日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十一話『迅雷』 破

 陰(かげ)斗(と)は宙空で苦しみを撒(ま)き散(ち)らす様に奇声を上げ、四方八方に火花を放電する。

 瞬間、陽(よう)子(こ)が頭を抑えてその場に蹲(うずくま)る。

 二人は距離が近いと、相手の放電に影響を受けてしまうのだ。

 

「大丈夫か、椿(つばき)!」

 

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)が陽(よう)子(こ)の許(もと)へ慌てて駆け寄る。

 そんな二人を目掛けて、陰(かげ)斗(と)は掌(てのひら)から雷光を放った。

 攻撃は航(わたる)が生成した障壁に遮られて飛び散った。

 

「ウぅぅぁぁああああああッッ!!」

 

 しかし、再度の放電に陽(よう)子(こ)は悲鳴を上げてその場に倒れ伏してしまった。

 

「あいつ姉貴のことが見えてねえのかよ!」

 

 新(しん)兒(じ)が陽(よう)子(こ)を庇(かば)う様に屈(かが)んで陰(かげ)斗(と)を睨(にら)み上げる。

 そんな彼の脇で、静かに前へ出たのは航(わたる)だった。

 

「虻(あぶ)球(く)磨(ま)、あいつは僕(ぼく)が止める。お前は椿(つばき)を安全な場所まで連れて行ってくれ」

「岬(さき)守(もり)……」

 

 新(しん)兒(じ)は陽(よう)子(こ)をそっと担ぎ上げた。

 

「成程な、確かに俺(おれ)にはあいつの攻撃から身を守る方法がねえ。ここはお前に任せるのが正解だろうな」

「ああ。なるべく早く遠くへ行ってくれ」

 

 航(わたる)の両手に光線砲ユニットが形成される。

 地上の航(わたる)と空中の陰(かげ)斗(と)、二人の視線が交錯し、戦いの始まりに向けて空気を昂(たか)ぶらせていく。

 そんな中、次の指示を出したのは根(ね)尾(お)だった。

 

「白(びやく)檀(だん)、皇(すめらぎ)先生の事務所に僅(わず)かだが扶(ふ)桑(そう)丸(がん)の予備が残っていた筈(はず)だ。虻(あぶ)球(く)磨(ま)君と椿(つばき)陽(よう)子(こ)を連れて此(こ)処(こ)を離れるついでにそれを取って来てくれ。虻(あぶ)球(く)磨(ま)君は移動中に繭(まゆ)月(づき)君に緊急連絡。仕事中に申し訳無いが、一刻も早くホテルへ来て裏側から入ってもらい、雲(くも)野(の)兄妹の護衛に付いてもらってくれ。後、ホテル内で余計なトラブルが起こらないよう新華族令嬢を十(とお)桐(どう)様に抑えてもらわないとな。これは俺(おれ)から要請する。済んだら俺(おれ)も岬(さき)守(もり)君に加勢しよう。この一件、誰の差し金か大方察しが付いているからな」

「ええ、任せてください。白(びやく)檀(だん)さん、二人を頼みます」

「わ、解(わか)りました! さ、虻(あぶ)球(く)磨(ま)さん車に乗ってください!」

 

 白(びやく)檀(だん)は根(ね)尾(お)の指示に従い、新(しん)兒(じ)と陽(よう)子(こ)を載せたワゴン車を急いで発車させた。

 ホテルの駐車場前には航(わたる)と根(ね)尾(お)、そして陰(かげ)斗(と)だけが残されている。

 

「返……セ……!」

 

 陰(かげ)斗(と)は呼吸を荒(あら)らげながら辛うじて言葉を発した。

 焦点の合っていない赤い目が爛(らん)々(らん)と輝き、皿の様に見開かれて怒気を振(ふ)り撒(ま)いている。

 その有様は狂気をとうに通り越して乱心の域に至っていた。

 

「返セェェェ……!」

「何を言っているんだ、こいつ……?」

 

 陰(かげ)斗(と)の焦点が航(わたる)に定められた。

 そして、叫び声と共に航(わたる)に襲い掛かってくる。

 

「姉サンヲ返セェェェッッ!」

 

 陰(かげ)斗(と)は一瞬にして航(わたる)との間合いを詰め、拳の連打を繰り出す。

 航(わたる)はその猛攻を腕で防ぎながら後(あと)退(ずさ)る。

 決定打を食らうことは防げているが、此(こ)方(ちら)から反撃を繰り出す余裕は無い。

 

(こいつ……この武術は……!)

