超級為動機神体の襲撃に始まり、街角の通りを火の海にした戦いは、一人の圧倒的強者によって終結を向かえた。
龍乃神深花は根尾弓矢の傷を癒すべく神為を貸し与える。
「遅れて済まない、危ない所だったね」
「いえ、貴女に来て頂かなくては我々は殺されていた。感謝に言葉も御座いません」
根尾の手当が終わった龍乃神は、続けて白檀揚羽・求来里美乃の傷にも取り掛かる。
矢面に立って戦い続けた彼程ではないが、二人も戦いの中で傷付いている。
本当に、龍乃神が救援に来なければどうなっていたことか。
「白檀、よく龍乃神殿下を呼んでくれた」
「いやー、我ながら人生最高のファインプレーでしたねー」
「終わったと思いましたよ。守られっぱなしなのは自衛官として悔しいですけど」
何はともあれ、これで根尾と白檀も他の者達と無事合流出来るだろう。
惨状となった夜の街も、皇國の消防が集まり始めていた。
「序でで済まないが白檀、もう一つ頼まれてくれんか?」
「アイアイ、私達の姿を隠すんですよね。龍乃神殿下に神為をお貸しいただいた時点でやってますよー」
「仕事が速くて助かる」
現状、皇國の治安組織に根尾達の姿が見られるのは非常に拙い。
そういう意味で、戦いが余り長引いては勝ったとしても厄介なことになっていただろう。
と、遅れて到着した警察官が此方へ向かってくる。
「おい白檀、ちゃんと隠せているんだろうな?」
「おかしいですねー……?」
一瞬焦った彼らだったが、どうやら警察に見付かった訳ではないらしい。
警察は地面に突き刺さった長槍を気に掛けている。
と、彼らの目の前で槍は跡形も無く消え去った。
「もう一人の男も去ったか……」
「ふむ、推城朔馬ですか……。今回に限って何故表立って八社女を助けなかったのかは気になりますが、二人掛かりで襲ってこなくて助かったといったところでしょうか。あれで推城まで相手となると、俺も保ちませんでした」
「でもあの男の横槍さえなければ私達だけで勝ってたんですけどねー……」
白檀は推城朔馬の長槍で道路に空いた穴を憎々しげに見詰めながら言った。
「ま、八社女も最期は皇族の女性、それも帝の間違いを諫めようとする殿下に裁いて貰って本望でしょう。彼の時代に重ねてみれば、ずっと『悪人』に手を貸してきたようなものですからね」
「ただ例の御媛様の事が好きで千二百年も付いて来たのなら、私も彼の気持ちが少し解るかも知れませんねー。皇先生の孤児院に引き取って育てて頂いた御恩、私も忘れませんから……」
「あの男が狼ノ牙を裏で動かしていたのなら、妾も家族の仇が討てて良かったよ」
彼らがそんな話をしていると、側の空間に黒い穴が開いた。
異空間が通じ、二人の人物が甲公爵邸から此方へやって来たのだ。
「やれやれ、全員無事だったか」
「求来里三尉、怪我は無いか?」
「十桐閣下、豊中一尉」
豊中大洋一尉と、彼から連絡を受けた十桐綺葉が迎えに来たのだ。
「龍乃神殿下、貴女様のお手を煩わせることになろうとは不覚に御座いました」
「いや、此方の成果は芳しくなかったから、少しでも役に立てて良かった」
龍乃神は肩を竦めて溜息を吐いた。
その表情は物事の落着とは程遠い、前途への愁いに沈んだ影が差している。
「龍乃神殿下、十桐閣下」
「何だい、根尾殿?」
「先程も少し仰っていましたが、殿下は皇都府へお成りであらせられたとか。一体どのような御用件で?」
「うん、実はとても厄介なことに、今の皇國正統政府には絶対に必要な座が空席になってしまっているんだ……」
「パズルのピースが足りない、と?」
「ああ……」
龍乃神は目を細めて東の空を仰ぎ見た。
宛ら、来たる明日に重大な覚悟と決心を固めるかの様に……。
⦿⦿⦿
皇都府の高級旅館、その備え付けの飲酒店で、一人の青年が蒸留酒の注がれた盃に映る自分の顔を見詰めていた。
「本日は如何されましたか、灰祇院様。何やらお悩みのようですが……」
「何、実家で少々嫌なことがありましてね……」
「然様で御座いますか。御家族のことでしたら、余り深入りしない方が良さそうですね」
「そうしていただけると助かります」
灰祇院在清はこの日、主の龍乃神深花と共に兄の灰祇院靜業を訪ねていた。
灰祇院侯爵家は先の革命動乱で先代当主が殺害され、現在は靜業が当主を継いでいる。
洋風の貴公子然とした服飾を好む次男の在清であるが、本来の灰祇院家は祖父の代から極端な風雅趣味者で、皇國建国後は居所を態々安槌幕府の時代に在った皇都府へ戻した程だ。
現当主。靜業もまたそれを継ぎ、和装を好む如何にも雅な出で立ちの男になっていた。
(兄様、少し見ぬ間にすっかり父様そっくりになった。あの目を細めた厭らしい顔付き、父様がお亡くなりになって見せられるとは思わなかった。しかし、今日はそれ以上に失望させられた……)
在清は盃の酒を一気に飲み干した。
「済みません、もう一杯頂けますか?」
「灰祇院様、程々にしなくては体に毒でございますよ」
