日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百二話『皇國正統政府』 破

 (しき)(しま)()()()――(じん)(のう)のもう一人の近衛侍女で剣の達人、そしてその正体は()()(はた)()()()の姉でもある。

 過去に革命戦士として当時の皇太子と(たい)()するも、圧倒的な力を前に挫折、そして(いず)れは破滅しか無い(はん)(ぎやく)者の道から救い出されたとして、現(じん)(のう)に強い忠誠を誓っていた。

 その長身の美女が今、相方の()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)の手で異空間の中に運び込まれ、()(まみ)れの姿で六摂家当主達の前に投げ出された。

 

「ま、まだ息があるぞ!」

「だ、だが(しん)()が尽きておる!」

 

 (きのえ)()殿(でん)が慌てて彼女に駆け寄った。

 (しき)(しま)は辛うじて命の(ともし)()(つな)いではいるものの、かなり危険な状態だ。

 

(きのえ)(きよう)()殿(でん)卿、(たつ)()(かみ)殿下の(ところ)へ! 皇族に(しん)()を貸し与えられねば助からん!」

 

 (とお)(どう)の指示を受け、(きのえ)()殿(でん)は顔を見合わせて(うなず)いた。

 

「承知した。行くぞ、(きのえ)卿」

「ああ。()(たび)の会談はお開きだな」

 

 二人の姿が(しき)(しま)と共にこの空間から(こつ)(ぜん)と消えた。

 その様子を()(りゆう)(いん)は冷ややかな()で見届けた。

 

(しき)(しま)ちゃんを頼みましたわよぉ。まだ死なれては困りますものぉ……」

()(りゆう)(いん)、これは一体どういうことじゃ?」

 

 (とお)(どう)()(りゆう)(いん)の冷笑に厳しい視線を向ける。

 

「貴様と(しき)(しま)は共に陛下の()(そば)に仕える身であろう」

「どうもこうもありませんわぁ。(しき)(しま)ちゃんったら(あたくし)のことを突然(ねい)(しん)呼ばわりして斬り掛かってきましたのよ。それで()()く応戦を」

「佞臣……?」

 

 ()(りゆう)(いん)は不敵な笑みを浮かべ、底知れぬ眼光を(たた)えながら(とお)(どう)に臆せず視線を返していた。

 それは(こう)(こく)最大の貴族に対して申し開きをする態度ではない。

 (とお)(どう)は彼女に底知れぬ不気味さを感じていた。

 

「それで、何故(なぜ)我らの(もと)に彼女を連れて来た? (じん)(のう)陛下の臣ならば、二人の間に起きたことを包み隠さず申し上げるべきじゃろう。加えて、(しん)()を貸し与えての治療が必要ならばそれこそ陛下に御聖断を仰ぐべきじゃ」

「簡単なことですわぁ。もう(しき)(しま)ちゃんを陛下の御側に居させる訳にはいかないからよ」

「どういうことじゃ?」

 

 (とお)(どう)の全身から気迫が(にじ)()る。

 彼女の能力ならば、この空間に入ってきた者を殺すことなど()(やす)い。

 しかし、どうにも違和感が拭えなかった。

 

()(りゆう)(いん)、あの余裕は何じゃ? 皇族の侍従侍女という立場で六摂家当主たる我の能力を知らぬことはあるまいに、まるで我のことなどどうとでもなるとでも()う様な……)

 

 相対する()(りゆう)(いん)からは、(とお)(どう)に対抗するが如く闇が立ち込めている――そんな錯覚を覚える程に、()(りゆう)(いん)は異様な(たたず)まいを見せていた。

 

(しき)(しま)ちゃんったら、陛下に此度の(みことのり)を撤回するよう上奏しようとしていたのよぉ。全く、信じられないわねぇ」

(しき)(しま)が?」

「陛下の近衛侍女たるもの、何処(どこ)までも陛下と道を共にする覚悟が必要だと教えたばかりだったのに。挙げ句の果てに覚悟を決めた(あたくし)を佞臣呼ばわりとは、そんな娘はもう要らないでしょう?」

