日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百二話『皇國正統政府』 急

 突如の指名を受けた航(わたる)だったが、不思議と驚きは無かった。

 此(こ)度(たび)の閣議に呼ばれた時から、或(ある)いは神(じん)皇(のう)の天空上映を目の当たりにした時から、再び日本と皇(こう)國(こく)に纏(まつ)わる事件に関わっていくのだろうという予感があった。

 見たところ、魅(み)琴(こと)も静かに受け止めている。

 寧(むし)ろ周りの閣僚達の方が響(どよ)めき立っていた。

 

「皆さん、どうかお静かに」

 

 そんな中、防衛大臣の梅(うめ)宮(みや)が閣僚達を諫(いさ)めた。

 閣議室が静まるのを待って、南(みな)川(がわ)が十(とお)桐(どう)に尋ねる。

 

「十(とお)桐(どう)さん、丁度岬(さき)守(もり)さんと麗(うる)真(ま)さんはこの場にお呼びしております」

『誠で御座いますか? それは話が早い』

「ですが、これだけはお聞かせください。一体どのような御(ご)用(よう)件(けん)で二人を求められているのですか?」

 

 南(みな)川(がわ)が説明を求めるのは当然だろう。

 ここは十(とお)桐(どう)も素直に答える他あるまい。

 

『先程もお伝えしましたとおり、我々は神(じん)皇(のう)陛下に対抗し皇(こう)國(こく)正統政府を樹立いたしました。これは先の選挙と現政権成立の背景に皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)による著(いちじる)しい暴力的干渉があった為(ため)、これを無効とするという立て付けで御座います。暴力による不正選挙、前閣僚への脅迫や暗殺……。そんな中、辛うじてお助けした元閣僚の一人・芳(よし)原(はら)輝(き)太(た)郎(ろう)氏を正統政府の暫定総理大臣とし、陛下に内閣総辞職を勧告します。今後、陛下には政界は勿(もち)論(ろん)社会への一切の関わりを絶っていただく。しかし、それには皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の激しい抵抗が予想されます』

 

 十(とお)桐(どう)の話を聞いた南(みな)川(がわ)は見る見るうちに青(あお)褪(ざ)めていった。

 尤(もつと)も、そんな顔色など窺(うかが)い知(し)れない十(とお)桐(どう)の話は構わず続いていく。

 

『はっきり言って現状の戦力では我々に勝ち目など無い。軍の中で皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)を押さえ込むのは不可能ではありませんが、神(じん)皇(のう)陛下の力が余りにも絶大なのです。龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下や蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下を以(もつ)てしても鎧(がい)袖(しゆう)一(いつ)触(しよく)にもならぬでしょう』

 

 思っていたとおり状況はかなり厳しいらしい。

 航(わたる)も魅(み)琴(こと)もそれは判(わか)っていた。

 航(わたる)にとっては神(じん)皇(のう)の展開した圧倒的軍事力から、魅(み)琴(こと)にとっては先代神(じん)皇(のう)と戦った経験から、その絶望的状況がはっきりと理解出来る。

 しかし、それでも彼らを呼ぶ理由を、十(とお)桐(どう)ははっきりとこう述べる。

 

『しかし今お伝えしました四人、岬(さき)守(もり)航(わたる)・麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)・雲(くも)野(の)兄妹のご助力があれば、希望を繋(つな)ぐ手段があるのです。たった一筋の、絹糸よりも遙(はる)かに細い光ではありますが……』

 

 俄(にわ)かには信じ難(にく)い言葉だった。

 だが十(とお)桐(どう)の声は力強く、確信に満ちている。

 大きな賭けにはなるようだが、少なくとも全く目が無い掛けでは無いと云(い)ったところだろう。

 

『そういう訳で総理大臣閣下、彼らの派遣を近日中に手配していただきたい。輸送には超級為動機神体(ちょうきゅういどうきしんたい)の部隊を護衛として随伴させるべきでしょうな。政府専用機を無防備に飛ばして来ようものなら、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の連中が超(ちょう)級(きゅう)部隊を動かして撃墜してしまうでしょうから。護衛部隊の編成を考慮して、遅くとも一週間以内に頼みます』

「ち、ちょっと待ってください!」

 

