何処かの闇の中、四人が円卓を囲んでいる。
「三人ともお疲れ様。不甲斐無い結果に終わったわねぇ……」
貴龍院皓雪が仲間の男三人に言葉を掛ける。
両隣の八社女征一千と推城朔馬はばつが悪そうに顔を逸らしていた。
「まだあの男、武装戦隊・狼ノ牙の首領Дこと道成寺太が残っておりますが?」
正面の老翁、閏閒三入が恍けた様子で疑問を呈した。
八社女が溜息を吐いて答える。
「無理だよ。麗真魅琴は格が違う」
「しかし、多聞天様との交戦で弱体化させたのでは?」
今度は推城が鼻を鳴らした。
「焼け石に水だ。確かに私の穢詛禍終『魔祟楼』には、領域内に入った相手に様々な悪影響を与える。身体能力の減少もその一つだ。私は麗真魅琴との戦いの中、常に穢詛禍終の領域に捕え続けた。が、それであの女がどうにかなるなら、抑も私が負けはせん」
「そうねぇ。例えば、仮に相手が瀕死の状態まで弱っていたとしても、蟻が恐竜に勝つことは不可能だものぉ。現にほらぁ、道成寺の見せ場は終わりみたいよぉ」
相変わらず貴龍院は「広目天」の異名に違わず、尋常ならざる眼で何かを見ているらしい。
一方、八社女と推城は興味無さげである。
「まあ、我々は次の策に集中しましょうか喃……」
暗闇の中、四人は尚も陰謀を巡らせる。
⦿⦿⦿
道成寺は穢詛禍終によって大幅に神為を増幅させている。
従って、自損した四肢が修復するのもそう時間は掛からなかった。
その間、魅琴は何もせずに唯彼を見下ろしていた。
「自分に酔い痴れて何をほざいているのかね、神皇を殺し切れなかった半端者の分際で」
道成寺は寝た姿勢から勢い良く跳ね上がって立ち上がった。
魅琴は絶好の機を逸したことになる。
「我輩が国の為などと言付けのまま命を棄てる真性の狗に負ける訳が無いだろう!」
しかし、道成寺の目の前に魅琴は居なかった。
既に彼女は跳び上がり、月面宙返りの要領で体を捻りながら回転していた。
そしてその勢いのまま、道成寺の肩へと回転蹴りを振り下ろす。
爆ぜる様な炸裂音と共に、魅琴の足が道成寺の左鎖骨を粉砕し、肉に減り込む。
「ぴギャアアアアアアッッ!?」
更に魅琴は、追撃の回し蹴りを道成寺の右上腕に喰らわせた。
道成寺の体は破裂した爆弾の破片が弾ける様に吹き飛ばされ、車線とは反対側の壁に減り込んだ。
魅琴は道成寺を追い掛け、壁からはみ出ていた足首を掴んで引っ張り出すと、片腕で持ち上げて頭上から地面へと叩き付けた。
激突と同時に周囲を大きな揺れが襲い、銀杏の葉が散り落ちる。
「ギャバアアアアアアッッ!!」
道成寺は悶絶躄地の醜態を晒して悲鳴を上げる。
魅琴の常軌を逸した膂力は単なる蹴りや無造作な投げでも驚天動地の破壊力を誇り、更に彼女は力をそのまま相手の苦痛として伝える術も熟知している。
道成寺が虫螻蛄の様に転げ回るのも無理からぬことであった。
「ほ、骨がぁぁ……! 全身の骨が、肉が、内臓がぁぁ……!」
「ピーピー喚くな。すぐ治る癖に」
魅琴は冷たく言い放つと、倒れ伏した道成寺を何度も力強く踏み付ける。
踏み付ける毎に地震が起こって野次馬の悲鳴を呼ぶが、直接被害を受けている道成寺はその全てを打ち消す程に悲痛な大声で喚き散らしていた。
「グギャアアアアアッッ!! ゲギャアアアアアアッッ!! オギャアアアアアアッッ!!」
「五月蠅い、黙れよ」
