日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十一話『迅雷』 急

 街中の交差点は、逃げ惑う人々の悲鳴だけが残されていた。

 不幸中の幸いは、つい二箇月程前に(こう)(こく)軍の銀座侵攻を経験した人々が比較的早期に避難の必要性を認めてこの場を逃げ出したことだ。

 

「良かったな、(うる)()()(こと)。民衆を巻き込まずに済みそうだぞ?」

 

 (つき)(しろ)は皮肉めいた言葉を投げ掛ける。

 この事態、人々の混乱は()(こと)が彼をスカイツリー中腹の高所から激しく投げ落とし、交差点の土瀝青(アスファルト)を崩壊させてしまったことで起きている。

 国の治安を守るべき立場にあるはずの彼女が、驚異的な暴力でそれを乱してしまったことを(あげつら)っているのだろう。

 だが、()(こと)はそんな言葉を冷静に切り捨てる。

 

「日本に(おおかみ)()(きば)なんかを招き入れて、(あまつさ)(わたし)の大切な友人まで巻き込んでおいてよく言うわ。お前を落とす場所を(わたし)が選ばなかったとでも思う? お前は(わる)()()きで()()の民に犠牲を出すことすら(かな)わず、この場で(わたし)に処されることになる」

 

 ()(こと)の周囲に立ち込める(つち)(ぼこり)が勢い良く散滅した。

 今、彼女の(しん)()(じん)(のう)との戦いで消失したまま回復していない。

 つまり、(ただ)の怒気が周囲に影響を与える程に身体から漏れ出しているのだ。

 (たい)()する(つき)(しろ)は冷や汗を()きつつ、口元の笑みを保っていた。

 

()(おと)()の言うとおり、骨折で済めば御の字だな……」

 

 (つき)(しろ)(なが)(やり)を構えた。

 その(たたず)まいは(まぐ)れも無く武人のそれである。

 人気の消えた交差点の様相は、丸腰の女の周囲を大柄な男が武器を持って獲物に襲い掛かる機を(うかが)っているかの如く旋回しているという、恐ろしい惨劇を予感させるものだった。

 だが、それはつまり男は女に対して()(かつ)に手が出せないでいることを意味している。

 

「であああああッッ!」

 

 地響きの様な()(たけ)びと共に、(つき)(しろ)が飛び出した。

 (きよ)()から繰り出される長(やり)の刺突が空気を震わせながら()(こと)に襲い掛かる。

 しかし()(こと)はこの攻撃を腕で(はら)()けて懐に入り込んだ。

 そして、目にも(とど)まらぬ(はや)さで十数発の拳を鳩尾(みぞおち)や脇腹に(たた)()む。

 

「ぐはぁっっ!!」

 

 (つき)(しろ)は吐血して後方へ退くも、払い除けられた槍を(なぎ)(はら)って反撃を試みる。

 だが()(こと)はこの攻撃も腕で止め、追撃の拳を見舞った。

 (つき)(しろ)の身体は吐血を()()らしながら(きり)()み回転して大きく吹き飛び、更に折れた槍の(ほこ)()(こと)の背後で地面に突き刺さった。

 

「ぐはっ、やはり……恐ろしく強い……!」

 

 震える身体に(むち)()ち立ち上がろうとする(つき)(しろ)(もと)へ、()(こと)は冷酷な表情を(たた)えて歩み寄る。

 

「さっさと久住さんの居場所を吐きなさい。これ以上痛い目に遭いたくなければね」

「ぐぅぅっ……!」

 

 (つき)(しろ)()(こと)(にら)み上げると、瞬時に「(きく)(すい)(りゅう)()()(なが)(やり)」を手に再形成して振り上げた。

 ()(こと)はこれを踏み折って、(つき)(しろ)の顔面を蹴り飛ばす。

 

「ぐがァッ!! おのれ!」

 

 後方へ飛ばされた(つき)(しろ)は宙返りして脚から着地し、そのままの勢いで再び()(こと)に飛び掛かってきた。

 その手には長槍も()(たび)形成されている。

 

(この男、中々の耐久力だな……。ここまで()(こた)えられた相手が果たしてどれだけ居たか……)

 

 ()(こと)は槍の刺突を()(くぐ)って再度(つき)(しろ)の懐へ潜り込み、鳩尾と顔面に一発ずつ拳を叩き込んだ。

 

「グハッ……ゲホッ……!」

 

 殴り倒された(つき)(しろ)は、吐血しながら(なお)も起き上がろうとしている。

 その様に、()(こと)は少しずつ不気味なものを感じ取り始めていた。

 

