翌日、祝日にも拘わらず首相官邸で二日連続の緊急閣議が開催された。
有識者として、民間から四名の人物が追加で招かれている。
その意味では、祝日であったのは寧ろ都合が良かったかも知れない。
「岬守航さん、麗真魅琴さん、本日はよくぞお越しいただきました」
閣議室で航と魅琴が握手をした南川総理は見るからに疲れが顔に浮き出ていた。
この二日間、真面に眠れていないらしい。
(無理も無いな。同じ立場になったらと思うとゾッとするよ)
自分達に敵対的な姿勢を見せてきた南川が相手ではあるが、この時ばかりは航も彼に心から同情していた。
彼の両肩に伸し掛かっているのは一国に留まらず、世界の存亡を懸けた責任である。
おそらく、世界史上でも類を見ない立場だろう。
「其方の席へとお掛けください、どうぞ」
南川に促され、航と魅琴、そして後二人の人物がそれぞれの席に着いた。
今回、政府からの要望を仲介したのは根尾弓矢で、彼もまたこの場に招かれている。
そしてもう一人、重要な役目を期待されて呼ばれた人物が居る。
「では、話を始める前にお願いしますね、伴藤さん」
「はい……」
伴藤明美――皇奏手元防衛大臣兼国家公安委員長の元秘書である。
現在の彼女は、与党の別の議員に秘書として雇われている。
今回、根尾からの推薦で彼女もこの場に臨席することになった。
理由は、彼女の能力に有る。
「閣議室住に探索網を張りました。一先ず、為動機神体は入ってきていませんね」
伴藤の体が光っている。
彼女は任意の範囲に探索網を張り巡らせ、無機物を精密に探り出すことが出来る。
更に、有害と判断すれば攻撃して排除することも可能。
また、アパートの一部屋程度の狭い範囲ならば探索対象を定めずとも遠隔で様子を窺うことも出来る。
「分かりました。引き続き閣議の間、室内を見張っておいてください」
政府は昨日の閣議の様に内容が皇國へ筒抜けになることを恐れていた。
根尾にそのことを併せて伝えたところ、伴藤を紹介されたのだ。
「呆れた……」
政府の為に能力を行使する伴藤の姿を横目に、魅琴は冷ややかに呟く。
「今の政権は東瀛丸の使用を不認可の違法薬物として批判していた側ではなかったかしら……?」
神為に因る能力を使用するには、当然神為を身に付けている必要があり、その為には東瀛丸を服用しなければならない。
東瀛丸の効果は二十八日で、且つ効果を途切れさせずに再服用出来る期間は服用より十日から二十日の期間である。
航達が最後に服用したのは特別警察特殊防衛課最後の契約更新時、九月二十六日だ。
つまり十一月三日現在、彼らは既に東瀛丸の効果が切れている筈なのだ。
況してや特別警察特殊防衛課の一員ではなかった伴藤に至っては、皇奏手の秘書を辞した八月三十一日以後は東瀛丸を服用する機会が無かった。
にも拘わらず伴藤が能力を使えるということは、彼女が現政権下で東瀛丸を服用したことを意味しており、政権もこれを容認しているのだ。
これは、現政権が前政権に向けていた批判と明確に矛盾する態度である。
「麗真さん、今回のこれは緊急事態ですから……」
「成程、前政権と同じ言い分ですね」
魅琴の言葉に、南川他閣僚達は一様に顔を顰めた。
どうも彼女は現政権を好ましく思っていないらしい。
以前、特別警察特殊防衛課凍結の説明を受けに防衛省へ呼び出された際も、政務官に対してかなり棘のある言葉をぶつけている。
航は魅琴がこのような態度に出る理由が何となく解った。
(魅琴は元々、他人に上から良い様に従わされるのが嫌いだ。相手が誰であれ、納得出来ない時は真向から対抗して言うことを言うタイプだ。まあ徒に反抗する訳じゃないから素直に言うことを聞く場合もあるが、それはちゃんと筋が通っている時だ)
これまで魅琴は、母親にも皇國皇族にも臆せず自分の意見をぶつけ、考えを通したり妥協を引き出したりしてきた。
日本を守る為に命を投げ出そうとすらした女であるが、そう簡単に扱える従順な人間ではないのだ。
(それでも、久住さんの一件があって以降は国に対して聞き分けが良過ぎたと反省していたくらいだ。あと、先立たれたお母さんと最後に和解したこともある。その皇奏手の成果を全否定する現政権のことはそりゃ気に食わないだろう。皇國と戦ったことは魅琴にとって誇りでもあるだろうし……)
