皇國正統政府はその活動を主に十桐綺葉の異空間で行っている。
普段は外の世界で変わりない生活を装いつつも、重要事項を進める際には隠れて集まる――その為に十桐の能力は打って付けであった。
また、皇道保守黨に付け狙われている人物の安全を確保する上でも好都合だ。
「やれやれ、相変わらずすんなりとは行かんの……」
日本国首相官邸との電話会談を終えた十桐綺葉は椅子に腰掛けたまま溜息を吐いた。
相手の現政権が前政権に否定的で、その政治的成果の恩恵に与りたがらないことは承知していた。
特別警察特殊防衛課を凍結した手前、その関係者を使いたがらないことも予想が付いた。
だが、今の彼女達はそうも言っていられないのだ。
「どうするのだ、十桐卿?」
「どうも今の政権は前政権と比べて判断力に欠けると見えますな。難儀なことです」
十桐の両脇の椅子に坐っているのは同じ六摂家当主の公殿零鳴と丹桐士糸である。
公殿は先の武装戦隊・狼ノ牙の討伐に新華族令嬢三名を派遣し、丹桐は拉致被害者の襲撃に関わっている。
二人共、日本国にはそれぞれ縁がある者達だ。
「根尾殿には改めて連絡し、南川閣下を説得するよう言い含めておいた」
「だがそれで折れますかな? 今の彼は政権とは何の関係も無い馬の骨に過ぎないというではないですか。様ァ有りませんな」
丹桐は根尾弓矢を蔑んで鼻を鳴らした。
彼には根尾と因縁があり、相手の現状に溜飲が下がる思いがありながら素直に喜べない、そんな心情であろう。
「どうしても南川総理が折れぬ場合は、某らの私軍を動かして拉致してしまうより他には無かろう」
「それはあまりやりとうないの。忌々しい叛逆者共と同じになってしまう」
「だが背に腹は代えられまい」
公殿の提案に渋る十桐、そんな彼女に迫るのはもう一人の六摂家当主・甲烏黝である。
「戻られたか、甲卿」
「うむ、御一方はお連れいたした」
闇の中から歩いてきた甲の背後にはもう一人、背の高い女が控えている。
「我々は勝ち目の薄い戦いを挑もうとしている。余り一つ一つの問題に手を焼いてはいられない。一週間待って四人が来ない時は、甲家と公殿家で明治日本に攻め込み、件の者らを確保する。宜しいですな?」
甲は背後の女に念を押すが、彼女は答えない。
「殿下、この期に及んで手段を選んではいられませんぞ」
「解っている」
闇の中から甲が引き込んだ皇族、神皇の妹、先代の次女・龍乃神深花が姿を現した。
「だがどうしても出撃しなければならないならば、その時は妾の命令で出てもらう。勝手な判断は許さない」
龍乃神は十桐達の正面の椅子に腰掛けた。
「岬守君……」
この場に集まったのは五人、しかし皇國正統政府として動くには他にどうしても加えたい面々が存在する。
だがその内の二人が今まさに動こうとしていることなど、この場の誰も想像だにしていなかった。
⦿⦿⦿
日本国、麗真邸。
岬守航は夜の街中バイクを走らせ、麗真魅琴を迎えにやって来た。
まだ日付が変わるまで一時間はある。
「ふぅ……」
バイクを降りた航はインターフォンに指を伸ばした。
しかし呼び鈴を鳴らす前に、正門がゆっくりと開く。
「ようこそ、航」
「魅琴……」
魅琴が航を出迎えに出て来た。
欠け始めの月の淡い光に包まれた彼女と、和風の屋敷が静かな風情を醸し出している。
「丁度ご飯が出来たところだから、少しゆっくりしていきなさい」
「え?」
「良いから、ね?」
航は半ば強引に屋敷の中へと連れ込まれた。
(そうか、そうだよな……)
今回、二人は皇國へと再び乗り込もうとしている。
それは屹度、死を覚悟した戦いになるだろう。
(本当はこれから二人、幸せな人生を共に送る筈だったんだ。この家でこうやって、一緒に食事をしたり、季節の移り変わりに装いを変える庭を眺めたりして……)
魅琴は名残惜しんでいるのだろう。
彼女は元々、神皇との戦いで死ぬ筈だった。
