日本国の特別警察特殊防衛課と皇國正統政府はそれぞれの役割を負って本格的に動き出した。
皇國政界や法曹界への工作は、広い人脈と権力を持つ正統政府の貴族達の役目だ。
同時に、元々皇國最高戦力である六摂家当主が動けば、皇道保守黨も政治家達に下手に手出しは出来まい。
後は彼らの思惑通りに事が運ぶよう、人事を尽くすのみである。
日本国の面々は二手に分かれ、それぞれの目的地へと出発しなければならない。
決起集会の後、彼らは食堂に残って今後の動き方を摺り合わせる。
話し合いの場には日本国の者達の他、航が日本国へ亡命させる予定の暫定総理大臣・芳原輝太郎も同席している。
「岬守君・麗真君、君達はそれぞれ芳原氏の亡命と常立研究所制圧に、明日出発してくれ」
電話を終えた根尾が、航と魅琴に通達する。
「まず岬守君の方だが、自衛隊に超級出動を要請した。君には摂関家連合兵団のミロクサーヌで本土へ向けて飛び、対岸から出動した自衛隊機に空中で芳原氏を引き渡してもらいたい。本来ならば本土まで直接運んだほうが確実で安全なのだが、君を一時的にも帰国させるのは面倒なことになりかねん。そこでミロクサーヌには岬守君と芳原氏以外にも二名同乗させる」
根尾の視線が新兒と繭月の方へと移った。
「受け渡しは虻球磨君と繭月君にお願いする。まず、繭月君の能力で虻球磨君を自衛隊機に運ぶ。次に繭月君は自衛隊機からミロクサーヌへと戻り、芳原氏を運んで虻球磨君に預ける。虻球磨君は芳原氏を受け取ったらそのまま自衛隊機内へと運び入れ、最後に繭月君が再び虻球磨君をミロクサーヌへ戻す」
「それはまた……随分と危なそうですな」
話を聞いていた芳原の顔が青くなった。
「どうやら繭月殿には飛行能力があるらしいということは理解した。神為の使い手が人一人を抱えきれないことはあるまい。しかし、虻球磨殿には随分と冒険をさせてしまうように思えるが……」
「そこは自分も懸念していますが、彼は何度も死線を越えた信頼の出来る男です。必ずや、役割を果たしてくれるでしょう」
「任しとけって、オッサン。大船に乗った気でいろよ」
「そうか……では頼みますぞ」
航と新兒と繭月、久々の拉致被害者共闘となりそうだ。
「自衛隊機への引き渡し後のことは白檀に任せてあります。彼女なら屹度、芳原氏の身柄の保護を適切に根回ししてくれるでしょう」
早速、白檀揚羽を帰国させたことが功を奏したと言えるだろう。
先程根尾が連絡を入れたのも、政府や自衛隊では無く白檀だった。
一旦政府を通すより、政府と自衛隊両方に連絡出来る彼女を通すのが手っ取り早いのだ。
「次に麗真君だが、俺と共に今日明日にかけて神児島州を経由して胤子島に移動する」
日本国の十倍の面積を誇る皇國では、首都から本土の果てまで移動するにも相当の時間を要する。
参考までに日本国で東京都から種子島まで移動するには乗り継ぎも含めると約四時間半の道程になるという。
皇國に換算した場合、単純に三倍強とはならないまでも、半日は潰れると見て間違い無いだろう。
「正直、君が一人で行けば今すぐにでも常立研究所を確保出来るだろう。しかし、問題は岬守君と君が最終決戦に出発する大晦日まで、研究所を我々の影響下に置かなければならないということだ。しかし、だからといって大々的に貴族の私軍を動かして内戦を引き起こしたくはない。そうなると、神皇の気が変わってしまいかねない。だから俺と二人で隠密に移動し、短時間で一気に制圧する」
「成程、私が一気に移動しては相手も派手に動くかも知れない。勿論、だからといって私の敵ではないでしょうが、それを受けた神皇の動きは確かに警戒すべきでしょうね」
