戦いは一方的だった。
それは最早、残虐な拷問処刑の様相を呈していた。
麗真魅琴の暴力はそれ程圧倒的で、凄惨で、容赦が無かった。
道成寺太の、武装戦隊・狼ノ牙の命運は最早尽きたかに思われた。
「ぐおおおおおっっ……!」
しかし、道成寺は尚も諦めない。
ボロボロの体に鞭を打ち、消えてしまいそうな闘志を燃え上がらせ、どうにか立ち上がった。
「はぁ……はぁ……。お、お嬢さん……。もう勝ったつもりかね? 随分……気が早いことだ……」
「寧ろここから逆転の目があると思っていることに心底驚き呆れているわ」
魅琴は冷め切った目で道成寺の強がりを見ていた。
しかし、道成寺は不敵に笑う。
それは宛ら、逆境でこそ澄まして魅せる勇者の様だった。
「フフフ、莫迦を言ってはいけないよ。革命戦士はね、いつだって絶望的な強者に抗ってきたのだ。しかし、何度打ちのめされようが不屈の意志で立ち上がり、希望を棄てずに戦い続けるのだ……!」
魅琴は黙って道成寺の膝を蹴り砕いた。
道成寺は膝から崩れ落ちた。
「ゲギャアアアアアアッッ!!」
「じゃあ何度でも地べたに這い蹲れよ」
そんな彼に追い打ちを掛ける様に、魅琴は道成寺の頭を踏み躙って地面を舐めさせる。
「ブバッ、ブベッ……!」
「穢いわね、変な汁を出すな」
道成寺の口から唾が飛び、地面に跳ねたので、魅琴は顔を顰めて後退った。
彼女は最早道成寺を汚物としか認識していない。
「お、おのれこの悪魔め、やりたい放題してくれおって……。だが調子に乗っていられるのも今の内だ……」
一方、そんな彼は尚も「不屈の意志」を燃やして立ち上がる。
屈辱に塗れた彼の顔は、再び歪んだ笑みを取り戻していた。
単なる強がりではなく、明らかに何かを企んでいる。
「しつこいわね。いい加減に負けを認めなさいよ。何処までも駄目な男」
「グフフ、ところがどっこい、我輩には奥の手が残されているのだ。君が雌狗であるが故に、抗い様の無い切り札がね」
道成寺は震えながら上体を起こし、胸を張ろうとしていた。
それは明らかに格闘技を仕掛ける動きではない。
彼の能力は術識神為が三つ、武装神為が一つである。
武装神為は既に破られ、また神為を失った魅琴に第二・第三の術識神為は意味を成さない。
だが唯一つ、道成寺には恐るべき能力が残されていた。
彼の言葉通り、それは女である魅琴には効果覿面の能力である。
『第一の術識神為・親利恋茶裸覇』
道成寺は両手を腰に当てて踏ん反り返った。
股間が眩い光を放ち、服の裏からその存在を誇示する。
「うっ……!」
魅琴は眉を顰め、腕で顔を隠した。
道成寺の能力は、初めて魅琴に防御の体勢を取らせたのだ。
「フハハハハ、無駄無駄ァッ! この能力は女を強制的に欲情させ、我輩の子種を求めずにはいられなくさせるのだ!」
「ぐうううううっっ!」
「グフフ、強がっても却って苦しいだけだよ。最早君は我輩の虜だ。素直に服従を受け容れ、我輩の子を産ませてほしいと懇願し給え!」
激しい光が収まった。
魅琴は構えを解き、力無く両腕を垂らして項垂れている。
「フフフ……ハハハハハ! やった! やったぞ! 虜にしてやった! あの麗真魅琴を我輩の孕み袋にしてやったぞ!」
歓喜する道成寺。
確かに、顔を上げた魅琴の様子はこれまでと比べて明らかにおかしかった。
「ふぅーっ、ふぅぅーッ……!」
魅琴は頬を紅潮させ、歯を見せて艶っぽく笑っている。
呼吸を荒らげて道成寺を物欲しげに見詰めるその姿は、興奮していると一目瞭然である。
「まったく、酷い目に遭わせてくれたね。だが、最早君は我輩の言いなりだ。逆に強力な戦力が手に入ったと喜ぶべきかな? しかし、あれだけ我輩を侮辱し踏み躙ってくれた君に対して、何の落とし前も付けさせないでいては我輩の溜飲も下がらん」
道成寺は人差し指で魅琴を差し、それを自分の足下へと向けた。
「まずは我輩に土下座し、我輩だけに服従を誓い給え。次にこれまでの非礼を詫びるのだ。その後で我輩は君を蹴るが、当然抵抗は許さん。ただ泣いて許しを乞い給え。次は自己批判の時間だ、好きなだけ言い訳を並べ給え、悉くを論破し、修正してやろう。そこまで終わって、初めて我輩に誠心誠意奉仕するが良い。これからは我輩の為に身命を捧げるのだ」
道成寺の指と言葉に促される様に、魅琴はゆっくりと歩き出した。
まさかの逆転――道成寺は勝利の美酒に酔い痴れ、下卑た笑みで顔を歪める。
魅琴は道成寺の前で地面に片膝を突いた。
「物欲しそうな顔だね、だらしのない」
「ふぅーっ、ふぅぅーッ……!」
「だが、解っているね?」
「ええ……」
魅琴は興奮を抑えきれないといった様子で破顔した。
そして、彼女の拳が道成寺の股間に突き刺さった。
「マッ!?」
突然の暴行と激痛に、道成寺は訳も解らず、ひょっとこの如く顔を歪めた。
「おンギャアアアアアアアッッ!!」
