日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百四話『分裂』 序

 自衛隊に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)による皇(こう)國(こく)への渡航命令が出たのは三日後の夜――根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)が切った期限ギリギリだった。

 まず、首相・南(みな)川(がわ)和(かず)之(ゆき)の発案によって閣内は賛成派と反対派の真っ二つに分かれた。

 梅(うめ)宮(みや)圭(けい)一(いち)防衛大臣・相(あい)野(の)幸(ゆき)靖(やす)外務大臣を始めとした、与党内の大半を占めるハト派は反対派に回り強硬な態度を取った一方、柿(かき)原(ばら)幣(へい)司(じ)農林水産大臣や来(くる)栖(す)誠(まこと)防衛副大臣を始めとした少数のタカ派は南(みな)川(がわ)を支持。

 根(ね)尾(お)からの要請があった当日午後の議論は紛糾し、両者の溝は埋まらないまま十一月四日を終えてしまった。

 

 翌日も変わらず、午前の議論は平行線だったが、午後に再び根(ね)尾(お)を召喚したことで状況は一変した。

 具体的には、根(ね)尾(お)から恐ろしい状況が伝達されてしまったのだ。

 

「今、十(とお)桐(どう)卿(きよう)は皇(こう)國(こく)正統政府内の強硬派を必死に抑えてくれています。しかし、どうやら彼らに参加した有力貴族の中に我が国へと私軍を派遣して我々を拉致しようという動きもあるようです」

 

 この発言で、閣内は派遣賛成派が一気に優勢となった。

 南(みな)川(がわ)政権はその日のうちに自衛隊と特別警察特殊防衛課の皇(こう)國(こく)への派遣を決定。

 命令はその日のうちに自衛隊へと伝達された。

 

 しかし、それで即座に渡航の為(ため)の部隊が編成できたわけではない。

 何せ皇(こう)國(こく)正統政府は現行皇(こう)國(こく)政府とは無関係の集団である。

 彼らの要請があったとて、それは皇(こう)國(こく)からの正式なものではないのだ。

 

 開戦待った無しであった七月や、停戦に向けた作戦を実行に移そうとした八月とは異なり、現在は皇(こう)國(こく)との停戦条件も纏(まと)まって正式な講和を待つばかりとなっている。

 この状態で皇(こう)國(こく)正統政府の要請に従って自衛隊の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)部隊を派遣することは、その合法性に疑いが生じるのも無理からぬことであった。

 

 最終的に特殊防衛課の四名は、彼らを輸送しつついざという時に戦闘態勢に切り替えることが出来るギリギリの編成――一名ずつを副操縦席に載せる四機にて皇(こう)國(こく)へ送られることになった。

 

 十一月七日土曜日、日本国横田飛行場。

 四機の超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヌナカワミミ――通称「スイゼイ」が待機する中、豊(とよ)中(なか)隊の自衛官達が特殊防衛課四名を出迎えていた。

 

「宜(よろ)しくお願いします、豊(とよ)中(なか)一尉(じよう)!」

 

 力強い声で挨拶をした根(ね)尾(お)に、豊(とよ)中(なか)隊の四名は揃(そろ)って敬礼した。

 

「無理を言ってしまい申し訳ありません」

「根(ね)尾(お)さん、覚えていますか?」

 

 謝る根(ね)尾(お)に対し、隊長の豊(とよ)中(なか)大(たい)洋(よう)は唐突に切り出した。

 

「貴方(あなた)方が帰国なさったあの日、自分は皇(すめらぎ)大臣と共にカムヤマトイワレヒコを此(こ)処(こ)に運搬してきました。あの時、皇(こう)國(こく)に取り残された邦人を日本まで輸送する任務は民間人の筈(はず)の岬(さき)守(もり)さんに一任された……。正直ね、悔しかったですよ」

 

