神児島州胤子島、常立研究所。
施設に侵入した麗真魅琴と根尾弓矢に、一人の男が突撃を仕掛ける。
「チェストオオオオオオッッ!!」
「所長! 何をしているのです!」
「何の為に我々が居ると!」
「貴様ら、所長を止めろ!」
軍服を着た髭面の男は刀を携え、示現流の構えで向かって来る。
所長と呼ばれる彼を止めようと後を追うのは皇道保守黨の軍人達だが、凄まじい走力故に追い付く気配は欠片も無い。
「常立研究所所長、公爵・嶼津寅宗! 今こそ神皇陛下の御大望の為! 大逆の兇徒共を一太刀の下斬り伏せん!」
嶼津寅宗――数百年もの永きに亘って神児島州を治めてきた大名「嶼津家」の当主であり、その力は大名家でも特に強く、公爵位を持つ。
気質は今でも血の気が多い武将のそれであった。
その彼が構えた刀が緋色に輝く。
『武装神為・次元刀天真正宝』
嶼津の刀が根尾に振るわれる。
「キエエエエイッッ!!」
根尾は嶼津の一太刀を紙一重で躱した。
刃先が僅かに薄皮一枚を裂き、血が飛び散る。
だがそれは嶼津の全てを懸けた一太刀であったのか、振り終わりは隙だらけだった。
根尾は嶼津の腕を掴んで、石化させ始める。
「キッ、キエアアアアッッ!!」
嶼津は一切の躊躇いを見せず、石化の始まった腕を刀で切断した。
「なっ!?」
「舐めるな! 儂ゃ武家者! 腕の一本や二本惜しくはなか!」
「いや二本なくなったら刀は振れんだろう」
再び、嶼津の刃が根尾を襲う。
しかし片腕になった太刀筋は鈍っており、根尾は簡単にカウンターの拳を脇腹に突き刺した。
「お……ゴ……ッッ!!」
「やれやれ、傷に障るだろうからもう襲ってくるなよ、良いな?」
嶼津はその場に倒れ伏し、そしてそのまま石化していく。
「嶼津所長がやられた!」
「おのれ!」
「狼藉者、生かして返すな!」
遅れてやって来た軍人達が続々と抜刀し、魅琴と根尾を取り囲む。
二人は互いに背中を併せて構えを取った。
「嶼津寅宗、伝え聞いていた所長とは別人だな。おそらくここ数日で新たに任命されたお飾りの所長だろう」
「皇道保守黨が研究所を占拠していたところを見るに、彼らにとって都合の良い人物を急拵えで誂えたといったところかしらね」
二人の推察はほぼ正しい。
実は皇國正統政府がこの常立研究所を抑えに来ることは或る男に読まれていた。
その男こそ、亡き大覚寺常定に代わり新たに侍従長となった男、公爵・紫桐玄貴である。
現神皇には皇道保守黨の他にも、心からの忠誠を寄せる猛者が何人も控えている。
その中でも筆頭株なのが、紫桐という男だった。
神皇の為人を昔から能く識る、皇國でも最上流階級の貴族達――彼らの胸にあるのは、皇道保守黨の様な独り善がりの妄信ではなく、真心からの忠誠であり、だからこそ厄介なのだ。
嶼津はそんな紫桐一派の一人である。
とはいえ、嶼津を失った皇道保守黨の軍人達など二人にとって何の問題にもならない。
さほど時間を掛けず、麗真魅琴と根尾弓矢は施設の制圧をほぼ完了した。
所長室まで乗り込んだ二人は、彼らを残らず撃破し敷地内から放り出した形だ。
「これで全員かしらね」
魅琴は手を叩きつつ息を吐いた。
一仕事終えた彼女の脇には窓硝子が突き破られて割れている。
その遥か彼方で、軍人達が岸に向かって泳いでいた。
彼らは「文字通り」「物理的に」常立研究所から、否、胤子島から放り出されたのだ。
「あの……ありがとうございます」
研究員は恐る恐る二人に礼を言った。
「我々は本来、純粋に宇宙開発研究を行っていただけなんです。為動機神体の装甲研究もその一環でした」
「しかし紫桐侍従長が前所長を解雇して任命した新しい所長は、その大切な研究成果物を破棄するよう命令してきまして」
「我々にとって、研究は命です。どうにか考え直すように願い出ていたのですが、御覧の様に暴力で脅すばかりか軍を動員して研究成果物の家捜しまで始める始末で、ほとほと参っていたのですよ……」
どうやら紫桐の狙いは、カムヤマトイワレヒコの耐宇宙装甲への改造を阻止することだったらしい。