 南(みな)川(がわ)は十(とお)桐(どう)の言葉を大声で遮った。

 このまま勝手に話を進められては溜(た)まらないという焦燥が表情から滲(にじ)み出(で)ている。

 

「まさか貴女(あなた)達、我が国民を、それも一般市民を皇(こう)國(こく)の内乱に巻き込もうと云うんじゃないでしょうね! 駄目ですよそんなの! 駄目駄目駄目!」

 

 ド正論である。

 ここではっきりと断ることが出来た南(みな)川(がわ)は、日本国を預かる総理大臣としての良識を示したと言えるだろう。

 平時や並の有事ではその判断に間違いは無い。

 だが、この状況でその判断にはもう一つの残酷な側面が存在する。

 

『ならば仕方がありませぬ。我々は敗北し、世界は神(じん)皇(のう)陛下の思うがままに選別されることでしょう』

 

 そう、ここで南(みな)川(がわ)の言う正論、取るべき正しい判断を選択すると、自動的に皇(こう)國(こく)正統政府はおろか、他国一切を見(み)棄(す)てることになる。

 

「そんなっ! 私(わたし)を脅すつもりですか? 言っておきますけど、我が国は如(い)何(か)なる戦争にも与(くみ)しないんです! それが戦後歩んできた国家の大原則です! そりゃあ今までの政権の中にはその重みを理解しない人達が居て、度々過(あやま)ちを犯してはきましたけど、我々が新たに政権を取ったからにはもうそんなことはさせませんよ! これは私(わたし)達が政権……いや、今までの政治活動に於(お)ける正当性、正義の問題だ!」

『それは結構。しかし、我々が切実な必要性から彼らを求めておるのもまた嘘(うそ)では御座いません。貴方(あなた)達を脅かしているのは我々ではなく、現実そのものなのです。貴方(あなた)は選ばなくてはならない。彼ら二人と自らの正当性・正義を取るか、それとも我々や日本以外全ての国の命運を取るか。そこから逃れることは出来ないのです』

「うううぅぅっっ!!」

 

 南(みな)川(がわ)は圧迫されていた。

 しかし、政治の本質は彼を苦しめている「決断」そのものにあると言っても良い。

 どう言い訳をしようとも、その決断に伴う犠牲には常に向き合わなければならない。

 

「すみません、十(とお)桐(どう)様」

 

 そんな中、航(わたる)が電話口に話し掛けた。

 

『その声、岬(さき)守(もり)の小僧か』

「はい。御時間が無いとのことなので単刀直入にお伺いします。僕(ぼく)達四人が希望と仰(おつしや)いましたが、可能性はどれくらいあるのですか?」

 

 少しの間を置き、十(とお)桐(どう)から答えが返る。

 

『わからん。ただ、お前達抜きでは可能性が無い。お前達が加わることで漸(ようや)く可能性が零(ゼロ)ではなくなる、といったところじゃ』

「そうですか。では……」

「待て、岬(さき)守(もり)君」

 

 根(ね)尾(お)が航(わたる)を遮る。

 

「君(きみ)一人が責任を背負うな。この場に居ない雲(くも)野(の)兄妹のことも忘れるな」

「はい……」

「どうしますか、総理?」

「うぅ……」

 

 南(みな)川(がわ)は判断に迷っている様子だ。

 いや、頭を抱える姿は、自らの中に閉(と)じ籠(こ)もって判断から逃げているようにも見える。

 だが現実はそんな彼を許しはしない。

 偏(ひとえ)にそれこそが彼が選んだ道、総理大臣という重職なのである。

 

『すぐに結論は出ない御(ご)様(よう)子(す)ですな。無理もありません。しかし、時間的猶予は限られていることを努(ゆめ)々(ゆめ)お忘れなきよう』

「あうぅ……」

『では、今日はこの辺りで失礼致します。首相閣下、どうか懸命なご判断を』

 

 十(とお)桐(どう)との電話はここで一(ひと)先(ま)ず途絶えた。

 結局、この日の閣議でも日本国の方針は何一つ決まらぬまま、日付だけが終末へ向けて残酷に一つ進んだ。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 その夜、航(わたる)はアパートの自分の部屋でスマートフォンの画面と向き合っていた。

 

