日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十七話『冀望』 急

 十月十五日木曜日、元防衛大臣兼国家公安委員長・皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の訃(ふ)報(ほう)は日本中に衝撃を与えた。

 彼女の死因もまた瞬く間に伝わり、保守系の報道機関は彼女を「病を押して国を守った悲劇の英雄」として持ち上げ始めた。

 

「ああ、此(こ)方(ちら)は大丈夫だ。良いから君(きみ)は、今は麗(うる)真(ま)君の傍(そば)に居てやれ」

 

 ホテルの一室で、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)が岬(さき)守(もり)航(わたる)と電話していた。

 皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の葬儀は十八日の日曜日に調整されている。

 当日は魅(み)琴(こと)や根(ね)尾(お)といった身内、航(わたる)を始めとした特別警察特殊防衛課の面々といった、直接関わりのあった者達の他、政界から多数の参列者が訪れることになっている。

 根(ね)尾(お)は出席者との調整に忙殺される中、航(わたる)と魅(み)琴(こと)を気に掛けて電話を掛けたのだ。

 

「ああ、それから皇(こう)國(こく)から派遣された和平交渉特使の貴族方は明日帰国の御(ご)予(よ)定(てい)だ。前日の今晩に送別の機会を設けるから顔を出してくれ。水(み)徒(と)端(はた)嬢や鬼(き)獄(ごく)嬢が最後に顔を見たがっている」

 

 根(ね)尾(お)はそう伝えると、航(わたる)との電話を終えた。

 

「皇(すめらぎ)先生、どうにか講和は纏(まと)まりました。貴女(あなた)の生(いき)様(ざま)、大変お見事でした。政治家としての貴女(あなた)の志は、自分が必ず継いで見せます……」

 

 窓の外、澄んだ空に皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の面影が浮かぶ。

 彼もまた、彼女を師と仰ぎ大いなる薫陶を受けた。

 直接的な親子関係ではないが、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)もまた皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)を受け継ぐ者といえるだろう。

 

 そんな彼が空を見上げて黄(た)昏(そが)れていると、部屋の扉が叩(たた)かれた。

 外から白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)が入室許可を求めている。

 

「今行く」

 

 根(ね)尾(お)は白(びやく)檀(だん)を部屋へ迎え入れた。

 

「いやーやっと一段落付きましたよー」

「苦労を掛けるな、何かと」

「をやあ? 珍しく労(ねぎら)ってくれますねえ?」

「そうだったか? そういう印象なら少し改めんとな。何か出そうか?」

「いえいえ、お構い無くー」

 

 小卓の席に着く白(びやく)檀(だん)に、根(ね)尾(お)は水を出した。

 

「お冷やですかー」

「不服か? 一応、それなりのミネラルウォーターなのだが……」

「お酒とか無いんですかー?」

「……お前に気を遣ったのは間違いだったかな?」

 

 二人の遣(や)り取(と)りは相変わらずだった。

 

「ところで白(びやく)檀(だん)、雲(くも)野(の)兄妹の様子はどうだ?」

「あー、なんか十(とお)桐(どう)様が凄(すご)く面倒を見てくれますねー。今も一緒に遊んでいますよー。なんだか、前の神(じん)皇(のう)陛下を思い出して放って置けないんでしょうかねー」

「そうか、有難い話だな。しかし、早い内に二人のこれからの事を決めねばならん。彼らは皇(こう)國(こく)に帰す訳にも行かんが、かと言って日本国にも身寄りが無い。早い内に何か考えてやらんと」

「私(わたし)達と同じじゃ駄目ですかねー? ほら、皇(すめらぎ)先生の御(お)母(かあ)様(さま)がやっていた孤児院」

「俺(おれ)も其(そ)処(こ)かなと思っている。ただ、本人達の希望も訊(き)かんとな」

 

 根(ね)尾(お)はスマートフォンを弄(いじ)りながら考え込んだ。

 この間にも、彼は皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の葬儀について色々と政界への根回しを進めなければならなかった。

 そんな彼に、白(びやく)檀(だん)は水を飲み干して事も無げに告げる。

 

「あ、そういえば双子、神(しん)為(い)戻りましたよ」

「なっ!? お前そんな話をさらっと!」

 

 根(ね)尾(お)は慌ててスマートフォンを落としそうになった。

 雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)の兄妹は神(じん)皇(のう)の複製人間として強大な神(しん)為(い)を備えている。

 これは日本国にとって強力な手札だが、それだけに皇(こう)國(こく)としても無視し難(がた)く、扱いによっては次の火種になりかねない。

 

「十(とお)桐(どう)様には……もう知られてしまっているだろうな。講和の為(ため)だ、どうにか帰国後口外しないとの確約を得たい。彼女と話をせねばならんな」

 

 根(ね)尾(お)は白(びやく)檀(だん)と共に十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)の客室へと向かった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 翌日・十月十六日金曜日、昼過ぎ。

 警視庁の留置場に、虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)が足を運んでいた。

 椿(つばき)陽(よう)子(こ)との面会の為である。

 

