日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

357 / 399
第百四話『分裂』 急

 先代神(じん)皇(のう)の第一子である現神(じん)皇(のう)の姉・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)は、父親が九十歳の時に生まれた。

 彼は幼い頃に革命によって受けた虐待の心的外傷(トラウマ)があり、その影響で特定の相手と成婚することは出来なかった。

 それでも何名かの相手との間に人工授精にて後継者を儲けようという試みは続けられたものの、そのどれもが期待した結果にならなかった。

 

 しかし三十年前に或(あ)る女が自らの卵子を提供したことで問題は一(ひと)先(ま)ずの解決を見る。

 神(じん)皇(のう)は三男三女に恵まれ、残す問題は神(しん)為(い)の安定した継承のみに搾られた。

 

 その、卵子を提供した女――即(すなわ)ち現神(じん)皇(のう)の母親が臥(が)龍(りゆう)飛(あ)鳥(すか)である。

 神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の面々は、それが貴(き)龍(りゆう)院(いん)の手引きによるものだとは承知していた。

 しかし、その素(す)性(じよう)までは知らされていなかったのである。

 

「私(あたくし)が彼女を拾ったのは、まだ神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)を集めようとし始める以前の話よぉ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は語り始めた。

 

「あの頃、私(あたくし)は今とは全く別のやり方で皇統を絶やそうとしていた。もっと直接的なやり方を試み続けていたと言うべきか、謀(はかりごと)を巡らせ何人もの日(ひ)嗣(つぎ)を亡き者にしてきたけれど、肝心の皇統を絶つには至らなかった」

 

 蝋(ろう)燭(そく)の炎が揺らめく。

 揺れる光は貴(き)龍(りゆう)院(いん)のつもりに積もった情念の色を厚塗りする様に、影を色濃く刻む。

 彼女の背後に投影された黒い模様は宛(さなが)ら巨大の鬼にも見える。

 

「そこで私(あたくし)はそれまでの様な近視眼的な策ではなく、より長期的な目線で日本に滅びの兆(きざ)しを植え込むというやり方を考えた。その為(ため)には、これまでの様に一人でその時々の有力者を誑(たぶら)かすのではなく、永きに亘(わた)って私(あたくし)を支える協力者が必要だと思い至ったの」

「それが僕(ぼく)達を集めた動機って話でしょ? それは最初に説明してもらって承知しているよ」

「うむ。私(わたし)と八(や)社(おと)女(め)が訊(き)きたいのはそういうことではない。我々はその最初の一人が八(や)社(おと)女(め)だと思っていたが、今の話ではそうではないということになる」

「あらぁ、私(あたくし)はそんなこと、今まで一言も言っていないわよぉ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は八(や)社(おと)女(め)と推(つき)城(しろ)の指摘を臆面も無く受け流し、口元を半月型に歪(ゆが)ませて笑った。

 

「私(あたくし)が真に最初に協力者として迎えたのは、乙(いつ)巳(し)の年に四天王寺で見付けた奴(ぬ)婢(ひ)の女だったわぁ。私(あたくし)の目にあの娘(こ)が役立つ未来が見えてね、手元に置いておくことにしたの」

「いやはや、相変わらず凄(すさ)まじい眼力ですな」

 

 閏閒(うるま)がわざとらしく貴(き)龍(りゆう)院(いん)を褒(ほ)め称(たた)える。

 どうやら彼だけはこのことを承知していたらしく、一切動揺することなく彼女の話に相(あい)槌(づち)を打っていた。

 驚(きよう)愕(がく)に目を見開く八(や)社(おと)女(め)や、眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せる推(つき)城(しろ)とは大違いである。

 

「そういえば閏閒(うるま)は知っていた風だったな。貴様はその女と会ったことがあるのか?」

「ええ。儂(わし)が盟に加わったことで、媛様は愈(いよ)々(いよ)彼女を役立てる時が来たと判断なさったようでしてな」

「そんな……。その間、僕(ぼく)達にはずっと隠し通してきたのに?」

「別に、貴方(あなた)達にはあの娘(こ)を役立てる未来が見えなかったから、敢(あ)えて話す必要も無かっただけよぉ」

 

 閏閒(うるま)は八(や)社(おと)女(め)と推(つき)城(しろ)に挟まれつつ、小さく口角を上げていた。

 