道成寺は堪らず、股間を押さえて悶絶躄地した。
立ち上がった魅琴はそれを見下ろし、悪鬼羅刹の如く嬌笑していた。
「アッハハハハハハ! 莫迦ねお前は! この私を欲情させたらこうなるに決まっているじゃないの!」
魅琴は道成寺の両足首を掴んで脇に抱え込む。
自分がこれからされることを悟った道成寺は恐怖に青褪める。
「や、やめっ……! 嫌ぁぁっっ!」
「オラアアアアアアアッッ!!」
魅琴の踵が道成寺の股間を打ち付け、激しく踏み躙る。
彼女の脚力でこのような仕打ちを受ければ、男ならば阿鼻叫喚の苦しみだろう。
「ひぎいいいいいいっっ!!」
「一目見たときから狙い易い的だと思っていたわ! 無駄に自己主張が強かったものね! 本来なら穢らわしくて触るなんてあり得ないから見逃してあげていたのに、私を興奮させたお前が悪いのよ、お前が! アハハハハハハハ!!」
道成寺は完全に墓穴を掘った。
藪蛇、と言うべきか。
本来の魅琴は自分で「邪悪な獣」と卑下する様な、真性の嗜虐性癖女である。
愛も無い相手にただ欲情してしまうと、この様に残虐性を以て応じてしまうのだ。
「ほら! ほら! ホラァッ! 段々強く踏んでやる! 何処まで耐えられるかしら? この豚! 雑魚豚がぁっ!」
「無理ぃぃッッ! 無理無理無理無理ィィィィィッッ!!」
何度も何度も、魅琴は道成寺の股間を激しく踏み付ける。
尚、やはり一踏み毎に周囲を地震が襲っていた。
道成寺がこの地獄から逃れるには、自らの能力を解除するしか無い。
しかし、この状況ではそれどころではない。
「もうやだ! もうやだあああああっ!! ママ! ママああああああっっ!!」
憐れ、道成寺はとうとう壊れてしまった。
しかし彼にとって幸いなことに、魅琴は少しずつ興奮を収め始めていた。
道成寺の神為が漸く尽きかけ、能力を維持出来なくなってきたのだ。
「ふぅ……」
魅琴の踏み付けが収まった。
能力の効果が切れたということだ。
長い黒髪を掻き上げる魅琴は嘗て無い嫌悪感情に目を眇め、顔を歪めた。
「何させるのよこの蜚蠊が!!」
魅琴は道成寺の足首から手を離すと、心底の厭悪を込めて彼の尻を激しく蹴り飛ばした。
「グワァァぁぁああぁァァーッッッッ!!」
道成寺の体は再び車線の反対側へと飛び、壁に減り込んだ。
魅琴はゆっくりと、まさに蜚蠊の死骸を紙に包んで捨てるようとしている感じの、冷酷極まり無い表情で歩み寄っていく。
そして、彼の足首を掴んで道成寺を壁の中から引っ張り出した。
「我輩は……まだ……まだ……。革命を……皇國の転覆を……新しい国を……。歴史の浄化を……正しい道を……在るべき未来を……」
道成寺は最早譫言の様にぶつぶつと呟くことしか出来ない。
そんな彼を、魅琴は宙空へ放り投げる。
そして、サッカーでいうボレーシュートを打つが如く、脚を大きく振り上げた。
「とっとと消え失せろ! この、老害がァッッ!!」
魅琴の蹴りが道成寺の頭に炸裂し、彼を空の彼方へと弾き飛ばしていった。
息を整える彼女に、野次馬達は恐れを成して固まっている。
先程の自己が霞んでしまう程の凄惨な暴力に、誰もがドン引きしていた。
だが、魅琴の中では霞む筈も無い。
彼女は静かに久住双葉へと歩み寄ると、眼鏡をずらしてその目蓋を閉じさせた。
「やっつけたわよ、見ていてくれたかしら。ごめんなさいね、ゆっくりお眠りなさい……」
魅琴は暫しの間黙祷すると、立ち上がって電話を掛ける。
「根尾さん、お願いがあります」
『おお、どうした。何があった? 久住さんは無事なのか?』
根尾弓矢の問いに魅琴は答えられない。
だがその沈黙から、彼は察してくれたようだ。
『そうか、力になれずに済まない。繭月君を其方に向かわせていたのだが……』
「その繭月さんの行き先、変えて頂けますか?」
『どういうことだ?』
「道成寺太を斃しました。ただ、怒りに任せて蹴り飛ばしてしまいました。今から凡その地点を伝えますので、彼女に連絡してください。それと、近隣の警察に依頼して道成寺を捜索してもらってください」
『……解った、手配しよう。よくやってくれた』
「ありがとうございます。お手数お掛けしてすみません」
魅琴は電話を切ると、背後へと振り返った。
すっかり散ってしまった銀杏の黄葉が路面に降り積もっている。
「やり過ぎたわね。思い出の景色が消し飛んでしまった……」
魅琴は溜息を吐いた。
先程までの、相手への怒りと呆れを多分に含んだものではない、深い憂いを込めた溜息だった。
「道成寺太、お前にはこの場での死よりも相応しい罰があるわ……」
魅琴は空を見上げた。
一応、彼女はその暴行を相手がギリギリ死なない程度に留めていたのだ。
彼女は人間が壊れない限界を見極めることに長けている。
道成寺も愈々年貢の納め時だろう。
長きに亘った武装戦隊・狼ノ牙との戦いが今、決着の時を迎えようとしていた。