日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十八話『奪還』 序

 土曜日、夕暮れの街中。

 一人の女が肩で風を切って歩いていた。

 この日、彼女は仕事で大きな収穫を得たのだ。

 

(予想以上だった! 会ってみて良かったわ!)

 

 この日、彼女は友人から紹介を受けた一人の男から、政府のスキャンダルを知る女と会見する場を与えられた。

 取材相手の久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)によって皇(こう)國(こく)へ拉致された人物の一人で、帰国後は防衛大臣兼国家公安委員長・皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の下で働いていたこともあるという。

 記者を生業とする彼女・綿(わた)貫(ぬき)千(ち)紗(さ)は、長年政権与党を追及してきた有名な反体制ジャーナリストである。

 

(違法薬物「東(とう)瀛(えい)丸(がん)」の強制投与に、過激派組織「崇(す)神(じん)會(かい)」との黒い関係……。これだけのことを暴(ばく)露(ろ)すれば、皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)に完全な止(とど)めが刺せる! 平和国家たる日本を壊して戦争へと追(お)い遣(や)った国賊を地獄送りに出来る!)

 

 綿(わた)貫(ぬき)は気鋭の記者であったが、誇大妄想のきらいがある癖者であった。

 しかし、この業界には彼女の様な人物を重用する場所も腐る程ある。

 今回の取材内容も、喜んで掲載する週刊誌はすぐに見付かるだろう。

 

(次は特殊防衛課自体も追求したいわね。悪(あ)しき体制の残(ざん)滓(し)は根(ね)刮(こそ)ぎ焼き払わないと。それが、ジャーナリズムの使命だもの)

 

 彼女にとって、報道の価値とはそれによって齎(もたら)される影響力である。

 中身の確からしさより、世の中を善導する変革性こそが重要だと信じていた。

 権力の監視と打倒こそが報道の使命だと考える、典型的な倒錯者であった。

 

 久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)は、そんな綿(わた)貫(ぬき)を自分の味方だと思っているのだろうか。

 一つ、ここに事実がある。

 彼女は結婚しており、姓が変わっている。

 そして、実家には歳(とし)の離れた二人の妹を残している。

 

 綿(わた)貫(ぬき)千(ち)紗(さ)の旧姓は、曽(そ)良(ら)野(の)。

 曽(そ)良(ら)野(の)千(ち)果(か)と千(ち)絵(え)は、彼女の妹である。

 

 そして綿(わた)貫(ぬき)は、勧善懲悪の理念に基づいて悪を徹底的に攻撃するが善には阿(おもね)って已(や)まない人物である。

 但し、その善悪の判断基準は著(いちじる)しく偏った党派制に依(よ)る。

 日本の保守的な体制に与(くみ)する者は悪で、それを攻撃するのに都合が良い勢力は善だと思っている。

 ある意味で彼女もまた、世の中の為(ため)と称して人を迫害する性質(たち)の人間なのだ。

 

 この歪(いびつ)な精神は、後にとんでもない災禍を招くことになる。

 しかしそれは、もう少し先の話である。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 雑居ビルの裏側で、皇(こう)國(こく)新華族令嬢の一人・枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首(しゅ)領(りょう)Д(デー)・道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)と対(たい)峙(じ)していた。

 目的は勿(もち)論(ろん)、ビルの中で囚(とら)われている別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)を奪還する為だ。

 

「お友達を助けたいかね、枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)?」

「助ける、当然」

「君(きみ)如(ごと)きに出来ると思うかね? 陽(よう)子(こ)に不覚を取る程度の分際で、父親である我輩の相手になると?」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は下卑た笑みを浮かべて埜(の)愛(あ)瑠(る)に躙(にじ)り寄(よ)る。

 

「逃げておけば良かったものを、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。今度捉えた時は、二度と脱走する気が起きぬように君(きみ)も我輩の虜(とりこ)にしてやろう。別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)は決して自分から逃げることは無い。彼女は今や、我輩の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)で我輩を四六時中求めるようになっているのだよ。君(きみ)も彼女と仲良く我輩の物になり給(たま)え」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は嫌(けん)悪(お)感(かん)に顔を顰(しか)めた。

