神聖大日本皇國は首都統京、杉濤区旧甲公爵邸跡地。
三機の超級為動機神体・スイゼイがこの地に降り立ち、虻球磨新兒と繭月百合菜の二名を降ろした。
出迎えたのは皇國正統政府の中心人物の一人、十桐綺葉である。
例によって彼女は自身の能力で作り出した異空間を通じて甲邸跡地から正統政府の本拠地である千世田区糀街御用地龍乃神邸へと繋ぎ、客人達を迅速に迎え入れる準備を整えている。
「お初に御目に掛かります、十桐閣下。日本国自衛隊・豊中大洋一尉であります」
「遠路遙々、危険を承知でよくお越しくださった」
豊中隊の三名は十桐に敬礼で応えた。
三人にとって十桐は敵の重鎮ではあるが、戦争への関わりは講和交渉への尽力が主であるので、そう悪い印象は無い。
「しかし豊中一尉、根尾殿と白檀殿の姿が見えんが……」
「はい、実は……」
豊中大洋は事の経緯を十桐に語った。
途中、摂関家連合兵団に紛れていた敵が襲い掛かってきたこと。
その際に、敵の最後の足掻きで求来里美乃三尉が撃墜され、白檀揚羽と同乗していた直靈彌玉だけがどうにか脱出したこと。
根尾弓矢も二人の後を追って離脱したこと。
十桐は渋い顔で豊中の話を聞いていた。
何かあったことは容易に想像が付いていたのだろう、受け止め方は静かだった。
「豊中一尉、その求来里三尉が落下した地点の座標は拾えるか?」
「はい、既に割り出してあります」
「うむ、有能じゃ。こうなったのは連合兵団を召集した我の責任、すぐにでも現場へ向かいたい。しかし、先に皆さんを龍乃神邸へ迎え入れねば。此処もまたそこまで安全という訳ではないからの」
旧甲公爵邸跡地が着陸目標に選ばれている理由は、単に手っ取り早く思い当たる六摂家所有の広大な土地というだけである。
その為、彼らの動向が敵に知られている今、いつ襲撃されてもおかしくない立地なのだ。
「十桐様、私が案内しますよ」
瓦礫の上から女の声がした。
月明かりを浴びて、麗真魅琴が彼らを見下ろしている。
「お前さん、いつの間に……」
「嫌な予感がしましたので、勝手ながら御一緒させていただきました、十桐様」
魅琴は瓦礫の上から飛び降り、彼らの許へと着地した。
「何でしたら私が行っても構いませんけれど。今、龍乃神殿下も灰祇院さんも不在ですし、十桐様が彼らを龍乃神邸へ案内する方が宜しいのでは?」
「いや、墜ちた場所は統京域外も充分あり得る。となると、皇國の人間でないお前が行くとややこしいことになりかねん。我が行った方が賢明であろう」
魅琴と十桐は視線を一呼吸の間、視線を合わせた。
その僅かな時の中で、二人は無言の内に何かを示し合わせていた。
溜息と共に折れたのは魅琴だった。
「わかりました。宜しくお願いします」
「うむ。お前、大人になったの……」
十桐は小さく微笑みを溢した。
確かに彼女の言うように、以前の魅琴ならば有無を言わさずすぐさま飛び出していっただろう。
だが今の彼女は、人に頼ることを覚え、落ち着いている。
以前、皇國を訪れた時から様々な経験を得て変わったのだろうか。
「麗真さん、お久し振り」
「こちらこそ、繭月さん」
「岬守の奴も来てるんだってな。相変わらずやる奴だぜ、あいつは」
「虻球磨君も、すっかり航の悪友が板に付いたのね」
魅琴は新兒・繭月と再会の言葉を交わし合う。
「龍乃神殿下は留守なの?」
「ええ。皇都府へ人に会いに行っています。何でも、皇國正統政府に引き入れておきたい人が居るんだとか……。本当は一番の適任者が近くに居るらしいんですけど……」
どうやら皇國正統政府の内情には既に不安要素が生じてしまっているらしい。
「それにしても、貴方達を襲った相手、おそらく神瀛帯熾天王でしょうね」
「だろうな。ミロクサーヌとかいう為動機神体っていや、確か岬守が狼ノ牙から脱出する為に最初に操縦した機体だ。ありゃ確か、狼ノ牙が改造して性能を上げてた筈だ」
「ということは、襲ってきたのは首領補佐だった八社女征一千……」
「だとすると厄介ね……」
魅琴は俯いて眉根を寄せた。
「前にあいつらの仲間の推城朔馬と戦ったけれど、あの異様な殴り心地は今でもはっきりと覚えているわ。同じ穢詛禍終を身に付けたという道成寺太とは明らかに違う、この世のものを相手にしているとは思えないあの感覚は……」
「この世のものじゃない? どういうことだよ?」
「わからないわ。ただ、どうもあいつらの不死身の秘密は単なる穢詛禍終とは別のところにある気がするの。何か別の、もっと悍ましい力が奴らを死から遠ざけている様な……」