「御気遣いありがとうございます。しかしどうも飲まなくては雑念が浮かんできてしまいましてね」
「では、何か心が落ち着くものを御用意しましょうか」
在清が酒を求めるのは、今日の帰省目的に関係していた。
彼と龍乃神は、兄に一つの重大な要請を試みたのだ。
『お困りのところ申し訳御座いませんが、流石に荷が重う御座いますわ。幾ら何でも神皇陛下に手向かうのは畏れ多い。如何に殿下のお願いとはいえ、お断りさせていただきます』
靜業ははんなりと柳が風を受ける様に、しかしはっきりと龍乃神の要請を断った。
無理も無い話だった。
何しろこれは、ただ現神皇に刃を向ける手助けをして欲しいという要請ではない。
もっと根本的な、大それたことを龍乃神は頼まなければならなかったのだ。
『大体、蛟乃神殿下が御座しますのに僕を陛下に代わる神皇に祀り上げるのは順番がおかしいのと違いますやろか? 龍乃神殿下は弟宮様と大変お仲が宜しいと聞いておりますよ。幾ら灰祇院家が旧皇族やというても、殿下に頭を下げられるのは気が引けますわ。先ずは同じ皇族で話を付けられたらどないです?』
『それは……確かに……』
靜業に鮸も無く断られた龍乃神はそれ以上言葉を紡ぐことが出来ず、一度引き下がらざるを得なかった。
そう、ここに皇國正統政府の重大な弱点があるのだ。
皇國正統政府は神皇に真っ向から異を唱えようとしている。
その為には、現神皇・叡智に代わる新たな神皇の候補を祀り上げる必要がある。
だが、その筆頭候補である唯一の皇位継承権者、皇弟・蛟乃神賢智はこれに全く乗り気ではない。
それどころか、自邸に引きこもって誰にも会おうとしないのだ。
龍乃神は苦肉の策として、旧皇族である灰祇院侯爵家の現当主・靜業に白羽の矢を立てた。
しかし結果は先述の通りという訳だ。
『殿下、私はもう少し侯爵と話をしてみます』
在清はそんな彼女に替わり、実家に留まって引き続き兄の説得を試みた。
邸の廊下で、在清は靜業を引き留める。
『せやから言うてるやろ。僕は神皇陛下と敵対する気なんて無い』
『兄様、陛下は今重大な過ちを犯そうとしているのですよ! 日本人以外の全ての人々を消し去ろうとしている。こんなことを捨て置いて良い訳が無い!』
『別に、放っといたらええやん』
『兄様、兄様は日本人以外が鏖にされても構わないと言うんですか!』
その瞬間、靜業の顔はゾッとする程冷たい色を帯びた。
細められていた目が僅かに開き、氷の様な視線が覗く。
『構わへんよ。みんな死んだらええんや』
『なっ!? なんてことを仰るのですか兄様!』
『ええか、在清。僕は忘れてへんのや』
靜業の表情が激しい憎悪に歪む。
『灰祇院家は外国の蛮族の思想に空気入れられた愚民に二度も当主を殺された。ヤシマ人民民主主義共和国の無能革命で当時の灰祇院宮が殺され、残りの者も命乞いの屈辱を味わわされた挙げ句無理矢理臣籍降下させられた恨み、ヤシマの残党共に花の皇都を焼かれ、何の罪も無い御父様を八つ裂きにされた恨み、僕は決して忘れへん。それもこれも、元はといえば化外の蛮族が陛下の赤子を上下に分断し、聖なる者を穢すことを求めるような野蛮な思想、共産主義っちゅう悪魔の思想を日本人に持ち込んだせいや。なんでそんな奴らを守る為に、奴らのせいで泣く泣く失うた皇籍に復帰せなならんのや』
在清は兄の狂気に絶句する他無かった。
元々、在清は実家と反りが合わずに疎遠になっていた身である。
しかし、まさか兄が此程までに度し難い思考に染まっていようとは夢にも思わなかった。
『兄様……貴方がそんな人だったとは……!』
『ほな、そんな僕に神皇なんか任せられへんやろ?』
『いえ……!』
在清は奥歯を噛み締めた。
力を入れ過ぎて歯が割れてしまいそうな程だ。
『貴方には失望した。しかし、今の我々にはそれでも貴方を切れない。また来ます……』
『ふーん、無駄足やけどね。ま、龍乃神殿下によろしゅう』
斯くして、彼は失意と共に実家を後にした。
灰祇院はそんな実家での顛末を思い浮かべながら、一人酒に浸っていた。
(出来ればもう兄様の顔は見たくないな。しかし、蛟乃神殿下が動かない以上は……)
その時、灰祇院の電話端末に着信が入った。
「もしもし」
『灰祇院、もう侯爵の説得は続けなくて良い』
着信の相手は龍乃神だった。
「殿下、其方での急用は無事済んだのですね。それで、もう兄を説得しなくて良いというのは?」
『灰祇院、妾は腹を決めた』
電話口から何かを感じた灰祇院は眉根を寄せる。
『明日、妾は弟に、賢智に会って直接話す』
「然様で御座いますか……」
薄々予感はしていた。
龍乃神は急用が出来たと言って、先んじて一人統京へ戻っている。
そこで何か、彼女に腹を括らせる重大な何かがあったのだろう。
しかしそれが無くとも、別れる前の龍乃神には何処となくその様な気配があった。
「……承知いたしました。では私も明日、急ぎ統京へ戻ります」
電話を終えた灰祇院は残る酒を飲み干すと、会計を済ませて飲酒店を後にした。