超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコが日本国を出発し、皇國へ向けて翔んでいる。
その速度、実にマッハ五。
超音速で皇海上を飛翔する金色の機体には航・魅琴・幽鷹・兎黄泉が載っている。
何れも、十桐綺葉が求めた「神皇を止める為に必要な希望」である。
(懐かしい気分だ。そういえば、初めてこいつを動かしたのも皇國へ乗り込む為だったな……)
航は思い出す。
魅琴に散々打ちのめされ、独り神皇に挑むことを許してしまった、人生で最も惨めだった夜のことを。
暑い、熱い、厚い夜だった。
痛い、傷い、居たい想いが弾けた夜だった。
今度は自分も神皇に挑む。
あの時救った筈の者達を巻き込んで。
しかし、どういう訳か心は晴れやかだった。
「行こう、世界の果てまで!」
「ええ!」
航は高揚していた。
何処となく、英雄的な気分だ。
(全ての柵を投げ捨てて、世界を救う為に、自分の意思で命を棄てる……。これは……凄い体験だ。まるで何もかもが自分を中心に回っているかの様な……。良い気分だが、危ういな。これっきりにしないと、病み付きになってしまいそうだ。逆境的反抗の陶酔感……これの中毒になってしまった連中の末路が、狼ノ牙だったのかも知れないな……)
超級為動機神体の巨大な機体と同化した航の意識は、超音速で流れる夜空の星々に世界の加速を見ていた。
このまま何処までも行ける――そんな気さえした。
だが、事はそう上手く運びはしない。
彼らがやろうとしているのは、皇國という世界最強国家への領空侵犯と不法入国である。
それを阻もうとする者達が顕われるのは必然であった。
「っ!」
航はすぐにそれを知覚した。
「魅琴! 幽鷹君、兎黄泉ちゃん! 前方に敵影! 確り捕まっていてくれ!」
夜空を激走するカムヤマトイワレヒコの前方に超級為動機神体二十機が迫っている。
高機動型のミロクサーヌ零式と重火装型のガルバケーヌ弐式だ。
『まさかと思って出撃してみれば……本当にあの金色の機体とはな! 今更何しに来た!』
どうやら航が皇國に接近していることを察知し、防衛に出動してきたらしい。
『我ら皇道保守黨! 神州を侵す者は何人であろうと神皇陛下の名の下に撃滅する! 金色の機体! 貴様はこの殿内隊が海の藻屑と変えてくれる!』
十機のミロクサーヌ零式が二手に分かれてカムヤマトイワレヒコを左右に挟み込む。
更に、前方からは残る十機のガルバケーヌ弐式が迫ってくる。
「やるしかないか……!」
航はカムヤマトイワレヒコを操り、その手に日本刀型の切断ユニットを持たせる。
そしてほぼ直角に急上昇し、ミロクサーヌ零式を引き付けようとする。
狙い通り、敵機が釣られて追い掛けてくる。
瞬間、腕の光線砲ユニットを連射。
正確無比な射撃で、予め機体の行き先を見計らってミロクサーヌ零式を撃ち落としていく。
『な、何だと!? あの高機動型のミロクサーヌ零式がこうもあっさり!?』
この一瞬で航が撃墜したのは七機、既にミロクサーヌ零式の三分の二、隊全体の三分の一が破壊され、直靈彌玉が海上に落下する。
「こっちも暇じゃないんでな。このまま突破させてもらう!」
『ガルバケーヌ、撃ち落とせ! 射線の太さで奴の逃げ道を埋め尽くせ!』
十機のガルバケーヌ弐式が火力に物を言わせ、極太の光線でカムヤマトイワレヒコの動線を塞ごうとする。
だが航は針を縫う様な正確さで難無くこれを回避、あっという間にガルバケーヌ弐式の群れに肉薄し、切断ユニットの刃で一機、また一機と両断していく。
