日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第八十八話『奪還』 急

 繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)はワゴン車と合流し、後部座席へと乗り込んだ。

 運転席には白(びゃく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)、助手席には枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)、後部座席のうち、前列には繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)と水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)、後列には気を失った鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)と眠りに落ちた別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)がそれぞれ位置している。

 繭(まゆ)月(づき)はワゴン車に乗り込み次第、根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)へと連絡した。

 

「根(ね)尾(お)さん、全員確保しました。これより戻ります」

『負傷者は?』

「まず別(びゅ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)さん、長く囚(とら)われていて道(どう)成(じょう)寺(じ)の能力に掛かっている為(ため)、戦線へ復帰は出来ないでしょう。枚(ひら)辻(つじ)さんと鬼(き)獄(ごく)さんは道(どう)成(じょう)寺(じ)と交戦、枚(ひら)辻(つじ)さんは大きく消耗し、鬼(き)獄(ごく)さんは気絶。しかし神(しん)為(い)は失われておらず、そう時間を掛けずに恢(かい)復(ふく)すると思われます。私(わたし)と白(びゃく)檀(だん)さん、水(み)徒(と)端(はた)さんは無事です」

『了解した。ありがとう、奪還作戦の成功は君(きみ)達の御(お)陰(かげ)だ』

「しかし、道(どう)成(じょう)寺(じ)を捕えることまでは出来ませんでした」

『今は良い。何より別(びゅ)府(う)幡(まん)嬢と枚(ひら)辻(つじ)嬢の無事こそが最優先だからな』

 

 根(ね)尾(お)は東(あ)風(ゆ)美(み)から道(どう)成(じょう)寺(じ)の居場所を把握したとの報告を受け、直ちに奪還作戦を組み上げた。

 東(あ)風(ゆ)美(み)は岬(さき)守(もり)航(わたる)や麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)とは協力関係を結んでいる。

 その取り成しで、二人の救出を最優先するという根(ね)尾(お)の指揮下に入ったのだ。

 

『後は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の安否だな……』

 

 そして根(ね)尾(お)はもう一つ、危機が迫っている久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の安全確保を急いでいた。

 彼は双(ふた)葉(ば)にB班・元崇(す)神(じん)會(かい)を護衛に付けたが、彼らからの連絡が途絶えている。

 今や民間人である彼女に危害が及ぶことは黎(れい)子(こ)や埜(の)愛(あ)瑠(る)以上にあってはならないことなので、航(わたる)と魅(み)琴(こと)、そして虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)を捜索に宛てたのだ。

 

 双(ふた)葉(ば)と友人関係にある航(わたる)と魅(み)琴(こと)は足跡を辿(たど)り易(やす)いであろうという意図が一つ。

 そして関係悪化を取り成す人材として新(しん)兒(じ)に白羽の矢が立てられたという訳だ。

 

「無事で居てくれると良いですけど……」

『三人を信じるしか無いな……』

 

 ワゴン車はこのままホテルへと向かう。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 岬(さき)守(もり)航(わたる)・麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)の三人は、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)を求めて街中を探し回っていた。

 双(ふた)葉(ば)に付けられた護衛からの定時連絡が途絶えた時、三人は真(まっ)先(さき)に彼女の家へと訪れた。

 しかし、家の者曰(いわ)く、双(ふた)葉(ば)は昨日に出掛けた切り帰って来ないのだという。

 彼女の安否に嫌な予感を覚えずにはいられない。

 

 一応、先日の袋小路に残されていた血痕からは双(ふた)葉(ば)の血液も検出されている。

 それを用いれば、東(あ)風(ゆ)美(み)の能力で双(ふた)葉(ば)の足取りを辿ることは可能であった。

 東(あ)風(ゆ)美(み)が能力で追尾する瞬間まで、双(ふた)葉(ば)が移動していることは確認出来てはいる。

 だがそれが即(すなわ)ち彼女の無事を意味するという訳ではない。

 

 何者かに攫(さら)われたとしたら、既に殺されて死体を運搬されているとしたら――嫌な想像をすれば切りが無い。

 護衛に異変が起こっているのだから、決して事態を楽観視することは出来ないのだ。

 

 三人は繁華街の路地裏へと足を運んだ。

 双(ふた)葉(ば)が失踪した昨日一夜を明かしたのは、この近辺のホテルだろう。

 そしてもう一つ、この場所には重要な手掛かりが残されている。

 

「間違い無いわね。この残存神(しん)為(い)、息(いき)田(た)さんのものだわ」

 

