日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十二話『本能』 破

 弓を引く八(や)社(おと)女(め)の姿は思いの外(ほか)絵になっていた。

 宛(さなが)ら、自称するように奈良時代から千二百年の時を生き、研(けん)鑽(さん)を積んだかのような出(い)で立(た)ちだ。

 

「根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)、今から君(きみ)に僕(ぼく)の武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)『須(す)彌(み)削(けずり)ノ(の)弓(ゆみ)』と『差(ざ)魅(み)魔(ま)ノ(の)矢(や)』の恐ろしさをとくと味わわせてやろう」

 

 根(ね)尾(お)は唯(ただ)ならぬ猛威を感じ取った。

 武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)に特殊な能力は無い。

 極めて強力な武器ではあれど、それ以上の付随効果は発揮しない。

 だが、根(ね)尾(お)は八(や)社(おと)女(め)のすることに大人しく手を拱(こまね)いていてはいけないような気がした。

 

(この構えはこれまでとは違う。一気に潰(つぶ)した方が良いな)

 

 根(ね)尾(お)は駆け出し、八(や)社(おと)女(め)との間合いを一気に詰めて肉薄した。

 一瞬のうちに八(や)社(おと)女(め)の眼前へと手を掛けんとする。

 しかし八(や)社(おと)女(め)も後転で素早く攻撃を躱(かわ)し、転がりながら矢を放った。

 根(ね)尾(お)は連射された矢を躱しながら八(や)社(おと)女(め)を追い掛ける。

 

「良い事を教えよう、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)。極まった基礎は無限の応用に繋(つな)がるのだ」

 

 八(や)社(おと)女(め)は根(ね)尾(お)から逃げながら、文字通り矢継ぎ早に射撃する。

 その間隔は機関銃よりも圧倒的に早い。

 先程とは打って変わって体勢も構えも無(む)茶(ちや)苦(く)茶(ちや)だが、狙いは根(ね)尾(お)の脳天や心臓へと正確に定められている。

 偏(ひとえ)にそれは、千年以上にも及ぶ鍛錬の成果なのだろう。

 

(恐ろしい数と精度だ。だが寧(むし)ろやり易(やす)い)

 

 根(ね)尾(お)は飛んで来る無数の矢を時に躱し、時に腕で払いながら、八(や)社(おと)女(め)に何度も掴(つか)み掛(か)かる。

 振るう腕が八(や)社(おと)女(め)の朝服を切り付けた。

 根(ね)尾(お)の動きが少しずつ八(や)社(おと)女(め)に追い付こうとしている。

 

「くっ、疾(はや)い……!」

 

 八(や)社(おと)女(め)は必死の形相で根(ね)尾(お)の追撃を躱しつつ、驚異的な体勢で矢を放ち続ける。

 最(も)早(はや)普段の人を食ったような薄笑いの面影など微(み)塵(じん)も残っていない。

 だが根(ね)尾(お)は少しずつ違和感を強めていた。

 

「これは……まさか!」

 

 根(ね)尾(お)は矢を腕で振り払った。

 根(ね)尾(お)の心臓を狙っていた三本の矢が纏(まと)めて圧(へ)し折(お)れる。

 この現象が何を意味するか――少しずつ、八(や)社(おと)女(め)の矢の間隔が短くなっているのだ。

 

(三本の矢が纏めて飛んで来ている。だが奴(やつ)は相変わらず一本ずつ矢を射ている。つまり奴の連射速度は、矢が数センチ飛ぶ程度の間隔まで短縮されている……!)

 

 そしてもう一つ、根(ね)尾(お)には違和感があった。

 根(ね)尾(お)は八(や)社(おと)女(め)に掴み掛からんと、相手の速度を上回ろうとしている。

 実際、紙一重の所で掴(つか)めそうになっている。

 だがしかし、逆に言えば一向に追い付けていない。

 

(俺(おれ)は速度を上げている。なのに未(いま)だ追い付けない。つまり、奴も加速している!)

 

 八(や)社(おと)女(め)が白い歯を見せて笑った。

 

「言っただろう? 僕(ぼく)の『穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)・美(み)地(ち)禍(か)神(がみ)』は神(しん)為(い)を増幅させることが出来る、と」

 

 八(や)社(おと)女(め)の動きは根(ね)尾(お)の周囲を残像で半球状に覆う程になっていた。

 そしてそんな状態で、八(や)社(おと)女(め)は過去最高の速度で連射する。

 根(ね)尾(お)の周囲、半球状の空間を「差(ざ)魅(み)魔(ま)ノ(の)矢(や)」が隙間無く埋め尽くしていた。

 

「ははははは、どんな気分だ、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)! 追ったつもりが、追い詰められて! 終わりだ!」

 

