日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十六話『無様』 破

 ()(こと)は街道で、警察の聴取を受けていた。

 ()(ずみ)(ふた)()の遺体は既に警察に引き取られ、また()()()()()は事故の重要参考人として任意同行を求められ、その場を後にしている。

 ()(こと)に対しても、これから詳しい説明を警察署で改めて求められるところだ。

 

 そんな時、()(こと)のスマートフォンに()()(きゆう)()からの着信が入った。

 彼女は警察から許可を得て、電話に出る。

 

「もしもし」

『たった今、(まゆ)(づき)君から連絡が入った。(どう)(じよう)()(ふとし)が逮捕されたよ』

「そうですか……」

 

 ()(こと)は目を閉じた。

 目蓋の裏には(かつ)ての日々が、高校時代に(ふた)()も含めた三人でこの道を歩いた思い出が映し出される。

 あの頃の日々は過ぎ去り、二度と戻っては来ないのだろう。

 彼女に出来たことは、それを奪い去った者に落とし前を付けさせたことくらいである。

 

「お力添えありがとうございます」

『それは()(ちら)台詞(セリフ)だ。これで()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)は壊滅。唯一残された首領補佐・()(おと)()(せい)()()は、()(はや)日本国で活動しないだろう。この後、(どう)(じよう)()父子の(しん)()に処置を施せば、一旦我々の仕事は終わりだ』

「特別警察特殊防衛課の廃止に間に合って良かったです」

『ああ。椿(つばき)(よう)()(どう)(じよう)()(かげ)()()(そう)(がん)投与の後、それぞれ警察署と病院に搬送されている。(どう)(じよう)()(ふとし)については、此方で一旦(とう)(えい)(がん)を投与した後、()(そう)(がん)(しん)()を除去する。生まれながらの(しん)()使いは一度(とう)(えい)(がん)を使えば今後は投薬無しに(しん)()を得られなくなる。これを即座に()(そう)(がん)で打ち消してしまえば、(やつ)には二度と(しん)()は戻らない』

「そうですね……」

 

 (こう)(こく)では、(しん)()を使う犯罪者に対して()(そう)(がん)を投与するが、その方法は三通りある。

 一つは呼気による吸引、もう一つは血管注射であり、自発的に服用されることは(まれ)だ。

 日本国でも同じような方法が採用されているが、それも特殊防衛課の廃止と共に無くなるだろう。

 

(どう)(じよう)()の件、後は(よろ)しくお願いします。(わたし)は引き続き、警察の取り調べを受けます」

(わか)った。(きみ)の取り調べの件、手短に済ませるよう(おれ)からも連絡を入れておく』

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 ()(こと)は電話を切った。

 

(どう)(じよう)()(ふとし)、お前には革命家としての死など与えられない。一人の醜悪な犯罪者として、(こう)(こく)とは無関係な外国の地で法に(のつと)って極刑に処される(さい)()こそ()(さわ)しい)

 

 ()(こと)()えて、(どう)(じよう)()(ふとし)を一般の警察に逮捕させることを選んだ。

 (ひとえ)に、彼の思想と半生の全てを否定する(ため)だ。

 罪も無い人を(あや)めて()じない程に(ゆが)み、道を踏み外してしまった男が、初心に殉じることなど許せなかった。

 彼女の「邪悪な獣」としての本性が、(どう)(じよう)()という男の生き方を徹底して辱めることを望んだのだ。

 

「お待たせしました。では、行きましょうか」

 

 ()(こと)は警察と同行すべく歩き出そうとする。

 とその時、彼女は背後から声を掛けられた。

 

()(こと)

「あ……」

 

 振り向くと、彼女の方へ(さき)(もり)(わたる)が駆け寄ってきていた。

 何やら事件に巻き込まれたらしく、服がボロボロで傷も負っている。

 戦いの中で(しん)()が尽きる程に追い詰められたのだろう。

 

(わたる)、どうしたの?」

「うん、ちょっとね……」

 

 (わたる)は何があったかは皆まで言わない。

 心配を掛けさせまいと、強がっているのだろう。

 そういえば、昔にもこのような()()りをしたことがある。

 高校が()(じん)(かい)(かい)(てん)()に襲撃されたときも、解放された(わたる)は自身に起きたことをこうやってはぐらかしていた。

 

 (つく)(づく)、今日はあの時のことを思い出させる。

 ()(こと)はあの日と同じ秋の風を感じていた。

 

(きみ)()()さんの電話を聞いたよ。居ても立ってもいられなくなったんだ。それで、()()さんから例の喫茶店だって聞いてさ、すぐにバイクを飛ばしてきたんだ」

 

