日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百九話『恩讐』 急

 秋の夜長、惨劇の(ひばり)()(しき)伯爵邸を遠巻きに見詰める一人の偉丈夫が居た。

 (つき)(しろ)(さく)()――元(こう)(どう)()(しゆ)(とう)青年部長として、彼は(かつ)(たま)(あら)()()(まさ)()(ひばり)()(しき)伯爵と酒を酌み交わしたことがあった。

 

()いた種が(ようや)く芽吹いた、か……。少々時間が掛かってしまったな……」

 

 今回の(ろう)(ぜき)、首謀者は伯爵令息・(ひばり)()(しき)(こおり)である。

 そして若き嫡男に過激な思想を吹き込み、(ぞう)()(あお)り続けた男こそ(つき)(しろ)(さく)()であった。

 現(じん)(のう)の皇太子時代より、「大御心を私議し(くん)(そく)(かん)を廃す」者達を育て、彼が世界に対し怒りと不信感を抱く種を撒いていたのだ。

 しかし、(つき)(しろ)自身が言う様に、本来は日本人に怒りの矛先を向けるつもりが、全く逆に日本人を守る意志を固めてから、今更当初の思惑通りに暴走し始めた。

 

(どう)(じょう)()(ふとし)の様にもっと早く動いてくれれば良かったものを……」

『全くだわ、(さく)()君……』

 

 嘆息混じりの(つぶや)きに割入る様に、(つき)(しろ)の脳内に彼の同志、『(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)(こう)(もく)(てん)』こと()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)の声が聞こえてきた。

 

『大体、的外れも良い所だわぁ。自分に忠義を尽くされて怒る君主なんている訳が無いじゃなぁい。ちゃあんとあの()(かた)に刃向かう逆賊を育てなきゃあ。貴方(あなた)って本当に、物事の道理が(わか)っていない無能なのね』

 

 (つき)(しろ)の網膜には声の主、()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が嘲笑を浮かべる虚像が浮かび上がっている。

 (もつと)も、当の()(りゆう)(いん)()(おと)()(せい)()()の忠義をどう考えていたのか。

 ()(りゆう)(いん)の考えとは異なり、逆賊の存在が(じん)(のう)の怒りを日本人に向けるどころか逆の結果となったところを考えると、的外れな無能は果たして何方(どちら)なのだろう。

 だが(つき)(しろ)は弁明をしない。

 

「……面目次第も無い」

 

 (つき)(しろ)は目蓋を閉じて謝罪の言葉を口にした。

 だが、言葉や映像とは裏腹に(つき)(しろ)(おも)っているのは()(りゆう)(いん)のことではない。

 彼は(ただ)、亡き盟友である()(おと)()(せい)()()(もく)(とう)(ささ)げたのだ。

 

『無駄な事を……』

 

 ()(りゆう)(いん)(つき)(しろ)の胸の内を察したのか、鼻を鳴らして彼を見下した。

 

(せい)()()君はもう居ないわ』

「承知の上だ」

 

 (つき)(しろ)はもう彼女の姿を見たくなかったのか、薄目を開いて(ひばり)()(しき)邸に視線を移した。

 だが、彼女の声まで遮ることは出来ない。

 

『それで、貴方(あなた)はどうかしら? (せい)()()君同様、(あたくし)に失望だけを残して消えてしまうのかしら?』

「ふ、それならそれで構わない、とでも言いた気だな……」

 

 先日、()(りゆう)(いん)()(おと)()の事を内心疎んじていたことを彼に吐露した。

 それと同じ口で、彼の働きについても痛烈に皮肉っている。

 何百年という時の中で、彼もまた()(りゆう)(いん)の信頼を失っていることを(いや)が応にも思い知らされた。

 しかし、(つき)(しろ)もこのまま終わるつもりはないらしい。

 

「案ずることは無い。次の手は既に考えてある」

 

 (つき)(しろ)(ひばり)()(しき)邸に目を遣った。

 丁度、書斎の窓に鮮血が飛び散っている。

 伯爵・(ひばり)()(しき)()(おり)が息子の(こおり)に惨殺されたところだろう。

 

『だったら()ぐに打ちなさい。口先だけの男は好みじゃないの』

「無論、無論そのつもりだ。(わたし)(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)()(もん)(てん)。同志の(ため)に力の限り義を尽くすことに変わりは無い。これまでも、これからも……」

(さく)()君、御託は沢山だと言っているの。解らないかしら?』

 

