他の家から招かれた客が一切いない。

 これは妙だと、耀(てる)彌(み)の長男である雅(まさ)彌(み)は気が付いた。

 

「父上、今回の集会は貴方(あなた)の御意志ですか?」

「いや……」

 

 新当主、耀(てる)彌(み)は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せて難しい顔をしていた。

 

「祖父、持(じ)国(こく)天(てん)様だ」

「持(じ)国(こく)天(てん)様が!? どういうことですか?」

「私(わたし)にも解らん……」

 

 持(じ)国(こく)天(てん)とは、彼らの祖、閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)の尊称である。

 鬼(き)獄(ごく)家にとって閏(うる)閒(ま)を始めとした神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)は氏(うじ)神(がみ)に等しく、仮令(たとえ)当主であろうと逆らえない絶対的な影響力があった。

 

 腑(ふ)に落ちないのか、雅(まさ)彌(み)は先程より強く爪を噛み、歯で千切ってしまった。

 彼には苛(いら)立(だ)つと出てしまうこういう癖があった。

 

 しかし、その時だった。

 何か大きな爆発音の様なものが響き渡った。

 鬼(き)獄(ごく)伯爵邸は一瞬にして火炎の中で崩壊してしまった。

 中に居た者達は夜の闇の中に放り出された。

 

「なッ!?」

 

 余りに突然の出来事に、困惑しながらも声を上げたのは長男の雅(まさ)彌(み)だった。

 目の前には当主である父・耀(てる)彌(み)の死体が転がっている。

 

「父上!? な、何があった!? 他のみんなは!? 勝(かつ)彌(み)!! 母上!! 好(よし)彌(み)叔父様!!」

 

 雅(まさ)彌(み)が辺りを見回すと、そこはまさに地獄絵図だった。

 従者も含め多くの者が死体となり、生き残った者も総じて五体無事ではなく、這(は)いずる様にしか動けない。

 雅(まさ)彌(み)は比較的無事な方だが、それでも左腕が吹き飛ばされ、左脚に怪(け)我(が)を負っている。

 彼は何とか立ち上がって状況を把握するよう努めていた。

 

 そして雅(まさ)彌(み)が真上を仰ぐと、巨大な人型のロボット――超(ちょう)級(きゅう)に匹敵する為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が仁王立ちしていた。

 近くで虫の息となっていた従者――退役軍人でもある男はその姿に困惑している。

 

「何だ? あんな超(ちょう)級(きゅう)、見たことが無い! 明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の新型か?」

『鬼(き)獄(ごく)家の諸君、今まで儂(わし)らの手足となっての奉仕、御苦労であった。だが最(も)早(はや)お前達は用済みだ。せめて儂(わし)の愛機、壜(たん)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・トミノナガスネヒコの手にかかることを光栄に思うが良い!』

 

 機体から聞き覚えのある声が叩(たた)き付(つ)けられた。

 まさか、と雅(まさ)彌(み)は信じられない思いで血走った目を見開いた。

 

「持(じ)国(こく)天(てん)様……! 閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)様! 曾(ひい)御(お)爺(じい)様(さま)!! どうして!?」

 

 答えは返ってこなかった。

 代わりに、腕のユニットから放たれた光線砲が、鬼(き)獄(ごく)家の瓦(が)礫(れき)を草木も残さず焼き払ってしまった。

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