 根(ね)尾(お)は当然覚えている。

 あの時は皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の判断に驚いたものだ。

 後に岬(さき)守(もり)航(わたる)が皇(こう)國(こく)と戦う上で無くてはならない主戦力になるとは誰が予想出来ただろうか。

 豊(とよ)中(なか)は続ける。

 

「あの時だけじゃない。我々は皇(こう)國(こく)の本土に上陸し、停戦を掴(つか)み取(と)る任務を果たせなかった。皇(こう)國(こく)の地を見ることすら、自衛隊の誰も叶(かな)わなかった。此処に居る四名は私も含め、捲(けん)土(ど)重(ちよう)来(らい)の期だと思っていますよ」

 

 三名の部下――恩(おん)田(だ)聡(さとし)二尉・剣(けん)持(もち)或(ある)人(と)二尉・求(く)来(く)里(り)美(よし)乃(の)三尉も、精(せい)悍(かん)ながらも何処(どこ)か爽やかな表情で立っていた。

 どうやら皆覚悟は決まっているらしい。

 

「これは……寧(むし)ろ命をお預けする我々の覚悟の方が心配ですね……」

 

 根(ね)尾(お)は後方へと目を遣った。

 彼は総理の言質を取った当日に三名――虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)・白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)と連絡し、昨日までに特殊防衛課として再契約を結んでいた。

 根(ね)尾(お)としては、最悪自分一人で皇(こう)國(こく)へ乗り込むことも覚悟していた。

 既に日常へ戻っていた彼らが、再び因(いん)縁(ねん)の地である皇(こう)國(こく)へと渡航するとなると、拒否されても寧ろ自然なくらいだ。

 

「何だよ根(ね)尾(お)さん、此処に来た時点で覚悟ガンギマリだぜ。何度も言わせんなよ」

 

 新(しん)兒(じ)は不服と言った様子で根(ね)尾(お)に意見した。

 真(まっ)先(さき)に根(ね)尾(お)との待ち合わせ場所に来て、即座に契約書へサインしたのが彼だった。

 

「やっとキャリアに戻れた矢先だったけれど、こうも世界中が混乱しちゃ仕事にならないのよね」

 

 驚かされたのは繭(まゆ)月(づき)の行動で、彼女は会社に休職を申請してまで参加を決めていた。

 この事態を受けて既に会社に尋常では無い損失が出ていること、拉致や戦争への参加、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の討伐活動を行う中で、重要な仕事は既にある程度同僚に任せていた為、会社も了承してくれたらしい。

 

「二人共、済まない。それに……」

 

 根(ね)尾(お)は白(びやく)檀(だん)の方へと目を遣った。

 

「まさかお前まで来てくれるとはな。正直驚いたぞ」

「普通ならもう懲り懲りですけどねー。でも、今回はちょっと話が違うんですよー」

「どういうことだ?」

「だって、関わってるでしょ? 『例の奴(やつ)ら』が……」

 

 白(びやく)檀(だん)の言葉には根(ね)尾(お)も同意だった。

 日本と皇(こう)國(こく)の争いの裏で暗躍する謎の集団「神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)」――彼らの一人であり、麗(うる)真(ま)家にとっての仇(きゆう)敵(てき)である閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)はこう言い残している。

 

『愚かな新神(じん)皇(のう)は、孰(いず)れ日本人への愛を反転させて避け得ぬ滅びを齎(もたら)すじゃろう!』

 

 つまりこの事態の背後にも神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)が居ると考えるのは自然なことである。

 そして、白(びやく)檀(だん)には彼らと因縁がある。

 彼らに殺された仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)は、白(びやく)檀(だん)にとって孤児院時代からの旧(ふる)い付き合いなのだ。

 

「成程な……」

 

 ここまで来れば、最(も)早(はや)根(ね)尾(お)の胸の内に疑いは無い。

 

