日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

305 / 345
第九十話『陰陽』 破

 時を戻し、十月七日水曜日の昼過ぎ、街の一角で(よう)()は電話端末を凝視していた。

 季節の変わり目に特有の肌寒さを感じ、薄着で出たことを少し後悔していたが、()()かに入って人に見られたくはない。

 

(最近一気に冷え込んだな……)

 

 気候はすっかり秋めいていた。

 日本の夏が高温多湿なのは、太平洋高気圧の影響である。

 (こう)(こく)という()()(でか)い土地が突然現れたことは、当然そこに変化を(もたら)す。

 今や秋の訪れは、数年前と比べて一月早いのだ。

 

(前にこの国へ来たのは夏前だったな。街の色もすっかり変わった……)

 

 (よう)()は初めて、景色の変化に気が付いた。

 土瀝青(アスファルト)は日光の照り返しを弱め、街路樹に(かげ)りを(かぶ)せている。

 (よう)()は今までその様なことに気を止める余裕など無かったが、追い詰められた今では妙に目に付いてしまっていた。

 

 死が近付くと、世界が美しく見えるという。

 彼女は今、自身の命運が尽きようとしていることを否が応にも突き付けられているのかも知れない。

 

(まだ既読が付かない……。頼む(ふた)()貴女(アンタ)だけが頼りなんだ)

 

 (よう)()は画面に向かって念じ続ける。

 二度と会わないと一度は決意した筈の(ふた)()のことを、彼女は再び利用しようとしていた。

 

 後めたさはある。

 だがあくまで優先は弟の(かげ)()だ。

 それに、厄介ごとに巻き込むと言ってもこの程度のことならば、大した問題は無い筈だ。

 日本側の責任者、()(そう)(がん)を管理しているであろう者の詳細を()くくらい、迷惑にはならないだろう。

 

 だが(よう)()にとって、事態は思わぬ方向に転んだ。

 想像だにしなかった巡り会わせが彼女を急襲する。

 

「ん?」

「お?」

「あ……!」

 

 彼女は連れ歩いていた二人の男と出会ってしまった。

 久々に見る顔だ。

 

(さき)(もり)……! (あぶ)()()……!」

椿(つばき)!」

 

 (さき)(もり)(わたる)(あぶ)()()(しん)()――自分達を追っている元拉致被害者だ。

 想定外の遭遇に、(よう)()は動揺しながらも身構える。

 二人は間違いなく自分を倒し、連行しようとするだろう。

 二対一と分は悪いが、こんなところで捕まるわけにはいかない。

 

 だが、そんな彼女に(しん)()は意外なことを言い出した。

 

「よー椿(つばき)、随分久し振りじゃねえか。ま、立ち話も難だし何処か飯でも行こうぜ」

 

 彼の言葉はまるで旧友を誘う様な軽薄なものだった。

 しかし内容とは裏腹に表情と(こわ)(いろ)にふざけた様子は無い。

 (むし)ろ静かな迫力が、(よう)()に拒むことを許していなかった。

 (わたる)もそんな(しん)()の提案に同調する。

 

「そうだな。出来れば個室がある方が良いな。店を探すよ」

「おう、頼んだ(さき)(もり)椿(つばき)(おれ)はずっとお前に訊きたかったことがあるんだよ」

 

 (よう)()は考える。

 この際、(ふた)()ではなくこの二人に全てを話してしまおうか。

 特に、(さき)(もり)(わたる)は敵に対して何処か甘い所がある。

 だったら、(かげ)()のことも助けてもらえるかも知れない。

 

(わか)った、大人しくついて行くよ。積もる話もあるしね」

 

 (よう)()(ふた)()に対し、キャンセルのメッセージを送ろうとした。

 しかし、彼女の()には意外な言葉が飛び込んできた。

 

『ごめん(よう)()さん。今日は先約があるから、そっちが終わってからでもいい?』

『どうしてもっていうなら(よう)()さんを優先するけど……』

 

 (よう)()何故(なぜ)か少し残念に思ったが、この状況ではあまり意味も無い。

 一息吐くと、(ふた)()にメッセージを返した。

 

『大丈夫、こっちも事情が変わった。気にしないで行っといで』

『また改めて、きちんと話がしたい』

 

