日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十話『武士』 破

 無(む)窮(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシ内部、皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)の廻(かい)廊(ろう)。

 ゴシックロリータ服を纏(まと)った美女と、軍服に外套(マント)を羽織った老翁が隣合って歩いている。

 神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の首(しゆ)魁(かい)である広(こう)目(もく)天(てん)・貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)と、その同志である持(じ)国(こく)天(てん)・閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)である。

 

「しかし、参りましたな媛(ひめ)様(さま)。四(よ)方(も)や我々に下された勅命が皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の抑制とは……」

「あの御(お)方(かた)は日本人同士で争うを良しとしないからねぇ。彼らの忠誠心を悪くは思っていないけれど、暴走してほしくもないとお考えなのよ」

「それはそれは、随分と都合の良いことで。まあその、何もかもが自分の思い通りになって当然、誰も彼もが自分に忠実で当然、それで全てが救われて幸福になって当然という傲慢な御(お)優(やさ)しさこそ絶対強者、三千世界の大帝たる神(じん)皇(のう)陛下に相(ふ)応(さわ)しいのかも知れませんな……」

 

 閏(うる)閒(ま)の神(じん)皇(のう)評に、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は黙って口角を上げた。

 自分が救いたいと思った者には何処(どこ)までも甘い――神(じん)皇(のう)をそう看破したのは妹の龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)であり、「夢の世界に生きている」と見ていたのが彼の許(もと)を去った元近衛侍女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)であるが、神(じん)皇(のう)の持つそれらの本質は、閏(うる)閒(ま)が今述べたとおり「自分本位で傲慢な優しさ」で間違い無いだろう。

 

「それで、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)は如(いか)何(が)なさいますか、媛(ひめ)様(さま)?」

「陛下のお願いは叶(かな)えて差し上げたいところねぇ。でも、かといって彼らの思いを全く無下にしてしまうこともまた陛下は望まれないわ」

「難儀ですなぁ……」

 

 言葉とは裏腹に、閏(うる)閒(ま)は厭(いや)らしく北(ほく)叟(そ)笑(え)んでいる。

 彼は貴(き)龍(りゆう)院(いん)の言わんとしていることを完璧に理解していた。

 

「裁量は任せるわね、三(みつ)入(なり)君」

「はい。貴女(あなた)の望みは満たされるでしょう」

「ええ。鬱(うつ)陶(とう)しい蠅(はえ)共は朔(さく)馬(ま)君が始末してくれそうだし、後はこのアメノミナカヌシをどうするか、それだけよぉ……」

 

 二人は共に廻廊から何処かの闇の中へと足を踏み入れた。

 歩く先には円卓と、大画面に甲(きのえ)邸(てい)跡地が映し出されている。

 

「朔(さく)馬(ま)君も考えたようね。確かに、如(い)何(か)に対抗勢力が成立しようが対抗手段が無ければ何も出来ない。岬(さき)守(もり)航(わたる)さえ始末してしまえば皇(こう)國(こく)正(まさ)統政府がアメノミナカヌシに到達する手段さえ無くなる」

「しかし、増(ぞう)長(じょう)天(てん)様の様に足下を掬(すく)われなければ良いのですが……」

 

 閏(うる)閒(ま)は円卓に着いて溜息を吐いた。

 

 

「最悪、多(た)聞(もん)天(てん)様も戻られない事を考えねばなりますまい……」

「いいえ、それは大丈夫だと思うわ」

 

 同じく円卓の向かいに着いた貴(き)龍(りゆう)院(いん)は、映像を見詰めながら白い歯を見せて笑う。

 

「三(みつ)入(なり)君、貴方(あなた)が私(あたくし)の手を取ったのは随分後だから知らないだろうけど、能力を抜きにした純粋な戦闘力で言えば彼、多(た)聞(もん)天(てん)・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)という男は私(あたくし)達『神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)』でも最強なのよ。はっきり言って征(せい)一(い)千(ち)君の比ではないわ」