 八(や)社(おと)女(め)は勝利を確信したかの様に高笑いを上げた。

 無数の矢が根(ね)尾(お)の身体を貫く。

 しかし、根(ね)尾(お)にはもう一つの防御手段があった。

 矢が突き刺さる瞬間、根(ね)尾(お)の身体は泥になって崩れ落ちた。

 

「ちっ、その手があったか。つまらない防御手段だから忘れていたよ」

 

 根(ね)尾(お)の石化能力は相手だけを変化させるものではない。

 また、石の状態もある程度自由に設定することも出来る。

 これを応用することで、根(ね)尾(お)は自らの身体を泥化させて攻撃をやり過ごすことも可能なのだ。

 

 但し、自分を状態変化させるには危険も伴う。

 予(あらかじ)め解除を意識しておかなければ、石や泥になったまま元に戻らなくなってしまう。

 これは神(しん)為(い)を大幅に消耗してしまうので、あまり多用は出来ない。

 

「八(や)社(おと)女(め)、お前にはどうも言い訳癖が有るようだな。自分がミスしたときに、相手の程度が低すぎて想定出来なかったなどとほざく。それだからお前は何度もヘマをするんだ」

 

 八(や)社(おと)女(め)はそれ以上の矢を射てこない。

 どうやら今の攻撃で打ち止めになったらしい。

 それを見計らい、根(ね)尾(お)は身体の泥化が解除されて元の姿に戻った。

 実体化したのは八(や)社(おと)女(め)のまさに眼前だった。

 

「武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)の破壊は神(しん)為(い)を大幅に消耗する。そして、過剰な神(しん)為(い)は精神を蝕(むしば)むのならば、自分を強化するにも限度があるだろう。矢を番(つが)えないところを見ると、どうやら限界らしいな」

 

 武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)という遠距離攻撃の手段を失った八(や)社(おと)女(め)――ここから先は格闘戦を挑むしか無い。

 触れた相手を石化させる根(ね)尾(お)を相手にするのは非常に分が悪いだろう。

 勝負はほぼ決まった、かに思われた。

 しかし、八(や)社(おと)女(め)は再び口角を歪(ゆが)め上げた。

 

「莫(ば)迦(か)め! 君(きみ)も忘れているぞ!」

 

 八(や)社(おと)女(め)は素早い動きで根(ね)尾(お)の心臓目掛けて貫(ぬき)手(て)を放った。

 が、根(ね)尾(お)は簡単に手首を掴んで受け止めてしまう。

 

「立体駐車場で最初に会った時は素手だったな。つまり、お前は徒手格闘も出来る。だが、それがどうした? 弓の腕と比べればこの程度、大した事が無いのは織り込み済みだ。それを奥の手に取っておいたのなら間抜けとしか言い様が無いぞ」

「くっ……!」

 

 根(ね)尾(お)に掴まれた八(や)社(おと)女(め)の右腕が徐々に石化していく。

 あとはこのまま命じれば、八(や)社(おと)女(め)はもうその言葉に逆らえない。

 

「自爆はするなよ。石化はすぐに解除するが、その時には喋(しやべ)ってもらう。お前ら『神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)』とやらの正体と、何を企(たくら)んで暗躍し続けてきたのか、何から何まで全部だ。覚悟しろよ、良いな」

 

 根(ね)尾(お)は石化させる際に命じた言葉に相手を従わせることが出来る。

 発動条件は、命令の最後に相手へ念を押すこと。

 つまりこれで、八(や)社(おと)女(め)は石化した上に全てを吐かされることになる。

 だが八(や)社(おと)女(め)はここで予想外の行動に出た。

 

「ガァッッ!!」

 

 八(や)社(おと)女(め)は左の手刀で自らの右腕を肩から切り離した。

 血が大量に噴き出るが、石化は切られた腕だけに留(とど)まってしまう。

 そしてその様な大傷を負ったにも拘(かか)わらず、八(や)社(おと)女(め)は不敵な笑みを浮かべている。

 

「ふふふふふ、自爆による逃走は警戒していたみたいだけど、今のは自傷だからね。詰めが甘かったようだね」

 

 根(ね)尾(お)は八(や)社(おと)女(め)の石化した腕を投げ捨てた。

 対する八(や)社(おと)女(め)の右腕は、瞬く間に元通り再生した。

 通常、神(しん)為(い)に因(よ)る恢(かい)復(ふく)力でも欠損した四肢が生えることは無い。

 自爆しても生きていることといい、彼は明らかに神(しん)為(い)とは別形態の異様な力に頼っている。

 

「その異常な再生能力……。それも『穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)』とやらの力か?」

「ま、そんなところだね」

「歯切れが悪いな……。何か裏があるのか? どうやら完全な不死身という訳ではなさそうだ」

 

