日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十五話『狩猟日』 破

 ()()かの闇の中、四人が円卓を囲んでいる。

 

「三人ともお疲れ様。()()()()い結果に終わったわねぇ……」

 

 ()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が仲間の男三人に言葉を掛ける。

 両隣の()(おと)()(せい)()()(つき)(しろ)(さく)()はばつが悪そうに顔を()らしていた。

 

「まだあの男、()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)(しゆ)(りよう)Д(デー)こと(どう)(じよう)()(ふとし)が残っておりますが?」

 

 正面の老翁、(うる)()(みつ)(なり)(とぼ)けた様子で疑問を呈した。

 ()(おと)()が溜息を吐いて答える。

 

「無理だよ。(うる)()()(こと)は格が違う」

「しかし、()(もん)(てん)様との交戦で弱体化させたのでは?」

 

 今度は(つき)(しろ)が鼻を鳴らした。

 

「焼け石に水だ。確かに(わたし)()(そま)()(つひ)()(たた)(ろう)』には、領域内に入った相手に様々な悪影響を与える。身体能力の減少もその一つだ。(わたし)(うる)()()(こと)との戦いの中、常に()(そま)()(つひ)の領域に捕え続けた。が、それであの女がどうにかなるなら、(そもそ)(わたし)が負けはせん」

「そうねぇ。例えば、仮に相手が瀕死の状態まで弱っていたとしても、(あり)が恐竜に勝つことは不可能だものぉ。現にほらぁ、(どう)(じよう)()の見せ場は終わりみたいよぉ」

 

 相変わらず()(りゆう)(いん)は「(こう)(もく)(てん)」の異名に違わず、尋常ならざる()で何かを見ているらしい。

 一方、()(おと)()(つき)(しろ)は興味無さげである。

 

「まあ、我々は次の策に集中しましょうか(のう)……」

 

 暗闇の中、四人は(なお)も陰謀を巡らせる。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (どう)(じよう)()()(そま)()(つひ)によって大幅に(しん)()を増幅させている。

 従って、自損した四肢が修復するのもそう時間は掛からなかった。

 その間、()(こと)は何もせずに(ただ)彼を見下ろしていた。

 

「自分に()()れて何をほざいているのかね、(じん)(のう)を殺し切れなかった半端者の分際で」

 

 (どう)(じよう)()は寝た姿勢から勢い良く跳ね上がって立ち上がった。

 ()(こと)は絶好の機を逸したことになる。

 

「我輩が国の(ため)などと言付けのまま命を()てる真性の(いぬ)に負ける訳が無いだろう!」

 

 しかし、(どう)(じよう)()の目の前に()(こと)は居なかった。

 既に彼女は跳び上がり、月面宙返り(ムーンサルト)の要領で体を(ひね)りながら回転していた。

 そしてその勢いのまま、(どう)(じよう)()の肩へと回転蹴りを振り下ろす。

 ()ぜる様な(さく)(れつ)(おん)と共に、()(こと)の足が(どう)(じよう)()の左鎖骨を粉砕し、肉に()()む。

 

「ぴギャアアアアアアッッ!?」

 

 更に()(こと)は、追撃の回し蹴りを(どう)(じよう)()の右上腕に()らわせた。

 (どう)(じよう)()の体は破裂した爆弾の破片が弾ける様に吹き飛ばされ、車線とは反対側の壁に()()んだ。

 ()(こと)(どう)(じよう)()を追い掛け、壁からはみ出ていた足首を(つか)んで引っ張り出すと、片腕で持ち上げて頭上から地面へと(たた)()けた。

 激突と同時に周囲を大きな揺れが襲い、銀杏(いちよう)の葉が散り落ちる。

 

「ギャバアアアアアアッッ!!」

 

 (どう)(じよう)()(もん)(ぜつ)(びゃく)()の醜態を(さら)して悲鳴を上げる。

 ()(こと)の常軌を逸した(りよ)(りよく)は単なる蹴りや()(ぞう)()な投げでも驚天動地の破壊力を誇り、更に彼女は力をそのまま相手の苦痛として伝える術も熟知している。

 (どう)(じよう)()()()(けら)の様に転げ回るのも無理からぬことであった。

 

「ほ、骨がぁぁ……! 全身の骨が、肉が、内臓がぁぁ……!」

「ピーピー(わめ)くな。すぐ治る癖に」

 

 ()(こと)は冷たく言い放つと、倒れ伏した(どう)(じよう)()を何度も力強く踏み付ける。

 踏み付ける(ごと)に地震が起こって()()(うま)の悲鳴を呼ぶが、直接被害を受けている(どう)(じよう)()はその全てを打ち消す程に悲痛な大声で喚き散らしていた。

