日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第九十八話『皇道保守黨』 破

 十月十八日日曜日、皇(こう)國(こく)衆議院選挙投票日。

 神(じん)皇(のう)・叡(えい)智(ち)は無所属で選挙区から立候補し、大方の予想通り他の追随を許(もと)さず得票数一位で当選を果たした。

 皇(こう)國(こく)の選挙制度は中選挙区制で一地区に複数の議席が割り当てられている為(ため)、彼の他にも当選者は出たのだが、戦略投票の僅差で当落が分かれた。

 これにより、首班指名は神(じん)皇(のう)が通ることがほぼ確定したといえるだろう。

 

 では、議会の勢力図はどうなったのかというと、既存政党は軒並み大きく議席を減らした。

 これは、どの勢力が与党になろうと結局は神(じん)皇(のう)親政同然の状態になるのだから、各政党の主張は寧ろ神(じん)皇(のう)の政治にとっての足(あし)枷(かせ)、不純物になると捉えられたからだ。

 そして、逆に神(じん)皇(のう)の政治に丸投げするという確固たる信頼を得ていた政治勢力が多くの議席を獲得した。

 新興勢力の皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)が衆議院の過半数を上回ったのだ。

 

 今回の選挙、本来はもう一週間後に行われる筈(はず)であった。

 元々衆議院の任期自体は既に切れていたが、戦時中を理由に内閣総理大臣判断で先延ばしにされていた選挙である。

 しかし、十月七日水曜日に日本国で武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)最後の一人であった首(しゅ)領(りょう)Д(デー)こと道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)が逮捕され、講和への懸案事項はほぼ無くなった。

 これを受け、内閣総理大臣・都(つ)築(づき)廉(れん)太(た)郎(ろう)は解散機運と圧力を抑えきれなくなったのだ。

 

(愈(いよ)々(いよ)……神(じん)皇(のう)親政が現実の物になってしまう……。いや、まだ諦めるべきではない。まだ議会の招集権はこの手の中にある。陛下を説得するのだ。どうにか、どうにか思(おも)い止(とど)まっていただけるようにと、我が身命を賭して……)

 

 都(つ)築(づき)にはまだ、最初の皇(こう)國(こく)議会招集を選挙から三十日までの期間遅らせることが出来る。

 そうやって指名投票を遅らせる可能性については、臣民の間でも真(まこと)しやかに囁(ささや)かれていた。

 

 今、彼は死を覚悟していた。

 神(じん)皇(のう)の宸(しん)意(い)に対して意見するからには、仮令(たとえ)通ったとしても腹を切らねばならない――その命懸けの上奏こそが、自らにとって真の最後の奉公になると、都(つ)築(づき)は拳に力を込めて歯を食い縛り、固(かた)唾(ず)を呑(の)んでいた。

 

 電子映視機には、悲惨さを増していく総選挙の開票速報が映し出されている。

 そんな時、呼び鈴が都(つ)築(づき)に来客を報(しら)せた。

 

(誰だ、こんな時間、こんな状況で?)

 

 都(つ)築(づき)は呆(あき)れながらも女中に「無下にせず客間に通すように」と伝えた。

 そして会ってみると、軍服に外套(マント)を羽織って押し掛けたその面子に彼はたじろいだ。

 

「き、君(きみ)達(たち)は……!」

「都(つ)築(づき)総理、お初に御目に掛かります」

 

 客間の下座に坐(すわ)っていたのは、三十代の青年将校四人だった。

 都(つ)築(づき)はその顔触れを知っている。

 故に、訪問の理由も察しが付いた。

 

「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の青年将校がこの都(つ)築(づき)に何の用だね?」

 

 この四人は、よく皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)総裁・荒(あら)木(き)田(だ)将(まさ)夫(お)と連(つる)んでいたところを都(つ)築(づき)に目撃されていた。

 荒(あら)木(き)田(だ)は時折若い軍人を自宅に招いて酒盛りをしており、そうやって自分や皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)のシンパを増やしているのだという。

 彼らはそんな青年達の中心的人物で、都(つ)築(づき)は荒(あら)木(き)田(だ)と一(ひと)纏(まと)めに彼らにも良い印象を持っていない。

 四人はそんな都(つ)築(づき)の心情を見透かした様に勝ち誇ってみせる。

 

「もうただの青年将校ではありませんよ。この度、荒(あら)木(き)田(だ)総裁より任命いただきました。幹事長の芹(せり)沢(ざわ)雁(かり)也(や)です」

「政調会長の新(にい)見(み)虹(こう)です」

「総務会長の山(やま)南(なみ)知(とも)郎(ろう)です」

「国対委員長の伊(い)東(とう)陽(よう)之(の)進(しん)です」

 