 うんざりした様に吐き捨てる()(りゆう)(いん)に、(つき)(しろ)は溜息を一つ吐いた。

 二人は遠く離れているが、どうやら互いに「相手への不信と(いら)()ち」という同じ感情を共有しているらしい。

 

「そう思うなら黙って見ているが良い。その『尋常ならざる()』でな……」

 

 丁度その頃、(ひばり)()(しき)邸からは館の主を殺害した四人の青年達が足早に飛び出して来た。

 (つき)(しろ)は彼()から身を隠すようにその場を離れる。

 

()(おと)()はもう居ない、か……」

 

 ()(りゆう)(いん)(つき)(しろ)に突き付けた言葉は、単に()(おと)()が死んだという意味ではない。

 ()(おと)()の魂は汎ゆる世界から完全に切り離され、この世の摂理、(かえ)るべき場所への道を永久に失ってしまったのだ。

 近い概念で言えば「魂の追放」と言えば良いか。

 

「消滅であれば、それが救いであるという教えも仏法にはあるのだがな……」

 

 無論、これは仏教でいうところの「()(だつ)」や「()(はん)(じやく)(じよう)」とは程遠い状態である。

 還るべき場所に還れない、というのはその逆で、(けが)れという苦しみの中に独り永久に(とら)われてしまうのだ。

 これこそは、()()(まが)(つひ)に手を出した者の(しゆう)(えん)である。

 (たか)(まが)(はら)(あし)(はらの)(なかつ)(くに)の神の摂理に背き、「()(もつ)()(ぐひ)」を()らった彼らが向かう先は、神話でいうところの「()()(かた)()(くに)」などではない、もっと(おぞ)ましい死後であった。

 

「我々に魂の安らぎなど無い。唯只管(ひたすら)、あの女と共に冥府魔道を突き進むのみよ。解っていた(はず)だ……」

 

 (つき)(しろ)は思い起こす。

 (あら)()()(ひばり)()(しき)と囲んだ酒――(もち)(ろん)利用する為に近付いた、(かり)(そめ)の宴会を。

 暴走する(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の青年将校達は、近い内に(あら)()()のことも手に掛けるだろう。

 

(あら)()()(まさ)()(ひばり)()(しき)()(おり)……。この(わたし)が真に若武者であれば、間違い無く親しみの念を抱くに値する人物達であったろうに……」

 

 (つき)(しろ)(のう)()に浮かぶ記憶が切り替わる。

 それは(せき)(じつ)の、(ひど)(いろ)()せた記憶。

 情に厚い為人(ひととなり)であった、彼が心から慕い尊敬した人物の面影だ。

 

「そうだ、あの時(わたし)は誓った筈だ。彼の者達と冥府魔道を突き進むと、そう覚悟を決めた筈なのだ」

 

 同時に忌まわしき記憶も思い出したのか、彼の(そう)(ぼう)には憎しみの(ほのお)が宿る。

 (つき)(しろ)(さく)()、彼には既に退路は無い。

 そんなものは何百年も昔に()て去っている。

 

「今更になって胸に生じた唯少しばかりの雑念が何だというのか……! (わたし)には(ぞう)(じょう)(てん)の死に報い、(こう)(もく)(てん)の大望に尽くす義理がある……! 明日だ……明日は久々に、吉野朝の頃の動乱から久方振りに、一人の武士として大暴れしてやろう……! (こう)(もく)(てん)よ、この(わたし)の、まさに()(もん)(てん)(さなが)らの立ち振る舞い、しかと目に焼き付けるが良い……!」

 

 (つき)(しろ)はそう一人で呟くと夜の闇に消えていった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 軍服に外套(マント)を羽織った老翁が、アメノミナカヌシ内部「(こう)()(こう)(そう)(かい)(ろう)」を歩いている。

 中央制御室「(たか)()(くら)()」に続くこの広々とした道は、入り口の反対側から部屋を取り囲む様に二手に分かれ、日本国と(しん)(せい)(だい)(につ)(ぽん)(こう)(こく)、二つの日本に()ける歴代の(すめら)(みこと)の像が並べられている。

 

「忌々しい……」

 

 日本国側の天皇像を通り過ぎる老翁・(うる)()(みつ)(なり)は顔を(しか)めた。

 (かい)(ろう)を進む程に天皇の時代が下って行くということは、この先には彼が恨んでいるあの人物の像も待っているのだろう。

 ()(りゆう)(いん)の呼び出しでなければ、彼はこんな場所には足を踏み入れなかったに違い無い。

 

 ()(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・アメノミナカヌシは地表より(はる)か、宇宙空間の静止軌道上に在る。

