全身に血管を浮き立たせた推城は、地響きの様な雄叫びと共に槍を突き出した。
それは宛ら、一機の航空機にも匹敵する巨大な一突きに見紛う程の、目にも留まらぬ連続突きの塊である。
「うおああぁぁっっ!?」
航・新兒・繭月の三人は、推城の猛攻に激しく弾き飛ばされた。
直接突き飛ばされた訳ではない。
あまりにも迅い槍の刺突は、鋒から衝撃波を撒き散らしている。
その威力は、破壊された超級の破片と共に三人を落ち葉の如く舞い挙げる程だ。
「先ず一人……」
吹っ飛ばされた新兒の背後に推城が迫る。
空中で身動きが取れない彼は、至近距離からの次の刺突を躱す方法が無い。
藻掻いて体を裏返して迎撃を試みる新兒だったが、万事休すの状況だ。
「畜生っ……!」
推城の激しい槍が新兒を襲う。
が、新兒を蜂の巣にしようという攻撃は硬質な壁に阻まれたかの如く動きを止めた。
「これは……鏡?」
罅割れて飛び散るのは金剛石と薄い金属被膜――航達の危機を救ってきた、虎駕憲進の術識神為である。
航の能力の本質は、ある条件に適った者の術識神為を自らの能力として使うことだ。
条件は主に二つ――神為を身に付けるまでに自分の見ている前で名告った相手であることと、その相手が一度能力を使えなくなっていることだ。
航は拉致された際に自己紹介を受けた仲間達のうち、この世に居ない虎駕憲進や神為を喪失した久住双葉の能力を使うことが出来るのだ。
「助かったぜ、岬守!」
新兒はすぐに自体を察し、体を捻って反撃を試みる。
飛び散る瓦礫を足場にし、逆に身動きの取れなくなった推城に氷を纏った拳を向ける。
だが対する推城も、同じ様に破片を足場にして迎え撃つ。
「オラアアアッッ!!」
「でああああッッ!!」
氷の拳と槍の鋒が激しくぶつかり合い、衝撃音を響かせた。
新兒は力負けして吹き飛ばされたものの、推城の腕も弾かれて大きな隙が出来る。
その瞬間、航と繭月が下と上からそれぞれ狙い撃とうとしていた。
「ぬぅっ……!」
岬守航の光線砲の射撃と、繭月百合菜の結晶弾の射撃が推城を挟み撃ちにする。
しかしその瞬間、推城は槍を振り回した。
「でぇえアアあぁぁぁあアアアッッッ!!」
槍が巻き起こした旋風が巨大な竜巻となって推城を包み込む。
同時に二人の攻撃は風が巻き込んだ金属片や瓦礫、土埃に拡散され、推城まで届かない。
「なんてパワーとスピード、そして判断力だ……!」
航は推城が明らかに強くなっていると肌で感じ取っていた。
竜巻を破り顕れたのは、筋肉と血管を盛り上がらせた異様な姿の推城である。
この外見の変化、決して虚仮威しではない。
「ふふふ、まさか本領を発揮して尚これほど苦戦させられるとはな。一対三とは言え予想外。岬守航だけではない、三人とも中々やるではないか」
推城は牙を剥いて笑った。
その間にも、彼の血管は脈打って更に筋肉が盛り上がる。
どうやら戦いが長引けばそれだけ身体能力が上がっていくらしい。
「久々に楽しい戦だ。出来れば長く楽しみたいところだ。もっともっと、私の心を躍らせ血と肉を昂ぶらせろ!」
推城の槍が振り上げられる。
同時に、衝撃が地面を走る刃となって航に襲い掛かる。
航はこれを躱して一気に推城に肉薄する。
遠くから光線砲を狙い撃っても対処されるという判断だった。
「ふんっ!」
推城の槍が薙払われる。
この一撃は、半円状の斬撃が放たれ、しかも不規則な鎌鼬まで発生して周囲を執拗に斬り刻む恐ろしい攻撃と化していた。
今や推城の槍はただの中距離武器ではなく広範囲に破壊をばら撒く強力な範囲兵器と考えなくてはならない。
航は身を屈めて推城の懐に滑り込み、至近距離で拳を突き上げて下からの射撃を狙う。
「おおおっっ!」
「ぐっ……!」
光の奔流が空の彼方へ走り去った。
推城は上半身を仰け反らせて航の光線砲を躱している。
が、航は立ち上がってすぐに推城の足下へ蹴りを放っていた。
脹脛を狙った蹴り――嘗て魅琴に教わった、体格のある大男と戦う為の技術だ。
「ぐおっ!?」
今の航ならば、この一撃で推城の体を崩すことも出来る。
航はバランスの崩れた推城に飛び掛かり、完全に倒して馬乗りになった。
「くっ!」
