突如の指名を受けた航だったが、不思議と驚きは無かった。
此度の閣議に呼ばれた時から、或いは神皇の天空上映を目の当たりにした時から、再び日本と皇國に纏わる事件に関わっていくのだろうという予感があった。
見たところ、魅琴も静かに受け止めている。
寧ろ周りの閣僚達の方が響めき立っていた。
「皆さん、どうかお静かに」
そんな中、防衛大臣の梅宮が閣僚達を諫めた。
閣議室が静まるのを待って、南川が十桐に尋ねる。
「十桐さん、丁度岬守さんと麗真さんはこの場にお呼びしております」
『誠で御座いますか? それは話が早い』
「ですが、これだけはお聞かせください。一体どのような御用件で二人を求められているのですか?」
南川が説明を求めるのは当然だろう。
ここは十桐も素直に答える他あるまい。
『先程もお伝えしましたとおり、我々は神皇陛下に対抗し皇國正統政府を樹立いたしました。これは先の選挙と現政権成立の背景に皇道保守黨による著しい暴力的干渉があった為、これを無効とするという立て付けで御座います。暴力による不正選挙、前閣僚への脅迫や暗殺……。そんな中、辛うじてお助けした元閣僚の一人・芳原輝太郎氏を正統政府の暫定総理大臣とし、陛下に内閣総辞職を勧告します。今後、陛下には政界は勿論社会への一切の関わりを絶っていただく。しかし、それには皇道保守黨の激しい抵抗が予想されます』
十桐の話を聞いた南川は見る見るうちに青褪めていった。
尤も、そんな顔色など窺い知れない十桐の話は構わず続いていく。
『はっきり言って現状の戦力では我々に勝ち目など無い。軍の中で皇道保守黨を押さえ込むのは不可能ではありませんが、神皇陛下の力が余りにも絶大なのです。龍乃神殿下や蛟乃神殿下を以てしても鎧袖一触にもならぬでしょう』
思っていたとおり状況はかなり厳しいらしい。
航も魅琴もそれは判っていた。
航にとっては神皇の展開した圧倒的軍事力から、魅琴にとっては先代神皇と戦った経験から、その絶望的状況がはっきりと理解出来る。
しかし、それでも彼らを呼ぶ理由を、十桐ははっきりとこう述べる。
『しかし今お伝えしました四人、岬守航・麗真魅琴・雲野兄妹のご助力があれば、希望を繋ぐ手段があるのです。たった一筋の、絹糸よりも遙かに細い光ではありますが……』
俄かには信じ難い言葉だった。
だが十桐の声は力強く、確信に満ちている。
大きな賭けにはなるようだが、少なくとも全く目が無い掛けでは無いと云ったところだろう。
『そういう訳で総理大臣閣下、彼らの派遣を近日中に手配していただきたい。輸送には超級為動機神体の部隊を護衛として随伴させるべきでしょうな。政府専用機を無防備に飛ばして来ようものなら、皇道保守黨の連中が超級部隊を動かして撃墜してしまうでしょうから。護衛部隊の編成を考慮して、遅くとも一週間以内に頼みます』
「ち、ちょっと待ってください!」
南川は十桐の言葉を大声で遮った。
このまま勝手に話を進められては溜まらないという焦燥が表情から滲み出ている。
「まさか貴女達、我が国民を、それも一般市民を皇國の内乱に巻き込もうと云うんじゃないでしょうね! 駄目ですよそんなの! 駄目駄目駄目!」
ド正論である。
ここではっきりと断ることが出来た南川は、日本国を預かる総理大臣としての良識を示したと言えるだろう。
平時や並の有事ではその判断に間違いは無い。
だが、この状況でその判断にはもう一つの残酷な側面が存在する。
『ならば仕方がありませぬ。我々は敗北し、世界は神皇陛下の思うがままに選別されることでしょう』
そう、ここで南川の言う正論、取るべき正しい判断を選択すると、自動的に皇國正統政府はおろか、他国一切を見棄てることになる。
「そんなっ! 私を脅すつもりですか? 言っておきますけど、我が国は如何なる戦争にも与しないんです! それが戦後歩んできた国家の大原則です! そりゃあ今までの政権の中にはその重みを理解しない人達が居て、度々過ちを犯してはきましたけど、我々が新たに政権を取ったからにはもうそんなことはさせませんよ! これは私達が政権……いや、今までの政治活動に於ける正当性、正義の問題だ!」
『それは結構。しかし、我々が切実な必要性から彼らを求めておるのもまた嘘では御座いません。貴方達を脅かしているのは我々ではなく、現実そのものなのです。貴方は選ばなくてはならない。彼ら二人と自らの正当性・正義を取るか、それとも我々や日本以外全ての国の命運を取るか。そこから逃れることは出来ないのです』
「うううぅぅっっ!!」
南川は圧迫されていた。
