日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

36 / 399
幕間三『泥に咲く徒花』 上

 神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)に於(お)いて「新華族」という言葉は、文字通り「新たに貴族として遇された一族」を意味する。

 革命政府から政権を奪還し、二度目の王政復古を成し遂げた功績を称(たた)えられてのことであり、伯爵・子爵・男爵の位を授爵している。

 

 水(み)徒(と)端(はた)家は男爵位を授爵された新華族だが、その二人の令嬢は大変に美しい姉妹との評判であった。

 特に姉・早(そ)芙(う)子(こ)は文武両道・才(さい)色(しょく)兼(けん)備(び)な上、弱きを助け強きを挫(くじ)く誇り高き人格者として、周囲の憧憬と羨(せん)望(ぼう)を集めていた。

 それは同じく美しいと評判の妹・早(さ)辺(え)子(こ)にとっても同じで、彼女は実の姉・早(そ)芙(う)子(こ)に対して道ならぬ想(おも)いを抱いていた。

 

 早(そ)芙(う)子(こ)が叛(はん)逆(ぎゃく)の思想に傾倒し、反政府組織「武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)」に身を寄せたのも、早(さ)辺(え)子(こ)が姉を止めるべく愛国の思想に傾倒し、取り戻すべく狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入したのも、必然の成り行きだったのだろう。

 

 水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)は軍人を中心とした極右政治団体に身を寄せ、その伝(つて)に依(よ)って軍の兵器を扱う技術を身に付けた。

 そしてその技能に訴求して武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に「扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)」の偽名で潜り込んだ。

 最高幹部の一人・屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)に近付き、信用を得るまでに筆舌に尽くしがたい苦労があったことは推して知れよう。

 

 屋(や)渡(わたり)という男は支配欲が異常に強く、事ある毎(ごと)に早(さ)辺(え)子(こ)のことを嬲(なぶ)った。

 また新隊員の世話や、粛正・総括という名のリンチで命を落とした者の死体処理など、面倒事は悉(ことごと)く彼女に押し付けた。

 

 全ては姉を取り戻したい一心で、早(さ)辺(え)子(こ)は屋(や)渡(わたり)の横暴に耐えてきた。

 だがそんな彼女も、皇(こう)國(こく)とは別の世界線に於けるもう一つの日本から強引に攫(さら)ってきた者達に無(む)理(り)矢(や)理(り)訓練を付け、革命戦士に仕立て上げるやり方は、看過出来なかった。

 

 これまでの狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)のやり方は洗脳染みた勧誘に限られていた。

 しかし、年々警戒と啓(けい)蒙(もう)が広がって皇(こう)國(こく)内では殆(ほとん)ど人員を確保出来なくなってきていた。

 そんな彼らが目を付けたのが、皇(こう)國(こく)が世界線を転々として別の日本との遭遇を繰り返していたことだった。

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)にとって、岬(さき)守(もり)航(わたる)を初めとした日本国民を拉致したのは、謂(い)わば苦肉の策だった。

 

 早(さ)辺(え)子(こ)にとって、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は姉を誑(たぶら)かして悪の道へ堕(お)とした憎き犯罪組織である。

 何の罪もない日本国民を、本人達の意思に反して第二第三の姉になどしたくはなかった。

 なんとか逃がしたかった。

 

 しかし、拉致被害者の中心となって脱出を企(くわだ)てた岬(さき)守(もり)航(わたる)は、どうにも頼りない。

 それが余計に、早(さ)辺(え)子(こ)を使命感に駆り立てた。

 弱きを助け強きを挫くという姉の理念は、今(いま)尚(なお)妹の中で確かに息(いき)衝(づ)いていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 そんな訳で、早(さ)辺(え)子(こ)は航(わたる)に脱出の要となる巨大ロボット「為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)」の操縦を教えることにした。

 これこそは、彼女が狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入する際に最も売りとした技能である。

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は、一つ自らに強く戒(いまし)めていた。

 

 苟且(かりそめ)にも、自分は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の活動に加担してきたのであり、それは犯罪行為の片棒を担いできたも同然である。

 喩(たと)えテロに直接的な加担はしていなくとも、彼女が無(む)謬(びゅう)とは到底言えまい。

 故に、そんな自分が恩人として感謝されることなどあってはならない。

 これはあくまで当然の義務であり、罪滅ぼしにもなりはしないのだ。

 

 ――早(さ)辺(え)子(こ)が航(わたる)に対して、敢(あ)えて辛辣な言葉をぶつけるのはそういう理由からである。

 利害の一致から一時的に手を借りるだけのいけ好かない女として、忘れて欲しかった。

 

 だが、どうにも調子が狂う。

 航(わたる)は、早(さ)辺(え)子(こ)の冷たい態度にもあまり堪えていない、満更でもなさそうに思える。

 

 不思議に思って、彼女は一度操縦訓練後に訊(たず)ねてみたことがある。

 いつも通り、休憩室で回復薬を一杯差し出す序(つい)での質問だった。

 

「岬(さき)守(もり)様、いつも私(わたくし)に素っ気無く遇(あしら)われているにも拘(かか)わらず、どこか嬉(うれ)しそうに見えるのは気のせいなのでしょうか」

「んー、やっぱりそう見えます?」

 