まるで全てを読み尽くしているかの様に、ミロクサーヌ零式もガルバケーヌ弐式も全ての攻撃を擦り抜けられてしまう。
『うおおおおおっっ! こっ、これが金色の機体! 何なんだこの化物は!!』
カムヤマトイワレヒコの足が隊長機らしきガルバケーヌ弐式を蹴って跳ぶ。
その勢いのまま、後方に迫っていたミロクサーヌ零式を刀で同隊から真二つ。
更に、両腕から光線砲の射撃で残るミロクサーヌ零式を掃討。
「残り四!」
光線砲が一発、二発、三発と放たれ、ガルバケーヌ弐式を正確に撃墜する。
「ラスト!」
『な、舐めるな! この殿内由春大尉の実力っ!』
カムヤマトイワレヒコの剣が最後の機体を袈裟斬りにした。
これで殿内隊は全滅である。
だが直靈彌玉が残されているので、グズグズしていると他の隊に回収されて再生される可能性はある。
『おのれ! おのれええええっっ!!』
航は落下傘を開いた殿内由春の怒声を背に、引き続き皇國へと進路を取って翔んだ。
⦿⦿⦿
それから、航は皇道保守黨系の敵機に何度か遭遇するもその悉くを捻じ伏せ、愈々皇國を目前にしていた。
「中々やるじゃない、航。皇國に恐れられるのも納得ね。流石は日本国防衛の英雄『金色の機体』様だわ」
大きく成長した航の戦い振りに、魅琴は素直に感心しているらしい。
「否が応にも何度も出撃させられたからな。週刊連載漫画家の絵が短期間でどんどん上達する様なもんだよ」
「謙遜なんて生意気ね、航の癖に」
「君を相手に大きく出ても仕方が無いからね」
航は魅琴と普段のノリで会話を交わすと、眼下に広がる夜の明かりへ目を遣った。
皇國首都・統京の夜景だ。
「着いたわね。で、どうするつもり?」
「ま、龍乃神邸に行ってみるしかないだろうな。そこ以外に当ては無いし」
「そ……」
魅琴は物憂げに溜息を吐いた。
「気が重いわね。龍乃神殿下には恩を仇で返してしまったから……。敷居が高いわ……」
「僕だって同じさ」
龍乃神深花は航達が武装戦隊・狼ノ牙によって皇國に拉致されていた時、帰国の為に最も尽力してくれた皇族である。
しかし、帰国実現直前に日本国と皇國が戦争待った無しとなり、魅琴は日本国を守る為に彼女の父親である先代神皇と戦い、航は開戦後に日本国側の戦力として数多の皇國兵を撃破してきた。
そして戦局が日本国に大きく傾いた結果、皇國で革命動乱が起こり、神皇崩御から兄である第一皇子の獅乃神叡智が現神皇として即位。
龍乃神は戦争と動乱で四人の家族を喪い、更には残された肉親もこの様なことになってしまっている。
はっきり言って、航と魅琴は彼女に合わせる顔が無い。
だが、彼女の所へ行く以外無いだろう。
何より、彼女の為人ならば、今の神皇の凶行を認めては居ない筈だ。
龍乃神深花ならば、屹度皇國正当政府側に付いてくれている。
「深花様は言っていた。それでも僕達と握手がしたいと。今こそ手を取り合う時だ。僕達が勇気を出さない訳には行かない」
「そうね……」
二人は腹を括った。
「それで、何処へ降りるの?」
「龍乃神邸に直接行く訳には行かないな。有名な敵機がお住まいにあっちゃ拙い」
「じゃあどうするつもり?」
「心当たりはある。丁度廃墟となった広大な土地がある筈だ。龍乃神邸からちょっと距離はあるけど、道は知っている」
航はカムヤマトイワレヒコを減速し、高度を大きく下げた。
「目的地は旧甲公爵邸跡地だ」
愈々、四人は皇國の地へ再び足を踏み入れる。
⦿⦿⦿