 

「グギャアアアアアッッ!! ゲギャアアアアアアッッ!! オギャアアアアアアッッ!!」

()()()い、黙れよ」

 

 悲鳴を上げる(どう)(じよう)()の頭が踏み付けられ、顔面が土瀝青(アスファルト)に埋め込まれた。

 ()(こと)は揺れが収まるのを待ち、(どう)(じよう)()の髪を(わし)(づか)みにして()()()()立たせる。

 

「あが……ペッ……!」

「何よ、言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」

 

 ()(こと)の平手が(どう)(じよう)()(ほお)を打った。

 それだけで、(さなが)ら爆竹の如き炸裂音が街道に響き渡る。

 

「プギイイイイッッ!!」

「全く、醜い悲鳴ね。聞くに堪えないわ」

 

 ()(こと)(つか)()げているのは既に「(どう)(じよう)()(ふとし)の顔だった何か」と表現すべき見るも無残な存在であった。

 辛うじて、か細い呼吸と共に漏れる涙声交じりの(うめ)(ごえ)(どう)(じよう)()(ふとし)と判別させている。

 

「お、おにょれ……。こんにゃ……たでゃの力じゅくの……野蛮な暴力ぢぇ……」

 

 息も絶え絶えの中、どうにか発された言葉だった。

 ()(こと)は露骨に溜息を吐く。

 

「洗練された技とやらがお好みかしら。なら今からお前の奥義とやらを使ってやるわ」

「ファッ!?」

 

 (どう)(もく)した(どう)(じよう)()の眼球に、()(こと)の拳と肘が刹那の二連撃で(たた)()まれた。

 肉が(つぶ)れ、骨が砕ける音が辺りに響く。

 (どう)(じよう)()赤茄子(トマト)の様な目蓋から血を()()らして泣き叫ぶ。

 

「パギャアアアアアッッ!!」

「次はこう?」

 

 ()(こと)(どう)(じよう)()の頭から手を離し、彼の頭上で両拳を組む。

 

「ま、待っ!」

 

 ()(こと)の両肘と両拳が、(どう)(じよう)()の肩甲骨を容赦無く砕く。

 激しく地面に打ち付けられた彼の体は、また街道を強く揺らした。

 

「ほら起きなさい。まだ後二つあるでしょうが」

 

 ()(こと)(どう)(じよう)()を再度掴み起こす。

 

「ヒィィッ!!」

 

 膝と脚の二連撃は(どう)(じよう)()の脇腹を打ち付ける。

 (どう)(じよう)()の体は駒の様に激しく回転し、車道に飛び出した。

 

「ゲ、ゲヒィ……」

 

 回転が止まり、滑稽な姿勢で立たされる(どう)(じよう)()

 ()(こと)は既に彼の眼前に迫っていた。

 

「後は、これね」

 

 ()(こと)の両脚が上下から交差した。

 彼女の脚力なら、(どう)(じよう)()の頭部は落花生の様に挟み潰されてしまうだろう。

 しかし(どう)(じよう)()は、この最後の技だけは免れていた。

 正確には、彼の片()()だけが削り取られていた。

 

「な……な……」

 

 (どう)(じよう)()は後方に()()めいて尻餅を()いた。

 既にボロボロの彼は立つことすらままならない。

 

 ()(こと)が繰り出した四つの攻撃は、まさに(どう)(じよう)()が見せた「椿(つばき)(りゅう)(ごう)(たい)(じゅつ)」が誇る四つの奥義に他ならない。

 (どう)(じよう)()が長年の血の(にじ)む様な努力で身に付けた技術を、彼女は唯この戦いの中だけで完璧に()(とく)して見せたのだ。

 まさに恐るべき(てん)(ぴん)と言う他無い。

 力だけでなく技に()いても、()(こと)(どう)(じよう)()は立つ地平が全く違ったのだ。

 

「あーあ、(きたな)いわね全く……」

 

 恐るべき暴力を振るった女は、手に付いた血を忌々し気に振り払っていた。

 そんな中、彼は困惑して片目を見開いている。

 

何故(なぜ)……止めを刺さぬ……?」

 

 ()(こと)の連撃の中、少しずつ体を修復していた(どう)(じよう)()は当然の疑問を呈した。

 先述の通り、最後の攻撃を頭部に食らわせていれば(どう)(じよう)()は絶命を免れなかった。

 しかし()(こと)は明らかにわざと外した。

 それも、正確無比な技術で()えて耳朶だけに被害を(とど)めるという神業を(もつ)て。

 

「簡単に終わらせる訳が無いでしょう。まだまだ痛め付けてやらないと、(わたし)の気が収まらないわ」

 