悲鳴を上げる道成寺の頭が踏み付けられ、顔面が土瀝青に埋め込まれた。
魅琴は揺れが収まるのを待ち、道成寺の髪を鷲掴みにして無理矢理立たせる。
「あが……ペッ……!」
「何よ、言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」
魅琴の平手が道成寺の頬を打った。
それだけで、宛ら爆竹の如き炸裂音が街道に響き渡る。
「プギイイイイッッ!!」
「全く、醜い悲鳴ね。聞くに堪えないわ」
魅琴が掴み上げているのは既に「道成寺太の顔だった何か」と表現すべき見るも無残な存在であった。
辛うじて、か細い呼吸と共に漏れる涙声交じりの呻き声が道成寺太と判別させている。
「お、おにょれ……。こんにゃ……たでゃの力じゅくの……野蛮な暴力ぢぇ……」
息も絶え絶えの中、どうにか発された言葉だった。
魅琴は露骨に溜息を吐く。
「洗練された技とやらがお好みかしら。なら今からお前の奥義とやらを使ってやるわ」
「ファッ!?」
瞠目した道成寺の眼球に、魅琴の拳と肘が刹那の二連撃で叩き込まれた。
肉が潰れ、骨が砕ける音が辺りに響く。
道成寺は赤茄子の様な目蓋から血を撒き散らして泣き叫ぶ。
「パギャアアアアアッッ!!」
「次はこう?」
魅琴は道成寺の頭から手を離し、彼の頭上で両拳を組む。
「ま、待っ!」
魅琴の両肘と両拳が、道成寺の肩甲骨を容赦無く砕く。
激しく地面に打ち付けられた彼の体は、また街道を強く揺らした。
「ほら起きなさい。まだ後二つあるでしょうが」
魅琴は道成寺を再度掴み起こす。
「ヒィィッ!!」
膝と脚の二連撃は道成寺の脇腹を打ち付ける。
道成寺の体は駒の様に激しく回転し、車道に飛び出した。
「ゲ、ゲヒィ……」
回転が止まり、滑稽な姿勢で立たされる道成寺。
魅琴は既に彼の眼前に迫っていた。
「後は、これね」
魅琴の両脚が上下から交差した。
彼女の脚力なら、道成寺の頭部は落花生の様に挟み潰されてしまうだろう。
しかし道成寺は、この最後の技だけは免れていた。
正確には、彼の片耳朶だけが削り取られていた。
「な……な……」
道成寺は後方に蹌踉めいて尻餅を搗いた。
既にボロボロの彼は立つことすらままならない。
魅琴が繰り出した四つの攻撃は、まさに道成寺が見せた「椿流剛体術」が誇る四つの奥義に他ならない。
道成寺が長年の血の滲む様な努力で身に付けた技術を、彼女は唯この戦いの中だけで完璧に会得して見せたのだ。
まさに恐るべき天稟と言う他無い。
力だけでなく技に於いても、魅琴と道成寺は立つ地平が全く違ったのだ。
「あーあ、穢いわね全く……」
恐るべき暴力を振るった女は、手に付いた血を忌々し気に振り払っていた。
そんな中、彼は困惑して片目を見開いている。
「何故……止めを刺さぬ……?」
魅琴の連撃の中、少しずつ体を修復していた道成寺は当然の疑問を呈した。
先述の通り、最後の攻撃を頭部に食らわせていれば道成寺は絶命を免れなかった。
しかし魅琴は明らかにわざと外した。
それも、正確無比な技術で敢えて耳朶だけに被害を留めるという神業を以て。
「簡単に終わらせる訳が無いでしょう。まだまだ痛め付けてやらないと、私の気が収まらないわ」
魅琴は事無げに恐ろしい言葉を吐いた。
それは、既に戦いを残虐な拷問処刑へと移行させたという宣言である。
だが道成寺は再び歪んだ笑みを浮かべた。
