日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百七話『覚悟』 序

 (ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)の襲撃に始まり、街角の通りを火の海にした戦いは、一人の圧倒的強者によって終結を向かえた。

 (たつ)()(かみ)()()()()(きゆう)()の傷を(いや)すべく(しん)()を貸し与える。

 

「遅れて済まない、危ない所だったね」

「いえ、貴女(あなた)に来て頂かなくては我々は殺されていた。感謝に言葉も御座いません」

 

 ()()の手当が終わった(たつ)()(かみ)は、続けて(びやく)(だん)(あげ)()()()()(よし)()の傷にも取り掛かる。

 ()(おもて)に立って戦い続けた彼程ではないが、二人も戦いの中で傷付いている。

 本当に、(たつ)()(かみ)が救援に来なければどうなっていたことか。

 

(びやく)(だん)、よく(たつ)()(かみ)殿下を呼んでくれた」

「いやー、我ながら人生最高のファインプレーでしたねー」

「終わったと思いましたよ。守られっぱなしなのは自衛官として悔しいですけど」

 

 何はともあれ、これで()()(びやく)(だん)も他の者達と無事合流出来るだろう。

 惨状となった夜の街も、(こう)(こく)の消防が集まり始めていた。

 

(つい)でで済まないが(びやく)(だん)、もう一つ頼まれてくれんか?」

「アイアイ、(わたし)達の姿を隠すんですよね。(たつ)()(かみ)殿下に(しん)()をお貸しいただいた時点でやってますよー」

「仕事が速くて助かる」

 

 現状、(こう)(こく)の治安組織に()()達の姿が見られるのは非常に拙い。

 そういう意味で、戦いが余り長引いては勝ったとしても厄介なことになっていただろう。

 と、遅れて到着した警察官が()(ちら)へ向かってくる。

 

「おい(びやく)(だん)、ちゃんと隠せているんだろうな?」

「おかしいですねー……?」

 

 一瞬焦った彼らだったが、どうやら警察に見付かった訳ではないらしい。

 警察は地面に突き刺さった(なが)(やり)を気に掛けている。

 と、彼らの目の前で(やり)は跡形も無く消え去った。

 

「もう一人の男も去ったか……」

「ふむ、(つき)(しろ)(さく)()ですか……。今回に限って何故(なぜ)表立って()(おと)()を助けなかったのかは気になりますが、二人掛かりで襲ってこなくて助かったといったところでしょうか。あれで(つき)(しろ)まで相手となると、(おれ)()ちませんでした」

「でもあの男の(よこ)(やり)さえなければ(わたし)達だけで勝ってたんですけどねー……」

 

 (びやく)(だん)(つき)(しろ)(さく)()の長槍で道路に空いた穴を憎々しげに見詰めながら言った。

 

「ま、()(おと)()(さい)()は皇族の女性、それも(みかど)の間違いを(いさ)めようとする殿下に裁いて(もら)って本望でしょう。彼の時代に重ねてみれば、ずっと『悪人』に手を貸してきたようなものですからね」

「ただ例の()(ひめ)(さま)の事が好きで千二百年も付いて来たのなら、(わたし)も彼の気持ちが少し(わか)るかも知れませんねー。(すめらぎ)先生の孤児院に引き取って育てて頂いた()(おん)(わたし)も忘れませんから……」

「あの男が(おおかみ)()(きば)を裏で動かしていたのなら、(わらわ)も家族の(かたき)が討てて良かったよ」

 

 彼らがそんな話をしていると、側の空間に黒い穴が開いた。

 異空間が通じ、二人の人物が(きのえ)公爵邸から()(ちら)へやって来たのだ。

 

「やれやれ、全員無事だったか」

()()()三尉、()()は無いか?」

(とお)(どう)閣下、(とよ)(なか)一尉」

 

 (とよ)(なか)(たい)(よう)一尉と、彼から連絡を受けた(とお)(どう)(あや)()が迎えに来たのだ。

 

(たつ)()(かみ)殿下、貴女(あなた)様のお手を煩わせることになろうとは不覚に御座いました」

「いや、()(ちら)の成果は(かんば)しくなかったから、少しでも役に立てて良かった」

 

 (たつ)()(かみ)は肩を(すく)めて溜息を吐いた。

 その表情は物事の落着とは程遠い、前途への(うれ)いに沈んだ影が差している。

 

