日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十話『武士』 序

 十一月十日火曜日。

 ()()(しま)州は離島・(たね)()(しま)(とこ)(たち)研究所に、二人の男女が乗り込もうとしていた。

 

「何か妙だな……」

 

 ()()(きゆう)()は研究所内から異変を感じ取っていた。

 その言葉に(うる)()()(こと)(うなず)く。

 

「そうですね。何か異様な気配が研究所内に漂っている。害意に満ちた(しん)()()()()(しこ)に満ちているのは、何年か前に学校が占拠された時と似ています」

 

 (かつ)て、()(こと)は母校が過激派組織・()(じん)(かい)(かい)(てん)()によって占拠されたことがある。

 彼女が駆け付けたのは幼馴染・(さき)(もり)(わたる)の奮戦もあって解決した後だったが、それでもまだ残存(しん)()を感じることは出来ていた。

 この研究所は何者かに占拠されているのではないか――()(こと)()()はそう考えていた。

 

「いらっしゃい、お二人さん」

 

 そんな二人の背後に、一人の長身の男が音も無く(あらわ)れた。

 細い()をした、(いや)らしい顔付きの青年だった。

 年の頃は()()よりやや若いくらいか。

 

「ようこそ、(とこ)(たち)研究所へ。……と言いたいところやけど、今は一寸(ちよつと)間が悪いなぁ。(じん)(のう)陛下(きも)()りの計画の真最中やいうことで、別に陛下が何か勅命を下され(たも)うた訳やないけど、気を利かせた(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の皆さんが研究所を占拠しなはってなぁ。そういう訳で今は一寸時期が悪いから、見学なら来年以降にしはった方がええよ」

 

 男の放つ(すさ)まじい威圧感に、()()は思わず(あと)退(ずさ)って構えた。

 

「失礼ですが、貴方(あなた)は?」

「これはこちらこそ失礼しました。(かい)()(いん)侯爵家当主・(かい)()(いん)(しず)(なり)といいます。どうぞよろしゅう」

 

 (かい)()(いん)(しず)(なり)――(たつ)()(かみ)深花の侍従・(かい)()(いん)(あり)(きよ)の兄で、革命動乱の中殺害された父親に代わって侯爵位を受け継いだ青年である。

 そして、(かい)()(いん)家は旧八月革命でヤシマ人民民主主義共和国が成立した折に臣籍降下させられた旧皇族でもある。

 ()()()()されるのも納得の、由緒正しき血筋の名家なのだ。

 

(かい)()(いん)侯爵……。(たつ)()(かみ)殿下からの皇籍復帰願いを断ったという、旧皇族の……!」

「あら、もうそないなことまで伝わってるの。全く、(たつ)()(かみ)殿下も(みずち)()(かみ)殿下も()(ちや)なことしはるわ。あの(じん)(のう)陛下に刃向こうて逆賊にならはったとか、正気? その上(やつがれ)まで巻き込もうやなんて、ほんまに(かな)わん話やで」

 

 一見、冗談めかして談笑する様な素振りを見せる(かい)()(いん)侯爵だが、その眼は笑っていない。

 ()(こと)()()に対する明らかな敵意が見え透いていた。

 それを受け、()(こと)は一歩前へ出る。

 

「その貴方(あなた)がまたどうしてこんなところに?」

「いやね、一寸親友の(ため)に一肌脱いだろ思て。(やつがれ)と陛下は同い年の親戚で(ばく)(ぎやく)の間柄やねん。昔からよう気が合うてなぁ……。先の動乱で皇位が動く前までは、そらもう仲良うお付き合いさせてもろてたんや」

 

 侯爵は敵意に満ちた笑みを浮かべた。

 

「その陛下の大望を畏れ多くも邪魔立てする(やから)がおるいう話やんか。こら、黙って見とれんよねぇ……!」

「成程、弟さんが(あき)れる訳ね。(たつ)()(かみ)殿下も、そういう関係だからこその(かん)(げん)を期待していたでしょうに……」

 

 ()(こと)は冷徹に侯爵を見詰め、構えを取った。

 

