日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百九話『恩讐』 破

 日本国の特別警察特殊防衛課と皇(こう)國(こく)正統政府はそれぞれの役割を負って本格的に動き出した。

 皇(こう)國(こく)政界や法曹界への工作は、広い人脈と権力を持つ正統政府の貴族達の役目だ。

 同時に、元々皇(こう)國(こく)最高戦力である六摂家当主が動けば、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)も政治家達に下手に手出しは出来まい。

 後は彼らの思惑通りに事が運ぶよう、人事を尽くすのみである。

 

 日本国の面々は二手に分かれ、それぞれの目的地へと出発しなければならない。

 決起集会の後、彼らは食堂に残って今後の動き方を摺(す)り合(あ)わせる。

 話し合いの場には日本国の者達の他、航(わたる)が日本国へ亡命させる予定の暫定総理大臣・芳(よし)原(はら)輝(き)太(た)郎(ろう)も同席している。

 

「岬(さき)守(もり)君・麗(うる)真(ま)君、君(きみ)達はそれぞれ芳(よし)原(はら)氏の亡命と常立研究所制圧に、明日出発してくれ」

 

 電話を終えた根(ね)尾(お)が、航(わたる)と魅(み)琴(こと)に通達する。

 

「まず岬(さき)守(もり)君の方だが、自衛隊に超(ちよう)級(きゆう)出動を要請した。君(きみ)には摂関家連合兵団のミロクサーヌで本土へ向けて飛び、対岸から出動した自衛隊機に空中で芳(よし)原(はら)氏を引き渡してもらいたい。本来ならば本土まで直接運んだほうが確実で安全なのだが、君(きみ)を一時的にも帰国させるのは面倒なことになりかねん。そこでミロクサーヌには岬(さき)守(もり)君と芳(よし)原(はら)氏以外にも二名同乗させる」

 

 根(ね)尾(お)の視線が新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)の方へと移った。

 

「受け渡しは虻(あぶ)球(く)磨(ま)君と繭(まゆ)月(づき)君にお願いする。まず、繭(まゆ)月(づき)君の能力で虻(あぶ)球(く)磨(ま)君を自衛隊機に運ぶ。次に繭(まゆ)月(づき)君は自衛隊機からミロクサーヌへと戻り、芳(よし)原(はら)氏を運んで虻(あぶ)球(く)磨(ま)君に預ける。虻(あぶ)球(く)磨(ま)君は芳(よし)原(はら)氏を受け取ったらそのまま自衛隊機内へと運び入れ、最後に繭(まゆ)月(づき)君が再び虻(あぶ)球(く)磨(ま)君をミロクサーヌへ戻す」

「それはまた……随分と危なそうですな」

 

 話を聞いていた芳(よし)原(はら)の顔が青くなった。

 

「どうやら繭(まゆ)月(づき)殿には飛行能力があるらしいということは理解した。神(しん)為(い)の使い手が人一人を抱えきれないことはあるまい。しかし、虻(あぶ)球(く)磨(ま)殿には随分と冒険をさせてしまうように思えるが……」

「そこは自分も懸念していますが、彼は何度も死線を越えた信頼の出来る男です。必ずや、役割を果たしてくれるでしょう」

「任しとけって、オッサン。大船に乗った気でいろよ」

「そうか……では頼みますぞ」

 

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)、久々の拉致被害者共闘となりそうだ。

 

「自衛隊機への引き渡し後のことは白(びやく)檀(だん)に任せてあります。彼女なら屹(きつ)度(と)、芳(よし)原(はら)氏の身柄の保護を適切に根回ししてくれるでしょう」

 

 早速、白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)を帰国させたことが功を奏したと言えるだろう。

 先程根(ね)尾(お)が連絡を入れたのも、政府や自衛隊では無く白(びやく)檀(だん)だった。

 一旦政府を通すより、政府と自衛隊両方に連絡出来る彼女を通すのが手っ取り早いのだ。

 

「次に麗(うる)真(ま)君だが、俺(おれ)と共に今日明日にかけて神(か)児(ご)島(しま)州を経由して胤(たね)子(が)島(しま)に移動する」

 

