日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十話『武士』 急

 全身に血管を浮き立たせた(つき)(しろ)は、地響きの様な()(たけ)びと共に(やり)を突き出した。

 それは(さなが)ら、一機の航空機にも匹敵する巨大な一突きに()(まが)う程の、目にも(とど)まらぬ連続突きの塊である。

 

「うおああぁぁっっ!?」

 

 (わたる)(しん)()(まゆ)(づき)の三人は、(つき)(しろ)の猛攻に激しく(はじ)()ばされた。

 直接突き飛ばされた訳ではない。

 あまりにも(はや)い槍の刺突は、(きつさき)から衝撃波を()()らしている。

 その威力は、破壊された(ちよう)(きゆう)の破片と共に三人を落ち葉の如く舞い挙げる程だ。

 

()ず一人……」

 

 吹っ飛ばされた(しん)()の背後に(つき)(しろ)が迫る。

 空中で身動きが取れない彼は、至近距離からの次の刺突を(かわ)す方法が無い。

 ()()いて体を裏返して迎撃を試みる(しん)()だったが、(ばん)()(きゆう)すの状況だ。

 

「畜生っ……!」

 

 (つき)(しろ)の激しい槍が(しん)()を襲う。

 が、(しん)()を蜂の巣にしようという攻撃は硬質な壁に阻まれたかの如く動きを止めた。

 

「これは……鏡?」

 

 (ひび)()れて飛び散るのは金剛石(ダイヤモンド)と薄い金属被膜――(わたる)達の危機を救ってきた、()()(けん)(しん)(じゆつ)(しき)(しん)()である。

 (わたる)の能力の本質は、ある条件に(かな)った者の(じゆつ)(しき)(しん)()を自らの能力として使うことだ。

 条件は主に二つ――(しん)()を身に付けるまでに自分の見ている前で()()った相手であることと、その相手が一度能力を使えなくなっていることだ。

 (わたる)は拉致された際に自己紹介を受けた仲間達のうち、この世に居ない()()(けん)(しん)(しん)()を喪失した()(ずみ)(ふた)()の能力を使うことが出来るのだ。

 

「助かったぜ、(さき)(もり)!」

 

 (しん)()はすぐに自体を察し、体を(ひね)って反撃を試みる。

 飛び散る()(れき)を足場にし、逆に身動きの取れなくなった(つき)(しろ)に氷を(まと)った拳を向ける。

 だが対する(つき)(しろ)も、同じ様に破片を足場にして迎え撃つ。

 

「オラアアアッッ!!」

「でああああッッ!!」

 

 氷の拳と槍の(きつさき)が激しくぶつかり合い、衝撃音を響かせた。

 (しん)()は力負けして吹き飛ばされたものの、(つき)(しろ)の腕も弾かれて大きな隙が出来る。

 その瞬間、(わたる)(まゆ)(づき)が下と上からそれぞれ狙い撃とうとしていた。

 

「ぬぅっ……!」

 

 (さき)(もり)(わたる)の光線砲の射撃と、(まゆ)(づき)()()()の結晶弾の射撃が(つき)(しろ)を挟み撃ちにする。

 しかしその瞬間、(つき)(しろ)は槍を振り回した。

 

「でぇえアアあぁぁぁあアアアッッッ!!」

 

 槍が巻き起こした旋風が巨大な竜巻となって(つき)(しろ)を包み込む。

 同時に二人の攻撃は風が巻き込んだ金属片や瓦礫、(つち)(ぼこり)に拡散され、(つき)(しろ)まで届かない。

 

「なんてパワーとスピード、そして判断力だ……!」

 

 (わたる)(つき)(しろ)が明らかに強くなっていると肌で感じ取っていた。

 竜巻を破り(あらわ)れたのは、筋肉と血管を盛り上がらせた異様な姿の(つき)(しろ)である。

 この外見の変化、決して()()(おど)しではない。

 

「ふふふ、まさか本領を発揮して(なお)これほど苦戦させられるとはな。一対三とは言え予想外。(さき)(もり)(わたる)だけではない、三人とも中々やるではないか」

 

 (つき)(しろ)は牙を()いて笑った。

 その間にも、彼の血管は脈打って更に筋肉が盛り上がる。

 どうやら戦いが長引けばそれだけ身体能力が上がっていくらしい。

 

