日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

348 / 399
第百一話『天御中主』 急

 翌日、祝日にも拘(かか)わらず首相官邸で二日連続の緊急閣議が開催された。

 有識者として、民間から四名の人物が追加で招かれている。

 その意味では、祝日であったのは寧(むし)ろ都合が良かったかも知れない。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さん、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)さん、本日はよくぞお越しいただきました」

 

 閣議室で航(わたる)と魅(み)琴(こと)が握手をした南(みな)川(がわ)総理は見るからに疲れが顔に浮き出ていた。

 この二日間、真(まと)面(も)に眠れていないらしい。

 

(無理も無いな。同じ立場になったらと思うとゾッとするよ)

 

 自分達に敵対的な姿勢を見せてきた南(みな)川(がわ)が相手ではあるが、この時ばかりは航(わたる)も彼に心から同情していた。

 彼の両肩に伸(の)し掛(か)かっているのは一国に留(とど)まらず、世界の存亡を懸けた責任である。

 おそらく、世界史上でも類を見ない立場だろう。

 

「其(そ)方(ちら)の席へとお掛けください、どうぞ」

 

 南(みな)川(がわ)に促され、航(わたる)と魅(み)琴(こと)、そして後二人の人物がそれぞれの席に着いた。

 今回、政府からの要望を仲介したのは根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)で、彼もまたこの場に招かれている。

 そしてもう一人、重要な役目を期待されて呼ばれた人物が居る。

 

「では、話を始める前にお願いしますね、伴(ばん)藤(どう)さん」

「はい……」

 

 伴(ばん)藤(どう)明(あけ)美(み)――皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)元防衛大臣兼国家公安委員長の元秘書である。

 現在の彼女は、与党の別の議員に秘書として雇われている。

 今回、根(ね)尾(お)からの推薦で彼女もこの場に臨席することになった。

 理由は、彼女の能力に有る。

 

「閣議室住に探索網を張りました。一(ひと)先(ま)ず、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は入ってきていませんね」

 

 伴(ばん)藤(どう)の体が光っている。

 彼女は任意の範囲に探索網を張り巡らせ、無機物を精密に探り出すことが出来る。

 更に、有害と判断すれば攻撃して排除することも可能。

 また、アパートの一部屋程度の狭い範囲ならば探索対象を定めずとも遠隔で様子を窺(うかが)うことも出来る。

 

「分かりました。引き続き閣議の間、室内を見張っておいてください」

 

 政府は昨日の閣議の様に内容が皇(こう)國(こく)へ筒抜けになることを恐れていた。

 根(ね)尾(お)にそのことを併せて伝えたところ、伴(ばん)藤(どう)を紹介されたのだ。

 

「呆(あき)れた……」

 

 政府の為(ため)に能力を行使する伴(ばん)藤(どう)の姿を横目に、魅(み)琴(こと)は冷ややかに呟(つぶや)く。

 

「今の政権は東(とう)瀛(えい)丸(がん)の使用を不認可の違法薬物として批判していた側ではなかったかしら……?」

 

 神(しん)為(い)に因(よ)る能力を使用するには、当然神(しん)為(い)を身に付けている必要があり、その為には東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用しなければならない。

 東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効果は二十八日で、且つ効果を途切れさせずに再服用出来る期間は服用より十日から二十日の期間である。

 航(わたる)達が最後に服用したのは特別警察特殊防衛課最後の契約更新時、九月二十六日だ。

 

 つまり十一月三日現在、彼らは既に東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効果が切れている筈(はず)なのだ。

 況(ま)してや特別警察特殊防衛課の一員ではなかった伴(ばん)藤(どう)に至っては、皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の秘書を辞した八月三十一日以後は東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用する機会が無かった。

 にも拘わらず伴(ばん)藤(どう)が能力を使えるということは、彼女が現政権下で東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用したことを意味しており、政権もこれを容認しているのだ。

 これは、現政権が前政権に向けていた批判と明確に矛盾する態度である。

 

「麗(うる)真(ま)さん、今回のこれは緊急事態ですから……」

「成程、前政権と同じ言い分ですね」

 