 自覚があったらしい。

 歳(とし)の割に幼さを感じさせる稚(いとけな)い顔で照れ笑いを浮かべられても、早(さ)辺(え)子(こ)は困ってしまう。

 

「まさか肯定されるとは思いませんでしたよ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は呆(あき)れて溜(ため)息(いき)を吐い(つ)た。

 航(わたる)は頭を掻(か)きながら頬(ほお)を薄らと紅潮させていた。

 

「なんていうか、知り合いを思い出して懐かしく感じちゃうんですよね。失礼な話なんですが……」

 

 全くだ――早(さ)辺(え)子(こ)は航(わたる)から顔を背けた。

 勝手に知り合いの面影を重ねても、航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の事など何も分からないだろうし、早(さ)辺(え)子(こ)としてもその人物の顔さえ知らないのだ。

 

「成程、岬(さき)守(もり)様は心に決められた御(お)方(かた)の尻に敷かれるのがお好みという訳ですか……」

「うぐ……。まあ、そんな感じでは……ありますが……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の胸に罪悪感が去来する。

 

 気が許せる、楽しい――彼女は航(わたる)と過ごす時間に安らぎを感じていた。

 

 屹(きっ)度(と)、叛逆者の一味として罪も無い者達を苦しめる日々に疲弊していた為(ため)だろう。

 屹度、敬愛する主君や忠愛する国家に対し、心にも無い敵意を向けさせられる日々に嫌気が差していた為だろう。

 屹度、この時間だけが唯一、本来の水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)に戻れる時間だからだろう。

 屹度、二人で一つの目的の為に秘密を共有しているからだろう。

 

 だが、それは許されない。

 

 彼らを元居た故郷に帰すのは、早(さ)辺(え)子(こ)にとって謂(い)わば義務である。

 にも拘わらず、彼女はそれを姉の捜索という目的の為に利用し、自分の都合でこの場に縛り続けてしまっている。

 本来ならば今すぐに彼らを脱出させなければならないのに、姉の居場所を知るであろう狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領に近付くべく、彼らの脱出計画を屋(や)渡(わたり)の失脚に利用してしまっている。

 

 嗚呼(ああ)、こんな汚い私(わたくし)を、そんな奇麗な眼(め)で見ないで欲しい。

 その瞳に映るべき女(ひと)は別に居るのでしょう。

 その瞳はその女(ひと)のものなのでしょう。

 

 だからその為に、私(わたくし)は成すべきことを必ず果たしましょう。

 喩えそれが、どれ程に耐え難い屈辱であろうとも――早(さ)辺(え)子(こ)は強く心に誓ったのだった。

 

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 引(ひ)き摺(ず)られる様に廊下を連れられた早(さ)辺(え)子(こ)は、昇り階段に足を取られて転んだ。

 自室で屋(や)渡(わたり)に散々嬲(なぶ)られた彼女は既にボロボロで、その有様は一目見ただけで憐(あわ)れみを誘うだろう。

 だが屋(や)渡(わたり)ときたらそんな彼女に目も呉(く)れずに二階へ上がるものだから、彼女は動物の様に四(よ)つん這(ば)いで付いて行く事を強いられた。

 

(こいつ、何を思って二階などへ……?)

 

 なんとか階段を昇り切った早(さ)辺(え)子(こ)は尚(なお)も屋(や)渡(わたり)に引かれる。

 

「ほぉら、ここだ。お前のカードキーで開けられる筈(はず)だな?」

 

 屋(や)渡(わたり)が立ち止まった部屋の扉を見上げ、早(さ)辺(え)子(こ)は一気に血の気が引くのを感じた。

 確かに、宿を管理する彼女はマスターキーとなるカードを所持している。

 そこは岬(さき)守(もり)航(わたる)と虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)の相部屋、二人が早(さ)辺(え)子(こ)の能力でぐっすりと眠る寝室の扉の前だった。

 

「い、嫌……! は、放して……! 何(なに)故(ゆえ)このような場所へ?」

「んんー? どうせお前が深く深く眠らせて、絶対に目は覚めんのだろう? だったら何の問題がある? ただ岬(さき)守(もり)の部屋で続きと洒(しゃ)落(れ)込(こ)もう、というだけだろうが」

 

 屋(や)渡(わたり)は既に早(さ)辺(え)子(こ)の衣服からマスターとなるカードキーを奪っていた。

 

(絶対に起きない筈、でも……!)

 

 屋(や)渡(わたり)によって、航(わたる)と新(しん)兒(じ)の部屋は開け放たれた。

 不(ぶ)躾(しつけ)に錠を解かれた扉から、招かれざる全裸の客が眠れる青年達の領域を侵す。

 

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)はそれぞれの寝台(ベッド)で死人の様に寝かされ、丁寧に布団を掛けられている。

 冷房の温度も、安眠を妨げないよう心地良い設定にされている。

 早(さ)辺(え)子(こ)の能力で眠る二人はそのような配慮など無くとも朝まで目を覚ますことなど無いのだが、これは彼女なりの誠意だった。

 

 今、それがこの支配したがる男によって土足で踏(ふ)み躙(にじ)られようとしている。

 早(さ)辺(え)子(こ)の地獄は守るべき男の部屋で再開されようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。