日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十一話『忘恩』 序

 ()()(しま)(たね)()(しま)(とこ)(たち)研究所。

 施設に侵入した(うる)()()(こと)()()(きゆう)()に、一人の男が突撃を仕掛ける。

 

「チェストオオオオオオッッ!!」

「所長! 何をしているのです!」

「何の(ため)に我々が居ると!」

「貴様ら、所長を止めろ!」

 

 軍服を着た(ひげ)(づら)の男は刀を携え、()(げん)(りゅう)の構えで向かって来る。

 所長と呼ばれる彼を止めようと後を追うのは(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の軍人達だが、(すさ)まじい走力故に追い付く気配は(かけ)()も無い。

 

(とこ)(たち)研究所所長、公爵・(しま)()(とら)(むね)! 今こそ(じん)(のう)陛下の()(たい)(もう)の為! 大逆の(きよう)()共を一太刀の(もと)斬り伏せん!」

 

 (しま)()(とら)(むね)――数百年もの永きに(わた)って()()(しま)州を治めてきた大名「(しま)()家」の当主であり、その力は大名家でも特に強く、公爵位を持つ。

 気質は今でも血の気が多い武将のそれであった。

 その彼が構えた刀が()(いろ)に輝く。

 

()(そう)(しん)()()(げん)(とう)(てん)(しん)(しょう)(ほう)

 

 (しま)()の刀が()()に振るわれる。

 

「キエエエエイッッ!!」

 

 ()()(しま)()の一太刀を紙一重で(かわ)した。

 刃先が僅かに薄皮一枚を裂き、血が飛び散る。

 だがそれは(しま)()の全てを懸けた一太刀であったのか、振り終わりは隙だらけだった。

 ()()(しま)()の腕を掴んで、石化させ始める。

 

「キッ、キエアアアアッッ!!」

 

 (しま)()は一切の(ため)()いを見せず、石化の始まった腕を刀で切断した。

 

「なっ!?」

「舐めるな! (わし)(ボッ)()(モン)! 腕の一本や二本惜しくはなか!」

「いや二本なくなったら刀は振れんだろう」

 

 再び、(しま)()の刃が()()を襲う。

 しかし片腕になった太刀筋は鈍っており、()()は簡単にカウンターの拳を脇腹に突き刺した。

 

「お……ゴ……ッッ!!」

「やれやれ、傷に(さわ)るだろうからもう襲ってくるなよ、良いな?」

 

 (しま)()はその場に倒れ伏し、そしてそのまま石化していく。

 

(しま)()所長がやられた!」

「おのれ!」

(ろう)(ぜき)(もの)、生かして返すな!」

 

 遅れてやって来た軍人達が続々と抜刀し、()(こと)()()を取り囲む。

 二人は互いに背中を併せて構えを取った。

 

(しま)()(とら)(むね)、伝え聞いていた所長とは別人だな。おそらくここ数日で新たに任命されたお飾りの所長だろう」

(こう)(どう)()(しゆ)(とう)が研究所を占拠していたところを見るに、彼らにとって都合の良い人物を(きゆう)(ごしら)えで(あつら)えたといったところかしらね」

 

 二人の推察はほぼ正しい。

 実は(こう)(こく)正統政府がこの(とこ)(たち)研究所を抑えに来ることは()る男に読まれていた。

 その男こそ、亡き(だい)(かく)()(つね)(さだ)に代わり新たに侍従長となった男、公爵・()(どう)(ひろ)(たか)である。

 

 現(じん)(のう)には(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の他にも、心からの忠誠を寄せる猛者(もさ)が何人も控えている。

 その中でも筆頭株なのが、()(どう)という男だった。

 (じん)(のう)為人(ひととなり)を昔から()()る、(こう)(こく)でも最上流階級の貴族達――彼らの胸にあるのは、(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の様な独り善がりの妄信ではなく、真心からの忠誠であり、だからこそ厄介なのだ。

 (しま)()はそんな()(どう)一派の一人である。

 

 とはいえ、(しま)()を失った(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の軍人達など二人にとって何の問題にもならない。