「久々に楽しい戦だ。出来れば長く楽しみたいところだ。もっともっと、(わたし)の心を躍らせ血と肉を(たか)ぶらせろ!」

 

 (つき)(しろ)の槍が振り上げられる。

 同時に、衝撃が地面を走る刃となって(わたる)に襲い掛かる。

 (わたる)はこれを躱して一気に(つき)(しろ)に肉薄する。

 遠くから光線砲を狙い撃っても対処されるという判断だった。

 

「ふんっ!」

 

 (つき)(しろ)の槍が(なぎ)(はら)われる。

 この一撃は、半円状の斬撃が放たれ、しかも不規則な(かま)(いたち)まで発生して周囲を(しつ)(よう)に斬り刻む恐ろしい攻撃と化していた。

 今や(つき)(しろ)の槍はただの中距離武器ではなく広範囲に破壊をばら()く強力な範囲兵器と考えなくてはならない。

 (わたる)は身を(かが)めて(つき)(しろ)の懐に滑り込み、至近距離で拳を突き上げて下からの射撃を狙う。

 

「おおおっっ!」

「ぐっ……!」

 

 光の奔流が空の彼方(かなた)へ走り去った。

 (つき)(しろ)は上半身を()()らせて(わたる)の光線砲を躱している。

 が、(わたる)は立ち上がってすぐに(つき)(しろ)の足下へ蹴りを放っていた。

 (ふくら)(はぎ)を狙った蹴り――(かつ)()(こと)に教わった、体格のある大男と戦う(ため)の技術だ。

 

「ぐおっ!?」

 

 今の(わたる)ならば、この一撃で(つき)(しろ)の体を崩すことも出来る。

 (わたる)はバランスの崩れた(つき)(しろ)に飛び掛かり、完全に倒して馬乗りになった。

 

「くっ!」

 

 (わたる)(つき)(しろ)の胸に拳の砲口を押し当てる。

 押さえ込んだ上での(ゼロ)距離射撃、躱しようが無い。

 

「地面に撃つ気か。その威力の光線砲を……!」

「心配は要らない。ちゃんと考えてある」

 

 (わたる)が腕に備えているのは(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)の光線砲ユニットだ。

 都市を()(やす)(かい)(じん)に帰す破壊力を持つ。

 その為、普段の(わたる)は極力水平よりも上に光線砲を撃つようにしている。

 そうでなければ充分に威力が減衰する前に地面に着弾し、大惨事になりかねないからだ。

 

 通常ならばこの様な射撃は出来ない(はず)――(つき)(しろ)はそう言いたいのだろう。

 だが、(わたる)とて何の考えも無く馬乗りになった訳ではない。

 今の(わたる)にはこれがある。

 

()らえ!」

 

 (わたる)の拳の砲口から放たれた光線砲は(つき)(しろ)の胸を貫き、そしてその周囲から何本もの光の柱を立たせた。

 宛ら、(つき)(しろ)を通り抜けた光が何らかの鏡面に反射して飛び散ったかの様だ。

 そう、(わたる)(つき)(しろ)の背中に鏡の障壁を形成し、撃った光線砲を反射させて地面への着弾を防いだのだ。

 

「がはぁっ!!」

 

 心臓への着弾――通常ならば終わりである。

 だが今相手にしているのは「(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)(つき)(しろ)(さく)()である。

 黒い闇が胸に開いた穴を(ふさ)ぎ、(つき)(しろ)は凶相の笑みを(わたる)に向けていた。

 

「残念だったな(さき)(もり)! この程度では(わたし)は死なんぞ!」

「承知の上だ!」

 

 再び、発射。

 この体勢ならば(わたる)は何度でも(つき)(しろ)の心臓に(ゼロ)距離射撃を浴びせられる。

 (わたる)の狙い、それはこうして(つき)(しろ)只管(ひたすら)(くぎ)()けにすることに他ならなかった。

 

「今だ(まゆ)(づき)さん! (みずち)()(かみ)殿下を呼びに行ってくれ!」

「ええ!」

 

 (まゆ)(づき)(ほのお)の翼を(ひろ)げ、この場から飛び去ろうとする。

 (つき)(しろ)は目を皿の様に見開いて暴れるも、(わたる)の光線砲が三度貫いた。

 (しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)は不死身――そのようなことは(わたる)も百も承知だ。