 同時に、親友を穢(けが)された怒りにも燃えている。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は無数の短剣を形成し、道(どう)成(じょう)寺(じ)に向かって投げ付ける。

 

「フン、下らんね!」

 

 しかし、短剣は道(どう)成(じょう)寺(じ)に到達する寸前に消えてしまった。

 

「無駄だよ。我輩の周囲に於(お)いて神(しん)為(い)の使用は禁じられている。それが我輩の第二の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)・神(カモ)威(イ)詐(サ)無(ム)! 君(きみ)の武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)の能力によって造られた短剣は、我輩に届く直前で禁則事項に引っ掛かり、消滅するという訳だ!」

 

 これには流石の埜(の)愛(あ)瑠(る)も一瞬怯(ひる)んだ。

 しかし、彼女は諦めない。

 彼女は体格こそ小さいものの、戦闘一族・枚(ひら)辻(つじ)家として仕込まれた戦闘術がある。

 素早い動きで翻弄し、仕込んだ暗器で急所に攻撃を中(あ)てられれば勝機はある。――埜(の)愛(あ)瑠(る)はそう考えていた。

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は道(どう)成(じょう)寺(じ)に直接飛び掛かる。

 しかし、接近するとどうにも動きから普段の切れが失われる。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)に近付くと神(しん)為(い)の使用が禁じられ、強化を抜きにした生身の動きになってしまうのだ。

 

「くっ……!」

「諦めが悪いお嬢さんだ。ならば我輩も武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)にて御相手しよう」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は革命で三つの能力を披露している。

 この上、武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)まで使うというのか。

 

「一体どれだけの能力を……!」

「安心し給え、武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)は一つだけだよ。なんのことは無い、簡単な武器だ。しかし、我輩が最初に目覚めた能力でもあり、熟練度は最も高い」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は右手を拡(ひろ)げ、その手に巨大な「くの字型」の剣を形成した。

 大剣、というよりは別の武器を彷(ほう)彿(ふつ)とさせる姿形をしている。

 

『武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)・飛去来刃(ブーメラン・カッター)』

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)はその刃を横に構え、振り被って埜(の)愛(あ)瑠(る)に投げ付けた。

 物(もの)凄(すご)い速度で回転しながら飛んで来る刃。

 しかし、埜(の)愛(あ)瑠(る)にとって回避は難しくなかった。

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は刃を軽々躱(かわ)し、素早く不規則な動きで道(どう)成(じょう)寺(じ)に接近し、急所を狙う。

 だが道(どう)成(じょう)寺(じ)は不気味な笑みを浮かべた。

 同時に、埜(の)愛(あ)瑠(る)の後方へ飛んで行った筈(はず)の刃が背後から襲い掛かってきた。

 

「うっ……!」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は類(たぐ)い稀(まれ)なる戦闘勘を発揮し、間一髪でこれを躱した。

 しかし彼女の攻撃は中断を余儀なくされ、体勢に大きな隙が生じる。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)はそれを逃さず、今度は掴(つか)み取(と)った「くの字型の刃」で直接攻撃してきた。

 

「ぐぅっ!!」

 

 刃の先端が埜(の)愛(あ)瑠(る)の肩を掠(かす)め、血が流れる。

 そして道(どう)成(じょう)寺(じ)はそのまま追い打ちを掛けるべく、左半身の格闘技で攻撃を仕掛けてきた。

 

(拙(まず)い!)