旧甲邸跡地、嘗て航が水徒端早辺子を救出する為に侵入し、紆余曲折の末に先代当主・甲夢黝との為動機神体対決に縺れ込んだ結果、戦いの末に邸宅が丸ごと壊滅した過去がある。
今、元甲公爵家当主・甲烏黝は別の邸宅に住んでおり、この土地は更地のままである。
しかし、依然として甲公爵家の私有地ではある為、この場所に着陸することは再び不法侵入することに他ならない。
尤も、それ以前に不法入国なので今更ではあるが。
「扨て、一先ずはこれで良いか」
航は地面に開いた大きな穴からカムヤマトイワレヒコを格納庫跡に入れた。
この目立つ巨大な機体を地上から隠す目途もあったので、この土地を選んだのだ。
「少し調べられたらすぐにバレるわよ」
「かと言って、これ以上はどうしようも無い。後のことはみんなと相談するしかないよ」
航は魅琴と雲野兄妹を連れ、地下の廊下を進む。
早辺子救出に一度来たことが或る場所だ、出口は知っている。
暫く歩いた扉を開くと、そこは妙に厳めしい地下室だった。
「随分な趣味の部屋ね」
魅琴は部屋に設置された拷問器具に目を遣って呟いた。
この場所は嘗て、甲夢黝が早辺子を拷問していた部屋だ。
「忘れていたよ。思い出したくもなかった」
航は今でも胸糞が悪くなる。
皇國の人間が今の神皇のやり方を妄信する程の悪とは思えないが、少なくとも善人ばかりではないことも確かだった。
しかしそれは良くも悪くも、皇國臣民もまた普通の人間であるということだ。
だからこそ、立ち上がる者も現れたと言える。
「早いところ行こう。深花様には夜遅くに門を叩いて悪いが……」
航達は階段を上がり、地下室から地表に出た。
戦いの後、本館が崩れた瓦礫が転がっている。
あの後すぐに戦争が始まり、革命動乱があったせいか、殆どそのままの状態で残されているらしい。
「道は知っていると言っていたわね」
「ああ」
「私のスマホを覗き見て覚えた道だものね」
「ごめんなさい、そうでしたね」
実は航が龍乃神邸から甲公爵邸へ来られたのは、魅琴のスマートフォンの画面を盗み見ていたからだった。
そのことは当時に本人から窘められて終わったことだが、魅琴は忘れていなかったらしい。
「ま、済んだことだから別に良いけれど、付き合い始めたからと言って礼節は忘れないことね。粗相をしたら以前と変わらず叱るから」
「肝に銘じます……」
釘を刺された航だが、寧ろ安心していた。
関係が進んでも変わってほしくないものもある。
二人は最後まで二人のままで突き進むのが望ましい。
「さあ行こうか。こうやって長い距離を歩くのも久し振りだな……。少し遠いけど、幽鷹君と兎黄泉ちゃんも頑張って付いて来てくれ」
「その必要は無いぞよ」
不意に、聞き覚えのある声が前方から響いた。
四人の目の前に、小柄な少女にも似た女が突然顕われる。
「十桐様」
「まさか四人で勝手に来るとはな。相変わらず無茶をする奴らじゃ」
十桐綺葉――航達を呼びつけた張本人で、皇國正統政府の発起人である。
「どうして僕達が来ることを?」
「国防軍に枚辻子爵家の御令息がおってな、その伝で連絡が入ったのじゃ。あの『金色の機体』が皇國に迫っておるとの情報があった、とな。となれば、お前達が上陸する場所は予想が付く」
十桐はそう告げると、背後に異空間への入り口を開いた。
「何はともあれ、よく来てくれた。今日のところは此処へ隠れてよく休むが良い。後のことは此方でなんとかしよう。歓迎するぞ、不法入国者共」
一先ず、航達四人と皇國正統政府との合流は叶った。