日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十五話『狩猟日』 急

 戦いは一方的だった。

 それは最(も)早(はや)、残虐な拷問処刑の様相を呈していた。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)の暴力はそれ程圧倒的で、凄惨で、容赦が無かった。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)の、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の命運は最早尽きたかに思われた。

 

「ぐおおおおおっっ……!」

 

 しかし、道(どう)成(じよう)寺(じ)は尚(なお)も諦めない。

 ボロボロの体に鞭(むち)を打ち、消えてしまいそうな闘志を燃え上がらせ、どうにか立ち上がった。

 

「はぁ……はぁ……。お、お嬢さん……。もう勝ったつもりかね? 随分……気が早いことだ……」

「寧(むし)ろここから逆転の目があると思っていることに心底驚き呆れているわ」

 

 魅(み)琴(こと)は冷め切った目で道(どう)成(じよう)寺(じ)の強がりを見ていた。

 しかし、道(どう)成(じよう)寺(じ)は不敵に笑う。

 それは宛(さなが)ら、逆境でこそ澄まして魅せる勇者の様だった。

 

「フフフ、莫(ば)迦(か)を言ってはいけないよ。革命戦士はね、いつだって絶望的な強者に抗(あらが)ってきたのだ。しかし、何度打ちのめされようが不屈の意志で立ち上がり、希望を棄(す)てずに戦い続けるのだ……!」

 

 魅(み)琴(こと)は黙って道(どう)成(じよう)寺(じ)の膝を蹴り砕いた。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は膝から崩れ落ちた。

 

「ゲギャアアアアアアッッ!!」

「じゃあ何度でも地べたに這(は)い蹲(つくば)れよ」

 

 そんな彼に追い打ちを掛ける様に、魅(み)琴(こと)は道(どう)成(じよう)寺(じ)の頭を踏(ふ)み躙(にじ)って地面を舐(な)めさせる。

 

「ブバッ、ブベッ……!」

「穢(きたな)いわね、変な汁を出すな」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の口から唾が飛び、地面に跳ねたので、魅(み)琴(こと)は顔を顰(しか)めて後(あと)退(ずさ)った。

 彼女は最早道(どう)成(じよう)寺(じ)を汚物としか認識していない。

 

「お、おのれこの悪魔め、やりたい放題してくれおって……。だが調子に乗っていられるのも今の内だ……」

 

 一方、そんな彼は尚も「不屈の意志」を燃やして立ち上がる。

 屈辱に塗れた彼の顔は、再び歪(ゆが)んだ笑みを取り戻していた。

 単なる強がりではなく、明らかに何かを企(たくら)んでいる。

 

「しつこいわね。いい加減に負けを認めなさいよ。何処(どこ)までも駄目な男」

「グフフ、ところがどっこい、我輩には奥の手が残されているのだ。君(きみ)が雌(めす)狗(いぬ)であるが故に、抗い様の無い切り札がね」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は震えながら上体を起こし、胸を張ろうとしていた。

 それは明らかに格闘技を仕掛ける動きではない。

 彼の能力は術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)が三つ、武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)が一つである。

 武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)は既に破られ、また神(しん)為(い)を失った魅(み)琴(こと)に第二・第三の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)は意味を成さない。

 

 だが唯(ただ)一つ、道(どう)成(じよう)寺(じ)には恐るべき能力が残されていた。

 彼の言葉通り、それは女である魅(み)琴(こと)には効(こう)果(か)覿(てき)面(めん)の能力である。

 

『第一の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)・親(シン)利(リッ)恋(コイ)茶(チャ)裸(ラ)覇(パ)』

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は両手を腰に当てて踏ん反り返った。

 股間が眩(まばゆ)い光を放ち、服の裏からその存在を誇示する。

 

「うっ……!」

 

 魅(み)琴(こと)は眉を顰め、腕で顔を隠した。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の能力は、初めて魅(み)琴(こと)に防御の体勢を取らせたのだ。

 

「フハハハハ、無駄無駄ァッ! この能力は女を強制的に欲情させ、我輩の子種を求めずにはいられなくさせるのだ!」

「ぐうううううっっ!」

「グフフ、強がっても却(かえ)って苦しいだけだよ。最早君(きみ)は我輩の虜(とりこ)だ。素直に服従を受(う)け容(い)れ、我輩の子を産ませてほしいと懇願し給(たま)え!」

 

 激しい光が収まった。

 魅(み)琴(こと)は構えを解き、力無く両腕を垂らして項(うな)垂(だ)れている。

 

「フフフ……ハハハハハ! やった! やったぞ! 虜にしてやった! あの麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)を我輩の孕(はら)み袋にしてやったぞ!」

 

 歓喜する道(どう)成(じよう)寺(じ)。

 確かに、顔を上げた魅(み)琴(こと)の様子はこれまでと比べて明らかにおかしかった。

 

