日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

297 / 345
第八十八話『奪還』 破

 ()()()の体が()()()から離れた。

 彼女は地面に膝を突き、体力の限界といった様相だった。

 選手交代、ここからは()()()(どう)(じょう)()と戦う。

 

「後は任せてください。()()()(れい)()を頼みます」

「駄目。(れい)()(どう)(じょう)()に洗脳されているらしい。(どう)(じょう)()(たお)さない限り、助けられない」

「そこは大丈夫ですから……」

 

 ()()()()()()(かば)うように前へ出て、(どう)(じょう)()(まっ)()ぐ見据えた。

 

()()()、あいつは……」

(わか)っています。()(てつ)もなく(はや)く重い拳でした。『椿(つばき)(りゅう)(ごう)(たい)(じゅつ)』の使い手とは戦ったことがありますが、(どう)(じょう)()はおそらく免許皆伝級の使い手でしょう」

 

 ()()()は目の前の男の強さを全身で感じていた。

 (うぶ)()が総毛立ち、危険信号をけたたましくがなり立てている。

 (どう)(じょう)()は長身も()(こと)ながら、祭服の下には鍛え抜かれた肉体を隠している。

 (そう)()に見える体格はその実、五十歳以上とは思えぬ程に(ぜい)(にく)を絞って練り上げられたものなのだ。

 

「ふっ、聞くところによると、()(ごく)()()()君。(きみ)(こう)(こく)()ける全国高等學校武術大会を女子ながら三連覇した程の()()れらしいね……」

「ええ、そうですよ。能力無しの純粋な格闘なら、新華族(さん)()(がらす)で一番強いのは、はっきり言って(わたし)です」

 

 自らの実績を肯定する()()()だが、その表情に(かつ)ての様な(おご)りは無い。

 相手が相手だけに、傲る余裕などある(はず)がなかった。

 

 対して、(どう)(じょう)()は歯を()()しにして狂気に(ゆが)んだ笑みを浮かべている。

 

「格闘技には自信があるようだね。だが我輩とて、椿(つばき)(りゅう)(ごう)(たい)(じゅつ)を極めた男。受けてみるかね、伝説の格闘術の神髄! 創始者をも超えし史上最強なる皆伝者の技、その身に刻んでみるかねぇ!?」

 

 (どう)(じょう)()は刃を地面に突き刺し、()()()に向かって猛然と突撃してきた。

 ()()()(どう)(じょう)()の拳を交わし、懐へと潜り込む。

 (たい)()の大きい(どう)(じょう)()に対し、この距離ならば小柄な()()()の方が有利に戦える。

 しかし、()()()は違和感を覚えていた。

 

(変だ。まるで誘い込まれたかの様……)

 

 そう(のう)()(よぎ)った瞬間、()()()の眼前に(どう)(じょう)()の拳が飛んできた。

 

(ばっ)(けん)()(ちゅう)(げき)椿(つばき)

 

 軌道の小さい右の拳と肘打ちが、刹那にも満たない間に二連撃で()()()蟀谷(こめかみ)を打った。

 (ほとん)ど上半身の(ひね)りのみで繰り出される、懐に入った相手を迎撃する技である。

 しかし(どう)(じょう)()は、()えて過剰に間合いを詰めることで故意にこの技の射程内へと()()()の顔面を捉えた。

 一連の動きは、十二億の人口を誇る国家の大会優勝経験を持つ()()()ですら全く反応できない(すさ)まじい速度だった。

 

 更に、殆ど時間差の無い二連撃は、単純な足し算を大きく超えて破壊力を増大させる。

 この攻撃を受けた()()()は一瞬意識を失ってしまった――それ程の威力だった。

 しかしその瞬間、()()()は頭部の筋肉に力を込める。

 揺れる脳を強引に固定し、意識を呼び戻したのだ。

 

(わたし)にこれを使わせるとは……!」

「おやおや、技一つでその(ざま)かね? まだまだほんの序の口だよ?」

 

 (どう)(じょう)()は両腕を振り上げ、手を組んでいる。

 ()()()(とっ)()に腕を頭上へ掲げて、防御の体勢を取った。

 しかし、振り下ろされた(どう)(じょう)()の腕は、()()()の防御など全く無意味とばかりに彼女を地面へと(たた)()けた。

 

(ばく)(ちゅう)(えっ)(けん)(げき)(えのき)

 

 両肘と両拳の刹那にも満たない二連撃――(どう)(じょう)()はそれを、腕を振り下ろす瞬間に肩の関節を外し、攻撃の軌道を大幅に伸ばすことで実現した。

 驚異的な柔軟性によってのみ()()る超人技――椿(つばき)(りゅう)(ごう)(たい)(じゅつ)の奥義の一つである。

 両腕版の「(ばっ)(けん)()(ちゅう)(げき)椿(つばき)」に重力も加えた、先程とは比べ物にならない威力の技だった。

 

 ()()()はまたしても一度意識を失ったが、今度は倒れた衝撃で気が付いた。

 しかし消耗が大きく、すぐに起き上がることは出来ない。

 

「ぐ……!」

「おや、もう終わりかね……? つまらんね……」

 

 (どう)(じょう)()は関節を()め直すと、左手で()()()の髪を(つか)んで()()()()立たせた。

 そして、右手には先程地面に突き刺した刃の柄を握る。

 このまま真横に刃を振るわれれば、()()()の身体は稲を刈るように真二つにされるだろう。

 

()()()!」

 

 ()()()を救ったのは()()()の短剣だった。

 ()(そう)(しん)()()って形成される彼女の短剣は(どう)(じょう)()には通用しないが、()()()の髪を切り裂くことなら可能である。

 まさに間一髪、()()()は地面に伏せて(どう)(じょう)()の刃を回避したのだ。

 