しかし、政治の本質は彼を苦しめている「決断」そのものにあると言っても良い。
どう言い訳をしようとも、その決断に伴う犠牲には常に向き合わなければならない。
「すみません、十桐様」
そんな中、航が電話口に話し掛けた。
『その声、岬守の小僧か』
「はい。御時間が無いとのことなので単刀直入にお伺いします。僕達四人が希望と仰いましたが、可能性はどれくらいあるのですか?」
少しの間を置き、十桐から答えが返る。
『わからん。ただ、お前達抜きでは可能性が無い。お前達が加わることで漸く可能性が零ではなくなる、といったところじゃ』
「そうですか。では……」
「待て、岬守君」
根尾が航を遮る。
「君一人が責任を背負うな。この場に居ない雲野兄妹のことも忘れるな」
「はい……」
「どうしますか、総理?」
「うぅ……」
南川は判断に迷っている様子だ。
いや、頭を抱える姿は、自らの中に閉じ籠もって判断から逃げているようにも見える。
だが現実はそんな彼を許しはしない。
偏にそれこそが彼が選んだ道、総理大臣という重職なのである。
『すぐに結論は出ない御様子ですな。無理もありません。しかし、時間的猶予は限られていることを努々お忘れなきよう』
「あうぅ……」
『では、今日はこの辺りで失礼致します。首相閣下、どうか懸命なご判断を』
十桐との電話はここで一先ず途絶えた。
結局、この日の閣議でも日本国の方針は何一つ決まらぬまま、日付だけが終末へ向けて残酷に一つ進んだ。
⦿⦿⦿
その夜、航はアパートの自分の部屋でスマートフォンの画面と向き合っていた。
「とんでもないことになっちゃったな……」
『そうね』
画面の向こうには、自宅に居る魅琴が映っている。
閣議が終わり首相官邸から帰された二人は互いに自分の住居に戻り、それぞれの時を過ごしていた。
休日とはいえ、この状況で二人の夜を過ごす気にはなれなかった。
しかし一人で居るとどうにも思考が巡り巡ってしまい、気が付けばビデオ通話で顔を見ながら話すことになっていた。
「十桐様のあの言い方じゃ、僕達が揃ったところで勝てる可能性は僅かなんだろうな」
『そうでしょうね。神皇の力は圧倒的だもの』
「神皇の力、か……」
航は全身に寒気を覚えた。
もう十一月、季節は冬の訪れを待っている。
だがそれだけではない、自身に待ち受ける運命が心を冷え込ませるのだ。
「なあ、魅琴」
『何、航?』
「多分、神皇と戦ったら死ぬんだろうな」
『そうね』
「しかも僕だけじゃない。君も、雲野兄妹も巻き込まなきゃいけないんだ……」
『……何を考えているの?』
航は指で膝を叩いていた。
どうにも落ち着いていられない。
理由はなんとなく判っている。
「誰を犠牲にするか選べ、か……」
『……私は構わないわよ』
「え?」
魅琴は航の全てを見透かした様に微笑む。
『自分一人なら勝手に、無謀に飛び出して行くのが貴方だものね。でも、今回は他の人間も巻き込まなければならない。だから迷っているのでしょう?』
「ああ」
『私はね、生きるも死ぬも貴方と一緒が良いの。貴方と運命を共にしたい。だけど、貴方の重荷になるなんて屈辱的な生き方、真平御免だわ』
「屈辱的……」
航は魅琴の言い種に呆れながら、彼女らしいとも感じた。
思えば、どちらかというと航が魅琴の重荷だった時間の方が長かったかも知れない。
今、二人は対等になったのだろうか。
何れにせよ、航としてもこれ以上力関係が傾くところは想像出来ない。
「本当に良いのか?」
『何度も言わせないで』
段々と、航の頭が冴えてきていた。
しかしもう一つ、十桐は雲野兄妹の身柄も要求している。
神皇の力を考えれば彼らも必要なのは間違い無いだろう。
懸念があるとすれば、航と魅琴の動き次第では雲野兄妹本人達の意思を無視する形で派遣が決められてしまうことだ。
もし彼らが送られて来たらその辺りを確かめ、場合によっては此方で止めるべきだろう。
どの道、航と魅琴だけでは戦いを始めることは出来ない筈だ。
だが航の心は決まっていた。
「魅琴、君は本当に素敵だ」
『でしょう?』
「やっぱり今夜は一緒に過ごしたいな。もう夜遅いが、これからデートに行かないか?」
『ええ、良いわよ。何処へ行くの?』
航は一呼吸置き、魅琴に逢瀬の行き先を告げる。
「横田飛行場へ行こう。もう一度君を超級為動機神体に載せて飛びたい」
『あら、面白そうね。じゃあ私の家へ迎えに来なさい。先に渡すものがあるから』
運命は再び動き出す。
これまで、航は運命に巻き込まれる側だった。
だが今、航は自らの意思でその荒波に飛び込もうとしていた。