日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百六話『悪人』 序

 神(しん)聖(せい)大(だい)日(につ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)は首都統(とう)京(きよう)、杉(すぎ)濤(なみ)区旧甲(きのえ)公爵邸跡地。

 三機の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・スイゼイがこの地に降り立ち、虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)の二名を降ろした。

 出迎えたのは皇(こう)國(こく)正統政府の中心人物の一人、十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)である。

 例によって彼女は自身の能力で作り出した異空間を通じて甲(きのえ)邸跡地から正統政府の本拠地である千(ち)世(よ)田(だ)区糀(こうじ)街(まち)御用地龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へと繋(つな)ぎ、客人達を迅速に迎え入れる準備を整えている。

 

「お初に御目に掛かります、十(とお)桐(どう)閣下。日本国自衛隊・豊(とよ)中(なか)大(たい)洋(よう)一尉であります」

「遠路遙(はる)々(ばる)、危険を承知でよくお越しくださった」

 

 豊(とよ)中(なか)隊の三名は十(とお)桐(どう)に敬礼で応えた。

 三人にとって十(とお)桐(どう)は敵の重鎮ではあるが、戦争への関わりは講和交渉への尽力が主であるので、そう悪い印象は無い。

 

「しかし豊(とよ)中(なか)一尉、根(ね)尾(お)殿と白(びやく)檀(だん)殿の姿が見えんが……」

「はい、実は……」

 

 豊(とよ)中(なか)大(たい)洋(よう)は事の経緯(いきさつ)を十(とお)桐(どう)に語った。

 途中、摂関家連合兵団に紛れていた敵が襲い掛かってきたこと。

 その際に、敵の最後の足(あ)掻(が)きで求(く)来(く)里(り)美(よし)乃(の)三尉が撃墜され、白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)と同乗していた直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)だけがどうにか脱出したこと。

 根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)も二人の後を追って離脱したこと。

 

 十(とお)桐(どう)は渋い顔で豊(とよ)中(なか)の話を聞いていた。

 何かあったことは容易に想像が付いていたのだろう、受け止め方は静かだった。

 

「豊(とよ)中(なか)一尉、その求(く)来(く)里(り)三尉が落下した地点の座標は拾えるか?」

「はい、既に割り出してあります」

「うむ、有能じゃ。こうなったのは連合兵団を召集した我の責任、すぐにでも現場へ向かいたい。しかし、先に皆さんを龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へ迎え入れねば。此(こ)処(こ)もまたそこまで安全という訳ではないからの」

 

 旧甲(きのえ)公爵邸跡地が着陸目標に選ばれている理由は、単に手っ取り早く思い当たる六摂家所有の広大な土地というだけである。

 その為(ため)、彼らの動向が敵に知られている今、いつ襲撃されてもおかしくない立地なのだ。

 

「十(とお)桐(どう)様、私(わたし)が案内しますよ」

 

 瓦(が)礫(れき)の上から女の声がした。

 月明かりを浴びて、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が彼らを見下ろしている。

 

「お前さん、いつの間に……」

「嫌な予感がしましたので、勝手ながら御一緒させていただきました、十(とお)桐(どう)様」

 

 魅(み)琴(こと)は瓦礫の上から飛び降り、彼らの許(もと)へと着地した。

 

「何でしたら私(わたし)が行っても構いませんけれど。今、龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下も灰(かい)祇(ぎ)院(いん)さんも不在ですし、十(とお)桐(どう)様が彼らを龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へ案内する方が宜(よろ)しいのでは?」

「いや、墜(お)ちた場所は統(とう)京(きよう)域外も充分あり得る。となると、皇(こう)國(こく)の人間でないお前が行くとややこしいことになりかねん。我が行った方が賢明であろう」

 

 魅(み)琴(こと)と十(とお)桐(どう)は視線を一呼吸の間、視線を合わせた。

 その僅(わず)かな時の中で、二人は無言の内に何かを示し合わせていた。

 溜息と共に折れたのは魅(み)琴(こと)だった。

 

「わかりました。宜しくお願いします」

「うむ。お前、大人になったの……」

 

 十(とお)桐(どう)は小さく微(ほほ)笑(え)みを溢(こぼ)した。

 確かに彼女の言うように、以前の魅(み)琴(こと)ならば有無を言わさずすぐさま飛び出していっただろう。

 だが今の彼女は、人に頼ることを覚え、落ち着いている。

 以前、皇(こう)國(こく)を訪れた時から様々な経験を得て変わったのだろうか。

 

