日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

313 / 399
第九十三話『枯死』 序

 時をやや遡(さかのぼ)る。

 街中で戦いを繰り広げる麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)と推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)だったが、形勢は一方的なまま変わらなかった。

 

「ぐっ……! はぁ、はぁ……」

 

 推(つき)城(しろ)は既に満(まん)身(しん)創(そう)痍(い)で、長(なが)槍(やり)を握る手にも力が入っていない。

 最(も)早(はや)勝敗は決したと言って良いだろう。

 否(いな)、それは最初から明らかだったかも知れない。

 

「もう一度訊(き)くわよ。久(く)住(ずみ)さんを何処(どこ)へやったの?」

 

 一方で、魅(み)琴(こと)の表情にも余裕は無い。

 戦いは完全に制している。

 だが、彼女は推(つき)城(しろ)の耐久力に不気味なものを感じていた。

 

「ふむ、口惜しいが仕方あるまい……」

 

 推(つき)城(しろ)は何かを決意したらしく、静かに構えを解いた。

 

「そんなに知りたいのなら教えてやろう、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の居場所をな」

「あら、突然素直になるのね」

「事情が変わったのでな。私(わたし)もまた、早々に別件へ向かわねばならんらしい」

 

 魅(み)琴(こと)は眼(め)に敵意を宿したまま、推(つき)城(しろ)に近付く。

 余計なことをしようものなら容赦無く叩(たた)くと、無言のうちにそう語っている。

 

「先(ま)ず久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の安否だが、我々はあの女に一切危害を加えてなどいないし、監禁や拘束などの行動制限も課してはいない。八(や)社(おと)女(め)はただ、あの女から電話を拝借して貴様に掛けただけだ。用が済めば素直に電話を返し、そしてそのまま行かせている」

「何をふざけたことを。そんな話を信用するとでも? 久(く)住(ずみ)さんが八(や)社(おと)女(め)にスマホを貸す訳が無いでしょう」

「ククク……」

 

 推(つき)城(しろ)は不気味に笑っている。

 魅(み)琴(こと)はそんな彼の態度が癇(かん)に障り、拳を振り上げた。

 

「おっと待て。流石(さすが)の私(わたし)もこれ以上貴様の拳を貰(もら)いたくはない。ここは拳を降ろして、話の続きを聴いてもらおうか」

「降ろさないから心して喋(しやべ)りなさい」

「八(や)社(おと)女(め)はな、一度久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)に取引を持ち掛けている。椿(つばき)陽(よう)子(こ)を道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)から解放する為(ため)の取引だ」

「取引?」

「知らなかったのか? 皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の政治生命に止めを刺すべく、秘書として見た不正行為を記者に暴(ばく)露(ろ)することだ」

 

 魅(み)琴(こと)の拳が推(つき)城(しろ)を殴り飛ばした。

 巨体の後頭部が途(と)轍(てつ)もない勢いで土瀝青(アスファルト)に叩(たた)き付(つ)けられ、凄(すさ)まじい衝突音が響く。

 

「ぐうう……!」

「次下らないことを言うようなら、そんな口は要らないわ。お前から聞くのは諦めて自力で探すことにするから」

「フン、まあ良いさ。肝心なのはあの女が今無事ということなのだからな」

「ならさっさと居場所を吐きなさい」

 

 魅(み)琴(こと)は推(つき)城(しろ)の髪を掴(つか)んで無(む)理(り)矢(や)理(り)立たせた。

 推(つき)城(しろ)は動じず、言葉を続ける。

 

「久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)は或(あ)る女との約束で、『金(かな)糸(り)雀(あ)』という喫茶店に向かっている。あの女が通っていた高校の近くらしい」

「喫茶店『金(かな)糸(り)雀(あ)』……」

「確かめるなら早く行った方が良いぞ。あの辺りには最近、奴(やつ)が潜んでいるからな」

「奴?」

「知れたこと、道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)よ」

 

 推(つき)城(しろ)は歪(ゆが)んだ笑みを浮かべた。

 

「道(どう)成(じよう)寺(じ)は今、潜伏先の付近で狼(ろう)藉(ぜき)を繰り返している。革命に必要な資金や根城、そして女を手に入れる為にな。そして、『金(かな)糸(り)雀(あ)』はまさにその危険区域にある。遭遇する可能性は大だ」

 

 魅(み)琴(こと)は瞠(どう)目(もく)し、推(つき)城(しろ)の身体を突き飛ばした。

 推(つき)城(しろ)から言葉以上の悪意を受け取っていた。

 彼の目的は自分の足止めだという。

 ならば、このまま素直に自分を行かせるだろうか。

 

 行かせた先にも二段構えの足止め策を講じ、次の刺客を用意しているのではないか。

 ならば久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)が道(どう)成(じよう)寺(じ)と遭遇するのは、可能性が大というよりも仕組まれた必然ではないのか。

 

「お前ら……!」

「助けたければ行くが良い。尤(もつと)も、それが貴様にとって賢明かは知らんがな。何せあの女は、貴様らを記者に売り飛ばす裏切り者なのだからな!」

「黙れ!」

 

