公爵家嫡男・道成寺公郎は幼少期、不思議な力を持っていたことで、神の使いとして国中から持て囃された。
しかし青年期には、当時の皇室に後の神皇・畔宮大智が同じような力を持って生まれたことで、彼はすっかり過去の人物となってしまっていた。
彼が後に弑逆の革命へと至った立志伝には、この原体験によって生まれた対抗意識が根本にあった。
長年の同志であった久地縄穂純ですら、最期までその本心には気付かなかった。
それ故に、道成寺は神皇を激しく憎み続けたのだ。
革命後に大智を虐待したことも、処刑に銀の弾丸を使おうとしたことも、全てはその憎悪が根源にあってのことだった。
今、道成寺太は時空を超えて巡り会った。
違う世界の日本国で対峙しているのは、彼と同じ様に神皇を斃すことに全てを懸けた戦乙女・麗真魅琴である。
穢詛禍終の力が憎悪と狂気のままに巨大な闇を増幅させ、全てを呑み込もうとしている。
「能く能く考えてもみたまえよ、麗真魅琴」
道成寺は「くの字型」の大剣を土瀝青に突き刺した。
首と肩を回し、指の関節を鳴らすその姿――どうやら素手で戦おうというらしい。
「この国を、明治日本を皇國から守ったのは誰だね? それは君でも岬守航でもない。政府でも自衛隊とやらでもない。風一つ拭かせられない神々でもないし、況してや神皇と比べて遙かに無力な君達の帝『天皇』とやらは最初からお呼びではあるまい。誰よりも偉大だったこの国の守護者は誰だったのか……。それはね、この我輩・道成寺太だ!」
魅琴は、勝ち誇る様に自らを親指で差す道成寺を、黙ったまま睨み付けている。
「この我輩が、武装戦隊・狼ノ牙が主導した連合革命軍による八月革命運動があったからこそ、皇國は明治日本との戦争を継続出来なくなった! 君や君の周りがしてきたことなど、所詮は徒労・犬死に過ぎなかったのだよ! そんな無駄な努力で神為を使い果たし未だ回復せず、更には弱体化した為体でこの我輩に挑むというのかね? 片腹痛い!」
勝ち誇る道成寺に対し、魅琴は溜息を吐いた。
「やれやれ、火事場泥棒に入っておいて手ぶらで引き下がるような、屍肉に群がる蛆虫にも劣る分際でよくも囀る。御託は良いからさっさと掛かって来い」
魅琴の返答に応じるが如く、道成寺は顔に貼り付けた歪んだ笑みを害意に変える。
一九〇糎の長身が一六六センチの魅琴を見下ろすその顔にはどす黒い影が宿っていた。
「君はある意味幸運だ。神為が使えない相手には我輩の能力の殆どが意味を成さないからね。しかしそんな君のことも孕み袋としては有効活用してやるから安心し給えよ」
道成寺は構えを取った。
彼が会得している格闘術「椿流剛体術」の構えだ。
「そして神為が使えない相手に武装神為を使うのも余りにも無体というもの。ここは一つ、我輩も鍛えた己の五体、格闘術のみで相手をしようではないかね! 感謝し給え!」
道成寺の拳が魅琴に襲い掛かる。
稲光の閃きが如き、目にも留まらぬ速さだ。
元々も身体能力に加え、穢詛禍終で大幅に増強された神為が重なった結果である。
『爆拳斧肘撃・椿』
軌道の小さい拳と肘打ち、刹那にも満たぬ二連撃だ。
魅琴は微動だにせず、道成寺の奥義を蟀谷へと真面に喰らった。
「ハッハッハァーッ! 反応すら出来ぬとは何たる様だ! だがこんなものはまだまだ序の口なのだよ!」
道成寺は体を振り子の様に揺さぶり、左右交互に魅琴へと「爆拳斧肘撃・椿」を叩き込む。
「どうだっ! 椿流剛体術を極めし我輩にとって、奥義すらも小技の一つに過ぎん! このまま君が斃れ、骸と化すまで撃ち続けることも出来る! 打撃地獄をとくと味わい給え!」
全ての拳が魅琴の蟀谷に、頬に、鼻っ柱に、顎先に炸裂していた。
道成寺は駄目押しとばかりに両腕を振り上げ、魅琴の頭上で組み合わせる。
『爆肘鉞拳撃・榎』
関節を外し、両肘と両拳の二連撃。
先程の奥義と同じ原理を利用し、重力まで上乗せした第二の奥義が魅琴の脳天に炸裂した。
「おやおや、手も足も出ないといった様相だねぇ。まあこの我輩の奥義をこれだけ喰らって崩れないその体幹だけは褒めてやろう」
道成寺は節榑立った手で魅琴の髪を鷲掴みにした。
そして、顔面へと向けて膝を振り上げる。
『爆膝鎌蹴撃・楸』
膝と脚の二連蹴り、第三の奥義である。
筋力で腕の六倍にもなる脚を使ったその威力はこれまでの二つとは比較にならない。
