日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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幕間十四『破邪顕正の華傑刀(血ノ巻)』 下

 ()()(かみ)は周囲を見渡す。

 自身を取り囲む賊の中に(ふみ)()を見付けた彼女は、()を合わせて()(わく)(てき)な笑みを強めた。

 

「懐かしい顔ですね……。()(まえ)(わたくし)(ひい)()にした宝石商の息子でしょう? 相変わらず……」

 

 (ふみ)()は警戒を強めた、強めた(はず)だった。

 だが()()(かみ)はあっさりと、軽やかに、縮地的に、充分離れていた筈の(ふみ)()(ほお)に手を触れたのだ。

 

()()(うるわ)しくて何よりですよ……」

 

 その瞬間、(ふみ)()の全身を例えようのない恐ろしい()(かん)(はし)った。

 体の芯から刹那にして凍り付いてしまうかの様な感覚に、彼は全てを悟ってしまった。

 嗚呼(ああ)、我々は今からこの女に(じゅう)(りん)される。

 

「リーダーから離れろ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 しかし、その瞬間に()()(かみ)は叫んだ男の目の前に移動していた。

 その動きを、この場の誰も(とら)えることが出来ない。

 

「無礼者」

 

 ()()(かみ)は男の頬を平手打ちした。

 同時に、男の頭部から燃える球体が飛び出した。

 男は一撃で頭を失い、千切れた首から鮮血を噴き出させていた。

 

()()な、こんなにあっさり!」

(ほのお)の能力か!」

 

 部隊に動揺が(はし)った。

 

()(ろた)えるな! 基より()(ごわ)いのは承知の上!」

「少数精鋭の我々がこれだけの数を(そろ)えたんだ! 一人二人(たお)れようと必ず命を()る!」

 

 別の二人が()()(かみ)の背後を取った。

 そして、(じゅつ)(しき)(しん)()の能力を行使する。

 

(じゅつ)(しき)(しん)()美徳の盾(ジェスティーヌ)

(じゅつ)(しき)(しん)()悪徳の矛(ジュリエット)

 

 彼らが作ったのは、その名の通り矛と盾だ。

 誰もが知る有名な故事「矛盾」――まさにその通りの、説に違わぬ全てを貫く矛と全てを(はじ)(かえ)す盾である。

 

 (じゅつ)(しき)(しん)()――(すなわ)ち、術の形で発揮される(しん)()

 (ばん)(ぶつ)に秘められし神性、神の()し事、(ある)いは神に為る事。

 

 それは通常、まずは超常的な生命力、回復力、修復力、復元力という形で現れる。

 次に、超常的な身体能力、気力の放出。

 最後に、数々の特殊な能力を(もっ)て完成へと至る、とされている。

 

 彼らの能力は二つで一つ。

 それは故事の通り、矛で盾を突くことによって完成する。

 

 その結果は、この世の摂理に()いて起きてはならないことである。

 突いた瞬間の接点は、この世に在ってはならない空間である。

 故に生じる、完全な「虚無」。

 二人の能力はこの「虚無」をほんの一瞬作り出し、付近の物体を全て虚無に巻き込んで消滅させるというものだ。

 

 しかし二人が(おの)(おの)の装備を構えた瞬間、()()(かみ)は不敵に笑った。

 

「下らない……」

「何だと!?」

「構うな! 良いからやるぞ!」

 

 矛の一撃が盾に向かって放たれる。

 しかし、禁断の衝突は起こらなかった。

 

 麒乃神がいつの間にか二人の間に割って入っていた。

 矛は()()(かみ)の指先で、あっさりとその刺突を止められてしまったのだ。

 

「え……? なっ……⁉」

 

 男は(きょう)(がく)していた、当然だろう。

 ()()(かみ)の指先は、出血はおろか(うっ)(けつ)すらしていなかったのだ。

 

「全てを貫ける矛……そう思うならば(そもそ)もその矛で攻撃すれば(よろ)しい。(もっと)も、そんな身分(いや)しき者の()(せん)な『言い分に従って』、『貫かれてやる義務』など(わたくし)にはありませんがね」

「何だとォッ……!?」

 

 矛の男は(おそ)(おのの)いて(あと)退(ずさ)る。

 そんな彼を鼻で笑い、()()(かみ)は言葉を続けた。

 

