日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百三話『再訪』 破

 超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコが日本国を出発し、皇(こう)國(こく)へ向けて翔(と)んでいる。

 その速度、実にマッハ五。

 超音速で皇(こう)海(かい)上を飛(ひ)翔(しよう)する金色の機体には航(わたる)・魅(み)琴(こと)・幽(ゆ)鷹(たか)・兎(と)黄(よ)泉(み)が載っている。

 何(いず)れも、十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)が求めた「神(じん)皇(のう)を止める為(ため)に必要な希望」である。

 

(懐かしい気分だ。そういえば、初めてこいつを動かしたのも皇(こう)國(こく)へ乗り込む為だったな……)

 

 航(わたる)は思い出す。

 魅(み)琴(こと)に散々打ちのめされ、独り神(じん)皇(のう)に挑むことを許してしまった、人生で最も惨めだった夜のことを。

 暑い、熱い、厚い夜だった。

 痛い、傷い、居たい想(おも)いが弾けた夜だった。

 

 今度は自分も神(じん)皇(のう)に挑む。

 あの時救った筈(はず)の者達を巻き込んで。

 しかし、どういう訳か心は晴れやかだった。

 

「行こう、世界の果てまで!」

「ええ!」

 

 航(わたる)は高揚していた。

 何処(どこ)となく、英雄的な気分だ。

 

(全ての柵(しがらみ)を投げ捨てて、世界を救う為に、自分の意思で命を棄(す)てる……。これは……凄(すご)い体験だ。まるで何もかもが自分を中心に回っているかの様な……。良い気分だが、危ういな。これっきりにしないと、病み付きになってしまいそうだ。逆境的反抗の陶酔感……これの中毒になってしまった連中の末路が、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)だったのかも知れないな……)

 

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の巨大な機体と同化した航(わたる)の意識は、超音速で流れる夜空の星々に世界の加速を見ていた。

 このまま何処までも行ける――そんな気さえした。

 

 だが、事はそう上(う)手(ま)く運びはしない。

 彼らがやろうとしているのは、皇(こう)國(こく)という世界最強国家への領空侵犯と不法入国である。

 それを阻もうとする者達が顕(あら)われるのは必然であった。

 

「っ!」

 

 航(わたる)はすぐにそれを知覚した。

 

「魅(み)琴(こと)! 幽(ゆ)鷹(たか)君、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん! 前方に敵影! 確(しつか)り捕まっていてくれ!」

 

 夜空を激走するカムヤマトイワレヒコの前方に超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)二十機が迫っている。

 高機動型のミロクサーヌ零(れい)式(しき)と重火装型のガルバケーヌ弐(に)式(しき)だ。

 

『まさかと思って出撃してみれば……本当にあの金色の機体とはな! 今更何しに来た!』

 

 どうやら航(わたる)が皇(こう)國(こく)に接近していることを察知し、防衛に出動してきたらしい。

 

『我ら皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)! 神州を侵す者は何人であろうと神(じん)皇(のう)陛下の名の下に撃滅する! 金色の機体! 貴様はこの殿(との)内(うち)隊が海の藻(も)屑(くず)と変えてくれる!』

 

 十機のミロクサーヌ零(れい)式(しき)が二手に分かれてカムヤマトイワレヒコを左右に挟み込む。

 更に、前方からは残る十機のガルバケーヌ弐(に)式(しき)が迫ってくる。

 

「やるしかないか……!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを操り、その手に日本刀型の切断ユニットを持たせる。

 そしてほぼ直角に急上昇し、ミロクサーヌ零(れい)式(しき)を引き付けようとする。

 狙い通り、敵機が釣られて追い掛けてくる。

 

 瞬間、腕の光線砲ユニットを連射。

 正確無比な射撃で、予(あらかじ)め機体の行き先を見計らってミロクサーヌ零(れい)式(しき)を撃ち落としていく。

 

『な、何だと!? あの高機動型のミロクサーヌ零(れい)式(しき)がこうもあっさり!?』

 

 この一瞬で航(わたる)が撃墜したのは七機、既にミロクサーヌ零(れい)式(しき)の三分の二、隊全体の三分の一が破壊され、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)が海上に落下する。

 

「こっちも暇じゃないんでな。このまま突破させてもらう!」

『ガルバケーヌ、撃ち落とせ! 射線の太さで奴(やつ)の逃げ道を埋め尽くせ!』

 

 十機のガルバケーヌ弐(に)式(しき)が火力に物を言わせ、極太の光線でカムヤマトイワレヒコの動線を塞(ふさ)ごうとする。

 だが航(わたる)は針を縫う様な正確さで難無くこれを回避、あっという間にガルバケーヌ弐(に)式(しき)の群れに肉薄し、切断ユニットの刃で一機、また一機と両断していく。

