日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百一話『天御中主』 破

 予期せぬ乱入に、閣議室は静まり返ってしまった。

 この場の殆(ほとん)どの者は、まさか神(じん)皇(のう)が即時に接触してくるとは思ってもいなかっただろう。

 

「どのような……御用件で……?」

 

 首相の南(みな)川(がわ)は辛うじて言葉を絞り出した。

 努めて平静を装い、動揺を表に出さないように振る舞っている。

 対して、神(じん)皇(のう)の立体映像は答える。

 

『突然のことで驚かせてしまったのでな。汝(なれ)らを安心させる為(ため)にも説明をしておかなければと思ったのだ』

「説明……?」

『うむ。現に、勘違いして早まった考えを起こそうという者も見られるようだからな』

 

 神(じん)皇(のう)の視線が一点に向いた。

 白羽の矢を立てられた柿(かき)原(はら)は、気(き)不(ま)味(ず)そうに目を逸(そ)らす。

 

「私(わたし)は……あくまで日本国が従来守ってきた価値観を確かめようとしただけで、必ずしも停戦に反対では……」

 

 柿(かき)原(はら)はすっかり気(け)圧(お)されて歯切れが悪くなっていた。

 先程までの威勢の良さはまるで嘘(うそ)の様に消え去っている。

 

『先(ま)ず、無(む)窮(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシ及び展開された為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が汝(なれ)らに危害を加えることはあり得ないから案じる必要は無い』

「し、しかし現に在外邦人が次々と捕えられて……」

『それは汝(なれ)らも推察していたとおり、あくまで日本人を最終攻撃の前に対象地域より隔離して被害が及ばぬ様にする為だ』

「さ、最終攻撃?」

『うむ。先日下した勅命の通り、無(む)窮(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシは年明けと同時に森(しん)羅(ら)万(ばん)象(しよう)を対象に最終攻撃を行い、日本以外の全てを三千世界より鏖(おう)殺(さつ)する。それは日本人を除外した殲(せん)滅(めつ)対象のみに確実に限定して発動するが、化外の地へ出ている日本人は事が終わった後に無人の荒野で取り残されてしまう。これでは彼らに生きて祖国へ帰る術が無い。そこで、最終攻撃が発動する前に彼らを祖国へ帰す為に確保しているのだ。年明けという期限は、彼らを一人も取(と)り零(こぼ)さぬよう保護する為の猶予期間なのだ』

 

 神(じん)皇(のう)は滔(とう)々(とう)と自分の意図を説明する。

 その平然とした口調が閣僚達を戦慄させていた。

 彼らは今、先程は是(これ)が述べた神(じん)皇(のう)の尋常ならざる精神性を思い知っているに違い無い。

 

『そしてもう一つ。この最終攻撃は間違い無く日本人以外の者達に対象を限定するが、それでも汝(なれ)らが海外に確保している権益や資源に甚大な被害を齎(もたら)すだろう。無論織り込んでいる。故に、生じた損害は皇(こう)國(こく)で責任を持って補償すると約束しよう』

「それはっ……!」

 

 波(は)瀬(ぜ)が奥歯を噛(か)み締(し)めた。

 彼は解(わか)っている。

 神(じん)皇(のう)は然(しか)も日本国に損をさせないという様な理屈を並べ立てているが、要するにそれは日本国を皇(こう)國(こく)に依存させると言っているに他ならない。

 当たり前だが、日本国は一国のみで維持出来ない国家であり、もし神(じん)皇(のう)の言葉が実行されれば、日本国に残された道は皇(こう)國(こく)への隷属のみである。

 

「神(じん)皇(のう)陛下、貴方(あなた)はやはり我が国を滅ぼそうとなさっている……!」

『それは違う。寧ろ汝(なれ)らが汝(なれ)らである為に、これは必要なことなのだ。日本民族が存続する為には、その精神・美意識を毀損する化外の思想から完全に隔離する必要がある。日本が、日本人が永遠なる為に下した勅命なのだ』