(わたし)は今まで多くの人間を暴力で破壊してきた。()(じん)(かい)(かい)(てん)()(おおかみ)()(きば)(こう)(こく)皇族、そして(わたる)……。中にはそれなりに強い者(たち)も相手にしてきた。けれども、大抵の相手は何処(どこ)をどれだけ(たた)けば壊れるか簡単に(つか)めた。だが、こいつは……)

 

 立ち上がった(つき)(しろ)は口元から血を垂らしながらも不敵に笑っている。

 ()(こと)は過去、これだけ滅多打ちにした相手からこの表情を返されたことなど無い。

 これは彼女にとって、極めて異様な反応だった。

 

(こいつは全く壊れる気配が無い。こんな手応えは初めてだ……)

 

 (つき)(しろ)は口元を拭い、歯を見せて笑った。

 ()(こと)が気取った異様な感覚、それは(つき)(しろ)の立ち振る舞いにも現れている。

 この男、これだけ滅多打ちにされて尚、息一つ乱していないのだ。

 回復が早いなどと言う次元ではなく、傷そのものが意味を成していないかの様だった。

 

(まるでこの世の者ではない何かと戦っているみたい……)

 

 ()(こと)は息を整えて構え直す。

 

「やれやれ、思っていたより骨が折れそうね」

「その言葉、貴様の側から聞けるとは思っていなかったぞ」

 

 戦いそのものは終始()(こと)が圧倒しているが、戦場の向かい風は彼女の方へと強く吹付けていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (かげ)()は全身から放電し、火花を散らす。

 その姿に、(わたる)は一つの嫌な予感を覚えていた。

 

「こいつ……(しん)()が消費されるどころか増してないか……?」

 

 (わたる)の言葉に、()()と対峙する()(おと)()(ほく)()()んだ。

 

「気付いたか、(さき)(もり)(わたる)。今の(かげ)()(しん)()の暴走状態にある。この状態では双子の相乗効果がなくとも(しん)()の増幅がある程度維持されるのさ。その増幅速度が消費速度を上回っている限り、(かげ)()はいつまでも(たお)せないどころかどんどん強くなっていく」

 

 ()(おと)()の言葉を証明する様に、(かげ)()は火花を散らしながら(わたる)へと飛び掛かってきた。

 

「ガアアアアアッッ!!」

「うおっ!?」

 

 (わたる)(かげ)()の拳の連打を辛うじて(かわ)し続ける。

 だがその攻撃に(わたる)は異変を感じた。

 

「こいつ、拳に電撃が……!」

「ほう、(かげ)()はまた更なる能力の扉を開いたか。どうやら(てん)(ぴん)があるらしい。これは(うれ)しい誤算だったよ」

 

 ()(おと)()()()のことを(そつ)()退()けで(かげ)()の戦い振りを嬉しがっている。

 ()()がその隙に攻撃を仕掛けるが、()(おと)()は大きく後方へ跳んで間合いを取り、弓に矢を(つが)える。

 

「そう慌てるなって。(きみ)の相手は後でじっくりしてやるよ。(かげ)()が凡夫を殺した後でたっぷりとね」

「飛び道具で距離を取って戦うつもりか……」

 

 ()()は放たれた矢を紙一重で躱した。

 そして反撃すべく一気に間合いを詰めようとするも、()(おと)()は既に第二の矢を番えて更に距離を取っていた。

 

「臆病で面倒な戦い方だ」

(ぼく)は戦いの専門家ではないからね。安全且つ効率的な手段で確実に仕留めてあげるよ」

 

 冷笑を向ける()(おと)()に対し、()()は攻め手を(みい)()そうと()を凝らす。

 

 一方で(わたる)(かげ)()の攻防。

 (わたる)の拳が(かげ)()の顔面をカウンターで捉えた。

 (かげ)()は大きく()()る。

 少しずつ(かげ)()の動きに慣れてきた(わたる)に傾き始めていた。

 

「ゴオオオオッッ!!」

 

 小さい軌道の拳が(わたる)蟀谷(こめかみ)に向けて振るわれる。

 椿(つばき)流剛体術の奥義「(ばっ)(けん)()(ちゅう)(げき)椿(つばき)」の動きだ。

 (わたる)(かが)んで拳を躱し、振り終わりに合わせて(かげ)()の顎を拳で打ち上げた。

 

「ガッ!?」

「駄目かっ……!」

 

