日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

379 / 380
第百十二話『霊魂』 序

 (あぶ)()()(しん)()から連絡を受けた(みずち)()(かみ)(けん)()は、()ず彼と(まゆ)(づき)()()()(しん)()を貸し与えて(かい)(ふく)させた後、すぐに(きのえ)邸跡地へやって来たという。

 (しん)()(まゆ)(づき)はこの件をすぐさま(とお)(どう)(あや)()に連絡。

 ()くして、四人が(さき)(もり)(わたる)の救援にやって来たのだが、(つき)(しろ)(さく)()は既に観念して戦いを終えていた。

 皇族として圧倒的な(しん)()を持つ(みずち)()(かみ)ならば、不死身の(つき)(しろ)をもその不死性を無視して殺すことが出来る。

 

「丁度良かった。皆集まってくれたのは都合が良い」

「話がある、か……」

 

 (わたる)(つき)(しろ)に対面して(すわ)()む。

 (やり)で貫かれた腹部は、()(ずみ)(ふた)()の能力を使って縫い付けた応急処置と、(みずち)()(かみ)から借りた(しん)()が功を奏して既に(ふさ)がっている。

 (わたる)(つき)(しろ)の態度から、目の前に居る相手が別人に変わった様な気がしていた。

 (つき)(しろ)は懐に手を入れて何かを取り出し、(わたる)に手渡す。

 

(さき)(もり)(わたる)、お前は(わたし)に失くしたものを戻してくれた。武士(もののふ)としての戦の心得、魂、そして、忘れてしまっていた大恩ある我が主の思い……。だから(わたし)も、お前達から奪ってしまったものの一部を返しておきたい」

 

 (わたる)が受け取ったそれは、艶の無い頭巾牌(ドミノ)の様な形をしている。

 

「これは……?」

「お前達の友の名誉だ」

「まさか……」

「そうだ。お前達の友、()()(けん)(しん)(のう)(じよう)()(づき)の面会と対談。その(うそ)(いつわ)り無き全容が記録された唯一の媒体だ。これ以外の場所に保管されているものは(ことごと)くが我が同志・閏(うる)()三入によって都合の悪いと思われる部分を削除されたものに過ぎぬ。しかしこれがあれば、今は(もぬけ)の殻となった首相官邸から全世界に向けて天空上映し、真実を発信出来よう」

 

 (わたる)頭巾牌(ドミノ)型の記録媒体を両手で持ち、()を凝らして見詰める。

 (つき)(しろ)の言葉を信じるならば、この中には絶対に失ってはならないデータが入っている。

 忘れもしない、帰国を目前に控えたあの夜、()()(けん)(しん)は自ら命を絶った。

 その原因となったのは、彼が当時の(こう)(こく)内閣総理大臣・(のう)(じよう)()(づき)との面会の様子を(でつ)(ぞう)され、彼女に日本を攻撃するよう申し入れる映像を全世界に発信されたことだった。

 

「加えて言えば、(わたし)(うる)()()(こと)の足止めと情報の(こう)(らん)によって()(ずみ)(ふた)()も死に追いやっている。(わたし)はお前達の仲間二人の死に関わった。謝っても何の足しにもならぬ、決して償えぬとは思うが、誠に申し訳無かった」

 

 そう、(わたる)達にとって(つき)(しろ)(さく)()は仲間二人の(かたき)である。

 だが今、彼に対する憎しみは湧いてこない。

 (わたる)は戦いの中で、個人的な怨恨を超えた境地に至ったということだろうか。

 

「一つ()きたかったことがあるんだけど……」

 

 同じ様な心持ちなのか、(まゆ)(づき)(つき)(しろ)に尋ねる。

 

貴方(あなた)()(おと)()はどうして今まで(わたし)達に色々な事を話してくれたの? 必要のないことまで積極的に、まるで知って欲しいかの様に……」

「そうだな、今思えばその『知って欲しい』というのがそのまま答えなのかも知れぬ」

 

 (いわ)く、世を恨み歴史から消えることを選択した自分達だが、その無念を()()かで知って欲しい気持ちが残っていたのではないか、ということらしい。

 

「だが、その中で(わたし)は、(わたし)達は許されざる罪を重ね過ぎた……」

 

 天を仰ぐ(つき)(しろ)の瞳には悔恨の念が(にじ)んでいるように見えた。

 

(わたし)は元々余り人付き合いの出来る人間ではなかった。故に、そんな(わたし)に恩情を掛けてくださり、養子として取り立ててくださった(まさ)(のり)公には大恩を感じていた、(はず)だった。だが、この数百年にも(わた)る月日の中で(わたし)はその大切な()(かた)()(にじ)り続けたのだ……」

 