「その性根、(たた)(なお)してやるわ。覚悟しなさいね」

「あら怖い。女の子がそない野蛮なこと言うもんやないよ。(やつがれ)女権擁護者(フェミニスト)やさかい、(きみ)みたいなお嬢さんには優しうしたげたいんやけどなぁ……」

 

 侯爵は関節を鳴らしながら拳を握り締める。

 

「言うとくけど(やつがれ)、これでも旧皇族の当主やさかいね。はっきり言うて六摂家当主より強いよ?」

「御託は良いからさっさとかかって来なさい。二度とそのニヤけ面を(さら)せないようにしてやるから」

「ふーん……。なら(やつがれ)(きみ)のこと、()(れい)な顔のまま寝かしつけたるわ!」

 

 侯爵の姿が消えた。

 目にも(とど)まらぬ凄まじい速度で()(こと)との間合いを詰めたのだ。

 だがその刹那、彼の顔面に()(こと)の拳が突き刺さっていた。

 

「ぐはっ! このっ……!」

 

 ()(こと)に殴られた侯爵は()()めきつつ距離を取る。

 そんな敵の反応を見て、()(こと)は少しだけ眉根を寄せた。

 この男、口先だけではない――今の一撃で、()(こと)は敵の確かな実力を感じ取ったのだ。

 

(わたし)の拳を(まと)()に受けて倒れないとは、どうやら本当に六摂家当主と同格以上の力は有るようね」

「女ァ……!」

 

 侯爵は口を拭い、()(こと)(にら)んでいた。

 しかし、彼女の一撃を受けて(ひる)んでいない様子が既に彼の力を物語っている。

 そして、彼にはまだ手が残されているらしい。

 

「出来れば使いたなかったけどなァ……。でもそうも言うてられんみたいやし、遠慮無う使わしてもらうよ。(やつがれ)(じゅつ)(しき)(しん)()をなァ……!」

 

 侯爵の言葉が終わると同時に、彼の体から球状に藤色の光が(ひろ)がった。

 その光に包まれた瞬間、()(こと)は蹌踉めき()()はその場に倒れる。

 

「なっ、これは……! しまった、力が……!」

「ははははは! これが(やつがれ)の能力や! 広範囲に拡がる藤色の光を受けた者から力の半分を吸い取り、自分に加算する! 更に、吸い取る前に力を好きなだけ弱体化させることも可能! お嬢ちゃん、(きみ)の力を極限まで弱体化させた上で更にその半分を(もろ)うたよ! これでもう(やつがれ)に勝てる道理は無くなったいうことや! 大人しうしてたら痛い目に遭わずに済んだのになァ!」

 

 藤色の光は逆に侯爵へと収束し、彼の体を包み込んだ。

 そしてその(こう)(ごう)しい輝きを(まと)い、侯爵は再び()(こと)に飛び掛かる。

 が、その瞬間に彼の全身から血が噴き出した。

 

「なん……やと……!?」

 

 倒れ伏す侯爵を見下ろし、()(こと)は露骨に溜息を吐く。

 

「やれやれ、先刻(さっき)は少しだけ感心したけれど、結局お前も能力に(かま)けた愚物だったということね」

「な、何ィ……? な、なんでや? (きみ)の力は先刻(さっき)把握した(はず)や! せやから吸収能力の許容量を超えんように(あらかじ)め極限まで弱体化させたのに……!」

「簡単な話よ。(わたし)の力が弱体化の許容量を超えていた。精々が一京分の一に落とすのが限度、それでもお前(ごと)きが扱えるものではなかったということ」

「あ、()(ほう)な……! そない理不尽な話があって(たま)るか……!」

 

 屈辱に震える侯爵は(なお)も立ち上がろうと、震える手を地面に突く。

 ()(こと)(めん)()そうに再び溜息を吐いた。

 

「まあ現実を()()れるも受け容れないも勝手にしなさい。何方(どちら)にせよ、お前の負けよ」

 