「ふぅーっ、ふぅぅーッ……!」

 

 魅(み)琴(こと)は頬(ほお)を紅潮させ、歯を見せて艶っぽく笑っている。

 呼吸を荒(あら)らげて道(どう)成(じよう)寺(じ)を物欲しげに見詰めるその姿は、興奮していると一目瞭然である。

 

「まったく、酷(ひど)い目に遭わせてくれたね。だが、最早君(きみ)は我輩の言いなりだ。逆に強力な戦力が手に入ったと喜ぶべきかな? しかし、あれだけ我輩を侮辱し踏み躙ってくれた君(きみ)に対して、何の落とし前も付けさせないでいては我輩の溜(りゆう)飲(いん)も下がらん」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は人差し指で魅(み)琴(こと)を差し、それを自分の足下へと向けた。

 

「まずは我輩に土下座し、我輩だけに服従を誓い給え。次にこれまでの非礼を詫(わ)びるのだ。その後で我輩は君(きみ)を蹴るが、当然抵抗は許さん。ただ泣いて許しを乞い給え。次は自己批判の時間だ、好きなだけ言い訳を並べ給え、悉(ことごと)くを論破し、修正してやろう。そこまで終わって、初めて我輩に誠心誠意奉仕するが良い。これからは我輩の為(ため)に身命を捧(ささ)げるのだ」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の指と言葉に促される様に、魅(み)琴(こと)はゆっくりと歩き出した。

 まさかの逆転――道(どう)成(じよう)寺(じ)は勝利の美酒に酔(よ)い痴(し)れ、下卑た笑みで顔を歪める。

 魅(み)琴(こと)は道(どう)成(じよう)寺(じ)の前で地面に片膝を突いた。

 

「物欲しそうな顔だね、だらしのない」

「ふぅーっ、ふぅぅーッ……!」

「だが、解(わか)っているね?」

「ええ……」

 

 魅(み)琴(こと)は興奮を抑えきれないといった様子で破顔した。

 そして、彼女の拳が道(どう)成(じよう)寺(じ)の股間に突き刺さった。

 

「マッ!?」

 

 突然の暴行と激痛に、道(どう)成(じよう)寺(じ)は訳も解らず、ひょっとこの如く顔を歪めた。

 

「おンギャアアアアアアアッッ!!」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は堪(たま)らず、股間を押さえて悶(もん)絶(ぜつ)躄(びゃく)地(じ)した。

 立ち上がった魅(み)琴(こと)はそれを見下ろし、悪鬼羅刹の如く嬌(きよう)笑(しよう)していた。

 

「アッハハハハハハ! 莫迦ねお前は! この私(わたし)を欲情させたらこうなるに決まっているじゃないの!」

 

 魅(み)琴(こと)は道(どう)成(じよう)寺(じ)の両足首を掴(つか)んで脇に抱え込む。

 自分がこれからされることを悟った道(どう)成(じよう)寺(じ)は恐怖に青(あお)褪(ざ)める。

 

「や、やめっ……! 嫌ぁぁっっ!」

「オラアアアアアアアッッ!!」

 

 魅(み)琴(こと)の踵(かかと)が道(どう)成(じよう)寺(じ)の股間を打ち付け、激しく踏み躙る。

 彼女の脚力でこのような仕打ちを受ければ、男ならば阿(あ)鼻(び)叫(きよう)喚(かん)の苦しみだろう。

 

「ひぎいいいいいいっっ!!」

「一目見たときから狙い易い的だと思っていたわ! 無駄に自己主張が強かったものね! 本来なら穢(けが)らわしくて触るなんてあり得ないから見逃してあげていたのに、私(わたし)を興奮させたお前が悪いのよ、お前が! アハハハハハハハ!!」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は完全に墓穴を掘った。

 藪(やぶ)蛇(へび)、と言うべきか。

 本来の魅(み)琴(こと)は自分で「邪悪な獣(けだもの)」と卑下する様な、真性の嗜虐性癖女(サディスティン)である。

 愛も無い相手にただ欲情してしまうと、この様に残虐性を以(もつ)て応じてしまうのだ。

 

「ほら! ほら! ホラァッ! 段々強く踏んでやる! 何処まで耐えられるかしら? この豚! 雑魚豚がぁっ!」

「無理ぃぃッッ! 無理無理無理無理ィィィィィッッ!!」

 

 何度も何度も、魅(み)琴(こと)は道(どう)成(じよう)寺(じ)の股間を激しく踏み付ける。

 尚、やはり一踏み毎(ごと)に周囲を地震が襲っていた。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)がこの地獄から逃れるには、自らの能力を解除するしか無い。

 しかし、この状況ではそれどころではない。

 