「根(ね)尾(お)さん、宜しいですか?」

「はい豊(とよ)中(なか)一尉、お願いします」

「では各自、それぞれの退院の指示に従い、機体に乗り込んでください」

 

 斯(か)くして、彼らは再び皇(こう)國(こく)の地を目指すことになった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 無(む)窮(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシは、直径八一二八米(メートル)という巨大な球体の中に層の構造を持っている。

 最外殻である装甲の下、二段階の外層を抜けて中央付近に至ると、核部と呼ばれる直径四九六米(メートル)の球体が内蔵されている。

 そしてその内部、さらに奥には中央制御室「高(たか)御(み)座(くら)の間(ま)」が広がっており、最奥には神(じん)皇(のう)の為の「操縦席」が設置されているのだ。

 

 高(たか)御(み)座(くら)の間(ま)の外壁には、歴史の映像資料の様なものが絶えず映し出されている。

 これらは全て、日本国と皇(こう)國(こく)を含む、彼らがこれまで渡り歩いてきた各世界の「日本」が歩んできた歴史である。

 神(じん)皇(のう)は独り、この直径一四四米(メートル)の雄大な広間の中央で玉座に腰掛け、流れる映像を眺めながら佇(たたず)んでいた。

 

「もうすぐだ。もうすぐ全てが報われる……」

 

 神(じん)皇(のう)の真紅と柳(りゅう)緑(りょく)の双(そう)眸(ぼう)は光を帯び、目(め)紛(まぐ)るしく変化する色彩に艶(つや)めいていた。

 彼にとって、それは何にも増して美しいも愛(いと)おしい映像芸術作品なのだろう。

 

「神(じん)皇(のう)陛下、只(ただ)今(いま)戻りました」

 

 そんな彼の一時に水を差すかの如く、一人の美女が玉座の脇に跪(ひざまず)いた。

 

「貴(き)龍(りゆう)院(いん)か。皇(こう)國(こく)の様子はどうか」

「はい。残念ながら、陛下に謀(む)叛(ほん)を企(くわだ)てる者達が徒党を組み始めた様子です。折(せつ)角(かく)、叛(はん)逆(ぎやく)者(しゃ)が一掃されたというのに、嘆かわしいことですわ」

「そうか……」

 

 神(じん)皇(のう)は頬(ほお)杖(づえ)を突いて眼(め)を伏せた。

 

「致し方あるまい。だがそれよりも俺(おれ)が気に掛けているのは臣民のことだ。差し当たって彼らの生活に生じた支障は如(い)何(か)程(ほど)か、汝(なれ)の見てきた範囲ではどうだった?」

「御心配には及びませんわ、陛下。全て恙(つつが)無(な)く……」

「貴(き)龍(りゆう)院(いん)よ、気を遣わずとも良い」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)は一瞬息を呑(の)んだ。

 神(じん)皇(のう)の視線に射(い)竦(すく)められたかの様だった。

 彼は決して彼女を責めてはおらず、寧ろその意図を最大限慮(おもんぱか)っている。

 だがそれでも、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は神(じん)皇(のう)から多大な圧を感じていた。

 

(違う、これまでの陛下とは……。寛大な御(お)言(こと)葉(ば)、御(お)心(こころ)遣(づか)いの中に有無を言わせぬ威厳がある……。最早嘗(かつ)ての様に甘くは無いということか、手(て)強(ごわ)い……!)

