日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十一話『迅雷』 序

 抑(そもそ)も何故(なぜ)、岬(さき)守(もり)航(わたる)と虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)は二人して街中を彷(う)徨(ろつ)いていたのか。

 彼らが椿(つばき)陽(よう)子(こ)と接触したのは偶然だったのか。

 その答え合せは、同日の午前中にまで遡(さかのぼ)る。

 丁度、椿(つばき)陽(よう)子(こ)が久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)と接触すべく隠(かく)れ処(が)を出た頃だ。

 

 電車を降り、徒(あだ)歩で大学へ向かっていた航(わたる)に一本の電話が入った。

 根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)からだ。

 

「もしもし、どうかしましたか?」

『岬(さき)守(もり)君、たった今匿名の通報が入った』

「通報?」

『手配写真に似た女が街中で誰か人を待っているらしい』

 

 根(ね)尾(お)から手配写真の女、と言われて思い当たるのは一人しか居ない。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の関係者で指名手配された女は二人、八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)と首(しゆ)領(りよう)Д(デー)の娘・椿(つばき)陽(よう)子(こ)だ。

 沙(さ)華(はな)の捜査は終了しているのだから、該当人物は椿(つばき)だけだ。

 

『具体的な場所は君(きみ)の大学から比較的近い。もし君(きみ)が良ければ、行ってくれないか? 勿(もち)論(ろん)、強制はしない。もう大学の後期講義は始まっているだろうからな』

「いや、行きますよ。講師には特殊防衛課の事情で欠席の連絡を入れれば良いし、講義ノートは友達に見せてもらえますから」

『そうか、悪いな……。通報のあった場所は後で送る』

「ええ、お願いします」

 

 航(わたる)は根(ね)尾(お)との電話を終えた。

 もしかすると、椿(つばき)陽(よう)子(こ)に会えるかも知れない。

 

(そういえば、虻(あぶ)球(く)磨(ま)が椿(つばき)の奴(やつ)に何か訊(き)きたいことがあるって言ってたな……)

 

 航(わたる)は虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)にも情報を共有しておくことにした。

 陽(よう)子(こ)を捕まえることが出来れば、彼と面会する場を設けても良いかも知れない。

 しかし、メッセージに対する新(しん)兒(じ)の返信は航(わたる)が思っていたより前のめりだった。

 

〈俺(おれ)も行くぜ。場所を送ってくれ〉

 

 航(わたる)は新(しん)兒(じ)の反応に少し呆(あき)れた。

 彼も高校の二学期が既に始まっている筈(はず)だ。

 しかも、講義に空きコマがある大学と違って高校は今頃授業中だろう。

 

〈行くって、お前学校はどうするんだよ?〉

〈授業中だろ?〉

 

 返信はすぐだった。

 どうやら現在進行形でスマートフォンを弄(いじ)っているらしい。

 

〈一日くらいサボってもどうにかなるって〉

〈トイレに行くとか言って抜け出せばいい〉

 

 航(わたる)は溜息を吐いた。

 

(あいつ、真人間になるんじゃないのか……)

 

 航(わたる)は新(しん)兒(じ)を窘(たしな)めようとも思ったが、考えてみると自分も似た様な選択をしたと思い直した。

 ならば、彼に何か言う資格は無いかも知れない。

 

(いや、僕(ぼく)はちゃんと通すべき筋は通して正当な理由で休むんだからな。あいつとは違うって……。まあ、最終的にあいつの人生だから好きにすりゃ良いんだが……)

 

 取(と)り敢(あ)えず、航(わたる)は根(ね)尾(お)から展開された通報の場所を新(しん)兒(じ)にも展開した。

 斯(か)くして二人は椿(つばき)陽(よう)子(こ)の捜索へ向かい、彼女と接触して特殊防衛課が本拠地としているホテルへと連れ帰ることになったのだ。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 一方、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は街中を縦(じゆう)横(おう)無(む)尽(じん)に駆け回っていた。