 

 根(ね)尾(お)は再び構えを取った。

 

「どちらにしろ、俺(おれ)はお前を再び石化させるだけだ。もう命令はしてしまったからな。ここから先は、神(しん)為(い)を大量に使い触れた一瞬で石化させる」

「フン、僕(ぼく)を追い詰めたつもりか?」

 

 八(や)社(おと)女(め)は再び高笑いを上げた。

 

「元々僕(ぼく)の本命は陰(かげ)斗(と)の方だ! 殺す訳にはいかない君(きみ)達には絶対に止められない、無限に強くなる不敗の戦士! 岬(さき)守(もり)航(わたる)もいつまで保(も)つかな?」

 

 二人の脇では航(わたる)が陰(かげ)斗(と)の突撃を躱し続けている。

 どうやら強化され続けた陰(かげ)斗(と)の速度を前に、攻撃を会わせる余裕が無くなってしまっているようだ。

 だが、根(ね)尾(お)の表情は揺るがない。

 

「やってくれるさ、岬(さき)守(もり)君はな。止める手段ならある」

「扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を焼き尽くされたのにか? 言っておくが、あれも僕(ぼく)の計算通りだよ」

 

 八(や)社(おと)女(め)は得意気に語り出す。

 

「まず、匿名の通報を装って君(きみ)達に椿(つばき)陽(よう)子(こ)の居場所を伝える。すると君(きみ)達は必ず確保に動く筈(はず)だ。必然、彼女は君(きみ)達の拠点へと連れて行かれる。そして陰(かげ)斗(と)には、姉の陽(よう)子(こ)の許(もと)へと一瞬で飛べる能力がある。これを使えば、君(きみ)達に対して確実に奇襲を掛けられる。更に、厄介な麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の身の危険を臭わせることで予(あらかじ)め分離しておく……」

「何!? 貴様ら、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)に何かしたのか!」

 

 久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の名を出された根(ね)尾(お)は心が揺れた。

 彼女に危険が迫っているとなれば、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が動くのは理解出来る。

 しかし八(や)社(おと)女(め)はそんな根(ね)尾(お)の焦燥を冷笑する様に答える。

 

「いいや、別に何もしていないよ。ただ少し、電話を貸してもらっただけさ。用が済んだら解放し、彼女はとっくに自由さ」

 

 言葉とは裏腹に、八(や)社(おと)女(め)の表情には悪意が滲(にじ)んでいた。

 わざわざ嘘(うそ)を吐くにしても、事実だとしても、狙いがわからない。

 

「ぐあっ!!」

 

 その時、脇で戦う航(わたる)が声を上げた。

 どうやら陰(かげ)斗(と)の攻撃が身体を掠(かす)めてしまったらしい。

 少しずつ、だが確実に分が悪くなっていた。

 

「ふふふ、この調子なら孰(いず)れ岬(さき)守(もり)航(わたる)は倒れるね。その気になれば陰(かげ)斗(と)を斃(たお)せはするんだろうが、殺す訳にもいかないよねえ。扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を飲ませたいけど、少なくともこの場には無い。扨(さ)て、困ったねえ……」

 

 八(や)社(おと)女(め)は悪辣な笑みを浮かべた。

 自らの戦いでは追い詰められている筈が、大局で勝ちを確信している、そんな笑みだ。

 だがその時、道路から暴走するワゴン車が駐車場に走り込んできた。

 

「根(ね)尾(お)さーん! お待たせしましたー!」

 

 白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)の運転するワゴン車である。

 彼女は法定速度を大幅に上回り、短時間でホテルと皇(すめらぎ)事務所を往復してきたのだ。

 ワゴン車は甲(かん)高(だか)いブレーキ音を上げて場内に停車した。

 運転席のサイドガラスが開き、興奮した表情の白(びやく)檀(だん)が顔を覗(のぞ)かせる。

 

「白(びやく)檀(だん)よくやった! 扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を岬(さき)守(もり)君に渡してくれ!」

「アイアイ!」

 

 車内の白(びやく)檀(だん)から小瓶が投げられる。

 航(わたる)は陰(かげ)斗(と)の突撃を躱しながら、飛んでそれを掴(つか)み取(と)った。

 

「ありがとうございます、白(びやく)檀(だん)さん!」

「どういたしまして! さあ、とっととその男をやっつけちゃってください!」

 

 陰(かげ)斗(と)が動きを止め、雄(お)叫(たけ)びを上げて更に神(しん)為(い)を高める。

 一刻も早く、彼に扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を飲ませなければならない。

 

「岬(さき)守(もり)君、頼んだぞ」

「ええ、やってやりますよ!」

 

 航(わたる)は陰(かげ)斗(と)と向き合った。

 戦いの決着は近い。

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