 魅(み)琴(こと)はこの路地裏の一角で、顔見知りの痕跡を気取っていた。

 息(いき)田(た)琉(りゅう)次(じ)郎(ろう)――崇(す)神(じん)會(かい)三代目総(そう)帥(すい)で、組織ごと特殊防衛課のB班に編入されている。

 崇(す)神(じん)會(かい)は魅(み)琴(こと)の祖父が創設した組織なので、息(いき)田(た)も顔見知りという訳だ。

 その息(いき)田(た)が此(こ)処(こ)で何者かと戦ったと見て間違い無いだろう。

 

「この場所でやられたのか……」

「おそらくね。時間はおそらく、最後の定時連絡直後。椿(つばき)陽(よう)子(こ)との接触及び宿泊を伝えたのは良いものの、敵の襲撃に遭って全滅させられている……」

「椿(つばき)の奴(やつ)がやったってのかよ?」

「それは無いわ。確かに崇(す)神(じん)會(かい)に大した戦力は残されていなかったけれど、息(いき)田(た)さんは別格よ。もし椿(つばき)陽(よう)子(こ)と戦闘になったのなら、この場所にも彼女の血痕が残されている筈(はず)。下(げ)手(しゅ)人(にん)は別に居ると見て良さそうだわ」

 

 根(ね)尾(お)は息(いき)田(た)に一日数回の定時報告と、事態が動いた際に状況を逐一報告するよう頼んでいた。

 つまり、陽(よう)子(こ)との接触は把握済みである。

 だが、その陽(よう)子(こ)ではない何者かが息(いき)田(た)らと接触したという報告は無い。

 これは、彼らが護衛・監視対象とは無関係な別の誰かに不意を突かれたということを意味する。

 

「神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)、あいつらの仕業か」

「でしょうね」

 

 航(わたる)は屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)との戦いの後、神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の一人・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)と遭遇している。

 同じ様に、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)に動向を探られていると見て良いだろう。

 ならば余計に双(ふた)葉(ば)の行方を早く掴(つか)みたいところだ。

 

「あのお嬢ちゃんの能力で辿った最新の場所には居なかったからなー。また戻って探らせる訳にも行かねーし」

「それに、今頃鬼(き)獄(ごく)さんは道(どう)成(じょう)寺(じ)の元へ向かっている筈だ。なんとか僕(ぼく)達だけで見付けないと……」

「一旦、家に帰っていないかもう一度確かめてみましょう」

 

 三人は再び双(ふた)葉(ば)の家へと向かった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 その後、三人は双(ふた)葉(ば)の家へ戻った。

 気が付けば日は沈み、すっかり暗くなっている。

 この時間まで家に帰っていなかったとしたら、愈(いよ)々(いよ)彼女の安否が心配になってくるところだ。

 

「あ……」

 

 しかし、三人は丁度双(ふた)葉(ば)が帰宅してきたところにばったりと出くわした。

 航(わたる)達から安(あん)堵(ど)の息が漏れる。

 

「久(く)住(ずみ)さん、無事だったか……」

 

 三人は双(ふた)葉(ば)の許(もと)へと駆け寄った。

 だが双(ふた)葉(ば)は眼(め)が合うなり顔を背けてしまった。

 眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せ、口を固く結んだその表情からは、航(わたる)や魅(み)琴(こと)との蟠(わだかま)りが解けていない心情が窺(うかが)える。

 

「なんの用?」

 

 双(ふた)葉(ば)は航(わたる)や魅(み)琴(こと)を睨(にら)み付(つ)ける。

 確かな怒りが込められていた。

 

「さも無事で安心した風に近付いてきたけどさ、岬(さき)守(もり)君達は私(わたし)の何を心配していたの? 確かに昨日、私(わたし)は外で泊まったけどさ、ただそれだけのことを心配される謂(いわ)れが分からないんだよね。たった一夜外泊しただけで血相変えて私(わたし)を捜し回ったの? たった一日で能(よ)く判(わか)ったね、私(わたし)が昨日家に帰らなかったこと」

 

 双(ふた)葉(ば)の声は冷たく、批難の色を帯びている。

 航(わたる)は思わずたじろいでしまった。

 

「それは……」

「ああ言い訳は要らないよ、もうネタは割れているから。なんかホテルから帰ってずっと私(わたし)を守ってくれていたみたいじゃない。根(ね)尾(お)さんも人が好(い)いよね。態(わざ)々(わざ)私(わたし)に危害が及ばないか、見張りを付けて四六時中尾け回してくれるなんてね。御陰で陽(よう)子(こ)さんに会ったこともバレちゃったのかな」

 

 航(わたる)達を心底蔑(さげす)む様に冷笑を浮かべる双(ふた)葉(ば)。

 そんな彼女に言葉を返したのは航(わたる)と魅(み)琴(こと)ではなく、新(しん)兒(じ)だった。

 

