日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十五話『狩猟日』 序

 公爵家嫡男・道(どう)成(じよう)寺(じ)公(きみ)郎(お)は幼少期、不思議な力を持っていたことで、神の使いとして国中から持(も)て囃(はや)された。

 しかし青年期には、当時の皇室に後の神(じん)皇(のう)・畔(ほとり)宮(のみや)大(ひろ)智(とも)が同じような力を持って生まれたことで、彼はすっかり過去の人物となってしまっていた。

 

 彼が後に弑(しい)逆(ぎやく)の革命へと至った立志伝には、この原体験によって生まれた対抗意識が根本にあった。

 長年の同志であった久(く)地(ち)縄(なわ)穂(ほ)純(ずみ)ですら、最(さい)期(ご)までその本心には気付かなかった。

 それ故に、道(どう)成(じよう)寺(じ)は神(じん)皇(のう)を激しく憎み続けたのだ。

 革命後に大(ひろ)智(とも)を虐待したことも、処刑に銀の弾丸を使おうとしたことも、全てはその憎(ぞう)悪(お)が根源にあってのことだった。

 

 今、道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)は時空を超えて巡り会った。

 違う世界の日本国で対(たい)峙(じ)しているのは、彼と同じ様に神(じん)皇(のう)を斃(たお)すことに全てを懸けた戦乙女・麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)である。

 穢(え)詛(そま)禍(が)終(つひ)の力が憎悪と狂気のままに巨大な闇を増幅させ、全てを呑(の)み込(こ)もうとしている。

 

「能(よ)く能く考えてもみたまえよ、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は「くの字型」の大剣を土瀝青(アスファルト)に突き刺した。

 首と肩を回し、指の関節を鳴らすその姿――どうやら素手で戦おうというらしい。

 

「この国を、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)を皇(こう)國(こく)から守ったのは誰だね? それは君(きみ)でも岬(さき)守(もり)航(わたる)でもない。政府でも自衛隊とやらでもない。風一つ拭かせられない神々でもないし、況(ま)してや神(じん)皇(のう)と比べて遙(はる)かに無力な君(きみ)達の帝(みかど)『天皇』とやらは最初からお呼びではあるまい。誰よりも偉大だったこの国の守護者は誰だったのか……。それはね、この我輩・道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)だ!」

 

 魅(み)琴(こと)は、勝ち誇る様に自らを親指で差す道(どう)成(じよう)寺(じ)を、黙ったまま睨(にら)み付(つ)けている。

 

「この我輩が、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が主導した連合革命軍による八月革命運動があったからこそ、皇(こう)國(こく)は明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)との戦争を継続出来なくなった! 君(きみ)や君(きみ)の周りがしてきたことなど、所詮は徒労・犬(いぬ)死(じに)に過ぎなかったのだよ! そんな無駄な努力で神(しん)為(い)を使い果たし未(いま)だ回復せず、更には弱体化した為体(ていたらく)でこの我輩に挑むというのかね? 片腹痛い!」

 

 勝ち誇る道(どう)成(じよう)寺(じ)に対し、魅(み)琴(こと)は溜息を吐いた。

 

「やれやれ、火事場泥棒に入っておいて手ぶらで引き下がるような、屍肉に群がる蛆(うじ)虫(むし)にも劣る分際でよくも囀(さえず)る。御託は良いからさっさと掛かって来い」

 

 魅(み)琴(こと)の返答に応じるが如く、道(どう)成(じよう)寺(じ)は顔に貼り付けた歪(ゆが)んだ笑みを害意に変える。

 一九〇糎(センチ)の長身が一六六センチの魅(み)琴(こと)を見下ろすその顔にはどす黒い影が宿っていた。

 

「君(きみ)はある意味幸運だ。神(しん)為(い)が使えない相手には我輩の能力の殆(ほとん)どが意味を成さないからね。しかしそんな君(きみ)のことも孕(はら)み袋としては有効活用してやるから安心し給(たま)えよ」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は構えを取った。

 彼が会(え)得(とく)している格闘術「椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)」の構えだ。

 

「そして神(しん)為(い)が使えない相手に武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)を使うのも余りにも無体というもの。ここは一つ、我輩も鍛えた己の五体、格闘術のみで相手をしようではないかね! 感謝し給え!」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の拳が魅(み)琴(こと)に襲い掛かる。

 稲光の閃(ひらめ)きが如き、目にも留(とど)まらぬ速さだ。

 元々も身体能力に加え、穢(え)詛(そま)禍(が)終(つひ)で大幅に増強された神(しん)為(い)が重なった結果である。

 

『爆(ばっ)拳(けん)斧(ふ)肘(ちゅう)撃(げき)・椿(つばき)』

 