 

 ()(りゆう)(いん)の言葉は(とお)(どう)の胸を揺さぶった。

 あの、誰よりも(じん)(のう)に忠実な(しき)(しま)()()()ですら、今回の(じん)(のう)には異を唱えている。

 それどころか、間違いを正すべく行動を起こそうとしていたという。

 そうすべきだと(わか)っていながら迷っていた自分に(じく)()たる(おも)いが湧き上がる。

 

「貴様はあくまで陛下に従うのか?」

「当然。事()()に至っては、陛下の御側には(あたくし)一人が居れば良い。他に誰も要らないわぁ」

 

 心做しか、()(りゆう)(いん)の声が弾んで聞こえた。

 (やや)もすると、()(りゆう)(いん)はこの時を待っていたのではないか。

 (じん)(のう)の近衛侍女の実態は、彼の愛人である。

 ()(りゆう)(いん)はずっと(じん)(のう)の独占を願っており、(しき)(しま)はずっと邪魔者だったのではないか。

 

()(やつ)、何を考えておる? 今、男を巡って争っている場合か?)

 

 ()(はや)(とお)(どう)には、()(りゆう)(いん)(しき)(しま)を排除する口実を見付けて意気揚々としている様にしか見えなかった。

 心当たりはある。

 和平交渉と叛逆者討伐の(ため)に日本国を訪れた折、彼女は()る集団と遭遇した。

 そして同時に、一つの疑惑が生じたのだ。

 

 日本国での叛逆者討伐、その果てに出会った謎の集団「(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)」。

 彼らの目的は日本民族を根絶やしにすることだと云っていた。

 そして、彼らを統括するのは「(ひめ)(さま)」と呼ばれる者だ。

 

(先帝陛下に三種の(じん)()(まつ)わる(あれ)(これ)を吹き込んだ妖しげな巫女(みこ)、今上陛下降誕の際に(あらわ)れたこの女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)。此奴がその「(ひめ)(さま)」だとすると……)

 

 (とお)(どう)()(りゆう)(いん)に探りを入れるべく問い掛ける。

 

()(りゆう)(いん)よ、今の状況は貴様の願い通りか?」

 

 もし想像通りならば、(じん)(のう)が日本人以外の(おう)(さつ)を宣言した状況は、必ずしも()(りゆう)(いん)の理想通りでは無い(はず)だ。

 一方で、ここまで含めて想定通りという可能性もある。

 明日伸びんが為に今日は縮む――そう考えているのならば、それはそれで着実に(たくら)みを進めているということになる。

 

()て、どう出る?)

 

 ()(りゆう)(いん)の薄ら笑いが消えた。

 彼女の顔が少しずつ、少しずつ(しわ)を刻んでいく。

 徐々に(いら)()ちが目元、口元、その他表情に滲み出てきていた。

 そして、彼女は恨めし気に吐き捨てる。

 

「まさか。これで良い訳がないわぁ……!」

 

 (とお)(どう)の背後で()(どう)が体を震わせる。

 ()(どう)()(りゆう)(いん)に逆心を知られたと思い、すっかり(おび)えてしまっている。

 その彼が思わずか細い悲鳴を漏らす程、()(りゆう)(いん)は普段の態度からは想像出来ない、荒々しい苛立ちを()()いていた。

 

「あんなことを言い出すなんて信じられない。陛下の力はもっと()(さわ)しい使い方があるのよ。あの()(かた)は全く解っていない」

「ならば(しき)(しま)と共にその旨を上奏すれば良かろう」

「だから言っているでしょう! それでも陛下に寄り添い、何処までも御一緒するのが(あたくし)達の生き方であり、覚悟なのよ!」

 

 怒りを打ち()ける()(りゆう)(いん)

 その姿に、(とお)(どう)は確信を深めた。

 