 

 怪(け)訝(げん)そうに首を傾(かし)げる閏(うる)閒(ま)に対し、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は語り始める。

 推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)は嘗(かつ)て津(つ)田(だ)左(さ)馬(ま)権(ごんの)助(すけ)正熊(くま)という異常な強さを秘めた武将として、南北朝時代に猛威を振るった男なのだ。

 

「南北朝時代、彼は鋼の肉体を持つ不死身の猛将として敵方に恐れられていた。敵方、というのは、彼は初め北朝方として参戦して、義父が南朝方に帰参した為(ため)に同じく寝返っているから。南朝の武将としては余り貢献できなかったようだけれどね……」

「そういえば多(た)聞(もん)天(てん)様は楠(くすの)木(き)正(まさ)儀(のり)の養子であったとか。父の大(だい)楠(なん)公(こう)・楠(くすの)木(き)正(まさ)成(しげ)や兄の小(しょう)楠(なん)公(こう)・楠(くすの)木(き)正(まさ)行(つら)と比べて、贔(ひい)屓(き)目(め)に言ってもぱっとしないというか……」

「それ、朔(さく)馬(ま)君の前では言わないことね。まああの時代は良かったわぁ。どうせなら共倒れさせられれば最高だったけれど」

「今の話も多(た)聞(もん)天(てん)様の前では禁句ですな」

 

 蝋(ろう)燭(そく)の灯が二人の表情に不気味な影を落とす。

 特に貴(き)龍(りゆう)院(いん)の笑みは、この世の者とは思えない程に邪悪な闇を纏っていた。

 

「とにかく彼は異常な程強かった。それに斃(たお)れなかった、死ななかったの。普通ならば通る筈(はず)の刃が通らず、またどうにか負傷させても異様な速度で傷が塞(ふさ)がってしまう。更に、深手を負って大量出血してもしぶとく戦い続けるという、当時の武士(もののふ)達を以(もつ)てしても不可思議な異人……。彼はその尋常ならざる身の丈も相(あい)俟(ま)って怪物と恐れられた」

 

 稀(まれ)に、生まれながらに神(しん)為(い)を備えている特異な人間がいる。

 当時はまだ彼の力にそのような名は付いていなかったが、膂(りよ)力(りよく)、感応力、耐久力、快復力、生命力は紛(まぎ)れも無く神(しん)為(い)に由(よ)るものだった。

 

「神(しん)為(い)なら儂(わし)も生まれ持っておりましたぞ。当時は我が先祖たる『あの御方』の加護かと思っておりましたが」

 

 閏(うる)閒(ま)はここぞと自らの天(てん)稟(ぴん)を貴(き)龍(りゆう)院(いん)にアピールする。

 実際、彼もまた生まれながらの神(しん)為(い)使いであった。

 

「そうね。私(あたくし)も生まれついてそういった特別な力を持つ者を同志として勧誘してきたしね。でも、神(しん)為(い)を使える者に素の膂力が無意味かと言えば、必ずしもそうではない……」

「確かに……。我が曾(そう)孫(そん)の魅(み)琴(こと)などは典型ですが、戦闘能力は素の力と神(しん)為(い)に因(よ)る強化の両輪によって組み上がるものである以上、場合によっては膂力のみで神(しん)為(い)を上回ることもあり得ますな」

「現神(じん)皇(のう)陛下もまた素の膂力のみで皇族を上回る力を発揮出来る。要するに、世の中には極々稀に素の力が異常な個体も出現する」

 

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)に現神(じん)皇(のう)・叡(えい)智(ち)、他にはおそらく超級為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を相手取って戦えたという一(いち)桐(どう)陶(すえ)麿(まろ)、八月革命動乱で神(しん)為(い)を封じられて尚(なお)抗(あらが)うことが出来た敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)なども、神(しん)為(い)の使い手を素の膂力で捻(ね)じ伏(ふ)せることが出来る人物だろう。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)曰(いわ)く、その列に推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)も加わるらしい。