 四人は軍人らしく厳(いか)めしい顔を並べ、不遜とも取れる笑みを浮かべつつ名乗った。

 続きは落ち着き払った様子で彼らを上座へ移る用に促す。

 しかし、リーダー格の芹(せり)沢(ざわ)雁(かり)也(や)がこれを固辞した。

 

「いいえ、お構い無く。御時間は取らせませんので」

「ほう……」

 

 都(つ)築(づき)はその言葉にムッとした。

 

「君(きみ)達の要件は大方想像が付く。それが時間を取らせないとはどういうことなのか、少々目(もく)論(ろ)見(み)が甘くはないかね?」

 

 芹(せり)沢(ざわ)は要するに、こう言っているのだ。

 貴方(あなた)を説得するのは容(た)易(やす)い、と。

 その侮りに対し、笑って受け流してやる程間抜けではない。

 

「折(せつ)角(かく)のご訪問だ、上座でゆっくりしていきなさい」

「いいえ、その必要はありませんよ」

 

 芹(せり)沢(ざわ)の態度は相変わらずだ。

 都(つ)築(づき)の中で、抑えていた軍高官の矜(きよう)持(じ)が久方振りに煮(に)え滾(たぎ)る。

 

「尻の青い若造が、舐(な)めるんじゃねえぞ? 俺(おれ)は国防軍大将だ。貴様ら如(ごと)きに軽く見られるような生き方はしちゃいねえんだよ……!」

 

 都(つ)築(づき)は四人に凄(すご)んで見せた。

 予備役になった彼だが、相手を威圧する迫力は現役のそれである。

 大将にまで上り詰め、更に首相を任される男に相(ふ)応(さわ)しい眼力であった。

 

 しかし、四人は全く動じていない。

 まるで何か、これから先の展開に別の確信を持っているかの様だ。

 それはあまりにも不穏な確信であった。

 

「内閣総理大臣閣下は何か勘違いをなさっているようだ。なあ、新(にい)見(み)大尉」

「そうだな。それに、我々はあまり歓迎されていないと見える」

「新(にい)見(み)大尉もそう思うか。全く、心外ですな。伊(い)東(とう)大尉はどう思う?」

「私(わたし)も山(やま)南(なみ)大尉と同感だ。さっさと済ませよう、芹(せり)沢(ざわ)大尉」

 

 芹(せり)沢(ざわ)はそれに答える用に立ち上がった。

 そして、あろうことか腰から軍刀を抜いた。

 これには流石(さすが)の都(つ)築(づき)も冷や汗を滲(にじ)ませる。

 

「なっ……! 正気か、貴様ら!」

「総理がお亡くなりになれば、代行者は皇(こう)國(こく)議会を招集せざるを得ない」

「君側の奸(かん)を除く為ならば、我々は喜んで狂気に堕(お)ちる所存」

「閣下こそ、我々の忠義を舐めないでいただきたい」

「閣下、御(お)覚(かく)悟(ご)を」

 

 都(つ)築(づき)は額に青筋を立て、血走った目で芹(せり)沢(ざわ)を睨(にら)む。

 死を前にして一歩も怯(ひる)まない姿は確かに誉れ高き軍人のそれである。

 しかしその時、何処(どこ)からともなく声が響いた。

 

『待て、この莫(ば)迦(か)者共が』

 

 その嗄(しゃが)れた声の主は突如として客間の扉を開けた。

 一体何処から屋敷に入ったのかと問(とい)質(ただ)す間もなく、軍服姿の老翁は彼らの許(もと)へと歩み寄る。

 その服装は、四人の装いとどこか似ていた。

 

「御老人、貴方(あなた)は?」

「閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)、貴様らの仲間であった推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)の旧(ふる)い友人じゃ」

「推(つき)城(しろ)元青年部長か。あの時代を読み違えた愚か者の知(ち)己(き)が何の用だ?」

 

 閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)と同じ神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)は、嘗(かつ)て皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)に所属していた。

 しかし、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)と同じ時期に離党している。

 四人が閏(うる)閒(ま)を訝(いぶか)しむのも当然であった。

 

「まあ、儂(わし)のことはどうでも良い。しかし貴様ら、ここで都(つ)築(づき)を殺しては下(げ)手(しゆ)人(にん)は誰か明らかであろう。そうなると、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の議会運営にも影響が出るぞ。もう貴様らには立場があるのだから、少しは考えて行動しろ」

「何だと?」

 