 さほど時間を掛けず、(うる)()()(こと)()()(きゆう)()は施設の制圧をほぼ完了した。

 所長室まで乗り込んだ二人は、彼らを残らず撃破し敷地内から放り出した形だ。

 

「これで全員かしらね」

 

 ()(こと)は手を(はた)きつつ息を吐いた。

 一仕事終えた彼女の脇には窓硝子(ガラス)が突き破られて割れている。

 その(はる)彼方(かなた)で、軍人達が岸に向かって泳いでいた。

 彼らは「文字通り」「物理的に」(とこ)(たち)研究所から、(いな)(たね)()(しま)から放り出されたのだ。

 

「あの……ありがとうございます」

 

 研究員は恐る恐る二人に礼を言った。

 

「我々は本来、純粋に宇宙開発研究を行っていただけなんです。()(どう)()(しん)(たい)の装甲研究もその一環でした」

「しかし()(どう)侍従長が前所長を解雇して任命した新しい所長は、その大切な研究成果物を破棄するよう命令してきまして」

「我々にとって、研究は命です。どうにか考え直すように願い出ていたのですが、御覧の様に暴力で脅すばかりか軍を動員して研究成果物の家捜しまで始める始末で、ほとほと参っていたのですよ……」

 

 どうやら()(どう)の狙いは、カムヤマトイワレヒコの耐宇宙装甲への改造を阻止することだったらしい。

 その為に、都合の良い人材として(しま)()を送り込んできたという訳だろう。

 

「おおおおおおっっ!!」

 

 そんな中、所長室の扉が蹴破られた。

 一人の男が刀を携えて入り込んできたのだ。

 

「し、所長!!」

()(サン)らァ……! 落とすちいうんか、(わし)の城をォ……!」

 

 (しま)()が血走った目で部屋の中へと歩を進める。

 ()(こと)()()は構えを取って(しま)()を迎え撃とうとするが、その足取りは重く、到底戦える状態ではないだろう。

 

(じん)(のう)陛下の御大望は、病んだ日本精神の(かい)(ふく)を願われ(たま)いしもの。それ(すなわ)ち、先人達の誇りの復権じゃ。我には(あま)()(ボッ)()(モン)が命を散らせた美事を末永く語り継ぎ、(えい)(ごう)に受け継ぐ義務がある。それこそ、武士(もののふ)(とう)(りよう)たる(しま)()家当主の務め……!」

 

 (しま)()は残った腕で刀を握り締めて振り上げた。

 

「その(わし)()(よう)()()(モン)に叩き伏せられた挙げ句に城を渡すなど、(ざん)()に堪えん! ()(はや)生きること、許されんっ! (じん)(のう)陛下万歳! (こう)(こく)(いや)(さか)あれ!」

 

 刃が(しま)()の腹部を裂いた。

 赤い命が裂けた腹から転び出る。

 彼が敢行したのは、(かい)(しやく)無しの切腹であった。

 

(おれ)の能力を自力で破って切腹とは……。なんという……男だ……」

(いさぎよ)いこと。武士らしいと言えばらしいわね」

 

 ()()は思わず目を背けた。

 対して、()(こと)は冷ややかにその死を見届けていた。

 

 (しま)()(とら)(むね)――嵐の様に現われ、そして去って行ったと言ったところか。

 何にせよ、二人は(とこ)(たち)研究所の確保に成功した。

 後は、(さき)(もり)(わたる)がこの地へカムヤマトイワレヒコの(なお)()()(だま)を運んでくるのを待つばかりである。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (きのえ)邸跡地、(たい)()する(さき)(もり)(わたる)(つき)(しろ)(さく)()を中心に、緊迫した空気がじわじわと(ひろ)がっている。

 共に戦っていた(はず)(あぶ)()()(しん)()、気絶して彼に抱えられる(まゆ)(づき)()()()は既に()()の外といった様相だ。

 

「なあ、(さき)(もり)

 

 (しん)()の声にも、(わたる)は振り向くことはおろか反応すら出来ない。

 これから戦うことになる敵から僅かでも意識を()らせないのだ。

 

「……(おれ)が足止めしてお前が呼びに行った方が良いと思うが、それどころじゃねえみてえだな」

 