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は緊張と共に神(じん)皇(のう)を見上げる。

 

「申し訳御座いません陛下。大事な偉業の最中、陛下の御心を煩わせるのは憚(はばか)られましたもので……」

「偉業、か……。汝(なれ)の言うことも解(わか)る。だが、政権樹立早々にアメノミナカヌシに籠(こも)ったのだ、世情が穏やかではいられぬことも承知している。汝(なれ)は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)と連携し、憂(うれ)い事が生じた際には迷わず俺(おれ)に裁可を仰ぐのだ。良いな?」

「はい……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は頭を下げる振りをして顔を伏せ、小さく北(ほく)叟(そ)笑(え)んだ。

 彼女は神(じん)皇(のう)に上奏する窓口を一手に引き受けることになる。

 それが巨大な権力の源泉になるということは論を俟(ま)つまい。

 

「しかし貴(き)龍(りゆう)院(いん)よ、汝(なれ)も体を思(おも)い遣(や)れよ」

「勿(もつ)体(たい)無(な)き御(お)言(こと)葉(ば)ですわ」

「ふむ、本来ならば二人で担う役目を一人で負うのは何かと不都合もあろう。だが無理はするな」

「ありがとうございます……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は下を向いたまま顔を顰(しか)めた。

 主の言葉の中にもう一人の近衛侍女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)への未練を感じ取ったのだ。

 二人の近衛侍女は実質的に神(じん)皇(のう)の愛人であり、しかも貴(き)龍(りゆう)院(いん)の方が遥(はる)かに早くからその立場に居る。

 漸(ようや)く離れた後輩は明らかに自分よりも神(じん)皇(のう)からの覚えが良く、立場とは裏腹に目の上の瘤(こぶ)に他ならなかった。

 

「やはり敷(しき)島(しま)の様子も気になるところだな。出来ればもう一度戻ってきて欲しいところだが……」

「申し訳御座いません、私(あたくし)が加減を誤ってしまいましたばかりに……」

「汝(なれ)を責めてはおらん。事情が事情だからな、刃を向けられては仕方があるまい。しかし、敷(しき)島(しま)も今更再び叛逆者に堕するでもあるまい。何か故あってのことであろう。俺(おれ)としては誤解と蟠(わだかま)りが解けることを願っているのだがな」

 

 神(じん)皇(のう)の愁(うれ)いを帯びた溜息に、貴(き)龍(りゆう)院(いん)の嫉妬は更に募る。

 

(やはり……一思いに殺してやれば良かったかしららぁ……?)

 

 敷(しき)島(しま)は現在、龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸(てい)での預かりとなっている。

 である以上、流石(さすが)の貴(き)龍(りゆう)院(いん)も迂(う)闊(かつ)には手が出せない。

 彼女はこの状況に歯(は)噛(が)みする他無かった。

 

「貴(き)龍(りゆう)院(いん)よ、今一度敷(しき)島(しま)の様子を見て参れ」

「妹君の御(ご)邸(てい)宅(たく)へ、で御座いますか?」

「無理にとは言わん。面会を断られるようならば深入りせずとも良い。ただ、俺(おれ)が気に掛けていたと伝えてくれ」

「……承知いたしました。ですが陛下、一つ宜しいでしょうか」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は神(じん)皇(のう)に三枚の写真を差し出した。

 

「この者達は?」

「陛下、御(ご)存(ぞん)知(じ)の様に敷(しき)島(しま)ちゃんは強い信念の持ち主ですわ」

「うむ、そこが気に入っている」

「ならば彼女を戻すのは容易ではないでしょう。その間、私(あたくし)一人では陛下にお尽くしする上で不足があるやも知れません。そこで、私(あたくし)が信を置くこれらの三名を新たに陛下の近衛とすることを御(お)許(ゆる)し願えませんか?」

 

 神(じん)皇(のう)は写真をめくり、順々に目を通す。

 写されているのは神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の三人――八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)・閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)である。

 神(じん)皇(のう)はこの三人と面識が無く、その正体を一切知らない。

 

「汝(なれ)が信を置くというなら俺(おれ)は構わんぞ。しかし、本人達に必ず了承を得た上で連れてくるのだ、良いな?」

「畏(かしこ)まりました、陛下。では、行って参ります」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は立ち上がって踵(きびす)を返し、玉座を頂点とする階段を下っていった。

 神(じん)皇(のう)に背を向けたその表情に、怒りの色を湛(たた)えたまま……。

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