三人は首元の扉を開けた為動機神体の方に目を遣った。
中では今、十桐が豊中から求来里の機体が落ちた地点の座標について説明を受けている。
「何にせよ、今は十桐様にお任せしましょう」
「ええ、そうですね」
「じゃ、俺達は先に龍乃神様の家にお邪魔しようぜ、久し振りによ」
三人は残る二人の自衛官、恩田聡二尉と剣持或人二尉と共に、十桐の異空間へと足を踏み入れた。
⦿⦿⦿
街田の壊滅した大通り、追い詰められた八社女征一千は禁断の力に手を出した。
彼の穢詛禍終・美地禍神は対象の神為を増幅させる力を持つ。
しかし、彼は今まで自分自身にそれを施すことは決してしなかった。
彼はその理由を、嘗て椿陽子に対してこう説明している。
『神為とは、内なる神の力だ。しかしね、それは本来、人の身で宿すには大き過ぎる力なんだ。それを精神力で辛うじて統御して、僕達は超人的な力を発揮する。しかし本人の器を大きく超えた神為は、軈て精神を蝕み始める……』
今、禁を破った彼は四つん這いで口から黒紫色の靄を吐き、両目を炯炯と耀かせている。
強大な力と引き換えに、明らかに正常な精神状態を保てなくなっている。
「貴様ラヲ……殺ス……! 鏖ダ……! アノ女ガ僕ニソウ願ッタ……! 僕ハアノ女ノ……期待ニ応エナキャ……ナラナイ……!」
獣の如き有様に成り果てた八社女は、体を揺らしながらゆっくりと上体を起こした。
「まさかこいつ……自分から暴走するとは……!」
根尾は八社女の異様な姿に、警戒して身構えた。
敵の神為が爆発的に膨れ上がっている。
ここからはおそらく今までの八社女ではあるまい。
「ゴオオオオオオッッ!!」
八社女は上体を反らして雄叫びを上げ、前傾姿勢を取った。
宛ら肉食の禽獣の様に、根尾を獲物と定めて睨み付けている。
一方で、根尾もまた気圧されることなく八社女を真っ直ぐ見据えている。
来るなら来い、と迎え撃とうとしている。
「上等だよ、糞餓鬼。格の違いって奴を見せ付けてやる」
根尾は敢えて不敵に、挑発的に八社女を手招く。
八社女もまた、それに乗る。
「僕ハ! 千二百年! アノ女ニ! 尽クシテキタンダ!」
八社女が飛び出した。
まさに電光石火、これまでとは全く次元の違う速度だ。
八社女の蹴りが根尾の蟀谷を捉えた。
「ぐぅっ……!」
「グゴォッ……!」
同時に、根尾の拳もまた八社女の頬に突き刺さっていた。
所謂クロスカウンターという状態だ。
根尾はそのまま拳を振り抜き、八社女の顔面を殴り飛ばす。
だが八社女はその力を受け流し、宙返りしつつ根尾の懐へと入り込んだ。
「アノ女ノ為ニ死ネ!」
八社女の拳が根尾の顔面に向けて下から振るわれる。
「甘い!」
根尾はこれを敢えて喰らいつつ、八社女の手首を掴んだ。
彼の勝利条件は敵の体に長時間触れ、相手を完全に石化させることだ。
この瞬間、根尾の勝利が決まった、かに思われた。
「ガアアアアアアッッ!!」
根尾が八社女を石化させようとした瞬間、八社女は激しく腕を振り解いた。
否、彼は暴れることで自らの腕を引き千切ったのだ。
「何ッ!?」
「シャアアアッッ!!」
八社女はもう一方の腕で貫手を繰り出す。
至近距離の攻撃をさすがの根尾も回避しきれず、胸を抉られ鮮血が飛び散る。
「ぐっ!!」
根尾は堪らず八社女を蹴り飛ばした。
それは攻撃というより、突き飛ばして間合いを広げる回避行動に近い。
その証拠に、根尾は呼吸を荒らげながら胸を押さえていた。
「はぁ……はぁ……。糞、悪足掻きに面倒な奥の手を使いやがって……」
「ハァ……ハァ……オオオオオオオッッ!!」
八社女を包む闇が更に膨れ上がる。
どうやら神為の増幅を重ねたらしい。
彼は最早自分の精神を顧みてなどいなかった。
「厄介だな……」
根尾の傷は殆ど治っていない。
彼の神為は底を突きかけていた。
今や石化能力を行使出来るのは、あと一回が限界だろう。
(今の俺には触れただけで石化させる程の神為は無い。だが、時間をかけると今みたいに自分の体ごと振り解かれる。僅かな神為で、なるべく短時間で石化を完成させる……そんな都合の良い手段が必要だ……)
八社女の腕が再生した。
基より異常な再生能力を持つ八社女に対し、体力の限界がある根尾は圧倒的に不利だった。
穢詛禍終による神為の増幅という要素が加わり、それがより一層顕著になった格好だ。
「やってやるさ。俺も麗真家の端くれ。生半可な鍛え方はしちゃいないんでな」
根尾は胸から手を離し、再び構えを取った。