 (つき)(しろ)は静かに目を閉じた。

 

(しか)(なが)ら、こんな(わたし)にも永い時を掛ければ芽生える義理や(きずな)というものもある。同志として(ただ)(びと)の頃の誰よりも気心の知れた()(おと)()に報いてやりたいという思いもまた、分かち(がた)く胸中に住み着いていた。()()(まが)(つひ)に手を染めし者は神が定めし法理を()()げ、あの女の力と()()んで限り無く不死に近い存在となる。だが逆にあの女から見限られるか、それ以上の力によって殺された場合、それは肉体ばかりか霊魂の死をも意味する。お前達の友とは違い、喪われし我が同志は永久の苦しみに縛り付けられて戻れないのだ」

 

 それは、世界を憎み節理を捻じ曲げる力に身を置いた者の報いと言えるかも知れない。

 (しん)()(ばん)(しよう)に由来する霊魂という概念を持つことが出来ず、肉体という物質の器の滅びがそのまま存在そのものの滅びに直結してしまう。

 (つき)(しろ)自身もその運命を覚悟して自らの言葉を()()めているかの様であった。

 

「その上で、お前達に願う。()(りゆう)(いん)(うる)()を止めてくれ。あ(やつ)()の狙いを(くじ)いてくれ」

 

 (つき)(しろ)は決して、()(おと)()(せい)()()以外の(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)に対して仲間意識が無いという訳ではないのだろう。

 苦渋の心中を(うかが)わせる表情がそれを充分に物語っている。

 だが、いやだからこそ、彼らがこれから手を染めようとしている空前絶後の罪、世界を(おわ)らせる(たくら)みを(じよう)(じゆ)させたくはないのだ。

 そんな思いを感じ取ったからこそ、(わたる)は強く(うなず)いた。

 

「ああ」

 

 (わたる)は続けて、(つき)(しろ)に問い掛ける。

 

(つき)(しろ)(さく)()、このデータは()()の名誉だと言ったな。まだ中身は見ていないが、それ程の物が記録されているんだな?」

()(よう)。信じられぬならば世界に流す前に一度再生してみると良い。(たつ)()(かみ)邸にも設備くらいあろう」

「いや、ありがとう……」

「何を言うか。先にも述べたとおり、奪ったもののうち(わず)かな一部を返すに過ぎぬ」

 

 (つき)(しろ)の言う通り、それは一つの真実だろう。

 ()()の言動を捻じ曲げ、名誉を損ねたのは他ならぬ彼である。

 だが、本来の記録を残し、今()()で渡す行動をとったこともまた真実の一面である。

 (わたる)はそこに素直な感謝の念を覚えていた。

 

()て、と……」

 

 話が一段落したところで、(みずち)()(かみ)が前に進み出てきた。

 

「過去に色々とあったようだが、(ぼく)達としては貴方(あなた)を許すことは出来ない。()(りゆう)(いん)と共謀し兄や(こう)(こく)の道を誤らせ、戦禍を呼び寄せた(とが)は捨て置けない。だが、素直に己が非を認める態度に免じて酌量を挟まないことも無い。何か他に言い残す事があれば聴こう」

 

 (いよ)(いよ)(みずち)()(かみ)(つき)(しろ)に引導を渡そうという段階になった。

 

「そうだな、()(おと)()も寂しがっているやも知れん。お前達の死後とは異なる、()()(まが)(つひ)の冥府魔道の末路へ逝けるのは我らのみ、今更後を追うことに(ため)()いは無いが……」

 

 (つき)(しろ)は少し考える素振りを見せる。

 

「ならば辞世に一句……」

 

 少し間を置き、整ったのか(つき)(しろ)の口が開き、声が発せられようとした、その時だった。

 彼の口から噴き出したのは歌ではなく、大量の()()()であった。

 

「なッ!?」

 

 突然の出来事に、その場の者は皆(きよう)(がく)と動揺を隠せなかった。

 そんな彼らを(あざ)(わら)うかのように、何処からともなくよく見知った女の声が響いてきた。

 

『黙って()ていれば本当にこのまま()(れい)に終わるつもりだったのね……。この役立たず、恥知らずの裏切り者が……!』

 

 (つき)(しろ)の身体だったものは一言も発さず、(おびただ)しい数の小さな蜘蛛(くも)となって散っていく。

 そしてその蜘蛛の子達は、程なくして土塊に変わり果ててしまった。

 そこには(つき)(しろ)(さく)()――()()(まさ)(くま)()(ごり)は何一つとして(のこ)されていない。

 

「その声、()(りゆう)(いん)か!」

 

 (みずち)()(かみ)が空へ向かって怒鳴った。

 大人しい彼にしては珍しく、激情を(あら)わにしている。

 (とお)(どう)も彼に続く。

 