 (しん)()の言うことも(もつと)もだ。

 (つき)(しろ)の狙いが(わたる)である以上、()ずは(わたる)を危険から遠ざける方が理に(かな)っている。

 だが、(わたる)は先程(つき)(しろ)(けん)()を売った。

 元々は(つき)(しろ)から仕掛けてきた戦いではあるが、こうなった以上決着を付けるべきなのは(わたる)以外に居ないのだ。

 

「じゃあ(さき)(もり)(おれ)(みずち)()(かみ)の坊ちゃんを呼んでくるぜ! ダッシュで行くからよ! 踏ん張れ! 死ぬなよ!」

 

 (しん)()はそう言い残すと、(まゆ)(づき)を担いで走り出した。

 (いよ)(いよ)この場には(わたる)(つき)(しろ)のみ、時間制限付きの一騎打ちの風情を醸し出す。

 

(さき)(もり)(わたる)()(さま)にもう一つ良い事を提案しよう」

 

 (つき)(しろ)が不気味な笑みを浮かべ、身構える(わたる)に告げる。

 

()し貴様が『(わたし)では貴様に勝てぬ』と敗北を認めさせることが出来たなら、その時点で戦をやめにして皇族の到着をただ待ってやろうではないか」

()(ため)ごかしだな、(つき)(しろ)。このままだと(ぼく)はただ逃げ回っていれば時間切れで勝ちになる。そうならないよう、こっちから攻める理由をくれるって訳だ」

「別に、(わたし)は構わんぞ。戦には本来()(きよう)も何も無いからな。(ただ)、少々(きよう)()めするだけだ。それに……」

 

 二人から風が逃げる様に逆巻く。

 

(うる)()()(こと)なら出来るだろうな!」

「安心しろよ(つき)(しろ)! 受けて立ってやるから!」

 

 空気が()ぜた。

 先に仕掛けたのは(わたる)だ。

 光線砲で(つき)(しろ)を狙い撃って一発。

 だが当然、(つき)(しろ)はこれを難なく回避する。

 

「ははは良いぞ、そう来なくっちゃあ面白くない!」

 

 (つき)(しろ)は歓喜と共に(わたる)に急接近する。

 対する(わたる)も迎え撃つ様に飛び出し、拳を振るう。

 

「おおおおおおッッ!!」

「ぬううううんッッ!!」

 

 (わたる)の拳と(つき)(しろ)(やり)(きっさき)が激しく衝突し、火花を散らす。

 否、散ったのはそれだけではない。

 生身や光線砲ユニットの拳を(つき)(しろ)の刺突にぶつけるのは自殺行為だと、(わたる)自身も重々承知だ。

 その衝撃は(きら)めく金剛石(ダイヤモンド)の欠片を飛び散らせていた。

 

「鏡の(じゆつ)(しき)(しん)()か! やるな!」

 

 (もち)(ろん)(わたる)のは次の行動の布石である。

 ()()(けん)(しん)の能力で守ってまで拳を繰り出したのは、装着した光線砲ユニットの砲口を至近距離で(つき)(しろ)に向ける為だった。

 

()らえ!」

 

 砲口から光の筋が(ほとばし)る。

 空かさず(つき)(しろ)はこれを躱した。

 だが、二人の周囲には先程の衝突で飛び散った鏡の欠片が舞っている。

 

「ぐはあああっっ!!」

 

 何度も反射した光線が繰り返し(つき)(しろ)を貫いた。

 似た様なことはつい先日に()(おと)()(せい)()()もやっていたが、(わたる)の場合彼と違うのは、飛び散った欠片が光線砲を反射する角度まで全て計算し切っていることだ。

 現に、(つき)(しろ)の体を蜂の巣にした光線砲は最後、地面に落ちた鏡に反射して(つき)(しろ)()(けん)を撃ち抜き、そのまま空の彼方へと(はし)り抜けていった。

 余計な破壊を一切しないその射撃は、まさに神業と呼ぶに()(さわ)しい。

 

()(ごと)な技だ、(さき)(もり)!」

 

 だが、(つき)(しろ)は鬼の様な形相で口角を上げて牙を()いた。

 不死身の彼にとって、これだけの傷さえも心を折るには至らない。

 それどころか更に闘志を(たか)ぶらせて刺突を乱発する。

 