 まるで全てを読み尽くしているかの様に、ミロクサーヌ零(れい)式(しき)もガルバケーヌ弐(に)式(しき)も全ての攻撃を擦り抜けられてしまう。

 

『うおおおおおっっ! こっ、これが金色の機体! 何なんだこの化物は!!』

 

 カムヤマトイワレヒコの足が隊長機らしきガルバケーヌ弐(に)式(しき)を蹴って跳ぶ。

 その勢いのまま、後方に迫っていたミロクサーヌ零(れい)式(しき)を刀で同隊から真二つ。

 更に、両腕から光線砲の射撃で残るミロクサーヌ零(れい)式(しき)を掃討。

 

「残り四!」

 

 光線砲が一発、二発、三発と放たれ、ガルバケーヌ弐(に)式(しき)を正確に撃墜する。

 

「ラスト!」

『な、舐(な)めるな! この殿(との)内(うち)由(よし)春(はる)大尉の実力っ!』

 

 カムヤマトイワレヒコの剣が最後の機体を袈(け)裟(さ)斬りにした。

 これで殿(との)内(うち)隊は全滅である。

 だが直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)が残されているので、グズグズしていると他の隊に回収されて再生される可能性はある。

 

『おのれ! おのれええええっっ!!』

 

 航(わたる)は落下傘を開いた殿(との)内(うち)由(よし)春(はる)の怒声を背に、引き続き皇(こう)國(こく)へと進路を取って翔んだ。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 それから、航(わたる)は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)系の敵機に何度か遭遇するもその悉(ことごと)くを捻(ね)じ伏(ふ)せ、愈(いよ)々(いよ)皇(こう)國(こく)を目前にしていた。

 

「中々やるじゃない、航(わたる)。皇(こう)國(こく)に恐れられるのも納得ね。流(さ)石(すが)は日本国防衛の英雄『金色の機体』様だわ」

 

 大きく成長した航(わたる)の戦い振りに、魅(み)琴(こと)は素直に感心しているらしい。

 

「否が応にも何度も出撃させられたからな。週刊連載漫画家の絵が短期間でどんどん上達する様なもんだよ」

「謙遜なんて生意気ね、航(わたる)の癖に」

「君(きみ)を相手に大きく出ても仕方が無いからね」

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)と普段のノリで会話を交わすと、眼下に広がる夜の明かりへ目を遣った。

 皇(こう)國(こく)首都・統(とう)京(きよう)の夜景だ。

 

「着いたわね。で、どうするつもり?」

「ま、龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸(やしき)に行ってみるしかないだろうな。そこ以外に当ては無いし」

「そ……」

 

 魅(み)琴(こと)は物(もの)憂(う)げに溜息を吐いた。

 

「気が重いわね。龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下には恩を仇(あだ)で返してしまったから……。敷居が高いわ……」

「僕(ぼく)だって同じさ」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)は航(わたる)達が武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)によって皇(こう)國(こく)に拉致されていた時、帰国の為に最も尽力してくれた皇族である。

 しかし、帰国実現直前に日本国と皇(こう)國(こく)が戦争待った無しとなり、魅(み)琴(こと)は日本国を守る為に彼女の父親である先代神(じん)皇(のう)と戦い、航(わたる)は開戦後に日本国側の戦力として数(あま)多(た)の皇(こう)國(こく)兵を撃破してきた。

 そして戦局が日本国に大きく傾いた結果、皇(こう)國(こく)で革命動乱が起こり、神(じん)皇(のう)崩御から兄である第一皇子の獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)が現神(じん)皇(のう)として即位。

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は戦争と動乱で四人の家族を喪(うしな)い、更には残された肉親もこの様なことになってしまっている。

 

 はっきり言って、航(わたる)と魅(み)琴(こと)は彼女に合わせる顔が無い。

 だが、彼女の所へ行く以外無いだろう。

 何より、彼女の為人(ひととなり)ならば、今の神(じん)皇(のう)の凶行を認めては居ない筈だ。

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)ならば、屹(きつ)度(と)皇(こう)國(こく)正当政府側に付いてくれている。

 

「深(み)花(か)様は言っていた。それでも僕(ぼく)達と握手がしたいと。今こそ手を取り合う時だ。僕(ぼく)達が勇気を出さない訳には行かない」

「そうね……」

 

 二人は腹を括(くく)った。

 

「それで、何処へ降りるの?」

「龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸に直接行く訳には行かないな。有名な敵機がお住まいにあっちゃ拙(まず)い」

「じゃあどうするつもり?」

「心当たりはある。丁度廃(はい)墟(きよ)となった広大な土地がある筈だ。龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸からちょっと距離はあるけど、道は知っている」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを減速し、高度を大きく下げた。

 

「目的地は旧甲(きのえ)公爵邸跡地だ」

 