 魅(み)琴(こと)は推(つき)城(しろ)を蹴り飛ばした。

 巨体が地を這(は)うボレーシュートの様に飛んで行き、ビルへと突き刺さる。

 彼女はそのまま背を向けて、推(つき)城(しろ)に目もくれずに再び駆け出した。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 時を戻す。

 満身創痍の推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)は、折れた長槍の柄で身体を支えながら歩いている。

 一歩一歩進む度に血が滴り落ちる姿は、八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)よりも遙(はる)かに弱っていた。

 

「おいおい推(つき)城(しろ)、手を貸してくれるのは有難いが、大丈夫なのか?」

「悪いが大丈夫ではないな。手を貸すと言っても形勢を逆転するのは到底無理だ。出来るのは精々、撤退を助けることくらいだろう。私(わたし)を麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)にぶつけたのは貴様なのだからな、そこは大目に見てもらおう」

 

 推(つき)城(しろ)は片膝を突いた。

 

「出来ればもう少し足止めしておきたかったがな。流石の私(わたし)も限界だった。そんな折、広(こう)目(もく)天(てん)から貴様が危ないとの報(しら)せが入ったから、もう一人の刺客の方へと誘導して此(こ)方(ちら)へ駆け付けたという訳だ」

「成程、賢明な判断だよ。実際、君(きみ)が来てくれていなかったら僕(ぼく)は石化させられ、全てを吐かされていただろう」

 

 八(や)社(おと)女(め)は推(つき)城(しろ)の方へと勢い良く駆け出した。

 が、岬(さき)守(もり)航(わたる)が咄(とつ)嗟(さ)に飛び付いて押し倒す。

 

「ぐっ、この凡夫が! 邪魔をするな!」

「狙いは見え透いているんだよ、八(や)社(おと)女(め)! 逃がして堪(たま)るか!」

 

 航(わたる)は八(や)社(おと)女(め)にしがみ付いたまま離さない。

 言葉通り、彼らがどうやってこの場を切り抜けようとしているのかは大方予想が付いている。

 

 今の状態の推(つき)城(しろ)が戦力にならないことは一目で解(わか)る。

 それは本人が誰よりも承知の筈(はず)だ。

 しかし、二人はこの場から逃れられると確信している。

 そして実際、彼らにはその手段があるだろう。

 

「岬(さき)守(もり)君、よくやったぞ。そのまま離すな」

「解っていますよ。根(ね)尾(お)さんは推(つき)城(しろ)を頼みます」

 

 根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)が推(つき)城(しろ)に一歩一歩迫る。

 

「推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)、お前のことも石化させてもらう。八(や)社(おと)女(め)の自爆は封じたが、お前にはそれが残されているからな」

「くっ……!」

 

 推(つき)城(しろ)は顔を顰(しか)めた。

 どうやら航(わたる)と根(ね)尾(お)の読みは当たっていたらしい。

 というより、二人して力を使い果たした神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)がこの場から逃げるには、どちらかが自爆するしかないだろう。

 

 しかし、その最後の手段も破られた。

 今度こそ二人は一巻の終わり、そう思われた。

 

『おやおや、御(お)二(ふた)人(り)共絶体絶命ではありませんか』

 

 その時だった。

 何処からともなく、更に別の男の声が聞こえたきた。

 

「今度は誰だ……?」

 

 声の方を見上げた航(わたる)は驚(きよう)愕(がく)に目を瞠(みは)った。

 そこには覚えのある光景があったからだ。

 目の前に立ち込める黒い靄(もや)を、航(わたる)は知っている。

 その闇の奥から、一人の男の頭部が浮き上がって来る。

 

「お前は……!」

 

 最初に闇から顕(あらわ)れたのは猫面だった。

 そして半身を乗り出すように、上半身から徐々にその全貌を見せていく。

 背の高い、軍服を着た猫面の男――航(わたる)はこの男に会ったことがある。

 

「久しい喃(のう)、岬(さき)守(もり)航(わたる)。あれからもう六年になるか……」

 

 仮面の下から老翁が狂気の眼を覗(のぞ)かせている。

 目の前に足を着けた男は、嘗(かつ)て航(わたる)の高校を襲ったテロリスト「崇(す)神(じん)會(かい)廻(かい)天(てん)派(は)」の中心人物の一人で、仲間を裏切って唯(ただ)一人あの場を立ち去った「猫面の男」に他ならなかった。

 

「岬(さき)守(もり)さん、そのまま伏せていてください!」

 

 白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)が老翁に向けて右手を突き出している。

 彼女の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)は、空気を揺らして催眠効果を持つ「音」を作り出して幻惑するのが主な能力だが、応用すれば音波による破壊圧を相手に向けることも可能なのだ。

 その猛威が老翁に襲い掛かる。

 だが彼は一瞬にして姿を眩(くら)まし、白(びやく)檀(だん)の背後に回り込んでいた。

 

「話にならん喃(のう)」

 