現政権が前政権批判のやり玉に挙げる、今は亡き皇奏手元防衛大臣兼国家公安委員長は、魅琴の実の母親である。
生前は父親を巡って母娘の間で対立していたが、腹を割って話し合ったことで誤解が無くなって和解している。
航は考える。
魅琴の気持ちを思えば、一方的に彼女を咎めたくはない。
しかし、未曾有の事態に相談を持ち掛けてきた政権と徒に敵対するものでもないだろう。
「すみません総理、皇國による盗聴を警戒したということは、それだけ大事な話を僕達にしたいということですよね?」
航は話が拗れる前に本題に戻すべく切り出した。
今は無意味に対立している場合ではない。
再び国家存続の機が訪れているのだ。
魅琴もそれが解らぬではないだろう。
「はい、では早速お話に入らせていただきましょうか……」
南川もこれ幸いにと話し始める。
「正直に申しまして、我々は今非常に困っています。つい先日皇國との講話が漸く纏まり、やっと平和が訪れると思った矢先に突然皇國が再び暴走し始め、どうすれば良いものかほとほと参っているのですよ。どうか皇國を知る皆さんにお知恵を貸していただきたい。そう考えて、本日は御足労頂いた訳です」
「いやぁ、そんなこと言われましても……」
逆に航の方が困ってしまった。
航が戦争で活躍したというのは事実だろうが、それ以前はついこの間までただの学生だった極普通の青年である。
そのような、国の舵取りを助言出来る様な立場では到底ない。
それが解らない首相ではないだろう。
裏を返せば、政権はそれだけ切羽詰まっているということだ。
航は唯々不安に思えてならなかった。
魅琴の様に政権に反発している訳ではないが、彼らに日本を任せてこの荒波を乗り越える未来が見えない。
「岬守君、難しく考える必要は無い」
そんな航に助け船を出したのは根尾だった。
「総理は何も、君達に政府の判断を委ねている訳ではない。ただ、皇國と実際に接した感想を通して、皇國のことを少しでも知っておきたいだけだ。勿論、君達の意見が限られた一例に過ぎないことも重々御理解の上だろう。そうですよね、総理?」
「え、ええ勿論です、根尾さん」
根尾の言葉にはもう一つの意味があった。
これから先、政府の判断の責任を航や魅琴に押し付けることは無い――その言質を取ったのだ。
「とはいえ総理、何でも良いからと漠然と意見を求められても、彼らとて何を話せば良いかわからないでしょう。何か質問をされては如何ですか?」
「そ、そうですね。では先ず、岬守さんにお伺いしましょう」
根尾に誘導され、愈々質問が始まった。
「岬守さんは先日起動した皇國の巨大兵器の映像、御覧になりましたか?」
「ええ、まあ……」
無窮為動機神体・アメノミナカヌシ起動の様子は天空上映で全世界に見せられている。
航は丁度その頃、魅琴と共に皇奏手の墓地を見に行った帰り道だった。
「岬守さん、貴方は先の戦いで皇國の為動機神体を相手に大活躍なさったとお聞きしております。その貴方から見てどうですか、あの巨大兵器の印象は?」
「どう、ですか……。正直、今まで戦ってきた敵の機体とあまりにもかけ離れた姿をしていて何とも言えないですね。ただ、ちょっと気になることはありますが……」
「気になること、ですか? どうぞ、なんでも仰ってください」
「先ず、あの出鱈目なサイズにも拘わらずあの兵器は『為動機神体』を謳っているんですよね。皇國には為動機神体を格納する空中戦艦型の要塞として『為動機神艦』があるじゃないですか。『アメノミナカヌシ』って為動機神艦として見たとしても相当巨大ですよ」
航の指摘通り、アメノミナカヌシの大きさは皇國の兵器と比較しても群を抜いている。
為動機神艦の大きさは標準運用されている「アマテラス型」で全長八三〇米・全幅一二三米・全高二四三米であり、戦艦大和と比較して三倍超の規模感である。
対して、アメノミナカヌシは全高八一二八米の巨大な球体であり、アマテラス級の全長と比較しても十倍弱と、あまりにも大き過ぎるのだ。
「なのに種別が『為動機神体』だというのが引っ掛かるんですよ」
「そんなに気にすることですか、岬守さん?」
「総理、僕は皇國との戦いで様々な為動機神体を迎え撃ってきました。取り分け三機の特別機は理解を超えた力を持った超兵器でした。それと比べてもアメノミナカヌシは輪を掛けて異様だ。何か想像を絶する、とんでもない力を秘めている様に思えてならないんです。もしかすると、皇國の技術力を以てして尚あの大きさを必要とするくらいに恐ろしい力を……」
