彼女は上り坂の麓に辿り着いた。
「此処は……何処だろう? 私は確かあの時……」
坂の上を見上げると、白い光に包まれて頂上が見えない。
なんとなく、彼女はこれからこの坂を上るのだと感じていた。
しかし、近寄ってみると随分と急な斜面である。
立ったまま前に手を出せば、地べたに触れることが出来る程だ。
つまるところ、殆ど壁と言っても差し支えない坂なのだ。
彼女は坂に向かって足を出した。
ごく当然の様に、壁にも等しい急斜面を登っていく。
白い光に向かって歩いていく。
彼女は少しずつ淡い光に包まれる。
「私、私達、何処へ向かっているんだろう……?」
彼女の周りにはいつの間にか無数の人影が顕れていた。
その誰もが坂を登っていき、降る者は一人としていない。
そして彼女は、行き先は解らないまでも何故か登ること自体には何の疑問も抱いていなかった。
「……あれ?」
そんな中、彼女は目の前に立ち止まっている人影を見た。
誰もが白い光へと向かう中、三人だけが此方を向いている。
まるで自分を待っているかの様だ。
その内の一人、青年が彼女に声を掛けてきた。
「おい、来るのが早いのだよ」
彼女は青年を知っている。
喧嘩ばかりしていた相手だった。
此処に彼がいるということは、やはり……。
「俺のせいで……戦争が起きてしまった……。みんな巻き込まれて、罪悪感で一杯だった……。それでもどうにかみんな生き延びてくれて、漸く向こうへ行けるって思っていたのに……!」
「そう……だね。ごめんね、虎駕君……」
「あんな下らない死に方するなよ、久住……」
虎駕憲進は酷く悲しみに満ちた、涙を堪える様な顔を彼女に、久住双葉に向けていた。
そう、どうやら此処は死者達の通り道。
双葉はあの時死んで、死者達の行くべき場所へと昇っていかなければならない。
あの淡い、大いなる白い光の元へ。
「俺はどっちにも失望したがな。久住にも、虎駕にも」
もう一人の男、長身で痩せた、人相の悪い男が腕を組んで溜息を吐いた。
「どうして二人して大事なもんを見失っちまうかね。反りは合わねえかも知れねえが、似たもの同士だよ、お前ら」
「折野さん……」
折野菱もまた、虎駕と一緒に留まっていた。
そしてもう一人、若くして亡くなってしまった少女も。
「まあまあ、済んだことをいつまでも悔やんだってしょうがないじゃないですか」
「二井原さん……」
二井原雛火――拉致されて初期に崩落で命を落とした十五歳の少女である。
彼女を悲惨な運命に追い遣った首領Дこと道成寺太も漸く捕まった。
「まあ、お嬢ちゃんの言うとおりかも知れねえな」
「貴方にはその方が都合が良いのだろうな」
「相変わらず口の減らない餓鬼だ」
「相変わらずはお互い様なのだよ」
「虎駕君も他人のことは言えないと思うよ」
「そう言うお前もな、久住」
「何よ!」
「何だよ!」
双葉と虎駕がまたしても言い争う雰囲気になってきた。
結局、二人は死んでも変わりはしないらしい。
「もー、二人共いい加減にしてください!」
「あ、悪い……」
「ごめん……」
雛火に諫められ、双葉と虎駕はお互いに矛を収めた。
「それにしても……」
折野が振り返り、光の方を見上げる。
「何人も殺した俺がお前らと同じ道を歩けるとはな。てっきり俺はお前らと違って地獄にでも墜ちると思っていたんだが」
「案外、纏めて地獄行きかも知れないのだよ」
「いや、流石に二井原さんは違うでしょ」
四人はみな、坂の上の光の方へと向いた。
「俺は死ぬ時、光が溢れるのを感じた。あれからは同じ暖かさを感じる。一体何なんだ、ありゃ?」
四人を周りでは多くの人影が変わらず光へと向かって行く。
前の方を見ていると、光に向かえば向かう程に一人一人固有の形を失っていく様だった。
そして人影は、光に向かって融けていく。
まるで光と一体になっていくかの様に……。
「私、聞いたことあるかも知れません」
雛火が口を開いた。
「私は皆さんよりも早くに死んでしまい、体を研究所に運ばれました。今の私が魂だとして、体に付いて行った私は研究所で双子の兄妹と出会った」
「幽鷹君と兎黄泉ちゃんだよね」
雲野幽鷹と雲野兎黄泉、先代神皇の複製人間として作り出された双子である。
彼らは巨大な神為を持ち、死者と対話したり生者との間を取り持ったりすることが出来た。
確かに二人は、どこか浮き世離れしていて達観したところがある。
「なんだ、そいつは? 俺の知らねえ餓鬼か」
「はい。不思議な子供達でした。まるで世界のことを、魂の行き先を全て見通しているかの様な……。その双子が言っていたんです……。死んだ魂が向かう場所のことを……」
「そういえば俺も聞いたのだよ」
虎駕もまた何かを思い出したらしい。
「俺は最後に岬守の奴と対話した。その後で、幽鷹君と話したのだよ。『虎駕憲進さんはこれから、魂の源へと還るんだ』って……。でも俺はやったことがやったことだから、却々踏み出せなくて……」
「私は兎黄泉ちゃんから聞きました。正確には、家族と最後に対話した虻球磨さんに話していた内容ですけど……」
確かにあの時、雲野兄妹はこう言っていた。
『家族にはまた会える』
『死んだ人は遠くへ行ってしまうが、同時に傍にも居る。遠い世界で安らかに眠りながら、傍で見守ってくれてもいる。そして、いつかはみんな同じ場所へと還る。大きな、一つの、魂の源へと』
双子はあの光のことを何か知っているのだろうか。
あれこそが、その「魂の源」だというのだろうか。
「ま、今更あれこれ考えてもしょうがねえやな。俺達はもう終わっちまったんだから」
「そうですね。後のことは生きている人達に任せましょう」
折野と雛火は既に次へ行く心が決まっているらしい。
一方で、双葉と虎駕は後を気にしていた。
「岬守君と麗真さん、だいじょうぶかな……?」
「終わったと思ったら余計に大変なことになりそうなのだよ」
「案外、誰かまたこっちに来るかもな」
「なんてこと言うんですか!」
生ける者の世界はまだまだ前途多難である。
寧ろ空前絶後の災厄が降り掛かろうとしている。
だが死せる者は戻れない。
唯全てを後に託し、還るべき場所へと向かうだけである。
いつかは誰もが、大いなる源へとそっと融けてゆく……。