翌日、十一月四日午前。
根尾弓矢は一人、首相官邸を訪問していた。
「総理、昨夜はお休みのところ失礼致しました。非常事態にて、総理には逸早くの御報告が必要かと思いまして」
応接室の椅子に腰掛けたまま、根尾は向かいの南川和之に深々と頭を下げた。
南川は指で椅子の肘掛けを叩きながら溜息を吐いた。
「困ったものです。まさか岬守さんと麗真さんがこんな暴挙に出るなんて……」
「あと、雲野幽鷹・兎黄泉兄妹もですね。十桐卿がお求めになった四名が纏めて独断で皇國へ出国してしまった……」
根尾は深夜、十桐から連絡を受け、航達の出国を皇國への到着以前に把握していた。
彼はそれをすぐさま南川に報告。
夜が明けた早い段階で緊急の打ち合わせをすべく、この場へと赴いたのだ。
「総理、自分から御提案があるのですが……」
「何でしょう。はっきり言って私はこれ以上事態をややこしくしてほしくないんですがね」
「だからこそです。このままでは次に彼らがどう暴走するかわかったもんじゃない、そう思いませんか?」
根尾は南川を強い視線で見詰めた。
南川はたじろぎながら平静を装う。
「何が……御望みですか?」
「総理、彼らを再び自分の指揮下に入れていただきたい」
「どういうことです?」
「特別警察特殊防衛課の活動凍結を一時的に解除し、廃止を保留する。その上で、自分を含めた元課員と再契約してください」
「なっ……!」
驚きの余り言葉に詰まる南川。
そんな彼に構わず、根尾は机の上に書類を差し出した。
「契約書は既に作成してあります。先ずは昨日付で五名分、岬守航・麗真魅琴・雲野幽鷹・雲野兎黄泉に署名させれば、彼ら四名は昨日の時点で政府の統制下にあったという立て付けに出来る。晴れて四名は自分の指揮下に入るという訳です」
「何を言っているのですか!」
南川は大声を張り上げて勢い良く立ち上がった。
「そんなこと認められる訳が無いでしょう! 違法行為を事後処理で合法化するなんて、そんな前政権の様な真似を私にしろと!?」
「御言葉ですが総理、これは緊急事態ですから、ある程度の超法規的措置は已むを得ないかと……」
「駄目です! 現政権ではそういう横暴なやり方は認めません!」
「そうですか……」
根尾は懐から徐にスマートフォンを取り出した。
そして何やら録音を再生する。
『今の政権は東瀛丸の使用を不認可の違法薬物として批判していた側ではなかったかしら……?』
『麗真さん、今回のこれは緊急事態ですから……』
音声を聞いた南川は一瞬にして顔面蒼白となった。
放心し、口をパクパクと開け閉めしている。
根尾は昨日の閣議で伴藤明美に東瀛丸を飲ませて能力を使わせたことに対する南川の言い訳を確りと録音していたのだ。
「総理、今からでも全て合法的に行ったことにしておくのが無難ではないですか?」
「わ、私を脅迫するつもりですか?」
「いえいえ、別に自分はこの録音を今すぐに消しても構いませんよ。しかし、どこまで隠し通せるでしょうか……」
根尾はスマートフォンを操作し、連絡先を表示する。
「自分はこれでも皇先生にお仕えした身ですから、保守系の言論人とそれなりにお付き合いさせて頂いていましてね。彼らは政権のスキャンダルを喉から手が出る程欲しているでしょう。そうなると、今回の件を彼らが騒ぎ立てることは間違い無い。SNSは嘸かし盛り上がるでしょうね。となると、合法性の言い訳ぐらいは付けておいた方が良いのではないですか? 自分としても皇先生はそういうことを怠り過ぎたと反省しておりまして、総理に同じ轍を踏んでいただくのは忍びないと……」
「ぐ……が……!」
南川は暫く言葉を詰まらせたまま何かを言おうとしていたが、軈て全てを諦めた様に椅子に腰を落とした。
「何が……望みですか?」
南川は憔悴しきった様子で尋ねる。
天を仰ぐ姿は、体の支えを失って力尽きてしまったかの様だ。
「先程申しましたように、今回皇國へ向けて出国した者達を自分と共に再び特別警察特殊防衛課の配属とする、これは前提です。その上で、特別警察特殊防衛課の課員を追加で何名か戻し、自衛隊の超級為動機神体で皇國へ送っていただきたい。人材の選定は自分に御一任を。皇國に到着し次第、自分が十桐卿と交渉します。岬守航らをどこまで皇國の事情に介入させるのか、出来ればそれを最低限に留め、彼らを日本に連れ帰りたい」