その為に、都合の良い人材として嶼津を送り込んできたという訳だろう。
「おおおおおおっっ!!」
そんな中、所長室の扉が蹴破られた。
一人の男が刀を携えて入り込んできたのだ。
「し、所長!!」
「貴様らァ……! 落とすちいうんか、儂の城をォ……!」
嶼津が血走った目で部屋の中へと歩を進める。
魅琴と根尾は構えを取って嶼津を迎え撃とうとするが、その足取りは重く、到底戦える状態ではないだろう。
「神皇陛下の御大望は、病んだ日本精神の恢復を願われ給いしもの。それ即ち、先人達の誇りの復権じゃ。我には数多の武家者が命を散らせた美事を末永く語り継ぎ、永劫に受け継ぐ義務がある。それこそ、武士の棟梁たる嶼津家当主の務め……!」
嶼津は残った腕で刀を握り締めて振り上げた。
「その儂が斯様な余所者に叩き伏せられた挙げ句に城を渡すなど、慚愧に堪えん! 最早生きること、許されんっ! 神皇陛下万歳! 皇國に弥栄あれ!」
刃が嶼津の腹部を裂いた。
赤い命が裂けた腹から転び出る。
彼が敢行したのは、介錯無しの切腹であった。
「俺の能力を自力で破って切腹とは……。なんという……男だ……」
「潔いこと。武士らしいと言えばらしいわね」
根尾は思わず目を背けた。
対して、魅琴は冷ややかにその死を見届けていた。
嶼津寅宗――嵐の様に現われ、そして去って行ったと言ったところか。
何にせよ、二人は常立研究所の確保に成功した。
後は、岬守航がこの地へカムヤマトイワレヒコの直靈彌玉を運んでくるのを待つばかりである。
⦿⦿⦿
甲邸跡地、対峙する岬守航と推城朔馬を中心に、緊迫した空気がじわじわと拡がっている。
共に戦っていた筈の虻球磨新兒、気絶して彼に抱えられる繭月百合菜は既に蚊帳の外といった様相だ。
「なあ、岬守」
新兒の声にも、航は振り向くことはおろか反応すら出来ない。
これから戦うことになる敵から僅かでも意識を逸らせないのだ。
「……俺が足止めしてお前が呼びに行った方が良いと思うが、それどころじゃねえみてえだな」
新兒の言うことも尤もだ。
推城の狙いが航である以上、先ずは航を危険から遠ざける方が理に適っている。
だが、航は先程推城に喧嘩を売った。
元々は推城から仕掛けてきた戦いではあるが、こうなった以上決着を付けるべきなのは航以外に居ないのだ。
「じゃあ岬守、俺は蛟乃神の坊ちゃんを呼んでくるぜ! ダッシュで行くからよ! 踏ん張れ! 死ぬなよ!」
新兒はそう言い残すと、繭月を担いで走り出した。
愈々この場には航と推城のみ、時間制限付きの一騎打ちの風情を醸し出す。
「岬守航、貴様にもう一つ良い事を提案しよう」
推城が不気味な笑みを浮かべ、身構える航に告げる。
「若し貴様が『私では貴様に勝てぬ』と敗北を認めさせることが出来たなら、その時点で戦をやめにして皇族の到着をただ待ってやろうではないか」
「御為ごかしだな、推城。このままだと僕はただ逃げ回っていれば時間切れで勝ちになる。そうならないよう、こっちから攻める理由をくれるって訳だ」
「別に、私は構わんぞ。戦には本来卑怯も何も無いからな。唯、少々興醒めするだけだ。それに……」
二人から風が逃げる様に逆巻く。
「麗真魅琴なら出来るだろうな!」
「安心しろよ推城! 受けて立ってやるから!」
空気が爆ぜた。
先に仕掛けたのは航だ。
光線砲で推城を狙い撃って一発。
だが当然、推城はこれを難なく回避する。
「ははは良いぞ、そう来なくっちゃあ面白くない!」
推城は歓喜と共に航に急接近する。
対する航も迎え撃つ様に飛び出し、拳を振るう。
「おおおおおおッッ!!」
「ぬううううんッッ!!」
航の拳と推城の槍の鋒が激しく衝突し、火花を散らす。
否、散ったのはそれだけではない。
生身や光線砲ユニットの拳を推城の刺突にぶつけるのは自殺行為だと、航自身も重々承知だ。
その衝撃は燦めく金剛石の欠片を飛び散らせていた。
「鏡の術識神為か! やるな!」
勿論、航のは次の行動の布石である。
虎駕憲進の能力で守ってまで拳を繰り出したのは、装着した光線砲ユニットの砲口を至近距離で推城に向ける為だった。