 老翁は白(びやく)檀(だん)を激しく蹴り飛ばす。

 彼女は航(わたる)の脇に倒れ込んだ。

 そして同時に航(わたる)も気が付く。

 いつの間にか、航(わたる)の腕から八(や)社(おと)女(め)の身体が抜け出していた。

 

「ふう、一時はどうなることかと思ったよ」

 

 八(や)社(おと)女(め)は老翁と隣り合って立っていた。

 更にその脇には推(つき)城(しろ)も控えている。

 この男もまた神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の一員だと航(わたる)も根(ね)尾(お)もすぐに理解した。

 そして、その正体も。

 

「貴様……『持(じ)国(こく)天(てん)』、鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)か……」

「ヒヒヒ……」

 

 老翁は甲(かん)高(だか)い笑い声を漏らした。

 六年前に航(わたる)が襲われた時と同じ、腐った性根が軋(きし)むような声だ。

 

「お前は儂(わし)の曾(ひ)孫(まご)の一人じゃな? 如(い)何(か)にも儂(わし)は嘗て鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)を名乗っていた男じゃ。しかし、今の儂(わし)は媛(ひめ)様(さま)より別の名を賜っておる」

 

 魔(ま)除(よ)けの紋章が記された手袋が猫面を掴み、自身の顔から剥(は)ぎ取(と)った。

 仮面の裏から顕れた老翁の顔には、確かに嘗て麗(うる)真(ま)家に飾られていた鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)の面影がある。

 

「今の儂(わし)の名は『閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)』。閏(うるう)年の閏(うる)に、門構えに月の閒(ま)、三(みつ)入(なり)は三(さん)に入(はい)ると書く」

「閏(うる)閒(ま)……三(みつ)入(なり)……」

 

 航(わたる)は閏(うる)閒(ま)の顔をまじまじと見詰めながら、白(びやく)檀(だん)を抱えて立ち上がった。

 この男こそが麗(うる)真(ま)家の宿命の元凶、つまり麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)を死地へと追(お)い遣(や)った張本人だ。

 そう思うと、航(わたる)の腹の底が沸々と煮えてくる。

 険しい表情で閏(うる)閒(ま)を睨(にら)む根(ね)尾(お)も概(おおむ)ね同じ思いだろう。

 

 一方、閏(うる)閒(ま)はそんな二人を嘲(あざけ)るような視線を返している。

 それでいて、眼には憎(ぞう)悪(お)の焔(ほのお)が宿っている。

 

「全く、今更になって儂(わし)らのことを嗅ぎ回(めぐ)りおって。鬱(うつ)陶(とう)しいことこの上無い。それに、まさか増(ぞう)長(じよう)天(てん)様と多(た)聞(もん)天(てん)様まで追い詰められるとは……。我が不肖の息子は随分と面倒な禍(か)根(こん)を残してくれたものじゃ」

 

 だが言葉とは裏腹に、閏(うる)閒(ま)は口角を歪み上げた。

 邪で、攻撃的な、悪意に満ちた笑みである。

 

「そこまで知りたいならば教えてやろうか? 我々が何処から来て、何処へ行こうとしているのか……」

「何?」

 

 閏(うる)閒(ま)の意外な言葉に、航(わたる)と根(ね)尾(お)は思わず身構えた。

 驚きを禁じ得なかった二人であるが、それは相手側の八(や)社(おと)女(め)や推(つき)城(しろ)も同じらしい。

 

「聞き間違えかな? 僕(ぼく)達のことをわざわざ教えようとしていると聞こえたが……?」

「なんのつもりだ、持(じ)国(こく)天(てん)」

「媛(ひめ)様(さま)の意思じゃよ」

 

 八(や)社(おと)女(め)と推(つき)城(しろ)は顔を顰めたが、それ以上は口を噤(つぐ)んだ。

 閏(うる)閒(ま)が出した「媛(ひめ)様(さま)」という言葉が二人を制したのだろう。

 不穏な静寂が辺りに拡(ひろ)がる中、閏(うる)閒(ま)は続ける。

 

「媛(ひめ)様(さま)……広(こう)目(もく)天(てん)様は仰(おつしや)った。我らの悲願は成(じよう)就(じゆ)の時を迎えようとしている。帝(みかど)に連なる者共を根(ね)之(の)堅(かた)洲(す)國(くに)へと誘い、葦(あし)原(わらの)中(なかつ)國(くに)の大地を土(つち)蜘(ぐ)蛛(も)で覆い尽くし、我ら『朝敵』の樂(らく)園(えん)が来たると。その前に、滅び行く者共には自分が何者に滅ぼされるのかを知り、後悔と絶望を味わわせてやるのが面白い、と喃(のう)……」

 

 閏(うる)閒(ま)は悍(おぞ)ましい笑い声を漏らし始めた。

 

「御二人をここまで追い詰めた褒美じゃ。貴様らに我ら『神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)』の何たるか、しかと教えて進ぜよう」

 

 不気味に淀(よど)む空の下で今、恐るべき真実が明かされようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。