日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百三話『再訪』 序

 皇國(こうこく)正統政府はその活動を主に十桐(とおどう)綺(あや)葉(は)の異空間で行っている。

 普段は外の世界で変わりない生活を装いつつも、重要事項を進める際には隠れて集まる――その為に十桐(とおどう)の能力は打って付けであった。

 また、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)に付け狙われている人物の安全を確保する上でも好都合だ。

 

「やれやれ、相変わらずすんなりとは行かんの……」

 

 日本国首相官邸との電話会談を終えた十桐(とおどう)綺(あや)葉(は)は椅子に腰掛けたまま溜息を吐いた。

 相手の現政権が前政権に否定的で、その政治的成果の恩恵に与(あずか)りたがらないことは承知していた。

 特別警察特殊防衛課を凍結した手前、その関係者を使いたがらないことも予想が付いた。

 だが、今の彼女達はそうも言っていられないのだ。

 

「どうするのだ、十桐(とおどう)卿(きよう)?」

「どうも今の政権は前政権と比べて判断力に欠けると見えますな。難儀なことです」

 

 十桐(とおどう)の両脇の椅子に坐(すわ)っているのは同じ六(ろく)摂(せつ)家(け)当主の公(く)殿(でん)零(ふる)鳴(なり)と丹(に)桐(どう)士(あき)糸(つら)である。

 公(く)殿(でん)は先の武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の討伐に新華族令嬢三名を派遣し、丹(に)桐(どう)は拉致被害者の襲撃に関わっている。

 二人共、日本国にはそれぞれ縁がある者達だ。

 

「根(ね)尾(お)殿には改めて連絡し、南(みな)川(がわ)閣下を説得するよう言い含めておいた」

「だがそれで折れますかな? 今の彼は政権とは何の関係も無い馬の骨に過ぎないというではないですか。様(ざま)ァ有りませんな」

 

 丹(に)桐(どう)は根(ね)尾(お)弓矢を蔑(さげす)んで鼻を鳴らした。

 彼には根(ね)尾(お)と因(いん)縁(ねん)があり、相手の現状に溜(りゆう)飲(いん)が下がる思いがありながら素直に喜べない、そんな心情であろう。

 

「どうしても南(みな)川(がわ)総理が折れぬ場合は、某(それがし)らの私軍を動かして拉致してしまうより他には無かろう」

「それはあまりやりとうないの。忌々しい叛(はん)逆(ぎやく)者共と同じになってしまう」

「だが背に腹は代えられまい」

 

 公(く)殿(でん)の提案に渋る十桐(とおどう)、そんな彼女に迫るのはもう一人の六(ろく)摂(せつ)家(け)当主・甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)である。

 

「戻られたか、甲(きのえ)卿」

「うむ、御(お)一(ひと)方(かた)はお連れいたした」

 

 闇の中から歩いてきた甲(きのえ)の背後にはもう一人、背の高い女が控えている。

 

「我々は勝ち目の薄い戦いを挑もうとしている。余り一つ一つの問題に手を焼いてはいられない。一週間待って四人が来ない時は、甲(きのえ)家と公(く)殿(でん)家で明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)に攻め込み、件(くだん)の者らを確保する。宜(よろ)しいですな?」

 

 甲(きのえ)は背後の女に念を押すが、彼女は答えない。

 

「殿下、この期に及んで手段を選んではいられませんぞ」

「解(わか)っている」

 

 闇の中から甲(きのえ)が引き込んだ皇族、神(じん)皇(のう)の妹、先代の次女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)が姿を現した。

 

「だがどうしても出撃しなければならないならば、その時は妾(わらわ)の命令で出てもらう。勝手な判断は許さない」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は十桐(とおどう)達の正面の椅子に腰掛けた。

 

「岬(さき)守(もり)君……」

 