 この女は(じん)(のう)の忠実なる臣下などではない。

 かといって、確固たる自己を持って(じん)(のう)に相対している訳でもない。

 何処までも身勝手に、都合良く、(じん)(のう)を持ち上げては己の為に利用しようとしているに過ぎない。

 彼女が口にする「生き方」だの「覚悟」だのという言葉の、なんと軽いことか。

 

 これでは(しき)(しま)に佞臣と断じられる訳だ。

 (とお)(どう)は今、()(りゆう)(いん)をこの場で始末しようと考え始めていた。

 

(殺した方が良い、殺した方が良いのだ)

 

 (とお)(どう)は揺れていた。

 簡単には殺人に振り切れない、それが(とお)(どう)(あや)()の凡庸さであり、人の良さでもある。

 しかしそんな彼女に、()(りゆう)(いん)は冷たく告げる。

 

「無駄よ。貴女(あなた)(あたくし)は殺せないわぁ」

「何? どういうことじゃ?」

「通用しないと言っているのよ、(あたくし)には貴女(あなた)の能力など」

 

 (とお)(どう)は思い出した。

 小宇宙空間を作り、その場に誘い込んで思うがままに法則を(もてあそ)(とお)(どう)の能力。

 しかし、それが通じないと口にした男が少し前に居た。

 

(あの男、閏閒(うるま)(みつ)(なり)は云っていた! ()(そま)()(つひ)は宇宙の理の外側の力、我の能力は通用しないと! やはり此奴……!)

 

 最早疑う余地はあるまい。

 だとすると、(じん)(のう)の側近としてそんな人間が仕えているのは()()しき事態である。

 

「覚えておきなさぁい、貴女(あなた)達」

 

 ()(りゆう)(いん)は白い歯を見せ、邪悪に(ほほ)()む。

 

(あたくし)はあくまで陛下にお仕えする。何処までも、只管(ひたすら)に。けれども必ず、必ずや陛下には正しい形になってもらうわぁ」

()(りゆう)(いん)、貴様……!」

「最後に笑うのはこの(あたくし)よ。思い知ることになるわぁ……」

 

 ()(りゆう)(いん)はそう()()(りふ)を残し、(とお)(どう)の小宇宙空間から忽然と姿を消した。

 後には言い知れぬ(けん)()感を残して。

 

「ああああああ! 終わった! 陛下の近衛侍女に見られた! ()(じん)は逆賊になってしまううううう!」

 

 ()(どう)は絶望の悲鳴を上げて嘆く。

 立場は(とお)(どう)も同じだろう。

 だが、今の彼女は覚悟で迷いを完全に吹っ切っていた。

 ()(りゆう)(いん)の言う口先だけの覚悟とは違う、本物の決意が彼女の小さな体に(たぎ)っていた。

 

「腹を(くく)れ、()(どう)卿! 我らの道は最早一本!」

「嫌だ! 嫌だ! どうしてこんなことに!」

 

 そんな状況下、(しき)(しま)を連れて行った(きのえ)()殿(でん)が戻ってきた。

 

「やるのか、(とお)(どう)卿?」

「ああ、やる。陛下が()しき者に(たぶら)かされていると確信を深めた。決定的にの。最早これを除かねば、日本民族は永遠に呪われてしまう。戦わねば、我らは救いようのない佞臣として()(らい)(えい)(ごう)語られるじゃろう」

(わし)らにも己の側に付け、と……」

 

 ()(どう)とは逆に、(きのえ)()殿(でん)(せい)(かん)な顔付きをしていた。

 どうやら心変わりしてくれたらしい。

 

「良いだろう。それが日本人の為ならば」

「逆賊か佞臣か、二つに一つならば一層毒を食らわば皿まで。その先にある真の忠義を信じる他あるまい」

「し、正気ですか()(ふた)()とも!?」

 

 ()(どう)(すが)る様に三人の顔を順々に見た。

 そしてどうやら彼らの決意が固いと知ると、()()(くそ)に叫んだ。

 

「解りましたよ! こうなったらやるしか無いんでしょう? 突き進んでやろうじゃないですか、逆賊街道を!」

「よう言うた、()(さん)(かた)とも!」

 