 

 波(は)瀬(ぜ)は険しい表情で神(じん)皇(のう)を睨(にら)み上げていた。

 そんな視線を受け、神(じん)皇(のう)は何かに気が付いたらしい。

 

『そうか、汝(なれ)は不安なのだな。汝(なれ)は先程、皇(こう)國(こく)が如(い)何(か)にして十二億の臣民を飢えさせずにいるか疑問を呈していた。折(せつ)角(かく)だからそれも解説してやろう』

「は……?」

 

 神(じん)皇(のう)の余りに的外れな解釈に、波(は)瀬(ぜ)は思わず声を漏らした。

 そんな彼に構わず、神(じん)皇(のう)は続ける。

 

『通常、国家の領土・領海・領空というものは三次元の空間で構成されている。嘗(かつ)て、世界はそれが全てであった国土も、そして化外の地も三次元の方向に拡(ひろ)がり、内乱も戦役も全てが三次元内で完結していた。しかし、皇(こう)國(こく)はそこにもう一つの空間次元を加え、国土の概念を四次元的に拡張することに成功した。異なる世界の日本同士が接触したのもその結果の一つだ。つまり皇(こう)國(こく)は三次元に留(とど)まらぬ巨大な空間の中に広大な農牧地を持っているのだ。また一次産業は専用の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に依(よ)って体系化されており、莫(ばく)大(だい)な収穫を安定して得られるようになっている』

 

 平たく言えば、時空を超えて異なる世界線を移動出来る皇(こう)國(こく)が領有する国土は目に見えるよりも遙(はる)かに広大であり、その農牧地の管理も為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に依って自動化されているということである。

 

『だから、仮にこの世界が日本のみとなったとしても汝(なれ)らを食わせるには充分な食料が確保出来る。そこは安心して良い』

 

 神(じん)皇(のう)は朗らかに微(ほほ)笑(え)む。

 あまりにも無邪気な表情が日本国の閣僚達を戦慄させていた。

 そして、一つの予感が閣議室を包み込もうとしていた。

 

『汝(なれ)らは何も心配する必要など無いのだ。不幸にも敵対することになってしまいはしたが、皇(こう)國(こく)は本来、全ての日本人の味方なのだから。勿(もち)論(ろん)、汝(なれ)らの立場、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の辿(たど)ってきた歴史の価値観も十全に尊重しよう』

 

 神(じん)皇(のう)の視線が再び波(は)瀬(ぜ)から柿(かき)原(はら)へと移った。

 

『何も、汝(なれ)らの従来守ってきた価値観を否定するつもりは無いのだ。それどころか、汝(なれ)らは誇って良いとすら思う。己の価値観に、信念に、国是に従い、圧倒的に強大な皇(こう)國(こく)にすら立ち向かってきた汝(なれ)らの姿は気高いものであったと認めよう。だからこそ、汝(なれ)らのことを守りたいと切に願うのだ』

「でしたら……」

 

 南(みな)川(がわ)が膝の上で拳を握り締める。

 神(じん)皇(のう)もその様子に気が付いたのか、彼の方に顔を向けた。

 

「でしたらどうか、このようなことはおやめください。我が国の立場上、このようなことはどうしても容認出来ないのです。我が国のことを思ってくださるなら、どうかお考え直しください」

『駄目だ』

 

 意を決した南(みな)川(がわ)の言葉に対して、神(じん)皇(のう)は取りつく島もない答えを返した。

 

『勅命を変えるつもりはない。繰り返すがこれは汝(なれ)らの為なのだからな。どうしても受(う)け容(い)れられないというのなら、仕方が無いが再び対立するより他にあるまい。其(そ)方(ちら)の者が言っていたとおり、停戦合意が白紙となるのも已(や)むを得(え)んだろう。悲しいことであるがな』