 

 航(わたる)はこの手応えを知っている。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に囚(とら)われて訓練を強いられていた一月足らずの期間、彼は仲間達との組み手を一通り経ていた。

 その相手には内通者だった椿(つばき)陽(よう)子(こ)も含まれている。

 陰(かげ)斗(と)が駆使する武術は、その陽(よう)子(こ)と同じ椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)なのだ。

 

(だが、こいつ……!)

 

 唯(ただ)一つ、違うことがある。

 航(わたる)は陰(かげ)斗(と)の連撃を受け、それを痛感していた。

 

(こいつ、姉より遙(はる)かに強い!)

 

 そう、陰(かげ)斗(と)の椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)は陽(よう)子(こ)のそれよりも遥(はる)かに強力なのだ。

 まず単純に、男女の身体能力さが大きな要素として挙げられる。

 一発一発の攻撃の疾(はや)さと重さが姉弟間で段違いだ。

 そしてそれだけでなく、技の熟練度自体も陰(かげ)斗(と)の方が大きく積み上げられている。

 

 陽(よう)子(こ)は武術を祖父の椿(つばき)晴(はる)明(あき)から教わった。

 その目的は椿(つばき)男爵家の庇(ひ)護(ご)を前提とした護身である。

 故に、相手を積極的に打ち倒す術はそれ程磨かれていない。

 謂(い)わば、武道家としての業の部分には踏み込んでいないのだ。

 

 対して陰(かげ)斗(と)は、父親の道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)から戦いの術として叩(たた)き込(こ)まれている。

 革命戦士として役立たせるべく、かなり実践的な内容を深く身に付けさせられている。

 更に、精神の均衡を失う程に増幅された神(しん)為(い)が膂(りよ)力(りよく)を大幅に強化している。

 今や陰(かげ)斗(と)の戦闘能力は八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)や沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)を優に超越し、六摂家当主などの皇(こう)國(こく)有力貴族にも匹敵する水準にあるのだ。

 

(油断していたら殺(や)られるレベルだ。それなのにこっちは……!)

 

 航(わたる)は後跳びで距離を取った。

 一旦体勢を立て直す必要があると判断した。

 通常ならここで光線砲を撃ち、急所を貫けば勝利である。

 しかし、今の航(わたる)にはそれが出来ない。

 

(椿(つばき)にあんなことを聞かされたからな。こいつを殺してしまう訳にはいかないよな)

 

 航(わたる)は光線砲の使用をかなり限定しなくてはならなかった。

 頭部や胴部を狙ってしまうと、陰(かげ)斗(と)を殺してしまう。

 撃つならば腕や足を狙って相手を無力化するに留(とど)めなくてはならない。

 今まで命の遣(や)り取(と)りの中で力を付けてきた航(わたる)にとって、この制約は大きかった。

 

(だが兎(と)に角(かく)、やれることをやるしかない!)

 

 再び距離を詰めようとする陰(かげ)斗(と)。

 航(わたる)は拳を向け、光線砲の照準を陰(かげ)斗(と)の肩口に合わせる。

 そして、相手が飛び掛かろうと隙を晒(さら)した瞬間に発射。

 見事に肩を撃ち抜き、陰(かげ)斗(と)を怯(ひる)ませることに成功した。

 

「良し、この隙に!」

 

 今度は逆に航(わたる)が陰(かげ)斗(と)との間合いを詰め、反撃に打って出ようと拳を構える。

 この場を凌(しの)ぐには、兎(うさぎ)に角陰(かげ)斗(と)を気絶させて無力化するしか無い。

 その為(ため)には、慣れない格闘戦を挑むしか無いのだ。

 光線砲はあくまでその補助として、相手の拳を封じる為に使う。

 

 だが光線が貫いた筈の陰(かげ)斗(と)の肩からは傷口が消えている。

 陰(かげ)斗(と)はこの短時間の間に傷を修復し、逆に航(わたる)の懐へと飛び込んで来た。

 

(もう治ったのか! 拙(まず)い!)