 芹(せり)沢(ざわ)を除く三人は閏(うる)閒(ま)を睨む。

 このまま都(つ)築(づき)の序(つい)でに彼のことも殺すとでも言いたげな風情だ。

 そんな彼らを、芹(せり)沢(ざわ)は目で制す。

 

「閏(うる)閒(ま)翁とやら、御忠告痛み入る。しかし、我々にとっては神(じん)皇(のう)陛下の御(ご)親(しん)政(せい)が叶(かな)わねば何の意味も無いのだ。この男がそれを阻もうというなら、我々は誅(ちゆう)さねばならん」

「そう慌てるな、と言っておる。貴様らの懸念は杞(き)憂(ゆう)に終わるという確信があるのじゃ」

 

 閏(うる)閒(ま)は歪(ゆが)んだ笑みを浮かべた。

 

「今、荒(あら)木(き)田(だ)総裁が神(じん)皇(のう)陛下に例の上奏を行っておる。此(こ)処(こ)で騒ぎを起こすのは無益だ」

「例のお話を!?」

「では愈々……!」

「素晴らしい……!」

 

 青年将校達は打って変わって歓喜に表情を綻(ほころ)ばせた。

 反対に、都(つ)築(づき)は青(あお)褪(ざ)める。

 両者の立場で、くっきりと明暗が分かれたと言ったところか。

 閏(うる)閒(ま)は胸を撫(な)で下(お)ろす用に溜息を吐く。

 

「解(わか)ったら今日のところは帰れ、貴様ら。皇(こう)國(こく)の新たなる夜明け、新しい政(まつりごと)の始まりに血(ち)腥(なまぐさ)い死という穢(けが)れで水を差すものではない。貴様らの企(たくら)み通り、神(じん)皇(のう)は断固たる意志で親政を始める、それで充分ではないか」

 

 ふむ、と芹(せり)沢(ざわ)が頷(うなず)き、刀を納めた。

 

「閏(うる)閒(ま)翁とやら、貴方(あなた)の言うことも一理ある。ここは貴方(あなた)に免じて、一旦退いてやるとしよう。命拾いしましたな、都(つ)築(づき)国防軍予備役大将閣下」

「だが、もし懲りずに神(じん)皇(のう)陛下の邪魔立てをするのなら、その時は容赦しない」

 

 四人の青年将校はずかずかと客間を後にした。

 その場には都(つ)築(づき)と閏(うる)閒(ま)だけが取り残されている。

 

「一(ひと)先(ま)ずは……貴方(あなた)の御(お)陰(かげ)で助かったといったところか、閏(うる)閒(ま)殿」

「いや、そうとも限らん」

 

 閏(うる)閒(ま)は都(つ)築(づき)を冷笑し、指で作った輪を通して彼を覗(のぞ)き見(み)る。

 

「何の真(ま)似(ね)ですかな?」

「どうということは無い。儂(わし)は別に、彼らの考えを全否定するものではない。邪魔者には消えてもらった方が良い、それは確かじゃ」

 

 二人だけになった客間が異様な空気に包まれる。

 何か恐ろしい力が行使されようとしているような、そんな雰囲気である。

 閏(うる)閒(ま)はおどろおどろしい声で何者かに伺いを立てる。

 

「媛(ひめ)様(さま)、貴(あ)女(なた)様(さま)に儂(わし)の眼を貸しまする。どうか力の御行使を願いたく……」

『宜(よろ)しい。唯(ただ)、今すぐでは拙(まず)いのでしょう?』

「然(さ)様(よう)。明日辺りにでも……」

『成程、解ったわぁ……』

 

 都(つ)築(づき)はこの時、閏(うる)閒(ま)の眼から自分の体内に何かが埋め込まれるような奇妙な感覚を覚えた。

 そしてそれが、彼にとって致命的であるとも感じた。

 閏(うる)閒(ま)は腕を下ろすと、両目でにんまりと笑い、都(つ)築(づき)を不気味に見詰めている。

 

 

「い、今何を……? 誰かと話していたのかね?」

「儂(わし)は別に、何もしやせんよ。唯お伺いを立てただけじゃ。そして、さらばじゃ都(つ)築(づき)。最後の奉仕、ご苦労じゃった喃(のう)……」

 

 閏(うる)閒(ま)は黒い靄(もや)に包まれ、客間から忽(こつ)然(ぜん)と姿を消した。

 都(つ)築(づき)は、何故(なぜ)か解らないが、特に違和感もない胸の辺りを摩(す)らずにはいられなかった。

 翌日、都(つ)築(づき)は血を吐いて倒れる。

 そしてそのまま当日中に息を引き取った。

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