「久(く)住(ずみ)ちゃん、そりゃ心配もするって。お前、椿(つばき)の奴にガッツリ会っちまってるんだろ? 敵が居ると判っている危険の中に態々飛び込んでる様なもんだ。岬(さき)守(もり)や麗(うる)真(ま)からしちゃ、放っておける訳ねえじゃんかよ」

 

 双(ふた)葉(ば)は痛いところを突かれたのか、不(ふ)貞(て)腐(くさ)れた様な表情で黙り込んだ。

 

「久(く)住(ずみ)さん、勝手に護衛を付けていたことは謝るわ」

 

 気(き)不(ま)味(ず)い沈黙が流れる寸前で、魅(み)琴(こと)が徐(おもむろ)に会話を続ける。

 

「でも、貴女(あなた)は今本当に危ないところだったのよ。今日、貴女(あなた)に付いていた護衛はみな消息を絶っている。おそらく殺されたのでしょう。狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)とは別の、もっと恐ろしい何かが背後で蠢(うごめ)いているかも知れないの。椿(つばき)陽(よう)子(こ)にその気が無くても、不用意に近付けば巻き込まれても何らおかしくないのよ」

「うるさいな……」

 

 双(ふた)葉(ば)は魅(み)琴(こと)に反発する用に、小さな声で呟(つぶや)いた。

 

「要は私(わたし)を利用しようとしただけでしょ? それをさも私(わたし)の為みたいに言ってさ。そりゃ、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)なんかのさばらせておいたら世の中の為に良くないでしょうよ。でもそれを捕まえる為に、私(わたし)のプライバシーを無視して良いとでも思ってるわけ? 本当、そういうところさ、あの皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)と変わらないよね。あの親にしてこの娘ありだよ」

 

 双(ふた)葉(ば)の刺(とげ)々(とげ)しい言葉に、魅(み)琴(こと)は瞠(どう)目(もく)していた。

 航(わたる)にはその理由が能く解(わか)る。

 

『麗(うる)真(ま)さん、お母さんがどうとか関係無いからね。麗(うる)真(ま)さんは麗(うる)真(ま)さんなんだから』

 

 嘗(かつ)て高校生だった頃そう言っていた双(ふた)葉(ば)の口から正反対の言葉が投げ付けられた。

 その変容は、魅(み)琴(こと)を酷(ひど)く哀(かな)しげな眼で俯(うつむ)かせている。

 

「ま、精々血眼になって狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を追い掛けなよ。三人とも、私(わたし)より目が良いんだから見付けられるでしょ。私(わたし)の気持ちには気付かなくてもさ」

 

 そう言って再び冷笑する双(ふた)葉(ば)の表情を見て、航(わたる)達は気が付いた。

 双(ふた)葉(ば)は相変わらず眼鏡を掛けていない。

 三人で選んだ新しい眼鏡を使わず、コンタクトレンズを使い続けている。

 成程、眉間に皺が寄るのも能く見える筈だ。

 

 双(ふた)葉(ば)は拒絶したのだ。

 航(わたる)と約束した、以前の日常に帰ることを。

 魅(み)琴(こと)と共に過ごした、嘗ての自分に戻ることを。

 それは明確な、無言の絶縁宣言だった。

 

「久(く)住(ずみ)さん……貴女(あなた)を、取り返しが付かない程傷付けてしまったのね……」

 

 魅(み)琴(こと)が悲しみを堪えるように言葉を絞り出した。

 

「貴女(あなた)にとって、最(も)早(はや)私(わたし)は友達に値しないのかも知れない……。私(わたし)に貴女(あなた)の後髪を引く資格は無いのでしょうね」

 

 双(ふた)葉(ば)は答えない。

 魅(み)琴(こと)は笑って見せていた。

 それは今生の別れを笑顔で遂げるべく努める様に。

 

「けれども私(わたし)は……私(わたし)達は貴女(あなた)のことを、それでもずっと想(おも)っているから。友達として、貴女(あなた)の幸せを願い続けているから。だからもし……もし貴女(あなた)が助けを必要するときは、遠慮無く声を掛けてね。必ず力になるから……」

 

 双(ふた)葉(ば)は魅(み)琴(こと)を振り切る様に、黙って自宅へと入っていった。

 航(わたる)も魅(み)琴(こと)と同じ気持ちだったが、最早双(ふた)葉(ば)には届かないのだろう。

 

 三人は知らない。

 この日双(ふた)葉(ば)が遅くなったのは、皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)のスキャンダルを記者に売っていたからだ。

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