 

 小柄な陰(かげ)斗(と)に間合いの内側へと潜り込まれると、航(わたる)としては極めてやりにくい。

 そして陰(かげ)斗(と)には密着した間合いならではの強力な奥義がある。

 

『爆(ばっ)拳(けん)斧(ふ)肘(ちゅう)撃(げき)・椿(つばき)』

 

 細かく振るう拳と肘の、間(かん)断(だん)無き二連撃。

 衝突の際、拳の反作用力は肘によって相(そう)殺(さい)され、甚大な破壊力を生むという技だ。

 航(わたる)は鳩尾(みぞおち)に鉄球を叩き込まれた様な衝撃に襲われた。

 

「ぐはっ……!」

 

 堪(たま)らず上半身を屈めて血を吐く航(わたる)。

 しかしそんな彼に、陰(かげ)斗(と)の更なる奥義が容赦無く襲い掛かる。

 

『爆(ばく)肘(ちゅう)鉞(えっ)拳(けん)撃(げき)・榎(えのき)』

 

 両肩の関節を外し、上から後頭部目掛けて両腕で肘と拳の二連撃を叩き込む技だ。

 航(わたる)は脳天に雷を落とされた様な衝撃を受け、視界に火花が飛ぶ感覚に襲われた。

 陰(かげ)斗(と)は航(わたる)の顔面に向けて更なる奥義を叩き込まんと足を振り上げている。

 

「舐(な)めるなァッ!」

 

 航(わたる)は咄(とつ)嗟(さ)に体当たりを繰り出し、片足で不安定になった陰(かげ)斗(と)を押し倒した。

 その状態から上体を起こし、馬乗りになってマウントを取ろうとする。

 

 だが危機を察した陰(かげ)斗(と)は脚を曲げて航(わたる)の鳩尾を蹴り上げた。

 航(わたる)の身体が宙に浮き、陰(かげ)斗(と)は反動を付けて勢い良く起き上がる。

 航(わたる)は宙返りして陰(かげ)斗(と)の背後に回り込み、光線砲を向けた。

 

(駄目だ!)

 

 航(わたる)は咄嗟の反撃を止めた。

 無意識のうちに、仕留める動きをしてしまっていた。

 長らく為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を操縦し、死線を潜(くぐ)り抜(ぬ)けてきた航(わたる)は、無意識下で命を奪おうとしてしまっていた。

 

(これじゃ拙(まず)い、このままじゃ……!)

 

 航(わたる)の躊(ため)躇(ら)いを陰(かげ)斗(と)は逃さない。

 逆に陰(かげ)斗(と)の方から航(わたる)へ掌を向け、指先から火花を漏らす。

 遠距離からの放電に戦い方を切り替えたらしい。

 だが掌から雷光が放たれるかと思われた、その時だった。

 

「こっちにも居るぞ!」

 

 根(ね)尾(お)が横から陰(かげ)斗(と)の顔面に蹴りを見舞った。

 どうやら十(とお)桐(どう)への要請が終わり、加勢出来るようになったらしい。

 不意打ちに怯んだ陰(かげ)斗(と)は二人から距離を取る。

 

「待たせたな、岬(さき)守(もり)君。ここからは二人だ」

 

 航(わたる)に根(ね)尾(お)を加えた二人と、陰(かげ)斗(と)の戦い。

 流れは一気に此(こ)方(ちら)側へ傾く――かに思われた。

 しかしその時、不気味な、それでいて聞き覚えのある声が響いてきた。

 

「それは狡(ずる)いな。ならば陰(かげ)斗(と)には僕(ぼく)が加勢するとしようか……」

 