「大体、()(まえ)(たち)の戦い方は()(ずる)いのですよ。やれ、『相手に(あれ)(それ)をさせる能力』だの、『自分は(どれ)(これ)をされない能力』だの、挙げ句の果てには『相手を必ず斃す無敵の能力』だのと……。(たと)えるならば素手の決闘に自分だけ拳銃を持ち出す、或いは相手を縄で縛って思う存分殴る蹴るを行う様なもの……。()()にも身分卑しき者の下賤な戦い方と言うより他ありませんね……」

 

 この第一皇女は、矛の男だけでなくこの場にいる全員、(いな)、もっと多くの戦士たちを(あざ)(わら)っていた。

 

「へええ……。じゃあ見せてくださいよ。第一皇女殿下の高貴なる戦い方というやつを……!」

 

 盾の男はそんな彼女に(いら)()ったのか、あろうことか挑発を返してしまった。

 そんな彼に顔を向けた彼女は、天使の様な悪魔の様な晴れやかな笑みを見せた。

 

「良いでしょう」

 

 それだけ言うと、()()(かみ)(せい)()は笑顔のままで全ての攻撃を弾き返す筈の盾を殴った。

 殴った瞬間、その盾は粉々に砕け散ってしまった。

 

「なッ!?」

 

 ()()(かみ)は燃える手を振り、炎を消し去った。

 

「あり得ない……。全てを貫く筈の矛で傷一つ付かず、全てを防ぐ筈の縦を砕くなんて……。その(ほのお)の能力に一体どんな秘密があるというのだ……?」

「全く、無礼なのか物分かりが悪いのか……。この焔は能力などではありませんよ。ただ打撃の時、空気の摩擦で火が()いてしまうだけです。もう少し洗練された拳なら、火が点かないように空気の隙間を縫えるらしいのですがね」

 

 ()()(かみ)は腕を振り上げた。

 いつの間にかその手には、閉じた黄金の扇が握られていた。

 そして、燃え盛る黄金の殴打。

 盾の男の頭はそれだけで腐ったトマトの様に(つぶ)れ、燃え始めた。

 

 彼ばかりではない。

 矛の男も、それから次から次へとこの(ただ)の黄金の扇子による殴打が()(じょう)()(さそり)()の精鋭達を虐殺していく。

 彼女は力が強いばかりではなく、舞う様なその動きも(つか)(どころ)が無い。

 

 (ふみ)()には一層優雅にすら見えた。

 焔を(まと)(さつ)(りく)の舞いは、(こう)(ごう)しさすら帯びていた。

 

 (じゅつ)(しき)(しん)()は人間の奥底に眠る力の極致――ただそう思っているのはどうやら皇族の言う「身分卑しき者」だけらしい。

 

 抑も神との(つな)がりという意味では、天神の血筋である皇族に勝る者など現在の(こう)(こく)には存在しない。

 居たとしてもそれは前時代の弾圧によって絶えてしまった。

 

 (こう)(こく)の皇族にとって(しん)()とは「単なる力」であり、またその総量自体が桁違いなのだ。

 また、能力が通用しない理屈も単純である。

 皇族にとってそれは、喩えるならば「バリアを張った」と言って遊ぶ子供の(たわ)(ごと)――正しく児戯なのである。

 

「う、うわあああっ!!」

 

 ()(すが)に力の差を悟ったのか、(ふみ)()の部下達は血相を変えて逃亡し始めた。

 それを見て()()(かみ)は残酷な、しかし美しい笑みを浮かべ、(てのひら)から(しん)()の光を放出する。

 力の奔流は逃げ惑う賊を跡形も無く消し飛ばしてしまった。

 それはまるで彼女の意に添う様に、消すべき者だけを消し残すべき物には傷一つ付けていなかった。

 

 残されたのは(ふみ)()一人だけだ。

 

(さて)て、()(まえ)の処遇ですね……」

 

 ()()(かみ)はわざとらしく、ゆっくりと恐怖に固まる(ふみ)()に歩み寄って来る。

 恐怖――果たしてそうだろうか?