 そう言うと、()(こと)は侯爵の後頭部を踏み付け、彼を気絶させた。

 (かい)()(いん)(しず)(なり)、旧皇族の名に違わぬ強敵ではあったのだろうが、終わってみれば()(こと)の圧勝だった。

 

()()さん、立てますか?」

「ああ、どうやら(おれ)は力の半分程を奪われるだけで済んだらしい。(きみ)でなければ()られていた、恐ろしい相手だった」

 

 ()()()(こと)の手を取って立ち上がると、再び目的地の研究所を見上げる。

 最初の敵は倒したが、()()から先にもまだ施設を占拠する(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の軍人達が待ち受けている。

 

「行きましょう」

「ああ」

 

 二人は研究所の正門を飛び越え、敷地内へと侵入した。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 同じ日の昼前。

 (さき)(もり)(わたる)はこの日、(こう)(こく)正統政府の暫定総理大臣・(よし)(はら)()()(ろう)を日本国へ亡命させることになっていた。

 方法は前日に打ち合わせたとおり、摂関家の所有する(こう)(こく)(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ミロクサーヌを使って自衛隊の(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・スイゼイと接触し、空中で(よし)(はら)を受け渡すという()(はず)になっている。

 予定では、例によって(きのえ)邸跡地に搭乗するミロクサーヌが届けられる筈だ。

 (わたる)は受け渡しに協力することになっている(あぶ)()()(しん)()(まゆ)(づき)()()()両名と、旧(きのえ)邸の庭でミロクサーヌの到着を待っていた。

 

(よし)(はら)のオッサンは何処(どこ)よ?」

「護衛対象だから、機体が到着してから連絡して()(ちら)に届けてもらうそうよ」

 

 (しん)()(まゆ)(づき)が背後でそんな話をしている中、(わたる)は胸騒ぎを感じていた。

 というのも、現在彼らを取り巻く状況は様々な想定外に見舞われているからだ。

 

 (そもそ)も、(わたる)達は本来こんな所で待たされる筈ではなかった。

 摂関家連合兵団が(とう)(きよう)都内の六摂家邸宅からミロクサーヌを旧(きのえ)邸跡地に運搬し、到着を待ってから(とお)(どう)(あや)()の能力で(よし)(はら)と一緒に送り出されることになっていた。

 だが二つの理由でそうも行かなくなったのだ。

 

(とう)(きよう)都内に持っていた(ちよう)(きゆう)が昨日のうちに(ことごと)く破壊されていた。更に、各地での貴族私兵と(こう)(どう)()(しゆ)(とう)系軍人の衝突……。明らかに誰かが何かを(たくら)んで動いている)

 

 (わたる)達が旧(きのえ)邸跡地で待機することになったのは、摂関家連合兵団の動かせる(ちよう)(きゆう)が都内から消えてしまった為だ。

 六摂家は主に関西方面に領地を持ち、()(ちら)から(とう)(きよう)(ちよう)(きゆう)を移動させることは可能である。

 だが、向こうの操縦士には(とう)(きよう)の土地勘が無い為、目印として(わたる)達が目的地に待機しておく必要が生じてしまった。

 

 更に、この日から(こう)(こく)正統政府の貴族達は政界や法曹界に向けて下準備の工作を始めたのだが、それに合わせるかの様に貴族の私兵と(こう)(どう)()(しゆ)(とう)が各地で衝突した。

 (とお)(どう)ら六摂家当主はこれを鎮圧すべく、一旦(たつ)()(かみ)邸を離れなくてはならなくなった。

 

()(かげ)で今、(ぼく)達はこの旧(きのえ)邸跡地で孤立無援の状態に立たされている。明らかに、誰かにそう仕組まれて……)

 

 とその時、(しん)()が西の空を指差した。

 

「おいお前ら、どうやら来たみたいだぜ」

 

 (わたる)(まゆ)(づき)も、(しん)()の指の先に目を遣った。

 蚊程の小さな点が、一気に巨大化してすぐ近くにまで迫る。

 超音速の飛行から急減速し、(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ミロクサーヌが(わたる)達の目の前に降り立った。

 