「な、成程……」
南川の額に冷や汗が滲む。
閣僚達も顔を青くして互いに視線を交わし合っていた。
「ここからは更に根拠の乏しい想像なんですが……」
航は話を続ける。
「もしかすると、アメノミナカヌシは一人で操縦する兵器なのかも知れません。だから『為動機神体』なんじゃないでしょうか」
「それは……流石に無茶じゃないですか? あんな巨大なものをたった一人で?」
「多分、神皇にはそれが出来ます。それに思い返してみてください。世界で何が起きているか、ネット上に様々な国から動画が上がっていますが、各国で猛威を振るっているのは為動機神体ばかりで、生身の兵士が一人も見当たらないんですよ」
「何が……言いたいんですか?」
「はい。実は今回の騒動、暴走したのは皇國ではなく神皇一人だけなんじゃないでしょうか。彼は皇國の制御も効かず、勝手にこれだけの暴挙に出たんじゃないかと……」
「そ、そんな莫迦な……!」
南川は反射的に、航の言葉を撥ね退けるかの様に立ち上がった。
「すると、今世界中を占拠しているのは皇國の国策ではなく、あくまで神皇一個人のやらかしだって言うんですか! 荒唐無稽にも程がある!」
「僕も根拠があって言ってるんじゃないですよ。ただ、僕は拉致されて皇國に居た間に向こうの人達と色々触れ合ってきました。確かに皇國は侵略的で権威主義的、そんな危険な国家ですが、それでもこんなことは常軌を逸している。それくらいの良識はある人達が大半です。彼らが一丸となってこの暴挙を支持しているとは到底思えない」
「私も彼と同じ意見です」
魅琴が口を開いた。
「日本で今の神皇と一番深く交流したのは私でしょう。その私から見ても、彼には独り善がりに他人を振り回すところがありました。まあ、育った環境と持って生まれた力が誰にも彼の行動を咎めさせなかったのでしょう。彼は善意の人ですが、自分本位で危うい善意は一層暴力的ですらあります。彼が独断で勝手に行動を起こし、そして皇國は誰も彼を止められなかった。航の推測は理に適っていると私は思います」
「し、しかしそれはあまりにも常識を、理解を超えています……」
「御言葉ですが、皇國とはそういう理解を超えた国ですよ、総理。そして神皇はその皇國の根幹です。だからこそ、私は先代と命を棄てて戦わなければならなかった」
閣議室は重苦しい沈黙に包まれた。
もし航や魅琴の推察通り、神皇が勝手に暴走しているとなれば事態はより深刻である。
日本政府として皇國と交渉したとしても何の意味も無いのだ。
「む……」
その時、根尾の上着のポケットから振動音が聞こえた。
どうやら電話が入ったようだ。
「失礼します」
根尾は席を立ち、部屋の隅へ行って電話に出た。
漏れ聞こえる囁き声から、どうやら相手は目上の人間らしい。
そして暫く話すと、徐に南川の元へと近寄る。
「総理、閣議の途中ですが緊急で貴方に繋いで欲しいと連絡が」
「何のつもりですか、根尾さん。今の貴方にそんな重要人物から連絡が入るんですか?」
「ええ。皇國にはそれなりのコネがありますから」
根尾の言葉に、南川は目を瞠って驚きを見せた。
「こ、皇國!? 一体誰からです?」
「先日まで和平交渉特使を務められました、六摂家当主の十桐綺葉卿です。この場で閣僚全員とお話ししたいとのことで、通話音声をスピーカーにするよう求められています」
南川は周囲を窺い、梅宮外務大臣と顔を見合わせた。
梅宮は黙って頷く。
それを受け、南川はその要望を了承した。
「受けましょう、根尾さん」
「ありがとうございます」
根尾はスマートフォンを椅子の上に置いた。
『御無沙汰しております、南川和之内閣総理大臣閣下。十桐で御座います』
「こ、こちらこそお久し振りです。一体どのような御用件で」
『はい。此度の由々しき自体に尽きまして、貴国に御報告と御相談が御座いましてな』
「ど、どういった内容でしょう?」
南川は戦々恐々とした様子で電話口に向かって尋ねた。
『我々は神皇陛下が謀叛、内閣総理大臣として私的な軍事力を用いた体制転覆を企てたとして、これに対抗する正統政府を樹立する考えです。尽きましては自体の解決に向け、今度は貴国にその力を貸していただきたい』
事態は思わぬ方向に転がろうとしていた。