 駆け回る、といっても彼女が移動するのは地上ではない。

 都市部に於(お)いて、魅(み)琴(こと)は建物から建物へと飛び移ることで途(と)轍(てつ)もない速度を発揮する。

 それは最(も)早(はや)人間業ではないだろう。

 

「なんだあれ?」

「黒(くろ)豹(ひよう)かな?」

「物騒だな、熊だけじゃねえのかよ」

 

 目撃者の殆(ほとん)どは、飛び回る魅(み)琴(こと)の姿を人間だとすら認識出来ない。

 猫科の大型動物か何かと誤認してしまう。

 とはいえ、彼女の速度は汎ゆる生物より遙(はる)かに疾(はや)いわけで、その錯覚すらも形容として適切ではないだろう。

 

(何処(どこ)だ、何処に居る?)

 

 魅(み)琴(こと)が形(なり)振(ふ)り構(かま)わず疾駆するのは、たった一人を一刻も早く見付け出す為(ため)だ。

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)が陽(よう)子(こ)と昼食を摂(と)っていた頃、研究室で卒業研究に取り掛かろうととしていた彼女にもまた一本の電話が入った。

 電話の相手は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の番号だったが、聞こえてきたのは彼女の声では無かった。

 

『もしもし、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)さんかい? 僕(ぼく)だよ、八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)だ。一度会ったことがあるけど、覚えてくれているかな? この電話は一時的に僕(ぼく)が預かっている。この意味が解(わか)るなら、早く取りに来た方が良いんじゃないかな? ま、場所は教えてあげないけどね。精々必死扱(こ)いて探し回ると良いさ。じゃあ、一応待っているよ』

 

 神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の一人・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)は一方的に喋(しやべ)った後、電話を切ってしまった。

 魅(み)琴(こと)はすぐさま研究室を飛び出し、双(ふた)葉(ば)の捜索へと向かったという訳だ。

 

(八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)、どういうつもり? 私(わたし)を呼び出して、何がしたい? 久(く)住(ずみ)さんは無事なんだろうな!)

 

 今まで、彼女はこうやって幾度と無く航(わたる)の危機を救ってきた。

 だが魅(み)琴(こと)が航(わたる)の許(もと)へ駆け付けることが出来たのは、都度強大な脅威を簡単に気取ることが出来た時だけだった。

 高校が占拠された時や、拉致が行われた時は魅(み)琴(こと)の手から零(こぼ)れ落(お)ちてしまっている。

 危機の気配が弱かったからだ。

 

 今回もまた、双(ふた)葉(ば)の身に迫る危機の気配は微(み)塵(じん)も感じられない。

 しかし一方で、八(や)社(おと)女(め)の手に双(ふた)葉(ば)のスマートフォンがあるというのは明白に只(ただ)事(ごと)ではない。

 その不可解が魅(み)琴(こと)を焦(じ)らせ、苛(いら)立(だ)たせていた。

 

 

(拙(まず)い、久(く)住(ずみ)さんの行方が全く判(わか)らない。このままじゃ……!)

 

 魅(み)琴(こと)はスカイツリーの外壁を駆け上がる。

 地上六三四メートルの高さから、都心全体に眼(め)を向けて探し出そうと考えたのだ。

 だが、その時だった。

 

「麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)だな」

 

 突如、長(なが)槍(やり)を携えた偉丈夫が魅(み)琴(こと)に飛び掛かってきた。

 この男もまたスカイツリーの外壁を駆け上がってきたということになる。

 魅(み)琴(こと)は空中で槍(やり)の柄を掴(つか)んで刺突を受け止める。

 

「お前は……!」

「神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)が一人、多(た)聞(もん)天(てん)・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)! 同志、増(ぞう)長(じよう)天(てん)・八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)への義に拠(よ)りて、御相手仕(つかまつ)る!」

 

 推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)は空中で槍を手放し、身体を捻(ひね)って胴回し蹴りを繰り出した。

 槍での戦いに拘(こだわ)らない機転と、恐るべき運動能力の為(な)せる業である。

 しかし、魅(み)琴(こと)には通用しない。

 

「邪魔をするな!」

 