 しかし、皇族ならばそのような制約を無視して殺せることが証明されている。

 

「おのれ……!」

 

 既に(まゆ)(づき)の姿は豆粒の様に小さく見える。

 皇族はどれ程遠く離れていようが一瞬で移動出来るので、(まゆ)(づき)が事の(てん)(まつ)(みずち)()(かみ)(けん)()に伝えてしまえばそれだけで(つき)(しろ)は終わりである。

 が、(つき)(しろ)にはまだ手段が残されていた。

 天に向けて突き上げる手が、その発動の合図である。

 

()()(まが)(つひ)()(たた)(ろう)

 

 (わたる)の周囲に薄く黒い皮膜が張られた。

 そして、(しん)()にも、(はる)か遠くの(まゆ)(づき)にも。

 

「なん……だ……、これ……?」

 

 (わたる)は全身から力が抜けていく感覚に襲われた。

 (しん)()も体を()()めかせ、どうにか()(とど)まっていた。

 取り分け奇妙なのは(まゆ)(づき)である。

 

「なっ、何が起こっているの!?」

 

 困惑して叫ぶ彼女は、(あたか)も吸い込まれる様に(わたる)達へ近付いていく。

 (いや)、遠くへ飛び去ろうとした行動が巻き戻っていると言った方が実態に即している。

 

「これはまさか……例の『世の理から外れた力』……!」

「そうだ。貴様らの力は死の世界へ、『()()(かた)()(くに)』へと()()()まれる……」

 

 (つき)(しろ)(わたる)の身体を軽々と(はら)()けた。

 抑え付ける力が弱まっている。

 身体能力や(しん)()といった次元ではなく、存在そのものの力が弱体化したという感覚だ。

 

(あぶ)()()! (まゆ)(づき)さん!」

 

 叫ぶ(わたる)を尻目に、(つき)(しろ)は空高く跳び上がった。

 狙いは(みずち)()(かみ)を呼びに行こうとしていた(まゆ)(づき)――(なが)(やり)(まゆ)(づき)の更に上方から振り下ろされる。

 

(くそ)、間に合え……!」

 

 (わたる)(まゆ)(づき)(てのひら)を向ける。

 この角度からでは丁度彼女の体が死角になって(つき)(しろ)を狙い撃つことは出来ない。

 (わたる)に出来るのは(つき)(しろ)の攻撃を防ぐことではなく、(まゆ)(づき)の防御を固めることだった。

 鏡の障壁が(まゆ)(づき)を覆う。

 

「ぬんっ!」

 

 が、(つき)(しろ)の槍は鏡を容易く砕き、(まゆ)(づき)を激しく()()とした。

 (まゆ)(づき)は焔の翼で体勢を立て直すことも出来ず、地面に激しく打ち付けられてしまった。

 

「ん……ぐっ……!」

 

 (まゆ)(づき)は立ち上がれず、そのまま気を失ってしまったようだ。

 そんな彼女に目も()れず、(つき)(しろ)(わたる)の目の前に降り立つ。

 (まゆ)(づき)がやられ、(わたる)(しん)()も足下が頼りない。

 勝ち筋が見えていた状況は一転、流れは(つき)(しろ)へと引き寄せられてしまった。

 

「何を……したんだ……?」

(わたし)()()(まが)(つひ)()(たた)(ろう)』は『力の因果を消す』能力だ。先程の黒い皮膜の中で、力の『原因』と『結果』が(せん)(てい)される。つまり力の『原因』たる貴様らはその存在そのものを希釈され、弱体化する。更に、力に()って(もたら)された『結果』を消すことで、例えば飛行した距離を(ゼロ)に戻すのだ」

 

 (つき)(しろ)は立ち込める黒い(もや)の中、平然と(わたる)達を見下ろしていた。

 (わたる)に何度も心臓を撃たれたことなど、まるで無かったかの様に。

 

()て、少々()()()ったが一人は(つぶ)したぞ。三人掛かりならば勝てると高を(くく)っていたのなら気の毒だが、貴様らの力も弱体化したとあっては勝負も見えたな。久々の戦は中々楽しめたが、やはりあの時代の武士(もののふ)共程この(わたし)(たぎ)らせろというのは酷な話だったか。出来ればもう少し長く楽しみたかったところだが、残念だ……」

 

