日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百四話『分裂』 急

 先代(じん)(のう)の第一子である現(じん)(のう)の姉・()()(かみ)(せい)()は、父親が九十歳の時に生まれた。

 彼は幼い頃に革命によって受けた虐待の心的外傷(トラウマ)があり、その影響で特定の相手と成婚することは出来なかった。

 それでも何名かの相手との間に人工授精にて後継者を儲けようという試みは続けられたものの、そのどれもが期待した結果にならなかった。

 

 しかし三十年前に()る女が自らの卵子を提供したことで問題は(ひと)()ずの解決を見る。

 (じん)(のう)は三男三女に恵まれ、残す問題は(しん)()の安定した継承のみに搾られた。

 

 その、卵子を提供した女――(すなわ)ち現(じん)(のう)の母親が()(りゆう)()(すか)である。

 (しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の面々は、それが()(りゆう)(いん)の手引きによるものだとは承知していた。

 しかし、その()(じよう)までは知らされていなかったのである。

 

(あたくし)が彼女を拾ったのは、まだ(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)を集めようとし始める以前の話よぉ」

 

 ()(りゆう)(いん)は語り始めた。

 

「あの頃、(あたくし)は今とは全く別のやり方で皇統を絶やそうとしていた。もっと直接的なやり方を試み続けていたと言うべきか、(はかりごと)を巡らせ何人もの()(つぎ)を亡き者にしてきたけれど、肝心の皇統を絶つには至らなかった」

 

 (ろう)(そく)の炎が揺らめく。

 揺れる光は()(りゆう)(いん)のつもりに積もった情念の色を厚塗りする様に、影を色濃く刻む。

 彼女の背後に投影された黒い模様は(さなが)ら巨大の鬼にも見える。

 

「そこで(あたくし)はそれまでの様な近視眼的な策ではなく、より長期的な目線で日本に滅びの(きざ)しを植え込むというやり方を考えた。その(ため)には、これまでの様に一人でその時々の有力者を(たぶら)かすのではなく、永きに(わた)って(あたくし)を支える協力者が必要だと思い至ったの」

「それが(ぼく)達を集めた動機って話でしょ? それは最初に説明してもらって承知しているよ」

「うむ。(わたし)()(おと)()()きたいのはそういうことではない。我々はその最初の一人が()(おと)()だと思っていたが、今の話ではそうではないということになる」

「あらぁ、(あたくし)はそんなこと、今まで一言も言っていないわよぉ」

 

 ()(りゆう)(いん)()(おと)()(つき)(しろ)の指摘を臆面も無く受け流し、口元を半月型に(ゆが)ませて笑った。

 

(あたくし)が真に最初に協力者として迎えたのは、(いつ)()の年に四天王寺で見付けた()()の女だったわぁ。(あたくし)の目にあの()が役立つ未来が見えてね、手元に置いておくことにしたの」

「いやはや、相変わらず(すさ)まじい眼力ですな」

 

 閏閒(うるま)がわざとらしく()(りゆう)(いん)()(たた)える。

 どうやら彼だけはこのことを承知していたらしく、一切動揺することなく彼女の話に(あい)(づち)を打っていた。

 (きよう)(がく)に目を見開く()(おと)()や、()(けん)(しわ)を寄せる(つき)(しろ)とは大違いである。

 

「そういえば閏閒(うるま)は知っていた風だったな。貴様はその女と会ったことがあるのか?」

「ええ。(わし)が盟に加わったことで、媛様は(いよ)(いよ)彼女を役立てる時が来たと判断なさったようでしてな」

「そんな……。その間、(ぼく)達にはずっと隠し通してきたのに?」

「別に、貴方(あなた)達にはあの()を役立てる未来が見えなかったから、()えて話す必要も無かっただけよぉ」

 

 閏閒(うるま)()(おと)()(つき)(しろ)に挟まれつつ、小さく口角を上げていた。

 