 魅(み)琴(こと)は推(つき)城(しろ)の足首を掴むと、そのまま勢い良く地面に向けて相手を投げ放った。

 

「ぬぅぅぅぅっっ!」

 

 推(つき)城(しろ)の身体は地面に激しく叩(たた)き付(つ)けられ、落下点は瓦(が)礫(れき)と土(つち)埃(ぼこり)と悲鳴が飛び交った。

 自らの攻撃で徒に被害を広げるのは、普段の魅(み)琴(こと)らしくない行いである。

 余程の焦りと苛立ちがあったのだろう。

 その彼女は、推(つき)城(しろ)の落下点付近にゆっくりと着地する。

 

「悪いけれど、私(わたし)は今頗(すこぶ)る機嫌が悪い。痛い目に遭いたくなければ大人しくしていた方が身の為よ」

「ククク、それは出来ん相談だな……」

 

 土煙の中、推(つき)城(しろ)の影がゆっくりと起き上がる。

 

「私(わたし)の役割は一秒でも長く貴様を足止めすること。つまり、貴様を邪魔しに参ったのだ」

 

 推(つき)城(しろ)は再び長槍を携え、土煙の中からその姿を顕(あらわ)した。

 そんな彼を、魅(み)琴(こと)は冷たい眼で睨(にら)み付(つ)ける。

 

「そ。なら、力尽くでお前を役立ててやるわ。お前に久(く)住(ずみ)さんの居場所を吐かせれば手間が省けるものね。私(わたし)の邪魔をするなんて、千年早いのよ」

 

 魅(み)琴(こと)は構える。

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)が陽(よう)子(こ)と接触する裏で、何やら不穏な企(たくら)みが蠢(うごめ)いていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)の運転する車でホテルの駐車場に到着した航(わたる)と新(しん)兒(じ)は根(ね)尾(お)に出迎えられた。

 

「岬(さき)守(もり)君、それと虻(あぶ)球(く)磨(ま)君も居るのか、御苦労だった」

 

 根(ね)尾(お)は二人の脇で思い詰めた表情を浮かべる陽(よう)子(こ)へと目を遣(や)る。

 

「椿(つばき)陽(よう)子(こ)、話は聞いている。君(きみ)に色々と訊きたいことはあるが、何よりも先(ま)ずは弟の陰(かげ)斗(と)の居場所だ。一刻も早く彼を確保し、扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を投与しなければならない」

「ありがとうございます。どうか弟を頼みます」

 

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)は車内で根(ね)尾(お)に事情を伝達していた。

 根(ね)尾(お)はそれを受け、扶(ふ)桑(そう)丸(がん)の小瓶を予(あらかじ)め用意してくれていた。

 潜伏先を訊き出し次第すぐにでも道(どう)成(じよう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)の許(もと)へ向かい、投与する為だ。

 根(ね)尾(お)は小瓶から一錠を取り出し、先ずは陽(よう)子(こ)へとそれを手渡す。

 

「先に君(きみ)にもこれを飲んでもらう。君(きみ)のことも無力化しておかなければならないからな」

「解っています」

 

 陽(よう)子(こ)は扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を受け取り、口に入れようとした。

 しかし、その時だった。

 青白い稲光が二人の間を奔(はし)り抜け、錠剤と小瓶を焼き払ってしまった。

 

「うぐぁっ!!」

「何ぃっ!? しまった、扶(ふ)桑(そう)丸(がん)が……!」

 

 陽(よう)子(こ)と根(ね)尾(お)はそれぞれ手にダメージを負い、胸に抱えて俯(うつむ)く。

 稲光が奔り抜けた先には、激しい火花放電を纏(まと)った一人の青年が宙空へと昇っていく。

 

「グルルルルルル……!」

 

 唸(うな)り声(ごえ)を上げる青年が徐々にその全貌を現す。

 碧(あお)い雷光を纏うその姿は、まさしく渦中の青年そのものだった。

 

「グゥウウウ……うウグガァァァアアアアッ‼」

 

 正気を失った道(どう)成(じよう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)が宙に浮かび、激しい火花放電と共に狂った雄(お)叫(たけ)びを上げていた。

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