止めを刺せる相手を敢えて泳がせる――戦いに於いて、それは慢心に他ならない。
現に、凄まじい神為を得た道成寺は確実に体を恢復させていた。
「愚かな小娘が……。我輩はまだ本領を発揮してなどおらんのだよ……!」
道成寺は地面に突き刺さっていた「くの字型」の大剣を掴んで抜いた。
そう、彼はここまで、武装神為を使わずに戦ってきたのだ。
飛び道具による遠距離攻撃と、近接格闘の合わせ技――その両輪が道成寺の真の戦い方である。
「喰らえ! 我輩の武装神為『飛去来刃』を!」
道成寺は大剣を振り被った。
この「武装神為・飛去来刃」は、その名の通り投げても手元に戻って来る性質を持つ。
それを利用し、道成寺は大剣を無限に投げ続け、何処までも相手を追い詰めるのだ。
「下らない」
しかし、投げ付けられた大剣は魅琴にあっさりと取られてしまった。
彼女に今更こんな物が通用する訳が無い。
「なっ……グガッ……!」
絶句する道成寺。
魅琴は空かさず、刹那のうちに道成寺との間合いを詰める。
そして、今度は彼女が大剣を相手の頭上に振り上げた。
「ま、まさか……」
青褪める道成寺の旋毛へ、大剣の峰が叩き付けられる。
彼女の怪力で鈍器にされた大剣は木端微塵に砕け散ってしまった。
「アバーッ!! が……は……!」
道成寺にとって幸いだったのは、これが武器を使用した攻撃だったことだ。
頭から血が噴き出たものの、今までの攻撃に比べればまだダメージは少ない。
しかしそれでも、道成寺はその場に膝を突いてしまった。
「今のが本領?」
「ぐ……くっ……おのれ……!」
道成寺は怯えた表情で魅琴の冷酷な視線に睨み返していた。
最早先程までの狂気に歪んだ笑みは一片たりとも見られない。
否、寧ろ狂気だけが彼の戦意をどうにか支えている様にも見えた。
「ち、ちょっと立場が強いからと……調子に乗りおって……! どいつもこいつも……侵略戦争に負けた二流国家、滅び行く衰退国家の、狗の民族の分際で……」
「いきなり何?」
「し、知らぬと思うか、貴様らの歴史を。我輩はこの国で再起すべく、有志の革命勢力に声を掛けていたのだよ。皇國も明治日本も、間違った道を歩み続けて改めもしない……」
魅琴は白けた眼で道成寺を見下ろしていた。
彼は構わず続ける。
「そ、そうだ……! 我輩達は貴様らに手を差し伸べてきた。正しい道へ、理想の国へ、在るべき未来へと貴様らを向かわせようとしたのだ。しかし、怠け者で白痴の貴様らはいつまでも旧い体制にしがみ付き、のさばらせ、我輩達の見せる夢を頭ごなしに否定する。間違った邪悪な体制を終わらせようという我輩達が、貴様らに何度失望させられたことか! 貴様らはいつまでも、文明国の競走開始白線にも付けはしない。今もこうして、我輩を弾圧しようとする! だから貴様ら日本人は狗の民族だというのだ!」
道成寺は早口で言いたいだけ捲し立てた。
そんな彼の言葉を、魅琴は表情一つ変えず、眉一つ動かさずに最後まで聴き続けた。
そして一通り言い終わると、彼女は露骨に大きな溜息を吐いた。
「それは単にお前達の提示する道やら理想やら未来像やらが聳え立つ糞だからよ」
「なっ……!」
魅琴は冷ややかに道成寺へと言い放つ。
「お前は国を絶望に沈め、政権から引き摺り落とされた。神皇と皇國は国を強大に発展させた。その結果が何よりも優劣を物語っているでしょう」