(そもそ)も、(ひめ)(さま)が長年に亘る悲願を(じよう)(じゆ)させるべく動き出したのは、(わし)(こう)(こく)という世界を見つけ出してのことです。(わし)(ひめ)(さま)は一つの絵を描いた。(じん)(のう)(いず)れ後継者を求めた時、我々の目的に(かな)う者を生ませ、差し出すという計略でございます」

「そう。その為にはあの()の能力が打って付けだったのよ」

 

 炎が大きく揺れた。

 

「あの()()(りゆう)()(すか)に生じた『汎ゆる男との間に汎ゆる子を儲ける』能力がね。あの能力があれば、仮令(たとえ)(じん)(のう)に子を()せない何らかの問題があったとしても、強引に受精することが出来る。更に、その子がどれだけ世の理から外れた存在であろうと関係無く、汎ゆる制約を無視して生を授ける。これにより、(あたくし)達は(じん)(のう)をも(はる)かに上回る(かい)(らい)を手に入れる。それが今回の計画だった……」

「しかし、傀儡に仕立て上げ損ねてしまったというのが今回の不始末という訳だな」

 

 (つき)(しろ)が再び()(りゆう)(いん)に詰め寄る。

 また、()(おと)()も今一度問い詰める。

 

「だったら、もう一度()(りゆう)()(すか)の能力でやり直そうよ。まだ彼女の卵子は取ってあるんでしょう? 今の(じん)(のう)()てて、次の世代こそ……」

「だから駄目なのよ! あの()(かた)の次なんて無いの!」

 

 ()(りゆう)(いん)は声を(あら)らげた。

 

「あの()の能力は制御出来ないのよ。父親をも上回る(しん)()を持った不世出の逸材を生むこともあれば、話にならない雑魚(ざこ)になることもある。ただ、上も下も際限がないというだけ。(きつ)()もうあれ程の御方は二度と生まれないわぁ」

「でも、別にあそこまでの力は要らないだろう? 日本人を(せん)(めつ)するなら先代程度の力、(ある)いはそれより劣る他の皇族程度でも充分だ。今の世代をやり過ごしてしまえば……」

「無理よぉ……」

 

 重い溜息が円卓に行き渡った。

 

先刻(さっき)も言ったけれど、あの()の能力で生まれる子の力には際限が無いの。どれ程この世の理から外れた存在であろうと生まれ得てしまう。ただ百年千年はおろか那由他の彼方(かなた)の歳月に一人の希少さでしょうけど、それでも確率的には、どれ程に理外の存在であろうと()()す可能性は(ゼロ)ではない。仮令、遠い昔に()()(ぎの)(みこと)(こうむ)った『定命』という制約すらも克服する程の御方であろうと……」

「ば、()()な……!」

 

 今度は(つき)(しろ)(どう)(もく)した。

 

「ならばあの(じん)(のう)は、生まれながらにして不滅の存在であるとでも()うのか……!」

「誰一人として、本人すら知らないことだけれどね。だから、次の世代は無いの。これから先の()(らい)(えい)(ごう)(こう)(こく)はあの御方の治世が続くことになるわぁ」

「ふざけるな貴様!」

 

 (つき)(しろ)は激しく机を(たた)いて立ち上がった。

 

「ならば何としてもあの男を我々の計画に、日本の滅亡に向けなければならなかったではないか! 貴様はそれをしくじったのだ! その重大性を(わか)っているのか!」

(つき)(しろ)、落ち着いて!」

 

 ()(おと)()が必死に(つき)(しろ)(なだ)める。

 そんな中、()(りゆう)(いん)は不快気に舌打ちを鳴らした。

 

「しくじってなんかいないわ。要は、最終的にあの御方の方向性が(あたくし)達と同じになれば良いのよ」

「だがその為に世界すら滅ぼすとでもいうのか……!」

「何よ、問題でもあるのぉ?」

 

 ()(りゆう)(いん)の表情が歪んだ笑みを浮かべる。

 悪意と狂気、(ぞう)()と冷笑を含んだ、実に悪辣な笑みである。

 

「一人殺せば何人殺そうが同じ、一国滅ぼせば何国滅ぼそうが同じだわぁ。(さく)()貴方(あなた)(らく)(えん)を築く為なら冥府魔道を行く覚悟だって何度も言っていたわよねぇ?」

