日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十八話『奪還』 破

 埜(の)愛(あ)瑠(る)の体が東(あ)風(ゆ)美(み)から離れた。

 彼女は地面に膝を突き、体力の限界といった様相だった。

 選手交代、ここからは東(あ)風(ゆ)美(み)が道(どう)成(じょう)寺(じ)と戦う。

 

「後は任せてください。埜(の)愛(あ)瑠(る)は黎(れい)子(こ)を頼みます」

「駄目。黎(れい)子(こ)は道(どう)成(じょう)寺(じ)に洗脳されているらしい。道(どう)成(じょう)寺(じ)を斃(たお)さない限り、助けられない」

「そこは大丈夫ですから……」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は埜(の)愛(あ)瑠(る)を庇(かば)うように前へ出て、道(どう)成(じょう)寺(じ)を真(まっ)直(す)ぐ見据えた。

 

「東(あ)風(ゆ)美(み)、あいつは……」

「解(わか)っています。途(と)轍(てつ)もなく疾(はや)く重い拳でした。『椿(つばき)流(りゅう)剛(ごう)体(たい)術(じゅつ)』の使い手とは戦ったことがありますが、道(どう)成(じょう)寺(じ)はおそらく免許皆伝級の使い手でしょう」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は目の前の男の強さを全身で感じていた。

 産(うぶ)毛(げ)が総毛立ち、危険信号をけたたましくがなり立てている。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は長身も然(さ)る事(こと)ながら、祭服の下には鍛え抜かれた肉体を隠している。

 痩(そう)躯(く)に見える体格はその実、五十歳以上とは思えぬ程に贅(ぜい)肉(にく)を絞って練り上げられたものなのだ。

 

「ふっ、聞くところによると、鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)君。君(きみ)は皇(こう)國(こく)に於(お)ける全国高等學校武術大会を女子ながら三連覇した程の手(て)練(だ)れらしいね……」

「ええ、そうですよ。能力無しの純粋な格闘なら、新華族三(さん)羽(ば)烏(がらす)で一番強いのは、はっきり言って私(わたし)です」

 

 自らの実績を肯定する東(あ)風(ゆ)美(み)だが、その表情に嘗(かつ)ての様な傲(おご)りは無い。

 相手が相手だけに、傲る余裕などある筈(はず)がなかった。

 

 対して、道(どう)成(じょう)寺(じ)は歯を剥(む)き出(だ)しにして狂気に歪(ゆが)んだ笑みを浮かべている。

 

「格闘技には自信があるようだね。だが我輩とて、椿(つばき)流(りゅう)剛(ごう)体(たい)術(じゅつ)を極めた男。受けてみるかね、伝説の格闘術の神髄! 創始者をも超えし史上最強なる皆伝者の技、その身に刻んでみるかねぇ!?」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は刃を地面に突き刺し、東(あ)風(ゆ)美(み)に向かって猛然と突撃してきた。

 東(あ)風(ゆ)美(み)は道(どう)成(じょう)寺(じ)の拳を交わし、懐へと潜り込む。

 体(たい)躯(く)の大きい道(どう)成(じょう)寺(じ)に対し、この距離ならば小柄な東(あ)風(ゆ)美(み)の方が有利に戦える。

 しかし、東(あ)風(ゆ)美(み)は違和感を覚えていた。

 

(変だ。まるで誘い込まれたかの様……)

 

 そう脳(のう)裡(り)に過(よぎ)った瞬間、東(あ)風(ゆ)美(み)の眼前に道(どう)成(じょう)寺(じ)の拳が飛んできた。

 

『爆(ばっ)拳(けん)斧(ふ)肘(ちゅう)撃(げき)・椿(つばき)』

 

 軌道の小さい右の拳と肘打ちが、刹那にも満たない間に二連撃で東(あ)風(ゆ)美(み)の蟀谷(こめかみ)を打った。

 殆(ほとん)ど上半身の捻(ひね)りのみで繰り出される、懐に入った相手を迎撃する技である。

 しかし道(どう)成(じょう)寺(じ)は、敢(あ)えて過剰に間合いを詰めることで故意にこの技の射程内へと東(あ)風(ゆ)美(み)の顔面を捉えた。

 一連の動きは、十二億の人口を誇る国家の大会優勝経験を持つ東(あ)風(ゆ)美(み)ですら全く反応できない凄(すさ)まじい速度だった。

 