航は推城の胸に拳の砲口を押し当てる。
押さえ込んだ上での零距離射撃、躱しようが無い。
「地面に撃つ気か。その威力の光線砲を……!」
「心配は要らない。ちゃんと考えてある」
航が腕に備えているのは超級為動機神体の光線砲ユニットだ。
都市を容易く灰燼に帰す破壊力を持つ。
その為、普段の航は極力水平よりも上に光線砲を撃つようにしている。
そうでなければ充分に威力が減衰する前に地面に着弾し、大惨事になりかねないからだ。
通常ならばこの様な射撃は出来ない筈――推城はそう言いたいのだろう。
だが、航とて何の考えも無く馬乗りになった訳ではない。
今の航にはこれがある。
「喰らえ!」
航の拳の砲口から放たれた光線砲は推城の胸を貫き、そしてその周囲から何本もの光の柱を立たせた。
宛ら、推城を通り抜けた光が何らかの鏡面に反射して飛び散ったかの様だ。
そう、航は推城の背中に鏡の障壁を形成し、撃った光線砲を反射させて地面への着弾を防いだのだ。
「がはぁっ!!」
心臓への着弾――通常ならば終わりである。
だが今相手にしているのは「神瀛帯熾天王」推城朔馬である。
黒い闇が胸に開いた穴を塞ぎ、推城は凶相の笑みを航に向けていた。
「残念だったな岬守! この程度では私は死なんぞ!」
「承知の上だ!」
再び、発射。
この体勢ならば航は何度でも推城の心臓に零距離射撃を浴びせられる。
航の狙い、それはこうして推城を只管釘付けにすることに他ならなかった。
「今だ繭月さん! 蛟乃神殿下を呼びに行ってくれ!」
「ええ!」
繭月が焔の翼を拡げ、この場から飛び去ろうとする。
推城は目を皿の様に見開いて暴れるも、航の光線砲が三度貫いた。
神瀛帯熾天王は不死身――そのようなことは航も百も承知だ。
しかし、皇族ならばそのような制約を無視して殺せることが証明されている。
「おのれ……!」
既に繭月の姿は豆粒の様に小さく見える。
皇族はどれ程遠く離れていようが一瞬で移動出来るので、繭月が事の顛末を蛟乃神賢智に伝えてしまえばそれだけで推城は終わりである。
が、推城にはまだ手段が残されていた。
天に向けて突き上げる手が、その発動の合図である。
『穢詛禍終・魔祟楼』
航の周囲に薄く黒い皮膜が張られた。
そして、新兒にも、遥か遠くの繭月にも。
「なん……だ……、これ……?」
航は全身から力が抜けていく感覚に襲われた。
新兒も体を蹌踉めかせ、どうにか踏み止まっていた。
取り分け奇妙なのは繭月である。
「なっ、何が起こっているの!?」
困惑して叫ぶ彼女は、恰も吸い込まれる様に航達へ近付いていく。
否、遠くへ飛び去ろうとした行動が巻き戻っていると言った方が実態に即している。
「これはまさか……例の『世の理から外れた力』……!」
「そうだ。貴様らの力は死の世界へ、『根之堅洲國』へと引き摺り込まれる……」
推城は航の身体を軽々と払い除けた。
抑え付ける力が弱まっている。
身体能力や神為といった次元ではなく、存在そのものの力が弱体化したという感覚だ。
「虻球磨! 繭月さん!」
叫ぶ航を尻目に、推城は空高く跳び上がった。
狙いは蛟乃神を呼びに行こうとしていた繭月――長槍が繭月の更に上方から振り下ろされる。
「糞、間に合え……!」
航は繭月に掌を向ける。
この角度からでは丁度彼女の体が死角になって推城を狙い撃つことは出来ない。
航に出来るのは推城の攻撃を防ぐことではなく、繭月の防御を固めることだった。
鏡の障壁が繭月を覆う。
「ぬんっ!」
が、推城の槍は鏡を容易く砕き、繭月を激しく打ち墜とした。
繭月は焔の翼で体勢を立て直すことも出来ず、地面に激しく打ち付けられてしまった。
「ん……ぐっ……!」
繭月は立ち上がれず、そのまま気を失ってしまったようだ。
そんな彼女に目も呉れず、推城は航の目の前に降り立つ。
繭月がやられ、航と新兒も足下が頼りない。
勝ち筋が見えていた状況は一転、流れは推城へと引き寄せられてしまった。
「何を……したんだ……?」
「私の穢詛禍終『魔祟楼』は『力の因果を消す』能力だ。先程の黒い皮膜の中で、力の『原因』と『結果』が剪定される。つまり力の『原因』たる貴様らはその存在そのものを希釈され、弱体化する。更に、力に因って齎された『結果』を消すことで、例えば飛行した距離を零に戻すのだ」