「喰らえ!」
砲口から光の筋が迸る。
空かさず推城はこれを躱した。
だが、二人の周囲には先程の衝突で飛び散った鏡の欠片が舞っている。
「ぐはあああっっ!!」
何度も反射した光線が繰り返し推城を貫いた。
似た様なことはつい先日に八社女征一千もやっていたが、航の場合彼と違うのは、飛び散った欠片が光線砲を反射する角度まで全て計算し切っていることだ。
現に、推城の体を蜂の巣にした光線砲は最後、地面に落ちた鏡に反射して推城の眉間を撃ち抜き、そのまま空の彼方へと奔り抜けていった。
余計な破壊を一切しないその射撃は、まさに神業と呼ぶに相応しい。
「美事な技だ、岬守!」
だが、推城は鬼の様な形相で口角を上げて牙を剥いた。
不死身の彼にとって、これだけの傷さえも心を折るには至らない。
それどころか更に闘志を昂ぶらせて刺突を乱発する。
「ふはははははっっ!! 面白くなってきたなァッッ!!」
一発一発の刺突が凄まじい衝撃波を生み、あまりの威力に地面を抉れる。
航は直撃こそ免れたものの、後方へ激しく吹き飛ばされた。
宙返り着地して仕切り直そうとする航に、推城は尚も猛然と迫る。
「この程度で終わりではつまらんぞ! もっともっと、私を骨の髄まで焼き尽くす戦の劫火を焚いてみせろ!」
長槍の薙払いは斬撃を飛ばし、回避した航の遙か後方まで空気が揺らぐ。
推城朔馬はまさに今、破壊衝動のままに狂喜乱舞する修羅と成り果て、戦いそのものの悦びを謳い上げていた。
航は宛ら、舞踏に誘われた想い人といったところだろうか。
「物好きな奴だな、お前も……!」
航は両の拳を付き合わせて推城の刺突を止めた。
「何っ!?」
「良いぜ、とことん付き合ってやる!」
一閃、航の蹴りが推城の顎を蹴り上げた。
二人は再び間合いを外し、仕切り直す様に構えを取る。
「フフフ、予想以上だ、岬守航。本当に、こんなに楽しめるとは思わなかった」
「そりゃどうも」
だが、不敵な笑みで興亡の余韻に浸る推城に対し、航は疲労を隠せず肩で息をしていた。
一つ、航にはどうしようもなく不利な要素があるのだ。
「だが惜しむらくは、先程放った私の穢詛禍終『魔祟楼』による弱体化がかなり貴様を蝕んでしまったことだな。貴様も気付いているだろう?」
推城の言葉の意味、航にも心当たりがある。
光線砲を二発撃ち、自らの状態に対する予感は確信に変わりつつあった。
「穢詛禍終を受けた貴様は神為を含めて大きく弱体化し、今や得意の光線砲も限られた数しか撃てん。ざっと五発といったところか。既に二発撃ってしまったから、残るは三発。果たしてたったそれだけで私に負けを認めさせることなど出来るかな?」
推城は槍を振り被る。
「私の目的には有難いがな。本音ではいつまででも楽しみたいところだが、それで負けてしまっては本末転倒。せいぜい何処まで保つか見届けさせてもらおう」
「何勘違いしているんだ?」
その時、航の周囲の風が逆巻き、勢い良く吹き上がる。
衣服が、茶色の髪が、激しく靡いて立ち上がっている。
否、それだけではない。
航の身体は金色の眩い光を放ち始めた。
「なんと、岬守貴様まさか……!」
「弾数に制限がある? だったら問題無い。久し振りに最初の頃に戻るだけだ」
光が右腕の光線砲ユニットに集まる。
航の光線砲ユニットは、二井原雛火の術識神為に因って作り出されたものである。
その能力は、過去に使用した武器を形成するというものだ。
航は自ら操縦し、一体となった「超級為動機神体の光線砲ユニット」を駆使して戦っていた。
今、その兵装は航が使用した最強の光線砲に変貌を遂げた。
国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコが奥の手である日神回路を発動させた状態の光線砲「金鵄砲」へと。
「普通の砲撃じゃお前には効果が無さそうだからな。こいつでぶっ飛ばして、二度と立ち上がる気が起きないようにしてやる!」
「なんという男だ、岬守航……!」
戦いは今、最高潮へと至ろうとしていた。