 更に、殆ど時間差の無い二連撃は、単純な足し算を大きく超えて破壊力を増大させる。

 この攻撃を受けた東(あ)風(ゆ)美(み)は一瞬意識を失ってしまった――それ程の威力だった。

 しかしその瞬間、東(あ)風(ゆ)美(み)は頭部の筋肉に力を込める。

 揺れる脳を強引に固定し、意識を呼び戻したのだ。

 

「私(わたし)にこれを使わせるとは……!」

「おやおや、技一つでその様(ざま)かね? まだまだほんの序の口だよ?」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は両腕を振り上げ、手を組んでいる。

 東(あ)風(ゆ)美(み)は咄(とっ)嗟(さ)に腕を頭上へ掲げて、防御の体勢を取った。

 しかし、振り下ろされた道(どう)成(じょう)寺(じ)の腕は、東(あ)風(ゆ)美(み)の防御など全く無意味とばかりに彼女を地面へと叩(たた)き付(つ)けた。

 

『爆(ばく)肘(ちゅう)鉞(えっ)拳(けん)撃(げき)・榎(えのき)』

 

 両肘と両拳の刹那にも満たない二連撃――道(どう)成(じょう)寺(じ)はそれを、腕を振り下ろす瞬間に肩の関節を外し、攻撃の軌道を大幅に伸ばすことで実現した。

 驚異的な柔軟性によってのみ為(な)し得(え)る超人技――椿(つばき)流(りゅう)剛(ごう)体(たい)術(じゅつ)の奥義の一つである。

 両腕版の「爆(ばっ)拳(けん)斧(ふ)肘(ちゅう)撃(げき)・椿(つばき)」に重力も加えた、先程とは比べ物にならない威力の技だった。

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)はまたしても一度意識を失ったが、今度は倒れた衝撃で気が付いた。

 しかし消耗が大きく、すぐに起き上がることは出来ない。

 

「ぐ……!」

「おや、もう終わりかね……? つまらんね……」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は関節を嵌(は)め直すと、左手で東(あ)風(ゆ)美(み)の髪を掴(つか)んで無(む)理(り)矢(や)理(り)立たせた。

 そして、右手には先程地面に突き刺した刃の柄を握る。

 このまま真横に刃を振るわれれば、東(あ)風(ゆ)美(み)の身体は稲を刈るように真二つにされるだろう。

 

「東(あ)風(ゆ)美(み)!」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)を救ったのは埜(の)愛(あ)瑠(る)の短剣だった。

 武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)に因(よ)って形成される彼女の短剣は道(どう)成(じょう)寺(じ)には通用しないが、東(あ)風(ゆ)美(み)の髪を切り裂くことなら可能である。

 まさに間一髪、東(あ)風(ゆ)美(み)は地面に伏せて道(どう)成(じょう)寺(じ)の刃を回避したのだ。

 

「ぬぅッ……!?」

 

 そして、東(あ)風(ゆ)美(み)は全身の発条(ばね)を躍動させて道(どう)成(じょう)寺(じ)の脛(すね)に回し蹴り、腿(もも)に踵(かかと)蹴り、肝臓に三日月蹴りを立て続けに浴びせた。

 まさに武術大会優勝者の面目躍如、流れる様な連続蹴りである。

 

「ぐうぅ……!」

 

 これには流石(さすが)の道(どう)成(じょう)寺(じ)も顔を歪めたが、体勢は崩れていない。

 それどころか、即座に反撃の左拳を繰り出してきた。

 東(あ)風(ゆ)美(み)は紙一重のところでこれを回避する。

 だが次の瞬間、彼女の眼前には道(どう)成(じょう)寺(じ)の膝があった。

 

『爆(ばく)膝(しつ)鎌(れん)蹴(しゅう)撃(げき)・楸(ひさぎ)』

 

 蹴り上げる膝と足、ほぼ同時の二連撃である。

 要領は先程繰り出した二発の奥義と同じだが、足の力は腕の六倍。

 そして技の破壊力は、その倍率を大幅に超えて東(あ)風(ゆ)美(み)の顔面を打ち付ける。

 

「グハッ……!!」

 

 東(あ)風(ゆ)美(み)は顔から血を撒(ま)き散(ち)らしながら宙を舞った。

 白目を剥(む)き、今度こそ完全に気を失っている。

 勝負あったといったところだろう。

 

「東(あ)風(ゆ)美(み)!」

 

 意識の無い東(あ)風(ゆ)美(み)の体を、埜(の)愛(あ)瑠(る)が空中で受け止めた。

 埜(の)愛(あ)瑠(る)はそのまま着地するも、二人分の重さを支え切れずに膝から崩れ落ちる。

 