「もうやだ! もうやだあああああっ!! ママ! ママああああああっっ!!」

 

 憐(あわ)れ、道(どう)成(じよう)寺(じ)はとうとう壊れてしまった。

 しかし彼にとって幸いなことに、魅(み)琴(こと)は少しずつ興奮を収め始めていた。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の神(しん)為(い)が漸(ようや)く尽きかけ、能力を維持出来なくなってきたのだ。

 

「ふぅ……」

 

 魅(み)琴(こと)の踏み付けが収まった。

 能力の効果が切れたということだ。

 長い黒髪を掻き上げる魅(み)琴(こと)は嘗(かつ)て無い嫌(けん)悪(お)感情に目を眇(すが)め、顔を歪めた。

 

「何させるのよこの蜚蠊(ごきぶり)が!!」

 

 魅(み)琴(こと)は道(どう)成(じよう)寺(じ)の足首から手を離すと、心底の厭(えん)悪(お)を込めて彼の尻を激しく蹴り飛ばした。

 

「グワァァぁぁああぁァァーッッッッ!!」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の体は再び車線の反対側へと飛び、壁に減(め)り込(こ)んだ。

 魅(み)琴(こと)はゆっくりと、まさに蜚蠊(ごきぶり)の死骸を紙に包んで捨てるようとしている感じの、冷酷極まり無い表情で歩み寄っていく。

 そして、彼の足首を掴んで道(どう)成(じよう)寺(じ)を壁の中から引っ張り出した。

 

「我輩は……まだ……まだ……。革命を……皇(こう)國(こく)の転覆を……新しい国を……。歴史の浄化を……正しい道を……在るべき未来を……」

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)は最早譫(うわ)言(ごと)の様にぶつぶつと呟(つぶや)くことしか出来ない。

 そんな彼を、魅(み)琴(こと)は宙空へ放り投げる。

 そして、サッカーでいうボレーシュートを打つが如く、脚を大きく振り上げた。

 

「とっとと消(き)え失(う)せろ! この、老害がァッッ!!」

 

 魅(み)琴(こと)の蹴りが道(どう)成(じよう)寺(じ)の頭に炸(さく)裂(れつ)し、彼を空の彼方(かなた)へと弾(はじ)き飛(と)ばしていった。

 息を整える彼女に、野(や)次(じ)馬(うま)達は恐れを成して固まっている。

 先程の自己が霞(かす)んでしまう程の凄惨な暴力に、誰もがドン引きしていた。

 

 だが、魅(み)琴(こと)の中では霞む筈(はず)も無い。

 彼女は静かに久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)へと歩み寄ると、眼鏡をずらしてその目蓋を閉じさせた。

 

「やっつけたわよ、見ていてくれたかしら。ごめんなさいね、ゆっくりお眠りなさい……」

 

 魅(み)琴(こと)は暫(しば)しの間黙(もく)祷(とう)すると、立ち上がって電話を掛ける。

 

「根(ね)尾(お)さん、お願いがあります」

『おお、どうした。何があった? 久(く)住(ずみ)さんは無事なのか?』

 

 根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)の問いに魅(み)琴(こと)は答えられない。

 だがその沈黙から、彼は察してくれたようだ。

 

『そうか、力になれずに済まない。繭(まゆ)月(づき)君を其(そ)方(ちら)に向かわせていたのだが……』

「その繭(まゆ)月(づき)さんの行き先、変えて頂けますか?」

『どういうことだ?』

「道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)を斃(たお)しました。ただ、怒りに任せて蹴り飛ばしてしまいました。今から凡(おおよ)その地点を伝えますので、彼女に連絡してください。それと、近隣の警察に依頼して道(どう)成(じよう)寺(じ)を捜索してもらってください」

『……解った、手配しよう。よくやってくれた』

「ありがとうございます。お手数お掛けしてすみません」

 

 魅(み)琴(こと)は電話を切ると、背後へと振り返った。

 すっかり散ってしまった銀杏(いちよう)の黄葉が路面に降り積もっている。

 

「やり過ぎたわね。思い出の景色が消し飛んでしまった……」

 

 魅(み)琴(こと)は溜息を吐いた。

 先程までの、相手への怒りと呆(あき)れを多分に含んだものではない、深い憂(う)いを込めた溜息だった。

 

「道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)、お前にはこの場での死よりも相(ふ)応(さわ)しい罰があるわ……」

 

 魅(み)琴(こと)は空を見上げた。

 一応、彼女はその暴行を相手がギリギリ死なない程度に留(とど)めていたのだ。

 彼女は人間が壊れない限界を見極めることに長(た)けている。

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)も愈(いよ)々(いよ)年貢の納め時だろう。

 長きに亘(わた)った武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)との戦いが今、決着の時を迎えようとしていた。

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