「麗(うる)真(ま)さん、お久し振り」

「こちらこそ、繭(まゆ)月(づき)さん」

「岬(さき)守(もり)の奴(やつ)も来てるんだってな。相変わらずやる奴だぜ、あいつは」

「虻(あぶ)球(く)磨(ま)君も、すっかり航(わたる)の悪友が板に付いたのね」

 

 魅(み)琴(こと)は新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)と再会の言葉を交わし合う。

 

「龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下は留守なの?」

「ええ。皇(こう)都(と)府へ人に会いに行っています。何でも、皇(こう)國(こく)正統政府に引き入れておきたい人が居るんだとか……。本当は一番の適任者が近くに居るらしいんですけど……」

 

 どうやら皇(こう)國(こく)正統政府の内情には既に不安要素が生じてしまっているらしい。

 

「それにしても、貴方(あなた)達を襲った相手、おそらく神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)でしょうね」

「だろうな。ミロクサーヌとかいう為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)っていや、確か岬(さき)守(もり)が狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)から脱出する為に最初に操縦した機体だ。ありゃ確か、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が改造して性能を上げてた筈(はず)だ」

「ということは、襲ってきたのは首領補佐だった八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)……」

「だとすると厄介ね……」

 

 魅(み)琴(こと)は俯(うつむ)いて眉根を寄せた。

 

「前にあいつらの仲間の推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)と戦ったけれど、あの異様な殴り心地は今でもはっきりと覚えているわ。同じ穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)を身に付けたという道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)とは明らかに違う、この世のものを相手にしているとは思えないあの感覚は……」

「この世のものじゃない? どういうことだよ?」

「わからないわ。ただ、どうもあいつらの不死身の秘密は単なる穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)とは別のところにある気がするの。何か別の、もっと悍(おぞ)ましい力が奴らを死から遠ざけている様な……」

 

 三人は首元の扉(ハッチ)を開けた為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の方に目を遣った。

 中では今、十(とお)桐(どう)が豊(とよ)中(なか)から求(く)来(く)里(り)の機体が落ちた地点の座標について説明を受けている。

 

「何にせよ、今は十(とお)桐(どう)様にお任せしましょう」

「ええ、そうですね」

「じゃ、俺(おれ)達は先に龍(たつ)乃(の)神(かみ)様の家にお邪魔しようぜ、久し振りによ」

 

 三人は残る二人の自衛官、恩(おん)田(だ)聡(さとし)二尉と剣(けん)持(もち)或(ある)人(と)二尉と共に、十(とお)桐(どう)の異空間へと足を踏み入れた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 街(まち)田(だ)の壊滅した大通り、追い詰められた八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)は禁断の力に手を出した。

 彼の穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)・美(み)地(ち)禍(か)神(がみ)は対象の神(しん)為(い)を増幅させる力を持つ。

 しかし、彼は今まで自分自身にそれを施すことは決してしなかった。

 彼はその理由を、嘗(かつ)て椿(つばき)陽(よう)子(こ)に対してこう説明している。

 

『神(しん)為(い)とは、内なる神の力だ。しかしね、それは本来、人の身で宿すには大き過ぎる力なんだ。それを精神力で辛うじて統御して、僕(ぼく)達は超人的な力を発揮する。しかし本人の器を大きく超えた神(しん)為(い)は、軈(やが)て精神を蝕(むしば)み始める……』

 

 今、禁を破った彼は四(よ)つん這(ば)いで口から黒紫色の靄(もや)を吐き、両目を炯(けい)炯(けい)と耀(かがや)かせている。

 強大な力と引き換えに、明らかに正常な精神状態を保てなくなっている。

 

「貴様ラヲ……殺ス……! 鏖(ミナゴロシ)ダ……! アノ女(ヒト)ガ僕(ボク)ニソウ願ッタ……! 僕(ボク)ハアノ女(ヒト)ノ……期待ニ応エナキャ……ナラナイ……!」

 

 獣の如き有様に成り果てた八(や)社(おと)女(め)は、体を揺らしながらゆっくりと上体を起こした。

 

「まさかこいつ……自分から暴走するとは……!」

 

 根(ね)尾(お)は八(や)社(おと)女(め)の異様な姿に、警戒して身構えた。

 敵の神(しん)為(い)が爆発的に膨れ上がっている。

 ここからはおそらく今までの八(や)社(おと)女(め)ではあるまい。

 

「ゴオオオオオオッッ!!」

 