「変な気分だぜ、こっちの立場で此(こ)処(こ)に来るたぁよ……」

 

 目的は差し入れと近況の報告である。

 差し入れの品目は着替えと漫画本、それから僅(わず)かな現金であった。

 

「悪いな虻(あぶ)球(く)磨(ま)、我(わが)儘(まま)を聞いてもらって」

「いや、こっちとしてももう少し良い服を持って来てやりてえんだがよ、相変わらず規則が厳しくてなあ……」

 

 新(しん)兒(じ)には不良時代、喧(けん)嘩(か)が元で留置所に入った経験がある。

 それで、差し入れ可能な品目は大体把握していた。

 陽(よう)子(こ)に渡された着替えは、簡単な上下のスウェットと地味な下着くらいだった。

 

「しかし意外だよな、椿(つばき)。お前が漫画なんか読みたがるなんて……」

「あいつが、双(ふた)葉(ば)が好きだったって聞いたからさ。今からでももっと知りたいんだ、あいつのことを」

 

 双(ふた)葉(ば)の死は取り調べの中で陽(よう)子(こ)に伝わっていた。

 それから、父親の逮捕も。

 彼女は留置所の中で、自分を縛り続けた柵(しがらみ)が終わりを迎えたことを報(しら)されたのだ。

 

「双(ふた)葉(ば)は……やっぱり私(あたし)のせいで死んだのかな……?」

「流(さ)石(すが)にこじつけじゃねえか、それは? 関係あるっちゃあるかも知れねえけどよ」

「無関係とは……言えないか」

「いや、そういう意味じゃ……」

 

 陽(よう)子(こ)は顔を青くして俯(うつむ)いた。

 

「前に親(おや)父(じ)から言われたことがあるんだ。『お前は本当に陰(かげ)斗(と)を探したかったのか』ってさ」

「どういうことだ?」

「心理学であるらしいんだ。人間は単に現状を変える為に行動するのであって、過去の記憶は実は動機にならない、ただそれっぽく理由付けをしているだけなんだってさ。私(あたし)は家を飛び出した理由を『生き別れになった陰(かげ)斗(と)の行方がどうしても気になったから』だと思っていた。でも、本当は違うだろうってことらしい。そんな過去のことに動かされたのではなく、ただ『椿(つばき)家での生活に嫌気が差したから、新しい環境から刺激を得たかった』だけだろうって……」

「それがどうしたんだよ?」

「私(あたし)は……陰(かげ)斗(と)の為だと言って親父に協力してきた。でも、本当は違うんじゃないかって。私(あたし)はお爺(じい)ちゃんに武術を教わった。それを存分に試せる環境が欲しくて、ただ暴れたくて親父と行動を共にしたんじゃないかって。現に私(あたし)はお前が言ったとおり、この国に入国してすぐに逃亡した。出頭して終わらせることを選ばなかった。私(あたし)は自分の欲のままに人を傷付け続けただけじゃないかって、最近思うんだ。そんな最低の活動に双(ふた)葉(ば)を巻き込んで、挙げ句殺してしまったんじゃないかって……」

 

 陽(よう)子(こ)は声と身体を震わせていた。

 自分のしてきたこと、隠された本心に恐(おそ)れ戦(おのの)いている様な、そんな姿だった。

 新(しん)兒(じ)は彼女の言葉を黙って聞いていたが、一区切りが付くと首を傾(かし)げた。

 

「悪い、椿(つばき)。俺(おれ)、お前が何言ってるのか全然解(わか)らねえわ」

「なっ……!」

「だって、なんでお前の行動目的や本心をお前じゃなくて親父が決め付けてるんだよ?」

 

 新(しん)兒(じ)の疑問に、陽(よう)子(こ)は目を瞠(みは)って息を呑(の)んだ。

 

「そりゃ、実際にやったことや結果は褒められたもんじゃねえと思うぜ。前に折(おり)野(の)の奴(やつ)が言ってたが、人間の本質は言葉で話す綺(き)麗(れい)事(ごと)じゃなくて実際にやらかした行動だって話、そりゃある程度真実だろうさ。弟の為とはいえ、やったことは償ってくれって思う」

「だよな……」

「けど、そりゃあくまで他人から見ての話だ」

 

 新(しん)兒(じ)は身を乗り出して強調する。

 

「お前が何を願ったか、何の為に行動を起こしたかっていうのは、お前が善か悪かにゃ関係ねえ話だと思う。それは自分で決めるべきだ。自分の思いを、本心を、願いを、やりたかったことを、他人の言葉に惑わされて否定する必要はねえよ。お前は弟を助けたかった、お前がそう思うんならそれで良いじゃねえか」

 

 椿(つばき)の表情が僅かに崩れた。

 新(しん)兒(じ)の言葉で心が解(ほぐ)れたのかも知れない。

 