 この場に集まったのは五人、しかし皇國(こうこく)正統政府として動くには他にどうしても加えたい面々が存在する。

 だがその内の二人が今まさに動こうとしていることなど、この場の誰も想像だにしていなかった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 日本国、麗(うる)真(ま)邸。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)は夜の街中バイクを走らせ、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)を迎えにやって来た。

 まだ日付が変わるまで一時間はある。

 

「ふぅ……」

 

 バイクを降りた航(わたる)はインターフォンに指を伸ばした。

 しかし呼び鈴を鳴らす前に、正門がゆっくりと開く。

 

「ようこそ、航(わたる)」

「魅(み)琴(こと)……」

 

 魅(み)琴(こと)が航(わたる)を出迎えに出て来た。

 欠け始めの月の淡い光に包まれた彼女と、和風の屋敷が静かな風情を醸し出している。

 

「丁度ご飯が出来たところだから、少しゆっくりしていきなさい」

「え?」

「良いから、ね?」

 

 航(わたる)は半ば強引に屋敷の中へと連れ込まれた。

 

(そうか、そうだよな……)

 

 今回、二人は皇國(こうこく)へと再び乗り込もうとしている。

 それは屹(きつ)度(と)、死を覚悟した戦いになるだろう。

 

(本当はこれから二人、幸せな人生を共に送る筈(はず)だったんだ。この家でこうやって、一緒に食事をしたり、季節の移り変わりに装いを変える庭を眺めたりして……)

 

 魅(み)琴(こと)は名(な)残(ごり)惜しんでいるのだろう。

 彼女は元々、神(じん)皇(のう)との戦いで死ぬ筈だった。

 だが航(わたる)に救出され、思い掛けず未来を手にした。

 その奇跡の様な幸せは今、再び襲い来た災厄を前に投げ出されようとしている。

 

「ごめん、魅(み)琴(こと)……」

「謝らないで。私(わたし)は構わないと言ったでしょう。第一、このままじゃいけないと思っているのは私(わたし)も同じだもの。貴方(あなた)と気持ちは同じ。それはとても幸せなことなのよ」

 

 魅(み)琴(こと)はそう言うと、航(わたる)を食卓に着くよう促した。

 相変わらず彼女は料理上手だ。

 時間は夜だが、日本的な朝食の献立が香り建ち、食欲を駆り立てる。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 二人は共に手を合わせ、そして食事を口に運ぶ。

 

「美(う)味(ま)いな、やっぱり」

「当然でしょう」

「ああ、本当に……」

 

 魅(み)琴(こと)の手料理を馳(ち)走(そう)になるのはこれが最後かも知れない――航(わたる)はそう考えながら、一口一口をじっくりと噛(か)み締(し)めた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 食事を終えた後は、二人で食器を洗って片付ける。

 暫(しばら)く空けることになる、ともすればもう帰って来ないかも知れないので、後始末は確(しつか)りとしておかなければならない。

 航(わたる)はその一つ一つの時間に、嘗(かつ)ての日々を思い出していた。

 中学時代、実の母親から疎(うと)まれた航(わたる)にとって、家族の温(ぬく)もりはこの家にこそあった。

 

「一(ひと)先(ま)ず片付いたかな……」

 

 航(わたる)は縁側に腰掛け、夜の庭を眺める。

 もうこの景色も見納めになるかも知れない――そう思うと、言い様の無い侘(わび)しさが込み上げる。

 

「航(わたる)」

「ん、魅(み)琴(こと)?」

 

 そんな航(わたる)に、魅(み)琴(こと)は手を差し出した。

 そういえば渡す物があると言っていた。

 

「これ、最後の一個よ」

「やっぱり、残っていたのか」

 

 掌(てのひら)の上には航(わたる)が嫌という程見てきた錠剤があった。

 東(とう)瀛(えい)丸(がん)――思えば拉致されてこれを初めて呑(の)まされたあの時、全ての運命は絡み合った。

 あれから五箇月、どうやらまだこの薬は自分を放してはくれないらしい。

 まるで人生が運命に依存しているかの様に。

 

