日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百話『全部』 急

 (しき)(しま)()(りゆう)(いん)は主君たる(じん)(のう)の背中を見送った。

 二人は彼から書斎の片付けを命じられている。

 

(しき)(しま)ちゃん、(あたくし)は他に行くところがあるのぉ。悪いけど、片付けは一人でやっておいてくれなぁい?」

「何?」

 

 (しき)(しま)は考える。

 

 ()(りゆう)(いん)が主の意を超えて勝手な思惑で動いていることは()(はや)確定的だ。

 だが、確証が無い。

 である以上、ここで()(りゆう)(いん)を斬ってしまってはそれこそ主への背信となってしまう。

 

「やめておきなさぁい。貴女(あなた)では(あたくし)には勝てないわぁ。今はまだ貴女(あなた)を殺すつもりなんて無いの。あの()(かた)を悲しませたくないものぉ」

 

 ()(りゆう)(いん)は白い歯を見せて笑っている。

 

「それに、もう手遅れよぉ。あの御方は答えを出した。今の(あたくし)(たち)に必要な心構えとは、それが()()なる道であろうとあの御方への忠誠を貫き通し何処(どこ)までも付き従う覚悟。貴女(あなた)にそれがあるかしらぁ?」

 

 (しき)(しま)の鋭い視線が()(りゆう)(いん)(にら)()ける。

 しかし、()(りゆう)(いん)は余裕を崩さない。

 

(あたくし)はあの御方の()(こころ)(まま)に。求められれば侍女にでも愛人にでも奴隷にでも、懐刀にでも太鼓持ちにでも肉便器にでも、そして(きさき)にでも御母堂にでもなってみせるわぁ。貴女(あなた)とはあの御方に付き従う年季も覚悟も、それに立場も違うのよぉ」

 

 ()(りゆう)(いん)の体を黒い(もや)が包み込んでいく。

 

「資料は()ててしまって構わないわぁ。精々一晩、今後の振る舞い方についてよぉく考えることねぇ」

 

 ()(りゆう)(いん)は黒い(もや)と共に姿を(くら)まし、寝室には()()みする(しき)(しま)だけが一人取り残された。

 恐るべき厄災を(もたら)す女を取り逃がしてしまった不穏極まり無い空気と共に。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 翌日、十一月一日日曜日、昼過ぎ。

 (わたる)()(こと)は霊園を訪れていた。

 四十九日までに彼女の母・(かな)()が眠る墓地を見に行きたいという()(こと)の願いだった。

 (わたる)はなるべく彼女に付いて支えたいと思っていたこともあり、同行を買って出たのだ。

 

 道行く人々はすっかり日常の休日を取り戻している。

 まだ正式な講和は結ばれていないが、戦乱は過去になりつつあった。

 

「良い天気だ。雲一つ無い快晴じゃないか」

「そうね……」

 

 (わたる)()(こと)は思わず空を見上げた。

 それはまるで、(かな)()が二人の行く末を祝福しているかの様であった。

 行く手を遮る者が何も無い、澄み渡った空模様。

 そう、丁度あの日、(こう)(こく)がこの世界に(ごう)(りん)し、全世界の空に(のう)(じょう)()(づき)の顔が映し出された時の様に……。

 

『世界よ、少し話がある』

 

 突如、あまりにも都合良く雲一つ無い空に、一人の男のバストアップが映し出された。

 今となっては日本国の大半が知っている人物の姿だ。

 

(じん)(のう)(えい)()……!?」

「天空上映……一体どういうつもりかしら……?」

 

 (じん)(のう)(えい)()――(すう)()(げつ)前に代替わりした(こう)(こく)の君主であり、今最も世界を騒がせていると言っても過言では無い人物だ。

 その彼が、(こう)(こく)の世界に向けた発信に度々使われた大空の映像「天空上映」を使って何かを呼び掛けようとしている。

 和やかな休日の空気から一変、(わたる)()(こと)は言い知れぬ不安に包まれていた。

 

()ずは何より、我が(しん)(せい)(だい)(にっ)(ぽん)(こう)(こく)と日本国の間に生じた戦争事態が(しゆう)(そく)に向けて滞りなく進んでいることを祝したい。(そもそ)(こう)(こく)の世界を(また)ぐ長き旅は汎ゆる世界線の日本民族を救済する(ため)の道であった。()(たび)の戦争はその国是・大義に背いていたと言わざるを得ない。(あやま)ちが正されることは喜ばしいことだ』