「とんでもないことになっちゃったな……」

『そうね』

 

 画面の向こうには、自宅に居る魅(み)琴(こと)が映っている。

 閣議が終わり首相官邸から帰された二人は互いに自分の住居に戻り、それぞれの時を過ごしていた。

 休日とはいえ、この状況で二人の夜を過ごす気にはなれなかった。

 しかし一人で居るとどうにも思考が巡り巡ってしまい、気が付けばビデオ通話で顔を見ながら話すことになっていた。

 

「十(とお)桐(どう)様のあの言い方じゃ、僕(ぼく)達が揃(そろ)ったところで勝てる可能性は僅(わず)かなんだろうな」

『そうでしょうね。神(じん)皇(のう)の力は圧倒的だもの』

「神(じん)皇(のう)の力、か……」

 

 航(わたる)は全身に寒気を覚えた。

 もう十一月、季節は冬の訪れを待っている。

 だがそれだけではない、自身に待ち受ける運命が心を冷え込ませるのだ。

 

「なあ、魅(み)琴(こと)」

『何、航(わたる)?』

「多分、神(じん)皇(のう)と戦ったら死ぬんだろうな」

『そうね』

「しかも僕(ぼく)だけじゃない。君(きみ)も、雲(くも)野(の)兄妹も巻き込まなきゃいけないんだ……」

『……何を考えているの?』

 

 航(わたる)は指で膝を叩(たた)いていた。

 どうにも落ち着いていられない。

 理由はなんとなく判っている。

 

「誰を犠牲にするか選べ、か……」

『……私(わたし)は構わないわよ』

「え?」

 

 魅(み)琴(こと)は航(わたる)の全てを見透かした様に微(ほほ)笑(え)む。

 

『自分一人なら勝手に、無謀に飛び出して行くのが貴方(あなた)だものね。でも、今回は他の人間も巻き込まなければならない。だから迷っているのでしょう?』

「ああ」

『私(わたし)はね、生きるも死ぬも貴方(あなた)と一緒が良いの。貴方(あなた)と運命を共にしたい。だけど、貴方(あなた)の重荷になるなんて屈辱的な生き方、真(まっ)平(ぴら)御(ご)免(めん)だわ』

「屈辱的……」

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)の言(い)い種(ぐさ)に呆(あき)れながら、彼女らしいとも感じた。

 思えば、どちらかというと航(わたる)が魅(み)琴(こと)の重荷だった時間の方が長かったかも知れない。

 今、二人は対等になったのだろうか。

 何(いず)れにせよ、航(わたる)としてもこれ以上力関係が傾くところは想像出来ない。

 

「本当に良いのか?」

『何度も言わせないで』

 

 段々と、航(わたる)の頭が冴えてきていた。

 

 しかしもう一つ、十(とお)桐(どう)は雲(くも)野(の)兄妹の身柄も要求している。

 神(じん)皇(のう)の力を考えれば彼らも必要なのは間違い無いだろう。

 懸念があるとすれば、航(わたる)と魅(み)琴(こと)の動き次第では雲(くも)野(の)兄妹本人達の意思を無視する形で派遣が決められてしまうことだ。

 もし彼らが送られて来たらその辺りを確かめ、場合によっては此(こ)方(ちら)で止めるべきだろう。

 どの道、航(わたる)と魅(み)琴(こと)だけでは戦いを始めることは出来ない筈(はず)だ。

 だが航(わたる)の心は決まっていた。

 

「魅(み)琴(こと)、君(きみ)は本当に素敵だ」

『でしょう?』

「やっぱり今夜は一緒に過ごしたいな。もう夜遅いが、これからデートに行かないか?」

『ええ、良いわよ。何処(どこ)へ行くの?』

 

 航(わたる)は一呼吸置き、魅(み)琴(こと)に逢瀬の行き先を告げる。

 

「横田飛行場へ行こう。もう一度君(きみ)を超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に載せて飛びたい」

『あら、面白そうね。じゃあ私(わたし)の家へ迎えに来なさい。先に渡すものがあるから』

 

 運命は再び動き出す。

 これまで、航(わたる)は運命に巻き込まれる側だった。

 だが今、航(わたる)は自らの意思でその荒波に飛び込もうとしていた。

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