「ち、違う! 私(わたし)はそんなつもりでは……!」

 

 柿(かき)原(はら)は焦りを見せ、顔を引(ひ)き攣(つ)らせる。

 そんな彼を南(みな)川(がわ)が叱責する。

 

「柿(かき)原(はら)さん、貴方(あなた)が変に勇ましいことを言うからこんなことに! どう責任を取ってくれるんですか!」

「だから私(わたし)は……!」

 

 神(じん)皇(のう)はそんな様子を見て、首を傾(かし)げた。

 

『解らんな。勇ましくて何が悪いというのだ。何度も言うが、汝(なれ)らの価値観を、立場を否定するつもりは毛頭無い。汝(なれ)らが望むならば存分に立ち向かってくれば良い。仮令(たとえ)その結果国が滅ぶことになろうとも、日本人が滅びる訳ではない。皆、臣民として受け容れてやる。そして日本人の新しい世界に汝(なれ)らの名誉は未(み)来(らい)永(えい)劫(ごう)語り継がれるだろう』

「そ、そういう問題では……!」

『ではどういう問題だというのだ? 困ったな、どう言えば解ってもらえる? 後は何を約束すれば良い? ああ、そうか』

 

 神(じん)皇(のう)は何かを思い付いた様子で手を叩(たた)いた。

 

『汝(なれ)らは皇(こう)國(こく)が心変わりすることを心配しているのか? 今この場で約束して見せたとしても、百年二百年後は、千年二千年後は解らない。此(こ)度(たび)の約束が千代に八千代に変わらず受け継がれる訳ではないと思っているのだな? ならばその心配も無用だ。何(な)故(ぜ)ならば……』

 

 あまりにも的外れな神(じん)皇(のう)の言葉に、閣僚達は愈(いよ)々(いよ)確信した。

 絶望的に納得せざるを得なかった。

 

 この男には、話が通じない。

 つらつらと述べられる神(じん)皇(のう)の言葉が右耳から左耳へと抜けていく。

 意味不明な内容が全く頭に入ってこないのだ。

 

 神(じん)皇(のう)は自分の世界に生きている。

 何もかもが自分にとって都合が良い、他者の都合が存在しない世界に。

 言葉を交わせば交わす程、それを痛切に思い知らされてしまう。

 

『まあ兎(と)に角(かく)、じっくりと考えるが良い。皇(こう)國(こく)と共に新しい世界で永遠の繁栄と幸福を得るも良し、国是に従って断固として戦うも良し、何(いず)れの選択を採るにせよ、汝(なれ)らの意思を最大限に尊重しよう。考える時間はまだ二箇月程有る。後悔の無い様にじっくり検討するが良い』

 

 神(じん)皇(のう)の立体映像はそう言い残すと閣議室から消えてしまった。

 そして、羽虫の様な為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)も空調の通気口から室外に出て行った。

 

 部屋は暫(しばら)く、沈黙に包まれた。

 沈痛な静寂である。

 

「どうすれば良いんだ……」

 

 南(みな)川(がわ)の嘆きが沈黙を破った。

 

「総理、現状では判断材料が足りません」

 

 続いて、梅(うめ)宮(みや)防衛大臣が口を開く。

 

「一度日を改めて、更なる有識者を招いてヒヤリングを行った上で方針を決めましょう」

「更なる有識者……ですか?」

「ええ。皇(こう)國(こく)の戦力を、神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)を誰よりも能(よ)く知る有識者達です……」

 

 梅(うめ)宮(みや)は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せ、苦渋に満ちた表情で切り出した。

 

「明日、岬(さき)守(もり)航(わたる)氏と麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)氏を官邸に招きましょう。防衛省から根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)氏を経由して二人に連絡を取ります」

 

 一(ひと)先(ま)ず、閣議は何も決まらないまま流れた。

 明日、十一月三日文化の日、岬(さき)守(もり)航(わたる)と麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は首相官邸を訪れる。

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