「ぐっ……!」

 

 (つき)(しろ)は激しく顔を(しか)めて()(りゆう)(いん)を見下ろしていた。

 承服しかねるが、かといって反論も出来ない、そんな風情である。

 そんな中、彼の向かいでもう一人の男が(おもむろ)に立ち上がった。

 

「もう良いよ、みんな」

 

 ()(おと)()は円卓に背を向けた。

 

()(ひめ)(さま)の云うとおりだ。(ぼく)らはとうの昔に人の道を棄てたじゃないか。()(ひめ)(さま)はまだ(じん)(のう)に日本人を滅ぼさせることを断念しちゃいない。だったら、引き続き彼女の為に力を尽くすのが(ぼく)(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の役割だろう」

()(すが)(せい)()()君。一番付き合いが(ふる)いだけあって、物分かりが良くて助かるわぁ」

 

 ()(りゆう)(いん)の表情が朗らかな笑顔に変化した。

 ()(おと)()の態度に機嫌が直ったのだろうか。

 それを気取ってか知らずか、()(おと)()は何かを押さえ込む様に小さく震えると、自分に言い聞かせる様に話す。

 

「そうさ。(ぼく)は誰よりも長く()(ひめ)(さま)をお助けしてきた男なんだ」

「そうねぇ。今まで随分力になってくれたわぁ」

 

 ()(おと)()は声を震わせながら続ける。

 

「だから……何でも言っておくれよ。(ぼく)はどうすれば良い? 貴女(あなた)の為ならなんだってするよ」

「良い心懸けねぇ。じゃあ()(こと)()に甘えて、(うつ)(とう)しい(はえ)共を(たた)(つぶ)してもらえないかしらぁ?」

 

 四人の頭上、()(おと)()から見ると斜め前方に映像が映し出された。

 そこには海の上空、猛然と突き進む四機の(ちょう)(きゅう)()(どう)()(しん)(たい)が映し出されている。

 

貴方(あなた)(さく)()君が始末し損ねた連中が、性懲りも無く(あたくし)達の邪魔をしようとしているのよねぇ……」

「解った。あいつらを始末すれば良いんだね?」

「ええ。貴方(あなた)だけの不始末じゃないから、(さく)()君にも手伝ってもらいなさい。しくじった仕事には責任を取って(もら)わないと、ねぇ?」

 

 ()(りゆう)(いん)の視線が(つき)(しろ)を冷ややかに(いち)(べつ)した。

 意趣返し、ということなのだろう。

 

「成程、(もつと)もだ。あいわかった」

「いや、(つき)(しろ)は良いよ。(ぼく)一人でやる」

「何?」

 

 (つき)(しろ)の申し出を尻目に、()(おと)()は一人で歩き出した。

 

(ぼく)()(ひめ)(さま)の同志だ。(つき)(しろ)とも、閏閒(うるま)とも違う。良い機会だから証明してあげるよ。(ぼく)が一番役に立つんだってね……」

()(おと)()……」

「頼もしいことねぇ。頑張ってね、(せい)()()君。期待しているわぁ」

 

 ()(おと)()は一人、闇の奥へと消えていった。

 

()て、じゃあ一先ずこの場の話は付いたことだし、後のことは(せい)()()君に任せて、お開きということで良いかしらぁ?」

「その様ですな……」

 

 ()(りゆう)(いん)閏閒(うるま)もまた同時に席を立った。

 

(さく)()君、貴方(あなた)(あたくし)の同志で間違い無いわよねぇ?」

「多聞天様、貴方(あなた)様も腹を(くく)りなさるのが(よろ)しいかと、(せん)(えつ)ながら……」

 

 二人はそう言い残すと、別々の方向へと消えていった。

 一人取り残された(つき)(しろ)()()みしながらも、行き場の無い感情を発散する様に(なが)(やり)を素振りして蝋燭の火を()()した。

 空間は真の闇に包まれ、息遣いの音も次第に()()えていった。

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