 軌道の小さい拳と肘打ち、刹那にも満たぬ二連撃だ。

 魅(み)琴(こと)は微動だにせず、道(どう)成(じよう)寺(じ)の奥義を蟀谷(こめかみ)へと真(まと)面(も)に喰(く)らった。

 

「ハッハッハァーッ! 反応すら出来ぬとは何たる様(ざま)だ! だがこんなものはまだまだ序の口なのだよ!」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は体を振り子の様に揺さぶり、左右交互に魅(み)琴(こと)へと「爆(ばっ)拳(けん)斧(ふ)肘(ちゅう)撃(げき)・椿(つばき)」を叩(たた)き込(こ)む。

 

「どうだっ! 椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)を極めし我輩にとって、奥義すらも小技の一つに過ぎん! このまま君(きみ)が斃(たお)れ、骸(むくろ)と化すまで撃ち続けることも出来る! 打撃地獄をとくと味わい給え!」

 

 全ての拳が魅(み)琴(こと)の蟀谷(こめかみ)に、頬(ほお)に、鼻っ柱に、顎先に炸(さく)裂(れつ)していた。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は駄目押しとばかりに両腕を振り上げ、魅(み)琴(こと)の頭上で組み合わせる。

 

『爆(ばく)肘(ちゅう)鉞(えっ)拳(けん)撃(げき)・榎(えのき)』

 

 関節を外し、両肘と両拳の二連撃。

 先程の奥義と同じ原理を利用し、重力まで上乗せした第二の奥義が魅(み)琴(こと)の脳天に炸裂した。

 

「おやおや、手も足も出ないといった様相だねぇ。まあこの我輩の奥義をこれだけ喰らって崩れないその体幹だけは褒めてやろう」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は節(ふし)榑(くれ)立(だ)った手で魅(み)琴(こと)の髪を鷲(わし)掴(づか)みにした。

 そして、顔面へと向けて膝を振り上げる。

 

『爆(ばく)膝(しつ)鎌(れん)蹴(しゅう)撃(げき)・楸(ひさぎ)』

 

 膝と脚の二連蹴り、第三の奥義である。

 筋力で腕の六倍にもなる脚を使ったその威力はこれまでの二つとは比較にならない。

 そして更に、道(どう)成(じよう)寺(じ)は技を繰り出そうと跳び上がる。

 下から膝、そして上から脛(すね)が挟み撃ちで襲い掛かる。

 

『大(だい)爆(ばく)裂(れつ)鋏(きょう)蹴(しゅう)撃(げき)・柊(ひいらぎ)』

 

 膝と脚、脚と踵(かかと)の二連撃が魅(み)琴(こと)の顎と脳天を挟み撃ちにして振り抜かれた。

 全身の膂(りよ)力(りよく)を使い、刹那の二連撃を二発、頭(ず)蓋(がい)骨(こつ)を破壊と脳への振動を二箇所から重ね掛ける恐るべき技だ。

 その威力、極めれば神(しん)為(い)無くとも恐竜を斃すと讃(たた)えられた、椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)の最終奥義である。

 

 怒(ど)濤(とう)の攻撃の全てを顔面へと真(まと)面(も)に受けた魅(み)琴(こと)は、外(そっ)方(ぽ)を向いて俯(うつむ)いていた。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は勝ち誇りながら、蹴り終えた足で地面を踏み締める。

 

「フハハハハ! 弱いっ、弱過ぎるねえっ! これが神(じん)皇(のう)を相手に満(まん)身(しん)創(そう)痍(い)となった者と、死に追(お)い遣(や)った者の実力差というものだろう!」

 

 凄惨な事故に続き、暴力の応酬。

 突如として残虐の現場となった銀杏(いちよう)並(なみ)木(き)通りに集まった野(や)次(じ)馬(うま)達は皆表情を強(こわ)張(ば)らせていた。

 唯一人、道(どう)成(じよう)寺(じ)だけが歪んだ笑みを貼り付けたまま、魅(み)琴(こと)に節榑立った手を延ばす。

 

「おっと、いかんいかん。つい調子に乗って顔ばかり打ってしまったね。これでは折(せつ)角(かく)の美人が台無し……」

 

 だが、顔を上げた魅(み)琴(こと)を前に道(どう)成(じよう)寺(じ)もまた表情を凍り付かせた。

 彼女の顔には傷一つどころか表情に一分の乱れも認められなかった。

 ただそのまま、塵(ごみ)を見る眼(め)をしたまま道(どう)成(じよう)寺(じ)を冷たく見上げている。

 

「なん……だと……?」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は驚(きよう)愕(がく)した。

 椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)の奥義を一撃でも生身で喰らって、無傷などあり得ない。