(たつ)()(かみ)殿下、(とお)(どう)閣下」

「何だい、()()殿?」

「先程も少し(おつしや)っていましたが、殿下は(こう)()府へお成りであらせられたとか。一体どのような()(よう)(けん)で?」

「うん、実はとても厄介なことに、今の(こう)(こく)正統政府には絶対に必要な座が空席になってしまっているんだ……」

「パズルのピースが足りない、と?」

「ああ……」

 

 (たつ)()(かみ)は目を細めて東の空を仰ぎ見た。

 (さなが)ら、来たる明日に重大な覚悟と決心を固めるかの様に……。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (こう)()府の高級旅館、その備え付けの飲酒店(バー)で、一人の青年が蒸留酒の注がれた(さかずき)に映る自分の顔を見詰めていた。

 

「本日は(いか)()されましたか、(かい)()(いん)様。何やらお悩みのようですが……」

「何、実家で少々嫌なことがありましてね……」

()(よう)で御座いますか。御家族のことでしたら、余り深入りしない方が良さそうですね」

「そうしていただけると助かります」

 

 (かい)()(いん)(あり)(きよ)はこの日、主の(たつ)()(かみ)()()と共に兄の(かい)()(いん)(しず)(なり)を訪ねていた。

 (かい)()(いん)侯爵家は先の革命動乱で先代当主が殺害され、現在は(しず)(なり)が当主を継いでいる。

 洋風の貴公子然とした服飾を好む次男の(あり)(きよ)であるが、本来の(かい)()(いん)家は祖父の代から極端な風雅趣味者で、(こう)(こく)建国後は居所を(わざ)(わざ)()(づち)幕府の時代に在った(こう)()府へ戻した程だ。

 現当主。(しず)(なり)もまたそれを継ぎ、和装を好む()()にも雅な()()ちの男になっていた。

 

(兄様、少し見ぬ間にすっかり父様そっくりになった。あの目を細めた(いや)らしい顔付き、父様がお亡くなりになって見せられるとは思わなかった。しかし、今日はそれ以上に失望させられた……)

 

 (あり)(きよ)は盃の酒を一気に飲み干した。

 

「済みません、もう一杯頂けますか?」

(かい)()(いん)様、程々にしなくては体に毒でございますよ」

()()(づか)いありがとうございます。しかしどうも飲まなくては雑念が浮かんできてしまいましてね」

「では、何か心が落ち着くものを御用意しましょうか」

 

 (あり)(きよ)が酒を求めるのは、今日の帰省目的に関係していた。

 彼と(たつ)()(かみ)は、兄に一つの重大な要請を試みたのだ。

 

『お困りのところ申し訳御座いませんが、()(すが)に荷が重う御座いますわ。幾ら何でも(じん)(のう)陛下に手向かうのは畏れ多い。如何に殿下のお願いとはいえ、お断りさせていただきます』

 

 (しず)(なり)ははんなりと柳が風を受ける様に、しかしはっきりと(たつ)()(かみ)の要請を断った。

 無理も無い話だった。

 何しろこれは、ただ現(じん)(のう)に刃を向ける手助けをして欲しいという要請ではない。

 もっと根本的な、大それたことを(たつ)()(かみ)は頼まなければならなかったのだ。

 

『大体、(みずち)()(かみ)殿下が()()しますのに(やつがれ)を陛下に代わる(じん)(のう)(まつ)り上げるのは順番がおかしいのと違いますやろか? (たつ)()(かみ)殿下は弟宮様と大変お仲が(よろ)しいと聞いておりますよ。幾ら(かい)()(いん)家が旧皇族やというても、殿下に頭を下げられるのは気が引けますわ。()ずは同じ皇族で話を付けられたらどないです?』

『それは……確かに……』

 

 (しず)(なり)(にべ)も無く断られた(たつ)()(かみ)はそれ以上言葉を紡ぐことが出来ず、一度引き下がらざるを得なかった。

 そう、ここに(こう)(こく)正統政府の重大な弱点があるのだ。

 

 (こう)(こく)正統政府は(じん)(のう)に真っ向から異を唱えようとしている。

 その為には、現(じん)(のう)(えい)()に代わる新たな(じん)(のう)の候補を祀り上げる必要がある。

 だが、その筆頭候補である唯一の皇位継承権者、皇弟・(みずち)()(かみ)(けん)()はこれに全く乗り気ではない。

 それどころか、自邸に引きこもって誰にも会おうとしないのだ。

 

 (たつ)()(かみ)は苦肉の策として、旧皇族である(かい)()(いん)侯爵家の現当主・(しず)(なり)に白羽の矢を立てた。

 しかし結果は先述の通りという訳だ。

 