 魅(み)琴(こと)の言葉に、南(みな)川(がわ)他閣僚達は一様に顔を顰(しか)めた。

 どうも彼女は現政権を好ましく思っていないらしい。

 以前、特別警察特殊防衛課凍結の説明を受けに防衛省へ呼び出された際も、政務官に対してかなり棘(とげ)のある言葉をぶつけている。

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)がこのような態度に出る理由が何となく解(わか)った。

 

(魅(み)琴(こと)は元々、他人に上から良い様に従わされるのが嫌いだ。相手が誰であれ、納得出来ない時は真向から対抗して言うことを言うタイプだ。まあ徒(いたずら)に反抗する訳じゃないから素直に言うことを聞く場合もあるが、それはちゃんと筋が通っている時だ)

 

 これまで魅(み)琴(こと)は、母親にも皇(こう)國(こく)皇族にも臆せず自分の意見をぶつけ、考えを通したり妥協を引き出したりしてきた。

 日本を守る為に命を投げ出そうとすらした女であるが、そう簡単に扱える従順な人間ではないのだ。

 

(それでも、久(く)住(ずみ)さんの一件があって以降は国に対して聞き分けが良過ぎたと反省していたくらいだ。あと、先立たれたお母さんと最後に和解したこともある。その皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の成果を全否定する現政権のことはそりゃ気に食わないだろう。皇(こう)國(こく)と戦ったことは魅(み)琴(こと)にとって誇りでもあるだろうし……)

 

 現政権が前政権批判のやり玉に挙げる、今は亡き皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)元防衛大臣兼国家公安委員長は、魅(み)琴(こと)の実の母親である。

 生前は父親を巡って母娘の間で対立していたが、腹を割って話し合ったことで誤解が無くなって和解している。

 

 航(わたる)は考える。

 魅(み)琴(こと)の気持ちを思えば、一方的に彼女を咎(とが)めたくはない。

 しかし、未(み)曾(ぞ)有(う)の事態に相談を持ち掛けてきた政権と徒に敵対するものでもないだろう。

 

「すみません総理、皇(こう)國(こく)による盗聴を警戒したということは、それだけ大事な話を僕達にしたいということですよね?」

 

 航(わたる)は話が拗(こじ)れる前に本題に戻すべく切り出した。

 今は無意味に対立している場合ではない。

 再び国家存続の機が訪れているのだ。

 魅(み)琴(こと)もそれが解らぬではないだろう。

 

「はい、では早速お話に入らせていただきましょうか……」

 

 南(みな)川(がわ)もこれ幸いにと話し始める。

 

「正直に申しまして、我々は今非常に困っています。つい先日皇(こう)國(こく)との講話が漸(ようや)く纏(まと)まり、やっと平和が訪れると思った矢先に突然皇(こう)國(こく)が再び暴走し始め、どうすれば良いものかほとほと参っているのですよ。どうか皇(こう)國(こく)を知る皆さんにお知恵を貸していただきたい。そう考えて、本日は御足労頂いた訳です」

「いやぁ、そんなこと言われましても……」

 

 逆に航(わたる)の方が困ってしまった。

 航(わたる)が戦争で活躍したというのは事実だろうが、それ以前はついこの間までただの学生だった極普通の青年である。

 そのような、国の舵(かじ)取(と)りを助言出来る様な立場では到底ない。

 それが解らない首相ではないだろう。

 

 裏を返せば、政権はそれだけ切羽詰まっているということだ。

 航(わたる)は唯(ただ)々(ただ)不安に思えてならなかった。

 魅(み)琴(こと)の様に政権に反発している訳ではないが、彼らに日本を任せてこの荒波を乗り越える未来が見えない。

 

「岬(さき)守(もり)君、難しく考える必要は無い」

 

 そんな航(わたる)に助け船を出したのは根(ね)尾(お)だった。

 

「総理は何も、君(きみ)達に政府の判断を委ねている訳ではない。ただ、皇(こう)國(こく)と実際に接した感想を通して、皇(こう)國(こく)のことを少しでも知っておきたいだけだ。勿(もち)論(ろん)、君(きみ)達の意見が限られた一例に過ぎないことも重々御理解の上だろう。そうですよね、総理?」

「え、ええ勿論です、根(ね)尾(お)さん」

 

 根(ね)尾(お)の言葉にはもう一つの意味があった。

 これから先、政府の判断の責任を航(わたる)や魅(み)琴(こと)に押し付けることは無い――その言質を取ったのだ。

 