「呆(あき)れたよ。禁止薬物だろ?」

「何があるかわからないから、御(お)爺(じい)様(さま)の組織が保管していたものをとっておいたのよ。尤(もつと)も、これまでの戦いで殆(ほとん)ど消費し尽くした後だったけれどね」

「それは……魅(み)琴(こと)に先見の明があったといったところか……」

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)から東(とう)瀛(えい)丸(がん)を受け取ると、迷わず口に放り込んだ。

 これを呑(の)み込(こ)む感覚に、汎ゆる力が漲(みなぎ)る解放感に快感が伴わないと言えば嘘(うそ)になる。

 

「まあ後は、向こうで渡してくれるだろう」

「そうね。でも、この戦いで終わりにしないとね」

「どの道、そうだね」

 

 航(わたる)は立ち上がった。

 

「じゃ、行こうか」

「ええ、行きましょう」

 

 二人は愈(いよ)々(いよ)出発の時を迎える。

 これより、航(わたる)は魅(み)琴(こと)をバイクの背に乗せ、横田飛行場へと向かう。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 深夜の街、航(わたる)は魅(み)琴(こと)を背に乗せ、バイクで風になっていた。

 魅(み)琴(こと)は航(わたる)にしがみ付き、その身を預けている。

 航(わたる)はこの一時が好きだ。

 今、誰よりも強い彼女が平凡な自分を全く頼りにしているのだから。

 

 秋の夜風が心地良い。

 これはある意味逃避行である。

 二人はこれより罪を犯す。

 横田基地に侵入し、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を奪い、皇國(こうこく)へ向けて出国するのだ。

 

 はっきり言って重罪である。

 殆どテロリストの所業だ。

 無事帰れたとして、最低十年以上の服(ふく)役(えき)は覚悟しなくてはならないだろう。

 

(十桐(とおどう)様は三日しか待てないと言っていた。神(じん)皇(のう)が実際に行動する日付は兎(と)も角(かく)、こっちが動き始められる時間はもう無いんだ。今行かなきゃ手遅れになる)

 

 航(わたる)はそう自分の胸に言い聞かせ、この後犯そうとする大罪への報いを呑み込もうとしていた。

 屹度二人は人生を棒に振る。

 幸せを掴(つか)んだ筈の、輝きに満ちていた筈の未来を。

 だが航(わたる)は逃げることも、誤(ご)魔(ま)化(か)すこともしたくはなかった。

 

(生きて帰って来たら責任を取らなきゃな)

 

 航(わたる)は生還の可能性は極めて希薄だと予感していた。

 魅(み)琴(こと)と二人、彼らは人生の最果てへ向けて走っている。

 心做しか、向かう先の道が最後の篝(かがり)火(び)の様に燃え盛って見えた。

 

「ん!?」

 

 否、確かに強い輝きが見える。

 金色の、巨大な光の塊が前方に立(た)ち塞(ふさ)がっている。

 航(わたる)はバイクを止めた。

 

「航(わたる)、あれって……」

「ああ。でもどうして……」

 

 二人はその光の正体に心当たりがあった。

 だが、あり得ない。

 何(な)故(ぜ)ならあれは、以前の戦いで破壊されてしまった筈だ。

 

「兎に角行ってみよう」

「ええ」

 

 二人はバイクを道の脇に駐(と)め、光の方へと駆けていった。

 近付くにつれ、確信に変わっていく。

 間違い無い、あの機体だ。

 

「超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコ……」

 

 航(わたる)は久しく見た嘗ての愛機の威容に足を止めた。

 あのミッドウェー海域の戦いで麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)に破壊され、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)だけの姿となって回収された筈の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコがなぜ此(こ)処(こ)に在るのか――その答えは程無くして判明する。

 機体の首元が開き、二人の少年少女が姿を現したのだ。

 