推城は立ち込める黒い靄の中、平然と航達を見下ろしていた。
航に何度も心臓を撃たれたことなど、まるで無かったかの様に。
「扨て、少々手子摺ったが一人は潰したぞ。三人掛かりならば勝てると高を括っていたのなら気の毒だが、貴様らの力も弱体化したとあっては勝負も見えたな。久々の戦は中々楽しめたが、やはりあの時代の武士共程この私を滾らせろというのは酷な話だったか。出来ればもう少し長く楽しみたかったところだが、残念だ……」
槍の鋒が航へと向けられる。
先程判ったことだが、航は神為が弱体化して鏡の障壁も脆くなっている。
一方で推城は体が温まれば温まる程まだまだ強くなる。
航は窮地に追い込まれていた。
「……けるなよ……!」
だが航の心には怒りが芽生えていた。
その感情が、失われていた力を再び全身に蘇らせる。
航は推城の言種が兎に角気に入らなかった。
「三人掛かりなら勝てると高を括っていたのか、だって? 襲ってきたのはお前の方だ。勝手に挑んできて、数的に不利だとほざくのか……!」
「ふむ、それもそうだな。失礼した。しかし最早……」
「何より気に入らないのは、その武人気取りの口振りだ!」
航は怒声を響かせる。
その剣幕に、推城は顔を顰めて不快感を表していた。
「武人気取り……だと?」
「そうだ。お前はずっとそうだ。さっきから偉そうに戦人面して御高説を垂れてくれているが、不死身だから死ぬことはないと高を括っているのはお前の方だろうが!」
微かな秋風が場を柔らかく包み込んだ。
塵が舞い、航の言葉を際立てる様に静寂を演出する。
推城は相変わらず血管の浮き立った顔で目を瞠っている。
だが、其処から読み取れる感情は怒りから少し変化していた。
「推城、お前は此処へ来る時、殺されるかも知れないと思っていたのか? 負けない様に策を練っている時、思い浮かべていたのは俺や虻球磨、繭月さんに殺されることか? 違うよな? お前は戦っている時、戦う相手に殺されるなんて露程も思っちゃいない。だから繭月さんが蛟乃神殿下を呼びに行こうとした時焦ったんだ。あの時初めて、お前は自分の命が掛かっていることを思い知ったんだ。そうだろう!」
そう、航が推城を気に入らなかったのはまさにそれが理由だった。
今まで航は数多くの敵と戦い、死線を潜り抜けてきた。
どうしようも無い下衆から、敵なりに高潔な誇りを胸に抱いていた兵まで様々だったが、「負ければ命を落とす」という可能性から逃れていた者は一人も居なかった。
但し、神瀛帯熾天王という不死身の朝敵達だけは別だ。
彼らがしていたのは、喩えるならば剣の果たし合いで風船製の模造刀を持った相手に自分だけ真剣で挑んでいた様なものだ。
剰えそれで武人を気取るなど、あまりにも滑稽な話である。
「ああ、そうか。そういうことだったか。貴様に言われて漸く得心が行ったよ……」
推城は静かに槍を下ろした。
そして、新兒の方へと目を遣る。
「虻球磨とやら」
「あ? なんだよ?」
「貴様、今から蛟乃神を呼んで来い」
「は!?」
新兒は驚いて大きな声を出した。
突然何を言い出すのか――推城の言葉はあまりにも突拍子も無く、不可解だ。
だがこれは、彼なりの礼儀だった。
「岬守、貴様の言うことも尤もだ。とはいえ神瀛帯熾天王の一員として、果たすべきことを投げ出す訳にも行かん。だから私も自分の命を懸けて、貴様と一騎打ちを果たそうと言うのだ。その小僧が私に死を運んでくる前にな。これならば文句はあるまい」
推城は再び槍を構えた。
その立ち姿、今までとは全く違う迫力に溢れている。
まるで眠れる虎が目覚めたかの様だ。
「虻球磨、繭月さんを連れて行ってくれ……」
対する航は新兒に伝言を頼むと、一歩前へ出て推城と向かい合った。
「解った。その勝負、受けて立つ!」
「そう来なくてはな! さあ、実に六百年振りの命を懸けた本物の戦を始めようかァ!」
風が荒れ、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。