 日本国の十倍の面積を誇る皇(こう)國(こく)では、首都から本土の果てまで移動するにも相当の時間を要する。

 参考までに日本国で東京都から種子島まで移動するには乗り継ぎも含めると約四時間半の道程になるという。

 皇(こう)國(こく)に換算した場合、単純に三倍強とはならないまでも、半日は潰(つぶ)れると見て間違い無いだろう。

 

「正直、君(きみ)が一人で行けば今すぐにでも常(とこ)立(たち)研究所を確保出来るだろう。しかし、問題は岬(さき)守(もり)君と君(きみ)が最終決戦に出発する大(おお)晦(みそ)日(か)まで、研究所を我々の影響下に置かなければならないということだ。しかし、だからといって大々的に貴族の私軍を動かして内戦を引き起こしたくはない。そうなると、神(じん)皇(のう)の気が変わってしまいかねない。だから俺(おれ)と二人で隠(おん)密(みつ)に移動し、短時間で一気に制圧する」

「成程、私(わたし)が一気に移動しては相手も派手に動くかも知れない。勿(もち)論(ろん)、だからといって私(わたし)の敵ではないでしょうが、それを受けた神(じん)皇(のう)の動きは確かに警戒すべきでしょうね」

「ああ。だから事を起こすのは明日にしたい。岬(さき)守(もり)君は芳(よし)原(はら)氏を受け渡した後、そのまま胤(たね)子(が)島(しま)へと移動してくれ。その際、カムヤマトイワレヒコの直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)も常(とこ)立(たち)研究所に運び入れる。つまり君(きみ)は芳(よし)原(はら)氏と虻(あぶ)球(く)磨(ま)君・繭(まゆ)月(づき)君の他に直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)も一緒にミロクサーヌに積んでもらいたい」

 

 常(とこ)立(たち)研究所を確保する最大の目的は、カムヤマトイワレヒコに耐宇宙空間用の改造を施すことだ。

 その為(ため)には、その中核である操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」をその場所まで秘密裏に移動させる必要がある。

 この方法ならば一石二鳥という訳だ。

 

「その後は蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下にカムヤマトイワレヒコを再生していただき、改造出来る状態に戻す。改造が終わったら蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下の手で再びカムヤマトイワレヒコを直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)のみ残して破壊していただき、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)と共に龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へと戻って来る」

「そうしておけば、出発の時にもう一度再生してもらうと耐宇宙空間用の改造が施された状態になっているということか」

 

 少々ややこしい手順になるが、出発の前に済ませておく準備はこれで良いだろう。

 

「龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸に戻ってきた君(きみ)達は、決戦に向けて鍛錬を開始してくれ」

 

 日本国の面々、それぞれの動きはこれで決まった。

 一足先に、魅(み)琴(こと)と根(ね)尾(お)が神(か)児(ご)島(しま)州は胤(たね)子(が)島(しま)の常(とこ)立(たち)研究所に向けて出発する。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 同じ日の夜、とある貴族の邸宅に狼(ろう)藉(ぜき)者(もの)が入り込んでいた。

 邸(やしき)は至る所に使用人の死体と血痕が残され、当主もまた書斎の自席で軍服の四人組に銃を突き付けられていた。

 

「これは……荒(あら)木(き)田(だ)君の指示か?」

 

 新華族の伯爵・鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)唯(い)織(おり)は書斎で自身に銃を突き付ける四人の青年に尋ねた。

 男の内二人が不敵に笑い、答える。

 

「鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵閣下、我々は今や神(じん)皇(のう)陛下の後ろ盾を得て名実ともに議会の最大勢力となりました。最(も)早(はや)財政面で我々を助けるどころか余計な口出しをするばかりの貴方(あなた)は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の崇高な志にとって不純物、老害でしかない」

「そう考えた我々は各(おの)々(おの)の意志で貴方を排除することにしたのです。決して、荒(あら)木(き)田(だ)総裁の御(ご)意(い)志(し)ではありません」

 