 

 言葉とは裏腹に、(じん)(のう)の表情は硬く引き締まっている。

 それは戦争という過ちへの沈痛と犠牲に対する哀悼というよりは、もっと別の深刻な感情が宿っているかの様だ。

 

「こんないきなりの天空上映で言うことか?」

「違うでしょうね。おそらく、これはほんの前振りよ」

 

 (わたる)()(こと)の推察通り、(じん)(のう)は言葉を続ける。

 

『両国の間に不幸な擦れ違いが生じ、互いに殺し合う事態に発展してしまったことはこの上無い悲劇だ。開戦以降そのことをずっと考えていた。何故(なぜ)この様なことになってしまったのか、と。(おも)えば日本人は()(もつ)(とうと)しとなす民族であるにも(かか)わらず、同じ民族同士で争い続けていた。親しい者が犠牲になることなど、誰も望んでいる(はず)が無いのに。此度の戦争だけではない。(こう)(こく)も、(めい)()(ひの)(もと)も、それ以前より多くの戦争を経験し、(みかど)(せき)()を多数犠牲にしてきた。(こう)(こく)を振り返ると、世界大戦と第一次共産革命、(はん)(ぎやく)勢力による幾多の内乱、此度の日本戦争と革命動乱など、血で血を洗う戦いを何度も繰り返してきた。何故、この様なことが起きてしまうのか。それをずっと考えていた』

 

 映し出された(じん)(のう)()に鋭い光が宿る。

 

『そして昨晩、(つい)に答えに辿(たど)()いたのだ』

 

 (わたる)(かた)()()んだ。

 思い出すのは、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)が告げたあの恐ろしい予言である。

 

『愚かな新(じん)(のう)は、(いず)れ日本人への愛を反転させて避け得ぬ滅びを(もたら)すじゃろう!』

 

 (わたる)()(こと)(たと)えようの無い不安と共に見守る中、(じん)(のう)の言葉は続く。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 同じ頃、(こう)(こく)では予期せぬ(じん)(のう)の天空上映により、主に皇族周りで騒動となっていた。

 日本国とは三時間程の時差がある為、丁度夕刻に差し掛かっている頃合いだ。

 

「兄様は何処だ! 一体何処からこの天空上映を流している!」

 

 皇妹・(たつ)()(かみ)()()は皇宮宮殿から御車止めへと出て来た。

 彼女の侍従・(かい)()(いん)(あり)(きよ)(たつ)()(かみ)の元へと駆け寄る。

 

「殿下、(わたくし)も侍従達と共に皇宮内を探し回りましたが発見に至っておりません。(てい)(じょう)本社内も社員達が(くま)()く探したのですが……」

「では兄様の旧邸宅は?」

(しき)(しま)殿と()(りゆう)(いん)殿が(あた)っています。他、旧()()(かみ)邸は()(ごく)()()()嬢・(ひら)(つじ)()()()嬢・(びゅ)()(まん)(れい)()嬢が、旧(しゃち)()(かみ)邸は()()(はた)()()()嬢が任っているのですが、今のところ発見の報告はありません」

 

 (かい)()(いん)は珍しく焦燥を顔に浮き立たせていた。

 彼もまた、突然の事態に嫌な予感を覚えているのだろう。

 

 二人の頭上、夕刻の空には(じん)(のう)の顔が大々と映し出され、世界中に向けて言葉を発信している。

 

『大きな手掛かりとなったのは先日の(めい)()(ひの)(もと)訪問だった。実に興味深いものを多々見せてもらったが、その中で一人の女と出会った』

 

 (じん)(のう)は訪日での経験を(とう)(とう)と話している。

 丁度そんな時、(たつ)()(かみ)(かい)()(いん)(もと)へ一人の女が歩み寄ってきた。

 (じん)(のう)の近衛侍女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)である。

 

()(りゆう)(いん)殿、陛下は見付かったのですか?」

「いいえ、(かい)()(いん)君。旧邸宅は引き続き(しき)(しま)ちゃんが探しているわぁ。でも、(あたくし)としては陛下が直々に伝え(たま)(みことのり)をじっくりと拝聴したいわぁ」