 (わたる)はどうにか(かげ)()を気絶させようとしていた。

 顎を狙ったのはその一環である。

 以前()(こと)から、相手の意識を効率良く失わせるには顎を打ち付けて脳を揺らすのが有効だと聞かされていたからだ。

 

(とはいえ、(ぼく)の格闘技術じゃ厳しいかもな……)

 

 しかし、だからといって(ため)()ってはいられない。

 暴走状態の(かげ)()を止めるには、気絶させるしか無いのだ。

 その(ため)に、考えられる手は打つ必要がある。

 

「グゥゥゥ……ヨクモ……」

 

 (あと)退(ずさ)った(かげ)()は血走った目を恨めし気に(わたる)へ向ける。

 相手も相手で、攻め(あぐ)ねていることに(いら)()ちを募らせているようだ。

 だがどうやら、(かげ)()の怒りはそれだけではないらしい。

 

「ヨクモ姉サンヲ……(タブラ)カシテ……クレタナ……」

「姉さん? 椿のことか」

 

 (かげ)()()(れつ)が回りきっていない口で辛うじて言葉を紡いだ。

 (よだれ)を垂らしながら怒りの(うな)(ごえ)を上げ、(わたる)に怒りをぶつける。

 

(ボク)ヲ……守ッテクレテ……イタノニ……! ズット……守ルッテ……言ッテイタノニ……! オ前ラガ……! 姉サンヲ(ソソノカ)シタ……! 姉サンニ……(ボク)ヲ売ラセタ……!」

「何を言っているんだ、お前……!」

 

 辿(たど)(たど)しい(かげ)()の言葉は誤解に満ちていた。

 (わたる)はすぐに状況を察した。

 離れた場所で弓を引く()(おと)()が邪悪に北叟笑むのを認めたからだ。

 

()(おと)()がそう言ったのか。()()野郎が……!」

 

 (わたる)の心に火が()いた。

 ()(おと)()のことも(もち)(ろん)(かげ)()にも無性に腹が立ってきた。

 

椿(つばき)がお前を売っただと? ずっとお前を守り、助けようとしてきた実の姉貴より、あんな(くそ)()(ろう)の言うことを信じるのかよ!」

 

 (わたる)(かげ)()の足下に手を向けた。

 土瀝青(アスファルト)を突き破り、木の(つる)が大量に伸びて(かげ)()を取り囲む。

 そしてあっという間に(かげ)()の身体を縛り上げてしまった。

 

「そこまで正気を失ったのか、(かげ)()!」

 

 (かげ)()は身動きが取れない。

 これでは(わたる)の攻撃を躱しようがない。

 

「ガッ! ウガアアアアアッッ!!」

「終わりだ!」

 

 (かげ)()は放電して蔓を焼き払おうとする。

 しかし電撃で蔓を焼くよりも(はや)く、(わたる)(こん)(しん)の拳が(かげ)()の顎を捉えた。

 実戦では技術不足でも、動けない的であれば実践できる程度には(わたる)は腕を上げていた。

 

 (かげ)()(わたる)の一撃を受け、蔓が焼け落ちるのと同時にがっくりと膝を突いた。

 どうやら完全に意識を失ったらしい。

 終わってみれば実にあっけない決着だった。

 

「良し、後は()(おと)()を片付けて、(びやく)(だん)さんが()(そう)(がん)を持って来てくれれば……」

「おやおや、もうやられてしまったのか。少し期待外れだったね」

 

 ()(おと)()が倒れた(かげ)()(そば)へと降り立った。

 正面は()()、背後は(わたる)が取り、挟み撃ちの状態に位置している。

 

(ぼく)(かげ)()の戦いが決着したら()()さんの相手をするんだったか。だが、残念ながら()()さんだけでなく、(かげ)()が始末してくれる(はず)だった凡夫まで相手にしなければならないみたいだな」

「うん、そうだね。これは確かに予想外だったと認めよう」

 

 ()(おと)()はそう言いつつも、不敵な笑みを表情から消していない。

 まだ彼の(たくら)みは終わっていないのだ。

 

(きみ)達は何処まで知っていたかな? (ぼく)には(しん)()とは異なる『()(そま)()(つひ)』という力があって、自分や他人の(しん)()を増幅させることが出来るんだ」

「なっ……!」

 

 (わたる)は思わず身構えた。

 

「じゃあお前が(かげ)()(しん)()を……!」

「いや、やったのは間違い無く父親の(どう)(じよう)()(ふとし)さ。だが、(ぼく)が言いたいのは同じ事が(ぼく)にも出来るということでね……」

 