 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)幹事長・芹(せり)沢(ざわ)雁(かり)也(や)、政調会長・新(にい)見(み)虹(こう)、総務会長・山(やま)南(なみ)知(とも)郎(ろう)、国対委員長・伊(い)東(とう)陽(よう)之(の)進(しん)――何(いず)れも元下級士族出身の軍人兼国会議員である。

 彼らは党内の新華族を束ねる鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵を除き、党内の地盤を固めようとしていた。

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)唯(い)織(おり)は荒(あら)木(き)田(だ)将(まさ)夫(お)と並び、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)結党の立役者である。

 元々彼は壬生(みぶ)十(じっ)輝(き)という思想家の影響を受け、極端な尊皇思想に傾倒していた。

 本来、伯爵は愛国的な新華族を結集して旧華族が牛耳る貴族社会を変革する為に軍人の荒(あら)木(き)田(だ)と手を組んだのだ。

 しかし、壬生(みぶ)の思想は新華族よりも軍に少なからず居た或(あ)る属性の者達と相性が良かった。

 

 例えば、下級士族出身で己の出自の誇りを戦う職業に求めた軍人達。

 例えば、地方の貧農出身で家族の食(く)い扶(ぶ)持(ち)を安定した職業に求めた軍人達。

 

 彼らに共通していたのは、既存の秩序への鬱(うつ)屈(くつ)である。

 既得権益の打倒し、神(じん)皇(のう)を唯一絶対の統治者として国家を作り直す――それが彼らの唱える「光(こう)文(ぶん)維新」であった。

 だが、その解釈は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)ら新華族とは決定的に異なっていた。

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)ら新華族が目指した光(こう)文(ぶん)維新とは、腐敗した貴族社会を一掃し、神(じん)皇(のう)を中心に新たな秩序を築く政治改革である。

 新華族はその先導者として臣民に旧弊の富を再分配し、軍はあくまで国を護(まも)る剣であるべきだと考えていた。

 

 一方、軍人達にとって維新とは革命であった。

 議会も官僚も財閥も貴族も、神(じん)皇(のう)と軍の間に立つものは全て不要である。

 国家とは命令によって統一されるべきものであり、議論や妥協は弱者による贋(まやかし)の談合に過ぎない。

 彼らは純粋な皇道政治――絶対強者たる神(じん)皇(のう)による完璧な親政を夢見ていた。

 

 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)はいつしか狂信的な軍人たちの巣(そう)窟(くつ)へと変貌を遂げていた。

 荒(あら)木(き)田(だ)は新家族と軍部――両者の均衡を保とうと努めたが、既に天(てん)秤(びん)は大きく軍へ傾いていた。

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵が夢見た「新華族による改革」は、自ら育てた軍部という怪物の前で脆(もろ)くも瓦(が)解(かい)しようとしていた。

 

 伯爵は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せ、銃口越しに彼らを睨(にら)み上げる。

 銃口を突き付けられた彼が表出させたのは、自らが手塩にかけ、資金を注ぎ込んできた「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)」の兵隊どもに対する、底知れない侮蔑と怒りだった。

 

「……舐(な)めるなよ、小僧どもが」

 

 伯爵は低く、威厳に満ちた声で吐き捨てた。

 

「私(わたし)と荒(あら)木(き)田(だ)君が居なければ、貴様ら不平士族や貧農の倅(せがれ)どもが、議会の議席に座ることなど万に一つもあり得なかったのだ。分を弁(わきま)えぬ忘恩の野良犬めら……。神(じん)皇(のう)陛下を担ぎ上げ、天下を取ったつもりか」

 

 芹(せり)沢(ざわ)が不快そうに眉を顰(しか)め、引き金にかけた指に力を込める。

 空気が一触即発の限界まで張り詰めた、その時だった。

 書斎の扉が開かれ、一人の青年が静かに入室してきた。

 その顔を目の当たりにした伯爵は驚(きよう)愕(がく)に目を見開く。

 

「随分な御(ご)高(こう)説(せつ)ですな、父上。先の選挙まで、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)が議会の多数を握る兆(きざ)しの一つでもありましたか?」