()(りゆう)(いん)、それどころではないだろう」

「そうでしょうか、殿下。(あたくし)としては、陛下の(せい)()(しつか)りと胸に刻んでおくべきかと存じますが。目の前の現実を把握しておかなければ対処も正しく出来ませんもの……」

「それは……そうかも知れないが……」

 

 何処か()に落ちない様子の(たつ)()(かみ)、そんな彼女を横目に、()(りゆう)(いん)は空を仰ぐ。

 

「さあ、眼に焼き付けましょう。陛下の()(ゆう)姿()(あたくし)達に下されるの運命を……」

 

 (じん)(のう)の話は続く。

 

『あれは間違い無く褒め言葉だった。しかしでは何故、日本人離れしている、などという言葉が良い意味で使用されるのか。(あたか)も日本人が劣っているかの如き()(ぐさ)(まか)(とお)るのか……。おそらく、元を辿(たど)れば日本人が歩んできた歴史に理由があるのだろう。日本人は有史以来、多くを海の向こうから学び、国を発展させてきた。島国であるが故に大陸の争乱からは隔離されていたが、一方で地政学的には要衝であり続けたが故に、多くの渡来人が、南蛮人が常に訪れた。世界線は数あれど、(いず)れの歴史に()いても(おおむ)ね日本人はその恩恵を受け続けたと言えるだろう』

 

 そのような歴史の中で、日本人の中にいつしか「海の向こう側には優れた文明を持つ素晴らしい国がある」という意識が根付いた――(じん)(のう)はそのような考えを述べ、更に続ける。

 

『しかし一方で、日本人は海外文化をそのまま取り入れるのではなく独自の解釈を加えてもいた。また、日本ならではの、独自の思想や文化も育み続けた。先人達は(わか)っていたのだ。海の向こうの文明は、思想は、必ずしも日本人に()(やく)を齎すばかりでは無く害にもなり得るのだと。元々日本の国風、日本人の文化を想定していないのだから当然だ。日本には元々、独自の信仰や精神性に基づいて紡いできた歴史があったのだ。それは舶来文明の影響を受けながらも、日本人の誇りとして形を変えながらも受け継がれてきた』

 

 日本の文明史を語る(じん)(のう)の表情はどこか夢見心地といった様子で陶酔感を帯びていた。

 しかし、その表情に一転して影が差す。

 

『だが、その根底を覆される事件が起きた。(こう)(こく)に於いても、(めい)()(ひの)(もと)に於いても、世界を支配していた秩序に戦いを挑み、そして敗れてしまったことで全てが狂ってしまったのだ。敗戦は両の日本の誇りを大きく傷付け、一つの病の影を落とした。(こう)(こく)に於いて、そのような背景から生まれたのが革命思想であり、ヤシマ人民民主主義共和国であり、()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)であった。彼らは日本人を(いぬ)の民族と(さげす)み、根本から精神性を改めなければならないと信じた。その結果、彼らは(こう)(こく)に失政による厄災を齎した。また、(あま)(のひ)(つぎ)を破壊し、今日に於ける(こう)(こく)の旅立ちの遠因を作った。(こう)(こく)の歴史とは、旅路とは、まさに敗戦と彼らの手によって失われた日本の誇りを再び紡ぐ大事業に他ならなかった』

 

 皇宮宮殿前では、(じん)(のう)の様子を三人の男女が見上げている。

 その中で唯一人、()(りゆう)(いん)だけは表情に笑みを(たた)えていた。

 しかしこの時、彼女の口元が下がり、笑みから困惑の表情に変わっていた。

 

「何、この流れ……?」

 

 (じん)(のう)の話は続く。

 

『だがここで考える。果たして彼らは悪であったのだろうか、と。確かに叛逆者ではあった。しかし、彼らには彼らなりの信念があった。彼らもまた、己の正義に、大義に殉じたに過ぎない。では(めい)()(ひの)(もと)は? 彼らが(こう)(こく)の大義を阻んだのもまた、かの国の理念を守り抜いたからに過ぎない。彼らの誰も、先の悲劇の元凶ではないのだ。(めい)()(ひの)(もと)も、(おおかみ)()(きば)も、日本人の誰も悪くはない』

「待って? 一体何の話をしているの、陛下……?」

 

 ()(りゆう)(いん)は明らかに動揺していた。

 彼の話す内容が想定外なのか、顔を()()らせている。

 