 しかし、彼には未だ余裕があった。

 前述の状況では、道(どう)成(じよう)寺(じ)も如(い)何(か)に奥義といえど本気で放ってなどいなかったのだ。

 

「紳士的に手加減してやれば澄ましおって。ならば今度こそ、本気の本気というものをお見舞いしてやろうではないかね! 四つの奥義から我輩が独自に組み上げた、椿(つばき)流(りゆう)剛(ごう)体(たい)術(じゆつ)の究極最終奥義『爆(ばく)滅(めつ)連(れん)弾(だん)撃(げき)・櫪(くぬぎ)』を!」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は再び拳を振るい、左右で「爆(ばっ)拳(けん)斧(ふ)肘(ちゅう)撃(げき)・椿(つばき)」を繰り出す。

 魅(み)琴(こと)の両頬を刹那の連撃が打ち上げた。

 更にその流れで振り上げられた拳が、頭上で組み上げられて振り下ろされる。

 今度は「爆(ばく)肘(ちゅう)鉞(えっ)拳(けん)撃(げき)・榎(えのき)」を上から一発、下から一発。

 

「ハッハッハァー! 今度は先程と訳が違うぞ! 動きの流れの中で反動が生まれ、後に繰り出された技に威力が上乗せされる! 次に繰り出される技は、これまで出された技の全ての破壊力が加わっているのだ! 同じ技なら倍! 高威力の技ならばそれ以上の脅威が襲い掛かるという訳だ!」

 

 奇(く)しくもそれは、魅(み)琴(こと)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)と同じ原理である。

 そして道(どう)成(じよう)寺(じ)がこの技を編み出した目的もまた同じであった。

 続け様に、道(どう)成(じよう)寺(じ)の二発の蹴り「爆(ばく)膝(しつ)鎌(れん)蹴(しゅう)撃(げき)・楸(ひさぎ)」が魅(み)琴(こと)を打ち付ける。

 単純計算で、一発目の蹴りは初撃の拳の二十四倍、二発目に至っては四十八倍の威力が計上される見込みだ。

 

「そしてェッ! 最後の『大(だい)爆(ばく)裂(れつ)鋏(きょう)蹴(しゅう)撃(げき)・柊(ひいらぎ)』に至っては百倍を超える! 神(じん)皇(のう)を斃す為(ため)に練り上げた我輩の究極技! たかが小娘がその身に受けることを光栄に思いながら、襤(ぼ)褸(ろ)雑(ぞう)巾(きん)になり給え!」

 

 恐るべき殺人奥義の全てが魅(み)琴(こと)に浴びせられた。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は勝ち誇った表情で、再び大地を踏み締めようとする。

 だがその時、彼は着地に失敗して尻餅を搗(つ)いてしまった。

 

「え……?」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は驚いて自らの手足を見る。

 彼の四肢は悉(ことごと)くあり得ない方向に曲がってしまっていた。

 

「あえっ!? アイエエエエッッ!?」

 

 事態を飲み込めない道(どう)成(じよう)寺(じ)は、痛みよりも困惑から悲鳴を上げた。

 しかし、理屈は極めて簡単である。

 全く鍛えていない素人が、分不相応な力で岩を殴った場合どうなるか。

 答えは、拳が砕ける。

 

「口程にも無い……。どうしてこんな雑魚(ざこ)に限って、私(わたし)から大切なものを奪っていくのか……」

 

 魅(み)琴(こと)の顔に逆光による影が差し、彼女の内なる憤怒を黒く色付けていた。

 静かな口調とは裏腹に、その出(い)で立(た)ちは尾を踏まれた虎、逆(げき)鱗(りん)に触れられた龍(りゆう)を彷(ほう)彿(ふつ)とさせる。

 何処(どこ)までも冷厳な視線が、神(しん)為(い)に依(よ)る四肢の修復を待つ道(どう)成(じよう)寺(じ)を遙かなる高みから見下ろしていた。

 

「武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は八(はっ)卦(け)衆(しゅう)、嘗(かつ)ての八(やつ)首(くび)は頭一つを残すのみ。狼(おおかみ)を騙(かた)りし禽(きん)獣(じゆう)はその本性を現した……」

 

 魅(み)琴(こと)は目下の道(どう)成(じよう)寺(じ)に対し、処刑を宣告する様に語る。

 

「私(わたし)は怒れる狩(か)人(りゆうど)の荒(あら)魂(みたま)。八(や)洲(しま)に降り立ち、悪しき大蛇(おろち)を膺(よう)懲(ちょう)する者。麗(うる)真(ま)の血に流るる大和(やまと)の誇りに懸け、お前の命運を完全抹殺する」

 

 激しく歯(は)噛(が)みする道(どう)成(じよう)寺(じ)に対し、魅(み)琴(こと)は静かな冷酷さを纏(まと)って言い放った。

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