(さき)(もり)(わたる)さんですね。(とお)(どう)公爵家執事の(はつ)(かく)と申します。御注文の(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ミロクサーヌをお持ちしました』

「ご苦労様でーす!」

 

 (わたる)はほっと胸を()()ろした。

 後は(たつ)()(かみ)邸に連絡し、(よし)(はら)()()(ろう)(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・カムヤマトイワレヒコの(なお)()()(だま)を積んで出発すれば良い。

 ミロクサーヌの胸が開き、中から一人の壮年男が顔を(のぞ)かせる。

 

 が、その時(わたる)は全身に強烈な害意を感じ取った。

 何かが来る、恐ろしい暴を伴って。

 

「飛び降りろ!」

 

 (わたる)が呼び掛けた瞬間、ミロクサーヌは後から凄まじい衝撃を受けて粉々に砕けた。

 巨大な金属の塊が旧(きのえ)邸跡地に飛び散る。

 (はつ)(かく)()()(とお)(どう)公爵家の執事は(くび)が曲がってはいけない方向に()()れた姿で投げ出されていた。

 

「まだ連絡するのは早いぞ、(さき)(もり)(わたる)……」

 

 激しい音を立てて落下する破片の中、一人の偉丈夫が(やり)を携えて舞い降りた。

 中世の武士を思わせるその男は、鍛え抜かれた肉体を見せ付ける様に(わたる)達の前に仁王立ちする。

 (わたる)はこの男を知っている。

 

(つき)(しろ)……(さく)()!」

 

 (しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の一人、()(もん)(てん)(つき)(しろ)(さく)()――(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の元青年部長で、(きのえ)()(くろ)(のう)(じょう)()(づき)の秘書として(こう)(こく)の政界に入り込んでいた男だ。

 襲撃してきた彼の姿を見て、(わたる)は全てを理解した。

 

「やはり全部お前の仕業だったのか……。六摂家の(ちよう)(きゆう)が破壊されたのも、貴族と(こう)(どう)()(しゆ)(とう)が衝突したのも……!」

()(よう)。邪魔されたくなかったのでな、()()の外へ()()っておいた。(わたし)の狙いは貴様だ、(さき)(もり)(わたる)。余計なおまけ付きだが、まあ二人くらいならば問題無かろう」

 

 (わたる)は両腕に光線砲ユニットを形成し、構えた。

 その両隣に、(しん)()(まゆ)(づき)も並び立つ。

 

「おいおい聞いたかよ? ()めてやがるぜ、こいつ」

「どの道いつかは立ちはだかってくると思っていたわ。このタイミングで正面から来てくれるのは(むし)ろ好都合!」

 

 三対一の状況――(わたる)達が圧倒的に有利なのは明らかな筈だった。

 しかし(わたる)何故(なぜ)か不穏な気配を感じ取っていた。

 何やら今までとは(つき)(しろ)の纏う空気が違う。

 

「覚えているか、(さき)(もり)(わたる)。我々が初めて手合わせしたのもこの場所だったな」

 

 そう、(わたる)は今まで二度(つき)(しろ)と戦っている。

 その(いず)れも決着は付かなかったが、最初に戦ったのは(わたる)()()(はた)()()()を救出すべく此処(きのえ)邸に乗り込んだ時だった。

 

「成程、お(あつら)()きってことか」

「その通り、決着の舞台としては()(さわ)しかろう」

 

 (つき)(しろ)(なが)(やり)を構えた。

 過去二回とは全く異なる気迫、圧力がその立ち姿から(あふ)()している。

 おそらく今、(わたる)は初めて本気の(つき)(しろ)と立ち会うのだ。

 

「さあ、とくと味わうが良い、我が()(そう)(しん)()(きく)(すい)(りゅう)()()(なが)(やり)』の威力! 『()(もん)(てん)』の名を借りるこの(つき)(しろ)(さく)()の大立ち回り、今こそ思い知らせてくれようぞ!」

 

 嘗てと同じ場所で、今までとは違う両者の真の戦いが幕を開けようとしていた。

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