 (よう)()(わたる)(しん)()に付いて行った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 三人が入ったのは個室付きのお好み焼き店だった。

 この店では自分で焼くか、焼いたものを持って来てもらうかを選ぶことが出来る。

 

「どうする?」

「どうって、作りながら話すのは面倒じゃね?」

「じゃあ焼いてから持って来てもらうか」

 

 (よう)()(おも)いを露知らぬ(わたる)(しん)()は自分の注文を選んだ。

 

「おう椿(つばき)、お前も何食うか選べよ」

(あたし)は良いよ……」

「選べよ」

 

 (しん)()が低い声で(よう)()に迫る。

 

「これから話す内容によっちゃ、(しゃ)()で食う最後の飯になるんだ。好きなもん選べよ」

 

 どうやら(しん)()には(よう)()に対して腹に据えかねていることがあるようだ。

 (よう)()にはそれが何なのか、何となく解る。

 

(あぶ)()()(あたし)が憎いのか。家族の(かたき)の内通者だった(あたし)が……」

「いんや」

 

 確かに(しん)()の眼は、険しさこそあれど(ぞう)()には染まっていない。

 何か別の理由で(よう)()に怒っているらしい。

 

「お前にも事情があるんだろ。それくらいのことは解るぜ、(おれ)にも。(ただ)ちょっと、一つだけ納得のいかないことがあるってだけだ」

「何のことだよ……?」

 

 (しん)()は普段見せない厳しさで(よう)()に迫る。

 隣に(すわ)(わたる)は全て織り込み済みであると言った様子で黙って見守っていた。

 そう言えばこの二人は(こう)(てん)(かん)で相部屋だった。

 そこで育まれた(きずな)があったからこそ、今でも二人で行動したりしているのだろう。

 

 翻って(よう)()は、同じものを()()にして(ふた)()を利用している。

 この二人を見ていると、再び罪悪感が込み上げてしまう。

 

(おれ)はずっと(ひっ)()かってたんだ」

 

 (しん)()(よう)()(とい)(ただ)す。

 

「それはあの日の朝、丁度()(ずみ)ちゃんと()()(くち)(げん)()した次の日、ちょっと仲直りするような雰囲気になった時があっただろう」

(ぼく)が朝食の支度をしてたあの日だな」

「あの朝がどうしたんだよ?」

 

 (よう)()は少し(いら)()ちを覚えて(しん)()に問い返した。

 彼女としては、早く本題に入りたかった。

 それだけに、(もっ)(たい)()った言い方が(かん)に障ったのだ。

 

 だが(しん)()の眼はそんな(よう)()の反発を抑え付ける。

 (そもそ)も立場的に、彼女は二人に捕まえられている状態なのだ。

 (しん)()は言葉を続ける。

 

「あの時、(おれ)の妹とお前の弟の話になったよな? 妹(ぼん)(のう)が過ぎると本人に嫌がられるとお前は言った。そして(おれ)達はお前に双子の弟が居ると初めて知ったわけだ。お前がその直前に言ったこと覚えてるか?」

「ああ……」

 

 (しん)()にとっての本題は極めて()(さい)な事だった。

 だが確かに、後になって思い返せば気になる事だろう。

 

「『まあ妹には会えないんだけど』って言ったね、確かに」

「そう、それだ。その後でお前にも弟が居るという話になった。拉致されたままもう家族に会えないんじゃないか、そう気を落としていたんだと皆思った筈だ。だがな椿(つばき)、お前が(おおかみ)()(きば)の内通者だってんなら別の意味にも取れんだよ」

 

 (しん)()()(けん)(しわ)を寄せ、鋭い視線で(よう)()(にら)んだ。

 (かつ)()(だい)(ごみ)と呼ばれた不良の時分も、彼はこんな目付きで(すご)んだのだろう。

 

「あれ、本当はどういう意味だったんだ? お前は(おれ)の妹が、家族が全員殺されて、既にこの世に居ねえと知っていたのか? それがずっと気になって、次に会うときは訊きてえと思ってたんだ」

 