「往生際が悪いね、全く……」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)はゆっくりと二人に躙(にじ)り寄(よ)る。

 万(ばん)事(じ)休(きゅう)す、二人には最(も)早(はや)為(な)す術(すべ)は無い。

 否(いや)、実はこの時、勝者は道(どう)成(じょう)寺(じ)ではなく、寧(むし)ろ二人であった。

 正確には「特殊防衛課の最低限の目的は果たされた」と言うべきか。

 

「二人共、伏せて!」

 

 この場に居ない筈の、別の女の声が響いた。

 同時に、燃え盛る炎の結晶が道(どう)成(じょう)寺(じ)に向かって降り注ぐ。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は不意打ちにその場で立(た)ち竦(すく)む。

 

「誰だ!?」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は結晶弾の飛来した方向を見上げた。

 彼の上空では、炎の翼を広げた繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が、両脇に二人の長身女性を抱えて飛んでいた。

 

「しまった‼」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は気が付いた。

 繭(まゆ)月(づき)が抱えている女の一人は別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)だ。

 黎(れい)子(こ)は繭(まゆ)月(づき)の右脇で眠りに落ちている。

 突然の事態に道(どう)成(じょう)寺(じ)は動揺を隠せない。

 

「莫(ば)迦(か)な……! 別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)は我輩の虜(とりこ)にしていた筈……! 何故(なぜ)攫(さら)われる時一言も声を上げなかった……ハッ、そうか!!」

 

 繭(まゆ)月(づき)が抱えているもう一人の女に気が付いた時、道(どう)成(じょう)寺(じ)は全てを察した。

 

「水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)……扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)として組織に潜り込んでいた雌(めす)狗(いぬ)……! あの女の能力は確か……!」

 

 扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)、それは水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)が武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入する際に用いた偽名である。

 その彼女の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)による能力は、対象を深い眠りに落とすことが出来る。

 強力な神(しん)為(い)の持ち主には通用しないという使い勝手の悪さはあるが、黎(れい)子(こ)は道(どう)成(じょう)寺(じ)によって神(しん)為(い)を封じられていた。

 これによって眠らされた黎(れい)子(こ)は、全く騒がずに道(どう)成(じょう)寺(じ)の手を離れたのだ。

 

「そうか。東(あ)風(ゆ)美(み)が言っていたのはこれだった……。だから黎(れい)子(こ)を助けられると……」

 

 肩で息をする埜(の)愛(あ)瑠(る)は、遠くから一台のワゴン車が近付いてくるのを見ていた。

 運転しているのは白(びゃく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)――普段の彼女からは想像も付かない形相でハンドルを握り、明らかなスピード違反で接近してくる。

 どうやら特殊防衛課で連携し、黎(れい)子(こ)を救出するを手立てを打っていたらしい。

 

 一方、道(どう)成(じょう)寺(じ)は怒りを剥き出しにして埜(の)愛(あ)瑠(る)と東(あ)風(ゆ)美(み)を睨(にら)み付(つ)ける。

 その姿からは、今までにも増してどす黒い闇が立ち上がっていた。

 

「おのれぇ……。こうなれば貴様ら二人のどちらかを新たな虜としてくれるわ……!」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)はいきり立ち、二人に向かって一歩足を踏み出す。

 しかしその時、この場の空気が景色を極(ごく)彩(さい)色(しき)に包み込んだ。

 

「こ、今度は何だ!?」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は極彩色に幻惑され、東(あ)風(ゆ)美(み)と埜(の)愛(あ)瑠(る)の姿を見失った。

 これは白(びゃく)檀(だん)の能力である。

 景色が元に戻った時には彼の周りに誰の姿も無く、唯(ただ)一台の車が道(どう)成(じょう)寺(じ)の遥(はる)か前方を走っていた。

 

「小(こ)賢(ざか)しいっ! 小賢しいっ!! 自動車如(ごと)き我輩から逃れられると思っているのか!!」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)はワゴン車を追いかけようとした。

 しかしその時、再び燃える結晶が道(どう)成(じょう)寺(じ)の足を止め、一瞬視界も奪う。

 その隙に、ワゴン車は道(どう)成(じょう)寺(じ)の視界から完全に消え去ってしまっていた。

 

「おのれ! おのれえエッッ!!」

 

 道(どう)成(じょう)寺(じ)は唯一人取り残され、怒りの叫びを黄(たそ)昏(がれ)時(どき)の天にぶつける他無かった。

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