「ふはははははっっ!! 面白くなってきたなァッッ!!」

 

 一発一発の刺突が凄まじい衝撃波を生み、あまりの威力に地面を(えぐ)れる。

 (わたる)は直撃こそ免れたものの、後方へ激しく吹き飛ばされた。

 宙返り着地して仕切り直そうとする(わたる)に、(つき)(しろ)(なお)も猛然と迫る。

 

「この程度で終わりではつまらんぞ! もっともっと、(わたし)を骨の髄まで焼き尽くす戦の(ごう)()()いてみせろ!」

 

 (なが)(やり)(なぎ)(はら)いは斬撃を飛ばし、回避した(わたる)(はる)か後方まで空気が揺らぐ。

 (つき)(しろ)(さく)()はまさに今、破壊衝動のままに狂喜乱舞する修羅と成り果て、戦いそのものの(よろこ)びを(うた)い上げていた。

 (わたる)(さなが)ら、舞踏に誘われた(おも)い人といったところだろうか。

 

「物好きな(やつ)だな、お前も……!」

 

 (わたる)は両の拳を付き合わせて(つき)(しろ)の刺突を止めた。

 

「何っ!?」

「良いぜ、とことん付き合ってやる!」

 

 (いつ)(せん)(わたる)の蹴りが(つき)(しろ)の顎を蹴り上げた。

 二人は再び間合いを外し、仕切り直す様に構えを取る。

 

「フフフ、予想以上だ、(さき)(もり)(わたる)。本当に、こんなに楽しめるとは思わなかった」

「そりゃどうも」

 

 だが、不敵な笑みで興亡の余韻に浸る(つき)(しろ)に対し、(わたる)は疲労を隠せず肩で息をしていた。

 一つ、(わたる)にはどうしようもなく不利な要素があるのだ。

 

「だが惜しむらくは、先程放った(わたし)()(そま)()(つひ)()(たた)(ろう)』による弱体化がかなり貴様を(むしば)んでしまったことだな。貴様も気付いているだろう?」

 

 (つき)(しろ)の言葉の意味、(わたる)にも心当たりがある。

 光線砲を二発撃ち、自らの状態に対する予感は確信に変わりつつあった。

 

()(そま)()(つひ)を受けた貴様は(しん)()を含めて大きく弱体化し、今や得意の光線砲も限られた数しか撃てん。ざっと五発といったところか。既に二発撃ってしまったから、残るは三発。果たしてたったそれだけで(わたし)に負けを認めさせることなど出来るかな?」

 

 (つき)(しろ)は槍を振り被る。

 

(わたし)の目的には有難いがな。本音ではいつまででも楽しみたいところだが、それで負けてしまっては本末転倒。せいぜい何処(どこ)まで()つか見届けさせてもらおう」

「何勘違いしているんだ?」

 

 その時、(わたる)の周囲の風が逆巻き、勢い良く吹き上がる。

 衣服が、茶色の髪が、激しく(なび)いて立ち上がっている。

 否、それだけではない。

 (わたる)の身体は金色の(まばゆ)い光を放ち始めた。

 

「なんと、(さき)(もり)貴様まさか……!」

「弾数に制限がある? だったら問題無い。久し振りに最初の頃に戻るだけだ」

 

 光が右腕の光線砲ユニットに集まる。

 (わたる)の光線砲ユニットは、()()(はら)(ひな)()(じゆつ)(しき)(しん)()()って作り出されたものである。

 その能力は、過去に使用した武器を形成するというものだ。

 (わたる)は自ら操縦し、一体となった「(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)の光線砲ユニット」を駆使して戦っていた。

 

 今、その兵装は(わたる)が使用した最強の光線砲に変貌を遂げた。

 国産(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・カムヤマトイワレヒコが奥の手である(ひの)(かみ)(かい)()を発動させた状態の光線砲「(きん)()(ほう)」へと。

 

「普通の砲撃じゃお前には効果が無さそうだからな。こいつでぶっ飛ばして、二度と立ち上がる気が起きないようにしてやる!」

「なんという男だ、(さき)(もり)(わたる)……!」

 

 戦いは今、最高潮(クライマックス)へと至ろうとしていた。

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