 根(ね)尾(お)の背後から小柄な男が現れた。

 その姿、特に根(ね)尾(お)にとっては忘れようも無い相手だ。

 

「八(や)社(おと)女(め)……やはり貴様の差し金か……!」

「そうだよ、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)。いい加減僕(ぼく)達のことを嗅ぎ回られるのも鬱(うつ)陶(とう)しいんでね、此処いらで君(きみ)のことは始末してしまおうと思ったんだ。というわけで、君(きみ)は僕(ぼく)が御相手させてもらうよ」

 

 八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)は両手に弓と矢筒を形成する。

 

『武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)・須(す)彌(み)削(けずり)ノ(の)弓(ゆみ)・差(ざ)魅(み)魔(ま)ノ(の)矢(や)』

 

 根(ね)尾(お)が八(や)社(おと)女(め)から目を離せない隙に、陰(かげ)斗(と)が再び航(わたる)に掌を向ける。

 陰(かげ)斗(と)は凄(すさ)まじい火花を散らす雷光の固まりがその手に生成した。

 再び航(わたる)に向けて放電し、航(わたる)に甚大なダメージを与えようとしているのか。

 

「陰(かげ)斗(と)、そっちの餓鬼は任せる。さあ、強化された君(きみ)の圧倒的神(しん)為(い)で調子に乗った凡夫を消し炭にしてやるが良い」

 

 八(や)社(おと)女(め)は得意気に陰(かげ)斗(と)を嗾(けしか)けようとする。

 だが、航(わたる)とて何度もやられっぱなしではない。

 

「グァッ……!?」

「僕(ぼく)を舐めるなよ。確かに思ったよりも出来るんで驚いたが、勝てないかと言われたら全然そんなことはないんだよ」

 

 航(わたる)は瞬時に光線砲を陰(かげ)斗(と)に向けて発射し、雷光を生成する腕を撃ち抜いていた。

 遠距離での撃ち合いならば航(わたる)の領域だ。

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)で数々の強敵を打ち破ってきた航(わたる)にとって、陰(かげ)斗(と)の雷光に先を取るのはさほど難しいことではなかった。

 

「ゴオオオオッッ!!」

 

 今の攻防で影ともそれを悟ったのか、再び接近戦に持ち込もうと飛び掛かってきた。

 そんな陰(かげ)斗(と)を、航(わたる)は光線砲で迎え撃つ。

 放たれた光の筋は、陰(かげ)斗(と)の蟀谷(こめかみ)を掠(かす)めて背後の空へと奔(はし)り抜けた。

 回避に成功した陰(かげ)斗(と)の戦闘勘は間違い無く一流の域に達しているだろう。

 

 しかし、航(わたる)にとってこれは作戦通りだった。

 紙一重で光線砲を躱(かわ)した陰(かげ)斗(と)は、顔を動かす軌道上に航(わたる)の拳が繰り出されていることに気が付かなかった。

 

「ラァッ!!」

「ガッ!?」

 

 反対側の蟀谷(こめかみ)に航(わたる)の拳が炸(さく)裂(れつ)した。

 堪らず怯んだ陰(かげ)斗(と)の胸に、蹴りの追撃。

 驚いた陰(かげ)斗(と)は飛(と)び退(の)いて距離を取っていた。

 

「はっきり言って、お前じゃ僕(ぼく)は殺せない。扶(ふ)桑(そう)丸(がん)が届くまでに気絶させれば、八(や)社(おと)女(め)の企(たくら)みも終わりだ、違うか?」

 

 航(わたる)は陰(かげ)斗(と)と向き合い、拳を構える。

 

「根(ね)尾(お)さん、こいつら二人で一網打尽にしましょう。陰(かげ)斗(と)を救い、八(や)社(おと)女(め)に引導を渡しましょう!」

「言われるまでもない」

「年齢二桁の餓鬼共が……。だが、僕(ぼく)がこの程度の対策をしないと思っているなら愚かだな。お前達は間違い無く絶望の扉を開くことになるというのに……」

 

 航(わたる)と根(ね)尾(お)と狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)二名、彼らの戦いは今、最終局面を迎えようとしていた。

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