 本来ならば大気圏を離脱して()()まで到達しなければ機内には入れないが、一つだけ地上から直接内部へ入る方法がある。

 操縦者で()(じん)(のう)が許可した人物に限り、()()山頂から直接「(こう)()(こう)(そう)(かい)(ろう)」へ往来することが可能なのだ。

 尤も、標高一一九四一(メートル)にもなる山頂は宇宙空間程ではないにせよ苛酷な環境なので、(もつぱ)回転翼機(ヘリコプター)内から直接入退室することになるが。

 

「畏れながら失礼致します、陛下。(うる)()(みつ)(なり)(ただ)(いま)参りました」

『うむ、入れ』

 

 中央制御室「(たか)()(くら)()」の大扉がゆっくりと開く。

 完全に開き切るのを待たず、(うる)()はその広大な室内へと足を踏み入れた。

 周囲には、様々な日本が歩んできた歴史の再現光景が代わる代わる映し出されている。

 

「お初の(はい)(えつ)と相成ります、(じん)(のう)陛下。()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が配下・(うる)()(みつ)(なり)と申します」

 

 (うる)()は歩き切った先に待ち構えていた(じん)(のう)の玉座、それを掲げる階段の下で(ひざまず)き、玉座に(すわ)って見下ろす(じん)(のう)(うやうや)しく挨拶をした。

 

「よく来たな、(うる)()よ。()(りゆう)(いん)から話は聞いている。(なれ)は嘗て()(ごく)()(さぶ)(ろう)()()り、父上を(こう)(こく)への還御へと導いたそうだな。その節は誠、大儀であった」

「はは、(もつ)(たい)()()(こと)()……」

「決して(おお)()()でないぞ。(なれ)が居なければ(おれ)が生まれることは無かった。それに……」

 

 (じん)(のう)は立ち上がり、周囲に映し出される光景を仰ぎ、両腕を(ひろ)げた。

 

(こう)(こく)(あま)()の世界を巡り、数多の日本に出会うことも無かった。今(おれ)が自分の生まれた意味を知ったのも、(ひとえ)(なれ)の働きがあってこそだ。感謝が尽きぬ」

「恐縮で御座います。何せこの(うる)()、生まれは(めい)()(ひの)(もと)です故」

「その話も聞いておる。父上より以前に異なる世界を行き来していたとはまさに破天荒」

「重ね重ね、恐れ入ります」

 

 (うる)()は深く縮こまった。

 そんな彼の下へ、(じん)(のう)はゆっくりと階段を下りて来る。

 近くに寄ると、その(たけ)(だけ)しき(きよ)()が一層の威圧感と威厳を持って迫る様だ。

 

「このアメノミナカヌシは元々、(こう)(こく)をより遠くの世界へ転移させる橋渡しをする為に作り出したものだ。まさにこの(おれ)の最高傑作だろうな」

「遠くの世界、で御座いますか?」

「うむ……」

 

 (じん)(のう)(うる)()の頭上で(てのひら)を上へ向けた。

 掌の上には一本の小さな木の像が浮かび上がる。

 

「世界が辿(たど)る歴史はその過程で幾多の分岐点を通り過ぎる。その分岐(ごと)に幾つもの選択肢が生じ、その数だけ辿る可能性のある未来が枝分かれしていく。これが多元宇宙(マルチバース)理論の一つである『並行世界』だ。(こう)(こく)(めい)()(ひの)(もと)(ある)いはこれまで(こう)(こく)が巡ってきた様々な世界は、歴史の異なる枝ということになる」

「はい。この(うる)()(めい)()(ひの)(もと)より未来の可能性を求めて異なる枝を渡りました。その先で巡り会いましたのが、貴方(あなた)様の()(ちち)(うえ)で御座います」

「うむ。実はそれこそ、(こう)(こく)が今まで(あま)(のひ)(つぎ)(ほとん)ど見付けられなかった理由、そして(おれ)がアメノミナカヌシを生み出した動機、更には(おれ)の目的を(かな)える原理なのだ」

 

 (じん)(のう)の掌の上に映し出された木は細部を拡大され、枝の先端を映し出した。

 

「言う(まで)も無いことだが、枝と枝の距離は近い程行き来し(やす)く、遠い程行き来が困難になる。(こう)(こく)は今まで、極めて近代で分岐した枝同士を行き来してきた。父上の力と事績は偉大だったが、一方でその(しん)()で往来可能な範囲には限界があった」