 

「しかし、これまでの戦いぶりを見ても多(た)聞(もん)天(てん)様にそれ程御強い印象は御座いませぬが……」

「岬(さき)守(もり)航(わたる)との二度の戦い、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)との戦い……かしら?」

「はい。後者は相手が悪く致し方無いとは言え……」

「それはね、困ったことにそこが彼の力の難しい所なのよ……」

 

 三度に亘(わた)って繰り広げられた彼の戦いには一つ、彼が存分に力を振るえなかった理由があった。

 

「朔(さく)馬(ま)君はね、ある程度戦い続けて体が温まらないとそのスイッチが入らないの。要するに彼、スロースターターなのよね、困ったことに……」

「もしや戦の中で傷付いたり深手を負ったり、というのも……」

「まだ本領を発揮していなかった時にやられてしまったそうよ。でも、いざ本気になると、味方が崩れて引かない限り彼自身は手が付けられなかった……。まさに歴史から消えた猛将、怪物ね……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は邪悪な微(ほほ)笑(え)みを浮かべている。

 彼の事績が歴史から消えたのは、彼女と契約を結んだことに起因する。

 穢(え)詛(そま)禍(が)終(つひ)は人の世を憎み人の世ならざる理に身を預けるが故、人の世に生まれ落ちたという痕跡を失ってしまうのだ。

 それを鑑みれば、貴(き)龍(りゆう)院(いん)の言葉は余りに他人事だった。

 

「まあ元々我々は媛(ひめ)様(さま)の御(お)蔭(かげ)で不死身で御座いますからな。皇族介入という不可測事態が無い限りは心配無用と言われればそうでしょうとも」

「それを防ぐ為に孤立させて連絡出来ないようにしたのでしょう。来るなら蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の坊やだけれど、移動はともかく情報が伝わるには龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸と旧甲(きのえ)邸跡地は遠過ぎるわぁ」

「まあ最悪は媛(ひめ)様(さま)の御力で殺してしまえますからな」

「冗談でしょう?」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は露骨に嘲(あざけ)り笑った。

 

「私(あたくし)の能力を使うのも楽じゃあないのよぉ? 遠く離れていればいる程、尋常じゃない程体力を消耗する。あんな三人程度にそこまでする価値なんか無いわぁ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は明らかに航(わたる)・新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)を侮っていた。

 推(つき)城(しろ)の勝利を確信し、悠々とした様子で映像を見詰め続ける。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 甲(きのえ)邸跡地に於(お)ける岬(さき)守(もり)航(わたる)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)と推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)の戦い。

 航(わたる)の光線砲ユニット、新(しん)兒(じ)の氷(こおり)手(てっ)甲(こう)、繭(まゆ)月(づき)の火(か)焔(えん)翼(よく)と結晶弾、対する推(つき)城(しろ)の長(なが)槍(やり)がそれぞれ準備され、既に一触即発の様相を呈していた。

 

 最初に動いたのは長槍(やり)の偉丈夫・推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)である。

 彼はその巨(きよ)躯(く)に見合わぬ速度で猛然と航(わたる)に接近し、槍の一撃を突き出す。

 

「チィッ!!」

 

 航(わたる)はこの一撃を腕の光線砲ユニットで弾き、反対側の腕で拳を向ける。

 そこへ、推(つき)城(しろ)の槍の柄。

 二人は互いの攻撃を弾かれ、一旦間合いを開いた。

 

「岬(さき)守(もり)君下がって!」

 

 今度は繭(まゆ)月(づき)が空中から推(つき)城(しろ)を狙う。

 燃える黒い結晶が凄(すさ)まじい速度で射出され、推(つき)城(しろ)に襲い掛かる。

 が、推(つき)城(しろ)はこれを屈(かが)んで回避した。

 

「ふんっ!」

 