 槍の(きつさき)(わたる)へと向けられる。

 先程(わか)ったことだが、(わたる)(しん)()が弱体化して鏡の障壁も(もろ)くなっている。

 一方で(つき)(しろ)は体が温まれば温まる程まだまだ強くなる。

 (わたる)は窮地に追い込まれていた。

 

「……けるなよ……!」

 

 だが(わたる)の心には怒りが芽生えていた。

 その感情が、失われていた力を再び全身に(よみがえ)らせる。

 (わたる)(つき)(しろ)(いい)(ぐさ)()(かく)気に入らなかった。

 

「三人掛かりなら勝てると高を括っていたのか、だって? 襲ってきたのはお前の方だ。勝手に挑んできて、数的に不利だとほざくのか……!」

「ふむ、それもそうだな。失礼した。しかし()(はや)……」

「何より気に入らないのは、その武人気取りの口振りだ!」

 

 (わたる)は怒声を響かせる。

 その(けん)(まく)に、(つき)(しろ)は顔を(しか)めて不快感を表していた。

 

「武人気取り……だと?」

「そうだ。お前はずっとそうだ。さっきから偉そうに(いくさ)(びと)面して御高説を垂れてくれているが、不死身だから死ぬことはないと高を括っているのはお前の方だろうが!」

 

 (かす)かな秋風が場を柔らかく包み込んだ。

 (ちり)が舞い、(わたる)の言葉を際立てる様に静寂を演出する。

 (つき)(しろ)は相変わらず血管の浮き立った顔で目を(みは)っている。

 だが、()()から読み取れる感情は怒りから少し変化していた。

 

(つき)(しろ)、お前は()()へ来る時、殺されるかも知れないと思っていたのか? 負けない様に策を練っている時、思い浮かべていたのは俺や(あぶ)()()(まゆ)(づき)さんに殺されることか? 違うよな? お前は戦っている時、戦う相手に殺されるなんて露程も思っちゃいない。だから(まゆ)(づき)さんが(みずち)()(かみ)殿下を呼びに行こうとした時焦ったんだ。あの時初めて、お前は自分の命が掛かっていることを思い知ったんだ。そうだろう!」

 

 そう、(わたる)(つき)(しろ)を気に入らなかったのはまさにそれが理由だった。

 今まで(わたる)は数多くの敵と戦い、死線を(くぐ)()けてきた。

 どうしようも無い下衆から、敵なりに高潔な誇りを胸に抱いていた兵まで様々だったが、「負ければ命を落とす」という可能性から逃れていた者は一人も居なかった。

 

 但し、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)という不死身の朝敵達だけは別だ。

 彼らがしていたのは、(たと)えるならば剣の果たし合いで風船製の模造刀を持った相手に自分だけ真剣で挑んでいた様なものだ。

 (あまつさ)えそれで武人を気取るなど、あまりにも滑稽な話である。

 

「ああ、そうか。そういうことだったか。貴様に言われて(ようや)く得心が行ったよ……」

 

 (つき)(しろ)は静かに槍を下ろした。

 そして、(しん)()の方へと目を()る。

 

(あぶ)()()とやら」

「あ? なんだよ?」

「貴様、今から(みずち)()(かみ)を呼んで来い」

「は!?」

 

 (しん)()は驚いて大きな声を出した。

 突然何を言い出すのか――(つき)(しろ)の言葉はあまりにも突拍子も無く、不可解だ。

 だがこれは、彼なりの礼儀だった。

 

(さき)(もり)、貴様の言うことも(もつと)もだ。とはいえ(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の一員として、果たすべきことを投げ出す訳にも行かん。だから(わたし)も自分の命を懸けて、貴様と一騎打ちを果たそうと言うのだ。その小僧が(わたし)に死を運んでくる前にな。これならば文句はあるまい」

 

 (つき)(しろ)は再び槍を構えた。

 その立ち姿、今までとは全く違う迫力に(あふ)れている。

 まるで眠れる虎が目覚めたかの様だ。

 

(あぶ)()()(まゆ)(づき)さんを連れて行ってくれ……」

 

 対する(わたる)(しん)()に伝言を頼むと、一歩前へ出て(つき)(しろ)と向かい合った。

 

(わか)った。その勝負、受けて立つ!」

「そう来なくてはな! さあ、実に六百年振りの命を懸けた本物の戦を始めようかァ!」

 

 風が荒れ、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

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