「幽(ゆ)鷹(たか)君……兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん……」

 

 二人は淡い光を纏(まと)い、航(わたる)と魅(み)琴(こと)の目の前へゆっくりと降り立った。

 航(わたる)は機体が復活した理由を理解した。

 

「そうか。君(きみ)達が直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)に神為(ため)を与え、機体を再生させたのか……」

 

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)さえ残っていれば神(しん)為(い)を与えて再生することができる。

 それには莫(ばく)大(だい)な神(しん)為(い)が必要だが、先代神(じん)皇(のう)の複製である雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)・兎(と)黄(よ)泉(み)兄妹ならばそれも充分に可能だ。

 

「しかし、よく此処まで持って来られたな」

「ふにゅ、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんが……」

「ふみゅ、兎(と)黄(よ)泉(み)は岬(さき)守(もり)航(わたる)さんと一緒に操縦したことがありますから」

 

 何のことか、と一瞬解らなかった航(わたる)だったが、思い当たることはある。

 先程述べたミッドウェー海域の戦いで、航(わたる)は兎(と)黄(よ)泉(み)と融合して操縦している。

 その時の記憶を辿(たど)ることで、整備機動状態による徐行運転くらいは可能だったのだろう。

 

「そんなことより、貴方(あなた)達、これは一体どういうつもりかしら?」

 

 魅(み)琴(こと)が雲(くも)野(の)兄妹に厳しい視線を向ける。

 

「まさか貴方(あなた)達も私(わたし)達と一緒に、勝手に皇國(こうこく)へ渡ろうと言うんじゃないでしょうね」

「ふにゅぅ……それは……」

「ふみゅぅ、でも、岬(さき)守(もり)航(わたる)さんと麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)さんだって……」

「解っているのか? 先代神(じん)皇(のう)との関係上、君(きみ)達が皇國(こうこく)へ行くのは僕(ぼく)達なんかよりよっぽど危険なんだよ」

「僕(ぼく)達、子供じゃない」

「解っていますよ。兎(と)黄(よ)泉(み)達はこう見えて、十八歳の大人なんですから」

 

 どうやら二人共覚悟は決まっているらしい。

 どの道、十桐(とおどう)はから雲(くも)野(の)兄妹も要求されているし、第一この二人抜きで神(じん)皇(のう)と戦える訳が無いことは、航(わたる)と魅(み)琴(こと)も身に染みて解っている。

 

「良いのか?」

「はいです!」

「後戻りは出来ない、生きて帰れる望みは殆ど無い、解っているの?」

「うん!」

 

 警告した、念も押した。

 その上で、雲(くも)野(の)兄妹は首を縦に振った。

 自分達は子供ではないのだと、同じ覚悟で此処へ来たのだと。

 ならばこれ以上の問答は無意味だ。

 

「じゃあ、行こう!」

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)はそれぞれ幽(ゆ)鷹(たか)と兎(と)黄(よ)泉(み)を抱え、カムヤマトイワレヒコの首元――搭乗口へと跳び乗った。

 そして操縦席「荒(あら)魂(みたま)座(くら)」及び副操縦席「和(にぎ)魂(みたま)座(くら)」に着席する。

 操縦席には航(わたる)、副操縦席には魅(み)琴(こと)と兎(と)黄(よ)泉(み)が所狭しと隣り合い、魅(み)琴(こと)の膝の上に幽(ゆ)鷹(たか)が坐った。

 

「久々だな」

 

 航(わたる)は操(そう)縦(じゆう)桿(かん)を握り、神(しん)為(い)を機体と同化させる。

 

『有害波動相(そう)殺(さい)機構、作動準備完了。超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコ、実戦起動しました』

「良し、行くぞみんな!」

 

 十一月四日未明、午前零時十五分、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコは岬(さき)守(もり)航(わたる)・麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)・雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)の四名を載せ、日本国より神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇國(こうこく)を目指して飛び立った。

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