 ふと、()(こと)は自分が(あん)()していることに気が付いた。

 傷付いた(わたる)何故(なぜ)か大きな存在感を持って、(しつか)りと立っているように見える。

 

(そうか……(わたし)は弱っていた……)

 

 思えば今、()(こと)は非常に感傷的になっている。

 それこそ、(こう)(こく)(わたる)と別れた時に似ている。

 自覚していなかったが、彼女は(ふた)()の死によって余りにも大きな傷を負っていたのだ。

 (どう)(じよう)()(しつ)(よう)に痛め付けたのは、その傷に見合うように釣り合いを取ろうとしたのかも知れない。

 

「あの、すみません」

 

 (わたる)も何かを察したのか、警察に声を掛ける。

 

「この事情聴取って任意ですよね? 出来れば少し時間を置いてもらえませんか? 今は色々と大変だと思うので……」

 

 警察官は(わたる)の言葉を受け、無線で連絡を取った。

 連絡を終えた警察官は二人に答える。

 

「解りました。後日またお話し願います」

「ありがとうございます。あの、()()で言うのも難ですが、彼女の行動は特殊防衛課としての活動の一環で、担当案件の犯人無力化の為に必要な措置だったことは承知しておいてください。損害も特殊防衛課向けの予算で()(てん)される(はず)なので……」

「解っていますよ。その件は先程本人から説明されていますので」

 

 ()(こと)(わたる)の対応が、というよりも一連の行動が有難かった。

 己が無事ではないにも(かかわ)らず、()(こと)自身も気付いていなかった精神の摩耗を案じて駆け付けてくれたのだ。

 

「ありがとう、(わたる)

 

 ()(こと)は心から(わたる)に感謝を伝えた。

 そんな彼女の様子に驚いたのか、(わたる)は目を見開いて(そば)に寄って来る。

 

()(こと)、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない様に見えるのね……」

 

 (わたる)の推察は当たっている。

 喪失の虚無感が()(こと)(むしば)み、心が体を離れてしまいそうだ。

 (わたる)の存在が、彼女をこの場所に()(とど)めていた。

 

「ごめんなさい(わたる)、ほんの少しだけ胸を貸して……」

 

 ()(こと)(わたる)の胸に体を預けた。

 彼の鼓動、それと抱き返してきた腕が、物悲しい秋風に冷えた体を温める。

 今、()(こと)(わたる)の存在を頼りに心を支えている。

 恋人になって以来、彼のことを心強く感じることが増えたように思える。

 

 裸の街路樹と道路に散り積もった銀杏(いちよう)の黄葉が、喪失の(わび)しさを(いろど)っている。

 二人はそんな中、失ってしまった大切な者を(おも)いながら身を寄せ合う。

 (ふた)()はこんな二人を許してくれただろうか。

 いつかまた、彼女の魂と友人として巡り会えるのだろうか。

 

「帰ろう、()(こと)()()はちょっと冷えるよ」

「ええ、そうね。ありがとう……」

 

 (しば)し、二人は互いに寄り添った。

 来年にはまた季節が巡り、美しい黄葉が新たな人々の青春を包むように願いながら……。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 椿(つばき)(よう)()はソファの上で目を覚ました。

 食器や書物、書類が山積みになっている薄暗い居間――彼女の他には唯一人、(あぶ)()()(しん)()だけが椅子に座っている。

 彼はスマートフォンを片手に(よう)()の方を(うかが)っており、彼女の目覚めに気付いた彼は食卓の上にそれを置くと、敷かれたティッシュを畳んで()まみ()げた。

 

(ようや)くお目覚めか、椿(つばき)。心配させやがって」

「心配? 電話端末を(いじ)って、暇そうに見えたけど?」

()()、全然起きないんで大丈夫かどうか調べてたんだよ」

 

 (よう)()は周囲を窺う。

 間違い無く(しん)()一人、他には誰も居ない。

 これならば()()く隙を突いて逃げることも不可能ではない――今までの(よう)()ならそう考えていた。

 

(かげ)()は?」

「ああ、お前が寝ている間に連絡があったぜ。なんとか()(そう)(がん)を飲ませられたみたいだ。同時に眠っちまったから病院に送ったらしいけどな。だが命に別状はねえんだと」

「そうか……良かった……」

「いや、どうだろうな……」

 

 (しん)()はばつが悪そうに(つぶや)いた。

 

「隠しても後で知ったら余計に辛いだろうからな、先に言っとくよ。命に別状は無いが、その代わり心のダメージが(ひど)いらしい。さっきは眠っちまったって言ったけど、意識を失っちまっていつ目を覚ますか(わか)らないんだと」