「で、では……!」
南川は身を乗り出した。
その両眼には光が戻っている。
「あくまで事態の早期解決を目指すのですね? 日本を必要以上に関わらせないようにすると、そう仰っているのですね?」
「はい。その為に、自衛隊の皆さんには自分らを皇國へ降ろし次第、すぐに帰還させてください。自分らは帰国が可能になり次第、岬守航が持ち出したカムヤマトイワレヒコで帰ります。超級為動機神体には操縦室『直靈彌玉』の収納スペースがそれなりに広く設けられており、そこを使えば成人を四名収納出来ることは判っています。拉致被害者は武装戦隊・狼ノ牙のアジトからそうやって脱走したそうですから。雲野兄妹は操縦席と副操縦席に相乗り、これで全員問題無く帰国出来ます」
「そうですか……! いや、良い折衷案です。我々としても事を荒立てたくはない。それが一番穏便に解決出来るなら、私に異論はありませんし、閣僚も説得しやすい」
こう言ってやれば南川も安心すると、根尾は始めから予測していた。
彼は結局、この件に腹を括って関わるなどどこまでも出来はしないだろう。
そのままズルズルと皇國の、神皇の横暴を許し、最終的には亡国を導くのだ。
根尾はそれだけは避けたかった。
「では自分は元課員と早速話しに行きます。総理は閣内の意見を一致させ、自衛隊の出撃準備を三日以内に整えてください。皇國正統政府は切羽詰まっている様子で、待たせ過ぎると何をしてくるか分かりませんので」
「し、承知しました。閣僚はなんとか説得しましょう」
「宜しくお願いします。では、自分はこれで」
根尾は席を立つと、南川に一礼して部屋を後にした。
彼はこれから、特別警察特殊防衛課の元課員である四名――虻球磨新兒・繭月百合菜・白檀揚羽と連絡し、面会の約束を取り付ける。
何人の合意を得られるかは分からないが、彼もまた皇國へ再訪すべく動き出していた。
⦿⦿⦿
同じ頃、早朝の皇國。
航と魅琴は再び甲公爵邸跡地に居た。
格納庫の中には、本来の白色に戻った超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコが佇んでいる。
それを仰ぎ見ているのは二人の他に男装の麗人が一人である。
「深花様、急にすみません……」
「いや、呼んだのは此方だ」
この日、二人は久々に皇妹・龍乃神深花と会った。
二人の気まずい思いとは裏腹に、彼女は特段変わった様子も無く、この場所に二人を同行させたのだ。
目的は何となく察しが付く。
「では二人共、覚悟は良いね?」
「はい」
「勿論です、殿下」
航と魅琴の覚悟を確かめた龍乃神はカムヤマトイワレヒコに掌を向けた。
そして、凄まじく巨大な光の奔流が全高二十八メートルの機体の全てを包み込み、天に向かって消えていく。
皇族の強大な神為は、超級為動機神体の「外部からの一定以上の神為による影響を受け付けない」という機能をも力尽くで捻じ伏せてしまう。
つまり、カムヤマトイワレヒコの機体は跡形も無く消し飛ばされてしまうのだ。
球体が落下して大きな音を立てた。
カムヤマトイワレヒコは操縦室「直靈彌玉」だけを残して消え去ってしまった。
「超級為動機神体は十桐の異空間に隠さなくてはならないが、そのままでは装甲の耐神為機構が邪魔だからね。一旦直靈彌玉のみの状態に解体させてもらったよ」
「ありがとうございます」
「お手数お掛けします。私が解体しても、装甲の瓦礫が残りますので、助かりました」
「今言ったとおり直靈彌玉は十桐の異空間で保管する。時が来たら、再び神為を与えて再生させよう。その時は、頼むよ」
龍乃神は振り向くと、航と魅琴に向き合った。
「岬守君、麗真さん、映像でも言ったことだが、妾は君達を前に複雑な気分で居る。だが、こうして手を取り合う時を待ってもいた。お互い遺恨はあろうが、今は全ての人々の為に力を貸して欲しい」
龍乃神の手が二人に差し出される。
航と魅琴は互いに顔を見合わせて頷き合うと、その手を取った。
「勿論ですよ、深花様」
「力を合わせて戦いましょう」
斯くして龍乃神の願いは叶い、ここに両者の協力関係が締結されることとなった。