「とはいえ総理、何でも良いからと漠然と意見を求められても、彼らとて何を話せば良いかわからないでしょう。何か質問をされては如何(いかが)ですか?」

「そ、そうですね。では先(ま)ず、岬(さき)守(もり)さんにお伺いしましょう」

 

 根(ね)尾(お)に誘導され、愈(いよ)々(いよ)質問が始まった。

 

「岬(さき)守(もり)さんは先日起動した皇(こう)國(こく)の巨大兵器の映像、御覧になりましたか?」

「ええ、まあ……」

 

 無(む)窮(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシ起動の様子は天空上映で全世界に見せられている。

 航(わたる)は丁度その頃、魅(み)琴(こと)と共に皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の墓地を見に行った帰り道だった。

 

「岬(さき)守(もり)さん、貴方(あなた)は先の戦いで皇(こう)國(こく)の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を相手に大活躍なさったとお聞きしております。その貴方(あなた)から見てどうですか、あの巨大兵器の印象は?」

「どう、ですか……。正直、今まで戦ってきた敵の機体とあまりにもかけ離れた姿をしていて何とも言えないですね。ただ、ちょっと気になることはありますが……」

「気になること、ですか? どうぞ、なんでも仰(おつしや)ってください」

「先ず、あの出(で)鱈(たら)目(め)なサイズにも拘わらずあの兵器は『為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)』を謳(うた)っているんですよね。皇(こう)國(こく)には為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を格納する空中戦艦型の要塞として『為(ため)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)』があるじゃないですか。『アメノミナカヌシ』って為(ため)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)として見たとしても相当巨大ですよ」

 

 航(わたる)の指摘通り、アメノミナカヌシの大きさは皇(こう)國(こく)の兵器と比較しても群を抜いている。

 為(ため)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)の大きさは標準運用されている「アマテラス型」で全長八三〇米(メートル)・全幅一二三米(メートル)・全高二四三米(メートル)であり、戦艦大和と比較して三倍超の規模感である。

 対して、アメノミナカヌシは全高八一二八米(メートル)の巨大な球体であり、アマテラス級の全長と比較しても十倍弱と、あまりにも大き過ぎるのだ。

 

「なのに種別が『為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)』だというのが引っ掛かるんですよ」

「そんなに気にすることですか、岬(さき)守(もり)さん?」

「総理、僕(ぼく)は皇(こう)國(こく)との戦いで様々な為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を迎え撃ってきました。取り分け三機の特別機は理解を超えた力を持った超兵器でした。それと比べてもアメノミナカヌシは輪を掛けて異様だ。何か想像を絶する、とんでもない力を秘めている様に思えてならないんです。もしかすると、皇(こう)國(こく)の技術力を以(もつ)てして尚(なお)あの大きさを必要とするくらいに恐ろしい力を……」

「な、成程……」

 

 南(みな)川(がわ)の額に冷や汗が滲(にじ)む。

 閣僚達も顔を青くして互いに視線を交わし合っていた。

 

「ここからは更に根拠の乏しい想像なんですが……」

 

 航(わたる)は話を続ける。

 

「もしかすると、アメノミナカヌシは一人で操縦する兵器なのかも知れません。だから『為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)』なんじゃないでしょうか」

「それは……流石に無(む)茶(ちや)じゃないですか? あんな巨大なものをたった一人で?」

「多分、神(じん)皇(のう)にはそれが出来ます。それに思い返してみてください。世界で何が起きているか、ネット上に様々な国から動画が上がっていますが、各国で猛威を振るっているのは為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)ばかりで、生身の兵士が一人も見当たらないんですよ」

「何が……言いたいんですか?」

「はい。実は今回の騒動、暴走したのは皇(こう)國(こく)ではなく神(じん)皇(のう)一人だけなんじゃないでしょうか。彼は皇(こう)國(こく)の制御も効かず、勝手にこれだけの暴挙に出たんじゃないかと……」

「そ、そんな莫(ば)迦(か)な……!」

 

 南(みな)川(がわ)は反射的に、航(わたる)の言葉を撥(は)ね退けるかの様に立ち上がった。

 

「すると、今世界中を占拠しているのは皇(こう)國(こく)の国策ではなく、あくまで神(じん)皇(のう)一個人のやらかしだって言うんですか! 荒唐無稽にも程がある!」