 再び、推(つき)城(しろ)が航(わたる)目掛けて槍を突き上げる。

 強烈な刺突が服を裂き、胸と腹が露出して血が飛び散った。

 まさに紙一重、一瞬でも身を引くのが遅れていたら航(わたる)は心臓を貫かれていただろう。

 

 だが航(わたる)も反撃に出る。

 買わした槍を掴(つか)んで引き込み、自分は体を躱(かわ)して推(つき)城(しろ)の背後に回り込む。

 背後を取った航(わたる)は推(つき)城(しろ)の後頭部を狙って光線砲を放った。

 しかし、推(つき)城(しろ)の姿は航(わたる)の視界から消失した。

 

「貰(もら)った!」

 

 今度は推(つき)城(しろ)が航(わたる)の背後に回り込み、背中を一突きにしようとしていた。

 が、航(わたる)は既に背中に強い害意を感知し、後回し蹴りを振り被っていた。

 この一撃は推(つき)城(しろ)の肘を強打し、槍は外れて空を切る。

 空かず光線砲を推(つき)城(しろ)に向ける航(わたる)だったが、またしても槍の柄が航(わたる)の腕を弾き、これも不発に終わった。

 

「俺(おれ)を忘れて貰っちゃ困るぜ!」

 

 脇から新(しん)兒(じ)が推(つき)城(しろ)に襲い掛かる。

 氷を纏った拳の破壊力は公爵令息すら脅威を覚える必殺の一撃だ。

 推(つき)城(しろ)は身を引いてこれを躱す。

 

「今だ岬(さき)守(もり)!」

 

 新(しん)兒(じ)の介入で余裕が出来た航(わたる)は、彼の背後から推(つき)城(しろ)に光線砲を向けて撃つ。

 推(つき)城(しろ)は大きく跳び上がってこれを回避し、上空から航(わたる)に向けて槍を振り下ろさんとしていた。

 対する航(わたる)は拳を空中の推(つき)城(しろ)に向け、狙いを定める。

 

「うおおおおっ!」

「ぬうううぅっ!」

 

 航(わたる)と推(つき)城(しろ)の視線が交錯。

 更に新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)も下と上から推(つき)城(しろ)を睨(にら)み付(つ)けている。

 互いを狙う航(わたる)と推(つき)城(しろ)の攻撃はほぼ同時に繰り出された。

 

「ぐぅっ!」

 

 結果として、航(わたる)の光線砲は推(つき)城(しろ)の槍に弾かれ、推(つき)城(しろ)の槍は光線砲で圧(へ)し折(お)れて鋒(きっさき)が錐(きり)揉(も)み回転して飛んでいった。

 推(つき)城(しろ)は空中で体を捻(ひね)って体を躱し、そのまま着地ざまに受け身を取って立ち上がった。

 

「やはり私(わたし)の見立ては正しかった。戦う度に出来るようになっているな」

「そりゃどうも。だがこっちとしては案の情って感じだな。お前、やっぱり今まで本気じゃなかっただろ」

「ククク……」

 

 推(つき)城(しろ)は可(お)笑(か)しげに牙を剥(む)く。

 それは笑顔というよりも獲物を前にした獣の獰(どう)猛(もう)な威嚇に似ている。

 

「これは重ね重ね失礼した。私(わたし)はどうも、本領を発揮出来るまで時間が掛かってしまうのだ。だが安心しろ。今回は既に準備運動を済ませてある」

 

 空気が変わった。

 推(つき)城(しろ)の顔に、尋常ではない血管の筋が浮かび上がる。

 顔だけではない。

 服が開け、その全身の筋肉が盛り上がって張り巡らされた血管が露出している。

 

「御(お)陰(かげ)で体が充分温まった。さあ、これより貴様らに本物の武士(もののふ)の戦というものを存分に味わわせてやろう!」

 

 推(つき)城(しろ)は再び『菊(きく)水(すい)龍(りゅう)尾(び)ノ(の)長(なが)鑓(やり)』を形成した。

 小手調べはここまで――今、彼はこの場を本物の戦場に変えようとしていた。

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