だが航に救出され、思い掛けず未来を手にした。
その奇跡の様な幸せは今、再び襲い来た災厄を前に投げ出されようとしている。
「ごめん、魅琴……」
「謝らないで。私は構わないと言ったでしょう。第一、このままじゃいけないと思っているのは私も同じだもの。貴方と気持ちは同じ。それはとても幸せなことなのよ」
魅琴はそう言うと、航を食卓に着くよう促した。
相変わらず彼女は料理上手だ。
時間は夜だが、日本的な朝食の献立が香り建ち、食欲を駆り立てる。
「いただきます」
「いただきます」
二人は共に手を合わせ、そして食事を口に運ぶ。
「美味いな、やっぱり」
「当然でしょう」
「ああ、本当に……」
魅琴の手料理を馳走になるのはこれが最後かも知れない――航はそう考えながら、一口一口をじっくりと噛み締めた。
⦿⦿⦿
食事を終えた後は、二人で食器を洗って片付ける。
暫く空けることになる、ともすればもう帰って来ないかも知れないので、後始末は確りとしておかなければならない。
航はその一つ一つの時間に、嘗ての日々を思い出していた。
中学時代、実の母親から疎まれた航にとって、家族の温もりはこの家にこそあった。
「一先ず片付いたかな……」
航は縁側に腰掛け、夜の庭を眺める。
もうこの景色も見納めになるかも知れない――そう思うと、言い様の無い侘しさが込み上げる。
「航」
「ん、魅琴?」
そんな航に、魅琴は手を差し出した。
そういえば渡す物があると言っていた。
「これ、最後の一個よ」
「やっぱり、残っていたのか」
掌の上には航が嫌という程見てきた錠剤があった。
東瀛丸――思えば拉致されてこれを初めて呑まされたあの時、全ての運命は絡み合った。
あれから五箇月、どうやらまだこの薬は自分を放してはくれないらしい。
まるで人生が運命に依存しているかの様に。
「呆れたよ。禁止薬物だろ?」
「何があるかわからないから、御爺様の組織が保管していたものをとっておいたのよ。尤も、これまでの戦いで殆ど消費し尽くした後だったけれどね」
「それは……魅琴に先見の明があったといったところか……」
航は魅琴から東瀛丸を受け取ると、迷わず口に放り込んだ。
これを呑み込む感覚に、汎ゆる力が漲る解放感に快感が伴わないと言えば嘘になる。
「まあ後は、向こうで渡してくれるだろう」
「そうね。でも、この戦いで終わりにしないとね」
「どの道、そうだね」
航は立ち上がった。
「じゃ、行こうか」
「ええ、行きましょう」
二人は愈々出発の時を迎える。
これより、航は魅琴をバイクの背に乗せ、横田飛行場へと向かう。
⦿⦿⦿
深夜の街、航は魅琴を背に乗せ、バイクで風になっていた。
魅琴は航にしがみ付き、その身を預けている。
航はこの一時が好きだ。
今、誰よりも強い彼女が平凡な自分を全く頼りにしているのだから。
秋の夜風が心地良い。
これはある意味逃避行である。
二人はこれより罪を犯す。
横田基地に侵入し、超級為動機神体を奪い、皇國へ向けて出国するのだ。
はっきり言って重罪である。
殆どテロリストの所業だ。
無事帰れたとして、最低十年以上の服役は覚悟しなくてはならないだろう。
(十桐様は三日しか待てないと言っていた。神皇が実際に行動する日付は兎も角、こっちが動き始められる時間はもう無いんだ。今行かなきゃ手遅れになる)
航はそう自分の胸に言い聞かせ、この後犯そうとする大罪への報いを呑み込もうとしていた。
屹度二人は人生を棒に振る。
幸せを掴んだ筈の、輝きに満ちていた筈の未来を。
だが航は逃げることも、誤魔化すこともしたくはなかった。
(生きて帰って来たら責任を取らなきゃな)
航は生還の可能性は極めて希薄だと予感していた。
魅琴と二人、彼らは人生の最果てへ向けて走っている。
心做しか、向かう先の道が最後の篝火の様に燃え盛って見えた。
「ん!?」
否、確かに強い輝きが見える。