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は直感した。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は自分の周囲に於いて、他者の神(しん)為(い)の使用を禁じてしまう。

 つまり、接近戦に於いて神(しん)為(い)に依る超常的な恢(かい)復(ふく)力(りょく)は失われる。

 普段ならば難なく修復して戦闘を継続する程度の負傷でも、今は大傷となり命に係(かか)わるのだ。

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は左手で埜(の)愛(あ)瑠(る)の首元を狙い、掴(つか)み掛(か)かろうとしている。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は慌てて道(どう)成(じょう)寺(じ)から距離を取った。

 首を掴(つか)まれてしまっては力で逃れることは出来ず、傷も恢復出来なくなる。

 間一髪で危機を脱したといえるだろう。

 

 そして空(す)かさず、道(どう)成(じょう)寺(じ)は刃を投げ付けてくる。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は遠距離攻撃を封じられ、一方で道(どう)成(じょう)寺(じ)は見るからに破壊力のある投(とう)擲(てき)武器による一撃死を狙ってくる。

 接近しようにも、神(しん)為(い)が一切使えなくなっては勝機は薄い。

 

 この戦い、埜(の)愛(あ)瑠(る)には圧倒的に不利であった。

 否(いや)、抑(そもそ)も道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)自身が恐るべき男なのだ。

 一人で四つもの能力を使い熟(こな)し、戦いの要となる神(しん)為(い)を封じてくる。

 更に、恵まれた体格に加えて身の熟(こな)しも素人のそれではない。

 

「強い……!」

 

 刃が道(どう)成(じょう)寺(じ)の手に戻った。

 投げては戻って来る武器を自在に操る道(どう)成(じょう)寺(じ)の技量は相当のものだ。

 おそらく、前世から長らく血の滲(にじ)む様な努力を重ねてきたのだろう。

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は行き詰まりを感じていた。

 彼女の戦術は素早い身の熟(こな)しと短剣の合わせ技による攻略の難しさにこそ強みがある。

 しかし、短剣は道(どう)成(じょう)寺(じ)に近づくと消滅し、動きは互角。

 これでは埜(の)愛(あ)瑠(る)の利点が消えてしまう。

 

「顔色が悪いぞ『殺(マー)戮(ダー)人(・ド)形(ール)』。何本もの短剣を失い、更に先程『飛去来刃(ブーメラン・カッター)』で負った傷が深かったと見える。最(も)早(はや)戦いの行く末は見えたな」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は三度刃を投げ付けてきた。

 流(さ)石(すが)に何度も見せられると軌道も読めてくる。

 

 しかし、道(どう)成(じょう)寺(じ)は投げた瞬間に間合いを詰めてきた。

 その動きは今までの比ではなく、埜(の)愛(あ)瑠(る)よりも遙(はる)かに疾(はや)かった。

 

「何!?」

「ハッハッハーッ、少し本気を出すと付いて来られないかね!」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)の拳の連打が埜(の)愛(あ)瑠(る)に叩(たた)き込(こ)まれた。

 怒(ど)濤(とう)の攻撃を前に、埜(の)愛(あ)瑠(る)はこれを防ぐ手立てが無かった。

 

「ぐはっ!!」

 

 埜(の)愛(あ)瑠(る)は激しく吐血して吹き飛び、仰(あお)向(む)けに倒れ込んだ。

 その頭上では、道(どう)成(じょう)寺(じ)が戻ってきた刃を手に取り振り上げている。

 

「終わりだ!」

「くっ……!」

 

 万(ばん)事(じ)休(きゅう)す、このままでは確実に埜(の)愛(あ)瑠(る)は真二つにされてしまう。

 しかしそこに、一つの人影が割って入った。

 

「ぬっ!?」

 

 乱入者は蹴りで刃の軌道を変え、間一髪の所で埜(の)愛(あ)瑠(る)を救った。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は拳で迎撃する。

 乱入した女は腕で道(どう)成(じょう)寺(じ)の拳を止めると、埜(の)愛(あ)瑠(る)を担いで道(どう)成(じょう)寺(じ)から距離を取った。

 

「成程成程、態(わざ)々(わざ)御友人を助けに来たという訳かね、鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)……」

 

 格闘少女・鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)が埜(の)愛(あ)瑠(る)に肩を貸して立っていた。

 栗(くり)毛(げ)色の長い髪が風に靡(なび)く。

 戦いは第二幕へと移行しようとしていた。

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