 八(や)社(おと)女(め)は上体を反らして雄(お)叫(たけ)びを上げ、前傾姿勢を取った。

 宛(さなが)ら肉食の禽(きん)獣(じゆう)の様に、根(ね)尾(お)を獲物と定めて睨(にら)み付(つ)けている。

 一方で、根(ね)尾(お)もまた気(け)圧(お)されることなく八(や)社(おと)女(め)を真(ま)っ直(す)ぐ見据えている。

 来るなら来い、と迎え撃とうとしている。

 

「上等だよ、糞(くそ)餓(が)鬼(き)。格の違いって奴を見せ付けてやる」

 

 根(ね)尾(お)は敢(あ)えて不敵に、挑発的に八(や)社(おと)女(め)を手招く。

 八(や)社(おと)女(め)もまた、それに乗る。

 

「僕(ボク)ハ! 千二百年! アノ女(ヒト)ニ! 尽クシテキタンダ!」

 

 八(や)社(おと)女(め)が飛び出した。

 まさに電光石火、これまでとは全く次元の違う速度だ。

 八(や)社(おと)女(め)の蹴りが根(ね)尾(お)の蟀谷(こめかみ)を捉えた。

 

「ぐぅっ……!」

「グゴォッ……!」

 

 同時に、根(ね)尾(お)の拳もまた八(や)社(おと)女(め)の頬(ほお)に突き刺さっていた。

 所謂(いわゆる)クロスカウンターという状態だ。

 根(ね)尾(お)はそのまま拳を振り抜き、八(や)社(おと)女(め)の顔面を殴り飛ばす。

 だが八(や)社(おと)女(め)はその力を受け流し、宙返りしつつ根(ね)尾(お)の懐へと入り込んだ。

 

「アノ女(ヒト)ノ為ニ死ネ!」

 

 八(や)社(おと)女(め)の拳が根(ね)尾(お)の顔面に向けて下から振るわれる。

 

「甘い!」

 

 根(ね)尾(お)はこれを敢えて喰(く)らいつつ、八(や)社(おと)女(め)の手首を掴(つか)んだ。

 彼の勝利条件は敵の体に長時間触れ、相手を完全に石化させることだ。

 この瞬間、根(ね)尾(お)の勝利が決まった、かに思われた。

 

「ガアアアアアアッッ!!」

 

 根(ね)尾(お)が八(や)社(おと)女(め)を石化させようとした瞬間、八(や)社(おと)女(め)は激しく腕を振(ふ)り解(ほど)いた。

 否(いや)、彼は暴れることで自らの腕を引き千切ったのだ。

 

「何ッ!?」

「シャアアアッッ!!」

 

 八(や)社(おと)女(め)はもう一方の腕で貫(ぬき)手(て)を繰り出す。

 至近距離の攻撃をさすがの根(ね)尾(お)も回避しきれず、胸を抉(えぐ)られ鮮血が飛び散る。

 

「ぐっ!!」

 

 根(ね)尾(お)は堪らず八(や)社(おと)女(め)を蹴り飛ばした。

 それは攻撃というより、突き飛ばして間合いを広げる回避行動に近い。

 その証拠に、根(ね)尾(お)は呼吸を荒(あら)らげながら胸を押さえていた。

 

「はぁ……はぁ……。糞(くそ)、悪(わる)足(あ)掻(が)きに面倒な奥の手を使いやがって……」

「ハァ……ハァ……オオオオオオオッッ!!」

 

 八(や)社(おと)女(め)を包む闇が更に膨れ上がる。

 どうやら神(しん)為(い)の増幅を重ねたらしい。

 彼は最(も)早(はや)自分の精神を顧みてなどいなかった。

 

「厄介だな……」

 

 根(ね)尾(お)の傷は殆(ほとん)ど治っていない。

 彼の神(しん)為(い)は底を突きかけていた。

 今や石化能力を行使出来るのは、あと一回が限界だろう。

 

(今の俺(おれ)には触れただけで石化させる程の神(しん)為(い)は無い。だが、時間をかけると今みたいに自分の体ごと振り解かれる。僅かな神(しん)為(い)で、なるべく短時間で石化を完成させる……そんな都合の良い手段が必要だ……)

 

 八(や)社(おと)女(め)の腕が再生した。

 基より異常な再生能力を持つ八(や)社(おと)女(め)に対し、体力の限界がある根(ね)尾(お)は圧倒的に不利だった。

 穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)による神(しん)為(い)の増幅という要素が加わり、それがより一層顕著になった格好だ。

 

「やってやるさ。俺(おれ)も麗(うる)真(ま)家の端くれ。生半可な鍛え方はしちゃいないんでな」

 

 根(ね)尾(お)は胸から手を離し、再び構えを取った。

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