 ()(こと)は事無げに恐ろしい言葉を吐いた。

 それは、既に戦いを残虐な拷問処刑へと移行させたという宣言である。

 

 だが(どう)(じよう)()は再び(ゆが)んだ笑みを浮かべた。

 止めを刺せる相手を敢えて泳がせる――戦いに於いて、それは慢心に他ならない。

 現に、(すさ)まじい(しん)()を得た(どう)(じよう)()は確実に体を(かい)(ふく)させていた。

 

「愚かな小娘が……。我輩はまだ本領を発揮してなどおらんのだよ……!」

 

 (どう)(じよう)()は地面に突き刺さっていた「くの字型」の大剣を掴んで抜いた。

 そう、彼はここまで、()(そう)(しん)()を使わずに戦ってきたのだ。

 飛び道具による遠距離攻撃と、近接格闘の合わせ技――その両輪が(どう)(じよう)()の真の戦い方である。

 

「喰らえ! 我輩の()(そう)(しん)()飛去来刃(ブーメラン・カツター)』を!」

 

 (どう)(じよう)()は大剣を振り被った。

 この「()(そう)(しん)()飛去来刃(ブーメラン・カツター)」は、その名の通り投げても手元に戻って来る性質を持つ。

 それを利用し、(どう)(じよう)()は大剣を無限に投げ続け、何処までも相手を追い詰めるのだ。

 

「下らない」

 

 しかし、投げ付けられた大剣は()(こと)にあっさりと取られてしまった。

 彼女に今更こんな物が通用する訳が無い。

 

「なっ……グガッ……!」

 

 絶句する(どう)(じよう)()

 ()(こと)()かさず、刹那のうちに(どう)(じよう)()との間合いを詰める。

 そして、今度は彼女が大剣を相手の頭上に振り上げた。

 

「ま、まさか……」

 

 (あお)()める(どう)(じよう)()旋毛(つむじ)へ、大剣の峰が叩き付けられる。

 彼女の怪力で鈍器にされた大剣は(こつ)()()(じん)に砕け散ってしまった。

 

「アバーッ!! が……は……!」

 

 (どう)(じよう)()にとって幸いだったのは、これが武器を使用した攻撃だったことだ。

 頭から血が噴き出たものの、今までの攻撃に比べればまだダメージは少ない。

 しかしそれでも、(どう)(じよう)()はその場に膝を突いてしまった。

 

「今のが本領?」

「ぐ……くっ……おのれ……!」

 

 (どう)(じよう)()(おび)えた表情で()(こと)の冷酷な視線に(にら)(かえ)していた。

 ()(はや)先程までの狂気に歪んだ笑みは一片たりとも見られない。

 (いや)(むし)ろ狂気だけが彼の戦意をどうにか支えている様にも見えた。

 

「ち、ちょっと立場が強いからと……調子に乗りおって……! どいつもこいつも……侵略戦争に負けた二流国家、滅び行く衰退国家の、(いぬ)の民族の分際で……」

「いきなり何?」

「し、知らぬと思うか、貴様らの歴史を。我輩はこの国で再起すべく、有志の革命勢力に声を掛けていたのだよ。(こう)(こく)(めい)()(ひの)(もと)も、間違った道を歩み続けて改めもしない……」

 

 ()(こと)は白けた眼で(どう)(じよう)()を見下ろしていた。

 彼は構わず続ける。

 

「そ、そうだ……! 我輩達は貴様らに手を差し伸べてきた。正しい道へ、理想の国へ、在るべき未来へと貴様らを向かわせようとしたのだ。しかし、怠け者で白痴の貴様らはいつまでも(ふる)い体制にしがみ付き、のさばらせ、我輩達の見せる夢を頭ごなしに否定する。間違った邪悪な体制を終わらせようという我輩達が、貴様らに何度失望させられたことか! 貴様らはいつまでも、文明国の競走開始白線(スタートライン)にも付けはしない。今もこうして、我輩を弾圧しようとする! だから貴様ら日本人は(いぬ)の民族だというのだ!」

 

 (どう)(じよう)()は早口で言いたいだけ(まく)()てた。

 そんな彼の言葉を、()(こと)は表情一つ変えず、眉一つ動かさずに最後まで聴き続けた。

 そして一通り言い終わると、彼女は露骨に大きな溜息を吐いた。

 

「それは単にお前達の提示する道やら理想やら未来像やらが(そび)()(くそ)だからよ」

「なっ……!」

 

 ()(こと)は冷ややかに(どう)(じよう)()へと言い放つ。

 