「抑(そもそ)も、媛(ひめ)様(さま)が長年に亘る悲願を成(じよう)就(じゆ)させるべく動き出したのは、儂(わし)が皇(こう)國(こく)という世界を見つけ出してのことです。儂(わし)と媛(ひめ)様(さま)は一つの絵を描いた。神(じん)皇(のう)が孰(いず)れ後継者を求めた時、我々の目的に適(かな)う者を生ませ、差し出すという計略でございます」

「そう。その為にはあの娘(こ)の能力が打って付けだったのよ」

 

 炎が大きく揺れた。

 

「あの娘(こ)、臥(が)龍(りゆう)飛(あ)鳥(すか)に生じた『汎ゆる男との間に汎ゆる子を儲ける』能力がね。あの能力があれば、仮令(たとえ)神(じん)皇(のう)に子を生(な)せない何らかの問題があったとしても、強引に受精することが出来る。更に、その子がどれだけ世の理から外れた存在であろうと関係無く、汎ゆる制約を無視して生を授ける。これにより、私(あたくし)達は神(じん)皇(のう)をも遙(はる)かに上回る傀(かい)儡(らい)を手に入れる。それが今回の計画だった……」

「しかし、傀儡に仕立て上げ損ねてしまったというのが今回の不始末という訳だな」

 

 推(つき)城(しろ)が再び貴(き)龍(りゆう)院(いん)に詰め寄る。

 また、八(や)社(おと)女(め)も今一度問い詰める。

 

「だったら、もう一度臥(が)龍(りゆう)飛(あ)鳥(すか)の能力でやり直そうよ。まだ彼女の卵子は取ってあるんでしょう? 今の神(じん)皇(のう)は棄(す)てて、次の世代こそ……」

「だから駄目なのよ! あの御(お)方(かた)の次なんて無いの!」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は声を荒(あら)らげた。

 

「あの娘(こ)の能力は制御出来ないのよ。父親をも上回る神(しん)為(い)を持った不世出の逸材を生むこともあれば、話にならない雑魚(ざこ)になることもある。ただ、上も下も際限がないというだけ。屹(きつ)度(と)もうあれ程の御方は二度と生まれないわぁ」

「でも、別にあそこまでの力は要らないだろう? 日本人を殲(せん)滅(めつ)するなら先代程度の力、或(ある)いはそれより劣る他の皇族程度でも充分だ。今の世代をやり過ごしてしまえば……」

「無理よぉ……」

 

 重い溜息が円卓に行き渡った。

 

「先刻(さっき)も言ったけれど、あの娘(こ)の能力で生まれる子の力には際限が無いの。どれ程この世の理から外れた存在であろうと生まれ得てしまう。ただ百年千年はおろか那由他の彼方(かなた)の歳月に一人の希少さでしょうけど、それでも確率的には、どれ程に理外の存在であろうと生(あ)れ坐(ま)す可能性は零(ゼロ)ではない。仮令、遠い昔に瓊(に)瓊(に)杵(ぎの)尊(みこと)が被(こうむ)った『定命』という制約すらも克服する程の御方であろうと……」

「ば、莫(ば)迦(か)な……!」

 

 今度は推(つき)城(しろ)が瞠(どう)目(もく)した。

 

「ならばあの神(じん)皇(のう)は、生まれながらにして不滅の存在であるとでも云(い)うのか……!」

「誰一人として、本人すら知らないことだけれどね。だから、次の世代は無いの。これから先の未(み)来(らい)永(えい)劫(ごう)、皇(こう)國(こく)はあの御方の治世が続くことになるわぁ」

「ふざけるな貴様!」

 

 推(つき)城(しろ)は激しく机を叩(たた)いて立ち上がった。

 

「ならば何としてもあの男を我々の計画に、日本の滅亡に向けなければならなかったではないか! 貴様はそれをしくじったのだ! その重大性を解(わか)っているのか!」

「推(つき)城(しろ)、落ち着いて!」

 

 八(や)社(おと)女(め)が必死に推(つき)城(しろ)を宥(なだ)める。

 そんな中、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は不快気に舌打ちを鳴らした。

 

「しくじってなんかいないわ。要は、最終的にあの御方の方向性が私(あたくし)達と同じになれば良いのよ」

「だがその為に世界すら滅ぼすとでもいうのか……!」

「何よ、問題でもあるのぉ?」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の表情が歪んだ笑みを浮かべる。

 悪意と狂気、憎(ぞう)悪(お)と冷笑を含んだ、実に悪辣な笑みである。

 

「一人殺せば何人殺そうが同じ、一国滅ぼせば何国滅ぼそうが同じだわぁ。朔(さく)馬(ま)君貴方(あなた)、樂(らく)園(えん)を築く為なら冥府魔道を行く覚悟だって何度も言っていたわよねぇ?」