「は、はぁ……」

(おれ)は最初、アメノミナカヌシは父上に献上するつもりであった。このアメノミナカヌシは、異なる枝同士――『並行世界』同士を中継する『飛び地』的な宇宙を創造する機能を持っているのだ。この『飛び地』を経ることで、(こう)(こく)何処(どこ)までも(はる)か遠くまで父上の威光を届かせることが可能になる筈だった」

 

 (じん)(のう)の言葉に(うる)()は息を()んだ。

 (じん)(のう)の側に控える()(りゆう)(いん)も、目を皿の様に見開いている。

 

「う、宇宙を創造する機能!?」

 

 (じん)(のう)は木の映像に添えられた手とは逆の、もう片方の手を顔の横に(かざ)した。

 今度は彼の周囲に三種の(じん)()(おぼ)しき映像が浮かぶ。

 彼にとって、(うる)()()(りゆう)(いん)(きよう)(がく)など大した問題ではないらしい。

 

(こう)(こく)より失われし(あま)(のひ)(つぎ)を見つけ出すには、より遠くへ行かなければならないと考えたからだ。だが予想に反し、偶然にも(こう)(こく)(なれ)の元居た世界に通じた」

「申し訳御座いません、陛下。この(うる)()がもう少し早く貴方(あなた)様の下へ()(さん)じていれば、要らぬ手間を掛けさせずに済んだものを……」

「良い。()(かげ)で多くの日本を救済し、(こう)(こく)の果たすべき大義を(みい)()すことが出来た。(はん)()(かい)(てき)(おお)(やま)()(れん)(ごう)の建設という大偉業を……」

貴方(あなた)様の寛大なる()()()に感謝いたします」

「それに、アメノミナカヌシ建造に向けて演算を繰り返すうちに、面白いことが解った」

 

 (じん)(のう)が顔の横の手を下ろすと、三種の神器の映像は天井へ向かって消えていった。

 

「どうやら異なる宇宙同士は或る距離を保たなければ互いの力が作用し合って消滅してしまうらしい。つまりこれを歴史の分岐に()()めれば、切掛となる出来事が()(さい)なことではその先の世界は壊れてしまう。異なる歴史に分かれる切掛となり得るのは、大きな歴史的転換でなければならぬのだ。だが、()く考えれば不思議だとは思わんか? 二つの世界で二つの日本が辿った歴史がよく似ているのは」

「それは……確かに」

 

 (じん)(のう)の言うとおり、日本国と(こう)(こく)はよく似た歴史を辿っている。

 これが、極々近代で枝分かれしたのなら話は簡単だ。

 だが、日本国と(こう)(こく)は少なくとも幕藩体制の時点で既に枝分かれしている。

 否、摂関家の名前まで異なるところを見ると、その分岐は遙か以前――少なくとも平安時代まで(さかのぼ)らなくてはならない。

 

「そこで、もう一度最初の、歴史の大樹に戻ってみるが良い。この枝同士を見れば気付く筈だ。幹の近くで分かれた枝は抹消へ向かう中で更に分岐を繰り返す。その結果、或る二つの枝同士は偶然にも幹の近くで程良い角度に分かれ、その後も同じ様な角度で分岐を辿り続け、最後の分岐で程良く接近する。分岐はあまりにも無数に存在するが、充分な距離を保ってもいる。それ故に逆に、この様な二つの枝の組み合わせが生じる試行回数と余地があった。これが(こう)(こく)(めい)()(ひの)(もと)だ。遙かなる太古に分岐した枝同士が、(たま)(たま)同じ様な角度の歴史を経て、最後に偶々近傍に達した二つの世界、それが(おれ)(なれ)の世界なのだ!」

 

 (うる)()の全身から汗が噴き出した。

 彼は全くの偶然から、とんでもない世界を引き当て、そしてとんでもない怪物を生み出してしまったのだ。

 更に、真に恐ろしいのはここからである。

 

「そしてもう一つ。このアメノミナカヌシは宇宙の『飛び地』を創造すると言ったな? (おれ)は今までに(こう)(こく)が転移した宇宙間の距離から、『飛び地』を創っても互いの存在を保てる臨界座標を既に算出している。ならば、意図的にそれを超えた近傍に『飛び地』の座標を設定すると、どうなると思う?」

 

 (じん)(のう)は翳した手を握り締め、木の映像を粉々に破壊した。

 それを目の当たりにして(あお)()める(うる)()

 しかしその傍らで、()(りゆう)(いん)は人知れず悍ましい歓喜の笑みを浮かべていた。

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