 (しん)()の問いに(よう)()(どう)(もく)して(ひる)んだ。

 はっきり言ってそれは揚げ足取りの様な細かいことだ。

 今更そんなことを追求してどうするつもりなのかと、(よう)()は一瞬そう思った。

 しかしそこには別の根本的な問い掛けも含まれているとすぐに気が付いた。

 

 お前は自分がどういうことに関わってきたか、その重大さにどこまで自覚的なのか。

 お前が加担してきた組織は、目の前に居る相手から大切な者を全て奪っていったのだ。

 お前はそれを解っていて、(なお)も開き直っているどうしようもない人間なのか。

 それとも葛藤を抱えつつも自分に言い訳をし続けているのか。

 

 この問いは、(よう)()の根本に突き刺さるものだ。

 弟以外の人間はどうでも良い。

 それは(ひっ)(きょう)(しん)()の家族の様な犠牲を省みないということである。

 ならばその精神性は、(おおかみ)()(きば)と地続きのものではないか。

 

 (よう)()は息を()み、答えた。

 心して答えなければならなかった。

 

「知っていたって訳じゃないさ。家族に会えない姉を演じようとしただけ。だけど、そうだな。あの時演じていて、全くその考えが(よぎ)らなかったってわけでもない」

「つまり、『もうとっくに死んじまってるよ』って意味にもなっちまうとは思ったんだな?」

「……否定出来ないな」

 

 (よう)()の答えに、(しん)()は大きな溜息を吐いた。

 今にも個室が震え出しそうなほど、隠そうともしない殺気が彼から(あふ)()していた。

 

(さき)(もり)、いざとなったら抑えてくれや。何かのはずみで椿(つばき)のことをぶん殴っちまうかも知れねえ」

 

 (しん)()は額に青筋を浮かべ、自分の感情を必死で抑えている。

 (わたる)は一瞬驚いたように隣へ目を向けたが、(しん)()が手を出すことは無いと思ったのか、(よう)()の方へと向き直った。

 そして、落ち着いた口調で彼女へ問い掛ける。

 

椿(つばき)、お前()(ずみ)さんと日本で何度か会ってるよな? 一度目は(くも)()兄妹が入院していた病院を聞き出した。で、それ以降は何やってたんだ? やっぱり(おおかみ)()(きば)(ため)に利用してたのか?」

 

 (わたる)の問いに、(よう)()は考える。

 既に彼女の中で、二人に助けを求めようとは決めていた。

 だが、その為には言葉を選ばなくてはならない。

 

「病院を訊いたのは(おおかみ)()(きば)の指示だ。けど、(ふた)()に頼ったのは助けてもらいたかったからなんだ。それを『利用した』と言われればそうだろう」

「つまり、本当は(おおかみ)()(きば)に従いたくなくて、でも命令を聞かなければならない事情があると、そう言っているのか?」

「ああ。その事情について、貴方(アンタ)達に話したい。もっと言えば、助けて欲しい!」

 

 (ようや)く自分の望む展開に持って行けた(よう)()は、(はや)って身を乗り出した。

 こうしている間も(かげ)()は苦しんでいる。

 今すぐにでも全てを話したかった。

 そして、自分達に手を差し伸べてほしい。

 

()(ずみ)さんと会っていたのも『助けてもらいたかったから』って言ったな。差し迫っているのか?」

「ああ、かなりヤバいことになっている。このままじゃ……」

 

 (よう)()は不安を押し殺し、二人に深く頭を下げる。

 

(あたし)だって、好き好んで(おおかみ)()(きば)に協力したわけじゃない。全ては弟を助けたい一心だった。そして今、弟はとても危ない状態なんだ。貴方(アンタ)達の助けが欲しい。(あたし)のことは構わないから、どうか弟のことだけは……!」

 

 (わたる)(しん)()は互いの顔を見合わせた。

 そして(うなず)くと、正面へと向き直る。

 (しん)()は溜息を吐いて踏ん反り返った。

 反対に(わたる)は椅子に深く座り直して上半身を前に傾ける。

 

「しゃーねえな」

「解った。話してくれ」

 

 (よう)()(ふた)()以外の人間に初めて自らの身の上を話した。

 その内容、特に(かげ)()の悲惨な境遇に、二人の表情は次第に険しさを増していった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。