 今、四人の心は一つになった。

 

(きのえ)卿・()(どう)卿、旧()(づき)政権の元閣僚を可能な限り集めてくれ! ()殿(でん)卿は我と共に(たつ)()(かみ)殿下・(みずち)()(かみ)殿下に申し上げるのじゃ!」

「成程な」

「やってやりますよ!」

「両殿下には御迷惑を掛ける……」

 

 四人はそれぞれ、一つの目的の為に動き始めた。

 

「これより、我らは(こう)(こく)正統政府を樹立する!」

 

 ()くして、(こう)(こく)内に(じん)(のう)への対抗勢力が生まれることとなったのだ。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 時を一日後に戻す。

 今、日本国の閣議室は()()の電話を通して(こう)(こく)(とお)(どう)と繋がっていた。

 

「何か……あったのですか?」

 

 ()()は電話の向こうの(とお)(どう)に尋ねた。

 (とお)(どう)が皇族への忠誠心に(あつ)いことは()く知っている。

 その彼女が(じん)(のう)に弓を引くとなると、余程のことがあったに違い無かった。

 

()()殿、我々は陛下の目を覚まさせねばならぬのだ。今、陛下の側には不届きなる者が仕え、清らかなる()(こころ)に邪心を交わらせておる』

「それは……(こう)(どう)()(しゅ)(とう)のこと……でしょうか?」

 

 ()()は嫌な予感を覚えた。

 先日、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)に襲撃された際、彼らは去り際に不穏な予言を残している。

 彼らが現(じん)(のう)を操り、日本国に災いをもたらそうとしていることは確かだ。

 ならば(とお)(どう)の云う「不届きなる者」の正体とは……。

 

(わか)ったのじゃ。例の写真に捉えられた(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)最後の一人、背中のみが写されていた女の正体が』

(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の……? 最後の女、例の『(ひめ)(さま)』ですか! 誰なんです?」

(じん)(のう)陛下の近衛侍女が一人・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)

 

 ()()は、そして(わたる)()(こと)も目を(みは)った。

 (とお)(どう)が出した肩書きと名前、それだけで状況の恐ろしさは察するに余りある。

 

「そういう……ことですか……」

『申し訳無かった。実はあのホテル襲撃事件の時に閏閒(うるま)(みつ)(なり)が言い残した言葉から大方の察しは付いておったのじゃ。しかしあ奴の立場が立場故、軽々に言い触らす訳にも行かなかったのじゃ』

「だが今は我々にその名を告げることが出来る程に確信していると、そういうことですか。なんということだ……」

 

 ()()は頭を抱えた。

 (とお)(どう)の言葉で全てが繋がった様な気がする。

 彼女が重い決断に至ったのも当然だろう。

 

「あの、話が見えませんが……」

 

 一方で、(みな)(がわ)を始めとした閣僚達は完全に(おい)(てけ)(ぼり)()らっていた。

 (こう)(こく)に纏わる日本国の危機、その裏で暗躍していた(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の存在は、(すめらぎ)(かな)()周辺の極一部にしか知られていない。

 (みな)(がわ)政権はこのことを全く把握していないのだ。

 

「先程から一体何の話をしているのですか、(とお)(どう)さん?」

(みな)(がわ)閣下、申し訳無いが詳細は話の後で()()殿から聴いていただきたい。あまりのんびりと電話してはおれん事情がありますのでな。今は一刻も早く我々の要望をお伝えしたく存じます』

 

 (みな)(がわ)()(げん)そうに首を(かし)げる。

 そんな彼に代わり、()()が話に割って入る。

 

「何を御所望でしょう、(とお)(どう)卿」

『ズバリ、貴国より四名の人材を(こう)(こく)へ送っていただきたい』

「四名とは?」

(さき)(もり)(わたる)(うる)()()(こと)、そして(くも)()兄妹』

 

 (とお)(どう)の指名を受けた(わたる)()(こと)は互いの顔を見合わせた。

 閣僚達の視線が一斉に二人へ集まった。

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