「奴らは戦争に負けて国を滅ぼした旧神和政府の残骸に過ぎないのだよ!? 滅ぼした奴らより我輩達が劣っていたというのかね!?」
「当たり前じゃない。国を発展させたことすら無い連中など話にならないわ」
道成寺は魅琴の言葉にわなわなと震えていた。
先程までとは違い、恐怖ではなく、怒りから。
それが道成寺の中に再び闘志を燃え上がらせていた。
そんな彼を、魅琴は冷たく嘲笑する。
「負けを認めて己を見つめ直し、再起して前以上の国を造り上げた先人は偉大だわ。お前達はそれが出来ず、いつまでも他人のせいにして傷を舐め合っていただけ。比較するのも烏滸がましい。それだからお前達は駄目なのよ。御陰で皇國は日本国にとって脅威となって襲い掛かり、私は決死の覚悟で戦う羽目になった。お前は自分が日本を守ったなどと嘯いたけれど、私に言わせればお前の無能が日本に危機を齎した。だから神皇や皇國には『敵ながら見事』と一定の敬意を抱いているけれども、お前達は唯単に糞としか思わない。好好むのはお前達と同類の蛆虫だけよ」
「ふ、ふざけるなぁ!!」
道成寺は怒髪天を衝く勢いで激昂して立ち上がった。
修復された額の血管が浮き上がってはち切れ、両眼が真っ赤に血走っている。
血塗れの顔を、血涙が塗り潰す。
「思考停止で惰眠を貪る愚民! 命令されれば無駄死にを選ぶ狗の民族の分際で! よくもこの我輩の崇高な理念をぉっっ!!」
我を忘れて魅琴に襲い掛かる道成寺。
だがそんな彼の頬に魅琴の鉄拳が容赦無く突き刺さる。
「ガッ、ぺぇっ……!」
「この『負け犬』が。遠吠えが一々耳障りなのよ」
魅琴はそのまま拳を天へと突き上げ、道成寺の体を持ち上げる。
そしてそのまま、道成寺の体ごと拳を地面に突き立てた。
「ゲギャアアアアアアアアアッッ!!」
例によって、打つ付けた衝撃で辺りを地震が襲う。
最早この場の群衆は、暴力革命を目指し殺戮を繰り返す指名手配犯・道成寺太よりも相対する美女の齎す災害に恐怖していた。
「うぐ……ごぉぉぉ……」
道成寺は再び全身を砕かれ、苦痛に呻いていた。
増大した神為を身に付けて得た驚異的恢復力は、ただ魅琴に何度も肉体を破壊される為だけに機能していた。
「本当、話にならないわね」
魅琴は体を起こして拳に付いた血を振り払う。
その表情には心底からの嫌悪感と、倒れ伏した道成寺への侮蔑感情が浮き出ていた。
「お前の何が神皇より優れていると言うの? 政治的に完敗し、暴力という下の下の手段でしか戦えなくなって、その暴力ですら神為を失った上に弱体化までした私を相手にこの様。神皇には尚のこと、遠く及ぶべくも無い。何千何万何億回生まれ変わろうが、お前の天下など永久に訪れないでしょうね」
「うぅぅ……おのれぇ……おのれえぇぇ……!」
道成寺はそれでも震える体に鞭打ち、立ち上がろうとしている。
そんな彼を魅琴は相変わらず冷たく見下ろす。
「まあ、その叶わぬ夢も此処で私が終わらせてあげるわ。感謝しなさいね」
魅琴の表情に暗い影が差していた。
ここまで道成寺を甚振り続けた魅琴だったが、そろそろ止めを刺すつもりなのか。
「はぁ……はぁ……。お、おのれ……。ま、負けて……堪るか……。わ、我輩にはまだ……奥の手が……あるのだ……!」
しかし事この期に及んで、道成寺はまだ一発逆転を信じていた。
最後の手段に出るべく、彼は息も絶え絶えに立ち上がった。