「ぬぅッ……!?」

 

 そして、()()()は全身の発条(ばね)を躍動させて(どう)(じょう)()(すね)に回し蹴り、(もも)(かかと)蹴り、肝臓に三日月蹴りを立て続けに浴びせた。

 まさに武術大会優勝者の面目躍如、流れる様な連続蹴りである。

 

「ぐうぅ……!」

 

 これには流石(さすが)(どう)(じょう)()も顔を歪めたが、体勢は崩れていない。

 それどころか、即座に反撃の左拳を繰り出してきた。

 ()()()は紙一重のところでこれを回避する。

 だが次の瞬間、彼女の眼前には(どう)(じょう)()の膝があった。

 

(ばく)(しつ)(れん)(しゅう)(げき)(ひさぎ)

 

 蹴り上げる膝と足、ほぼ同時の二連撃である。

 要領は先程繰り出した二発の奥義と同じだが、足の力は腕の六倍。

 そして技の破壊力は、その倍率を大幅に超えて()()()の顔面を打ち付ける。

 

「グハッ……!!」

 

 ()()()は顔から血を()()らしながら宙を舞った。

 白目を()き、今度こそ完全に気を失っている。

 勝負あったといったところだろう。

 

()()()!」

 

 意識の無い()()()の体を、()()()が空中で受け止めた。

 ()()()はそのまま着地するも、二人分の重さを支え切れずに膝から崩れ落ちる。

 

「往生際が悪いね、全く……」

 

 (どう)(じょう)()はゆっくりと二人に(にじ)()る。

 (ばん)()(きゅう)す、二人には()(はや)()(すべ)は無い。

 (いや)、実はこの時、勝者は(どう)(じょう)()ではなく、(むし)ろ二人であった。

 正確には「特殊防衛課の最低限の目的は果たされた」と言うべきか。

 

「二人共、伏せて!」

 

 この場に居ない筈の、別の女の声が響いた。

 同時に、燃え盛る炎の結晶が(どう)(じょう)()に向かって降り注ぐ。

 (どう)(じょう)()は不意打ちにその場で()(すく)む。

 

「誰だ!?」

 

 (どう)(じょう)()は結晶弾の飛来した方向を見上げた。

 彼の上空では、炎の翼を広げた(まゆ)(づき)()()()が、両脇に二人の長身女性を抱えて飛んでいた。

 

「しまった‼」

 

 (どう)(じょう)()は気が付いた。

 (まゆ)(づき)が抱えている女の一人は(びゅ)()(まん)(れい)()だ。

 (れい)()(まゆ)(づき)の右脇で眠りに落ちている。

 突然の事態に(どう)(じょう)()は動揺を隠せない。

 

()()な……! (びゅ)()(まん)(れい)()は我輩の(とりこ)にしていた筈……! 何故(なぜ)(さら)われる時一言も声を上げなかった……ハッ、そうか!!」

 

 (まゆ)(づき)が抱えているもう一人の女に気が付いた時、(どう)(じょう)()は全てを察した。

 

()()(はた)()()()……(おうぎ)()()として組織に潜り込んでいた(めす)(いぬ)……! あの女の能力は確か……!」

 

 (おうぎ)()()、それは()()(はた)()()()()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)に潜入する際に用いた偽名である。

 その彼女の(じゅつ)(しき)(しん)()による能力は、対象を深い眠りに落とすことが出来る。

 強力な(しん)()の持ち主には通用しないという使い勝手の悪さはあるが、(れい)()(どう)(じょう)()によって(しん)()を封じられていた。

 これによって眠らされた(れい)()は、全く騒がずに(どう)(じょう)()の手を離れたのだ。

 

「そうか。()()()が言っていたのはこれだった……。だから(れい)()を助けられると……」

 

 肩で息をする()()()は、遠くから一台のワゴン車が近付いてくるのを見ていた。

 運転しているのは(びゃく)(だん)(あげ)()――普段の彼女からは想像も付かない形相でハンドルを握り、明らかなスピード違反で接近してくる。

 どうやら特殊防衛課で連携し、(れい)()を救出するを手立てを打っていたらしい。

 

 一方、(どう)(じょう)()は怒りを剥き出しにして()()()()()()(にら)()ける。

 その姿からは、今までにも増してどす黒い闇が立ち上がっていた。

 

「おのれぇ……。こうなれば貴様ら二人のどちらかを新たな虜としてくれるわ……!」

 

 (どう)(じょう)()はいきり立ち、二人に向かって一歩足を踏み出す。

 しかしその時、この場の空気が景色を(ごく)(さい)(しき)に包み込んだ。

 

「こ、今度は何だ!?」

 

 (どう)(じょう)()は極彩色に幻惑され、()()()()()()の姿を見失った。

 これは(びゃく)(だん)の能力である。

 景色が元に戻った時には彼の周りに誰の姿も無く、(ただ)一台の車が(どう)(じょう)()(はる)か前方を走っていた。

 

()(ざか)しいっ! 小賢しいっ!! 自動車(ごと)き我輩から逃れられると思っているのか!!」

 

 (どう)(じょう)()はワゴン車を追いかけようとした。

 しかしその時、再び燃える結晶が(どう)(じょう)()の足を止め、一瞬視界も奪う。

 その隙に、ワゴン車は(どう)(じょう)()の視界から完全に消え去ってしまっていた。

 

「おのれ! おのれえエッッ!!」

 

 (どう)(じょう)()は唯一人取り残され、怒りの叫びを(たそ)(がれ)(どき)の天にぶつける他無かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。