「ぐっ……!」

 

 推(つき)城(しろ)は激しく顔を顰(しか)めて貴(き)龍(りゆう)院(いん)を見下ろしていた。

 承服しかねるが、かといって反論も出来ない、そんな風情である。

 そんな中、彼の向かいでもう一人の男が徐(おもむろ)に立ち上がった。

 

「もう良いよ、みんな」

 

 八(や)社(おと)女(め)は円卓に背を向けた。

 

「御(お)媛(ひめ)様(さま)の云うとおりだ。僕(ぼく)らはとうの昔に人の道を棄てたじゃないか。御(お)媛(ひめ)様(さま)はまだ神(じん)皇(のう)に日本人を滅ぼさせることを断念しちゃいない。だったら、引き続き彼女の為に力を尽くすのが僕(ぼく)達神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の役割だろう」

「流(さ)石(すが)は征(せい)一(い)千(ち)君。一番付き合いが旧(ふる)いだけあって、物分かりが良くて助かるわぁ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の表情が朗らかな笑顔に変化した。

 八(や)社(おと)女(め)の態度に機嫌が直ったのだろうか。

 それを気取ってか知らずか、八(や)社(おと)女(め)は何かを押さえ込む様に小さく震えると、自分に言い聞かせる様に話す。

 

「そうさ。僕(ぼく)は誰よりも長く御(お)媛(ひめ)様(さま)をお助けしてきた男なんだ」

「そうねぇ。今まで随分力になってくれたわぁ」

 

 八(や)社(おと)女(め)は声を震わせながら続ける。

 

「だから……何でも言っておくれよ。僕(ぼく)はどうすれば良い? 貴女(あなた)の為ならなんだってするよ」

「良い心懸けねぇ。じゃあ御(お)言(こと)葉(ば)に甘えて、鬱(うつ)陶(とう)しい蠅(はえ)共を叩(たた)き潰(つぶ)してもらえないかしらぁ?」

 

 四人の頭上、八(や)社(おと)女(め)から見ると斜め前方に映像が映し出された。

 そこには海の上空、猛然と突き進む四機の超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が映し出されている。

 

「貴方(あなた)と朔(さく)馬(ま)君が始末し損ねた連中が、性懲りも無く私(あたくし)達の邪魔をしようとしているのよねぇ……」

「解った。あいつらを始末すれば良いんだね?」

「ええ。貴方(あなた)だけの不始末じゃないから、朔(さく)馬(ま)君にも手伝ってもらいなさい。しくじった仕事には責任を取って貰(もら)わないと、ねぇ?」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の視線が推(つき)城(しろ)を冷ややかに一(いち)瞥(べつ)した。

 意趣返し、ということなのだろう。

 

「成程、尤(もつと)もだ。あいわかった」

「いや、推(つき)城(しろ)は良いよ。僕(ぼく)一人でやる」

「何?」

 

 推(つき)城(しろ)の申し出を尻目に、八(や)社(おと)女(め)は一人で歩き出した。

 

「僕(ぼく)は御(お)媛(ひめ)様(さま)の同志だ。推(つき)城(しろ)とも、閏閒(うるま)とも違う。良い機会だから証明してあげるよ。僕(ぼく)が一番役に立つんだってね……」

「八(や)社(おと)女(め)……」

「頼もしいことねぇ。頑張ってね、征(せい)一(い)千(ち)君。期待しているわぁ」

 

 八(や)社(おと)女(め)は一人、闇の奥へと消えていった。

 

「扨(さ)て、じゃあ一先ずこの場の話は付いたことだし、後のことは征(せい)一(い)千(ち)君に任せて、お開きということで良いかしらぁ?」

「その様ですな……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)と閏閒(うるま)もまた同時に席を立った。

 

「朔(さく)馬(ま)君、貴方(あなた)も私(あたくし)の同志で間違い無いわよねぇ?」

「多聞天様、貴方(あなた)様も腹を括(くく)りなさるのが宜(よろ)しいかと、僭(せん)越(えつ)ながら……」

 

 二人はそう言い残すと、別々の方向へと消えていった。

 一人取り残された推(つき)城(しろ)は歯(は)噛(が)みしながらも、行き場の無い感情を発散する様に長(なが)槍(やり)を素振りして蝋燭の火を掻(か)き消(け)した。

 空間は真の闇に包まれ、息遣いの音も次第に掻(か)き消(き)えていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。