『悪は日本の精神文化を()()げた何かだ。では、それは何なのか。敗戦によって力を増し、日本人を決定的に捻じ曲げてしまったのは何か。それはまさに、日本人が取り入れ続けた舶来文化に他ならない。日本人を劣等、野蛮、罪人と(おとし)め、誇りを奪った思想。それらに(むしば)まれた日本人は、何十年にも(わた)り深刻な病に冒されていたといえるだろう。この病は日本人の心を常に(さいな)み、(やす)らかな幸福から遠ざけ続けた。その結果、日本人に生まれた祝福を忘れ誇り無き死に至る者が何億人と生まれたのだ』

 

 (じん)(のう)の表情が怒りに(ゆが)み、恐ろしい声を響かせる。

 

『よくも()(よう)(むご)い仕打ちをしてくれたな、貴様ら』

 

 映像の(じん)(のう)は右腕を上げた。

 

『舶来文明の恩恵は認めよう。これまでの日本の発展には確かに必要ではあった。異質な文化から学ばねば社会は硬直し、緩やかな死へと向かう、それは間違い無い。だが、異なる世界線同士で接触することが可能な今に至っては、最早学びなど異界の日本同士で事足りる。今必要なのは病の(かい)(ふく)である。(すなわ)ち、病原となる異国から永久に、絶対的に隔離して遠ざけることだ。今これより、日本人の治癒を実施する!』

 

 天空の映像が(じん)(のう)から(とお)(ざか)る。

 引いて、引いて、彼の背後にある巨大な自然物を映し出す。

 (しず)(おか)州・(やま)(なし)州境、標高一一九四一(メートル)――世界最高峰「()()(さん)」である。

 

『起動せよ! ()(きゅう)()(どう)()(しん)(たい)・アメノミナカヌシ!』

 

 (じん)(のう)の高らかなる叫び、大地が揺れる、霊峰が二つに割れていく。

 そして天空に映し出されたのは、割れた()()(さん)より浮上する巨大な球形の機械である。

 全高八一二八(メートル)()(きゅう)()(どう)()(しん)(たい)・アメノミナカヌシ。

 その形は(さなが)ら、()()しの()(どう)()(しん)(たい)操縦室「(なお)()()(だま)」の様であった。

 

 揺れが収まり、映像が(じん)(のう)に戻る。

 

『これより全世界に(みことのり)を発する。起源は年内、年明けと共にアメノミナカヌシより(あまね)(すべ)てに伝達する』

 

 (じん)(のう)の声が世界の空を戦慄させる。

 

『日本以外全部死ね』

 

 日は落ちた。

 天空上映が終わり、世界は空前絶後の混乱に包まれる。

 また(こう)(こく)も、おそらくは(ほとん)どの者達がこう痛感した。

 自分達はなんという怪物を育て上げてしまったのか、と。

 

「なんでっ……!」

 

 そんな中、(こう)(こく)の宮殿前では彼女もまた頭を抱えていた。

 

「なんでそうなるのよおおおおおおおっっ!!」

 

 ()(りゆう)(いん)の絶叫が、(あかね)(いろ)の空に響き渡った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 日本国では、(わたる)()(こと)(きよう)(がく)に眼を見開いていた。

 

「なんてこった……! まさかこんなことになるなんて……!」

「もし日本以外の全ての国が滅んでしまったら、一国だけで立ち行かない日本も存続出来ないわ。そうなると、日本国は(こう)(こく)に吸収されるより他に無くなる。これじゃあ、(わたし)達は何の為に……!」

 

 この日、世界は変わり果てた。

 

 世界各国の主要都市には、その日のうちに(ため)(どう)()(しん)(かん)が展開された。

 どうやらアメノミナカヌシによって全世界の座標が算出され、転移が可能になったのだ。

 その脅威も()(こと)ながら、真に(すさ)まじいのはそれを造り上げた圧倒的頭脳と唯一人で(こう)(こく)の全軍を動かす絶大な(しん)()の持ち主、(じん)(のう)(えい)()である。

 

 日付はカウントダウンに変わった。

 今、世界は絶滅に向けた支配へと陥ってしまった。

 解放すべく戦えるのは、唯一国のみその影響を受けていない国。

 まるで勝ち目の無い日本国を置いて他に無かった。

 

 今、日本と(こう)(こく)(しょう)(とう)を巡る真の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 ――第四章『(ちょう)(てき)(へん)』完




ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
第五章は6月2日より更新予定です。
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