「お主には人間の情というものが無いのか? 長年苦楽を共にした同志、配下に対する仕打ちか、これが!」

『その言葉、貴女(あなた)に吐かれる筋合いは無くってよ。()殿(でん)公爵家の先代を()()てたのは何方(どなた)だったかしら?』

 

 (わたる)もまた、天を(にら)み何処とも知れぬ()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)を非難する。

 何度も繰り返した戦いの中、最後の死闘の中、(わたる)(つき)(しろ)と何処か通じ合うものを見付けた気がしていた。

 

(つき)(しろ)は……死そのものは()()れていた! (さい)()に一句遺そうとしていただけだ! お前はあいつの仲間なのに、最期の願いすら(かな)えないのか!」

『仲間? あの男、(あたくし)達を止めろ、と言ったのに? 笑わせないでくれるかしら』

「違う! 何故(なぜ)(わか)らないんだ! 仲間だと思っていたからこそ……!」

 

 そんな彼の(たしな)めに対しても、()(りゆう)(いん)は冷たい言葉を(もつ)て受ける。

 

(さき)(もり)(わたる)、いつか誰かが言っていた言葉だけれど、覚えているかしら? 今まで散々悪行の限りを尽くしておいて、最期に改心すれば(ばん)()落着などという都合の良い話が許される筈が無いでしょう?』

 

 同じく自分を見つめ直した()(わたり)(りん)()(ろう)に向けられた言葉。

 (わたる)()(りゆう)(いん)に言われて思い出した。

 確かにそれは、(つき)(しろ)(さく)()の口から出た言葉だった。

 

「だからって……!」

 

 だが、今此処でその彼を余りにも無情な形で切り捨てたのは他でも無い()(りゆう)(いん)である。

 (つき)(しろ)の過去の言動を(かく)(みの)にしたところで、その非情さに批難は免れ得ないだろう。

 そんな彼女は、天を仰ぐ彼らを(なお)も嘲笑うように()()(りふ)を吐く。

 

『言っておくけれど、(あたくし)の主はあくまでも(じん)(のう)陛下、あの御方への忠誠の(ため)に採るべきものを捕り、捨てるべきものは()てる、それだけのことよ。そして、今までの()(はず)は全て念押しに過ぎない。あの御方が年明けに勅命を(すい)(こう)なさる状況は依然、変わりようも無く厳然と世界を覆っているということは忘れない事ね』

 

 何処までも(おぞ)ましい女の笑い声が、旧(きのえ)邸跡地の虚空に響き渡っていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 何処かの闇の中、円卓の席に着いた女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が溜息を吐いた。

 

「いやはや、()()(ひめ)(さま)が未来予測をお外しなさるとは……」

 

 共に円卓を囲う、と言っても二人だけとなってしまい事実上向き合って座っているだけの老翁・(うる)()(みつ)(なり)もまた、彼女に合わせて溜息を吐いた。

 

(みつ)(なり)君、(いや)()かしら? ()(すが)に少しショックを受けているのよ。彼があんな行動に出るなんてね……」

()しや、この(わし)の事もお疑いですかな?」

 

 (しわ)の刻まれた目蓋の奥で(もう)(きん)(るい)の様な眼が鋭く光る。

 そんな最後の同志・(うる)()(みつ)(なり)を前に、()(りゆう)(いん)は表情を緩めた。

 

「あら、貴方(あなた)はあの役立たず共とは違い、この(あたくし)に対して多大な貢献をしてきたじゃないの。基より、(あたくし)が心より信を置いているのは貴方(あなた)一人よ、(みつ)(なり)君」

「それはそれは……。(くれ)(ぐれ)も失望されぬよう気を引き締めねばなりませんな……」

 

 (うる)()は言葉とは裏腹に自信を見せながら不気味に笑った。

 

「そういうことよ。ところで、例の件はどうなったかしら?」

 

 ()(りゆう)(いん)は話題を変えた。

 前々から、(うる)()は彼女から頼まれていたことがある。

 

「アメノミナカヌシの制御権を得る話ですな。早速取り掛かっております。年内には御期待に添えるかと」

「流石ね。やはり他の二人とは一味も二味も違うわ。それでこそ(あたくし)の一番の同志」

「恐縮に御座います」

 

 ()(りゆう)(いん)は白い歯を(のぞ)かせて笑い、そして朗々と歌い上げる。

 

(たく)(なは)の、長き(ぬる)みも、()むるなら、瞬く(ほむら)()ふぞ()()()き……」

 

 闇の中、二人の男女が企みを巡らせている。

 それは、あの(じん)(のう)の眼すら盗んで行われている秘め事であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。