「お前……!」

 

 日本刀を携えた青年は冷たい微笑を湛(たた)え、父である伯爵を見下ろす。

 しかしその眼(め)には、底知れぬ怒りが蜷局(とぐろ)を巻いていた。

 

「まさかこの狼藉者共と結託して、この鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の家を、私(わたし)を滅ぼすつもりか!」

「家を守りながらの悠長な『改革』とやらの生(なま)温(ぬる)さが維新を遅らせるなら、一層滅びるべきなのですよ、父上も、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)家も。維新とは迅速果敢に断行される『革命』であるべきなのだ! なあみんな?」

 

 その表情、仕草、そして取り巻く四人の反応は、彼らが紛(まぎ)れも無く「同志」として手を結んでいるという事実を雄弁に物語っていた。

 

「それで、腐りきった貴族社会に踏(ふ)み躙(にじ)られてきた者達の無念が些(いささ)かにも和らげるとお思いか、父上?」

 

 息子の言葉に閉口した鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)は眉間に皺を寄せ、歯(は)噛(が)みした。

 その言い分に心当たりがあるのだろう。

 

「栞(しおり)のことか……」

「ええ」

 

 憎(ぞう)悪(お)の焔(ほのお)が伯爵を鋭く差す様に見下ろす。

 

「私(わたし)はね、片時も忘れたことはありませんよ。栞(しおり)が……私(わたし)の最愛の妹が、あの鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)の手によって無念の死を遂げた、あの日のことを。元はといえば父上、貴方が鷹(たか)番(つがい)公爵家との縁談を受けたのでしたよね?」

「違う、違うぞ! 私(わたし)は……だからこそ私(わたし)は『光(こう)文(ぶん)維新』の名の下に『改革』を……」

「その『改革』とやらで皇(こう)國(こく)の社会が何か一つでも変わりましたか? その様なものは『維新』ではないと言っているのです。緩やかな変化で良いならば、抑(そもそ)も討幕運動など起こっていない!」

「その動乱の中でどれ程の血が流れたか解(わか)っているのか! 先の革命動乱に何も思うところは無いのか! 光(こう)文(ぶん)維新は光(こう)文(ぶん)の御(み)代(よ)の維新だ! 討幕運動とは違う! 堪(こら)え性(しよう)の無い殺(さつ)戮(りく)の言い訳に栞(しおり)の名を使うな!」

「もう良い黙れ! 貴方(あなた)はいつも、口先だけだ!」

 

 瞬間、一(いつ)閃(せん)。

 口論の末、一筋の刃が、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵の首を通り過ぎた。

 日本刀の一太刀が伯爵を皮一枚残して斬首したのだ。

 

「流石(さすが)の腕前だな」

「当然だ。この俺(おれ)を誰だと思っている」

 

 幹事長・芹(せり)沢(ざわ)雁(かり)也(や)が感心した様に口笛を吹く。

 その横で、父を惨殺した息子は懐紙で静かに刃の血を拭き取って刀を鞘(さや)に収めた。

 

「待たせたな、みんな。これで邪魔者は消えた」

「おう。荒(あら)木(き)田(だ)の親(おや)父(じ)殿には、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵は『旧華族の刺客に暗殺された』とでも報告しておこう」

 

 国対委員長・伊(い)東(とう)陽(よう)之(の)進(しん)が獰(どう)猛(もう)に笑う。

 男達は不敵な笑みを浮かべ、互いに視線を合わせた。

 

「さあ行こう。皇(こう)國(こく)を、日本人を、三千世界遍(あまね)く凡(すべ)てを神(じん)皇(のう)陛下にお返しするのだ。その為に邪魔立てする者はこの俺(おれ)が全て斬り伏せてくれる。皇(こう)國(こく)始まって以来最強の剣士と謳(うた)われた、この鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)氷(こおり)がな……!」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)氷(こおり)の双(そう)眸(ぼう)が憎悪と狂気に妖しく光る。

 血の海と化した書斎を後にし、彼らは夜の闇へと消えていった。

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