「お前は国を絶望に沈め、政権から()()り落とされた。(じん)(のう)(こう)(こく)は国を強大に発展させた。その結果が何よりも優劣を物語っているでしょう」

(やつ)らは戦争に負けて国を滅ぼした旧(しん)()政府の残骸に過ぎないのだよ!? 滅ぼした奴らより我輩達が劣っていたというのかね!?」

「当たり前じゃない。国を発展させたことすら無い連中など話にならないわ」

 

 (どう)(じよう)()()(こと)の言葉にわなわなと震えていた。

 先程までとは違い、恐怖ではなく、怒りから。

 それが(どう)(じよう)()の中に再び闘志を燃え上がらせていた。

 そんな彼を、()(こと)は冷たく嘲笑する。

 

「負けを認めて己を見つめ直し、再起して前以上の国を造り上げた先人は偉大だわ。お前達はそれが出来ず、いつまでも他人のせいにして傷を()め合っていただけ。比較するのも()()がましい。それだからお前達は駄目なのよ。()(かげ)(こう)(こく)は日本国にとって脅威となって襲い掛かり、(わたし)は決死の覚悟で戦う羽目になった。お前は自分が日本を守ったなどと(うそぶ)いたけれど、(わたし)に言わせればお前の無能が日本に危機を(もたら)した。だから(じん)(のう)(こう)(こく)には『敵ながら見事』と一定の敬意を抱いているけれども、お前達は唯単に(くそ)としか思わない。(すき)(この)むのはお前達と同類の(うじ)(むし)だけよ」

「ふ、ふざけるなぁ!!」

 

 (どう)(じよう)()は怒髪天を()く勢いで(げき)(こう)して立ち上がった。

 修復された額の血管が浮き上がってはち切れ、両眼が真っ赤に血走っている。

 ()(まみ)れの顔を、血涙が()(つぶ)す。

 

「思考停止で惰眠を(むさぼ)る愚民! 命令されれば無駄死にを選ぶ(いぬ)の民族の分際で! よくもこの我輩の崇高な理念をぉっっ!!」

 

 我を忘れて()(こと)に襲い掛かる(どう)(じよう)()

 だがそんな彼の頬に()(こと)の鉄拳が容赦無く突き刺さる。

 

「ガッ、ぺぇっ……!」

「この『負け犬』が。(とお)()えが一々耳障りなのよ」

 

 ()(こと)はそのまま拳を天へと突き上げ、(どう)(じよう)()の体を持ち上げる。

 そしてそのまま、(どう)(じよう)()の体ごと拳を地面に突き立てた。

 

「ゲギャアアアアアアアアアッッ!!」

 

 例によって、打つ付けた衝撃で辺りを地震が襲う。

 最早この場の群衆は、暴力革命を目指し(さつ)(りく)を繰り返す指名手配犯・(どう)(じよう)()(ふとし)よりも相対する美女の齎す災害に恐怖していた。

 

「うぐ……ごぉぉぉ……」

 

 (どう)(じよう)()は再び全身を砕かれ、苦痛に(うめ)いていた。

 増大した(しん)()を身に付けて得た驚異的恢復力は、ただ()(こと)に何度も肉体を破壊される為だけに機能していた。

 

「本当、話にならないわね」

 

 ()(こと)は体を起こして拳に付いた血を振り払う。

 その表情には心底からの(けん)()感と、倒れ伏した(どう)(じよう)()への侮蔑感情が浮き出ていた。

 

「お前の何が(じん)(のう)より優れていると言うの? 政治的に完敗し、暴力という下の下の手段でしか戦えなくなって、その暴力ですら(しん)()を失った上に弱体化までした(わたし)を相手にこの(ざま)(じん)(のう)には尚のこと、遠く及ぶべくも無い。何千何万何億回生まれ変わろうが、お前の天下など永久に訪れないでしょうね」

「うぅぅ……おのれぇ……おのれえぇぇ……!」

 

 (どう)(じよう)()はそれでも震える体に(むち)()ち、立ち上がろうとしている。

 そんな彼を()(こと)は相変わらず冷たく見下ろす。

 

「まあ、その(かな)わぬ夢も()()(わたし)が終わらせてあげるわ。感謝しなさいね」

 

 ()(こと)の表情に暗い影が差していた。

 ここまで(どう)(じよう)()(いた)()り続けた()(こと)だったが、そろそろ止めを刺すつもりなのか。

 

「はぁ……はぁ……。お、おのれ……。ま、負けて……(たま)るか……。わ、我輩にはまだ……奥の手が……あるのだ……!」

 

 しかし事この期に及んで、(どう)(じよう)()はまだ一発逆転を信じていた。

 最後の手段に出るべく、彼は息も絶え絶えに立ち上がった。

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