 ()(おと)()(かげ)()の身体に手を(かざ)した。

 

()()(まが)(つひ)()()()(がみ)

 

 (かげ)()の身体が紫色の毒々しい闇に包まれた。

 (わたる)には(わか)る。

 今、(かげ)()(しん)()はこれまでと比較にならない程増幅させられたのだ。

 

()(おと)()、お前!」

「さて、(ぼく)の見込みではそろそろなんだがな……」

 

 ()(おと)()が見下ろす中、(かげ)()(おもむろ)に立ち上がる。

 起き上がった彼は白目を()き、口から黒い(もや)を吐いて前傾姿勢を取っていた。

 

「ウゥ……ウゥゥウッ……!」

 

 (かげ)()は火花と(まが)(まが)しい気配を全身から漏らしている。

 そして両腕を(ひろ)げ、大きく身体を仰け反らせて叫んだ。

 

「ヴォオオオオオオオオッッッッ!!」

「来た! (しん)()過多による精神汚損は今、(かげ)()に無意識下での活動を可能にさせた!」

「なんだと!?」

 

 ()(おと)()はその場から大きく跳び退きつつ、高笑いを上げる。

 

「ははははは、(きみ)達は今、完全に勝ち目を失った! (かげ)()(しん)()は完全に限界を超えた! 結果どうなるか! 意識を失い、寝た切りになる? 違う! 意識を失った状態で、本能のままに暴れ回る状態となるのだ!」

 

 (かげ)()は状態を揺らしながらゆっくりと前傾し、(わたる)を睨み上げる。

 そして、そのまま周囲に向けて激しく放電した。

 

「ヴォアアアアアアアッッ!!」

「こいつ……確かに今までと様子が違う! 意識が無いのに戦いをやめないのか!」

「さあ、楽しくなってきたな二人共! (かげ)()を止めるには意識を奪うしか無いが、今の彼は意識が無い状態で暴れ回る! (いな)()(はや)意識という概念すら無い状態になったというべきか! つまり、彼を止めるには殺すしか無い! だが、出来るかな? 椿(つばき)(よう)()の大事な弟を、殺してでも止めようというのかな、(さき)(もり)(わたる)()()(きゆう)()!」

「くっ……!」

 

 (かげ)()は迅雷の様な(すさ)まじい速度で(わたる)に体当たりしてきた。

 

「ぐあっ!!」

 

 (わたる)は体に電流が(はし)ったような衝撃を受けて膝を突く。

 (かげ)()はまるで(らい)(てい)の様な速さで駐車場を(じゆう)(おう)()(じん)に動き回り、(わたる)に何度も突進攻撃を仕掛けてくる。

 

「ぐああああっっ!!」

「ほう、(かげ)()はまた一つ新たなる能力の扉を開いたらしいね。今の彼は雷そのものだ。(さき)(もり)(わたる)(いか)()(きみ)が力を付けたとはいえこの動きには付いて行けまい」

 

 (わたる)は雷霆と化した(かげ)()に成す術無く滅多打ちにされていた。

 これが強化された(かげ)()の力なのか。

 

(強い……! 今までとは次元が違う! この強さ、殺す気でやらなきゃこっちが()られる!)

 

 (わたる)は全神経を研ぎ澄まして(かげ)()の動きを直感的に読み取る。

 そして、第六感を信じて()()(しや)()に拳を繰り出した。

 拳は見事に(かげ)()の顔面を捉え、身体をホテルの壁まで吹き飛ばして(たた)()けた。

 

「こんなところで負けてるようじゃ、()(こと)に顔向けできないよな!」

 

 (わたる)は思い出す。

 帰国の直前に戦った皇族・(こま)()(かみ)(らん)()の手に負えなさはこの程度ではなかった。

 そしてその(こま)()(かみ)をも力でねじ伏せた()(こと)

 (わたる)は今まで、もっと(はる)かに強い者達を見てきたのだ。

 

「その通りだ、(さき)(もり)君」

 

 一方で()()も、()(おと)()の方へと再び向き直る。

 

「やることは何も変わらん。(かげ)()には()(そう)(がん)を飲ませる、()(おと)()はこの場で捕える。その為にも、(びやく)(だん)が戻って来るまで(おれ)達がやられる訳には行かん」

「そうですね、()()さん」

 

 (かげ)()は恐るべき状態になっているが、()(そう)(がん)(しん)()が失われれば()(すが)に止まらざるを得まい。

 (わたる)は立ち上がらんとする(かげ)()と、()()は距離を取る()(おと)()と、依然として対峙し続けていた。

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