 愈々、四人は皇(こう)國(こく)の地へ再び足を踏み入れる。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 旧甲(きのえ)邸跡地、嘗(かつ)て航(わたる)が水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)を救出する為に侵入し、紆(う)余(よ)曲(きよく)折(せつ)の末に先代当主・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)との為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)対決に縺(もつ)れ込(こ)んだ結果、戦いの末に邸宅が丸ごと壊滅した過去がある。

 今、元甲(きのえ)公爵家当主・甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)は別の邸宅に住んでおり、この土地は更(さら)地(ち)のままである。

 しかし、依然として甲(きのえ)公爵家の私有地ではある為、この場所に着陸することは再び不法侵入することに他ならない。

 尤(もつと)も、それ以前に不法入国なので今更ではあるが。

 

「扨(さ)て、一(ひと)先(ま)ずはこれで良いか」

 

 航(わたる)は地面に開いた大きな穴からカムヤマトイワレヒコを格納庫跡に入れた。

 この目立つ巨大な機体を地上から隠す目途もあったので、この土地を選んだのだ。

 

「少し調べられたらすぐにバレるわよ」

「かと言って、これ以上はどうしようも無い。後のことはみんなと相談するしかないよ」

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)と雲(くも)野(の)兄妹を連れ、地下の廊下を進む。

 早(さ)辺(え)子(こ)救出に一度来たことが或(あ)る場所だ、出口は知っている。

 暫(しばら)く歩いた扉を開くと、そこは妙に厳(いか)めしい地下室だった。

 

「随分な趣味の部屋ね」

 

 魅(み)琴(こと)は部屋に設置された拷問器具に目を遣って呟(つぶや)いた。

 この場所は嘗て、甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)が早(さ)辺(え)子(こ)を拷問していた部屋だ。

 

「忘れていたよ。思い出したくもなかった」

 

 航(わたる)は今でも胸(むな)糞(くそ)が悪くなる。

 皇(こう)國(こく)の人間が今の神(じん)皇(のう)のやり方を妄信する程の悪とは思えないが、少なくとも善人ばかりではないことも確かだった。

 しかしそれは良くも悪くも、皇(こう)國(こく)臣民もまた普通の人間であるということだ。

 だからこそ、立ち上がる者も現れたと言える。

 

「早いところ行こう。深(み)花(か)様には夜遅くに門を叩(たた)いて悪いが……」

 

 航(わたる)達は階段を上がり、地下室から地表に出た。

 戦いの後、本館が崩れた瓦(が)礫(れき)が転がっている。

 あの後すぐに戦争が始まり、革命動乱があったせいか、殆(ほとん)どそのままの状態で残されているらしい。

 

「道は知っていると言っていたわね」

「ああ」

「私(わたし)のスマホを覗(のぞ)き見(み)て覚えた道だものね」

「ごめんなさい、そうでしたね」

 

 実は航(わたる)が龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸から甲(きのえ)公爵邸へ来られたのは、魅(み)琴(こと)のスマートフォンの画面を盗み見ていたからだった。

 そのことは当時に本人から窘(たしな)められて終わったことだが、魅(み)琴(こと)は忘れていなかったらしい。

 

「ま、済んだことだから別に良いけれど、付き合い始めたからと言って礼節は忘れないことね。粗相をしたら以前と変わらず叱るから」

「肝に銘じます……」

 

 釘(くぎ)を刺された航(わたる)だが、寧(むし)ろ安心していた。

 関係が進んでも変わってほしくないものもある。

 二人は最後まで二人のままで突き進むのが望ましい。

 

「さあ行こうか。こうやって長い距離を歩くのも久し振りだな……。少し遠いけど、幽(ゆ)鷹(たか)君と兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんも頑張って付いて来てくれ」

「その必要は無いぞよ」

 

 不意に、聞き覚えのある声が前方から響いた。

 四人の目の前に、小柄な少女にも似た女が突然顕われる。

 

「十(とお)桐(どう)様」

「まさか四人で勝手に来るとはな。相変わらず無(む)茶(ちや)をする奴らじゃ」

 

 十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)――航(わたる)達を呼びつけた張本人で、皇(こう)國(こく)正統政府の発起人である。

 

「どうして僕(ぼく)達が来ることを?」

「国防軍に枚(ひら)辻(つじ)子爵家の御令息がおってな、その伝で連絡が入ったのじゃ。あの『金色の機体』が皇(こう)國(こく)に迫っておるとの情報があった、とな。となれば、お前達が上陸する場所は予想が付く」

 

 十(とお)桐(どう)はそう告げると、背後に異空間への入り口を開いた。

 

「何はともあれ、よく来てくれた。今日のところは此(こ)処(こ)へ隠れてよく休むが良い。後のことは此(こ)方(ちら)でなんとかしよう。歓迎するぞ、不法入国者共」

 

 一先ず、航(わたる)達四人と皇(こう)國(こく)正統政府との合流は叶(かな)った。

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