「なっ……!?」

 

 衝撃的だった。

 (よう)()はずっと、弟を父親から自由にしたう一心で不本意ながら(おおかみ)()(きば)に協力してきた。

 その結果、弟は()めない眠りに落ちてしまったというのだ、落胆は(すさ)まじいものがあるだろう。

 

「そんな……(うそ)だ……」

(おれ)だって嘘だと思いてえよ!」

 

 (しん)()は食卓を拳で(たた)いた。

 

「なんであいつらはいつも誰かの大切な家族を、幸福な人生を奪うんだよ! 何が革命だ! 世の中を変えたいなら目の前に居る不幸な誰かに手を差し伸べて救ってやれよ! 不幸ばっかりばら()きやがってよ!」

 

 (よう)()は今、(しん)()の怒りに胸を締め付けられる想いだった。

 自分の為に、弟の為に怒ってくれているのは解る。

 しかしそこには、自身の家族を奪われた怒りも重なっている。

 (おおかみ)()(きば)に加担してきた彼女にとって、自責の念に堪えるのは困難だった。

 

「これは……(あたし)への罰かもな。貴方(アンタ)の言うとおりだよ。弟が全てだと言って、平気な顔をして悪事に荷担してきたんだ。その(あたし)達に対して、当然の結末なのかも知れない……」

「何言ってんだよ、お前」

 

 (しん)()(よう)()の方を向いた。

 その()は怒りでも憎しみでもなく、強い決意の光りが宿っている。

 

「いつ目を覚ますか判らないってだけで、永遠に眠っちまったって訳じゃねえんだ。(おれ)は諦めねえぞ」

「え?」

(おれ)はお前の弟がいつか目を覚ますと、ずっと信じて待ち続ける。だからお前も諦めるんじゃねえ」

 

 (よう)()は驚きを禁じ得なかった。

 一体何が(しん)()にそこまで言わせるのか、単なる同情と感傷にしては重過ぎる言葉だ。

 それでいて、(しん)()の眼は決して事を軽く見てはいない。

 自分が何を言っているか、確りと認識した上で強い決意に燃えている。

 

貴方(アンタ)、どうしてそこまで……」

「取り戻してえんだよ、あいつらから。奪われっ放しなんか(むな)(くそ)悪いじゃねえか。何か一つくらい、あいつらに奪えなかったものがあっても良い筈だ。じゃなきゃ神も仏も無いにも程がある。(おれ)は信じてえんだよ、この世の救いって奴を……」

 

 救い――(よう)()の胸にその言葉が強く響いた。

 以前ならば、そんな概念になど見向きもしなかっただろう。

 所詮この世は地獄、全ては自分でなんとかしなければならないのだと、そう信じていた。

 しかし、大き過ぎる絶望を経た(しん)()は、それでも(なお)この世に希望を抱き続けようとしている。

 

「莫迦には(かな)わないな、全く……」

「莫迦とはなんだよ、莫迦とは」

「いや、『ありがとう』ってことだよ」

 

 今、陽子の心には絶望の暗雲が立ち込めながら、それでもほんの少しだけ晴れ間が差していた。

 (しん)()が作ってくれたそれを、(よう)()もまた信じたいと思った。

 アラン(いわ)く、悲観主義は気分に()るものだが、楽観主義は意志に()るものだとのことだ。

 凄まじく打ちのめされて尚、この世に救いを信じる姿――それが「意志」の具現化であることは間違い無かった。

 

「ところでさ、(あぶ)()()

 

 (よう)()(しん)()に手を差し出した。

 

「何だよ、その手は?」

「いや、そのティッシュに包んだのは()(そう)(がん)だろ? 早くそれをくれよ。飲ませるんだろ、(あたし)に?」

「あ、そうか……」

 

 (しん)()はティッシュを(よう)()に差し出した。

 (よう)()は苦笑しながらそれを受け取る。

 

貴方(アンタ)って本当抜けてるよね」

「な、なんだよ」

「いや、良い奴だなって……」

 

 (よう)()はティッシュの中の()(そう)(がん)(ため)()わずに飲み込んだ。

 

「さ、飲んだよ。で、(あたし)を連行するんだろ?」

「あ、ああ。付いて来いよ」

「ふっ、『付いて来い』か……」

 

 (よう)()は小さく(ほほ)()んで立ち上がった。

 

「良いよ。付いて行くとするよ、貴方(アンタ)に」

 

 時刻は一四:四五、椿(つばき)(よう)()(あぶ)()()(しん)()に任意同行し、出頭した。

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