そして更に、道成寺は技を繰り出そうと跳び上がる。
下から膝、そして上から脛が挟み撃ちで襲い掛かる。
『大爆裂鋏蹴撃・柊』
膝と脚、脚と踵の二連撃が魅琴の顎と脳天を挟み撃ちにして振り抜かれた。
全身の膂力を使い、刹那の二連撃を二発、頭蓋骨を破壊と脳への振動を二箇所から重ね掛ける恐るべき技だ。
その威力、極めれば神為無くとも恐竜を斃すと讃えられた、椿流剛体術の最終奥義である。
怒濤の攻撃の全てを顔面へと真面に受けた魅琴は、外方を向いて俯いていた。
道成寺は勝ち誇りながら、蹴り終えた足で地面を踏み締める。
「フハハハハ! 弱いっ、弱過ぎるねえっ! これが神皇を相手に満身創痍となった者と、死に追い遣った者の実力差というものだろう!」
凄惨な事故に続き、暴力の応酬。
突如として残虐の現場となった銀杏並木通りに集まった野次馬達は皆表情を強張らせていた。
唯一人、道成寺だけが歪んだ笑みを貼り付けたまま、魅琴に節榑立った手を延ばす。
「おっと、いかんいかん。つい調子に乗って顔ばかり打ってしまったね。これでは折角の美人が台無し……」
だが、顔を上げた魅琴を前に道成寺もまた表情を凍り付かせた。
彼女の顔には傷一つどころか表情に一分の乱れも認められなかった。
ただそのまま、塵を見る眼をしたまま道成寺を冷たく見上げている。
「なん……だと……?」
道成寺は驚愕した。
椿流剛体術の奥義を一撃でも生身で喰らって、無傷などあり得ない。
しかし、彼には未だ余裕があった。
前述の状況では、道成寺も如何に奥義といえど本気で放ってなどいなかったのだ。
「紳士的に手加減してやれば澄ましおって。ならば今度こそ、本気の本気というものをお見舞いしてやろうではないかね! 四つの奥義から我輩が独自に組み上げた、椿流剛体術の究極最終奥義『爆滅連弾撃・櫪』を!」
道成寺は再び拳を振るい、左右で「爆拳斧肘撃・椿」を繰り出す。
魅琴の両頬を刹那の連撃が打ち上げた。
更にその流れで振り上げられた拳が、頭上で組み上げられて振り下ろされる。
今度は「爆肘鉞拳撃・榎」を上から一発、下から一発。
「ハッハッハァー! 今度は先程と訳が違うぞ! 動きの流れの中で反動が生まれ、後に繰り出された技に威力が上乗せされる! 次に繰り出される技は、これまで出された技の全ての破壊力が加わっているのだ! 同じ技なら倍! 高威力の技ならばそれ以上の脅威が襲い掛かるという訳だ!」
奇しくもそれは、魅琴の術識神為と同じ原理である。
そして道成寺がこの技を編み出した目的もまた同じであった。
続け様に、道成寺の二発の蹴り「爆膝鎌蹴撃・楸」が魅琴を打ち付ける。
単純計算で、一発目の蹴りは初撃の拳の二十四倍、二発目に至っては四十八倍の威力が計上される見込みだ。
「そしてェッ! 最後の『大爆裂鋏蹴撃・柊』に至っては百倍を超える! 神皇を斃す為に練り上げた我輩の究極技! たかが小娘がその身に受けることを光栄に思いながら、襤褸雑巾になり給え!」
恐るべき殺人奥義の全てが魅琴に浴びせられた。
道成寺は勝ち誇った表情で、再び大地を踏み締めようとする。
だがその時、彼は着地に失敗して尻餅を搗いてしまった。
「え……?」
道成寺は驚いて自らの手足を見る。
彼の四肢は悉くあり得ない方向に曲がってしまっていた。
「あえっ!? アイエエエエッッ!?」
事態を飲み込めない道成寺は、痛みよりも困惑から悲鳴を上げた。
しかし、理屈は極めて簡単である。
全く鍛えていない素人が、分不相応な力で岩を殴った場合どうなるか。
答えは、拳が砕ける。
「口程にも無い……。どうしてこんな雑魚に限って、私から大切なものを奪っていくのか……」
魅琴の顔に逆光による影が差し、彼女の内なる憤怒を黒く色付けていた。
静かな口調とは裏腹に、その出で立ちは尾を踏まれた虎、逆鱗に触れられた龍を彷彿とさせる。
何処までも冷厳な視線が、神為に依る四肢の修復を待つ道成寺を遙かなる高みから見下ろしていた。
「武装戦隊・狼ノ牙は八卦衆、嘗ての八首は頭一つを残すのみ。狼を騙りし禽獣はその本性を現した……」
魅琴は目下の道成寺に対し、処刑を宣告する様に語る。
「私は怒れる狩人の荒魂。八洲に降り立ち、悪しき大蛇を膺懲する者。麗真の血に流るる大和の誇りに懸け、お前の命運を完全抹殺する」
激しく歯噛みする道成寺に対し、魅琴は静かな冷酷さを纏って言い放った。