『殿下、(わたくし)はもう少し侯爵と話をしてみます』

 

 (あり)(きよ)はそんな彼女に替わり、実家に(とど)まって引き続き兄の説得を試みた。

 (やしき)の廊下で、(あり)(きよ)(しず)(なり)を引き留める。

 

『せやから言うてるやろ。(やつがれ)(じん)(のう)陛下と敵対する気なんて無い』

『兄様、陛下は今重大な(あやま)ちを犯そうとしているのですよ! 日本人以外の全ての人々を消し去ろうとしている。こんなことを捨て置いて良い訳が無い!』

『別に、放っといたらええやん』

『兄様、兄様は日本人以外が(みなごろし)にされても構わないと言うんですか!』

 

 その瞬間、(しず)(なり)の顔はゾッとする程冷たい色を帯びた。

 細められていた目が(わず)かに開き、氷の様な視線が(のぞ)く。

 

『構わへんよ。みんな死んだらええんや』

『なっ!? なんてことを仰るのですか兄様!』

『ええか、(あり)(きよ)(やつがれ)は忘れてへんのや』

 

 (しず)(なり)の表情が激しい(ぞう)()(ゆが)む。

 

(かい)()(いん)家は外国の蛮族の思想に空気入れられた愚民に二度も当主を殺された。ヤシマ人民民主主義共和国の無能革命で当時の(かい)()(いん)(のみや)が殺され、残りの者も命乞いの屈辱を味わわされた挙げ句()()()()臣籍降下させられた恨み、ヤシマの残党共に花の(こう)()を焼かれ、何の罪も無い()(とう)(さま)を八つ裂きにされた恨み、(やつがれ)は決して忘れへん。それもこれも、元はといえば()(がい)の蛮族が陛下の赤子を上下に分断し、聖なる者を(けが)すことを求めるような野蛮な思想、共産主義っちゅう悪魔の思想を日本人に持ち込んだせいや。なんでそんな(やつ)らを守る為に、奴らのせいで泣く泣く失うた皇籍に復帰せなならんのや』

 

 (あり)(きよ)は兄の狂気に絶句する他無かった。

 元々、(あり)(きよ)は実家と反りが合わずに疎遠になっていた身である。

 しかし、まさか兄が(これ)(ほど)までに度し難い思考に染まっていようとは夢にも思わなかった。

 

『兄様……貴方(あなた)がそんな人だったとは……!』

『ほな、そんな(やつがれ)(じん)(のう)なんか任せられへんやろ?』

『いえ……!』

 

 (あり)(きよ)は奥歯を()()めた。

 力を入れ過ぎて歯が割れてしまいそうな程だ。

 

貴方(あなた)には失望した。しかし、今の我々にはそれでも貴方(あなた)を切れない。また来ます……』

『ふーん、無駄足やけどね。ま、(たつ)()(かみ)殿下によろしゅう』

 

 ()くして、彼は失意と共に実家を後にした。

 (かい)()(いん)はそんな実家での(てん)(まつ)を思い浮かべながら、一人酒に浸っていた。

 

(出来ればもう兄様の顔は見たくないな。しかし、(みずち)()(かみ)殿下が動かない以上は……)

 

 その時、(かい)()(いん)の電話端末に着信が入った。

 

「もしもし」

(かい)()(いん)、もう侯爵の説得は続けなくて良い』

 

 着信の相手は(たつ)()(かみ)だった。

 

「殿下、()(ちら)での急用は無事済んだのですね。それで、もう兄を説得しなくて良いというのは?」

(かい)()(いん)(わらわ)は腹を決めた』

 

 電話口から何かを感じた(かい)()(いん)は眉根を寄せる。

 

『明日、(わらわ)は弟に、(けん)()に会って直接話す』

「然様で御座いますか……」

 

 薄々予感はしていた。

 (たつ)()(かみ)は急用が出来たと言って、先んじて一人(とう)(きょう)へ戻っている。

 そこで何か、彼女に腹を(くく)らせる重大な何かがあったのだろう。

 しかしそれが無くとも、別れる前の(たつ)()(かみ)には何処(どこ)となくその様な気配があった。

 

「……承知いたしました。では(わたくし)も明日、急ぎ(とう)(きょう)へ戻ります」

 

 電話を終えた(かい)()(いん)は残る酒を飲み干すと、会計を済ませて飲酒店(バー)を後にした。

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