「ああ。だから事を起こすのは明日にしたい。岬守君は芳原氏を受け渡した後、そのまま胤子島へと移動してくれ。その際、カムヤマトイワレヒコの直靈彌玉も常立研究所に運び入れる。つまり君は芳原氏と虻球磨君・繭月君の他に直靈彌玉も一緒にミロクサーヌに積んでもらいたい」
常立研究所を確保する最大の目的は、カムヤマトイワレヒコに耐宇宙空間用の改造を施すことだ。
その為には、その中核である操縦室「直靈彌玉」をその場所まで秘密裏に移動させる必要がある。
この方法ならば一石二鳥という訳だ。
「その後は蛟乃神殿下にカムヤマトイワレヒコを再生していただき、改造出来る状態に戻す。改造が終わったら蛟乃神殿下の手で再びカムヤマトイワレヒコを直靈彌玉のみ残して破壊していただき、直靈彌玉と共に龍乃神邸へと戻って来る」
「そうしておけば、出発の時にもう一度再生してもらうと耐宇宙空間用の改造が施された状態になっているということか」
少々ややこしい手順になるが、出発の前に済ませておく準備はこれで良いだろう。
「龍乃神邸に戻ってきた君達は、決戦に向けて鍛錬を開始してくれ」
日本国の面々、それぞれの動きはこれで決まった。
一足先に、魅琴と根尾が神児島州は胤子島の常立研究所に向けて出発する。
⦿⦿⦿
同じ日の夜、とある貴族の邸宅に狼藉者が入り込んでいた。
邸は至る所に使用人の死体と血痕が残され、当主もまた書斎の自席で軍服の四人組に銃を突き付けられていた。
「これは……荒木田君の指示か?」
新華族の伯爵・鸙屋敷唯織は書斎で自身に銃を突き付ける四人の青年に尋ねた。
男の内二人が不敵に笑い、答える。
「鸙屋敷伯爵閣下、我々は今や神皇陛下の後ろ盾を得て名実ともに議会の最大勢力となりました。最早財政面で我々を助けるどころか余計な口出しをするばかりの貴方は皇道保守黨の崇高な志にとって不純物、老害でしかない」
「そう考えた我々は各々の意志で貴方を排除することにしたのです。決して、荒木田総裁の御意志ではありません」
皇道保守黨副総裁・芹沢雁也、幹事長・新見虹、政調会長・山南知郎、総務会長・伊東陽之進――何れも元下級士族出身の軍人兼国会議員である。
彼らは党内の新華族を束ねる鸙屋敷伯爵を除き、党内の地盤を固めようとしていた。
鸙屋敷唯織は荒木田将夫と並び、皇道保守黨結党の立役者である。
元々彼は壬生十輝という思想家の影響を受け、極端な尊皇思想に傾倒していた。
本来、伯爵は愛国的な新華族を結集して旧華族が牛耳る貴族社会を変革する為に軍人の荒木田と手を組んだのだ。
しかし、壬生の思想は新華族よりも軍に少なからず居た或る属性の者達と相性が良かった。
例えば、下級士族出身で己の出自の誇りを戦う職業に求めた軍人達。
例えば、地方の貧農出身で家族の食い扶持を安定した職業に求めた軍人達。
彼らに共通していたのは、既存の秩序への鬱屈である。
既得権益の打倒し、神皇を唯一絶対の統治者として国家を作り直す――それが彼らの唱える「光文維新」であった。
だが、その解釈は鸙屋敷ら新華族とは決定的に異なっていた。
鸙屋敷ら新華族が目指した光文維新とは、腐敗した貴族社会を一掃し、神皇を中心に新たな秩序を築く政治改革である。
新華族はその先導者として臣民に旧弊の富を再分配し、軍はあくまで国を護る剣であるべきだと考えていた。
一方、軍人達にとって維新とは革命であった。
議会も官僚も財閥も貴族も、神皇と軍の間に立つものは全て不要である。
国家とは命令によって統一されるべきものであり、議論や妥協は弱者による贋の談合に過ぎない。
彼らは純粋な皇道政治――絶対強者たる神皇による完璧な親政を夢見ていた。
皇道保守黨はいつしか狂信的な軍人たちの巣窟へと変貌を遂げていた。
荒木田は新家族と軍部――両者の均衡を保とうと努めたが、既に天秤は大きく軍へ傾いていた。