「扨(さ)てっと、時間も限られてるんで、話の流れをぶった切って伝えることを伝えるわ。単刀直入に言うとな、陰(かげ)斗(と)の奴、目覚める見込みはあるぜ」

「本当か?」

「例の双子、居るだろ? 雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)、最近目を覚ましたあいつらが教えてくれたんだ。陰(かげ)斗(と)の状態は、眠っていた自分達と似ているってな。つまり、いつかは目を覚ますっていう前例があるってことだろ? 双子も同じことを言っていたよ。いつになるかは判(わか)らねえが、待ってみる価値はあるぜ」

「そうか……! 良かった、本当に……!」

 

 椿(つばき)の目が潤んでいた。

 自分が人生を犠牲にし、罪に手を汚してまで足(あ)掻(が)いた結果が、助けたかった弟の永遠の眠りでは余りにも報われない。

 だが、ほんの僅かな光ではあるが希望は在るということだ。

 陽(よう)子(こ)も少しは救われたかも知れないし、双(ふた)葉(ば)も少しは浮かばれるかも知れない。

 

「それでさ、これはお前の裁判次第なんだが、今根(ね)尾(お)さん達が全て終わった後でも日本に残れるように手を尽くしてくれてる。勿(もち)論(ろん)、姉弟揃(そろ)ってだ。ただ、お前らってぶっちゃけこの国に敵も多いと思う。味方が必要なんじゃないかって、御(お)節(せつ)介(かい)だが思うんだよな。それで、もし良かったらなんだが……」

 

 新(しん)兒(じ)は頭を掻(か)きながら若干言(い)い淀(よど)む。

 これから伝える言葉に、少し照れがあった。

 

「俺(おれ)と結婚しねえか?」

「……は?」

 

 余りにも唐突に告げられた申し出に、陽(よう)子(こ)は口を開けて驚いていた。

 

「何を言っているんだ、お前? 私(あたし)は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に手を貸してきた女だぞ? お前の家族の仇にだ。親戚も居るだろうに、どう紹介するつもりなんだ?」

「どうって、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に酷い目に遭わされた被害者だろ、お前も。それを解らねえ奴らじゃねえよ。俺の親戚も、家族もな」

 

 新(しん)兒(じ)は顔を赤くして陽(よう)子(こ)から目を背けた。

 

「あ、ほら。ぶっちゃけ岬(さき)守(もり)の奴が羨(うらや)ましくってさ。なんか俺(おれ)も、将来結婚する彼女が欲しいなって思ったんだ。それで、考えているとなんかお前の顔が浮かんでさ……」

「おいおい、なんだよそれ。私(あたし)はその場の間に合わせか?」

「いや、そういう訳じゃねえよ。正直、気になってはいたんだ、公(こう)転(てん)館(かん)に居た頃からさ。お前、結構強えじゃん。最初は鼻に付いたけど、なんか眼(め)が離せなくて……。岬(さき)守(もり)の影響かな、俺(おれ)も強い女が好きらしい……」

「悪い、何言ってるのか解らないな。お前全然そんな感じじゃなかっただろ」

「なんだ当て付けか? さっき俺(おれ)が言ったことに対してよ」

 

 いつの間にか、二人は口論を始める雰囲気になってきていた。

 ので、立合いの職員が咳(せき)払(ばら)いをして二人を諫(いさ)める。

 

「そろそろお時間ですよ」

「ちっ、まあ今日のところは返事は良いや」

 

 新(しん)兒(じ)は席を立った。

 

「じゃあな、時間取らせて悪かったな」

「いや、来てくれてありがとうよ。返事は今度のお楽しみにしておいてくれ」

「ああ、また来る」

 

 こうして、二人の面会時間は終了した。

 

 その後、椿(つばき)陽(よう)子(こ)は取り調べを受ける中で武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)について自分の知り得る全てを話した。

 その中には、父親である道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)が犯した数々の罪状も含まれている。

 一通り話し終えた後、彼女は検察に書類送検される。

 

 結果、椿(つばき)陽(よう)子(こ)に対して検察が下した最終判断は、不起訴処分であった。

 父親である道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)による、弟を人質に取られての強要が考慮され、有罪判決が勝ち取れるという確証がどうしても得られなかった為――一般にはその様に解釈される判断である。

 ただ、中には皇(こう)國(こく)との関係や講和への影響を考慮した政界からの圧力があったと考える陰謀論者も存在した。

 

 道(どう)成(じよう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)の処遇は、彼が目覚めた後に取り調べを行い、判断が下されるだろう。

 そして二人の父親である道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)は、嘘(うそ)の様に気力を失って腑(ふ)抜(ぬ)けとなった状態で取り調べを受けているらしい。

 取り調べにはかなりの時間を要するだろうが、検察は最終的に死刑を求刑するだろうと言われている。

 

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)との戦いは、ここで完全に決着を迎えることになった。

 皇(こう)國(こく)との講和も決まった。

 

 だがそれは嵐の前の静けさに似ていた。

 恐るべき混(こん)沌(とん)が不穏の影を纏って迫っていることを、日本国の殆(ほとん)どの者は全く感じることが出来ないでいた。

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