金色の、巨大な光の塊が前方に立ち塞がっている。
航はバイクを止めた。
「航、あれって……」
「ああ。でもどうして……」
二人はその光の正体に心当たりがあった。
だが、あり得ない。
何故ならあれは、以前の戦いで破壊されてしまった筈だ。
「兎に角行ってみよう」
「ええ」
二人はバイクを道の脇に駐め、光の方へと駆けていった。
近付くにつれ、確信に変わっていく。
間違い無い、あの機体だ。
「超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ……」
航は久しく見た嘗ての愛機の威容に足を止めた。
あのミッドウェー海域の戦いで麒乃神聖花に破壊され、直靈彌玉だけの姿となって回収された筈の超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコがなぜ此処に在るのか――その答えは程無くして判明する。
機体の首元が開き、二人の少年少女が姿を現したのだ。
「幽鷹君……兎黄泉ちゃん……」
二人は淡い光を纏い、航と魅琴の目の前へゆっくりと降り立った。
航は機体が復活した理由を理解した。
「そうか。君達が直靈彌玉に神為を与え、機体を再生させたのか……」
超級為動機神体は直靈彌玉さえ残っていれば神為を与えて再生することができる。
それには莫大な神為が必要だが、先代神皇の複製である雲野幽鷹・兎黄泉兄妹ならばそれも充分に可能だ。
「しかし、よく此処まで持って来られたな」
「ふにゅ、兎黄泉ちゃんが……」
「ふみゅ、兎黄泉は岬守航さんと一緒に操縦したことがありますから」
何のことか、と一瞬解らなかった航だったが、思い当たることはある。
先程述べたミッドウェー海域の戦いで、航は兎黄泉と融合して操縦している。
その時の記憶を辿ることで、整備機動状態による徐行運転くらいは可能だったのだろう。
「そんなことより、貴方達、これは一体どういうつもりかしら?」
魅琴が雲野兄妹に厳しい視線を向ける。
「まさか貴方達も私達と一緒に、勝手に皇國へ渡ろうと言うんじゃないでしょうね」
「ふにゅぅ……それは……」
「ふみゅぅ、でも、岬守航さんと麗真魅琴さんだって……」
「解っているのか? 先代神皇との関係上、君達が皇國へ行くのは僕達なんかよりよっぽど危険なんだよ」
「僕達、子供じゃない」
「解っていますよ。兎黄泉達はこう見えて、十八歳の大人なんですから」
どうやら二人共覚悟は決まっているらしい。
どの道、十桐はから雲野兄妹も要求されているし、第一この二人抜きで神皇と戦える訳が無いことは、航と魅琴も身に染みて解っている。
「良いのか?」
「はいです!」
「後戻りは出来ない、生きて帰れる望みは殆ど無い、解っているの?」
「うん!」
警告した、念も押した。
その上で、雲野兄妹は首を縦に振った。
自分達は子供ではないのだと、同じ覚悟で此処へ来たのだと。
ならばこれ以上の問答は無意味だ。
「じゃあ、行こう!」
航と魅琴はそれぞれ幽鷹と兎黄泉を抱え、カムヤマトイワレヒコの首元――搭乗口へと跳び乗った。
そして操縦席「荒魂座」及び副操縦席「和魂座」に着席する。
操縦席には航、副操縦席には魅琴と兎黄泉が所狭し隣り合い、魅琴の膝の上に幽鷹が坐った。
「久々だな」
航は操縦桿を握り、神為を機体と同化させる。
『有害波動相殺機構、作動準備完了。超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ、実戦起動しました』
「良し、行くぞみんな!」
十一月四日未明、午前零時十五分、超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは岬守航・麗真魅琴・雲野幽鷹・雲野兎黄泉の四名を載せ、日本国より神聖大日本皇國を目指して飛び立った。