鸙屋敷伯爵が夢見た「新華族による改革」は、自ら育てた軍部という怪物の前で脆くも瓦解しようとしていた。
伯爵は眉間に皺を寄せ、銃口越しに彼らを睨み上げる。
銃口を突き付けられた彼が表出させたのは、自らが手塩にかけ、資金を注ぎ込んできた「皇道保守黨」の兵隊どもに対する、底知れない侮蔑と怒りだった。
「……舐めるなよ、小僧どもが」
伯爵は低く、威厳に満ちた声で吐き捨てた。
「私と荒木田君が居なければ、貴様ら不平士族や貧農の倅どもが、議会の議席に座ることなど万に一つもあり得なかったのだ。分を弁えぬ忘恩の野良犬めら……。神皇陛下を担ぎ上げ、天下を取ったつもりか」
芹沢が不快そうに眉を顰め、引き金にかけた指に力を込める。
空気が一触即発の限界まで張り詰めた、その時だった。
書斎の扉が開かれ、一人の青年が静かに入室してきた。
その顔を目の当たりにした伯爵は驚愕に目を見開く。
「随分な御高説ですな、父上。先の選挙まで、皇道保守黨が議会の多数を握る兆しの一つでもありましたか?」
「お前……!」
日本刀を携えた青年は冷たい微笑を湛え、父である伯爵を見下ろす。
しかしその眼には、底知れぬ怒りが蜷局を巻いていた。
「まさかこの狼藉者共と結託して、この鸙屋敷の家を、私を滅ぼすつもりか!」
「家を守りながらの悠長な『改革』とやらの生温さが維新を遅らせるなら、一層滅びるべきなのですよ、父上も、鸙屋敷家も。維新とは迅速果敢に断行される『革命』であるべきなのだ! なあみんな?」
その表情、仕草、そして取り巻く四人の反応は、彼らが紛れも無く「同志」として手を結んでいるという事実を雄弁に物語っていた。
「それで、腐りきった貴族社会に踏み躙られてきた者達の無念が些かにも和らげるとお思いか、父上?」
息子の言葉に閉口した鸙屋敷は眉間に皺を寄せ、歯噛みした。
その言い分に心当たりがあるのだろう。
「栞のことか……」
「ええ」
憎悪の焔が伯爵を鋭く差す様に見下ろす。
「私はね、片時も忘れたことはありませんよ。栞が……私の最愛の妹が、あの鷹番夜朗の手によって無念の死を遂げた、あの日のことを。元はといえば父上、貴方が鷹番公爵家との縁談を受けたのでしたよね?」
「違う、違うぞ! 私は……だからこそ私は『光文維新』の名の下に『改革』を……」
「その『改革』とやらで皇國の社会が何か一つでも変わりましたか? その様なものは『維新』ではないと言っているのです。緩やかな変化で良いならば、抑も討幕運動など起こっていない!」
「その動乱の中でどれ程の血が流れたか解っているのか! 先の革命動乱に何も思うところは無いのか! 光文維新は光文の御代の維新だ! 討幕運動とは違う! 堪え性の無い殺戮の言い訳に栞の名を使うな!」
「もう良い黙れ! 貴方はいつも、口先だけだ!」
瞬間、一閃。
口論の末、一筋の刃が、鸙屋敷伯爵の首を通り過ぎた。
日本刀の一太刀が伯爵を皮一枚残して斬首したのだ。
「流石の腕前だな」
「当然だ。この俺を誰だと思っている」
副総裁・芹沢雁也が感心した様に口笛を吹く。
その横で、父を惨殺した息子は懐紙で静かに刃の血を拭き取って刀を鞘に収めた。
「待たせたな、みんな。これで邪魔者は消えた」
「おう。荒木田の親父殿には、鸙屋敷伯爵は『旧華族の刺客に暗殺された』とでも報告しておこう」
総務会長・伊東陽之進が獰猛に笑う。
男達は不敵な笑みを浮かべ、互いに視線を合わせた。
「さあ行こう。皇國を、日本人を、三千世界遍く凡てを神皇陛下にお返しするのだ。その為に邪魔立てする者はこの俺が全て斬り伏せてくれる。皇國始まって以来最強の剣士と謳われた、この鸙屋敷氷がな……!」
鸙屋敷氷の双眸が憎悪と狂気に妖しく光る。
血の海と化した書斎を後にし、彼らは夜の闇へと消えていった。