 

()()(かみ)……(せい)()……」

 

 憎き(きゅう)(てき)を前に思い出す。

 父が(かつ)て彼女を見たあの目――あれは確かに、中年の男が我が子よりも幼い少女に向ける視線ではなかった。

 あれは確かに、宝石よりも美しい愛すべきものを見つけてしまったという(まな)()しだった。

 

「違いますよ」

 

 そんな追憶を見透かしたように、第一皇女は笑った。

 

「彼は宝石になりたいと願ったのですよ。そしてこの(わたくし)()でられたいと……。あの時の眼はそう訴えていました」

「何……だと……?」

 

 (ふみ)()は腰を抜かし、迫り来る彼女から逃げることも出来ず、(ただ)(ただ)己の運命を待っていた。

 ふと、彼はある事に気が付く。

 目の前で、彼女の有り得ない一部が主張していた。

 

「あらあら、嫌だわ(わたくし)ったら」

 

 ()()(かみ)(せい)()両性具有(アンドロギュノス)の第一皇女。

 (うわさ)には聞いていたが、目の前に突き付けられたそれは想像を(はる)かに上回っている。

 (ふみ)()は別の意味でも、彼女に到底(かな)わないと認めざるを得なかった。

 そしてその時、彼は(ようや)く父の眼の意味を悟った。

 

「あれは……あれは乙女の眼だ! 父さんはあろうことか年端も行かぬ少女を前に、乙女にされたっ! 眼差しを、(せっ)(ぷん)を、(ほう)(よう)を、そして(まぐ)()いを乙女として求めたのだッ!!」

「御名答! (ようや)く真実に辿(たど)()けましたね。ですが、本当はそれだけではないのでしょう?」

 

 ()()(かみ)を中心に視界が、世界が(ゆが)んでいく。

 駄目だ、この人は女神だ。

 刃向かえない、逆らえない。

 

「さあ、正直に(おっしゃ)い! (わたくし)に心の内を全て(さら)け出すのです!」

「父さんッッ!! そんなこと出来るわけ無いだろう!! (とし)を考えろよッッ!! (ぼく)ならいざ知らずううぅぅッッッ!!」

 

 余りにも恥を知らぬ絶叫。

 だが、それが()()(かみ)には心地良かったらしい。

 うっとりとした眼で天を仰いでいる。

 

(くそ)っ!! (くそ)ぉっ!! 殺してくれ!! (ぼく)もみんなみたいに殺してくれ!!」

 

 (ふみ)()の感じた惨めさは想像に余りある。

 だがそんな彼に、()()(かみ)は更に悪魔の様に(ささや)いた。

 

(ふみ)()()(まえ)ね、父親似ですよ」

「え?」

「親子の夢を(かな)えましょう? さあ、生まれ変わるのです。()()()(ふみ)()という名は()てなさい。今この時より()(まえ)の名前は(しし)()(しょう)()(わたくし)のもう一人の()(とぎ)役となりなさい」

 

 ()くして、()()()(ふみ)()という男は(しし)()(しょう)()という名の存在に変えられ、()()(かみ)(せい)()の愛玩人形に()ちた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 再び皇紀二六八六年――西暦にして二〇二六年の、八月十五日に時を戻す。

 今、(しょう)()は鏡に映った自分の身体を見詰める。

 そこには(かつ)て願った様な、雌に堕ちた雄失格の男の姿があった。

 

()(まえ)もこんな風になれますよ』

 

 今は亡き()()(かみ)の言った通りだった。

 それは逃れられない、拭えない屈服の(らく)(いん)

 それを魂にまで刻まれたのだと悟った彼は、笑い叫ぶより他に無かった。

 

「アハハハッ……アァーッハッハッハッハッハァーッッッ!」

 

 今、繭売(しょう)()は周囲を見渡す。

 父が主に売った宝石が散らばっている。

 今の彼に出来ることは、()(はや)この空間を滅茶苦茶にすることだけだった。

 狂った様に(わめ)き散らしながら部屋で暴れ回った彼は、髪を切る(ため)(はさみ)を自らの喉に突き刺して死んだ。

 

 革命動乱で(じん)(のう)は崩御し、皇位は()()(かみ)(せい)()の弟である第一皇子・()()(かみ)(えい)()が継承した。

 新たな(じん)(のう)となった彼は姉の思い出として()()(かみ)邸を残すことを望んだが、この部屋だけは完全に封鎖されることとなった。




2026年は1/5月曜日から更新を再開します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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