「僕(ぼく)も根拠があって言ってるんじゃないですよ。ただ、僕(ぼく)は拉致されて皇(こう)國(こく)に居た間に向こうの人達と色々触れ合ってきました。確かに皇(こう)國(こく)は侵略的で権威主義的、そんな危険な国家ですが、それでもこんなことは常軌を逸している。それくらいの良識はある人達が大半です。彼らが一丸となってこの暴挙を支持しているとは到底思えない」

「私も彼と同じ意見です」

 

 魅(み)琴(こと)が口を開いた。

 

「日本で今の神(じん)皇(のう)と一番深く交流したのは私(わたし)でしょう。その私(わたし)から見ても、彼には独り善がりに他人を振り回すところがありました。まあ、育った環境と持って生まれた力が誰にも彼の行動を咎めさせなかったのでしょう。彼は善意の人ですが、自分本位で危うい善意は一層暴力的ですらあります。彼が独断で勝手に行動を起こし、そして皇(こう)國(こく)は誰も彼を止められなかった。航(わたる)の推測は理に適(かな)っていると私(わたし)は思います」

「し、しかしそれはあまりにも常識を、理解を超えています……」

「御言葉ですが、皇(こう)國(こく)とはそういう理解を超えた国ですよ、総理。そして神(じん)皇(のう)はその皇(こう)國(こく)の根幹です。だからこそ、私(わたし)は先代と命を棄(す)てて戦わなければならなかった」

 

 閣議室は重苦しい沈黙に包まれた。

 もし航(わたる)や魅(み)琴(こと)の推察通り、神(じん)皇(のう)が勝手に暴走しているとなれば事態はより深刻である。

 日本政府として皇(こう)國(こく)と交渉したとしても何の意味も無いのだ。

 

「む……」

 

 その時、根(ね)尾(お)の上着のポケットから振動音が聞こえた。

 どうやら電話が入ったようだ。

 

「失礼します」

 

 根(ね)尾(お)は席を立ち、部屋の隅へ行って電話に出た。

 漏れ聞こえる囁(ささや)き声から、どうやら相手は目上の人間らしい。

 そして暫(しばら)く話すと、徐に南(みな)川(がわ)の元へと近寄る。

 

「総理、閣議の途中ですが緊急で貴方(あなた)に繋(つな)いで欲しいと連絡が」

「何のつもりですか、根(ね)尾(お)さん。今の貴方(あなた)にそんな重要人物から連絡が入るんですか?」

「ええ。皇(こう)國(こく)にはそれなりのコネがありますから」

 

 根(ね)尾(お)の言葉に、南(みな)川(がわ)は目を瞠(みは)って驚きを見せた。

 

「こ、皇(こう)國(こく)!? 一体誰からです?」

「先日まで和平交渉特使を務められました、六摂家当主の十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)卿(きよう)です。この場で閣僚全員とお話ししたいとのことで、通話音声をスピーカーにするよう求められています」

 

 南(みな)川(がわ)は周囲を窺い、梅(うめ)宮(みや)外務大臣と顔を見合わせた。

 梅(うめ)宮(みや)は黙って頷(うなず)く。

 それを受け、南(みな)川(がわ)はその要望を了承した。

 

「受けましょう、根(ね)尾(お)さん」

「ありがとうございます」

 

 根(ね)尾(お)はスマートフォンを椅子の上に置いた。

 

『御無沙汰しております、南(みな)川(がわ)和(かず)之(ゆき)内閣総理大臣閣下。十(とお)桐(どう)で御座います』

「こ、こちらこそお久し振りです。一体どのような御(お)用(よう)件(けん)で」

『はい。此(こ)度(たび)の由(ゆ)々(ゆ)し事態につきまして、貴国に御報告と御相談が御座いましてな』

「ど、どういった内容でしょう?」

 

 南(みな)川(がわ)は戦々恐々とした様子で電話口に向かって尋ねた。

 

『我々は神(じん)皇(のう)陛下が謀(む)叛(ほん)、内閣総理大臣として私的な軍事力を用いた体制転覆を企(くわだ)てたとして、これに対抗する正統政府を樹立する考えです。つきましては事態の解決に向け、今度は貴国にその力を貸していただきたい』

 

 事態は思わぬ方向に転がろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。